真・恋姫†無双 ~華琳さん別ルート(仮)~   作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ

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04:花の江州のすごいやつら

 

一刀と華琳が、居を構える地・益州巴郡の江州へと戻ってきてしばらく経ち。

ふたりの予想した通り、劉璋の使いの者が厳顔の下を訪れた。

 

益州刺史の地位にあった劉璋は新たに州牧に任ぜられ、同時に巷を騒がせている黄巾賊の討伐を行えという命を受けていた。

劉璋自身、自衛としてならばともかく、自ら討伐に出ようとするなら、有する兵の練度が心許ないことを理解していた。

とはいえ、洛陽から直々の命である。今後の覚えをよくするためにも、それなりの成果を出しておきたい。

そんな思惑から劉璋は、厳顔に対して兵の融通を命じてきたのだ。

 

これ自体は、一刀からあらかじめ言われていたことでもある。厳顔も驚きはしなかった。

だがその考えが、彼女は大層気に入らない。例えあらかじめ予想できていたとしても、だ。

せめてそう思ってはいても、それを悟らせずに伝えろ、と、厳顔は吠える。後日、一刀に酒を用意させ大いに荒れたという。劉璋とその使者は、その辺りの配慮に欠けていたらしい。「自分の出世のために兵を出せ」というあからさまな要求を聞かされたにも関わらず、その場は抑えてみせた彼女を褒めるべきなのかもしれない。

 

蛇足ではあるが。さらに後になって、一刀に酒の上での醜態をまたひとつ握られたことに気付いた厳顔は、二日酔いとは違った意味でまた頭を抱えたという。

 

 

 

益州は険しく高い山に囲まれた土地だ。賊の類が攻め入るには難しく、暴れ回るにしても地場がよろしくない。そもそも地理的に、人が集まり大きく行動するということに向いていないのだ。

反面、身を隠すに困らないという点がある。だからこそ一刀は、華琳を連れてからもこの地を拠点にし続けたといえる。

同じ理由から、益州を拠点とし、山を降りて州の外で活動する匪賊の類が多くいた。

州が被る被害そのものは大きくなくとも、そういった輩を放置することはできない。州そのものの評判にもかかわる。益州刺史をはじめ州内各地の領主は、それらを討伐するために兵力を抱えているといえる。

中でも、その兵力の質と武力に定評があるのは、厳顔が治める巴郡であった。

 

過程はどうあれ、劉璋の行動は予想していたことであり、それに対して兵を出すことは既に決まっていたことである。荒れた厳顔が自ら得物を手にして出陣、いう展開にもなりかけたが、そこは仮りにもひとつの郡を治める領主だ。喧嘩っ早い性格とはいえ、ぐっと堪えてみせたのは、さすが分別のある大人の女性と言えるだろう。

ともあれ、そんな彼女の代わりに、黄巾賊の討伐行には名代が立てられることになった。

厳顔の弟子・魏延である。

そして、その補佐に華琳が付くことになった。

 

「……お前がこういうことに出張るとは思わなかったよ」

「あまり目立ちたくないのは今でも変わらないわよ? ただ、自分から出て行ったほうがやりやすいこともある。それだけよ」

 

巴郡から西へ、州都のある蜀郡・成都を目指し江州軍が進む。その数はおよそ1,000。

これを多いと見るか少ないと見るかは、判断が難しい。

集めようと思えば、もっと規模を大きくすることはできた。だが先にも触れた通り、益州という土地は大軍が動くには中々に険しい土地だ。御しきれない数を用意するよりも、それなりの数の精鋭を出した方がいいだろうという判断からこの数に落ち着いた、という経緯があった。

 

本来であれば、江州の兵も含めた"益州軍"が編成されることになるはずだった。

だが成都の町に到着した魏延たちを迎えたのは、わずか2,000の兵。

仮にも益州牧の声掛かりで編成される一軍だ。にもかかわらず、ひとつの州が用意した兵の数は、ひとつの郡が出し惜しんだ兵数のわずか倍の数でしかなかった。

 

