真剣で魔王に怯えなさい!! (5/26より、更新停止)   作:volcano

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Side:天神館 2-7

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン……

 

 

「じゃあ、今日はここまで。」

 

 

午前の授業終了の合図がなり、静かだった教室は途端に騒がしくなった。

 

 

「(思ってたより難しいなぁ、天神館(ここ)の授業……)」

 

 

教科書を片付けながら、帰蝶は先程の授業内容を思い返していた。天神館の学力レベルは全国的にも高い位置にある。子供の頃から英才教育を受けていた帰蝶も、授業内容の質の高さに驚いていた。

 

 

「帰蝶ちゃん♪ 」

「え?」

 

 

自分を呼ぶ声を聞き、帰蝶は振り向く。そこにはクラスメイトの松永燕がいた。

 

 

「さっきの英語の授業、凄かったね! 英語ペラペラだったけど、もしかして帰国子女ってやつ?」

「違いますよ、子供の頃から英会話を習ってますから。松永さんも、難しい英文の訳問題すらすら解いていたじゃないですか。」

 

「いやぁ、予習してきただけだよ♪ それと、私のことは燕でいいよん♪ 」

「分かりました、燕さん♪ 」

 

 

松永燕は天神館でできた帰蝶の数少ない友人だ。

『織田信長の妻』、その肩書きは人を遠ざけるには十分な要素になっていた。クラスでも、帰蝶と親しく話しているのは松永燕だけである。

 

 

「そういえば帰蝶ちゃん、今日は旦那さんはどうしたの?」

 

 

松永燕が帰蝶に質問した。今日、織田信長は学校に来ていなかった。

 

 

「……あの人は今日、『知り合い』の人と一緒に『雑草刈り』に行くと言ってました。」

 

 

帰蝶が視線を落とし、溜め息混じりに答えた。

 

 

「(『雑草刈り』? ) そっかぁ、なら今日はお昼一緒に食べない?」

 

 

松永燕の提案に帰蝶は顔を綻ばせる。

 

 

「本当ですか!? 私同年台の女友達とお昼を一緒に食べるの初めてです! 」

 

「そうなんだ? フフ、ならとびっきり楽しい初めてにしてあげるよん♪ 帰蝶ちゃん、今日はお弁当?」

「いえ、今日は学食にしようかと。でも、食堂が何処か分からなくて…」

 

「なら私が案内してあげるよ。私も学食だし♪ 」

「はい♪ お願いします。」

 

 

 

 

 

天神館の食堂はとても広い。一般のファミリーレストランの三倍程の広さをほこる食堂には、多くの生徒が埋め尽くしていた。

 

 

「広いですねぇ……」

「帰蝶ちゃん、あそこで食券売ってあるから買ってきてくれる? 私、席とっておくから♪ 」

 

「いいですよ、燕さん何にします?」

「私、A定食ね♪ 」

「分かりました♪ 」

 

 

 

「……どれで買うんだろう……」

 

 

広い食堂にはそれだけ多くの人が入る。それに合わせて食券販売機も通常より大きく、多く設置されてある。食券を買う事自体経験のない帰蝶は、どうすればいいのか分からず戸惑っていた。

 

 

「A定食ってどれだろう…… 」

 

「どうしたんだい、シニョリーナ?」

 

 

突然かけられた声に驚きながら、帰蝶は声のする方へ振り向く。そこには薔薇を持ったホストの用な格好をした男子生徒がいた。

 

 

「あ、あの……私に言ったのですか?」

「そうだよシニョリーナ、俺の目には君しか写っていないんだから。」

 

 

微笑みながら男子生徒は帰蝶の問いに答えた。

 

 

ゾクッ

 

 

言い知れぬ悪寒が帰蝶の背筋をつたった。

 

 

「そ、それで、私に何か用でも?」

「そうだな…こうして君と会話することかな。」

「(何を言っているのこの人……)」

 

 

突然現れた男子生徒に帰蝶は吃驚していた。会ったこともない人に、こんなに馴れ馴れしく話しかけられたのは初めてだったからである。

 

 

「あ、あの…私、食券を買わないといけないので……えっと、A定食は……」

「それならこっちだよ、シニョリーナ。」

 

ピッ

 

男子生徒は帰蝶の手をつかみ、自分の手と重ねて食券販売機のボタンを押した。

 

 

「! て、手! な、何を!?」

 

 

掴まれた手を振りほどき、帰蝶は男子生徒から距離をおく。

 

 

「まぁまぁ、ウインクでも見て落ち着いて。」

 

