今回も更新が遅くなってしまい、本当に申し訳ありません……。ですが、着実に更新は続けていきますので、今後とも本作をよろしくお願い致します!
それでは、どうぞ!
い……タい……。
タ、すけ……テ……。
◆
遺跡平原のベースキャンプ。岩の間を流れる小川の脇に作られたこのキャンプに、包帯まみれで満身創痍の男――即ち、俺がいた。
「肋骨が数本、逝ったな……」
上半身の装備を脱ぎ捨てて包帯を巻いた胸を押さえ、地味に響くようなその痛みに顔を歪める。これでもハンターから抜擢されてギルド職員になった身、モンスターとの戦闘で怪我をすることなど日常茶飯事だったが、これほどまでに酷い怪我は未だ嘗て無かったように思う。
「いや……この程度で済んで良かったと思うべきか」
岩の上に身を投げ出し、不穏な暗い雲が流れてゆく空を眺めながら、自らにこれだけの傷を負わせたモンスターの姿を再び思い出す。
“怒り喰らうイビルジョー”。ギルドの資料や遭遇したハンターの話は何度か目にしたり聞いたりした事はあったが、まさかそれがあれほど恐ろしい存在だとは思っていなかった。全てを食料としてしか見ていない狂った双眼。食欲の赴くままに全てを飲み込む大口。異常なまでに膨張した筋肉。俺自身自らの実力に慢心などしていないつもりだったが、あの暴力的な力を目にしてとても自分が勝つことのできないと理解できてしまって。
……そういえば、以前どこかで“百聞は一見にしかず”という
「ま、あれを見て絶望した上にエサになるよりかは、話に聞く程度の方が遙かに平和ではあるだろうけどな……」
いつでも、真実を知るべきとは限らない。ナイトとしてギルド職員になってからそんな内容は何度も見てきたつもりだったが、それは何れも資料としての話。だが今なら、あの怯えたハンター達の気持ちが痛いほど分かる。
「寂しそうだった……か」
ふと、あの少女ハンターの言葉を思い出す。イビルジョーとて獣竜種のモンスターだ、それは多少くらいは感情も持ち合わせてはいるだろう。食欲に支配されて見境いなく食らってはいるが、もしそんな自分を悔やみ、寂しがっているのだとすれば、こんなに悲しい生き物はいるだろうか。だが、その後変貌したあの姿。その凶暴性と神出鬼没さのために古龍ほどではないもののあまり研究の進んでいない恐暴竜だが、あの姿となった個体は食欲のブレーキが完全に壊れており、自我は完全に崩壊してしまっていると言われている。もしその通りならば、果たして当のモンスターにとってはそれが良かったのか、悪かったのか、俺には判断しかねた。
ネコタクでこのベースキャンプへ搬送された時に見た、彼女のオトモアイルー。自分に任せてお前は休んでいろとやけに上から目線で言われたのだが、実際俺が今動いたところで足手まといにしかならないのは明白だったために、不本意ながらその言葉に甘えさせてもらうことになった。しかし、もう少し何かできなかったものかとついつい考えてしまうのは仕方のないことだろう。
「……あぁ、思い出した」
突如頭の中で復元された記憶に思わず身体を起こし、肋骨の痛みに少しだけ顔をしかめる。そう、あの少女ハンター、以前にも面識があったような気がしていたのだが、当時まだギルドナイトに抜擢されて間もなかったが故に色々あたふたしていたこともあって忘れてしまっていた。それを今、ようやく思い出したのだ。
あれは確か、ハンター育成所への視察の仕事へ初めて同伴した時だった。当然ハンター業となると男が大多数を締めてしまうのは仕方がないらしく、その時期の訓練生もやはり男ばかりのむさ苦しい現場だったのだが、そんな中ただ一人、女性の、それもまだ思春期を迎えたかそこらというような幼い娘が、そんな筋肉隆々の男達に混じって厳しい訓練を積んでいたのだ。
別段偏見があったわけでもないが、つい気になって声をかけた俺へと眩しいくらいの笑顔と共に帰ってきたのは『両親もハンターをやっているので!』という言葉。両親の仕事を継ごうとする彼女の姿勢に関心すると同時に、あんな文字通り血みどろな世界へとこの純粋無垢な少女が身を乗り出そうとしているという事実に少し複雑な気持ちになった事が思い出される。あぁ間違いない、あの少女ハンターはあの時の子だ。全く、まさか彼女とこんな形で再会する事になるとは思ってもみなかった。――最も、彼女の方は俺の事を覚えてはいないのだろうが。
「……無事だといいが」
何かに祈るわけでもないが、思わず再び空を仰ぎ見る。先程と変わらず暗雲立ちこめるその空だったが、一瞬裂けたその雲の割れ目から漏れた一筋の光が、やけに眩しく見えた。
