あの日の奇跡と東風谷早苗について   作:ヨウユ

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随分とお待たせしました。
文の節目節目でかなり期間をあけて書いていたため、粗が目立つかもしれません。正直、前のように書けているかどうか不安です。


柊玲奈について 1

 他人の家で長時間一人にさせられると、何をしていればいいか分からなくなる。

 

 これは俺と言う人間が学校生活を生きていくうえで身に着けた遠慮深さ故か、何か暇をつぶせるものを借りようにも、持ち主がその場に居ないのに許可もとらずに勝手に手に取ると言うのは少し気が引けてしまうのである。それくらい気の置けない友人がいないという裏返しでもある、つらい。

 

 まあ、他人に私物を勝手に使われるのは嫌だし、だからそういうことはしないというのもある。自分がやられて嫌なことは他人にはしない、いやー俺ってばマジ聖人君子。

 そんなわけで最初は何となく部屋を見回していたりすればいいのだが、段々とやることがなくなり、部屋の天井をながめる程度のことしかなくなる。昔なら。

 でも、今はそんなこともなく暇をつぶせる。そう、iPhoneならね。

 

 ……と思っていたのだが、しばらくすると、ネットの海をサーフィンするのにも飽きて、 何となく、登録されている電話帳をながめていた。

 

 登録されているアドレスの数が、すなわち友人の数というなら、俺の友達の数は中々のものである。春休みに起こったイベントとして、中学の卒業記念ということでクラスの連中で焼肉屋の大部屋でパーリーが開かれたのは記憶に新しい。ちなみにあれは推測するに俺へのサプライズパーティーである。なぜなら、俺はそのことを当日まで知らず、何故か他クラスの東風谷が呼ばれていたからだ。もしかしたら、東風谷と俺のクラスが彼らの認識では逆転していたのかもしれない。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。おそらくは、嫌われてもいないが特別好かれてもいなかったのだ。そういう風に立ち回ってきたのだから、その結果は当然だろう。

 その会の解散際に、クラス連中の連絡先の交換があったわけだが、どういうわけか、クラスの女子男子関わらずほぼ全員とアドレスを交換することになった。いや、理由は分かる。東風谷が俺を連れまわしたからだ。そもそも東風谷早苗という女子は人気があるのだ。一時は東風谷の株は下落したが例の一件が沈静化した後には男子のお近づきになりたい女子ランキング一位の座を取り戻したといっても過言ではない。

 女子であれば、東風谷はとりあえず会ったら話す程度には仲良くなっておきたい女子ナンバーワンだろう。

 異性が相手だろうが、色々と理由をこじ付けて連絡先を交換できる場だけあって、東風谷には当然多くの人が集まった。東風谷に限って、そういうのを断ることはないし、そんな場に俺が居合わせたら相手側が気を遣うだろうと、なるべくステルスすることに徹した。

 しかし、始終東風谷が寄って来て離れず、東風谷が近くにいて俺に対してアクションを起こしている以上、俺が本当に透明人間にでもならない限り目につくわけであって。

 東風谷に連絡先を求めるのに傍に居る俺に求めないという行為は、こういう場において、中々嫌な奴に映るものだ。卒業の記念にと理由にしておいて、隣に居る俺には連絡先の交換をしないというのは悪印象にとられかねない。

 東風谷自身はそう受け取らずとも、交換を求める側がそういった風にとられないかを勝手に気にする。人間は社交性の生き物だ。心の内でどう思ってみようとも建前上の体裁というものがある。

 いらないものでも、良い印象を与えるために、関係を築いていくためにはもらわなければいけない時があるし、また、あげなければいけない時もある。

 

 だから東風谷と、アドレスと電話番号とを交換を終えた者達は皆、こう言うのだ。

 

「あ、綾崎も交換しよう」ってね。

 

 流石に一時綾鷹呼びが流行っただけあって名前は憶えられていたようだ、安心した。

 

 ……まあそんなわけで、俺には交換以降一切連絡の来ない連絡先が三十近くある。過去のメールの履歴をふと見ると、ほぼほぼ東風谷とのクッソ他愛ないやりとりがほとんどで、中にぽつぽつと中田や親からのものがあるだけだった。顔を合わさなくなった者との縁を繋ぎとめる手段が現代において、電話やメールであるというのなら、俺と彼らの縁は春休みの内にぶちぶちと切れていったに違いない。

 

……いやあ、改めて俺って友達少ねえな。

 

 ちなみに中田は立ち回りが上手いのか、俺のように東風谷のついで、というわけでなく、自力でクラス全員の連絡先をかき集めたらしい。あいつは東風谷とは違う意味でどのグループにも溶け込めるタイプの人間なのだ。誰からでも一番という好印象を受けるのが東風谷だが、中田は常に二番、三番、四番目に仲の良い奴とかに入るのだ、きっと。そんなあいつだから、俺とでも上手くやっているのかもしれない。ある意味尊敬する能力だ。