 

そう言うと男子生徒は帰蝶にウインクをした。その瞬間、周りにいた女子生徒達が叫声をあげる。全員顔を赤らめている。

対してウインクをされた帰蝶は、先程よりも冷たい悪寒を感じていた。

 

 

「落ち着けません! さっきから何なんですか!」

「気持ちは分かる。胸がドキドキときめいているんだろう。そう……君は今恋している。」

 

「してません! ドキドキというより、ゾクゾクします! それに私には夫がいます!」

「あぁ、聞いているよ。でもそんな事俺には関係ないね。彼氏もちの女だろうと、人妻だろうと、良い女が一人でいたら口説くのが、ハンサムに生まれた者の運命(さだめ)なんだ。」

 

「(本当に何を言っているのこの人!?)」

 

 

会話が成り立たない相手に、帰蝶は戸惑っていた。

 

 

「フッ…見境なく女性を口説くとは、相変わらず下品な奴だな『龍造寺』。」

 

 

どうしたらいいか分からず戸惑っていた帰蝶の前に、また男子生徒が一人現れた。肩までかかる長髪をして、何故かシャツの下を来ていない男子生徒だった。

 

 

「そこの美しき淑女よ。そこの色魔から離れたほうがいい。そいつは女なら見境なく口説く奴だ。そして…私のもとへ来たまえ。麗しき乙女よ。」

「オイオイ、先に声をかけたのは俺だぜ『毛利』。いきなり割り込んでくるお前のほうがよっぽと下品だぜ。」

「フッ…私は只美しいものが好きなだけだ。もっとも、一番美しいのは私だがな。」

 

「(この人も何を言っているのか分からない! 何なのこの人達!?)」

 

 

この場を離れようにも、後ろは食券販売機があり、前方には正体不明の謎の男子生徒が二人、周りはいつの間にか、多くの女子生徒で囲まれていた。

 

 

「(どうしよう……逃げられない……)」

 

「さぁ、淑女よ。私のもとへ来たまえ。」

「こんな自己中野郎の言うことなんざ無視したほうがいいぜ。こいつより俺と一緒にお茶でもしないか?」

 

「(誰か助けて!)」

 

 

迫りくる二人に恐怖しながら、帰蝶は心の中で助けを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ、何やら面白い事になっているではないか。」

 

 

立ち尽くしている帰蝶に助け船が出る。ふいに聞こえた声に、その場にいた生徒達が振り向く。

 

 

「信長さん!?」

「フフフ、お前が戸惑っているところは久しぶりに見るな、帰蝶。」

 

 

そこには織田信長が、面白い催しでも見ているかのように笑っていた。

 

 

「何故学校に!? 今日は確か…」

「『雑草刈り』が予想以上につまらなくてな。早々に終わらせて来たのだ……それより、貴様等。余(オレ)の伴侶に手を出そうとは……自殺志願者ととらえてよいのか?」

 

 

織田信長が二人のもとへ近づいていく。周りにいた女子生徒達はモーゼの海割りのように割れた。

 

 

「フッ…お前が織田信長か。噂通りの男のようだな。」

「自殺志願者って…随分ユニークなジョークだな。」

 

 

織田信長に対して、二人は嘲笑で返した。

 

 

「しかし、そちらから来てくれるとは…呼びにいく手間が省けた。」

「そうだな…『作戦』に変わりはない。」

 

「ム?」

 

 

二人は織田信長に向かい合い、お互いのワッペンを前に出した。

 

 

「どうだい、大将? あんたの嫁を賭けて俺達と決闘しないか?」

 

「は!?」

「…………ほぅ…」

 

 

帰蝶が驚愕して、ニヤリと織田信長が『笑う』。

 

 

「もともとそのつもりだったんだ。どうだい? この勝負、乗るかい?」

「面白いではないか。」

「の、信長さん!?」

 

 

いつの間にか自分が賭けの対称になっていることに、帰蝶は慌てる。決闘を止めに入ろうとした時…

 

 

「いいだろう。その決闘受けてたつ。」

 

 

既に織田信長が決闘を承認した後だった。

 

 

「信長さん! 勝手に私を賭けないでください!」

「何だ帰蝶? おまは余(オレ)が負けると思っているのか?」

 

 

その問いに帰蝶は言葉をつまらせる。見た感じ、目の前の二人は強そうに見えない。信長が負ける事はないだろう。しかし決闘するということは、また信長が人を傷つけるという事。いくら会話の成り立たない変な二人だとしても、信長に人を傷つけてほしくない。