◆
「……ギッギッギッギッギッ(……まだ耐えるのか)」
奴の攻撃の届かない上空へ退避し、瞼も瞳も無い複眼でイビルジョーを睨みつける。そんな奴は体の各所に数十もの切り傷を刻み、そのいくつかは開いた傷口からドス黒い血を吐き出しているものの、未だに動きが衰える様子は無い。
一口サイズに切り分けておいたこんがり肉をスタミナ回復のために顎でくわえながら、イビルの気を引きつつ移動してきた方をちらと見やる。ともかくは第一目標、ハンターさんからイビルジョーを引き離すことには成功した。今のうちに彼女が避難してくれれていればなお良いんだが、それはこいつを俺が討伐してしまえば済む話だ。
「ギギッ、キシャシャシャシャシャシャ(今更、お前に負ける気なんてしない)」
双剣を挟む爪に力を込め、ブオゥン、と羽の速度を上げて落下の運動エネルギーも上乗せしながら奴を中心に螺旋状に降下していく。こうして奴の胴体と同じ高度をぐるぐると回り、隙を見て一気に距離を詰め、切り込むのだ。
この周囲を旋回して攻撃する戦法はあらゆる相手に対してかなり有効な手段だと思うが、当然あまり多用しすぎると生物であるモンスター相手では学習し、それに対応するようになってしまう。事実、過去にレウスさんからの逃亡時や子リオス達との遊びで近い戦法を使用していたのだが、二、三回やった時点で彼らは俺の動きを先読みして行動してくるようになっていた。が、奴は違う。ただひたすらに、届きもしない噛みつきを繰り出したり、ブレスや岩投げを行うにしても自らと俺の間の直線上へしか使用しない。そう、奴は学習しないのだ。ただただ俺を排除し、食らうという目的しか見えていない暴食機械。この体の性能を差し引いて考えれば、その危険度は最早ゲームの時よりも劣る。
「ギィッ!(らぁっ!)」
「グオォゥ!?」
ブレス直後のガラ空きの頭部へ、二本の剣にて切り込む。イビルジョーの体の中で唯一甲殻を持つ頭部はやはり他の部位よりは刃の通りが悪いが、それでも俺の鎌や角なんぞより遙かに素晴らしい切れ味と強度を持つこの双剣をもってすれば、さして気にするほどでもない。何より、頭部はあらゆる生物の弱点だ。刃の通りを差し引いたとしても、相応のダメージは通る。
そしてまた、比較的単純な神経回路を持つ昆虫の体は、脳から出ているのかも定かではない俺の指示をとても素早く、精密に実行してくれる。お陰で、頭殻にある継ぎ目へと的確に刃を入れるという荒技を可能としていた。
――これなら、いける。
「ゴオオオァァァァァ!」
果たして当の奴はそんな攻撃が届くと思っているのか知らないが、イビルジョーは攻撃を止める様子もなく俺へ向けて岩を飛ばしたりブレスを吐いたりしてきている。が、現状俺の滞空している高度はそんな攻撃など到底届かないような場所であり、結果として元より飢餓状態である己の体力を無駄に消耗する事となっているようで、元に少しずつ動きが緩慢になってきている。狂って自らを強化したとしても、その体を動かすエネルギーが無くなれば動かなくなるのは必然だ。
「ゴォァァ……」
そしてついに、暴れ狂っていた巨体が疲労により一時的に動きを止める。その異常なまでに隆起した筋肉を動かすエネルギーを求めて、酸素を取り込むべく荒い息をする。そしてそれは――俺が求めていた、絶好のチャンスだった。
「ッ!(っ!)」
イビルジョーがその行動を止めたのを認識した直後、羽で自らの体をはじき出すように一気に降下する。イビルジョーの攻撃が届かない高度に陣取っていたとはいえ、そんなものはこの体の飛行速度の前にはさした問題ではないのだ。
降下していきながら、片方の中脚に持っていた剣を昆虫特有の顎でガギリとくわえこむ。そうして開いたその中脚を、もう片方の中脚に持った残る一方の剣へと添えた。全ては、その一撃に全力を注ぐために。そしてそれを振りかぶりながら、一直線にその体の割に小さめの頭部へと距離を詰めていった。
頭部が弱点。先程も言ったように、それはゲームにおいても、現実においても同じことだ。しかしゲームでは、弱点を突くことで一気に致命傷を与えたりだとか、即死させたりなんていうことは当然できなかった。しかし――現実となった今ならば、そんなゲームシステムなどは関係ない。先程までの攻撃は、奴の体力の消耗と、この剣の切れ味を知るための行動であり、全てはこの一撃のための準備。
この、全力の一撃で――。
「ギッシャァァァァァ!(いっけぇぇぇぇぇ!)」
奴の脳天を――。
「ゴァ……(イ……)」
叩き割る!