 そんなあいつらは、今でも中学の連中と何かしら連絡を取り合っているに違いない。

別に話せないわけじゃない。誰かと一緒に居るのが嫌いなわけでもない。俺はきっと、誰にも印象を与えないようにしているのだ。こんな風になるのは好きも嫌いも、良いも悪いもなく、そういった誰かにはっきりとした印象を与えない程度の会話しかしないのが原因かもしれない。

 

 たとえば、大きな荷物を二人で運ぶとして、これマジで重たくね、くらいのことは喋るだろう、ちなみにここにおいて、実際に荷物が重いかどうかはクッソどうでもいい。そこから会話を多少は弾ませるが、あまりお互いのことに深くは踏み込まない。とりあえず喋れる奴と言うことだけを実感させてやるのだ。

 

 仲良くなる近道はお互いの情報を共有することだ。相手は何が好きなのか、どんなことを普段しているのかを知れば、そこから会話は広がるし、どういう話題を持っていけばいい人間なのかの分類もしやすいだろう。まあ現状友人と呼べる存在が東風谷と中田しかいない俺が知った風に語ったところで「実践できてない奴が何言ってんの?」とつっこまれて終いなのだが。

 休み時間にわざわざ集まって駄弁りにいくほどではない、だが、そいつが誰も話す相手が居ないときに傍にいたら、ちょっと立ち話でもする程度、それくらいの距離感を維持したいのだ。そのくらいの距離感なら、変な期待もしないで済む。

 俺にとっての一番の友達が、そいつにとっての一番は俺以外の誰かなんて、当然のことだ。感情が一方通行なことなんて、往々にしてあることだ。以心伝心で、通じ合っている方が稀だ。解かっている、だけどそのことに歯噛みしてしまう自分が居る。そういう事実を突き付けられた時に、傷ついてしまう弱い自分が居る。誰かにとっての一番になりたいと思う気持ちの悪い自分がいる。それを律する方法は簡単だ。期待しなければいい。仲が良いなどと思わなければそんな感情が生まれることもない。

 

 ふと蘇るのは、仲が良いと思っていた連中が実はそうではなかったと、突き付けられたあのどうしようもなく惨めで無力な瞬間。

 自分は大したことのない存在だと理解してはいても、それを事実として改めて突き付けられるとやはり辛い。ならば、そんな状況を作らないようにする。

 そんな術を俺は、東風谷早苗の居なかった空白の時間の内に覚えたのだ。

 

 

 いや、流石に長すぎませんかねえ。

 俺は今、東風谷の家の、客間というべきか、居間というべきか、まあ障子に畳にと、いかにも和といった感じのいつもの部屋に結構長いことポツンと一人でいる。いつもの。いつか行きつけのお洒落な店が出来たら使ってみたいものである。そして店員に顔を覚えられてなくて、露骨に、何言ってんだこいつという顔で「は?」と言われて泣きそうになりながら帰るまで想像した。

 さっきから無駄に暗い思考が働き始めて鬱になりかけたので、やがて考えることをやめた俺は宇宙を永遠に漂流しているような気分になる。

 

 この家には今、東風谷と柊と俺の三人がいる。いるはずである。いなかったら泣く。神奈子様と諏訪子様を人として考えるなら五人である。この部屋に俺を置いていった東風谷の話を信じるなら、彼女ら二柱も東風谷と柊と共に別室でオハナシ中だ、残念だが俺には二柱の姿が見えないので、その真偽は分からない。

 俺がこの部屋に居るのは、もしもがあったら俺は足手まといになりかねんということなんだろうが、なら、ここに来る必要無かったじゃないですかやだー。

 

 東風谷と二柱の慧眼を持って、柊にオハナシという名の実質的尋問、聴収、取り調べを行い、彼女の正体を暴き、心まで素っ裸にしてやろうということらしい。

 柊がシロならはた迷惑も良いところだろう。いや、クロならそれはそれで今度はこっちが困るのだが。

 

 なんとなく部屋を見回してみると、ふと、俺の座っている位置の向かい側に敷かれている座布団が目にとまる。そう、脚の短いテーブルを挟んで向かい側の座布団に座るのは東風谷だ。そしてあれだけ、この居間に用意された座布団と柄も色も違う。つまりあそこに配置された座布団は東風谷の私物で、いつも座している彼女の匂いが染みついている違いない。

 ごくり、と喉が知らずなった。

 男子と言うものは非常に単純かつ馬鹿な生き物で、女子に声をかけられただけで胸が高鳴るし、会話が成立すれば、それだけで嬉しいのだ。消しゴムやシャーペンを拾ってもらっただけで、なんか妙に優しい奴に見えるし、不意のボディータッチなんざもらった日にはもしかしてこいつ俺のこと好きなんじゃね、とまで考える

 

 こんな経験はないだろうか。

 

 休み時間、ふと席を離れて戻ってくると、俺の席に女子が座って近くの席の女子とお喋りをしている。しかもそいつが結構かわいいんだわ。休み時間が終わって席が空いて座るとさ、可愛い女の子独特のなんかイイにおいが微かにするのね。当時小学6年生の俺は思ったね、こいつ俺の事好きなんじゃね?

