ロックマンZERO イレギュラー   作:気分屋

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9.潜入

 

黒煙が登る。

 

一面の蒼天に立ち上る一筋の歪んだ黒い線は、遠く離れた距離からでも容易に発見できるくらい目に映えた。

 

 蒼天、と言ったがこの地を良く知る者ならば耳を疑った筈だ。ここは常に砂嵐の荒れ狂う危険地帯で知られている。尤もそれが、今現在黒煙を噴き出して機能停止している装置によって人為的に引き起こされたものだ、という事実を知る者は殆どいないだろう。

 

 空に向かって突き出た 大型スクリューのような形状の装置は何か大きなモノが殴り付けたのか、表面に何発も拳の形の凹みがあった。そしてその下にある大型ファンは大穴を穿たれており、底にある暗闇を覗かせている。

 

――ォオオオ……

 

吹き抜ける風の音。恐ろしい怪物の唸り声にも聞こえるそれは、底の見えない深淵と相まってより一層不気味さを強調する。

 

この闇の底で凄惨な光景が幾度となく繰り広げられている事を、果たしてどれだけの者が知っているのか。

 

◆◆◆◆

 

砂漠に密かに造られた秘密基地。それが闇の底に存在するものだった。ここには捕らえられたレジスタンスの構成員が収監されている。ここ以外にもそういった施設はあるが、砂漠エリア内で拘束された構成員は大体ここに護送されてくる。

 

 もう一つ。この基地には重大な役割があるが、それはこの収監施設を管理するミュートスレプリロイド『ブリザック・スタグロフ』にはあまり係わりのない事だった。

 

 彼は主に収監者を監視する任に就いている。それだけでなく、尋問を行いレジスタンスの拠点を聞き出し幾つかのテログループを壊滅に追い込むという功績も挙げている。任地が秘密基地という性質上、その働きが認められる事はそうそうないが彼は不平など言わず職務を全うする。彼は仕事が愉しいのだ。これだけ聞くと仕事熱心な美談にしか聞こえないが、実情を知る者はそんなものではないと嫌悪感を露にして吐き捨てる事だろう。

 

 彼の職務風景は残虐だった。収監している間は静かなものなのだが、尋問の時が酷い。尋問と称して彼がやるのは狩りだ。収監されていた収監者をわざと解放し、制限時間を設けて逃げ切れれば外に出してやると言うのだ。当然言われた側は藁にも縋る思いでその話に乗る。だが乗ったが最後、その収監者は地獄を見る。

 

 この施設には各所にセンサーが配されており、彼らの動向はスタグロフには筒抜けなのだ。尋問はスタグロフの気分によって一月、一週間、早ければ三日に一度のペースで行われているが、今までに逃げ切れた者は一人としていない。もう一度表記しておく。彼は仕事が愉しいのだ。

 

 そんな一方的な狩りは、今このときも行われていた。

 

 

「ブホーッ、ブホーッ……!!」

 

 

 荒げた息遣いで通路を進む影、ブリザック・スタグロフだ。やや早い足取りで左右や後ろをキョロキョロと見て先へ進む。しかし様子がおかしい。その姿は狩る側というより寧ろ狩られる獲物側のそれだ。広い区画に出た。何本かのコンクリートの柱があるだけの物資搬送用の通路。

 

キュィィィィ――

 

 小さく聞こえてきたその音に、スタグロフは弾かれたように顔を上げた。両腕を構えいつでも攻撃できるよう態勢を整える。奇妙だった。狩りのとき自分を有利にさせる筈のセンサー群、それらが一切反応しないのだ。それどころか相手が自身の動きを見ているかのように常に行動の先を行く。彼は今、自身が潰してきた獲物の気持ちを味わっていた。

 

 音は次第に大きくなっている。音の主が近づいてきている証拠だ。正面、見えてきた。自身より大きな体躯、太く力強そうな鉄の腕、相手はライドアーマーに搭乗している。そしてこちらを見据える搭乗者、見覚えのない男の顔。

