東方生還録   作:エゾ末

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24話 情けは逆効果だってことだ

 

 

 ~壁内(避難中)~

 

 

「なあ、お前、どう思う?」

 

「は? どう思うって、何が?」

 

「熊口部隊長の事だよ」

 

「ああ、あの群勢相手に喧嘩売った人か」

 

「頭ぶっとんでるよな。確かにあそこまでの力があったら調子に乗るのはわかるけど」

 

「逆にあれがなければ俺らは今、あの馬鹿みたいな指示には従わなかったけどな」

 

「そりゃそうだそうだ。俺らの目的は妖怪を壁内に入れないこと。敵の全滅が目的じゃない。今、()()がある以上、俺らが彼処にいる意味はほぼ皆無だし」

 

「なんか俺、熊口部隊長の事、見直したなぁ」

 

「なんでだ? 今回はああいう結果に運よく収まってるけど、普通ならあの指示は愚策中の愚策だぞ。いや、論外だ。俺は逆に見損なったね」

 

「そうか? だってあの人、俺らを逃がすために一人で戦ってるんだと思うぜ」

 

「そう思う根拠は?」

 

「前にあの人の部隊の一人と飲んだことがあんだよ。その時、ふと、話が上司の愚痴の溢し合いになったんだが、途中でそいつ、熊口部隊長の事、スンゲー褒めてたんだよ。部下思いのいい人だって」

 

「にわかに信じがたいな」

 

「でもそれがもし本当なら、さっき俺が言ったことに信憑性が出てくるだろ」

 

「う~ん、確かにな。だけど本当にいるのか? 皆のために事故犠牲を厭わないなんて」

 

 

「俺も信じ難いと思うけど……その仮定が正しければ、俺はあの人を尊敬するだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「ほらほらぁ? もうとっくに5分を過ぎてるぞ。いつになったら仕留められるのかなー?」

 

 

 妖怪らが血相をかえておれに向かって襲いかかり始めてから10分が経過した。

 もうそろそろ兵士達の避難も完了する頃だろう。

 避けるのも、結構限界に近い。

 だが、反撃するのはまだ早い。まずは壁内の避難の完了を確認して、相応しいステージを作ってからだ。

 

 

「おらぁ! くたばりやがれ!」

 

 

 妖怪らの妖弾の嵐がおれに向かって来る。

 目もだいぶ強化されてるからこれくらいの弾幕なら簡単に避けられるんだよなぁ。

 

 

「逃げてんじゃないぞ!」

 

 

 弾幕の死角から不意打ちで接近攻撃を仕掛けてくる。

 死角だから目視は出来ないが、隠しきれない殺気を感じるから、避けるのも容易い。

 

 

『あー、まだか?』

 

 

 相手の攻撃を避けながら通信機で兵士達に壁内に入ったか質問をする。

 殆どの妖怪がおれに襲いかかってきてはいるが、全員という訳ではない。

 中には、おれの挑発に乗らず、避難している兵士を襲う妖怪がいる。

 

 おれの指示自体は、誰も異議を申し立てる返信をしてこなかったから、皆従って避難してくれてはくれているだろうが(もし、異議を申し立てられていたらそいつの事はもう諦める)、襲ってくる妖怪が現れれば戦うしかない。

 だから少しは遅れてしまっても仕方がないだろう。

 

 

 だが、こうしていられるのもそろそろ限界だ。

 余裕そうに避けてはいるが、実際はかなり危ない。

 流石にこの数の妖怪に攻撃を避け続けるのは無理があるようです。

 因みに反撃せずに避けているのは、相手の怒りを煽るためだ。

 避けて避けて避けまくって、相手の怒りを有頂天にする。

 少しでも敵意を国の皆ではなく、おれに向けさせる。

 これにより、大量に集結した妖怪共に、()()を仕掛けて、無力化させられれば、おれの作戦は大成功に終わる。

 だから早く避難を完了させてほしい。

 今はもう充分に挑発できた。これ以上は必要ない。

 

 

「うおっと!?」

 

 

 今は壁の上でなく、妖怪の群勢のど真ん中の空中にいる。

 つまり、四方八方から攻撃が来るということだ。

 前だけでなく、後ろ、横、下、上と神経をすり減らさなければならない。

 弾幕がやんだと思ったら大勢で殴りかかってくるし、いなしたら、その後また弾幕の嵐が吹き荒れる。

 

