ついに士官学校卒業まで残り1年(正確には半年)となった。
おれのいる士官学校の卒業試験はかなり難関らしく、月に1度ある試験の合格基準に達していないと、すぐ留年となるらしい。
留年になると、Aクラスの場合他のクラスへと移動になるので留年者はクラスにいないが……
もう5度もその試験が行われている。
なんとか修行の成果もあり、どれも合格基準に達しているが、今回は少し危ない。
だって今日、卒業試験一番の山である『野外試験』があるからだ。
その試験は3~4人1組の8組で編成され、片道50㎞ある一本道を往復する試験だ。
これは運が必要でもある。運が良ければ妖怪とかと会わずに終える事が出来るが運が悪ければ妖怪の群れに出くわす事もある。
一応、一本道の回りには試験官が配備されているが、敢えて素通りさせるらしい。
それでもし訓練生が危なくなったら助けに入るが、もし助けに入った場合、その訓練生は失格、つまり留年になる。
しかし、例外もある。その例外とは『大妖怪』のことだ。
大妖怪は中級妖怪よりも何10倍も強く、兵士が束になっても勝てない。
この国で勝てるのはあのゴリラとツクヨミ様くらいらしい。
この国の中には即死武具があるらしいが、それはまだ開発段階でまだまだ不安定要素が多く、暴発する可能性が高いとのこと。完成するのは100年後だとか。
だから武装した兵士が陣形を組んで挑んだとしても、それを一瞬にして崩す力を大妖怪は持っているので、出会ったらすかさず逃げなければならない。
まあ、出会ったらそこでおしまいだけどな。
……話を戻そう。
その例外である大妖怪が出た場合、試験官はただちに本部に連絡、訓練生達を速やかに国内へと避難させ、厳戒体制をとる。
それほどまでに大妖怪とは恐ろしい存在だということだ。
まあ、遭遇する確率は5%にも満たないと言われているし、たぶん大丈夫だろう。
「んーと、あ、俺は生斗と同じ1班か」
「お、これは心強い。」
そして現在、Aクラスの皆は国を覆う壁の外へと出ていた。
もうすぐ試験が始まる。
班決めは試験当日に発表させ、今知ることができた。
おれはついてるぞ。Aクラス総合成績2位の小野塚(兄)と一緒の班なんて!
ん?おれのクラスの順位はなんだって?
9位だよ。なんだ、なんか文句あんのか?霊力操作と剣術は1、2位を争う成績だが、どうしても筆記が足をひっぱって微妙な成績になってる。
「じゃあ取り敢えずあと二人の所に行ってリーダーを決めないとな」
「いやいや、リーダーて。小野塚に決まってるだろ」
とはいったもののもしかしたらあと二人の奴らが小野塚を認めてない可能性もあるからと、一応聞きにいった。
ああ、早く終わらせて永琳さんかツクヨミ様の家で寛ぎたいな……
あ、言うのを忘れていたが、学校の休みは大抵永琳さんかツクヨミ様の家にいってる。永琳さんは兎も角、何故ツクヨミ様の家に行ってるのか。理由は簡単、居心地が良いからだ。特にあの神聖な感じがいい。前までは威圧感があってリラックスなんて全くできないと思っていたが、いざ慣れれば威圧感なんてどうってことはない。
たまにツクヨミ様からお叱りを受ける以外は居心地は最高な空間だ。
……て、今こんなこと考えている場合ではないな。試験に集中しなければ。
「よし、それじゃあこの試験の最終確認をするぞ。
まず一本道の折り返し地点にある証明バッチを確保してもう一つのルートの一本道を通り、今ここにいる地点まで戻る。
もし、途中で妖怪に遭遇した場合は各自排除、そして自分達では対処しきれない大妖怪が現れた場合は戦闘は避け、予め渡させた通信機で教官に連絡した後、直ちに撤退する事。_____これくらいだな」
結局リーダーは小野塚がする事になった。まあ、妥当だろうな。
今は試験の最終確認中だ。
「小野塚、もうすぐ教官の話が始まるぞ」
「ああ、そうだな」
おれらは1班なので一番最初に外に出ることになっている。
