「さあ、賊を捩じ伏せたというその力、我に見せてみよ。その全てを我が捩じ伏せてやろう!」
「は、はあ……」
そういっておれに挑発してくるのは、束帯姿の陰陽師とやらだ。
右手に無数の御札を持ち、いつでも投げられるよう投げるモーションの状態のままキープしている。
「さて、造よ。お主の予想ではどちらが勝利すると思うか?」
「無論、熊口殿です。あの陰陽師の実力は知りませんが、わしは熊口殿の力を信じておりますゆえ」
「ほう、そう言われると楽しみになってきたぞ」
そして縁側からは、使用人達に囲まれながら庭の中央にいるおれと陰陽師を見るおじさんと藤原不比等の姿が。
他の部屋からも襖越しから見る野次馬で溢れている。
もしかしたら、この屋敷中が今、おれらに注目してるかもな。
ん~、なんでこんな事になってしまったんだろうか。
おれはただ礼をしてもらいにきただけなんだけど……
~30分前~
「おじさん、普通礼するなら使者ぐらい送ってきて欲しいですよね」
「しっ! 何故不比等殿の屋敷の前でそれをいうのですか!?」
「おっと、口が滑った」
「……それで首が飛んでも知りませんからね」
書状を見た次の日、太陽がもうすぐ真ん中に差しかかるぐらいの時間に、おれとおじさんは書状を送ってきた主である藤原不比等の屋敷まで来ていた。
翠は輝夜の習い事を見ているとの事なので留守番だ。
因みに日時と時刻に指定はなかったので、1週間後ぐらいにいこうと思ったが、おじさんに早く行っておいた方がいいと言われたので、書状を見た次の日にした。
ふふふ、呼び出すなんて面倒な事をしてくれたんだ。たっぷりと遠回しに愚痴ってやる。
ん? 遠回しに言ってないって? 大丈夫、本人の前ではちゃんと遠回しに言います、多分。口が滑らなければ。
ま、そんなことはどうでもいい(?)として、いつまでも門前でたむろするのもなんなので、早速入らせてもらうとしよう。
門番もずっと訝しげな目でおれらを見てるしな。
「待て、貴様は何者だ」
と、持っていた長棒を門前にやり、通行を妨げてくる二人の門番。
まあ、何もなければこういう反応を取られるだろう。
よし、おじさん、出番だ! という風におじさんにアイコンタクトを送ってみる。するとおじさんはわかってくれたみたいで、おれの前に立ち、書状を掲げながらこう言った。
「藤原不比等殿から招待状を頂いたため、ここへ参った。これがその書状だ」
「……拝見しよう。」
そう言って門番の一人がおじさんから書状を受けとり、確認をする。もう一人の門番は読んでいる門番の後ろから覗き見て、書状の確認をしている。
そして2分くらい経った頃、門番二人が顔を見合わせ、こくりと頷き合う。
「暫しお待ちください」
門番の一人がそう言うと、門を潜って、屋敷の中へと入っていく。
「何処へ言ったんだ?」
「御主人様の所へ報告に」
「ならなんでおれらをここで待たせる。まるで歓迎されてないみたいじゃないか」
「ある余興的なものをすると御主人様は言っておられました。貴方が来られたら門前で待たせ、私に連絡し、その後庭園へつれてこい、面白いことをする、と。」
「面白いこと?」
面白いことってなんだ? 蹴鞠か?
蹴鞠ってあれ、あんまり面白そうではないんだけどなぁ……ていうか褒美が蹴鞠で遊ぶことってのは流石にないだろう。尊いご身分だぞ? 土地とかそういうのが普通だろう。
「結局またここで立ち止まることになりましたね」
「まったくです。眠いのを我慢してここまで来たっていうのに」
「行くギリギリまで寝ていましたもんね。姫の護衛もせずに」
「……すいません。久々のふかふかお布団に酔いしれてしまって」
「この都に来てからずっとですよ? しっかりしてくださいね。ちゃんと護衛代を払ってるんですから」
「……はい」
くっ、愚痴ろうとしたら口を滑らせて説教をされる羽目になってしまった……おのれ藤原不比等!!
いや、これは流石に八つ当たりか。
~20分後~
「お待たせしました。こちらです」
すると屋敷の方からさっきの門番がでてきて、そう言ってきた。
いや20分て……20分も門前で待たされるとは思わなかったぞ。
ていうか門番がこちらですって言った方向、やっぱり屋敷の中では無くて庭の方だな。
ほんと、一体何をするんだろうねー。
なんかちょっと予想がついてきたけどそれは違うと信じたい。まさかね、褒美を貰いに来た筈なのに
まさか、まさかね、まっさかぁ……
お願いします、どうかおれの予想が外れていますように!!!
~庭~
最近、庭に何かしらの縁があるんじゃないかと思い始めた今日この頃。
そう、おじさんの屋敷のよりも広大な庭園を見ながら考える。
庭の奥にある屋敷の縁側には、これでもかというぐらいの人で溢れ、その殆どが何も知らずに来たおれを見ている。
その見る目は様々で、憐れんでいる目、品を見定めるかのような目、悪党を見る目。
どれもがおれを歓迎しているような感じではないのは一目瞭然だった。
そしてその中央には、偉そうに腰を下ろし使用人に扇子を仰いで貰っている貴公子、藤原不比等がいた。隣に束帯姿で顔を扇子で顔を隠している糸目の男? を仕えている。あいつも用心棒か何かか?
