徹甲虫とはこれ如何に。   作:つばリン

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今回はいつもより早めの投稿です!


第二十二話~死神、狂竜、狩人~

 それは、あまりにも突然だった。未知の遺跡探索にはしゃぐ(ほたる)を抱えて巨大空間の中央あたりに差し掛かった、その時――。

 

 ビリッ……。

 

 妹の声や己の羽音に混じって聞こえてきたのは、まるで厚手の布を引き裂くような、短く鈍い音。この体(アルセルタス)の優れた聴覚で即座にその気配を察知した俺は、同じく優れた反射神経に物を言わせて、エビが跳び退くような動きで全力で後退した。

 

 ビュゴッ!

 

「ギァッ!?(のぁっ!?)」

 

 直後、たった今まで俺のいた場所を、灰色っぽい大質量の何かが突っ切っていった。すぐ真右から飛び出してきたらしいそれは、巨体に見合わぬ軽快な動きで二度三度と跳び、一度目の着地で舞い上がった土埃の中へ姿を隠した。どうやら、俺の前方やや左側に着地して静止しているらしい。

 

 予備動作ほぼ無しの緊急撤退という無理な軌道に大きく揺れ動く自分の体を安定させながら、油断しないよう複眼で相手が着地したあたりを睨みつける。一瞬だけちらっと(ほたる)へと視線を向けると、目を見開いたまま硬直していた。まずい、恐らく放心している。初めての場所に彼女と一緒というのは迂闊だったか。今の彼女に、この手の刺激は――。

 

「ギッギッギッギッギッギッギ……!(早くこの場所を……!)」

 

 一刻も早く彼女のケアをしなくては。あの動きからしてあいつはモンスター、それならゲームの知識である程度までなら対応できる。遺跡の探索やあいつの相手は二の次三の次、隙を伺って一端離脱を――。

 

「ッ、ギシャァキシャシャ……!?(っ、何だあいつ……!?)」

 

 ――土埃が消え、それは姿を現す。いや、現していると言っていいのか、あれは……?

 

 それは例えるなら、竜の亡霊だった。まるでナルガクルガのように頭を低くして構えているらしいそのモンスターは、小さく見積もってもグラビモスに匹敵するレベルの体躯をしている。その巨体を頭から尾の半ばにかけて、明らかに経年劣化した灰色の大きな布が、真上から被せられるように纏っていた。ハロウィンなんかでよく見かける、頭からシーツを被ったようなタイプの幽霊を竜にしたら、丁度あんな感じなのだろう。飛び出してきた時に聞こえた、布の破れるような音の正体は恐らくあれだ。

 

 頭部や胴体は布に完全に覆われて見えず、揺れる布の裾(?)から僅かに、見るからに凶悪な爪が生え揃った四肢を見てとる事ができる。大きく掲げられた尾も、布を持ち上げて外に露出していた。何れもゲームでは見たことのない形状をしているが……この閉鎖空間で生き延びてきた、古代のモンスターか何かだろうか? 世界観重視勢として興味はあるが、今はそこを深く考察している余裕はない。

 

 脚と尾、布に覆われたシルエットからして竜の類なのは間違いないが、前脚に翼らしきものは見あたらないので、牙竜か獣竜のどちらかだろうか。なら、この空間の外まで追いかけてきたとしてもありったけ上空に待避すればどうにかなる。あんな未知のモンスターを外に放ってしまう事に不安は残るが、今は自分と妹の命が優先だ。

 

「……」

 

 突如、奴がこちらに向けて突っ込んでくる。威嚇の咆哮も無しに無言とはますます不気味な奴だ。最も、虫の反射神経を持つ俺にはその程度なら避けるのはたやすい。

 

「ギッ!(よっ!)」

 

 羽の速度を上げ、大きく上昇する。高い運動能力があるとはいえ、翼を持たないのなら空中での軌道力は俺の方が上。この空間の天井の高さなら、俺の強みも遺憾なく発揮できる。

 

「ギシャッ、キシャシャシャ……!?(よし、出口に……っ!?)」

 

