東方生還録   作:エゾ末

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12話 2年目 教官、余計なことしないで

 

 

 士官学校に入ってから1年が経つ。

 そう、1年である。

 1年生は基本的に体力作りの基礎を叩き込まれる。

 1年のうちにしっかりと土台を作り、2~4年のときに崩れないようにするためだ。

 つまり、体力面で言えば、1年生が一番辛いのだ。

 その1年を乗りきったおれは、言わば勝ち組と言っても過言ではない。

 だってさ、毎日限界まで身体を痛め付け、時には気絶し、時には泣いたりする者もいたんだぞ。

 リタイアする者も3名いた。そんな中、おれは頑張った方だとは思わないか?

 

 ん?サボってたりしてたんじゃないのかって?

 

 …………。

 

 

 ……するわけないだろ。おれを誰だと思ってるんだ。

 たまに寝坊したり、具合が悪いと保健室に行ったとかしかないぞ。

 

 ま、というわけでおれは地獄の1年を乗りきった訳だ。これからは悠々と過ごさせてもらうか。

 頑張れ!現在マラソンをしている1年生達!

 

 

 

 よし、それじゃあそろそろ教官の話を聞こうか。

 

 現在おれらAクラスは東京ドームより大きいスタジアムの中にいる。

 基本的にこのスタジアムは雨の日や集会、後は特別授業でしか使われない。

 だけど今日は快晴、雨の降る気配なんて微塵もなかった。

 なのに珍しく使っている。

 それに加えて教官の隣にいるフードを被った大男。物凄い嫌な予感がする。

 お願いだ、あの大男が教官のボディガードでありますように!

 

 ……そんなおれの希望も教官の次の発言に、無惨に打ち砕かれたが。

 

 

「今日からお前らも2年生になることになる。なので今回は特別講師として綿月総隊長に来てもらった。お前らのこれまでの1年もの間どれだけ成長したのか見てもらうために無理いって来てもらったんだ。来てくださった綿月総隊長にみんな感謝するように」

 

 

 そう言うと、隣にいた大男は、フードを服ごと脱いで、顔(と上半身)を露にした。

 

 

「うむ、皆も知っていると思うが私は綿月大和だ。今回は君達の実力を直に見てどの部隊に配属したらいいか、この者は将来この国にとって重要な人物になりえるか等を判断する。存分に頑張ってくれたまえ」バサァ!

 

 

 

 

 おいぃぃ!!教官無理言ってこさせなくてもいいよぉ!!!

 

 なんてこった。折角一年もの間会わないよう図書室には近づきすらしてなかったのに……

 このゴリゴリゴリラの恐怖を……あの時受けた二時間耐久の地獄を繰り返す羽目になるというのか……!

 

 ああ、思い出すだけで嫌な汗が止まらない。

 実力を見るにはこれが手っ取り早いとか言って、いきなり一対一のタイマン勝負仕掛けられて散々ひどい目にあった。今ではあそこまでボコボコにはされないと思うけど……

 

 ていうか、もしかしてまたタイマンやるぞとかは言わないよな?

 いつものおれらの訓練の見学とか言わないよな?な?

 

 

「さて、いちいち訓練風景を見ていても本当の実力はわからん。

 なので今回は私と一対一で戦ってもらう。そっちの方が手っ取り早いしな!」

 

 

 あ、これフラグ回収したやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしておれたちAクラスの皆と教官 綿月総隊長との一対一のタイマン勝負が始まった。

 

 

「四番 小野塚歩です!よろしくお願いします!!」

 

「ん?ああ、君は去年ハイジャック犯を捕まえた子か、期待しているぞ」

 

 

 タイマン勝負が始まって1分。このクラスでも上位にたつ小野塚(兄)と綿月隊長が戦うことになった。

 え?前の1、2、3番はどうしたかって?確か全員秒殺されてたな。

 あまりの早業で忘れそうになった。

 

 

「うおお!!」

 

 

 小野塚が雄叫びをあげながら能力を発動。綿月隊長の着けていたリストバンドと自分を交換して急接近する。

 初見ならばまず相手は動揺して、初撃を受けてしまうはずだが____

 

 

「ぐはぁっ!?」

 

「ふむ、急に現れたからつい強めにやってしまったな。すまん」

 

「…………」

 

 

 綿月隊長には無意味。難なく対応し、小野塚の殴打を避け、お返しにと腹にめり込むほどの蹴りをかました。

 そして蹴りが命中した小野塚は5メートル付近の壁まで吹き飛ばされ、そのまま壁に寄りかかりながら泡を吹いて気絶している。

 

 …………死んでないよな?

