やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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眼鏡は予想以上に彼を蝕む

「小町ー、早くしないと置いてくぞー」

 いつものように起き、いつものように朝食を取り、いつものように自転車にまたがる。違う点と言えば、俺の顔にかかっている眼鏡くらいだろうか。ところでなんで眼鏡って鏡ってついてんだ? 眼硝子とかの方があってる気がしなくもない。鏡のついた眼鏡とかど根性なTシャツを着た少年がカンニング用に使っていたものしか見たことないぞ。

「あー待ってよお兄ちゃん!」

 小町が戸締りを済ませて慌てて出てくる。そして自転車、正確には自転車にまたがる俺の前でフリーズ。

「…………」

「…………」

「……時間ないんだけど。なに、一人で走る?」

 ハッと我に返った小町は「失礼しまーす」と荷台に乗ってくる。いつもは当然のように乗ってくるくせに今日はやけに丁寧だな。何かいいことでもあったのかい?

「ひゃぅ!?」

 小町の両手が脇腹に触れ、思わず変な声が出てしまう。人間は脇腹が弱すぎると思うんだ。早く進化して脇腹に強化外骨格生やそう。電車とかで誰かの肘が当たったりして変な声出るときまずいから。

「脇腹掴むのはやめろ。ていうか、ちゃんと掴んでないと危ないぞ?」

「あ、うん。そうだね……」

 おずおずと腰に腕を回し、顔を俺の背中にうずめてくる。「えへへぇ」とかMAXコーヒー並みに甘い声出してるけど、本当にいいことでもあったのだろうか。

「どうしたかわいい声出して」

「えっ、か、かわっ……! な、なんでもないよ! 早くいこ!」

「はいはい」

 小町を乗せて高校に通うのにもだいぶ慣れた。できるだけ段差のないところを通り、できるだけ安全運転を心掛ける。良いように使われているような気もするが、小町と一緒に通学できるのは兄としてうれしいし、妹に頼られるのは悪気はしない。

 しかし、なんか今日の通学中やけに周囲の視線が多かった気がする。おう、比企谷家の兄妹愛は見せもんじゃねーぞ。

 

 

 教室に入ると女の子集団に拉致られました。どうも、小町です。

「比企谷さん! 一緒に来たあの人誰!?」

「あの人歓迎会のときいた人だよね!」

「小町さん、もう先輩と付き合ってるの!?」

 マシンガンです。全方位マシンガンに囲まれています。ぶっちゃけ半分も聞き取れません。小町、聖徳太子じゃないんで。

 あー、皆こんなに目を輝かせて。この輝きを少しずつでもお兄ちゃんに分けてあげれば、眼鏡なくても常にかっこいいお兄ちゃんになりそうだなーとか考えてしまいます。

 ていうか、お兄ちゃんと私……恋人同士に見えるのかな。えへへ……ハッ、なにをにやけているんですか私は!

「いや……あれ、お兄ちゃん、なんだ、けど……」

 ザ・ワールド! 時が止まった。私はいつの間にスタンド能力なんて身に付けたんだろう。ひょっとしたら首筋に星の痣があるんじゃ! ないですよね、はい。

 発砲をやめたマシンガンガール達は再起動を果たすとお互い顔を見合わせて、何か目配らせをしています。あの、逃げ場のない輪の中なのに蚊帳の外なのは結構悲しいものがあるんですけど。なんか皆して納得したみたいだけど、小町は皆が何考えてるのか分からない! 小町、人間不信になっちゃう!

「「「「紹介してください! お姉さん!」」」」

「お姉さんなんて呼ばれる筋合いないよ!」

 お兄ちゃんが大志君に「お兄さん」って呼ばれるの嫌がってた理由が少しわかったよ。こうして兄妹の絆はまた少し深まっていくんだね!

「あれだよ? お兄ちゃんってあんまり人とか関わらないし、口数も多くないから……」

 実際デート(お兄ちゃんは頑なに認めない)で二人っきりのときでもお兄ちゃんあんまりしゃべらないって結衣さんたち言ってたし。お兄ちゃんをよく知らないとあまり好印象は抱かないと思うのですよ!

