東方生還録   作:エゾ末

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⑥話 同情するのは美少女に限ってじゃない

 

 輝夜がうちに泊まり、おじさんからの申し出を受けた日から1週間が経った。

 明日、京の都へと引っ越しをする。あ、勿論おれがこの村を出るって事は村長に言ってある。なんか働き手が減るとかで、渋られたが……

 

 京の都までこの村から徒歩で1日近くかかるという。その上、輝夜を駕籠に乗せて運ぶからもっとかかるらしい。

 つまり、どうやっても夜にも歩く必要がある。おれはその夜間に出てくる妖怪の退治を任されているので、夜は寝れないんだよな……だから今日のうちにたっぷり寝るとしよう。

 なんかどのルートで行くか相談があるから家に来てくれと言われていた気もするが、そんなの気にしない。

 おれの中で睡眠は三大欲求の中で頂点に君臨する。その睡眠を夜中という一番眠たい時間帯で寝れない苦痛を味わうんだ。今日ぐらい一日中寝たっていいだろ。

 ……うん、とんだ屁理屈だな。

 ……はあ、まあ、了承したからにはその分働かないとな。

 本当は嫌だが、起きないと。

 

 

「……」

 

 

 と、思いつつも出られないのが布団の魅力だ。薄くてあまり布団とは呼べない代物でも、十分に効果を発揮する。

 布団の怖いところはここにある。寝ていたときの温もりを捨てるのが、勿体無く、あと1分だけ寝ようと心の中で誓い、その1分という猶予が過ぎると、まだ時間があるからと、もう1分寝ても大丈夫かと思い始める。

 確かに1分はあまり長い時間とは言えない。しかし、たかが1分、されど1分だ。その引き延ばしが後に命取りになる。

 1分、1分と、引き延ばしていく事に、1分を数えるのが面倒になる。ならいっそのこと5分後に起きればいいんじゃないか?

 という発想が出てくる。それを採用してしまうと、後は転落、その5分間に酔いしれているうちに、睡魔が己の意識を刈り取っていく。

 そうなるとどうか。そう、寝過ごしてしまう。

 そして後悔する。ああ、折角早く起きたのに……と。

 

 まあこの事に関しては、自分の欲に勝てば問題のない話だが、それができれば苦労しない。

 

 現に今のおれがそうだ。頭では分かっているのに身体が言うことを聞かない。完全に欲に負けている。

 

 笑うなら笑え、欲に負けた弱者とでもな。そんなこと言われたら、『おれは欲に忠実なだけだ』と負け犬の遠吠えをしてやる。

 

 

「(よし、ということで……あと1分だけ寝よ)」

 

「……はあ、駄目人間ここに極まりですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____________________

 

 

 

 ~翁と嫗の家~

 

 

「この道は広い草原でもし妖怪が襲ってきてもすぐにわかります。そしてこの道だと、少し遠回りになりますが、民家も多く、妖怪との遭遇率は殆どありません。最後にこの道だと……雑木林を通り、かなり妖怪の目撃情報があるのですが、近道です。」

 

「ほう」

 

 

 おじさんの家に、少し遅れつつ行くと、そこには輝夜の姿がなかった。どうやら村の近くにいる子達と遊びに行っているらしい。

 おじさんいわく、これからは高貴な姫君にするために、今のような遊びなんてさせられないという。つまり、これからは外で走り回ることは、殆んどないということだ。

 そんなことが出来るのも、今日が最後だと思うとなんか可哀想だな。

 

 と、それよりもおじさんが言っていたことのおさらいをしよう。

 まず3つのルートがある。

 1つ目が草原、見渡しができ、敵の察知がしやすい。

 2つ目は民家が多数ある通り、遠回りだが、妖怪との遭遇は殆んどない。

 3つ目が雑木林、近道だが、妖怪と高確率で遭遇。

 

 ……んー、この場合だと悩む必要なんてないんじゃないか?

 

「ここは草原から行った方がいいのでは?」

 

「うむ、わしも最初はそう思ったのですが……」

 

「ん、なにか問題でも?」

 

「はい、実は……ここ最近、この草原付近に盗賊が住み着いたと知らせが来たもので……」

 

「盗賊?」

 

「なんでも、集団で行動しているとか。これだと熊口殿と、あの二人の男どもでは被害が抑えられない可能性があり、あまりこの道を行くのは……」

 

「盗賊って言っても人間でしょう。妖怪と比べれば楽なもんだと思いますけど」

 

 

 人間と妖怪を比べるのは良くない。おれのような、霊力を扱えるのならまだしも、普通の人間じゃあ、中級妖怪にすら勝てないだろう。弱小妖怪ですら、大人でやっと倒せるくらいだし。

 

 