「そこまで戦ごとに無関心なのかよ」

「違うわ。立身出世と自分の懐具合にしか興味がないだけよ」

「もっとひどいじゃないか」

「まぁ、手元の兵力をできるだけ残した上で、実際は私たちをこき使おうと考えたんでしょうけどね」

 

魏延と華琳たちが率いる江州軍は、あくまで補充兵力でしかない。それを前提にして軍の編成を考えていたとしたなら、その事実に思わず笑ってしまいそうになる。実際は笑うどころではないけれども。

 

「ワタシの頭が悪いせいなのか? 出世出世という割には、兵数を削るとか悪手もいいところだと思うんだが」

「焔耶の頭でも分かることなのに、劉璋の中では結びついていないんでしょうね。

それだけ江州の兵に期待している、って言えば聞こえはいいけれど。付き合わされるこちらはいい迷惑だわ」

「……確かにその通りなんだが、前半が納得いかないぞ」

「深く考えないでいいわよ。まぁこちらはこちらで、せいぜい劉璋"様"の権威を活用させてもらいましょう」

「で、何かあったら責任を取らせると」

「当たり前じゃない。地位っていうものは、本来責任が伴うものよ?」

「華琳の真っ黒な目論見の責任を取らされるなんて、劉璋に初めて同情した」

 

軽口を交わし合いながら、一方では淡々と出征の準備が行われている。

江州軍と成都軍の再編成であったり。

想像よりも少なかった兵数でどうこなしていくべきかに頭をめぐらしたり。

そのあたりのことを何も考えていなかった成都軍の責任者を華琳が容赦なく罵り反論できなくさせてみたり。

実力は低いがそれを補完するかのように気位はとても高い成都兵に魏延がキレてみたり。

江州軍の"一般人"たちが成都兵を見て「これで正規兵が務まるなんて楽なもんだな」と羨んだり。

それを耳にして憤慨した成都兵が江州兵に突っ掛かるも返り討ちにされたり。

何のかんのでいつの間にか討伐行動の指揮を江州軍が執ることになったり。

 

ばたばたしながらも体裁は整えられ、しばらくの後、"江州軍"は成都の町を出発した。

 

「計画通りね」

「本当かよ」

「想定していた内のそれなりは本当にそうなったから、あながち嘘でもないわ。

焔耶も、成都軍の下に就いて戦働きなんてしたくなかったでしょ?」

「それはもちろんだ」

「ならいいじゃない。劉璋は地位と名誉が欲しい。私たちは戦力そのものが欲しい。お互いの利害が一致して、いいこと尽くしよ」

「……どこか違うような気がするのは気のせいか?」

「もちろん、やるべきことはちゃんとやるわよ? 黄巾討伐の名声は劉璋のものだし、実践を通して成都兵の調練までしてあげるしね。働いてくれた人たちには礼も保証もする。分け隔てなく、ね」

 

成都よりも江州の兵になりたいと思いたくなるくらいの扱いをしてあげる。

含みのある笑みを浮かべながら、華琳は小さく付け加えてそんなことを言う。

 

「……華琳といい北郷さんといい、どれだけモノを考えてるのかワタシにはさっぱりだ」

「想像できる限り、よ。頭を使うのは私がしてあげるから、焔耶はせいぜい戦功を上げなさいな」

 

師匠の影響なのか、武一辺倒の魏延である。そんな彼女に華琳は、死なないための策は出すからがんばれ、と、激励なのか呆れなのか分からないような声をかける。

口はともかく、頭のほどは十分に華琳を信用している魏延は、それ以上は何も言わずに受け入れた。

 

 

 

武人の魏延と、商人の華琳。ふたりの出会いは数年前にさかのぼる。

 

江州に置かれている自営のための兵団。これを指揮するのは厳顔であり、兵たち調練を行うのもまた彼女である。当初、魏延はその中の見習い兵のひとりでしかなかった。

厳顔の性格もあって、自ら抱える兵力に対して彼女が求めるものは相当に高い。必然、日々の鍛錬も厳しく辛いものになる。それに最後まで付いていくことができたのが、魏延だった。

こいつは見どころがあると、厳顔は魏延のことを気に入り。真名をあずけ、直弟子として扱うようになり、暇さえあれば鍛え上げシゴき続けた。

 

