真剣で魔王に怯えなさい!! (5/26より、更新停止) 作:volcano
Side:石田三郎
最初、何を言われたのか分からなかった。
「今……何て、言ったんですか……」
「……本当に、気の毒な事だが…」
目の前にいる小太りの医者は心底申し訳なさそうに俺に告げた。
「私達は持てる全ての技術を使い、君を治療した……しかし、現在の医学では、君の右肩を治す事は『不可能』なんだ。」
これまでの人生、剣と離れたことは一度もなかった。幼い頃から修行にあけくれ、ここまで腕を上げてきた。
俺にとって剣は人生そのものだった。
「君の右肩は…………もう二度と剣をふることは出来ないだろう。」
世界が、音をたてず崩れていった。
Side:------
織田信長と石田三郎の決闘から数週間が経った。あれ以来、織田信長に声をかける者は一人もいなくなった。生徒も教師も、皆織田信長を恐れた。
休み時間
いつもは賑やかな2-7の教室は授業中のように静まっていた。皆小言で喋り、信長の周りから離れていた。
「……いい加減機嫌を直したらどうだ?」
「…………」
ため息をつきながら信長は膨れっ面をしている帰蝶に言った。ここ数週間、帰蝶はずっと不機嫌だった。原因はあの決闘、自分がいない間にまた人を傷つけた信長に、帰蝶は怒っていた。
「何度も言ったが、あの決闘はお互い怪我をするのを了承した上での決闘だったのだ。それに元々は向こうからふっかけて来た決闘…余(オレ)が責められる道理は全く無い。」
「……それでも、やり過ぎです。」
名古屋に帰る時、無理矢理にでも信長を連れて行くべきだった。そうす れば誰も傷付かなかったのに……帰蝶は自分を悔いていた。また信長に意味のない暴力をさせた事に。
「過ぎた事は忘れろ。過去を変える事など出来やしない……それにしても、天神館(ここ)の連中は予想外に期待外れだな。」
「? 何がですか?」
「てっきり小僧(やつ)の仇を討とうとする者が現れると思っていたのだが、皆無だ。」
再び信長はため息をつく。先程とは違い、信長の顔は退屈そうだった。帰蝶は少し驚いた。いつも笑みを絶やさない彼が、倦怠感を漂わせている事に。
「天神館(ここ)に来た時は武士(もののふ)が通う場と聞いて、期待していたのだがな。」
「期待って……何を?」
「武士(もののふ)を育成する場と聞いて、ここの連中は皆武を重んじ、『弱きを助け強きを挫く』……そんな連中ばかりだと思っていたのだがな……それがどうだ、全員小僧(やつ)の二の舞を恐れて何もしてこん…腑抜けばかりだ。」
「……『戦国時代』じゃないんですから……今は『昔』とは違うんですよ。」
帰蝶は日常会話をするように、何気なく答えた。
「…………そうだな。『昔』とは違う……その通りだな。」
「?」
ガラガラ……
「織田信長! 織田信長はいるか!」
「ム?」
「あれは……生徒指導部の先生ですね。」
「あ、いたいた。織田信長、今すぐ生徒指導室に来なさい。お前に話がある。」
「何だ、『あった』のか生徒指導部。いっこうに呼ばれんから天神館(ここ)には無いのかと思っていたが…」
「……ありますよ、何処の学校にも。まぁ…貴方が『今まで呼ばれなかった』というのは珍しいですけど。」
今日の日付は5月10日。
信長と帰蝶が天神館に転入してきてから約一ヶ月が経っていた。小・中・高、全て入学『二日以内』に必ず生徒指導部に呼ばれていた信長にとって、一ヶ月近く呼ばれなかったのは奇跡に近かった。
「まぁ十中八九、決闘(あれ)の件だろうな。」
信長は席を立ち、扉で待っていた教師について生徒指導室に向かった。
「さて、自分が何故ここに呼ばれたのか……分かるかね?」
「決闘について、だろう。それしか有るまい。」
生徒指導室には信長の他に教師が三人いた。部屋にはソファーがテーブルを挟んで置かれてあり、信長は教師の一人と向かい合い話していた。
「先日の決闘の件だが……君を咎めるつまりは無い。『双方了承済みの決闘』という事で、館長は『石田三郎への暴行は罪には問わない』とお決めになった。しかし、我々は館長の決定に納得していない。君は石田三郎の容態を知っているかい? 君に負わされた彼の右肩の負傷は完治が出来ず、彼は二度と剣をふることが出来なくなったのだよ。」
ギリリ……
冷静を装っているが、内心腹が煮えくり返っているのを信長は察していた。
「……で? 貴様等は余(オレ)を呼び出してどうする気だ? 小僧(やつ)の仇討ちでもするか?」
口角をつり上げ口で三日月をつくりながら、信長は教師達に向かい『笑っていた』。
「いや、我々は君に石田三郎へ謝罪してほしいのだ。」
「………は?…」
織田信長の顔から『笑み』が消えた。
「我々は教師だ。君みたいに力で訴えはしないさ。一言でもいい、『すまなかった』と……石田三郎に謝罪してほしいんだ。君が謝罪してくれれば我々も今回は引き下がる。」
「…………謝罪?……余(オレ)が…謝罪だと?……」
「そうだ。できれば今日の放課後にでも……」
ガッ!