帰蝶は決闘を止めるよう催促しようとする。

 

 

「と言っても、俺達がやる決闘は普通の決闘じゃないぜ?」

「何?」

 

 

その言葉に帰蝶と信長の動きが止まる。

 

 

 

 

 

「なぁ大将…あんた、『ダンス』は出来るかい?」

 

「『ダンス』?」

 

「そう、私達がやる決闘の内容は『ダンス勝負』だ。ルールは簡単、お互いに一曲ずつ踊りどちらが美しかったか競うというものだ。」

 

 

決闘内容に帰蝶は考え込む。確かにこのルールなら信長が人を傷つける事はない。しかし信長がダンスが出来るとは思えないし、しているところなど見たこともない。

 

「どうする大将? つっても、決闘はもう承認されてるけどな。」

「………………」

 

 

信長が沈黙する。帰蝶は固唾を飲み、信長の答えを待つ。

そして……

 

 

「いいだろう、承認した。」

「信長さん!」

 

「OK! 勝負は明日の放課後、体育館でだ。踊る曲は自由、こっちは俺と毛利の二人、そっちはあんた一人、何か質問はあるかい?」

「無いな。それでいい。」

「フフフ、明日までに別れを済ましておくんだな。」

 

 

決闘の日時を伝え、二人は食堂から去っていった。それを確認してから、帰蝶は信長に言い寄った。

 

 

「だ、大丈夫なんですか!? 信長さんがダンスをしているところなんて、見たことないですよ!?」

「ム? 『舞踊』だろう、何とかなる。」

 

「何とかって! 貴方が負けたら、私あの変な二人に何をされるか分からないんですよ!?」

「心配するな。お前は堂々としていればいい。」

 

 

「……いつも、勝手に決めて……私の事も考えてくださいよ……」

「何か言ったか?」

「何も!」

 

 

決闘の承認がおこなわれ、食堂内は盛り上がっていた。

 

 

 

 

「ま~た決闘するんだ、彼。本当…騒ぎを起こす人だね。」

 

 

一連の様子を見ていた松永燕は、織田信長を見ながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、体育館には多くの生徒達で賑わいでいた。その大半は女子生徒で、全員活気だっていた。

 

 

「凄い活気ですね、何でこんなに賑わいでいるんでしょう?」

「あれ? 帰蝶ちゃん知らないの?」

 

 

体育館のステージ近くで帰蝶は松永燕と一緒にいた。

 

 

「帰蝶ちゃんの旦那さんが対戦する二人、女子生徒の間で人気なんだよ。それに、対戦相手の一人『龍造寺隆正』は人気ユニットの『エグゾエル』のメンバーだしね。」

「……大丈夫なんでしょうか、信長さん。」

 

「敵も考えたよね~、『エグゾエル』はダンスで有名な人気ユニット…得意分野で勝負を仕掛けてくるなんて。旦那さんはダンス出来るの?」

「……私はあの人がダンスをしているところなんて、見たことありません。」

 

 

二人が話していると、急に観客の女子生徒達が叫声をあげた。体育館のステージの上に、織田信長の対戦相手の『龍造寺隆正』と『毛利元親』が現れたからだ。二人共制服姿ではなく、ダンスを踊る舞台衣裳に着替えていた。

 

 

「待たせたねレディー達!」

「さぁ、これから華麗なるダンスをご覧にいれよう。」

 

 

女子生徒達がさらに叫声をあげる。もはや此処はアイドルのコンサート会場となっていた。二人はマイクを持ちながら帰蝶の方に体を向ける。

 

 

「さぁ、シニョリーナ。俺と初めて行くデート先は決まったかい?」

「既にスケジュールは決めてある。楽しみにしておけ。」

 

 

相変わらず変な二人だと帰蝶は内心思った。

 

 

「シニョリーナ、君の旦那は何処だい? もうすぐ時間だけど。」

「あの人なら『道具を取ってくる』って、さっき出掛けましたけど…」

 

「フッ…まさか逃げたのではあるまいな?」

「それはないですよ。あの人が人が逃げるなんて、あり得ません。」

 

 

バンッ!

