真剣で魔王に怯えなさい!! (5/26より、更新停止) 作:volcano
シャアアアア……
朝日が射し込む風呂場にシャワーの音が静かに流れる。
「ふぅ……」
髪の水気をきり、風呂場から一人の青年が出てきた。青年は体についた水滴をタオルで拭い、アイロンでしっかりシワ伸ばしした制服を身につける。
「後はこれを……」
青年が取り出したのはワックスだった。指先につけたワックスをドライヤーで乾かした髪に塗布する。そして、最後に青年は洗面所に置かれてあった香水を体に吹き付けた。
「準備はできた。いざ……まいる!」
鞄を持ち、青年は玄関のドアを開く。今日、彼は戦いに出ようとしていた。
青年の名は『島右近』。天神館に通う高校一年生。
今日この日、一つの戦いが起ころうとしていた。年に一度、男の存在意義を賭けた壮絶な戦い。
その聖戦を、人は『バレンタインデー』と呼ぶ。
2008年 2月14日
『バレンタインデー』
年に一度、男達がそわそわしたり、変にカッコつけたりする日である。男達はこの日、無駄に声を大きくして自分の存在をアピールしたり、女子に積極的に接近しようとする。
青年、島右近もその一人だった。普段は多少寝癖がついている髪も今日はワックスでガチガチにかためられ、うっすら生えていた髭は綺麗に剃られてあり、体からは普段絶対つけない香水の匂いがしていた。
島右近…クラスメイトや彼の友人達は彼をこう呼ぶ。
『おっさん』と……『老け顔』と……
島右近…彼女いない歴=年齢の男。彼はモテたかった。彼女が欲しいとはいわない、しかし自分も男として価値がある事を証明したかった。そして彼はこの聖戦に参加する事にした。
「(男の価値はチョコレートなんぞで決まるものではない……しかし、貰いたい。一つでもいい、自分だってチョコレートを貰う権利はある!)」
『男は顔じゃない』……心の中でかたく宣言し、彼は学校へと足を進めた。
バレンタインデーとは恋人達が愛を誓う日であり、武を学ぶ天神館もそれに違わず甘いムード一色になっていた。恋人がいる者はチョコレートでお互いの愛を確認しあい、恋人がいない者もチョコレートに想いをのせ告白したりと、今日の天神館は笑顔と甘い匂いで満たされていた。
そんな中、島右近は教室の自身の席で一人静かに疑問をいだいていた。
「(何故だ? 何故誰も近寄って来んのだ?)」
今日、島が学校に訪れてから島に近付く生徒は一人もいなかった。皆島を変なものでも見るような目で見ていた。
「(何故だ? 確かにあの雑誌に書いてある通りに行っている筈なのに……)」
島は昨日買った男性ファッション雑誌を思い返していた。そこに書いてある通りに、髪を整え香水で体を色づけしたというのに、誰も自分の側によろうとしない事に疑問をいだいていた。
「あの、龍造寺君! これ、受け取って!」
「私のも!」
「毛利君……これ……」
「私の気持ちです! 受け取ってください!」
島がチラリと視線を移すと、そこには多くの女子生徒に囲まれている龍造寺と毛利がいた。
「こらこら、順番を守ってくれよシニョリーナ達。心配しなくても全部貰うぜ。」
「フッ……この華麗なる私に相応しい美しいラッピングだ。」
女子生徒達は二人に綺麗なラッピングが施されたチョコレートをプレゼントしていた。その光景を見て島は奥歯を噛み締める。
「(くっ! 男は顔じゃない……だが、この待遇の差は何なのだ!)」
島は納得がいかなかった。二人共同じ男というカテゴリーの存在なのにこの差は一体何なのか? あの二人と自分、そこにどんな違いがあるというのか?