「! ……っぁ、かはぁ……! 」
「なっ!? き、君! 何を……!?」
信長は向かい合っていた教師の首をつかみ上げた。周りにいた教師達は信長を止めようとして、動きを止めた。
「貴様等……あろうことか……この魔王(オレ)に謝意をしめせと要求するか………!」
彼等は動けなかった。『動きたくても、体が震えていうことをきかなかった』。
織田信長が憤怒の形相をしていたからである。
織田信長の形相を見て、織田信長から漏れ出す『殺気』を感じて、彼等は恐怖していた。
「……っ!……っ………」 ピクピク…
「………フンッ!」
ズガシャァアアンッ!
つかみ上げていた教師を信長はおもいっきり壁へ投げ飛ばした。
「ガッ!…ゲホッ、ゴボッ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「き、君は何をしたか分かっているのか!? 君は教師を……」
「黙れ…」
「「「ヒッ!!」」」
信長の威圧に縮みこみ、ガタガタと震える教師達を『ゴミを見るような目』で信長は見下ろしていた。
「……なにが天神館だ……なにが『武士(もののふ)を育てる学舎』だ……これほど失望させられたのは『初めて』だぞ……」
そう告げると、信長は部屋を出ていった。信長が退室した後、教師達は恐怖から解放された安堵からか気絶した。
その日、それ以降織田信長は一度も笑わなかった。
Side:石田三郎
病院の個室で石田三郎は窓の景色を呆然と見ていた。
「…………」 ソッ……
石田は左腕で右肩を触る。
ズキッ
「!……もう…出来ないのか?……」
鋭い痛みが石田に確信させる。自分は二度と剣をふれないのだと……
ガラガラ……
病室の扉が開かれる。石田が顔を向けると、
「右近…」
「石田さん…」
そこには幼馴染みの島右近がいた。島は申し訳なさそうな顔をして石田のベッドの横に座った。
「すいません、石田さん。石田さんの右肩を治せる病院を探したのですが……」
「……右近…」
石田は思う。昔から右近は自分に良くしてくれた。今も自分の為に必死になって病院を探してくれている。
こんな自分の為に……
「右近……俺は…本物の馬鹿だな……」
「石田さん?」
俯きながら石田は島に言った。
「俺より強い奴などいくらでもいる。当たり前の事なのに、何故気付かなかったのだろうな……織田信長(あいつ)の言う通りだ……俺は、蛙だ。」
「石田さん…」
「少し考えれば分かる事だった。織田信長(あいつ)が俺より強い事なんて…調べればすぐ分かる事だった、なのに俺は…一人で勝手に突っ走って…ろくに情報を得ようともせず、…俺は自分で駄目にしたんだ、俺は自分で剣の道を閉ざしたんだ!」
「…………」
「決闘なんてしなければ! こんな『ちっぽけなプライド』なんて持たなければ! 俺は…俺は………!」
石田は自分自身が情けなかった。枯れ果ててしまったのか涙は出なかった。
もし石田三郎を知る者が、今の彼を見たら驚愕するだろう。常に勝気な彼の面影は何処にもなかった。
「……それがしは石田さんを幼い頃から見てきました。」
島の言葉を石田は静かに聞いていた。
「貴方は子供の頃から自分より体の大きい相手であろうと、大人であろうと勝負をしかけていましたね。」
「…………」
「石田さん。それがしは何故貴方が織田信長と決闘したのかは知りません。ですが、一度負けたにも関わらず再度挑戦したからには、相応の理由があったのだとそれがしは思います。」
その言葉に石田は顔を上げる。
「俺が…戦った理由……?」
「えぇ。貴方は無闇に人を傷つける人ではない。余程我慢できぬ理由があったのでしょう。」
石田は自分に問いかける。
そういえば俺は何の為に決闘したんだ?