 

 

暫くして、体育館の入り口が開く音がして全員が入り口を見た。

 

 

「待たせたな。」

 

 

そこには少し大きな箱を持った織田信長がいた。信長はそのままステージまで登り、龍造寺と毛利に向かい合った。

 

 

「遅かったじゃないか。逃げたのかと思ったぜ。」

「何故余(オレ)が逃げねばならん? そんな必要など無いだろう。」

 

「フッ…嫁を奪われるのを公然の前で晒したくないから……と、私は考えていたが。」

「ほぅ…笑える冗談だ。貴様等ごときが余(オレ)に勝つつもりか?」

 

「こっちはもうデートプランも考えてあるんだよ。さて、役者も揃ったし始めるか?」

「そうだな……審判、合図をしろ。」

 

「……何故わたしがこんな事を……」

 

 

審判と呼ばれた生徒がステージ前に立ち、決闘開始を告げた。

 

 

「これより! 1-1『龍造寺隆正』と同じく1-1『毛利元親』と、2-7『織田信長』の決闘を行う! 審判は1-1『尼子晴』が務める!」

 

 

「「「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

 

 

会場内の生徒達が一斉に声を上げる。

 

 

「決闘の対決方法はダンス対決! ルールは双方が一曲ずつ踊り、会場内にいる全生徒の投票で決める! 皆は良いとおもった方に票を入れてくれ! 投票数が多い方を勝ちとする! そして龍造寺、毛利ペアが勝った場合、2-7『織田帰蝶』は二人と交際することになる! 双方、何か異論はあるか!」

 

「「無い。」」

「無いな。」

 

「ではこれより決闘を開始する! 先攻は龍造寺、毛利ペア!」

 

 

「足引っ張んなよ、毛利。俺がワザワザ教えてやったんだからな。」

「この私にそんな口をきくか。そもそもこの作戦を考えたのは私だぞ? 立場は私の方が上だ。」

 

「ほらそこの二人! 喧嘩しない!」

 

「全く、これだから下品な奴は嫌いなんだ。言っておくが、最初にデートするのは私だぞ。」

「はぁ!? 俺が先だろ! 先にあの娘口説いたの俺だぞ!」

 

「作戦を考えた私に決まっているだろう。それに便乗したお前に文句を言う権利はない。」

「あるね! ダンスをお前に教えたのは俺だ! イコール俺がいなかったらお前は勝負出来なかったんだ! 俺が先だ!」

 

 

「私だ!」

「俺だ!」

 

 

「いい加減にしろ! 二人共! 始まらないだろうが!」

 

 

仲間割れしている二人を、審判の尼子晴が我慢出来ずに怒鳴った。

 

 

「…チームワークが悪いですね、あの二人。」

「聞いた話だと喧嘩仲間らしいからね、あの二人。それより帰蝶ちゃん、彼何持ってきたんだろう?

 

「さぁ……私は何も教えて貰ってませんから……」

 

 

ステージ近くにいる帰蝶と松永燕は、信長の持っている大きな箱に注目していた。一体あれをどうするのだろう。そう思っていると、信長がステージから降りてきて帰蝶達の方へ歩いてきた。

 

 

「信長さん、大丈夫なんですか?」

「心配はいらんと言った筈だが? お前はそこで只見ていればいい。」

 

「その箱…何なんですか?」

「ム? 『衣装』だ、時間がないから着替えてくるぞ。」

 

 

そう言い、信長はステージの裏へ入っていった。

 

 

「衣装だって……何だろうね?」

「さぁ…自信がおありのようでしたけど……」

 

 

 

 

 

暫くして、龍造寺、毛利ペアのダンスが始まった。

 

二人の踊った曲は、龍造寺が所属しているダンスユニット『エグゾエル』の曲であった。アップテンポの激しい曲に合わせ、二人はキレのいい動きで踊る。

 

 

「キャアアアアアアア! 龍造寺君、素敵ィイイイイ!!」

「毛利君もカッコイイイイイイ!!」

 

 

二人が踊る度に、観客の女子生徒達から黄色い声援が飛ぶ。時折龍造寺は、観客に向かってウインクや投げキスをした。体育館は女子生徒の叫声で満たされていた。

 

 

 

「(この勝負、龍造寺・毛利ペアはすごく有利だ。彼が勝つには、この観客全員を奪わないといけない。)」

 

 

松永燕はステージ上で踊る二人を見ながら、状況を観察していた。

 

 

「(此処にいる女子生徒の殆どが龍造寺君のファンだね……多分何人かはサクラも混じっている。この勝負、圧倒的に織田信長(かれ)が不利だ。)」

 

 

 

曲が終わり、会場内が拍手と叫声で満たされる。

 

 

「フッ…勝ったな。この流れを変える事など不可能だ。」

 

 

毛利元親は勝利を確信した。会場内の生徒全員が味方についていると言ってもおかしくない今、お出し信長に勝ち目はない。そう確信していた。

 

