「よし、永琳さんの家行くか!」
1週間前、綿月姉妹との戦いに敗れたおれはツクヨミ様と永琳さん家への出入り禁止を出されたが、そんなのお構いなしに今日行くことにした。
「着いた!」
徒歩でおれの家から10分と丁度いい所に永琳さん家がある。なので散歩がてらによることもしばしば。結構な確率で居ないけどな。
「えーいりーんさん! あっそびっましょ!」
返事がない。ふむふむ、今日は居ないのか。ならば仕方ない、勝手に上がらせてもらうとするか!
そう思い、システムロックの解除に勤しみ始める。
すると、ドアが勝手に開いた。
お、まだ解除してないのに開くなんて、やっぱり永琳さんいたんじゃないか!
「やっぱり居たんじゃないです……ぶぐはっ!!?」
玄関を覗いた瞬間、正拳突きを食らった。うぐっ……痛い……
「貴方、用事以外はこないんじゃなかったの?」
「うぐぐっ、し、失礼な! ちゃんと用事があってきましたよ!」
う、やばい、永琳さんの目に光がない!完全に怒ってる!怒られるようなことは……まあ、したけども。今もしているけども!
「へぇ、どんなのかしらねぇ。大体予想はついてるけど」
「ここで寛ぐという用事です!」
永琳さんの目の光が一層暗くなって無言で携帯を取り出した。
な、誰に電話する気だ?!
「あ、依姫? ええ、私だけど…………ええそう。性懲りもなく来たわ…………わかったわ。いまから来るのね、ん? どんな罰がいいかって? そうねぇ、くすぐり参ったなしの二時間耐久はどうかしら。よし、これで決まりね。……それじゃ」カチャ
「あ、あの……今のって……」
「ええ、依姫よ。今から此方に来るって」
「おいとまさせていただきます!!」
全力で逃げました。もうこしょぐりなんて嫌だ!
「くそう! なんだよ永琳さんのケチ!! もういい、ツクヨミ様んとこに行ってやる!!!」
ということでツクヨミ様の家へ来ました。なんだけど……
「あのー、門番。なんで扉が完全に閉じているんですか?」
「え? ええ、ツクヨミ様から直々に来られて、誰もいれるなと仰せつかったんですよ。
あと、グラサン掛けている奴が現れたら追い払えと…………あ! グラサン掛けた奴!! 帰れ!」
「んぐぅ! もう此処まで知られていたか!」
仕方ない、おれが密かにツクヨミ様の家に作っておいた隠し通路を通って意地でも中に入ってやる!
「よし、ここだな」
そして今おれは士官学校の中のツクヨミ様の家に接している部分(A運動場)の柵の前にいる。
「んーと、ここら辺に穴が…………あった!」
よしよし、訓練生時代に密かに掘っていた穴はまだ健在だな。
後はここを通ればツクヨミ様の家の庭に着くぞ。
「よっと……ぶぱぱふぁ?!」
降りたら水が溜まっていた。くそ、暗くてよく見えなかった!
一瞬の出来事に理解が追い付かなかったおれは無様に水を大量に飲みこんでしまう。
「げほっ、けほっ……」
何とか飛んで抜け出すと_____
「生斗君、何故神の家の庭に穴なんて作ってるんですか?」
ツクヨミ様がいました。
ものすんごい怖い顔をして。
あー、庭の端の方に掘ってたのにバレてたのか……
「…………あの、いや……はい、ごめんなさい。へへ」
「生斗君には少し神についてなんなのかきっちりと教えてあげないといけないようですね。
その身にきっちりと刻み込んであげましょう!!」
あ、これはアカンやつやわ。ツクヨミ様、本当にごめんなさい。
~壁の上~
「はあ……」
今、おれは南側の壁の上で森を眺めている。
なんかみんな冷たい。おれ、悲しい。
「ほんと、なんで依姫って私に厳しいのかしら」
「……豊姫さん、それは貴女が仕事をサボってるからです」
因みにおれが来る前から豊姫さんはいた。
無論、仕事をサボって。
「折角此処にきて生斗さん達に差し入れを持ってきたのに……骨折り損のくたびれ儲けとはこの事ね」
「別に苦労なんてしてないじゃないですか。苦労から逃げるために此処へきてるんでしょ?」
「あら? 此処まで来るのも大変なのよ、人目につかないようにこっそりと来ているんだから」
「そういえば前々から思ったんですけどなんでいつも他の隊じゃなくおれの隊に来るんですか?」
「そんなの決まってるじゃない。サボりに来ても皆喜んで迎いいれてくれるからよ」