負けたのが悔しかったから?
恥をかかされたのが許せなかったから?
俺は何故織田信長(あいつ)と決闘しようと思ったんだ?
………………
「そうだ……俺は……」
Side:------
翌日
いつもと変わらぬ通学路を、いつも通り信長と帰蝶は歩いていた。
「…………」
「あの、『顔』スゴく恐いですよ…?」
「……だから何だ?……」
ただ一つ、織田信長の機嫌が悪い事以外は。
昨日生徒指導室に呼ばれてから織田信長はずっと不機嫌だった。笑みは消え失せ、目は睨みだけで人を殺せそうな程鋭くなっていた。
『あの魔王・織田信長の機嫌が悪い』
その事に天神館中の生徒が恐怖していた。今も道行く生徒達は殺気を撒き散らしながら登校する信長を見て、目を合わせないよう遠ざきながら歩いていた。
「(本当にどうしたんだろう……こんな不機嫌な信長さん、初めて。)」
帰蝶は心配になった。昨日の生徒指導室で一体何があったのか信長は教えてくれなかった。
帰蝶はもう一度信長に何があったのか訊ねようとした…………
「織田信長ぁあ!!」
平凡な朝の通学路に木々が揺れる程の大声が響きわたった。通学路を歩いていた生徒達は全員声のする方へ顔を向けた。その中には信長と帰蝶も含まれていた。
「………貴様は……何か用か? 小僧?」
声の主は石田三郎だった。道行く生徒達は皆石田の格好に目を奪われた。
石田の格好は天神館の制服姿ではなく、病院の患者が着る病衣に身を包み、顔や腕・足には包帯がぐるぐる巻き付けられてあり、右肩はギプスで固定されていた。
まさしく『病院から抜け出て来た』と言わんばかりの姿で、石田は信長の前に向かいたった。
「……病院ならばこの先には無いぞ。どけ、通学の邪魔だ。」
どかなければ殺すとでもいうような雰囲気で信長は言う。石田はほんの少し怯みながらも、その場を一歩も退かなかった。
「……俺は……貴様に『壊された』俺の右腕は…もう二度と剣をふることが出来なくなった。剣は俺の人生そのものだった……今の俺には、もう何も無い……」
肩を震わせながら石田は語る。そして……
「……だが、それでも俺は! 貴様が『大将の座にいる』のが許せない!!」
石田は顔を上げ覇気のこもった声で、活気の宿った目で信長に宣言した。
「織田信長! もう一度俺と決闘しろ! ただし、今すぐじゃない! 貴様が卒業するまでの約2年、この間に俺は強くなる!」
「俺の右腕は死んだが、まだ『左腕』が残っている! この腕で、俺は『新しい剣』を創る! 」
「だから俺と約束しろ! 貴様が卒業するまでの間に、俺ともう一度決闘すると!!」
それは宣戦布告だった。ボロボロの体で、満身創痍の体で、二度も大敗した相手に石田三郎は高らかに再戦を申し込んだ。
信長は目を丸くしてそれを聞いていた。
「………フ、フフフ、フフフハハハハ! フフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
突然信長が哄笑しだした。その顔からは先程までの不機嫌な面影は微塵も無かった。
「フフハハハ! 貴様は、貴様はまだ余(オレ)に挑むというのか!? 余(オレ)に一度『壊されて』おきながら、再び貴様は魔王(オレ)に挑むというのか!?」
体を九の字に曲げながら信長は哄笑する。帰蝶は驚愕していた。こんなにも『嬉しそうに笑う』織田信長は初めて見るからである。
「フフフ…小僧。『お前』の名は何といった?」
「…石田、三郎。」
「石田三郎……いいだろう。お前の宣戦布告、了承した。」
