真・恋姫†無双 ~華琳さん別ルート(仮)~ 作:槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
「何進さん。十常侍と宦官がいなくなった中央を、まとめ上げてもらえませんか?」
「……何だと?」
普通に考えれば、この時代に生きる者とは思えない言葉。
臆面もなくそれを口にする、良く知った商人をまじまじと見つめて。
何進は、深い思考に耽った。
人の縁とは異なものだ。何進は誰よりもそれを実感する。
洛陽の町の片隅で肉屋を営む家の長女。それが彼女の立ち位置。生まれてから死ぬまで、それは変わることがないと思っていた。
何進にとっての転機は、霊帝に妹が見初められ宮中へ上がることになったこと。
詳しいことは知らない。整った容貌を持つ妹ならば、そういうこともあるのだろう。
そう納得した。
妹に負けず劣らず、彼女もまたそれなり以上の美貌を持っている。だがいかんせん、彼女は日頃から獣の血にまみれた生活をしていた。しかも裏方だ。目に掛かることはなかったし、掛かったとしても別の意味で目に留まったという理由がせいぜいだろう。年齢が妹よりやや離れていたという理由もあったかもしれない。
ともかく、彼女と違って血に触れることなく育てられた妹は、霊帝の側に身を置くことになった。
これまで当たり前だった生活が色褪せるほどの贅沢な暮らしが待っているのだろう。そんなことを考えた当時の何進は、自分の境遇に目を向ける。
妹を見て、羨ましい、という気持ちがなかったとは言えない。だが、自分と妹を比べれば、誰でも妹の方を選ぶだろうとも思う。彼女には、羨望はあっても嫉妬はなかった。
それよりも、何進は宦官たちの方に意識が向く。
生き物を捌く肉屋は汚れ仕事だ。ゆえに彼女は、人が見せる表情の裏表、心変わりや理不尽さを嫌というほど見て来たし、骨身に染みて知っている。妹を連れて行く宦官の手の者たちの傲岸さも、憤るでもなく"そういうものだ"と醒めた目で見ていた。
一方で、こうも思う。
あの宦官どもは何を思って偉ぶるのだろう。自分とは何が違うのだろう。
立場か? 立場だけなのか?
同じ場所に立てるのなら、あいつらよりも自分の方が余程マシなことができるのではないか、と。
そんなことを考え、もやもやした感情を抱えてていた何進に声を掛けた男がいる。
かねてから付き合いのあった商人・北郷一刀。
「もし宮中に乗り込もうという意気があるなら、後押ししますよ?」
もちろん、条件付きでですが。
そんなことを、彼は笑顔を浮かべながら口にする。
商いの上で普段から見慣れている顔。何進には、彼の笑顔がこの上なく胡散臭く、物騒に見えた。
だが後年の一刀が言うには、何進の方こそ物騒な笑みを浮かべていたとか。
この時を境に、彼女と彼は共犯関係になった。
それから数年もの間、何進は金銭面でも物資の面でも世話になり続けている。
気にせずともいずれ見返りはもらう、と一刀は言う。
これほど注ぎ込んでまで得ようとする見返りとは一体何なのか。
返しきれるものなのかと、不安さえ感じていたのだが。
それもようやく、解消することになる。
劉備が洛陽に身を置くことになったきっかけは、北郷一刀だ。
幽州タク郡に生まれ、中山靖王・劉勝の末裔であり、皇族の血を継いでいると教えられて育った劉備。だが彼女自身はそんな系譜にこだわることなく、母と共に筵(むしろ)を織り、それを売って日々を過ごしていた。
出会いは、彼女が12歳の頃。
「君が劉備ちゃん?」
母親と話をしている姿は何度か見たことがある。商人の男性・北郷一刀。
面と向かい話をするのは、この時が初めてだった。
「劉備ちゃんのお母さんにはもう話したんだけど、君にちょっとお願いがあるんだ」