 

 

「……っ!?」

 

 

 その男の言い知れぬ威圧感に堪えられず、スタグロフは先制攻撃を仕掛けた。手の代わりに備えられた噴射口から水蒸気と極低温の冷気を噴出。数秒と経たないうちに拳大の氷塊が出来上がった。腕を勢いをつけて振り抜く。氷の凶器と化した豪速球をしかし、相手は巧みな疾走で掻い潜るように回避しつつこちらへと向かってくる。

 

 

「な、何なんだ……!! お前はぁ……!?」

 

 

 迫りくる侵入者から言い知れぬ戦慄を覚えたスタグロフは、手数を増やして迎撃するが当たらない。あっという間に相手は目の前まで来た。この距離ならばともう一撃加えるが、直前で横に急速回避。無駄のない旋回でスタグロフの後ろに回り込んだ。

 

 慌てて後ろに振り返ったが間に合わず。瞬間スタグロフが見たものは巨大な拳だった。ゴゥッと音を立てて振るわれた拳は、スタグロフの左腕を見事に千切り飛ばした。

 

 

「ギ、アアアアアッ!?」

 

 

 激痛に激しく悶えたスタグロフを、侵入者はライドアーマーの左手で掴まえる。そして自身の顔の高さまで腕を上げた。

 

 

「……やかましいぞ、少し黙れ。この場所に強い気配を感じた、ソイツの所まで案内しろ。従わなければ――」

 

 

ギシギシギシッ

 

 

「グッ、ガッ……!!」

 

 

アームに力が籠められスタグロフのボディが軋む。

 

 

「安心しろ……。用が済むまでは生かしておいてやる……!」

 

 

 その言葉にスタグロフは絶望した。従わねばここで破壊される、従っても案内が済めば破壊される。この男が本気だというのがはっきりと感じられた。スタグロフに選択の余地はなかった。

 

◆◆◆◆

 

 拘束したスタグロフの誘導に従い移動する侵入者ことVAVAは、徐々に目標に近づいているのを感じていた。砂漠を疾走するとき、地上のファンを破壊して地下に降りたとき、腕のギミックでセンサー群をこちらの支配下に置いたとき、周辺の雑魚を片付けていたとき、少しずつではあるが反応は強くなっている。

 

 もうすぐだ、もうすぐでこの妙な(・・)気配の持ち主に会える。

 

 やがて辿り着いたのはこの施設の中央制御室。部屋の中心には床と天井に接地した砂時計のようなシルエットのメインサーバーが、静かに稼働音を漏らしている。戦闘員や職員はいない様子で、この場にいるのはVAVAとスタグロフのみだ。スタグロフは新たな誘導指示を提示した。

 

 

「こ、ここから先はライドアーマーじゃ、狭くて無理だ。降ろしてくれ」

 

 

 VAVAはスタグロフを降ろし、自らも操縦席から降り立った。先へと続くらしい通常サイズのドアを開けるべく、横のコンソールを指のない手で器用に操作するスタグロフの背中を何ともなしに眺める。

 

 音。突然警報が鳴り響く。赤い非常灯ランプがけたたましいサイレンを鳴らし、室内を赤い色で染める。次に天井の至る所からタレットが出現し、VAVAへと攻撃を仕掛けた。放たれた弾丸を最小限の動きで躱し、逆にフロントランナーで木っ端微塵に粉砕。早急に無力化される。

 

 しかしそのために短い時間ながら隙が生じる事となる。後ろから吹雪のように冷気の奔流が襲い掛かってきた。スタグロフだ。対応が遅れ先ずは脚が、続けて腕、胴体と凍りついていく。冷気の奔流はVAVAの身体だけではなく、大気中の水分すら凍らせる。凍結した水分は幾本もの氷の矢尻となって迫り、その内の一本がVAVAを捉えた。