 ぐいんと宙返りするように方向を調整して、俺が開けた空間の穴へ向けて突進しようとした俺だったが……直後に襲った右角への衝撃でバランスを崩し、危うく墜落しかける。慌てて地面を確認するも、奴の姿が見えない。まさか、と思ってその場をすぐに離脱すると、すぐ背後で、大質量の何かが高速で通る、ビュゴッという風切り音が聞こえた。

 

「キシャシャシャキッシャシャ!(そんなのアリかよ!)」

 

 着地した奴を見て、即座に状況を理解する。同時に慌ててじぐざぐに飛べば、俺が直前までいた場所を、上から下から何かが猛スピードで通過していった。

 

 そう、奴は俺に跳びつくと同時にこの空洞の天井にしがみついて、今度はそこを足場にして上からの跳びつきを仕掛けてきているのだ。天井から跳びかかるというのはまるでフルフルのような戦法だが、その機敏さはナルガのそれに匹敵している。グラビモス級の巨体、立体的な軌道、ナルガクルガ並みの機敏さ。まずい、こいつ、幽霊なんて生ぬるい物なんかじゃない……まるで、死神だ!

 

「キシャシャ、キシャシャギッギッギ……!(早く、早く外に……!)」

 

 天井がある以上、この空洞は奴のホームグラウンド、こっちの方が小柄で小回りはきくとはいえ、ふわふわとした空気を掴んで移動する俺よりしっかりした地面や天井から縦横無尽に飛びかかる奴の方が有利だ! 上に足場の無い外に、一刻も早く――!

 

 さながら跳弾のように連続で、しかも俺の軌道を予測しながら飛びかかってくる死神を死にもの狂いで回避し、出口を目指す。あと一撃でも食らったらアウトだと思わなければ。あの巨体から繰り出される重い一撃、俺はまだどうにかなるかもしれないが、抱えた(ほたる)にこれ以上衝撃は与えられない。もう、自分のせいで家族を失うわけにはいかないんだ……!

 

「よし!(ギシャッ!)」

 

 最後には地面に鎌を突き立てて加速し、穴から飛び出す。が、まだ安心している余裕はない。その勢いのままに一直線に上昇し、奴の攻撃圏外に……。

 

「ッギ、キシャ……?(って、あれ……?)」

 

 違和感に背後を振り返り、周辺を確認する。地面にも、空にも、奴の姿はない。このあたりは木も生えていないので、あれだけの巨体が隠れるような物陰もない。あれだけ執拗に飛びついてきていた奴の突然の消失に戸惑う俺だったが、俺が開けたあの穴を見て、納得した。

 

「キシャシャ、キシャシャシャシャシャシャシャギッギッギッギッギッギッギ……(あいつ、あの空洞から出る気は無いのか……)」

 

 穴の中から、奴の布に覆われた顔が覗いている。あいつほどのパワーなら自分が通れるほどまで無理矢理に穴を拡張する事もできるだろうに、それをしないという事は、自分の有利な環境をしっかり弁えているのか。或いは、卵や子供のような守る物があそこにあって、単純に俺を追い出そうとしていたのかもしれない。

 

 ……そうか、そうだな。死神だなんて言ったが、あいつでもモンスターなんだ。この世界のモンスターは一つの生物の形。一部に例外はいるとはいえ、無益な戦闘なんてそうしないものだ。

 

「ッ、ギシャシャ、キシャシャシャ……?(っ、そうだ、ほたるは……?)」

 

 しまった、撤退に必死になって、最優先事項を忘れかけていた。

 

 中脚でしっかりと抱え直し、顔をのぞき込む。あのモンスターの攻撃を避けるためにかなり乱暴な飛行をしてしまったが、大丈夫だろうか……?

 

「……キュァ?(……ふぁ?)」

 

 焦点の合っていなかった竜の瞳に、光が戻る。状況が把握できていない様子できょろきょろと見回して、俺の無機質な複眼と視線を合わせた。一応無事なような様子に一安心して、大丈夫? と声をかけようと顎を開いた――その時。

 

「キュッ……!(ひっ……!)」

 

 幼い竜の顔が、明らかに引きつる。起きた直後に巨大な虫の顔が眼前にあれば流石の彼女でも驚くのかと思った俺だったが、彼女の驚いた理由は、他にあるらしかった。

 

「キュァ、ギャゥァ、キュッキュゥ、ギャゥァ、キュァゥ……!(嫌、虫さん、ここ何処、高い、怖い……!)」

 