「まあ、確かに皆豊姫さんのこと慕ってますからねぇ」
何故かおれよりもな。
「はあ……それに比べておれと来たら……部下達には奢らされ、友人には騙され、信頼している人に出入禁止食らうし」
「前の2つはともかく、最後は仕方ないんじゃないかしら?」
「……なんで?」
「貴方はあのお二方に依存し過ぎだからよ。逆にあの2人にあそこまでできる方が凄いのだけど」
そう? ツクヨミ様も永琳さんも優しいけど……今日はかなり酷かったが。
「あのお二方も、生斗さんに自立してほしいのよ……」
「自立て……おれはあの2人の子供じゃないんだから」
「みたいなものでしょ?」
「……否定はしません」
まあ、ツクヨミ様はともかく、永琳さんはこの世界でのお母さん的ポジションにいるけどな。
「ま、親離れできるいい機会だと思いなさいな。そしたら彼女とかも出来るかもしれないわよ?」
「余計なお世話です」
彼女……んん、欲しいような、欲しくないような……やっぱり欲しい。
「さて、そんなことよりも……このお菓子、どうしようかしら」
「話題の切り替えが凄いですね」
「実際に今問題にすべき事は、この大量に余ったお菓子をどう処理すべきかよ」
「あ、そうですか」
つまりおれの自立に関しての事は二の次って事か。
「ならもう、二人で食べちゃいませんか?」
「この量を?」
「全部とは言いません。保存できるものは残して、今食べなきゃいけないものを食べて、後のお菓子はうちの部隊のロッカーに放り込んでおきましょう」
「あ、いいわね。それなら次にロッカーに来た子達も喜ぶわ」
どうやらおれの提案に乗ってくれるようだ。
「んじゃ、何処で食べます? ここだと少し寒い気がするんですが」
壁の上だから当然だけどな。今も若干肌寒い。
ドテラのお陰でおれはそんなではないが、豊姫さんは今薄着だ。下手したら風邪を引いてしまうかもしれない。
「いえ、ここで落ち行く太陽を見ながら菓子をかじるのも乙かもしれないから、ここで食べましょう」
おお……豊姫さん、中々のロマンチストだったんですね……おれはそんなのより部屋でぐだりながら食べる方がいいと思うんだけど……
うん、ロマンの欠片もないな、おれ。
ここはぐっと我慢してここで付き合うとするか。
「はあ、わかりました。豊姫そんの提案にのりましょう。
……でも寒くないですか?」
「んー、少しね」
そうか、だよなぁ……いくら怪物一家だとしても寒いのは寒いか。
「んじゃ、おれの着てください。温いですよ」
「あら、いいの?」
「いいですよ。こんなので良ければ」
と言っておれはドテラを脱いで渡す。
うぁ!? 思った以上に寒いぞ!
「それじゃあお言葉に甘えて……ありがとね」
「いいいえ、いえ、そそんな、ととうぜぜんの事をしたたまでですす」ブルブル
「……返しましょうか?」
「大丈夫です!」
いかんいかん、折角のおれの紳士っぷりが台無しになるところだった。
男なら我慢だ我慢!
「あ、そういえばお酒も持ってたのよね。それを飲めば少しは温かくなるかも!」
「お酒?」
なんで差し入れにお酒? とつっこみたくなったが、聞かないでおく。
「あれ~、こんなところに酒のつまみがあるぞ~?」
「あからさま過ぎる! 絶対にここで飲む気だったでしょ!」
「まあ、細かいことは気にしないの。結構高かったのよ、このお酒」
はあ……今日が休日で良かった……もし今日あいつらがここにいたら、十中八九酒盛りしだすぞ。
一応おれの上司の豊姫さんに頼まれてんだから断れないとか言い訳をして。
そんなことになったら流石に豊姫さんを依姫につきだすけどな。
「ま、今日のところは目を瞑ります。次からはお酒とか持ってこないでくださいよ?」
「はいはい、分かってるわよ。はい、コップ。お酌してあげるわ」
と、豊姫さんが大きな袋から酒瓶を3つほど出しながら、コップを差し出してくる。
…………はあ。
「……ありがとうございます」
それから二時間位二人でお菓子を食べたり酒とお菓子をつまみつつ、二人壁の上で色々な話で盛り上がっていた。
「それで? 実際のところ生斗さんって付き合ってる人とかいるの?」
「いませんよそんなの! なんでかねぇ、こんな良い男を放っておくなんて!」
「ははは、そのサングラスが威圧的で近寄りづらいんじゃないの?」