 連携としては雑だが、かなりきつい。

 実際何発かはもろに受けている。まあ、余りある霊力をふんだんに使って防御していたから全然いたくなかったけど。

 ただ、隊服がボロボロになるから当たりたくはないんだよなぁ……

 避けるのを止めて全部受けに回ったら、確実に全裸になる。

 流石に全裸で戦うのは嫌だ。

 

 

「くそ、この蝿共め……」ボソッ

 

 

 思わず小言で悪態をついてしまう。

 こいつらがこの国を襲う必要があるのは分かるが、流石にこれはついてもいいだろう。すんごい罵倒をしてきながら攻撃してくるんだもん。おれだって堪忍袋はそんなに大きくはないんだ。数えきれない量の妖怪から罵倒されて機嫌が良いわけがない。これで機嫌が良かったらそいつは相当な変態だ。

 

 

「(あれ、そういえば……)」

 

 

 よくよく考えてみればなんであのフード妖怪と角妖怪Bはあんなに容易く退いたんだ?

 

 人間がいないと妖怪の存在を証明できるものは居なくなる。

 そうなると妖怪は消滅する筈だ。

 なのになんでだ……

 もしかして他に手があるのか?

 この国以外の人間は猿同然らしいけど、まさかそいつらを利用するのだろうか……

 まあ、今ここで考えている暇はない。

 今は避けるのに専念しなければ!

 

 ていうか早く壁内避難完了の報告してくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~10分後~

 

 

『熊口部隊長! 生存者の撤退完了しました!』

 

「遅い! 遅すぎるぞ! お陰で服がボロボロになったんだぞ! ズボンも破けておれの生足がチラ見せ状態になってるぞ!? なに、男の生足なんて誰得なの!?」

 

『いや、あの、すいません……生存者の確認をしていたら遅れてしまって……』

 

 

 漸く完了の報告が来て、内心安堵したが、同時に怒りが込み上げてきたため、つい報告の通信をしてきた女隊員に当たってしまった。

 

 

「いや、おれこそすまん。当たってしまった。報告御苦労さん」

 

『はいーー』プチッ

 

 

 よし、これで作戦が決行できる。

 さっきから()()、“あれ″、『あれ』と無駄に隠すような感じに言っていたが、やることは単純すぎて、小学生でも思い付きそうな事だ。

 

 

 こいつらを霊力障壁の中に閉じ込める。

 これだけだ。

 妖怪共を一点(おれ)に集中させ、大方集まったところで巨大な正方形の障壁を作り出し、こいつらを閉じ込める。

 そのとき、おれも閉じ込められる事になるが、障壁の形を操るなんておれにとっては朝飯前だ。一人分通れる穴を開けてから出ればいい。

 

 というわけで______

 

 

「ついてこい!」

 

 

 おれは、出来るだけ閉じ込められるよう、妖怪共の密集している所へ突撃する。

 

 

「あ! 待ちやがれ!」

 

 

 案の定、おれの挑発によって堪忍袋を穴だらけにされた妖怪共はおれの後ろをついてくる。

 

 妖怪は人とは比べ物にならないくらい速いが、今のおれにとっては赤ちゃんと同じくらいのスピードで来ていると錯覚してしまうほど遅く見える。

 

 

「(よし、この辺か)」

 

 

 妖怪らの中心部まで来ると、そこはもう、妖怪の海となっており、地面が全く見えなくなっていた。

 

 お、おお、やっぱ多いな。この数じゃいくら今のおれでも全員倒せるか分からない。

 

 

『ほら遅いぞ~。さっさとこいよ』

 

 

 と、通信機の拡声機能を使って挑発及び誘導をする。

 すると、一層おれの方へ向かってくる妖怪共の速さが増した。

 単純だなぁ……

 

 

「はははは! 馬鹿め! 自ら袋叩きにされに来やがった!」

 

「これでてめぇも終いだ!」

 

「……ふぅん」

 

 

 馬鹿なのはどっちかな? そう言ってられるのも今だけだぞ。

 

 

「んじゃ、お前らが目ん玉が飛び出るほど驚く事してやろうか?」

 

「あ? …………!?!」

 

 

 条件は揃った。(条件といってもただ妖怪共が沢山集まっている場所に行くだけ)

 

 

 