 

 小野塚に続いて、次々とAクラスの皆がやられていく。

 トオルや影女も為す術なく地面に這いつくばっている。

 

 

 

 そしてついに、編入組のおれと依姫以外、Aクラスは全滅した。

 

「……熊口さん頑張ってください」

 

「あ、ああ」

 

 

 不安げにエールを送ってくれる依姫。

 いや、頑張るもなにも瞬殺されるイメージしかわかないんだけど……

 

 

「……31番、熊口生斗。よろしくお願いします。」

 

「おお、ついに来たか!熊口君。あれから1年経ったがどれくらい成長したかね?」

 

「ええ、もちろん。霊力操作に剣術とね。まあ、1年前のお返しに一矢報いますよ」

 

「むっ、言うじゃないか。これは楽しみだな!」

 

 

 そう、おれはこの1年、実は依姫から剣術を習っていた。

 なぜか剣術に関しては飲み込みが早いらしく、剣術はAクラスでは依姫の次いで2番目に上手い。

 そして全てやることは平均並みだったおれが見つけた特技の一つであった霊力操作の応用で霊力剣を生成。これを綿月隊長に向ける。

 

 一矢報いるか……おれの前の連中はゴリラに傷1つとして与えていない。

 与えるどころか攻撃を当てることすら出来ていないのだ。

 おれがそんな相手に一矢を報いることが出来るだろうか?

 この霊力剣、切れ味はまあまああるが、すぐに壊れるし……

 

 

「む!たった1年で霊力をここまで操れるのか!期待通りだ」

 

 

 そう言って戦闘狂みたいに笑う綿月隊長。

 はあ、やりたくないしめんどくさい。でも手を抜いたら十中八九痛い目に遭う。

 なんか知らないけどこのゴリラに期待されてるみたいだし……

 応えることはできなさそうだが、一応やってみるか!

 

 

「いきます!」

 

「来い!」

 

 

 そう言うとおれは綿月隊長に向かって肉薄する。

 その途中、おれは()()()()()のために、右手に持っていた霊力剣を綿月隊長に向かって投げつける。

 

 

「そんなひょろっちい速度で当たるか!」

 

「わー避けられたーどーしよー」

 

 

 と、完全な棒読みになったが、バレていないだろうか。

 投げた直後におれはまた霊力剣を生成する。

 霊力剣の良いところはここにある。霊力が続く限りいくらでも生成できるのだ。

 

 そのまま綿月隊長の側まで来たところで、おれは斬りかかる。斬り方でいうなら袈裟斬りだ。

 決して下手くそではない剣筋。そう依姫から評価された。

 その袈裟斬りを綿月隊長は両腕に霊力を集中させて剣を掴む。

 掴む両手には血が滲む気配はない。霊力で防いでいるのだろう。

 そして顔がにやついてる。恐らく、おれが『そんな馬鹿な!?』っていう感じの驚愕の顔になっているからだろう。なんか腹立つな。

 そんな呑気な事を思っていると、綿月隊長は両腕で剣をそのまま身体を捻らせながら回し蹴りをしてきた。

 

 勿論、剣を握られたままのおれは綿月隊長が身体を捻らせると同時に浮いた。

 このままではやられる。

 そう考えたおれは相手の足が脇腹に当たる刹那、おれは霊力を脇腹に集中して防御しようとする。

 しかし綿月隊長の回し蹴りは予想を遥かに上回る威力でおれの霊力の壁を砕き、おれの脇腹にぶち当たる。

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

 おれは軽々しく吹き飛ばされた。

 う……痛い。骨は……ぎりぎり折れてないか……

 

 

「ふむ、こんなものか」

 

 

    ドサアァ

 

 

 蹴られた地点から5メートル先ぐらいに落ちた。

 あ、くそ……動けない。

 

 だが、おれが動く必要はもうない。

 

 

「それじゃあ次でラスト…………!!」

 

 

    ザクッ

 

 

 

「う……なに?!」

 

 

 今日始めてみる綿月隊長の驚いた顔をみた。

 ふふ、さっきこのゴリラが笑っていた理由がわかった気がする。

 隙をついたときの相手の驚愕の表情。それを見るとついにやけてしまう。

 

 何故綿月隊長が驚いているのか。

 それは背中を斬られていたからだ____

 

 

 おれが最初に投げた霊力剣によって。

 

 

 仕組みはいたって簡単。投げつける時、霊力剣がすぐに消滅しないように霊力を多めに込め、ゴリラが油断しているところの背後を斬りつけるという作戦。

 見切られるかもと思ったが、案外いけたようだ。

 

 まあ、そういうことで____

 

 

「まさかここまで霊力の操作に長けているとは……」

 

「……一矢報いましたよ」

 

 

 有言実行はできた。これ以上求めることはなにもない。

 だからもう手放してもいいよな?意識を。

 

 もうおれ、眠たいんだ。眠いとは少し違うけどな。

 

 そしておれは、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「すごいですよね、熊口君。まさか投げた霊力剣を操作して、父上が回し蹴りをした隙に斬りつけたんですから」

 

「依姫か?まあ、それにしてもこりゃ、一本取られたな!少しずるっぽかったが、油断した私が悪い!ここは素直に称賛するべきだな!」

 

「私もそう思います」

 

「んま、それはおいといて、だ。Aクラス最後となったが、早速始めるか?」

 

「はい!32番綿月依姫!行きます!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと、依姫とゴリラの戦いは白熱し、気絶から目覚めたやつらはおおいに盛り上がっていたらしいが、おれは気絶していたので見れなかった。

 

 なんか損した気分だな…………

 


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