「一人でなんでもできちゃう一匹狼って感じかー。いいじゃん、かっこいい!」

「確かにあんまりしゃべらなさそうだよね。クールな雰囲気に合っててそういうのもいいと思うけど」

 ああああぁぁぁぁ、女子の想像力怖い! イケメンになるとなんでも好印象になっちゃう現象に名前を……。というか、一匹狼とかクールとかお兄ちゃんが自己評価してるときによく言ってるじゃん! お兄ちゃんの自己分析能力パないよ。

 あれ? そもそもなんで小町はお兄ちゃんを紹介することを渋っているんでしょうか。お兄ちゃんが言っていたように、中身は変わらないんだから、見た目で寄ってきたってどうせお兄ちゃんに失望しちゃうから? お兄ちゃんが引っ張りだこになっちゃったら、小町が優しくしてもらえないから? それもあるけれど、当たらずとも遠からずな理由な気もして、もっとシンプルな理由がある気がして。

「小町ぃ。あんたお兄さん好きすぎでしょ。そんな心配しなくても、お兄さんは取られないって」

 友達の言った言葉は、小町の奥に眠っていた、奥底に隠していたものに触れた気がして。私は気づいてしまったんだ。

 ああ、そうか。

 小町は、お兄ちゃんのことが……。

 

 

 なぜだ。

 登校中やけに視線を感じたが、それは小町に寄ってくるうるさい蝿共の視線だと思っていた。だって、なんか好意的な視線だったし、そんなもの俺に向けられるはずないし。

 しかし、小町と別れた後もやけに視線感じるんだけど、まさかズボンのチャックが開いているのではと股間を確認したりもした。三回ほど。

 教室に行くと、いつもの「おは……なんだお前じゃねえよ」みたいな視線はなくて、というかむしろ皆口をポカンと開けて静まり返るもんだから、俺の方が困惑しちゃったよ。まあ、そんな周りは無視していつも通り振る舞えば何の問題もないだろう。

 そう思っていた時期が私にもありました。

「え、あれ誰? ヒキタニ君?」

「ウソ! あんなにイケメンだったっけ?」

「けど、いつもどおり来てすぐに寝てるし……」

 とか、

「ヒキタニ君、なんか隼人君並みにかっこよくない?」

「私、結構好みかも……」

「ヒキタニ君マジっべーわ」

 とか、聞こえてくるんですけど。というか、最後戸部だよな。なんでいんだよ。イケメンとかかっこいいとか好みとか思ってもないようなこと言うのはやめて、勘違いしちゃうだろ。俺じゃなかったらここでヒソヒソ話してる女子たちに話しかけて速攻引かれるレベル。

 ハッ、わかったぞ! これはクラス全員による巧妙なIZIME作戦だな! 俺に聞こえるくらいのヒソヒソ声でポジティブな印象を聞かせることで俺のテンションをアゲアゲ↑↑にさせて、調子に乗ったところで落とすという大掛かりな作戦か。その手には乗らんぞ。ここは無視だ無視。

「……八幡?」

「おはよう、戸塚」

 甘美な声に振り向くと天界からの使者トツカエルが降臨していた。天からの啓示に脊髄反射起こすとか、俺マジ敬虔な信者。

「おはよ、八幡! 眼鏡かけてたから、最初誰だか分らなかったよ。眼鏡かけた八幡もかっこいいね!」

 なに? 戸塚からもかっこいいと言われるとは。戸塚がIZIMEなどという悪に加担することはありえない。つまり、周りのヒソヒソ話はIZIME作戦ではないということか。けっ、悪かったなお前ら。

 というか、やっぱり眼鏡をつけた俺はかっこいい……のか? ひょっとしたら、人は眼鏡をかけることで皆見た目ランクが上がるのでは。戸塚が眼鏡をかけたら天使から神になって、創造主になっちゃうまである。

「眼鏡をかけただけなんだが、そんなに変わるもんか?」

「うん。かけてないときもかっこよかったけど、今はもっとかっこいいよ!」

 ああ、戸塚にここまで言われるなんて、俺は今日ここで戸塚にこの言葉をかけられるために生きてきたまであるな。こんなうれしい言葉をかけてくれた戸塚には真摯な返答をしなければなるまい。

「ありがとう。結婚しよう、彩加」

「ふぇっ!?」

「何言ってんの? ヒッキーキモい」

 最大級真摯な対応をしている俺を貶すのはジト目のガハマさんだった。こんなにも真摯に戸塚と向き合っているというのに不当な扱いだ。戦争も辞さない。なんか視界の端で誰かが鼻血を吹きながら倒れた気がするが気のせいだろう。あんな人は知らない。

「ま、いいけど。ちゃんと眼鏡かけてくれたみたいだし」

「お前らがかけろって言ってきたんだろ」

 しかし、そんなに重いものではないとはいえ、顔に今まではなかったものがあるのは違和感が半端ない。外したら由比ヶ浜達がうるさいだろうから外さないけど、早いこと慣れないと邪魔で仕方ない。上司に配慮する社畜スキルがまた上がってしまった感がある。こいつら上司じゃないけど。