素質があったのだろう。師弟同士の相性もよかったのかもしれない。魏延はその武の程をメキメキと上げていき、手練揃いの江州において、厳顔と黄忠に次ぐ強者として知られるようになる。

周囲に敵う相手がおらず、師匠格でさえ感嘆する力を得て。やがて魏延は増長するようになった。自分は強いんだ、最強なんだと思い上がるようになる。

 

ある時、商用で長く不在にしていた一刀と華琳が厳顔の下を訪ねた。それを見た魏延は、わずかに顔をしかめる。

彼女も一刀たちのことは知っていた。"桔梗"と"紫苑"とは長い付き合いであることや、領主としての"厳顔"を裏から支援している商人であることなども。

だがそれでも、しょせん商人じゃないか。

そんな考えが彼女の中にはあり。

声を荒らげて拳を振り回す厳顔と、からかいながらのらりくらりとそれを躱す一刀と華琳。彼と彼女らのふざけ合いを、遠目で苦々しく見つめる日が続いた。

 

調練に参加することがあるとは言っても、普段は江州を離れていることが多い一刀と華琳。魏延には遠目で見かける程度しか接点はなく、機会もなかったため、ふたりと顔を合わせることもなかった。

一刀と華琳の方もそれは同じだ。「厳顔のシゴキを耐え抜いた奴がいる」いう話は耳にしていたが会ったことはなく、厳顔からも「お主らが調練に参加した際にでも紹介しよう」と言わるにとどまっていた。

 

初めて顔を合わせたのは、華琳がひとりで厳顔を尋ねた時のこと。領主としての彼女に所用があったが、軍部で調練中と聞き、久しぶりに調練場へ顔を出した。

厳顔を通し、互いに自己紹介をする魏延と華琳。

だが"いかにも商人"という対応をする華琳に対して、魏延は苛立ちを覚え。

些細なことからいがみ合い、というよりも一方的な難癖付けと言った方が妥当か、になり。

厳顔の鶴の一声で、ふたりが立会いをすることになる。

やる気に満ちた魏延と、面倒そうな表情を隠さない華琳。

結果だけを言えば、魏延が地を舐めさせられて終わった。

大きな金棒を振り回し相手を追い込む魏延が、逆に華琳に振り回され。挑発と"口撃"に逆上し動きが単調になったところを突かれ沈められた。いつの間にか得物を手放し、無手となった華琳の蹴り一発で。

 

華琳にとっては「策」であるが、魏延からすれば「卑怯」であったその立会い。

なじる魏延に、華琳は冷たく言う。

 

「でもこれが戦場なら、死んでいるのは貴女よ?」

 

相手の実力を発揮させないままやり込めるのは当たり前のこと。生死の懸かった状況なら、武人じゃない自分の目的は「何をしてでも生き残る」ことを重要視する。

程度はあるが、その手段に難癖を付けられる筋合いはない、と。

 

「一般人が重視するのは、"如何に勝つか"じゃなくて"如何に生き残るか"なのよ」

 

美学を持つのは結構だが、相手がそれに付き合うとは思わない方がいい、とも。

 

「……貴様に、誇りはないのか?」

「今確かに生きていて、目指すべきものがあり、それに向けて進まんとする気概がある。

誇りの有無にこだわるなんてところは、とっくに過ぎたわ」

 

勝負そのものも、彼女がこれまで持っていた武と価値観も。

魏延は、華琳に一蹴された。

 

武ではない違ったところで、敵わないものを感じる。

それを悔しいと思う自分に、魏延は内心戸惑いながら。

彼女は唐突に、華琳に真名をあずけた。

 

「いずれお前を見返して、真名を返してもらう。それまで持ってろ」

 

想像だにしなかった考え方に、思わず華琳は声を上げて笑い出した。

それはもう楽しそうに。

 

以来ふたりは、何かにつけて悪態を付き合う悪友のようなものになった

 

 

 

「あの屈辱は絶対に忘れない」

「いいかげんに忘れなさいよ。あんなもの、2回は通用しないんだから」

「いや、あの時のお前の言う通り、戦だったら2度目はないんだ。調子に乗りやすいワタシにはいい戒めってやつさ」

「変われば、変わるものね」

「……もっとも、お前のそういう態度が気に入らないからボコボコにしてやりたい、っていう方が強いけどな」

「前言撤回。やっぱり変わってないわ、あなた」

 