1班30分ごとに出発するようになっているのでそうそう他の班と会うことはない。だからもし妖怪と出くわしても班員でなんとかするしかない。
まあ、おれともう二人はともかく小野塚の能力を使えば仲間ぐらい簡単に呼べるんだけどな……
「それでは、試験を開始する前に、今回、試験の監督官であられる綿月総隊長からの激励を頂く」
そう言って、即席で作られた壇上の上に、ゴリラが立つ。
この試験は大変危険なため、この国でも屈指の実力者が見張りをする。
前回は永琳さんが監督官をしたとか。
なので、もし訓練生が大妖怪に出くわしても、少しの間時間を稼いでもらえれば助けに来てもらえるということだ。
監督官は予め中間地点でスタンバってるらしいからな。
「んー、ごほん。私から言えることは1つだけだ。
君達がこれまでの3年間、培ってきた技術を遺憾無く発揮し、ここまで戻ってくることを祈っている。それだけだ、以上!」
「「「はい!」」」」
なんともまあ、ベタな事を言うもんだ。
でも、あの化物ゴリラがバックでいてくれるなら、もし大妖怪にあっても安心だ。
心置きなく試験に集中できる。
「それでは、第1班、配置につけ!」
そして試験が始まった。
~30分後~
「妖怪って案外少ないんだな」
「油断は禁物だ、慎重に行こう」
今のところ、妖怪を発見、及び排除したのは2匹。
どちらも虫のような妖怪だった。
おれ自体、実物の妖怪を見るのは初めてだったが、レプリカの妖怪やら映像で見てきたので、慣れていたので、問題なく倒していく。
この試験は意図的に試験官が妖怪を呼び寄せてくるようだ。
やはり楽にこの試験を突破はさせてくれないということだ。
たまに妖怪を呼び寄せるための笛の音が聞こえてくる。
恐らく、あの音でこの一本道に誘き出すように仕向けているのだろう。
「この調子なら楽勝ね!」
と、班員の一人である女子が言う。
だめだな、調子に乗り始めている。
「おいおい、フラグ立てるようなことを言うなよ……」
もう一人の班員の男子が女子の発言を咎める。
何故かこの班、男子率が多いんだよなぁ……
はあ、女子と二人だけの班がよかった……数的に二人は無理だけどな。
……っていかんな。おれもこの試験を楽観視し始めている。
そんな事を思っているとろくなことが起きないんだ。考えないようにしよう。
「よし、中間地点まであと半分だ!気を引き締めて行くぞ!」
お、半分って事はもう25㎞も走ったのか。
まあ、それもそうか。霊力で足を強化してから体力を持たせるような走り方でも十分に速い。
それに体力自体も毎日走らされていたんだから嫌でもついてるし。
ピイィィィ~
「またあの笛か。おい皆、妖怪の接近に注意しろ!」
くそ、また試験官のやつが誘きだしてきたか。
もし中級妖怪が現れたら手こずる可能性が高い。
できれば雑魚妖怪が来てくれればいいが……
ボキイイィィィィィィ!!!!
「きゃああ!」
「うわ!?なんだ?」
笛が鳴った数秒後、木がへし折れたかのような轟音が辺りに鳴り響いた。
……やばい、とてつもなく嫌な予感がする。身体中から汗が出てくる。
「お前ら、走るのを一旦止めろ」
「え、なんだ生斗。何かあるのか?」
「嫌な予感がするんだ」
来る。速くはないが歩いて此方に近づいてくる。
禍々しい何かが、おれ達に向かって歩いてくる!
「おい小野塚、お前通信機持ってたよな。今すぐ本部に連絡してくれ」
「は?!生斗お前、連絡してしまったら俺ら留年になるんだぞ!」
「いいから早くしろ!でないと手遅れになる!」
そう言いながらおれは小野塚の腰に掛けてある通信機に手を伸ばす。
しかし____
「駄目よ!私はこの試験、落ちるわけにはいかないの!」
と、おれが取ろうとしていたのを察知した女子が、通信機を横取りする。
「おい、早くそれを渡せ」
「駄目っていってるでしょ!落ちたらあんた、責任とってくれんの?」
「死人が出るよりかはましだ!」
やばいやばい!早く連絡しないと本当に手遅れになる!