「けど、これでわかったでしょ? 眼鏡をかけたヒッキーは美少年なんだよ!」

「む、むぅ。別にこれで誰かの迷惑になるわけじゃないからいいんだが、正直疲れる」

 プロぼっちである俺は、そもそも他人の会話の話題にも上がらないし、視界にも入らないように配慮しているのだ。故に他人の視線などに耐性がなく、視線や声が物理攻撃のような重さで俺の身体にダメージを蓄積させていく。戸塚分の補充のおかげでまだましだが、SHRも始まっていないのにすでに満身創痍である。

「まだ初日だからヒッキーも慣れてないし、少し経てば周りも静かになるって」

「今外せば慣れる必要もなく静かになりそうだけどな」

 いやまじで、慣れれば苦痛じゃないとかドMか社畜の精神にか聞こえん。慣れさせて飼い殺すとか会社怖い、社畜怖い。やっぱ、専業主夫が一番だな。絶対働かねえ。後、鞭とか使う愛情表現も理解に苦しむからパスで。

「けど、ここでヒッキーの評価が上がれば、小町ちゃんもうれしいんじゃないかなー?」

「! なるほど! よし、八幡頑張る! 待ってろ小町!」

 そうだ。そもそも俺が今回の眼鏡案を渋々ながら了承したのは小町によるところが大きいのだ。新入生歓迎会で俺が妙に目立ってしまったせいで、小町にはいらぬ世話を焼かせてしまった。その上、見た目も性格も悪い兄がいるとなれば、俺だけでなく、小町にも悪評価になってしまうだろう。お兄ちゃんのせいで小町の立場が危うくなるとか八幡的にありえない。よし、それならばせめて見た目だけは良い兄になろう!

 俺は強い意志で新たな決意を固めるのであった。

 

 

 固めた決意がすでに瓦解しそう。

 授業中もちらちら見られてきて断続的ダメージを受けるのだが、休み時間がやばい。YABAI。もはや隠す気がないのかガールズトークの中に俺の名前(しかし、俺の名前はヒキタニではない)が出てくるし、他クラスからありえないほど人が来る。なんで来るの? 暇なら教室でクラスメイトとしゃべってなよ。あ、クラスメイトと来てるから問題ないんですね、俺的に問題ありありだけど。

 女子の比較的好意的な視線ですら俺の心臓をえぐるには十分だというのに、それに加えて男子の視線が痛い。女子のそれに比べて明らかに敵意の視線なのだ、威力五割増しで俺のメンタルはスタボロのボロ雑巾。小町のために頑張ろうと思ってたけど、もうゴールしたくてしたくて仕方なかった。

「おにーちゃーん」

 だから、昼休み早々俺の教室に現れた小町の姿を見たとき、周りに見られる恥ずかしさより小町に会えた嬉しさの方が勝ったのだ。

「ひゃっ!? お、お兄ちゃん?」

 気がつくと小町を抱きしめていた。もう心身ともに疲れ果てていた。一刻も早く可及的速やかに小町分を補給する必要があったのだ。周りから黄色い声が聞こえる気がするが、恐らく気のせいだろう。今の俺には小町しか見えていない。むしろいつも小町しか見えていないまである。あ、戸塚は見えてる。

 というか、いつもの場所で待っていればいいのになんでこいつこんなとこにいるんだ?

 抱擁を解くと、なんか顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。まさか、兄の目がDHA豊富になってるから、妹の口がDHA豊富になっているんじゃ。

「気をしっかり持て小町! たとえインスマス顔になっても、お兄ちゃんはお前を愛しているぞ!」

「いやお兄ちゃん、ちょっと何言ってるのかわかんない」

 あ、正気を取り戻したのね。会話の度にSANチェックの危機は乗り越えたようだ。

「で、なんでわざわざ教室に来たんだ? 由比ヶ浜に用事か?」

「ううん。お兄ちゃんに早く会いたかっただけー」

 なにこのかわいい生き物。笑顔がまぶしくて浄化されちゃう。けど目はUVカット眼鏡の効果で浄化されなかった。おのれ眼鏡……。

 そして、今になってここが教室だったことに気づいてしまった。視線は小町から動かすことはできない。どこを向いても視線とぶつかるのだ。目があったら死ぬ。身体中の汗線から冷汗が吹き出す。

「そ、そうか。じゃあ、飲み物買って早くいかないとな! 昼休みは短いから、な!」

「う、うん。そだね」

 小町の手を取り、足早に教室を後にする。廊下でも視線が痛いが気にしない、前しか見ない。視線があったら負け、視線があったら負け。逃げなきゃだめだ逃げなきゃだめだ逃げなきゃだめだ。

 昼食の弁当は味がほとんど分からなかった。けれど、小町分のおかげでなんとか一日乗り切れた。

 




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実は八幡の捻デレ感を出すのが一番難しい気がする

当初抱きつかせる気はなかったのですが、小町がかわいくてつい・・・
キャラクターが勝手に動き出すのはいいことだと思うから、小町にはもっと暴れてもらいましょう

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