やれやれと呆れたような仕草を大袈裟にしてみせる華琳。そんな彼女に改めて青筋を立てて見せる魏延。

 

「その鬱憤は戦場で晴らしなさい。戦働きの功は全部、焔耶にあげるわよ」

「……ワタシが前でお前が後ろ、っていうのは分かってはいるんだけどな。それでもお前の上から目線な態度は腹が立つんだよ」

「あら、実際に上だもの。仕方がないわ。あなたが私より勝っているものなんて、背丈と胸の大きさくらいでしょ?」

「何だ、羨ましいのかコレが。欲しいか?」

「別にいらないわ。自分で大きくするから。そっちこそ、私の頭を欲しがってもあげないわよ?」

「いらんわバカ」

 

打てば響くというのはこのことか。

いつの間にやら話はズレていき、軽口の叩き合いが延々と続いていく。

江州兵の面々も、彼女たちのやり取りは見慣れたもので気にも留めない。また始まった、と、苦笑するくらいであった。

 

「無駄話はこれくらいにしましょう。そろそろ着くわよ。陣を展開させなさい」

 

魏延は振り上げていた腕を止め、ゆっくりと進んでいる軍全体をゆっくり見渡す。

柔らかく拳を握り、華琳の頭に当てて押すようにして小突いてみせる。それを了解の返事にして、彼女はその場を離れていった。

方々へと指示を出し始める魏延。その後姿を眺め、去り際の彼女の表情が引き締まったものに変わっていたことを思い返しながら、華琳はひとり満足そうにうなずいていた。

 

 

 

 

 

魏延や華琳らに課せられているのは、黄巾賊の鎮圧である。同じように討伐を行なっているほかの軍閥が知れば驚愕するほどに、江州軍は効率よくそれを行なっていた。

 

もちろん、それには理由がある。

 

ひとつは、兵たちの士気の高さだ。

 

魏延を含め、江州軍の主だった地位に立つ者は専任の兵である。逆に言えば、大多数はただの町民だ。

町民、ただの一般人が武器を取り、集まった。と言っても、江州軍にいるのは厳顔のシゴキを一定の域まで耐えられる自力を持つ者たちだ。"ごく普通"の人たちと比べるのはやや酷と言えるかもしれない。

実力はともあれ、括りとしては一般人の彼らが、なぜここまで士気を上げて戦働きができるのか。

それは、功績を挙げ無事に帰還すれば褒賞が出ると伝えられているからだ。

もともと腕に覚えのある者が多い江州の民は、これを聞いて、こぞって討伐行に参加を求めた。劉璋麾下の兵には少なからず出征を渋る者もいたことに比べれば大きな違いと言える。

 

「腕があって、それを振るうことを欲していて、おまけに褒美も出る。誰でも飛び付くわ。

それが何であれ、やる気を喚起させることができれば大抵何とかできるものよ。何とかなるような素地は作るし、用意もするけれどね」

 

商売と同じだ。

無理矢理出させるのではなく、相手が自分から出したいと思わせる。

常に利を考える、商人ゆえの発想だろう。

 

これは事実上江州軍に組み込まれた成都兵たちにも伝えられ、無事に帰還できれば、劉璋が与えるであろうものとは別に褒賞を用意しようと、華琳は約束する。さらに行軍中の食事などについても、それなりにいいものが与えられることを知り、成都兵たちの士気も上がっていた。

 

まさに、腹が減ってはなんとやら、である。

 

 

 

もうひとつは、下準備の周到さだ。

 

繰り返しになるが、この"外史"の華琳は、商人として生きている。

故に、損になるようなことは極力しようとしないし、状況から損を被らなくてはいけないという状況に陥ったとしても、後々少しでもその損を取り戻せるように策をめぐらせる。

 

ゆえに、効率よく、最小限の動きで多くの利を得るべく動く。

江州軍よりも数の少ない集団"だけ"を相手にして、確実に殲滅する。

さらに黄巾賊の拠点"だけ"を狙い、動きを縛る。

 