 

「……不味いね、この空気。流れがあっちのものだ。」

「……信長さん……」

 

 

ステージ近くにいる帰蝶は信長を心配していた。ステージの幕が下がり、龍造寺と毛利の二人が帰蝶達の方へ歩いてきた。

 

 

「どうだったかな、シニョリーナ。俺のダンスは? 惚れちゃってもいいんだぜ? それは必然な事なんだから。」

「分かるぞ、淑女よ。私の華麗な踊りに心を奪われてしまったのだろう? 」

 

「……惚れてもいないし、心を奪われてもいません。それに、まだ勝負はついてませんよ。」

 

「もうついているさ。この状況で、君の旦那が勝てる可能性は限りなく0だぜ?」

「その通り、全て私の作戦通り。流石華麗なる私が考えた完璧な作戦。」

 

 

その言葉に帰蝶は言い返せなかった。確かにこの状況では、こちらの勝ち目は限りなく0に近い。でも、0じゃない。

 

 

「(私は……あの人を信じる!)」

 

 

「では次は後攻! 織田信長の番である!」

 

 

審判の声が体育館に響く。ステージの幕が上がり、会場から拍手が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、拍手が鳴り止み会場内が静寂する。誰も声一つあげない。

帰蝶も、松永燕も、対戦相手である龍造寺と毛利も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージにいた織田信長は、いつもとは全く違う格好をしていた。

 

黒を基調とした金の刺繍が施された着物、手には扇子を持ち、いつもは頭の後ろで無造作に纏められた髪は下ろしていて、顔は目元や口元にうっすら化粧がされてある。

 

 

 

『日本舞踊』

 

今の織田信長の姿はまさにそれであった。

 

 

曲が流れる。先程のアップテンポの激しい曲ではなく、琴や三味線が奏でるやわらかな音色が会場に流れる。それに合わせ、織田信長はゆったりと踊る。

 

美しく、優雅に、まるで小川のように滑らかな動きは、見る者を魅了させた。

 

誰一人声をあげない。先程は叫声してきた女子生徒達は、織田信長の踊りに見惚れていた。対戦相手である龍造寺と毛利も、織田信長の舞の美しさに言葉が出なかった。松永燕は全く予想だにしていない事態にただ呆然としていた。

 

しかし、今この場で誰よりも驚いているのは、織田信長の妻である帰蝶であった。

 

初めて知った夫の意外な一面。いつもとは違う凛とした表情が、帰蝶の胸をおどらせた。

 

 

「美しい…」

 

 

対戦相手の毛利がポツリと呟いた。無言で龍造寺も頷く。

 

 

勝負が決した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負は圧倒的大差をつけて、織田信長が勝利した。

 

会場に来ていた女子生徒のほとんどが信長に投票したためだ。中には龍造寺と毛利に入れる予定だったサクラも、信長に入れていた。

 

 

 

「日本舞踊が出来るなんて、知りませんでした。」

「別に言う必要はないだろう? あんなもの、滅多にやらんしな。」

 

 

決闘が終わり、帰宅する信長と帰蝶。

 

 

 

「でも……『あれ』は少し気の毒でした。」

「負けたのだから『あれ』ぐらい当然の罰だ。」

 

 

決闘後、信長は対戦相手の龍造寺と毛利の髪をバリカンで丸坊主にした。

 

 

『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

『もう…駄目だ……美しくなかったら、生きていけない……』

 

 

まるで世界が終わりを迎えるとでも言わんばかりに二人は落ち込んでいた。気持ち悪い二人と思っていた帰蝶も、流石に気の毒になった。

 

 

 

「でも何処で習ったのですか? あんな本格的な日本舞踊を。」

「『昔』に暇潰しにやっていただけだ。三日で飽きたがな。」

 

 

しれっと信長は答えた。その返答に帰蝶は首を傾げる。

 

 

「(あんな本格的な日本舞踊、習うにはかなり名の通った名家に行かないと出来ない。でも、愛知県にそんな名家は無かった筈……それに、覚えるのにしたって何年も練習しなくちゃならない……)」

 

 

帰蝶は横を歩く信長を見る。

 

 

「(……何でもいい。この人は勝ってくれた……私の為に……)」

「どうした? ニヤついて?」

 

「何でもありません♪ 」

「?」

 

 

自分の為に頑張ってくれた事を喜びながら、帰蝶は信長の横に並び帰路についた。

 

 

 

 

 




10日かけてこの出来……文才が欲しいです。

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