そう言って、彼は笑みを浮かべる。
後年、一刀との出会いを思い返した劉備は言う。
「後悔はしていないけれど」と前置きをし、
「笑顔そのものは、爽やかに見えた。それに騙されたんだと思う」と。
言葉の割に、彼女が漏らす笑みに陰はなかった。
妹が宮中に上がったことで、端役ながら地位を手に入れた何進。
そんな彼女は、一刀の手引きによってさらなる一手を得る。
彼が連れてきたのは、ひとりの少女。
中山靖王の末裔・劉備。
彼女を宮中で働けるように仕込んで欲しいと、彼は言う。
さすがの何進も、その紹介に目を見開いた。
対して、幼い劉備は緊張で身を固くしている。洛陽の中枢に身を置く、いわゆるお偉い人物。そんな女性と対面を果たしているのだから無理もない。
「……何を考えてるんだ?」
訝しむ何進の声と、視線。
劉備は、びくりと身を震わせた。
しかし一刀の方は何らたじろぐことなく。
むしろ、劉備の頭を撫でながら笑みを浮かべさえした。
「彼女には、自分の血筋については説明してあります。やり方次第でどんな風にも利用でき、また逆に利用されかねないということも、ね」
「お前、さすがにそれは」
「多少誘導した、っていう自覚はありますけど、彼女にとっても悪い話じゃないんです。
優しいこの子が、苦しんでいる人たちを何とかしたいと思う気持ち。
それを実行できる立ち位置が手に入るかもしれないんですから」
「相変わらず、口ひとつで人を丸め込もうとする」
「結構、本心ですよ?」
「だからこそタチが悪い」
苦笑いを浮かべながら、何進は彼に、目の前の少女と同じ視線まで身を屈め、声を掛ける。
「劉備、といったか」
「はい……」
「私は何進という。ここ洛陽で、漢王朝の政に携わる木っ端役人のひとりだ。
だが、木っ端で終わるつもりはさらさらなくてな」
何進は劉備の小さな手を取り、包み込むようにして握る。
そして、余りに明け透けな言葉を口にした。
「私はお前を利用したい。
少しでもましな世の中にしたいという望みを持つなら、お前も、私を利用するといい」
新しい皇帝に繋がる縁と、古い皇帝に繋がる縁。
新旧の王朝に流れる血は、このようにして交わった。
それから現在までの数年間、劉備は何進の下で教育を受け続ける。
宮中の執務の流れや力関係を叩き込まれ、何進付きの副官として成長する。
一刀に連れられた商用の旅の最中に目にした、民の生活の現実。それらの改善を目標にし、劉備は"ちから"と知識を蓄えていく。
どうすれば何が動き、それが各地にどのような影響を及ぼすのか。
劉備はひたすら学び、頭を捻り続けた。
彼女の幼さなど一顧だにすることなく、何進は劉備に様々な実務を課す。実践の数をこなすことで、実力と判断力、そして決断する強さを培い向上させようという目論見だ。
内容は、一刀曰く"スパルタ"。
事実、余りの激務に泣く暇もないほどだった。
同時期に、劉備は次期皇帝候補である劉弁と劉協と会う。
周囲には10歳以上歳の離れた大人しかいなかった幼帝ふたり。歳の近い子どもの相手が必要だという判断から、劉備に白羽の矢が立てられた。
これにはむしろ劉備の精神を落ち着かせる効果があったようで。膨大な量の勉強、そして何進から告げられる無茶振りに疲弊した彼女をひどく和ませた。
親身、というよりもべったりと言った方がいいほどの世話を焼く彼女に、劉弁と劉協はとても懐く。やはり大人よりも子供同士の方が気を許せるのだろう。後日、招き寄せられた劉備の妹分・張飛も加わり、彼女たちの間柄は身分を余り感じさせないものになった。
あれこれと過程がありつつ。何進は様々なものに後押しされ、宮中へと乗り込んだ。