「いいから早くそれを渡____」
焦ったおれは無理矢理、女子の持つ通信機を奪い取ろうとした。
取ろうとした。取ろうと。
しかし、取ることは叶わなかった。
目の前にいた女子の周りに、一瞬眩い光が通過した後、姿が跡形もなくなっていたからだ。
「え?」
え、え?今、何が起こったんだ?
状況が上手く読み取れずおれは辺りを見回してみる。
すると、女子が立っていた位置から先が、何かが通った跡があり、その先にある木々が大きく抉り取られていた。
「おっほ~、我ながら俺様の妖弾は威力が高いなぁ~」
聞き覚えのない声が静まったこの空間に聞こえる。今の声でわかる。
今この場から消えた女子は、跡形も残さず死んだ。
…………もう手遅れか。
「小野塚……」
「ああ、どうやら俺らは詰んだ状況にいるらしい。
生斗、すまん。あのとき俺が躊躇わなければまだましな結果になるはずだったのに……」
「過ぎたことだ。それにどうせ追い付かれていたしな」
そんな会話をしつつ、おれは声の主の方へ顔を向ける。
そこには禍々しいオーラを隠しもせずに放つ大男が片手で、試験官らしき頭部を持った状態で立っていた。
上半身裸で、ズボンは所々破けており、局部を隠しているので精一杯であった。つまりほぼ全裸。パンツ一丁と言っても過言ではない。
しかし、胸板等に森林のように生える毛によりほんとに裸か?毛の服でもきてんじゃないのか?ていうぐらい毛がそこらじゅうに生えている。
あと一番の特徴はやはり頭に生えている2本角。あれだけでこいつが人間じゃないということがわかる。
肌の色もなんか赤いし、耳も尖っている。
人型の妖怪は初めてみるな……
さて、どうしようか。此方の通信手段は途絶えた。
頼みの試験官も、現在アンパン○ンが新しい顔を交換されたあとの古い顔と同じになってるし……
ていうかあんまりあれは見るもんじゃない。精神的にきつい。
「くくく、なんか耳障りな音がするもんで来てみればなぁ~。
たまには山を下りてみるもんだぜ!」
はいはい、つまりアンパン○ンの古い顔のせいなんですね、分かります。
くそ、なんてタイミングの悪い!
…………いや、でもまて。ここから本部か中間地点までどちらも25㎞、もし呼べたとしても結局時間がかかる。
あ、最初から詰んでたんだな、おれら。
あのオーラは間違いなく大妖怪に匹敵するだろう。
これまで妖怪なんて見たことなかったが、あのゴリラと同じような気迫を感じる。
おれの予想は間違っていない、と思う。
「ここはもう、駄目元で逃げるしか……」
「うわああぁぁぁぁぁ!!!」
と、急に喚き声をあげながら男子が妖怪と反対の方向へと一目散に逃げていく。
「くっ……!」
ずるをされたような感じだったが、おれも男子に続いて妖怪の方と反対に逃げようとした。
____が、それは止めた。
もし、おれらが逃げたら、後の班の奴らはどうなる?
おそらく……いや、十中八九巻き添えを食らう。
おれらはどうせもう逃げられない。
おれには特殊能力はないし、今一心不乱に逃げてる男子も口から火を吹くぐらいだ。
辛うじて小野塚は逃げられる。
……小野塚の能力はほぼ瞬間移動だ。それを使えば……使えば…………あ、そうだ!