「わしが言っているのは強さではなく、数です。団体でかかってこられては、いくら熊口殿と言え、取りこぼしてしまう可能性があります」

 

「その点は心配ご無用。おれに考えがあります」

 

 

 妖怪には簡単に壊されるから、これまであまり使わなかった(寿命ブーストがあったら別だけど)が、人に対してなら結構有効的だ。

 

 

「はあ、そういうのなら信じますが……お願いしますよ?」

 

 

 信じていると言いつつも怪訝気な顔つきのおじさん。

 まあ、そうだろうな。会って1週間程度のやつを完全に信じきる奴は相当な目利きのある奴か馬鹿ぐらいだ。

 

 

「任せておいてください。」

 

 

 遠回りなんて御免だ。おれの睡眠できる時間がなくなる。

 妖怪が出没するところは論外。妖怪だって単独で行動するやつだけじゃない、群れで行動する奴だっているんだ。しかも夜に現れる奴は狂暴なのが多い。人間の枠を越えた存在が群れでかかってこられたら、今おれが考えている策はほぼ無意味だからな。そしたら皆を守るのは難しくなる。

 

 

「それじゃ、失礼します。明日の夜明け前にまた来ますから」

 

「わかりました。どうか、お願いします」

 

 

 

 よし、明日も早いしさっさと寝るか。

 まだ日が照ってるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~村~

 

 

 やっぱり寝るのもなんだったので、村の周りを散歩することにした。

 

 

「あ、熊口さん」

 

「おお、こんにちは」

 

 

 すると、いつも村の仕事を頼みに来ていた使いの人と出くわした。

 

 

「そういえば聞きましたよ?明日ここを出るんですね」

 

「あ、はい、そうですね。山に住んでるおじさんから用心棒として雇われまして」

 

「それなんですがね。知ってますか?あの翁がいきなりお金持ちになった理由」

 

「?……それは知りませんでしたね。知ってるんですか?」

 

 

 そういえば知りたいな。この口ぶりだとこの人、知ってそうだし。

 教えてくれるだろうか。

 

 

「ご存知なかったのですか……実は翁が持っている黄金、()()()からでてきたそうですよ」

 

「光る竹?」

 

 

 なんて非現実的なんだ。光る竹て……そんなので大金持ちになれたら苦労しない。

 

 

「おっと、急がなければ。

 それでは、私はこれから畑仕事にいきますので」

 

「畑ってこの前おれが整地した?」

 

「はい、この度は感謝しています。1週間はかかると思ってたのに、2日で終わらせるんですから」

 

 

 なんだ、今日中にやれってことじゃなかったのか。まあ、あんな広い土地を1日でやれとか、鬼畜にも程があるけどな。

 

 そのあと、使いの人と軽い挨拶をしてから別れた。

 

 

「ここまでこいよ!」

 

「おいまてよごろう!」

 

 

 と、少し遠くから子供の声が聞こえる。

 そこへ顔を向けてみると、そこには男の子達に紛れて遊んでいた輝夜の姿があった。

 ……めっちゃ浮いてる。男しかいない中に美少女がいるんだから、浮くのは当然だろうけど。

 

 

「ちょっと待ってよー」

 

 

 無邪気な笑顔が子供らしい。

 どうやら追いかけっこをしているようだ。

 ……こんなことが出来るのも子供の時までだよな。

 でもこういうのも今日までらしいんだよな、輝夜は。高貴な姫君とやらにするために習い事を、一日中やらされると聞いた。……不憫だよなぁ。おれだったら1日目から逃げだすだろう。

 それを止めてやろうにも、雇われた身としてはどうすることもできないし。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 そう思っていると、輝夜が小石につまづいて盛大にこける。

 うわぁ、顔面からいったぞ、今。

 

 

「はあ……」

 

「えっ……?」

 

 

 起き上がろうとする輝夜の周りに霊力を纏わせ、起き上がらせる。

 

 

「おーい、どうしたんだ?」

 

「あ、うん。なんでもない」

 

 

 そう言って輝夜は男の子達の後を追うように走っていく。

 ……はあ、仕方ない。もしあいつが挫けそうになったら、支えてやるか。おれにはそれぐらいしかしてやれることはない。

 

 ……もしかしたらおれは、輝夜に同情しているのかもな。子供ながらに不自由を要されるということに。

 ……ま、たまには輝夜と遊んでやるか。

 

 

『熊口さん、やっぱり子供好きですよね。』

 

「翠お前、起きてたのか……」

 

 

 ずっと黙ってたから寝てるのかと思ったぞ。

 ていうか、何が『やっぱり』ってなんだよ。

 

 まあいいや。取り敢えず今は散歩だ。今日でお別れの村を改めて見回ることにしよう。

 そう思い、おれは散歩を再開した。

 

 

 


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