「おい、島。何一人で難しい顔してるんだよ。」
「ふむ…只でさえ老けている顔がさらに酷くなっているぞ。」
蟠りを抱えている島に龍造寺と毛利がチョコレートを両手いっぱいに抱えて話してきた。
「……お前達か。どうやら、今日を充分満喫しているようだな。」
「まぁ、これもハンサムに生まれた者の宿命ってやつさ。」
「フッ…美しい私はあまりチョコレートは好まんのだがな。」
ならばそのチョコレートを今すぐ焼却炉に捨ててこい。島は心の中で叫んだ。
「(うわぁ…こいつ何張り切ってんだろ…) つっても、今年はいつもより少ないけどな。」
「(何をしたいんだ、この老け顔は…) 私もだ。まぁ、殆どの女子が『あっち』に行っているからな。」
「ん? 『あっち』とは?」
「グラウンド見てみ。」
龍造寺の指差すグラウンドに目を向けてみると……
「石田く~ん! 私のチョコレート、受け取って~!」
「キャアアア! 石田君、こっち見て~!」
「ちょっと押さないでよ! 私が先に渡すんだから!」
「何よ、偉そうに! 先に並んでたのは私よ!」
「……ええええい! 喧しい! 俺は今特訓中だ! 話なら後にしろ!」
「キャアアア! 私に言ったのよ!」
「違うわ、私よ!」
「んがああああ! 何なんだお前達はぁああああ!」
グラウンドには一学年全員の女子生徒がいるのではないかというくらい、集まっていた。彼女達の視線の先には、朝の特訓をしている石田三郎の姿があった。
「ああああ! 分かった! 後で全部貰ってやるから、今は特訓の邪魔をしないでくれ!」
「「「キャアアアアアアアアアアア!!」」」
「……石田さんは、相変わらずモテているようだな。」
「あぁ…前からファンクラブも出来てたしな。」
「それに石田の性格がまるくなったのも影響しているな。以前までのあいつなら、貰う事など絶対しなかったろうに。」
教室からグラウンドを見ていた三人は同時にため息をつく。
石田三郎はもとから女子生徒に人気があった。その人気がさらにはね上がったのは石田が織田信長に敗れてからだった。きつい性格はまるくなり、それまで破り捨てていた石田宛のラブレター等もきちんと呼んで返事をしていた。(返事はいつもお断りの返事である。)
それが影響してか、校内の石田の人気は凄まじいものとなっていた。
「(……昔から石田さんはチョコレートを貰っていたな。いつも隣にそれがしはいたが、貰ったためしは一度もない。一体何が違うというのだ! 顔か!? 顔なのか!?)」
グラウンドの光景を見て、島の中の蟠りは更に強くなった。
「石田も凄いけど、『上』も凄かったな。」
「あぁ、恐らく殆どの女子生徒が『向こう』にいったのだろう。」
「ん? 『向こう』? 『上』?」
龍造寺と毛利の会話に島が入り込んだ。
「いったい何の事だ? 『上』とは?」
「『上』だよ、『上』にいるだろう? チョコレート石田以上に貰ってそうな奴。」
「正直、あの量は目を疑ったがな。」
天神館 2-7
教室内で、織田信長は目の前の物体を前にに憂悶していた。
「……毎年思うのだが、『これ』ほど不毛な事はないと思わんか……」
「そうですね……」
「余(オレ)にはお前という妻(そんざい)がいる事を知っておきながら、何故渡してくるのだ? 余(オレ)には理解出来ない。」
「そうですね……」
「……先程から何が気に喰わんのだ? 」
「別に……」
「……今年こそは貰わんだろうと思っていたのだがな……」
信長は目の前の物体を見る。高く積み上げられたそれは莫大な量の箱であった。そして、全ての箱から甘いチョコレートの匂いがしていた。
「……何処のどいつだ、バレンタインデーなどというふざけたもの創ったのは……」
「チョコレートを貰った男性が言う台詞とは思えませんね。」
「……何だあれは? それがしは幻を見ているのか?」
「気持ちは分かる。スゲーよく分かる。俺でさえあんなに貰った事ねぇからな。」
「……本当に現実にあるのだな。チョコレートの貰いすぎで机にタワーが出来るというのは。」
2-7の教室を廊下から島、龍造寺、毛利の三人は見ていた。織田信長の机の上にはチョコレートの箱で出来た高さ30cnを超える山が出来ていた。
「何故だ? 何故あの者がチョコレートを……」
「そりゃな…性格はあれだげど、見た目はモデルとかアイドルが裸足で逃げ出すくらいのレベルだしな。それにあいつのファンクラブだってあるみたいだぜ。何だっけ? 『信長様にぶたれ隊』だったっけ?」