「小野塚、お前、中間地点にいる綿月隊長を呼んできてくれ」
「は?どうやって……って俺の能力でか。最近使って無かったから忘れかけてたぜ」
小野塚の『交換する程度』で、射程距離ギリギリで転移し続ければ、すぐに着くことができるだろう。
そして中間地点でスタンバってる綿月隊長に応援を要請すればすぐに駆けつけてくれるはず。
あのゴリラの事だ。3~5分以内にはここまで来ることができるだろう。
その3~5分の足止めさえ出来れば、おれらは助かる
小野塚が応援要請するまでを考えるともう少しかかるか。
いや、大妖怪相手に3~5分なんて時間を稼げるだろうか?もう一人の男子は戦意喪失、敵前逃亡をはかっている。
それが悪いとは言わない。だって既に仲間が一人殺させてるもんな。
でもだからこそ、これ以上被害を出すわけにはいかない。
おれまで逃げたら、後に来るやつらにまで被害が出る。
足の震えは止まらないが、やるしかないよな。
「おれがここであの化物を食い止めるから早く行け」
「はあ?!おまっ、なにいって……」
「お前にはわかるだろ。こうするしかないって」
賢明な小野塚ならわかるはずだ。おれより成績優秀なんだから。
「あ!」
どうやら気づいたようだ。
「……お、おい、確かにそのやり方が一番被害が出ない。
しかしお前が____」
「なあ、小僧ども。もうそろそろ動いてもいいか?」
と、小野塚がなにか言いそうになっているところで、それを律儀にずっと待っていてくれた妖怪さんが苛立ちを押さえながら話しかけてきた。
「もう猶予はないぞ。早く行け」
「くっ……生斗、本当にすまない。どうか生き残ってくれ」
そういって小野塚は姿を消した。
小野塚の立っていた位置には先程まで無かった一本の小枝が落ちている。
これと自分を交換したのか…
「あーあ、二人も逃げちまったか。んで、お前さんは逃げないのか?」
「……逃げられないんだよ。ていうか何故追わない? お前ほどの実力者なら今から追って殺すのも容易いだろ」
実力者って言ってもまだ少ししか見れていないけどな。
「ん? そりゃあ俺様も腹が減っていたら逃げたやつらを追うさ」
「ふうん。因みに先程まで何の食事を?」
「こいつの身体」
と、右手に持っていた試験官の顔を見せてくる。
……気持ち悪! せめて全部食ってやれよ!
「俺様は少食だからなー。一匹食べたら満足しちまうんだ」
「へぇ、じゃあ森へおかえり」
「おいおい、食後の運動をしないと駄目だろ?」
あらそう? おれなんて飯食ったらそのまま布団でぐーたらなんだけど……
ていうか戦うことは避けられそうにないな。
「んじゃ、それに付き合ってあげましょうかね。それじゃあ最後に。
さっきの質問と同じだ。なんであの二人を逃がした?食後の運動なら皆とやった方がいいんじゃないか?」
「ありゃあ駄目だ。敵前逃亡するやつなんて運動にすらならない。
ま、でもお前をぶっ殺したら追いかけていたぶってやるがな!」
「ああ、そうかい。そりゃあ物騒なことで」
どうやら後回しにしてくれるらしい。
願ったり叶ったりだ。
「なあ、もう攻めてもいいか? さっきから動きたくてウズウズしてんだよ」
そう言って妖怪は手に持っていた生首を茂みの方に放り投げる。
「おっと待たせてしまってたか。どうぞご自由に」
軽口の時間稼ぎももう限界か。
まあいい、これでも中々稼げた筈だ。
でも怖いな、大妖怪がおれに向かって来るんだぞ。手のひらの汗も、足の震えも止まらない。
ここでテンパっては駄目だ。これまで苦労して身に付けてきた技術が無駄になる。
これまでの全てをぶつけるつもりで挑めばいいんだ。
……て、いつものおれじゃないな。
いつも通りやりゃあいいんだ。
相手に思ったような動きをさせないように。
「よっしゃあ、いくぜぇ」
と、準備運動で屈伸をしていた妖怪が言う。
はあ、痛いのは嫌だが、おれがやるしかないんだ。
我慢してやろう。
あ、帰ったらあの逃げた男子に飯奢らせてやる。
「!!」
そしてついに妖怪が此方に向かって攻撃を仕掛けてきた。
妖怪は攻撃の射程距離におれが入るように肉薄してくる。
想像しているのより遥かに速い!
