真剣で魔王に怯えなさい!! (5/26より、更新停止) 作:volcano
Side:斎藤帰蝶
突然現れた男の子は、今まで会ってきた誰よりも美しかった。
綺麗な黒髪、黒曜石のような目、整った相貌。
…………
「 いつまで呆けているつもりだ?」
彼が話しかけてきて、正気に戻る。
そうだ、何を見とれているんだ私は!
そもそも、彼は私の部屋に勝手に入っている不審者だ、問い質すのが自然な反応だ。
「だ、誰ですか貴方は! 」
「余(オレ)か? 余(オレ)の名は『織田信長』。『第六天』より来た『魔王』だ。」
返ってきたのは予想外の答だった。
織田信長? 第六天魔王?
「……ふざけているのですか?」
「ふざけてなどおらんさ、これは正真正銘 余(オレ)の本名だ。」
嘘を言っているようには見えなかった。しかし、自分のことを『魔王』と称するなんて、頭がオカシイのだろうか?
「……それで、私に何か用でもあるのですか?」
「別に、只貴様がどんな奴か確かめようと思ってな。」
まるで『物』でも見るかのような目と口調で、彼は私を見ていた。
この目を私はよく知っている。金持ちの人間が私を見る時と同じ目だ。
その目に、何より『一瞬でもこの男に見とれていた自分』に苛立ちを感じた。
「自分のことを『魔王』と称している人に、私の事なんて知って欲しくありません。今すぐ此処から出ていって下さい!」
面と向かって私は彼に言った。
「……フフ、フフフ、フフハハハハハハハハ!」
突然彼が笑いだした。
「な、何がおかしいのですか!?」
「フフフ、ここまで『似ている』と笑えてきてな。」
『似ている』? 何の事?
「確か名は『斎藤帰蝶』だったか?」
「……えぇ、そうです。」
どこで知ったのだろう。少なくともパーティー会場では会わなかった筈なのに。
「そうか…帰蝶か…」
彼が私に近付いて来た。私は警戒心を高める。
「気に入ったぞ、帰蝶。『お前』余(オレ)の嫁にならんか?」
「……え?」
Side:織田信長
「自分のことを『魔王』と称している人に、私の事なんて知って欲しくありません。今すぐ此処から出ていって下さい。」
始めて『アイツ』に会ったとき、『アイツ』も同じようなことを言っていた。
『絶世の美女』が『美濃国』にいると聞き、城にのりこんで見に行ったときだ。
「貴方が『第六天魔王』を名乗る武将ですね。私は自らを『魔王』と称している方と話すことはありません。今すぐこの場から立ち去って下さい。」
第六天魔王(オレ)に面と向かって、『アイツ』は言ってきた。
「……フフ、フフフ、フフハハハハハハハハ!」
「な、何がおかしいのですか!?」
「フフフ、ここまで『似ている』と笑えてきてな。」
間違いない。
「確か名は『斎藤帰蝶』だったか?」
「……えぇ、そうです。」
コイツは『アイツ』の生まれ変わりだ。
「そうか…帰蝶か…」
再びこの『美濃の地』で出会うとは、もはや『運命』としか考えられん。
ついに見つけた。余(オレ)の女を。
「気に入ったぞ、帰蝶。『お前』余(オレ)の嫁にならんか?」
「……え?」
Side:斎藤帰蝶
何を言われたのか理解するまで、数秒かかった。
「なな、何を言っているんですか!? 私をからかっているんですか!?」
「からかっておらん。帰蝶、余(オレ)はお前が気に入った。余(オレ)の女にならんか?」
今私求婚されているの? 突然すぎて頭が混乱している。
「充分からかっています! 初めて会ったばかりの人に求婚するなんて!」
「そうか? 初めてだろうと、何十年付き合った仲だろうと、気に入った相手を伴侶に欲しいと思うのは至極当然であろう?」
顔が赤くなっていく。鼓動がだんだん早くなっていく。
今まで多くの人と会ってきたから分かる。彼の目は嘘偽りのない本気の目だ。
私、どうすればいいの……
ドンドンドンッ!
突然、部屋の扉が乱暴に叩かれる。
『お嬢様! 邸内に賊が侵入しました! 受付の者が襲われ、現在屋敷中を散策しております!』
屋敷の警備員の声だ。私は目の前の彼を見る。
まさか、この人が?
『お嬢様? もしや、中に族がいるのですか!?』
「チッ、面倒な…」
そう言うと彼は部屋の窓に向かった。
「帰蝶、また後日此処に来る。その時までに『返事』を決めておけ。」
バッ
次の瞬間、彼は窓から『飛び降りた』。
「っ! まって! 此処、三階!」
急いで窓に駆け寄る。
しかし、彼の姿は『何処にもなかった』。
ドン! ドン! バキャアッ!
「ご無事ですか!? お嬢様!」
警備員が扉を破って来た。
その後パーティーは中止となり、私は安全のため『離れ』に移された。
これは、夢なのだろうか? あまりの事すぎて分からなくなった。
『余(オレ)の嫁にならんか?』
けれど、彼の言葉は不思議と心に残っていた。
彼のことが忘れられなかった。
「織田…信長…」