 

 

「ブホーッ、ブホーッ……ブホホホホッ! 油断したなぁ、貴様如きがあの方(・・・)に会おうなどとは愚かしい。貴様などこのスタグロフで充分よ!」

 

 

 氷柱が一本突き出た奇妙なオブジェと化したVAVAを前に、スタグロフは暫く笑い続けた。

 

 そこへ、近付いてくる複数の足音。その中には先程まで聞いていた音、ライドアーマーの歩行音も混じっている。やがて通路の先から現れたのは、二機のライドアーマーと数人の収監者の姿。察するに、この男の仲間とソイツらが脱走させた連中だろう。

 

 

「ひっ、スタグロフ!?」

 

 

 此方を認識してあっと声を漏らしたアーマー乗りの陰で、収監者の一人である女性が悲鳴を上げた。その様には嗜虐心を擽られる。思わず顔がにやけてしまう。尤も、外から見れば目を細めたくらいにしか映らないが。

 

 

「ダァメだな~、勝手に出ちゃあ……そんな悪い子達にはお仕置きだぁ!」

 

 

「皆下がって!!」

 

 

 襲い掛かろうとするスタグロフ。それを見て素早く声を発したのはルカだ。直後、ルカともう一人のアーマー乗り、ラムドのライドアーマーが疾走。スタグロフの周りを旋回し攪乱を試みる。

 

 

「ヌッ……!!」

 

 

 VAVAの件で少々警戒心を植え付けられたスタグロフは、我知らず動きを止めた。その隙を逃すまいと二人は攻撃に移る。スタグロフの両横で停止した二機は右腕を構える。

 

 

「何ぃっ、そ、それは!?」

 

 

 右腕に付いている物を見たスタグロフは驚愕する。それに見覚えがあったからだ。右腕の物が展開、電流が迸ったかと思うとスタグロフに電磁力による強力な力が掛かった。

 

 

「ガァァッ、それは……アステファルコンのぉ……!?」

 

 

 そう、それはアステファルコンの腕パーツだった。以前ルカ達を助け出した(そのつもりは本人にはなかったが)とき、VAVAが残骸から持ち出したものをライドアーマーに取り付けていたのだった。整備途中だったため本機はガレージに残され、それをルカ達が整備し運用したのだ。

 

 

「……ははっ、手も足も出ねぇだろ!」

 

 

 ラムドが言うように両サイドからの電磁力によって自由を奪われたスタグロフは文字通りの状態だ。しかし、スタグロフに慌てる様子はない。

 

 

「ブホッ、確かに……。だが……!」

 

 

 スタグロフはそこで頭を下げた。初め誰もその行動の意味を理解出来なかった。一番最初に気が付いたのはルカだ。

 

 

「“角”は出せるんだなーー!!」

 

 

 スタグロフの角は氷で形成されている。高速で射出された計六本の氷柱が鋭い切っ先を収監者達に迫らせる。驚いて動きを止めた彼女達の前に遮るように何かが割り込んだ。ルカだ。数本が装甲を貫き火花を散らす。が、幸い稼働に支障はないようだ。

 

 

「くぅっ……!」

 

 

「ばっ……、ルカ! 何やってんだ! お前が離れたら……!」

 

 

 片方からの電磁力だけではスタグロフを拘束し続ける事は叶わない。隙を見て抜け出したスタグロフは、VAVAの方へと駆け寄った。

 

 

「ブホホホホッ、詰めが甘かったな雑魚どもが!」

 

 

「いーー!? あの人何で氷漬けになってんだよ!?」

 

 

「VAVAさん……!?」

 

 

 気付いたラムドとルカが驚愕の表情で見る。その様子にスタグロフは満足し、おもむろに右腕をオブジェと化したVAVAに向ける。

 

 

「ブホホッ、やはりお前達の仲間か。心配するな、直ぐにお前らもこうなるんだ」

 

 