どんなに小さい規模であれ、軍勢を動かすには金が掛かる。手間も掛かる。

「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし」という題目を掲げ、今の漢王朝を否定し動く黄巾の徒。仮に高潔な理念の下に動いていたとしても、人である以上は腹も減るし喉も渇く。それも過ぎれば死ぬしかない。

 

「人が集まって何かをしようとするなら、食料や水は必須になる。

拠点を決めて貯め込んでいるか、行く先々で調達しているかしているはずよ」

「なるほど」

「黄巾のヤツらがちゃんと買っているのか、それとも何処からか奪っているのかは分からないけれど、どちらにしても必要となるモノが動く。そして何かが大量に動けば、私たち商人の情報網に引っ掛かる」

「拠点を叩けばいい、ってのは分かるけど、場所の確定が早いのはそういうワケだったのか」

「あやしそうなところはもう調べてあるわ。もう一度そこを調べさせて、あたりだったら、叩く。それだけよ」

「その拠点にたむろしているのが、ワタシたちより多かったら?」

「人が多いなら、少なくなるまで待つだけよ。それに、大仰なお題目を掲げて動いている輩が、いつまでも拠点でたむろしているほど暇なのかしら」

 

商人だったら役立たずの烙印を押されるわね、と、切って捨てる。

 

「……商人って、怖いな」

 

何処でどう動いても知らされてしまう、見えないナニカに常に監視されているような感覚。

こういうのを、準備万端、と言うのだろうか。

始まる前から詰んでいるような状況に、魏延は少しばかり黄巾賊が哀れになった。

不敵に笑う華琳を見て、彼女はことさらその思いは募る。

 

 

 

 

 

江州軍の下に、正確には華琳の下にだが、幾度となく伝達役の者がやって来る。周辺の調査に出した者であったり、一刀からの報告であったり、商人経由の兵站受け入れであったりと忙しない。

情報を伝える者がやって来るたびに、華琳は現状勢力の規模と位置関係の把握を改める。そして、魏延を通して軍全体が移動し、新たな黄巾賊の集団と衝突。鎮圧に掛かる。それが繰り返される。

 

鎮圧といっても、現在討伐に出ている江州軍は成都兵を含めておよそ3000人に過ぎず。総勢数十万とも百万とも言われる黄巾賊に対して、その数はあまりにも心許ない。

故に華琳は、先にも触れた通り無理な討伐を行わない。

「討伐の下知は他の州の勢力にもでいるのだから、私たちだけが無理をする必要はない」という姿勢を以って戦にあたった。

言い換えるならば、「首魁を求めて1回の戦に全力を注ぐ」のではなく、1000の賊に3000であたる戦を10回繰り返すことで「3000の兵が被害もなく1万を討伐した」という結果を得ることを目的とした。

 

地味ではある。劉璋や洛陽の高官に対しての覚えは悪いかもしれない。

だがひとりの将の名前など、多くの民はいつまでも覚えてはいない。

むしろ、不鮮明であっても具体的な数字の方に信憑性を感じる。それが口々に伝われば誇張され、1万という数字は3万にも5万にも膨れ上がりかねない。前者は評価を得た時点で頭打ちだが、後者は後々いくらでも膨れ上がる。少なくともそうなり得る素地がある。黄巾賊の暴挙に辟易しているのなら、討伐された数は多ければ多いほどいいのだから。

 

さまざまな軍閥勢が黄巾賊を制圧している、ということは民も知っている。

何処其処の将が誰某という将の首を取った、という話も時折上がる。

それでも民の多くは、それらが"自分の周囲に影響を及ぼしていない"と感じている。それだけの戦になっていながら、周囲に蔓延る黄巾賊がまだ存在するからだ。

だが具体的な地名や数字が絡むと、話はやや変わってくる。話に上がる地名が近ければその余波が近づいてくるように思えるし、征伐された黄巾賊の具体的な数字が伝われば「そのうちこのあたりからもいなくなるかもしれない」と思うようになる。

 