 別に前振りとかは面倒だったので一気におれは、ありったけの霊力を6つの四角の障壁に変え、妖怪共の周りを囲む。

 地面の方の面は……なんとかなったな。妖怪共は急に浮き出てきた障壁に驚いて飛んだようだ。

 

 そしてこの障壁内にいる妖怪の量。

 凄いな……ざっと万は越えるぞ。

 

 

「(……よし、さっさとここからでるか)」

 

 

 妖怪共が霊力障壁に驚いて、こっちに意識が集中していない今のうちにでないと危ない。

 今はおれの霊力の半分はこの巨大障壁に使われている。

 つまり、今のおれの無双レベルは半減していると言うことだ。

 そんな中、この密室でこの量を相手にするのは分が悪い。

 ていうか負ける可能性が高い。それにこの障壁内にいる妖怪が全部というわけでもないしな。

 

 外には残党が残っている筈だ。

 おれ一人でこの防衛線を守ると間接的に豪語した手前、国の中に妖怪を侵入させるわけにはいかない。

 

 

「おいお前! 何をした!」

 

「げっ……」

 

 

 こっそりと出ようとして、障壁まで後数十メートルと差し掛かったところで、ある1匹の妖怪がおれに向かって怒鳴り散らしてきた。

 

 怒号は巨大な障壁内に響き渡り、全ての鬼の耳へと届いていた。

 その瞬間、呆けていた妖怪共は、一斉におれの方へと目線を変え、睨めつけてきた。

 

 

「お前だろ、これやったの!」

 

「くそ! この光る壁、殴ってもびくともしねぇ!」

 

 

 やばい、急いで出なければ!

 

 

「……!!」

 

「あ、こいつ逃げやがったぞ!」

 

「殺せ! こいつを殺せばきっと出られるぞ!」

 

 

 くっ、やっぱり力が落ちてる。

 四方八方からくる妖怪共がさっきよりも速く感じる。

 だが、逃げられない速さではない。

 これでもまだ素の状態よりだいぶましだ。

 素の状態なんて中妖怪ですら逃げるのにてこずるからな。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

 前にいる妖怪には霊弾で無理矢理退かしてひたすら全力で障壁まで飛ぶ。

 後少し!

 

 

「捕まえたぞ!」

 

「ちょ!? 放せ!」

 

 後手を伸ばせば届く距離まで来たところでついに足を捕まれてしまう。

 それをすかさず逃さなかった妖怪さん方は次々とおれを壁から引き離そうと引っ張ってくる。

 

 

「(爆散霊弾を使うしかない!)」

 

 

 さっきまでは威力がすごすぎると思って封じてきていた技だが、力が半減した今なら威力は幾分かましになる筈だ。

 そう判断したおれは()()で爆散霊弾を生成し、足を掴んでいる妖怪ではなくその後ろの方にいる妖怪に着弾させる。勿論おれまで爆発に巻き込まれないようにするためだ。

 そのために少し後ろの方に着弾させたのだが……

 

 

「うわっぶ!?」

 

「「うぎゃあぁぁ!!?」」

 

 

 思っていた威力の10倍以上の破壊力を持っていた爆散霊弾は、いとも容易くおれまで爆発に巻き込んだ。……いや、正確には爆風か。

 

 

「いつつっ……」

 

 

 やっべぇ、足がもろ巻き込まれた。左足(妖怪に捕まれていた足)の感覚が無くなってるぞ……左足は赤黒くなっており、皮膚が爛れているのが分かる。救いは神経が麻痺しているからなのか、痛みがしない事だな。

 これで痛みがしたら戦うどころではない。

 

 そして、先程までおれの後ろの方にいた妖怪らは跡形もなく吹き飛んでいた。

 ほんと、規格外の威力だな、爆散霊弾。

 でなければ寿命ブーストしているのに少しかすっただけで足がこんなになる筈がない。

 

 

「と、とにかくでなければ……」

 

 

 左足なんて、痛くないのなら気にするだけ無駄だ。今飛んでるからあんまり足は関係ないしな。

 

 そしてやっとの事で障壁まできたおれは一人分通れるだけの穴を開け、そこを通って外に出る。

 後はその穴を戻せば完了。

 

 途中で妖怪が一緒に穴を出ようとしてきたが、霊弾を当てて中に吹き飛ばしておいた。

 

 

 

 

 よし、よし、よし!

 

 やったぞ! 作戦成功だ!

 妖怪の群勢の大部分の戦力を削いでやったぞ!