「キチッ……ッ!(……っ!)」

 

 驚きで、つい顎を打ち合わせる。この反応、虫さんって呼称、まさか――。

 

「キュ……ァ……(い……や……)」

 

「キシャシャ、キシャシャ!?(ほたる、ほたる!?)」

 

 はっとして揺すりながら彼女の名前を呼んだ時には、彼女の首はカクンと落ちていた。目は閉じられているが、ちゃんと呼吸はしている。……どうやら、気絶してしまったようだ。

 

「……キシャシャ、ギッ(……帰る、か)」

 

 こう、あれだ。こういう時は、茶でも飲んで落ち着こう。何せ状況が状況なんだ、焦って行動しても仕方ないだろう。気絶した彼女も、寝床に寝かせておけばそのうち目を覚ますはずだ。

 

 ……正直なところ、流石に俺も今日はちょいと疲れた。精神的にもそうだが、今回の逃走でのしっちゃかめっちゃかな飛行方法は羽にも負担がかかってしまった。墜落したりはそうそうしないだろうが、ゆっくりと拠点に戻って、文字通りの羽休めをするとしよう。

 

 ぐったりとして気絶したままの(ほたる)をしっかりと抱え直し、大きく深呼吸してからゆっくりと飛翔する。帰り際、ふと思い出して背後を振り返ると、空洞に繋がる穴から覗いていたはずの謎のモンスターは、いつの間にか見えなくなっていた。

 

 

「グルルルル……」

 

 ズシリ、ズシリと足音を立て、竜は黄金色の平原を進む。その身に刻まれるのは、歴戦の傷跡。その圧倒的な力で全てをなぎ倒し、生態系の頂点に立つはずのその竜はしかし、病魔という敵に蝕まれていた。

 

 その病はモンスターを狂わせ、見境なく周囲の存在を殺し尽くす殺戮の化け物へと豹変させる恐ろしいものだった。が、竜はそれに蝕まれているにも関わらず、己から逃げていくケルビ達には見向きもしない。

 

 知性の欠片も感じさせないその眼は、ただ一方向のみを見つめる。周囲にある全ての物、全ての生物に目もくれず、それはまるで、何かの命令を受けた機械のように。

 

「ウォォォン……」

 

 そしてそれは、竜の隣を行く獣も同じであった。

 

 本来ならば、モンスターの中でも特に獰猛極まりない性質を持つこの二匹のモンスターが争わずに共存する事など不可能だろう。狂い、理性を失った状態であるのならば尚更だ。しかし、この二匹は争おうとはしなかった。だが、仲間意識などは微塵も存在しない。ただお互いに“見えていない”だけだった。

 

 狂ったモンスター達は、黙々と歩みを進める。彼らが通り過ぎた後には、その体から溢れた黒い靄のようなものが残り、そしてそれは平原の穏やかな風が空へと舞い上げて――飛翔する何かから生まれた気流に巻き込まれ、四散していった。

 

 

 夜。半分に欠けた大きな月が闇夜を照らす中、一人のハンターが人知れず、バルバレから出る門をくぐった。外にはアイルー達が運用するガーグァやアプトノス用の竜車が整列して並び、それを牽引する家畜のモンスター達は、いくつかの群れを形成して眠っている。ハンターはそんな彼らを横目に見ながら足を進めると、ふ、と歩みを止め、周囲を見回した。やや離れた場所で群れで眠っているアプトノスの他に、生き物の姿は見えない。

 

「……おい。いないのか?」

 

 アプトノス達を起こさないために押さえ目に放たれた声が、大砂漠から吹いてくる風に乗って、月の浮かんだ夜空へ吸い込まれていく。彼の耳に届く、さらさらと揺れる牧草の音が、少し強まるような錯覚を覚えた。

 

「ブォォ……」

 

 彼のすぐ背後から聞こえた鳴き声に、目を細めて振り返る。そこにいたのは、一頭のアプトノスだった。

 

「……やぁ。おまえさんのご主人は不在かい?」

 

 少し驚いた彼だったが、そのアプトノスにつけられた見覚えのある札を見て、微笑みながらそっと頭を撫でる。生まれた時から家畜として飼われ、とうに人慣れしているこのアプトノスは心地よさそうにその手にすり寄ると、再び、ブォォ、と小さく鳴いた。