「やや、お主が熊口という者かな?」
「あ、はい。そうですけど……」
そう、真ん中で胡座を崩し身を乗り出して話してきた不比等。
「ほう、お主が…………して、お主の隣に居る者は?」
「はっ、讃岐造と申します」
「造か。お主は何故熊口と同行を?」
「この人はおれの雇い主だからです。おれはこの人の(娘の)用心棒、来るのは当たり前では?」
「うむ、確かにそうだな、失礼」
お、おう……この人、低い身分のはずのおれに頭を垂れたぞ。周りの連中も驚いてるが、されたおれの方が驚いてる自信がある。
「ごほん、不比等様。あのような者に頭を下げる必要などありませぬ」
と、隣にいた糸目がおれにも聞こえるような声で不比等に注意をする。
なんだ、挑発か? 沸点の高い熊さんはこれくらいじゃ怒ったりはしないぞ?
「さて、それでは本題に入ろうぞ。熊口とやら、お主は本当にあの賊を捕まえたのか?」
「何故そのような事を聞くのです?」
「質問を質問で返すものではないぞ、無礼者」
うっせー黙ってろ糸目! あ、怒ってないよ?
「あの平原に現れた賊の頭領は人知を越えた力を持つとされており、この都では特に警戒されていた人物だったのだ。それはもう、討伐隊が組まれるほどにな。
そんな輩をお主が倒したと聞いて少し疑問に思ったのでな」
「はぁ、まあそうでしょうね。普通の人間がやればあの賊には勝てないでしょう」
「普通の人間なら? ということはお主は普通ではないと?」
「いや、ちょっと変わった人間です」
もしここに翠がいたら『変人ですね!』って言ってきそうだな。
「ふむ、思えば確かにお主にはちと、特別な“なにか″が感じられるな」
そう言って顎を手で擦る不比等。何かを考えている様子だ。
「もういいでしょう、不比等様。回りくどいことをしていては時間を浪費するだけです。」
「回りくどいこと?」
「うむ、それもそうだな。そのためにもここへ呼んだのだから」
「不比等殿、何を申されておるのですか?」
おじさんが抱いていた疑問を口にすると、不比等はうむ、と頷いて説明する。
「実は賊共に私の部下も大勢襲われたのだ。なので、その賊を捕らえてくれた熊口に礼を込めて、宴会を開こうと思ってな。勿論、主賓はお主だ。
そこでだ、その宴会の前に余興をしようと私の隣にいる陰陽師が提案してくれてな。私はその提案に乗ることにした」
「提案……」
提案とな。ふむふむ、嫌な予感しかしない。
「最近この京に設置された妖怪退治を生業とする陰陽師と、人智を越えた者。その二人の決闘を」
「あ、そういえば用事があったんだった! 帰らなきゃ! すいません不比等様、用事を思い出したので帰ります!」
だろうと思った! なんか戦う羽目になりそうだなぁっと思ったら本当になるとは……
しかも陰陽師て。陰陽師といえば摩訶不思議な術を使って妖怪を無差別に駆逐するような連中だぞ。なんでそんなのとおれが戦わなきゃいけないんだ。ていうかおれ人間だし! 陰陽師にとっては専門外だろ!
そもそもなんでここに陰陽師いんの?!
「ちょ、待て、待ちなさい熊口!」
「熊口殿! やりたくない気持ちは分かりますがこれは不比等殿が仰られたこと! 無下にするわけには……」
「いや、でもおれ、戦うつもりで来たわけでは……」
「逃げるのか?」
「ん?」
今誰だ? 挑発してきたやつ。おじさんか不比等のどちらかなら言われても仕方がないが、今の声はその二人の声でもない。そしてつり目の陰陽師でもない。
「そうだ! 逃げるのか!」
「折角不比等様が場所を設けたというのに!」
「無礼だぞ!」
そう、今の3人からではない。挑発はその周りにいた野次馬からだった。
おれが逃げようとしたことにより、周りの野次馬らは眉間に皺を寄せておれに野次を飛ばす。
「くくっ、確かに我から逃げたいと言う気持ちは分からんでもない。しかし、ここで貴様が逃げれば、困るのは貴様の雇い主の方ぞ」
と、只でさえ細かった目をさらに細め、嘲笑する。もはや目を開けているのか閉じてるのかわからないな。
「こらこら、お前ら、止めなさい。みっともない」
野次を飛ばす野次馬らを一言で制する不比等。
ふむ、やはり尊いご身分の権力は凄いな。
「して、熊口よ。実はこやつらの言っていることは正しい。私の提案を無下にするとそれ相応のものが返ってくるぞ。またその逆も然りだ」
「……脅しているんですか?」
「それはお主の想像に任せる」
つまり、戦わなければ処罰すると。
なんて面倒な。来なければよかった……いや、行かなかったらそれはそれで処罰されそうだな。
「……1つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「何故不比等様の屋敷に陰陽師がいるんですか? おれが妖怪かもしれないから?」
「いや、そうではない。この者は先程私が言った賊の討伐隊の頭目として選ばれていた者だ。今回、私がお主を屋敷に招待すると聞きつけてやって来たのだ。1度腕を拝見したが、凄まじいものであったぞ」
「そ、そうですか」
「……」
つまりは、今おれをものすんごい睨んでいる陰陽師がわざわざおれと戦うために不比等を利用したってことか。
あいつ、何が目的だ?
いや、どうせ考えても答えは出てこないだろう。
そんなことよりも今は他に優先に考えなければならないことがある。
あの陰陽師を倒す策をな。
「わかりました。不比等様の案、受けましょう」
________________________________________________
これが30分前までの流れ。
そしてこれから、おれと陰陽師との戦いが始まる。
「では、いくぞ!」
「ああもう! さっさとこい!」
今はこいつがなんでおれと戦いたかったのかなんてどうでもいい。そんなの、こいつを倒して聞き出せばいいんだから。
とにかく、比較的無傷かつ、楽に勝てるよう脳をフル回転させるか!
陰陽師でましたね。なるべく強敵にするつもりです。