「おらぁ!!!」
「うぐっ……!」
あっという間におれの間合いに入ってきた妖怪は攻撃してくる。
それをギリギリで霊力障壁を使って防御。障壁は無惨に割れたが、威力を抑えることに成功し、腕で受け止めることができた。
危ない……あいつの腕が一瞬消えたかと思ったぞ……
「ほう、今のを凌ぐか。ま、今のは軽いジャブ程度だがな!」
そうか、だから速いのか。
ジャブは威力を殺す代わりに物凄く速く、格闘技では最速の技って言われているらしいからな…………ってジャブで障壁ぶっ壊れてたんですけど? 威力馬鹿みたいに高いじゃないか。あんなの、1発でも食らったら、その部位吹き飛ぶだろうな。
「でもお前、いつまでも俺様の手を掴んでいて…………ちっ」ヒュン
ドガアアァァァァン!
「くそ、避けられたか」
なんか妖怪が言いかけていたがお構いなしに必殺技の爆散霊弾を撃ち込んだ。
それを察知した妖怪は強引におれの手を振り払い、後ろに回避し、爆散霊弾の着弾を避ける。
そのお陰で霊弾は地面に着弾し、爆発。地面にクレーターを作るだけに留まった。
くそ、先手必勝だと思ったんだが。でも奴が避けたってことは、この技は有効だってことは分かったな。もう使わないが。
あ、因みに爆散霊弾の生成は初期に比べてかなり早くできるようになっている。
大体1秒あれば1つのペースぐらいか。だから接近戦にはあまり役に立たない。
接近戦では0.~の世界だからな。そんなところで爆散霊弾なんて生成してたらぼこぼこにされる。
それに近くで着弾するとおれにまで被害が出る。
今回は大妖怪相手だからダメージ覚悟でやったというのに避けられるし、おれの近くで爆発したから爆風で飛んできた石が腕やら腹やらに当たって痛いし。
今回は完全にやり損だ。相手に拘束を解かれつつ、おれにだけ爆風によるダメージを負った。
あまり爆散霊弾を多発するのは避けた方がいいな。
はっきりいって今生成できたのも妖怪が油断して隙を作ってくれたから出来たわけだし。
「中々面白いじゃねーか。食後の運動にはもってこいだな!」
ふむふむ、今のを見て怖じけつかないか。
着弾した跡のクレーターは決して小さいものではないのに。
「ま、お前はもうその技を使えねぇ。いや、使う暇を与えねぇ」
そんなの分かってる。おれだって使うのは避ける。
それにもう、爆散霊弾の役目は完了したようなもんだ。
今の爆音で近くにいる奴らに危険を知らせることも出来たからな。
「よっしゃ、気を取り直すぜ!」
そう言ってまたもや此方に向かって突進してくる。
おれはそれに反応し、霊力剣を生成。迎え撃つ構えをとる。
「ふんっ!」
「なに?!」
おれとの距離が10メートルを切った辺りで、妖怪は地面を抉るように殴った。
すると、その抉り飛ばされた地面は殴るられたことにより、瞬時に軟らかい土となり、飛ばされた先にいるおれに向かってくる。
目潰しか!