「『信長様に踏まれ隊』じゃなかったか? まぁ、この学校は変人が多いらしいからな。」
島右近は思う。何故あんな人として最低の位置にいるような輩がチョコレートを貰い、何故自分は一つも貰えないのかと。彼のわだかまりは秒単位で強くなっていた。
「クンクン……龍造寺、お前香水変えたか?」
「いや? お前じゃないのか、この匂い。……てことは…」
「ん?」
龍造寺と毛利の視線が島に向けられる。
「……島、お前香水つけてる?」
「え? ……あ、あの、多分今日寝坊したから何かと間違えて……」
「お前……スッゲェ香水くせぇんだげど。」
「え?」
「何つけてんだ? 多分それ中年のオバサンがつけるやつだぞ。」
「え?」
「あと、ワックスつけてんのか? その頭……気持ち悪いぐらいにガチガチでテカってるんだげど。」
「え?」
「それとお前…髭剃るついでに眉毛も剃ったのか? 普段床屋でしか剃らない奴がぶきっちょに剃るから、ただでさえキツかった目付きがさらにキツくなってんぞ。」
「え?」
「まったく…普段オシャレをしない奴が無理してするからそういう風になる。クラスの女子達もお前を見てドン引きしていたぞ。」
「…………え?…」
放課後、教室で一人島右近は真っ白に燃え尽きていた。彼は今日、結局一個もチョコレートを貰えなかった。
「……いいのだ…男の価値は……チョコレートで決まるものでは……ない……」
そう口では言うが、彼の顔からは活気が消え失せていた。死んだ魚の様な目で虚空を見続けるその様は例えるなら、一等賞の宝くじを持っていたのに誤って捨ててしまった様といえばいいのだろうか。
島右近は自分の存在価値が分からなくなっていた。
「……それがしの価値とは…いったい………」
ガラガラ……
島が意気消沈しているところ、教室に誰かが入ってきた。島は顔を教室の扉の方に向けると……
「おぉ、島! やっと見つけた!」
「『大友』?」
そこには同じ西方十勇士の一人『大友焔』がいた。
「さっきから探していたのだぞ。皆に聞いたら「教室で死んでいる」って言うからどうしたのかと思ったぞ。」
「……そうか、迷惑かけてすまん。……それで、それがしに何か用か?」
「あぁ、そうだ。ほら、『これ』。」
「ん?…………え?」
大友は島に小さな袋を渡した。
袋の中には小さなチロルチョコがいくつか入っていた。
「友達に聞いたら、今日は日頃お世話になっている人にもチョコレートを渡すそうなんだ。島にはいつもお世話になっているからな。急だったから購買のチョコレートだが、いつものお礼だ。」
「…………ぉ…ぉぉ……」
島は手の中にある確かな感触に感動していた。それは龍造寺や毛利、石田や織田信長が貰っていた綺麗なラッピングが施されたチョコレートではなかった。手作りのチョコレートでもなかった。
しかし、島は感じていた。小さなチロルチョコから感じる大友の感謝の気持ちを。
想いのこもったチョコレートを。
「他の十勇士の皆にも上げたのだが……島?」
「……ぉ、ぉぉおお、おおおお!」
「ど、どうしたのだ島? 何か様子が変……」
「おおおおおおおおおオオオオオオオオオ嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚!!」
「ヒッ!?」
バッ!
「我が生涯にいっっっっっぺんの悔い無ァァアアアアアアアアアしぃい!!」
一瞬島が世紀末覇者に見えた。後に大友焔はそう語った。
おまけ
「うぷっ! …もう、食えんぞ。」
「頑張ってください。ほら、お茶です。」
「あぁ、ズズズ……ム? この茶葉、良い茶葉だな。どうしたのだ?」
「私からのバレンタインプレゼントです。毎年チョコレートを貰ってウンザリなされてたので、こういう物の方が喜ぶかと思いまして。」
「……フッ…お前には敵わんな。」
「フフフ……さぁ、頑張ってください。後125個、完食してくださいね。」
「……今なら苦瓜ですら食える気がする……」
1クラス女子15人としてそれが7クラス×3
合計315人
バレンタインデーの各戦果
織田信長-150個
石田三郎-71個
龍造寺隆正-30個
毛利元親-30個
その他-33個
島右近-1個
ちなみに信長が律儀にチョコレートを食べているのは、昔信長が貰ったチョコレートを捨てたところを母に見つかり、こっぴどく叱られ無理やり食わされたというトラウマがあるからという裏設定があります。