 

「ご主人はすぐに戻ります。ですが急ぎでしたら、伝言を承りますよ。……なーんて、ですにゃ」

 

 驚きで細い目を見開いた彼が見つめるアプトノス、その背の上から、一匹のアイルーが顔を出す。その姿を見て今の声がそのアイルーの仕業だと気付いたハンター――タケハラはため息を一つつくと、驚かすな、と苦笑しながら呟いた。

 

「おや、タケハラのご主人さんを驚かせられたとなると、練習した甲斐がありましたにゃぁ」

 

「お前暇なのか……? あぁそうか、確かに御者してる間は口は暇だな……」

 

 呆れた様子のタケハラににゃはは、と笑った御者アイルーは、そのままアプトノスの背にちょこんと座り込む。対するタケハラも、その場であぐらをかいて座りこんだ。イタズラのダシにされたアプトノスもまた、随分とリラックスした様子で足下の牧草を暢気に食み始める。

 

「それで、また夜分遅くに如何なされましたかにゃ? 次の満月まではまだまだ遠いですにゃよ?」

 

「フフフ、とぼけるな。これ、お前の仕業だろう?」

 

 彼が懐から取り出した紙――クエストの受注書を見て、御者アイルーは、あぁ、それですかにゃ、と再び笑う。

 

「確かにそうですにゃ。でもどうしてお分かりに? 確かに簡単な依頼内容では無いでしょうがにゃ、名高き“我らの団”のハンターさんともなれば、そう珍しくないんじゃないですかにゃ?」

 

「受け取った時、ネコートさんの様子が少しおかしかったんでな。彼女がああやって動揺する事といえば、お前くらいしか浮かばなかった」

 

「あぁ、彼女ですかにゃ。そういえば彼女からは最近、オトモとしてハンターに自分の妹を預けた、と報告されましたにゃぁ。預けたハンターが誰なのかは聞きませんでしたがにゃ、さてはご主人さんでは?」

 

 冗談めかして言う御者アイルーに、話を逸らすなよ……とため息をつきながら、ポーチから取り出した元気ドリンコを煽るタケハラ。だがその声色からして、彼も御者アイルーとの会話をそれなりに楽しんでいる様子だった。

 

「それにしてもなかなかの難易度だな。俺ならともかく、そこいらのハンターじゃとてもじゃないが歯が立たないぞ」

 

「だからこそのタケハラのご主人さんですにゃよ。それに、今遺跡平原には――」

 

「あぁ、分かってるよ、例のアルセルタスだろう。成る程な、わざわざネコートさんを通した理由が分かったよ」

 

 すっと立ち上がり、再びアプトノスの頬を撫でるタケハラ。嬉しそうにその手に頭を擦りつける自分の相棒を見て微笑みながら、御者アイルーもその背を飛び降りた。

 

「で、この内容だ、まさかソロってわけはないだろう。となると、パーティーは彼らか?」

 

「何せ、事情を知ってる関係者が対象ですからにゃぁ。タケハラのご主人さん、姫主人殿を宜しく頼みますにゃ?」

 

「フフフ、分かっているさ。それに彼女を守るのは、“俺やあのオトモだけじゃないだろう?”」

 

 確かにそうですにゃ! と楽しげに笑う御者アイルーの声を背に、再びバルバレの門へと向かうタケハラ。その表情は期待からかやや口角が上がり、丸めた依頼書を持った右手には、どこか力が入っていた。

 

 

クエスト名:

狂君の三連星

 

メインターゲット:

全ての狂竜化モンスターの狩猟

(報酬金 30000z)

 

失敗条件:

報酬金ゼロ

タイムアップ

“アルセルタス特殊個体の討伐”(既に死亡していた、或いは受注者以外の要因によって死亡した場合を除く)




最近は本当に更新が滞っていてしまったので、今回は早めに投稿できてほっとしています。今後も維持できればいいのですが、難しいかもしれません。ご了承下さい。

今回は全体的にかなり濃い話だったように思います。物語もそれなりに進んで、執筆のモチベーションそのものはかなりありますので、頑張って書いてまいります。

それではまたいずれ。
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