そう判断したおれは、土がかからないように霊力障壁を展開、土自体には攻撃力など皆無なのでぶつかった後、地面に落ちていく。
「え?」
しかし土がぶつかってきたことによりほんの少しの間、前が見えなくなっていた。
それを逃さなかった妖怪は、姿を眩まし、土が落ちきる頃には完全に見失ってしまった。
「(くっ、何処だ…………!?)」
このとき、おれの経験が役に立った。
小野塚の事の組手でよく瞬間移動で後ろに立たれ、不意を突かれていた。
もしかしたらあの妖怪も……と。
そう考えた瞬間、おれは横に転がるように避けた。
その後1秒も経たないうちに、特大霊弾がおれの真横を横切った。
これは、さっき女子を跡形もなく消した……
「ああくそ、あと少しだったのになぁ」
よ、よかった……もし小野塚と組手の訓練をしていなかったらおれも消し炭になっていたかもしれない……
勿論、今特大霊弾(妖怪だから妖弾か)を出したのは、おれの斜め後ろにいる妖怪だ。
へらへらと笑いながら此方を見ている。
「まるで玩具をみているような目だな」
「ん、玩具じゃないのか?」
「お前がそう思っているのならおれは玩具でいい。ただ、取扱説明書を見ないと怪我するぞ」
そう言いながら立ち上がる。くそ、転がったから砂が大量についてやがる。
「へぇ、そりゃ是非見てみたいもん……だな!」
砂を落とす暇もなく、妖怪はおれの足めがけて蹴りを入れようとして来る。
まずは機動力無くしに来たか。
「ほっ!」
先程より遅かったお陰で跳躍することにより下段蹴りを回避。妖怪の蹴りはブオン! と音を鳴らしながら空を切った。
おれは跳躍したまま飛び、妖怪との距離をあける。
ふむ、やはり何度見ても凄まじいな。1度食らったらそれでゲームオーバーになりそうだ。とんだ無理ゲーかよ。
「へへ、折角攻撃のチャンスをやったってのにスルーかよ」
「は?」
「俺様がお前の足を蹴るとき、かなり隙があっただろ。それに速度も遅めてやった。
なのにお前はそれをスルーした。この意味が分かるか?」
「? どういう意味だ」
「お前は二流だっていってんだよ。一流ってのは常に相手の隙を見て攻撃する。
お前はただ避けることばかりを考え、俺様の隙を突こうという気がない。試してみて正解だったな」
「んーとつまり、攻撃のチャンスをみすみす逃すようなやつは一流ではないって言いたいのか?」
「そうだ」
そうか……別におれが一流だなんて自惚れたことはないからいいんだけど。
でも面と言われると来るものがあるよな……
「で、お前は何が言いたいんだ?」
「カスと戦っても運動にもならない。ましてや弄ぶ気にもな。」
「つまり?」
「お前を今すぐ殺して、次の獲物を探しに行く」
へえ、つまりさっきとやることは変わらないって事ですね。
いや、変わるか。さっきまで相手は追撃をしてこなかった。
もしされていたらとっくにおれは死んでいただろう。
でも、こいつの言い草ならおそらく、次からは追撃も加えてくる。
……やばいな。
「……」シュン!
改めて身を引き締めていると妖怪の姿がぶれ、そして消えた。
くそ、あいつの移動速度が速すぎて目が追い付かない。
「んぐっ!?」
霊力剣を前に構えていると、横腹に衝撃が走った。
その瞬間、おれは吹き飛ばされ、宙に浮く。
「くくく、死ね!」
その吹き飛ばされている最中、突如として現れた妖怪が、右腕をおれに向かって振り下ろそうとしていた。
「~~ー!!?」
ドゴオォォォォン!
そしてついに振り下ろされた拳はおれの鳩尾に綺麗に命中し、地面に叩きつけられる。
自分でも驚くほどの声にならない悲鳴がおれの口から発せられた。
「ぐ……かはっ」
一撃目はもろに食らった。が、痛みはしない。
だが、二撃目はだめだ。咄嗟に霊力で防御しても、あっさりと貫かれ、おれの鳩尾まで到達した。
おそらく、おれの内蔵は今スクラップ状態だろう。
身体の中にある空気が全て吐き出した感覚に陥る。
「あ……あ、……」
声すらでない。横腹から暖かいものが溢れてきやがる。
こりゃ駄目だ、死ぬ。
こんなにもあっさりなのか。
これまで、強くなろうとする努力はしてきた。何度も霊力が枯渇するまで自主練した。体力だってきついのを耐えながら頑張ってつけてきた。
その結果が、これだと。
これまでの努力が、あの妖怪の食後の運動ごときの為に終わっていいのか?
そんな筈ない。折角転生して、新しい人生をやり直すことができたのに、こんな終わり方なんて認めるものか。
せめてあいつに……あのデカブツに一泡ふかせてやる!