それから数年が経ち、彼女の手にする権力と影響力は多大なものになっている。遂には軍部の長・大将軍の地位にまで上り詰めた。
霊帝の寵愛を受けた妹の威光。
皇帝の血を継ぐ劉姓の者を部下にしているという立場。
そして物的金銭的な不足を補う商人の後ろ盾。
何進が持つものは、中枢に居座る宦官たちが持ち得ないものあり、あらゆる面で秀でているものばかりだった。
宦官たちが余り熱心ではなかった軍部を掌握し、現在の皇帝に連なる血縁としての発言力を持ち、次代の皇帝育成にも携わっている。さらには、こなした仕事に対する信賞必罰が徹底されていることから配下の末端に至るまで評価が高い。
居丈高に命令を出すだけの宦官らと違い、報奨という見返りがしっかりとされている。それだけで、何進の下にいる者たちの士気は高まる。
上層の甘い汁がごく一部だけに留まり、末端にはほぼ旨みが行き届かない宦官勢との違いが顕著に見て取れた。日が経てば経つほどに、派閥としての気運の差は露になるばかりだった。
彼女の躍進に、十常侍や宦官たちは不快感を露にする。
劉姓の者が弁、協を世話するということで、「前漢の血が未来の漢王朝を育てている」という見方も出来る。それは権力志向を持つ宦官に対して強い影響力を持った。
何進を排除すれば、その配下にある劉備も無関係ではいられない。ひいては劉備に懐いている幼帝ふたりにまで影響を及ぼす。そして、何進一派の失脚に関わった者たちの覚えが悪くなるという結果をもたらすだろう。
さらに言えば、何進を排除した後、軍部を再び掌握することが難しい。
黄巾をはじめとした匪賊の類が急増している。皇帝の威をもってしても止められない以上、必然的に守りを軍部に頼るしかないことは宦官らも理解している。いたずらに掻き回せば、損をするどころか自分の命まで危うくなってしまう。
ゆえに、手が出せない。
気が付けば宦官の領分、それも相当な部分にまで、何進の口出しが行われるようになっていた。
実質的な行動に出られない分、十常侍や宦官たちは言葉で責め立てる。だが繰り返し聞かされる苦情やら陰口の類も、何進はまったく意に介しない。
「理路整然と反論できない内容で嫌味を言われることに比べれば、奴らの囀りなど可愛いものだ」
その嫌味というのが誰のものなのか、彼女は言及していない。
各地で暴れていた黄巾賊の勢いも小さくなってきている。各地域の軍閥が兵を上げ、積極的に討伐を行った成果、と言えるだろう。
また遠因として、南陽郡・宛の街を拠点とする商人たちが積極的に支援をした、という理由もある。
彼らは地域や派閥を問わず、求められれば必要なものを用意し格安で提供した。一刀と華琳が敷いた商人たちの情報網によって"兵站を一手に引き受ける"という知らせは各地域に伝わり、様々な軍勢が宛を経由してから方々へと進軍していくようになったのだ。行軍中でも餓える心配がないということで、前線に立つ兵たちはたいそう喜んでいたという。
余りに押し寄せるものだから、軍単位で順番待ちが出来るほどの盛況振りを見せる。そのため、宛の街は常にどこかの軍勢が常駐しているような状態となり。禁軍よりも充実した混成軍によって街の警護が行われるという、自分たちが何もしなくとも街の安全が図れる結果まで生まれた。この時期、南陽郡から盗賊や匪賊の類がひとり残らず逃げ出した、などという言葉が後世に残されている。
黄巾賊の討伐もそろそろ収束か、という頃になって。一刀はあるお偉方から招聘を受ける。
言葉は濁されているが、呼び寄せたのは十常侍の面々だ。
一刀は、言うまでもなく"たかが商人"である。
そんな彼の名をなぜ、十常侍が知っているのか。