 

 今にして思うと俺チョロすぎんだろ。あの頃の俺を攻略するゲームが発売したら、声かけただけで好感度振り切れるからね。何でもいいから声かけたあとに、告白したら即エンディング迎えれるレベル。やだ何そのゆとりに優しいゲーム。クリアできないステージは飛ばせるとかそういう次元超えてる。

 まあ俺がチョロイのはこの際どうでもいい。重要なのはかわいい女の子がちょっと座っただけでその空間はかすかにイイ匂いがする、ということだ。東風谷は弩級レベルにかわいい、これは東風谷の人気を考えれば俺の主観的な評価でないことは確かだ。思い出補正を受けているあの女子を遥かに凌ぐものと考えられる、プラス、あの座布団は東風谷に長く座られてきたと判断できるだろう。

 結論、超がつくレベルでかわいい女の子が長く座った座布団はその相乗効果でとんでもなくイイ匂いがするに違いない。

 というわけで、死ぬほど暇な俺は東風谷のいつも座っている座布団に顔をダイヴさせてみた。

 ああ~、いいにほ……い?

 しかし、世の中とは不思議なもので、妙に間の悪い、良い時が存在する。たとえばこれは俺の高校受験前の出来事である。いつも勉強してる時には俺の部屋など立ち入って来ない親が、何故か、ちょっと勉強サボって勉強机に向かって勉強しているフリしながら漫画を読んでる時に限って部屋に入ってきたりとか。あれ以降、真面目な息子、という親の信頼が失墜した感が否めない。積み上げてきたものも、崩れる時は一瞬である。マジ世の中クソだわ。

 今回もそのような例に漏れないようで。

 顔が着地した瞬間に、ふと、障子が静かに引かれる音がした。

 勘違いだと祈りながら座布団を埋めた顔を音のした方へと向ける。

 そこには一時間近く、一向に戻ってくる気配の無かった柊と東風谷の二人がいた。俺の知らないところでの話し合いで仲良くなったのだろうか、二人の距離は非常に近い。

 東風谷はどういう状況か分からないといった顔で、柊は似たような経験があるのか、何か汚いものを見るような顔をしていた。何というか、この反応の差に、二人の境遇の差をわずかにでも感じずにはいられなかった。

 

「綾崎くん、何をしているのかしら」

 

 ささ、と起き上がり正座する。柊の声と冷ややかな視線に即座に姿勢が正される。

 

「あー……。座布団を枕にして寝てました」

 

 柊は、左手で元々俺が座っていた座布団を指さして口を開く。

 

「貴方が座っていたのはあっちでは無かったかしら」

 

 柊の表情は笑っている。いやもういっそ清々しいくらいに綺麗で微笑だ。柔らかい、それこそ女神様の柔和な微笑みと言ってもいいだろう。なのに、怖い。

 こんな話を聞いたことがある。起源を辿ると本来、笑顔とは威嚇なのだとか。そして、微笑とは最も感情の読み取りにくい表情だとかなんだとか。

 うーん、東風谷本人を前に大暴露するわけにもいかないし、かといって地雷踏んだっぽい柊を前に適当な言葉で誤魔化すのも難しいだろう。

 

「まあまあ柊さん、結鷹はずっと一人でこの部屋に居たんですから寝ちゃっても仕方ないですよ」

 

 どうどう、と言いながら東風谷は柊の前に立って、制止するように手のひらを柊の方に向けながら通せんぼする。

 どうやら、東風谷は良い感じに俺の行動を自己解釈して誤解してくれているらしい。

 

「はあ、貴女ねえ……。まあ、東風谷さんがそう言うのなら、私があれこれ責めるのもおかしな話よね」

 

 そう言って柊は肩を竦めると、彼女のこちらを刺すような尖った気配も消え失せる。

 部屋の隅に置いてある来客用の座布団を東風谷は引っ張って来て、東風谷の定位置の隣にポン、と置く。

 

「柊さんはこちらに座ってください。結鷹も座って」

「お、おう」

 

 言われて、俺もいつもの位置に戻り、座り込む。

 こう、いつものと呼べるくらいには俺もこの家に来ているのだと、改めて思った。

 それぞれが座り込み、テーブルを囲む状態になったところで、こほん、と東風谷はわざとらしく咳をする。

 そうして、両手を右隣の柊の肩に乗せて、彼女は突拍子も無くこう言った。

 

「今日、柊さんはウチに泊まることになりましたー!」

 

 


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