 

 

 今でたばかりの巨大障壁を見てみる。

 するとそこには、淡く光る強固な壁の中に無数の妖怪共が壁を壊そうとしている光景が広がっていた。

 分厚い壁だからか、中から妖怪がなにかいっているようだが、それが何をいっているのか、おれにすらわからない。まあ、どうせ罵詈雑言だろうから聞こえないのは寧ろありがたいんだけどな。

 

 

「さてさて」

 

 

 いまじゃ中から睨めつけてくる妖怪共の目が、逆に心地好い。

 おれってこんなに悪いせいかくしてたっけ?

 まあいいや。

 そんなの、事の全てを済ませてから考えればいいこと。

 

 

 

『この壁の中に入り損ねた哀れな妖怪諸君』

 

 

 万能通信機でまた拡声をし、妖怪達に聞こえるように話す。

 ほんとこの通信機、凄いよな。さっきの爆発を受けてなお無傷というね。

 

 

『おれは今から、この国を守るために全力でお前らを殺しにかかると思うが__』

 

「…………くっ」

 

「なめやがって……」

 

 

 

『おれはなるべく、殺生というものはしたくない。今から十数える内に踵を返せば、見逃してやる』

 

 

 これは本意だ。そして、最後の慈悲だ。

 今、妖怪共の大半は障壁内にいる。そしてその障壁外にいる妖怪の数は障壁内に比べても半分以下だ。

 結構厳しい数だが、おれはやるつもりだ。

 

 

『10』

 

 

 慈悲が無慈悲に変わるカウントダウンをしながら、おれは国の壁の方までゆっくりと進んでいく。

 

 

『9』

 

 

「……ふざ……る……」

 

 

 おそらく、おれの慈悲は届かないだろう。

 

 妖怪はプライドの塊のような奴が殆どだ。あのフード妖怪が異端であって、普通は一蹴されて終わり。

 だから、無理なんだろうなぁ……

 

 

『8』

 

 

「くそ!」

 

 いやぁ、でももしかしたらワンチャンあるかもしれない。だって今、敵であるおれが横を通ったのに、妖怪はくそ! 、と言うだけで何もしてこなかった。

 お、これはあるぞ? 全員は流石に無理だろうが、少しは退散してくれるんじゃないだろうか。

 

 

『7』

 

 

「おいおまえら! なに固まってやがんだ!」

 

 

 と、淡い期待をしていると、後ろの方からやけにうるさい大きな声が聞こえてきた。 

 

 

「お前らは悔しくないのかよ! こんな人間一人にしてやられて、それに情けまでかけられてやがる!」

 

「「「「!!?」」」」

 

 

『6』

 

 

「俺は悔しいぞ! 苦汁をなめさせられて尻尾を巻いて帰るのなんざ! それにこの戦争は俺たちにとって生存を懸けた戦いなんだぞ! ここで逃げたら遅かれ早かれ俺たちは消滅するんだ。

 なら、逃げるなんて選択肢、あるわけねーよな?」

 

「!! ……そうだ。これはそういう戦いだったんだ」

 

「なんで俺、あの人間の言葉を鵜呑みにしかけたんだろうか……」

 

 

 

 あー、これ。駄目な奴だわ。2~3秒前の期待はガラスのように砕け散ったな、こりゃ。

 それにあの演説をした妖怪、あいつ、大妖怪だな。力を隠しているようだが、おれには丸分かりだ。

 

 

 くそ、そういえば大妖怪があいつらだけというわけでは無かったな。

 

 うむ、超絶面倒だ。

 

 

『……んじゃ、それがお前らの答えでいいんだな?』

 

 

「当たり前だ! 粉微塵にしてやる!」

 

「貴様を殺して、あの光る壁の中にいる同士を救いだしてやる」

 

「あと人拐いもな!」

 

 

 お、そうか。確かにおれが死ねば霊力障壁は消滅する。

 てことはつまり、あいつらの標的は今、国の皆ではなく、おれになっているということになる。

 これは予想だにしていなかった嬉しい誤算だ。

 だっておれが死なない限り、標的は変わらないということであり、おれは死ななければいいだけのこと。

 ふむ、これならまだなんとか出来そうだ。

 

 

『それじゃあ妖怪共、前置きはいいからさっさとかかってこい』

 

 

 

 そのおれの声の数秒後、妖怪共は雄叫びを上げながらおれに襲いかかってきた。

 


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