こんなところで、ただただ死を待って無駄死にするぐらいなら、少しでもこいつに傷を与えて、後に戦う奴らの負担を軽くしてやる。
「はぁ……ふぅ……は……」グラ
「お、たったのか? 結構全力で殴ったんだがなぁ」
勿論効いた。効きすぎた。今だって呼吸がままならない。
だが、受けた直後に比べれば、多少はできる。
受けた瞬間が異常だったのだ。今はどれも少し安定してきた。
やはり100%の霊力で腹を防御したのは正解だったか。
何故か今は、痛みはない。立ったときにみたが横腹から大量に出血している。
もう、おれは長くないんだろう。
そう思わせるのには十分な量の血が溢れていた。
でも今はそれでいい。痛くないのなら、それを利用してやる。
「何故倒れない? その血の量、立つのがやっとだろう」
返事はしない。できない。
まだ正常に呼吸が出来ていないからだ。
「まあいい。その戦いによる信念、敬意に称する。
次は楽に死ねるように一撃で終わらせてやるぜ」
来い。おれは今、そっちに行けるまでの体力は残っていない。
今、有り余ってんのは、霊力と、お前に一泡吹かせてやるという意思だけだ。
「はあ……はひゅ……!」
そしておれは今ある霊力の半分で霊力弾を生成した。
「ふっ、それがさっきの爆発する弾だったら恐ろしかったが、それ、ただの通常弾だろ? そんなの、何発受けようが関係ないぜ?」
いいから早く来い。今にも意識が飛びそうだ。
「くくく、二流だが、面白い。このゲーム、乗ってやる。馬鹿正直に真っ正面から、そのみみっちい弾を全て避け、お前に止めを刺しにいってやるよ!」
どうやら乗ってくれるらしい。避けてくれるなんてありがたい。
そのまま突撃されてたらほんとに詰んでた。
そしておれは先に弾幕を妖怪に向かって放つ。先に動かれたら予定がずれるからだ。
ちょっと遅れて走り出した妖怪。
そのスピードは凄まじく霊弾を一つ一つ避けながら確実に近づいてくる。
身のこなし方が上手い。流石は大妖怪だ。
「は、は、……」
やばい、霊弾を1個1個出していくごとに意識が遠退いていく感覚がする。
いや、強く保て。最後にお見舞いしてやるんだろ?
そう自分に言い聞かせ、意識を保つ。
「はあ、穴だらけだなぁ!こんなの、目を瞑っても避けられるぜ!」
なら目を瞑って避けろや。と、心の中でつっこむ。
どうやら、つっこむぐらいの気力は残ってくれているらしい。
確かにおれの弾幕は穴だらけだ。
「ほら、もうすぐついちまうぞ?」
霊力も残り少なくなってきた。
くそ、あんなに弾幕の練習したのにもう切れるのか。少し乱撃しすぎたな。
だが、もういい。あいつが乗ってくれているのは悪いが、回避不可の弾幕を張らせてもらおう。
「なに!」
急に目の前に蟻一匹も通れない弾幕を張ったことに妖怪は驚いた。……が。
「反則だぞ」バアァン!
拳を一振りさせただけで、妖怪の周りの弾幕は消し飛ぶ。
「あーあ、興が冷めた」
怒らせてしまったか。まあ、無理もない。
それに怒らせた方がこちらとしては都合がいい。
そのまま霊弾が当たるのをお構いなしに突っ込んでくる妖怪。
ああ、来るか。もうじきおれは死ぬのか。
なんか2度目だからあまり恐怖とかはないな。
まあ、今回は前のような無駄死にって訳じゃないしいいか。
そしてついに、妖怪はおれの元まで来て________
「消えろ!」
蹴りをかましてきた。
これを食らえば、おれは間違いなく死ぬ。
でもありがとう、これを待ってたよ。
「……!?」
待っていた。相手がおれの側まで来てくれることに。そしてこいつが、周りを確認せずに攻撃しに来てくれたことに。
おれは、妖怪の足がおれの頭部に到達した瞬間、地面に生成しておいた5つの爆散霊弾を爆発させた。
なんか文字数10000越えしたんですが……