後に、呂布が単身で黄巾賊3万を屠ったとか、公孫瓚がわずか2万で黄巾残党30万を敗走させたとかいう話が民にもてはやされたのも、これに似たものなのかもしれない。

 

こうした民の口にのぼる話は、いかにして伝えられるか。それは各地を行き来する商人たちによる。

江州軍の参謀役にある華琳は商人である。

その後ろにいるのは、商人として独特の繋がりを広く持つ北郷一刀だ。

 

とにかく、劉璋が派兵した軍勢が、少数にもかかわらず数倍、十数倍の黄巾賊を討伐しているという噂が立ち始めていた。益州周辺はほぼ全滅させ、さらにその範囲を広げようとしている、と。

 

少しばかり大袈裟になっているところはあるが、内容そのものに間違いはない。

事実、わずか3,000の兵で討伐した黄巾賊の総数はすでに2万を超えており。負傷者はそれなりにいるものの、死者は指折り数えるほどしか出ていない。

それがさらに兵たちの自信と実力向上につながり、軍全体の士気向上を生む。規模に勝る相手ばかりとはいえ、連戦することから緊張感が途切れることもない。

 

今日もまた江州軍は、まるで討伐総数を更新するかのように、黄巾賊の集まりを強襲する。

 

 

 

「死にたい奴は前に出ろーっ!」

 

威勢のいい声と共に、魏延をはじめとした先鋒の一団が突貫する。黄巾賊討伐にあたって、江州軍が常に取るやり方だ。

 

魏延が常に先鋒に立ち、愛器である巨大な金棒・鈍砕骨を振り回す。勢いのあるそれに当たれば、名前の通り即粉砕骨折という得物を、彼女は軽々と使いこなす。

黄巾賊の多くは、そんな彼女の姿に恐れをなす。魏延にしても、怯んでくれればそれだけでやりやすくなる。動きの止まった相手を容赦なく吹き飛ばし粉骨していくだけだ。

彼女の得物から逃れた黄巾賊も、その後方から押し寄せてくる江州兵に蹂躙される。普段から賊の鎮圧などサラリとこなす、鍛え上げられた"一般人"だ。勢いを失った黄巾賊など敵にならない。

実力と運を発揮してそこから何とか逃れたとしても、江州軍の頭脳役・華琳が、周囲の兵たちを使って確実に潰していく。

 

「逃げても、死ぬわよ?」

 

華琳の持つ武の程は、魏延に勝るとも劣らない。立っているのが軍師の位置であっても、彼女の目の前に立てば一閃にして屠られてしまうのだ。

つまり、逃げきることはできない。

 

奇など衒わない。相手を選び、勝てる状況を作って、驕ることなく相対する。

このように、江州軍は小規模ながらも連戦し、着実に黄巾賊を減らしていく。

 

 

 

 

細々と、地味に、それでいて確実に黄巾賊の数を減らしながら各地を転戦。数をこなすことで、軍と兵の練度と経験値も上がっていく。

そんな中で江州軍は、規模の大きい黄巾賊と官軍がぶつかりかけていることを知る。

と同時に、江州の町で情報の取りまとめと兵站の手配を総べている一刀から新しい届いた。

やって来たのは、華琳の昔馴染みであり、この場においては意外な人物だった。

"黒髪の山賊狩り"と謳われる武勇を持ち、その戦う様の美しさから"美髪公"と呼ばれるほどに名を上げている女性。

姓を関、名を羽、字は雲長。真名を愛紗という。

 

長い付き合いのふたりが、久方振りに再会することになる。

 

 





・あとがき
接点がなさそうな者同士を絡めるって、かなり楽しい。

槇村です。御機嫌如何。




「華琳さん別ルート(仮)」4話目。
話のくどさと進みの遅さに定評のある槇村ですが、
まさに本領発揮という感じですな。(威張れねぇ)

想定では、あと数話はキャラクター寄りのお話が続き、
その後で全体のお話が動き出す感じ。

……いったいいつまでかかるんだよ。(自分で言うな)

ちなみに一刀&華琳さんらと原作キャラたちの接点はあらかた考えてある。




次は早くて今月末。
でなければ来月の同じくらいには続きを上げたい。
いいかげんに「愛雛恋華伝」の方を進めないと。

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