「このグラサンがあるからこそおれがあるんです! 考えても見てください! もしおれにグラサンを取ったら何が残ります?」
「生斗さん」
「か~! そうきたか~!」
なんか自分でもわかるほど酔ってるな、おれ。
「まあ、私にフィアンセがいなかったら生斗さんと付き合っても良かったんだけどねぇ」
「愛のないお付き合いはごめんです!」
「あら、フラれちゃった」
豊姫さんは美人だ。道を歩けば老若男女全員が振り向くほどな。
おれが今、サシで飲んでいるだけでも奇跡に近いかもしれないくらいだ。
そんな人から付き合ってもいいと言われれば舞い上がるのは不可避だろう。
だが、豊姫さんにはフィアンセがいる。
ここで喜んでもただただ虚しくなるので、喜びを無理矢理抑え込んで否定の意思を示す。
はあ、なんでおれは彼女に恵まれないんだ……
「くそう、トオルなんだよトオル! なんでお前だけ彼女いんだよ! 小野塚とおれの3人で彼女作らない同盟結んだじゃん!」
「(なんだか愚痴っぽくなってきたわね。まあ、楽しいから良いけど)」
いかんいかん酒に任せて、友人の悪口を言いそうになった。
話題をかえなければ。
「それより豊姫さん、最近奴らの様子はどうなんです?」
「ん?」
「おれの部下の事ですよ。たまにあいつらと飲みに行ってくれてるんでしょ?なんかそこでおれの愚痴とか言ったりしてませんか?」
この際だ。あいつらがおれの事を本当はどう思っているのか豊姫さんに聞いてみよう。酒の席だ。豊姫さんに甘えてつい本音を漏らしてしまうはず。
「ああ、あの子達の事ね。確かに生斗さんの事を『グラサン似合ってない』とか『訓練もうちょっと優しくしろー』とかは言ってたわね」
「ほう」
こりぁよくある愚痴だな。
愚痴の内容次第じゃお仕置きするつもりだったが、それぐらいなら許容範囲に入ってるから見逃してやろう。
おれって器が広いな!
「あ、でも最後は皆、貴方の部下で良かったって言ってたわよ」
「……それは豊姫さんが穴埋めに言った事ですか? それとも本当の?」
「ふふ、どうかしらね」
何故そこで言わないんだよ……気になるなぁ。
「お、豊姫さん、空じゃないですか。お酌しますよ」
「あ、ありがとねぇ」
はあ、久しぶりにいい気分だ。たまにはこうして飲むのも良いかもしれないな。
そう思いながらおれは豊姫さんのコップに酒を注ぐ。
ついでに酒瓶を置いた手をそのまま菓子をつまみ、口に持っていき、頬張る。
あー、久しぶりに甘味の菓子を食べた。
たまには糖分を取らないとな。そこまで甘いもの好きではないが。
「豊姫さん、見てくださいよ。もうすぐ日の入りですよ」
「あら、ほんと。綺麗だわ」
この美しさは前の世界とあまり変わらないんだなぁ。
そういえば四季もちゃんとあるし。
もしかしたらこの世界はおれが前にいた世界と類似しているのかもしれないな。
「…………お姉様、熊口君………何やってるんですか…………?」
あ、やばい。今一番聞きたくない人の声が後ろの方から聞こえてきた。
さっきまで酒で赤くなっていた顔が一気に青くなっていくのがわかる。豊姫さんの方を見ると全く同じ状況なのがわかった。
くそう、なんでだよ……折角落ち行く夕陽をみながら感動に酔いしれようとしていたのに!
あれ、豊姫さんが目で訴えかけてきているぞ?
なになに、指で合図を送るから両方向から逃げよう?
よし、乗った! と、親指を立てて合意する。
「なに二人でこそこそしているんですか?」
豊姫さんが人差し指、中指、薬指の3本の指を後ろに見えないように立てる。
そして、薬指を閉じ、次に中指を閉じ、最後に________
_______人差し指を閉じた。
今だ!!
「逃がしませんよ!」
「ぐは!?」「きゃあ!?」
おれと豊姫さんは両方向から同時に逃げようとしたが一瞬にして首根っこを捕まれた。
「お姉様?何故此処にいるんです?仕事はどうしたんですか?
あと熊口君、あのときの約束はどうしたんですか?もう、用事がないときはツクヨミ様と八意様の家には行かないんじゃなかったんですか?」
「「あ、あのぉ……」」
「……」
「「ごめんなさい。テヘッ!」」
このあと3時間位説教されました。
ん、待てよ。ツクヨミ様のと合わせると合計6時間ぐらい今日正座させられてるぞ?
どうりで足が異常なほど痺れているわけか……