「時、場所、全てお前が望むようにするがいい。余(オレ)は何時でもお前の挑戦を受けよう。」
信長は口角をつり上げ、『笑いながら』答える。いつもの勝気で高慢な織田信長がそこにいた。
「……必ず貴様を超えてみせる。武士の誇りに賭けて!」
「フフフ……『楽しみ』にしているぞ。」
石田は信長の横を通り過ぎ、反対方向に歩いていった。
「フフフ…『いる』ではないか、武士(もののふ)が。」
ニヤリと口角をつり上げ、信長は帰蝶に言った。
「帰蝶……天神館(ここ)は……思っていた以上に『楽しめる』ぞ。」
まるで『遊園地に来た子供のように』、織田信長は『笑っていた』。
「(よっぽど嬉しかったのかしら…『子供みたい』にはしゃぐなんて……でも、機嫌が直ってよかった。)」
夫の知らない顔に驚きながらも、信長がいつもの様子に戻って帰蝶はホッとしていた。
Side:石田三郎
織田信長に宣言布告してから暫く歩いていると、前方に見知った者達がいるのに石田は気付いた。
そこには島右近他、今年の一年生でトップ10と呼ばれている石田のクラスメイト達であった。
「石田さん!」
「右近達か…さっきの話、聞いていたか?」
「あぁ、聞いてたぜ。でも本気か? あの魔王ともう一度戦おうなんて?」
「ゲホッ……言っちゃ悪いが、勝てる見込みはほぼ0だぞ。」
「うむ、わたしもそう思う。あれはハッキリ言って、常識を超えている。」
「しかしもう向こうは止められんぞ。最悪我慢出来なくなって襲ってくるやもしれん。」
「……あぁ、分かってる。今の、いや『今まで』の俺じゃ勝てない事は……」
クラスメイト達の言葉を石田は素直に聞き入れた。その事にクラスメイト達は驚きを隠せなかった。いつも自分勝手で人の話なんて聞かない石田三郎が、自分達の言葉を聞き入れている事に。
「……俺は強くならなければならない。だが、俺一人では無理だ。『一人で突っ走っては何も出来ない。』……俺は織田信長(あいつ)から学んだ。」
石田は全員の前に立ち、頭を下げた。
「頼む! お前達の力を貸してくれ! 織田信長(あいつ)を倒すために、俺に協力してくれ!!」
「「「…………」」」
暫しの沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは島右近であった。
「…それがしでよろしいのなら、喜んでこの身を貸しましょう!」
「うむ! 『大友』も力を貸すぞ! 」
「なんやなんや、えらい丸くなったなぁ。ま、そういうのウチは嫌いやないよ♪ 」
「フッ…仕方ない。この華麗なる私の頭脳を貸してやろう。」
「何で上から目線なんだよ? お前も少しは丸くなれよ。」
「喧しい、丸坊主。」
「お前だって丸坊主だろうが! 安物のウィッグなんか付けやがってよ!」
「黙れ! これしかなかったんだ、しょうがないだろう!」
「そこ! 今いい感じの雰囲気だっただろ! 何でブチ壊すんだ!?」
「……ハハハ、それでこそお前達らしい。」
いつもと変わらぬメンバーに石田は笑った。そして再度全員の顔を見て、石田は宣言した。
「……入学して暫く経ったが、ようやく俺達は団結した。俺達で、『第六天魔王(おだのぶなが)』を倒す!!」
「「「 おう!!」」」
後に西日本最強と呼ばれる集団、『西方十勇士』が誕生した瞬間であった。
石田覚醒&魔王大満足の巻き。
贅沢を言えばもう少し石田の心理を表現したかった。マジで文才が欲しい。
-追記-
2月19日 改編しました。