「ゴォァ……ゥ……(イタ……い……)」
……え?
突然聞こえた幼い少女のような声に驚き、思わず突進を止めて辺りを見渡す。まさかこんな危険な場所に、人の女の子が……。
「ゴオオオァァァァァ!」
立ち止まった、もとい空中静止した俺の視界が、突如何かによって遮られる。そしてその正体が奴の身体であると俺が理解するよりも早く、身体に凄まじい衝撃が走った。
「ッギィッ!?(っがぁっ!?)」
あの時――リオス夫婦に助けてもらう直前に食らった尻尾回転など比べものにならないような超高威力のタックルが、衝撃の逃げ場もない真正面から俺を討ちすえた。
軋む甲殻。その中で何本かの筋肉だか筋だかが切れる音。そして――何かが折れ、砕ける音。頭部への激しい衝撃で目の前へと火花が散ったかのような幻覚を見ている俺の脳へ、様々な形で己の身体の異常が伝わってくる。
「ギッ……(ぐっ……)」
土埃を舞い上げ、地面へと落下する。痙攣している身体をどうにか制御しようと息を吐き出せば、気門からは空気と共に体液が溢れ出した。
「ゴォァァ……」
倒れこんだ俺の視界に、目を怪しく爛々と輝かせながらこちらを睨みつけるイビルジョーの姿が写る。しかしその気配からは俺に対する憎悪の感情も、しとめた事による喜色すらも感じられず――ただただ、俺を食らう事しか考えていないようで。いや、そもそも“考える”だなんていう高等なことは行っていないのかもしれない。本能、いや機械的なプログラム。奴にとって、これだけ傷つけ、追いつめた俺でさえも“処理”する対象にしか見えていないのだ。
逃げなければ。そう思いどうにかもがく俺だったが、突然視界の左側が真っ暗になる。当然焦る俺だったが、それが自分の体液によって遮られているのだという事、そしてその体液が流れる場所から、三本あるうちの左の角が折れている事に気がついた。が、今はそんな事はどうでもいい。一刻も早くこの場所を離れなければ、角が折れる程度では済まされないのだ。
「ゴォァ」
イビルジョーが地を揺らし、唾液を流しながらその大口を開けてこちらへと迫ってくる。一方の俺は先程の衝撃のせいか意識が朦朧としていて、羽はおろか脚すらもまともに動かせない。
「ギッ……キシャァ……ッ(畜……生……っ)」
悪態をつきながら前脚を地面に突き刺し、どうにか身体を押し上げるように体制を立て直す。しかし相変わらず身体は言う事を聞かず、脚も羽もまともに動かせる気がしない。避ける事はほぼ不可能。またまともに攻撃を受ければ、そのまま食われてしまうだろう。だが俺は、こんな場所で死ぬわけにはいかないんだ。こんな、場所で……。
「ゴ……ゴグァ?(あ……あれ?)」
俺と、そしてイビルジョーの動きが同時に止まる。
「ゴォァ、グ、ゴァ……ゴォ、ゥ、ガッ、ゴォァ、ゴォァァ!(ここ、ど、こ……え、ぁ、い、痛い、痛いぃ!)」
「ッ……?(っ……?)」
突如イビルジョーがズズンと音を立てて倒れ込み、苦しげな鳴き声を上げながらもがきだした。そんなあまりにも突拍子もない事態に全く状況が飲み込めない俺だったが、ただ一つ言える事。それは、今こそが俺が生き残るチャンスだということだった。
「ゴォァ、ゴァァァゴォァァァ!(痛い、うぁぁぁ痛いぃぃぃ!)」
焦ることはない、またチャンスはあるんだ。体勢を立て直してまた挑めばいい。そう自分に言い聞かせながら、どうにか動く前脚を使い必死に身体を引きずってその場を後にする。
遺跡平原に、恐暴竜の悲痛な鳴き声が暫しの間響き続けた――。
相も変わらずシリアス回でした。いつになったら脱却できるんや……。もうすぐ、もうすぐまたギャグギャグした日常が戻ってくるはずですから!
そしてちゃっかり折れるアルセル君の左角。彼の明日はどっちだ!?