ピキッ

 

 

「「あっ……!」」

 

 

ルカ達が何かに気付く。スタグロフは気付いていないようでそのまま話し続ける。

 

 

「おおっと、動くな! 動いたらこいつを――」

 

 

ピキピキピキィッ

 

 

「――ん? 何の音……、え?」

 

 

ガシャァンッ

 

 氷のオブジェに罅が入り、砕けた中から腕が突き出てきた。その手がスタグロフの頭を鷲掴みにするが、スタグロフ本人は何が起きたか理解し切れていないようだ。

 

 

「あ、え……?」

 

 

「……動いたらどうするんだ? なぁ、教えてくれよ……!」

 

 

「ヒ、ヒィィィ!?」

 

 

 囁くようなVAVAの声に漸く理解が及んだのか、悲鳴を上げて拘束から逃れようとするスタグロフだが、外れる気配はない。

 

 

「な、何でだ……!? 氷漬けにしたはずっ!?」

 

 

「ふん……貴様程度の氷でオレが止められるとでも思ったか? 笑わせる」

 

 

 スタグロフは知らない。VAVAの体表面には既に薄く氷が覆っており、彼の氷は上辺を凍結させたに過ぎない事を。

 

『フローズンキャッスル』

 

 自身の身体の表面に薄く硬い氷を纏わせ、外的ダメージを半減させるVAVAの特殊武器の一つ。海をも凍らせるというスタグロフの冷気でも、VAVAの形成した氷の鎧を抜く事は叶わなかったのだ。VAVAの素性を詳しく知る者がいたなら、この事実に恐怖しただろう。遥か昔のレプリロイドに、現代で高い性能を誇るミュートスレプリロイドが遅れを取るなどと、誰が予想できただろうか。

 

 

「オレに不意打ちを喰らわせるとはいい度胸だが、これ以上貴様に時間を割くつもりはない。ほら、道案内がまだ途中だぞ。最後までやってみせろ……!」

 

 

 言い終わった途端、スタグロフを掴んでいた方の腕が飛んだ。比喩などではなく、ブースターを噴かして空中を突き進む。

 

『ゴーゲッターライト』

 

威力が高く、耐久力の高い敵にも有効なVAVAの兵装の一つだ。所謂ロケットパンチである。

 

 先程スタグロフが開ける素振りを見せた扉にロケットパンチが激突する。腕と扉に挟まれたスタグロフの頭部はミシミシと軋む音を立てる。

 

 

「……い、いやだ! 死にたくない、お、お助けををををぉ!!」

 

 

「命乞いを……! VAVAさんっ! もういいでしょう。これ以上は――!」

 

 

 スタグロフの悲痛な叫びに聞くに堪えなくなったルカが解放するよう願うが、即答されたのは拒否の意思だ。

 

 

「ふん、断る」

 

 

「VAVAさん!!」

 

 

「それに……こいつが助けを求めてるのはオレじゃない。この先にいる奴に(・・・・・・・・)だ」

 

 

「え……!?」

 

 

 ピシピシと何かが罅割れる音。スタグロフの頭、ではなく扉の方だ。やがて亀裂は大きくなり、耐えられなくなった扉と壁が轟音とともに砕け散った。崩れ落ちる大小の瓦礫、アイカメラの灯が落ち意識を手放したスタグロフ、スローモーションのように見えるそれらの合間にVAVAは確かに見た。

 

 高い位置にある玉座のような場所から見下ろす相手。面白そうな物を見つけたという風に微笑を浮かべ此方を眺める女の姿。優雅に足を組み頬杖をつく様子は、自信と余裕の表れだろう。

 

 

「……貴様だな、気配の主は」

 

 

「随分派手なお越しね。歓迎するわ、招待した覚えはないけれど」

 

 

 四天王の一角、妖将との遭遇。今までの相手とは違う強い気配に、VAVAは戦闘意欲を滾らせた。 

 

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