南陽・宛の街が黄巾賊に占拠され、何進は軍勢を派遣し取り戻そうとした。しかし十常侍たちは、ただ何進に失点を与えたいがために派兵の妨害をしている。いわば利己的な理由で、この時代最大級の人口を持つ街を見捨てようとしていたのだ。
その後、宛の街は軍閥らによって取り戻される。そして、派兵の命を止めた理由は何なのだと、十常侍たちは何進に人前で難詰されている。何進の足を引っ張ろうとしていた十常侍と宦官らの面目は丸つぶれになり、一連の内容は霊帝にも報告されたという。
苦々しい思いをさせられた地ということで、十常侍らの記憶に宛という街の名が残る。
そして早くも街の復興が進められ、さらに黄巾賊討伐の補給まで行い始めたと聞き。得や利を嗅ぎ取ることに秀でる彼らは、何とか手を出せないかと企み出す。
各地の軍閥を一手に賄えるほどに物と金を持っているのだ、それを我々に回してもいいだろう、と。
だが大きな問題が浮上する。
大将軍・何進の存在だ。
件の商人と何進は、妹が霊帝に見初められる前から付き合いがあるという。
さらに宮中へ上がってからは地位と権力を確立していく後押しをしていたということも分かった。
このことに、十常侍たちは渋面を見せた。
妙な手出しをすれば何進に話が流れていく。そして、ただでさえ宦官たちに強く当たる彼女はさらに強気になって出ることだろう。彼らにしても、それは面白くない。
潰せないのなら、取り込んでしまえばいい。
何進への後押しを止めさせ、代わりに十常侍らを支援させる。どれだけの見返りを得ているのかは知らないが、しょせんは商人、それ以上のものを与えれば鞍替えするだろう。
複数の軍勢を支えられるほどの金づるが手に入るのなら、こちらから手を伸ばす手間くらいは我慢してやろうという、地位ゆえの傲慢な思考。
だが彼らは、手を伸ばした先にどんな棘があるか、もちろん知らない。
「あら、もうそんな動きを見せますの?」
そう漏らすのは、冀州渤海郡の太守に就いたばかりの袁紹。
彼女の手には、洛陽にいる大将軍・何進から届いた上洛を求める書と、幼馴染みの友から届けられた便りがある。
「斗詩さん、猪々子さん。兵をまとめて、いつでも出られるようになさい」
二枚看板とも称される顔良と文醜に書を手渡しながら、袁紹はすぐさま対応すべく指示を出す。
「春蘭さんと秋蘭さんも、同行なさい。
あのちんくしゃお嬢ちゃんのやろうとしていることを、見届けることにしましょう」
そう言いながら、友からの手紙を夏侯惇と夏侯淵に手渡した。
「準備が出来次第、発ちますわ。よろしくて?」
畏まった4人の返事を聞き、袁紹は満足げに笑う。
普段の哄笑ではなく、慈母の如き穏やかな笑みを浮かべ。
「尻拭いはして差し上げます。思うままに、想いを晴らしなさいな」
この場にいない友に向けて、彼女は呟きを漏らした。
・あとがき
もうすっかり書き方を忘れてしまった。
槇村です。御機嫌如何。
やぁやぁ、半年ぶりだよ。
もういい加減にしろよって感じの放ったらかし具合。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
私? 槇村は仕事ばかり。
まぁそれはさておき。
ちまちま書いてはいたのですが、
間を空けるとダメだね。
モチベーションとかもそうだけど、
どんな書き方をすればいいか分からなくなっちゃう。
書くと決めたら、ちゃちゃっと書ききった方がいいな。うん。
そんなわけでして。
1次小説の方に比重を置くため、
まずこのお話しを終わらせようと思った次第。多分、あと3話くらいで。
巻きを入れようと思ったら、何だか箇条書きみたいになってしまった。
書き方を忘れてるな、と思った。
あれこれ思い出しつつ、次の更新がまた半年後、なんてことは避けたい。