東方生還録   作:エゾ末

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永琳さんそれお母さんの発想や

 

 

 私はモニターの前で後悔していた。

 何故、移住初日に行ってしまったのだろうか。もし、1日でも遅らせていたら、あの戦場での治療員としてでも役に立っていたというのに。

 幸いにも薬の材料はまだ届いていないので、薬自体は役に立ってはいるとおもうけれど……

 

 ここまで自分が無力なのかを思い知らされる。

 今からあの国に行くために、出口専用の転送装置を改造して出入口にしようにも時間がかかりすぎる。それに転送装置はまだ完全に解明されていない部分が多々ある。下手に弄れば、転送するときに五体満足でいられなくなる可能性もある。

 

 リスクが高過ぎる。

 まず、改造する段階で止められるし、どう改造するかもまだどうするかは考えていない。それにもし改造が出来たとしても安全かどうか確かめるために実験をしなければならない。

 これだけでも現実的でないことが分かる。

 

 

 …………はあ、何故あのとき一方的な転送装置の開発で妥協をしてしまったのだろう。

 その妥協の結果がこれだ。私は今、久しく苦汁をなめさせられている。

 なにもできず、ただ逃げ惑うことしか出来なかった頃の自分を思い出す。

 

 今はもう、そんなことは無いだろうと高を括っていたけど、思わぬところであったね。

 

 

 

 皆、あの国に残っている人間を守ろうと必死に守っていた。

 並の人間が見れば発狂するか吐くぐらいグロテスクな映像であっても、私は決して目を背けることはない。

 これが私の判断ミスによる結果なのだ。私の考えが甘く、この状況を予測していなかった結果なのだ。

 例え他の者が仕方ないと慰めてこようとも私は仕方ないで済ませるつもりはない。

 この目に、この映像を焼き付けて、二度と繰り返さぬよう、戒めにする。

 いつでも、最悪なことを想定して考えられるように。

 

 

 

「生斗……」

 

 

 これからの決意を固めていると、ふと20年前に森で出会った少年の名前を呼んでいた。

 

 熊口生斗。ある日突然名も無き神により降ろされた不思議な少年。性格は単純でお調子者。危機感にかけ、自らの命を軽んじている節がある。あとかなり図々しい。

 何故か私とツクヨミ様になつき、よく私の家に来ていた。

 最初は仕事の息抜きにと家に招いた事がキッカケで、私の家をさも我が家のように居着き、その図々しいしさに我慢の限界を越えた私は8か月前、出入り禁止を命じた。それでも何度も来ていたけど……

 

 それも今思うと、あの生活も悪くなかったと思ってしまう。

 思えば、私にあそこまでなついたのは依姫以来だ。しかも依姫は私をちゃんと敬い、プライベートにまで関わってくることまではしなかった。

 しかし、彼はそんなことお構い無しに、身分なんて知ったことかと言わんばかりにずかずかと私のプライベートまで入ってくる。

 

 

「本当に馬鹿なことしか考えないのだから……」

 

 

 そんな彼は今、一人で妖怪の群勢に負けずとも劣らない戦いをしている。

 生斗に向かっていく妖怪は次々と斬り捨てらりたり、霊弾による外部破壊になどによって絶命し、地上には屍の山を作りあげていた。

 これだけでも屍山血河の戦争だということがわかる。

 

 素の状態での生斗では10分と持たずにやられているでしょう。しかし、彼は今、とてつもない力を有している。

 その事については、彼があれだけの力を周りに見せつけた瞬間、どうやって手に入れたのかを理解することが出来た。

 

 命を力の糧とする、諸刃の剣。

 

 今の生斗は己を犠牲にしてまで、他人である私達を守ろうとしている。

 なるべく隊員の犠牲を払わず、尚且つ標的が自分にいくように。

 

 そんなこと、もし出来たとしても、やろうとするものなどいるだろうか。

 確かに生斗は能力上、多少命を捨てても生きていられる体質だ。

 しかし命を力に変えるということは、それ相応の負担がかかる。

 依姫の神降ろしでさえ、かなりの負担がかかるのだ。命を削る行為はそれ以上にかかる。

 

 おそらく、彼は依姫からあの薬を貰い、服用している。

 でなければ痛みと力の暴走によりまともに動ける状態では無い筈だ。

 

 

『ふぎぃゃぁぁあ!?』

 

『ぶぐごっ!!』

 

 

 もし、私の調合したあの薬がなければ、あらゆる重要気管を傷つけられたり、血液循環の過剰による血管の破裂などが引き起こる可能性が極めて高い。そんなことが起こっていれば、十中八九無駄死にで終わっていただろう。

 それほどまでに命を削るという行為は危険なのだ。

 

 そんなリスクを犯してまで私達を守ろうとしている。

 思えばあの卒業試験の時にあった事件でも今回と同じような行動をとっていた。

 

 なにが彼を突き動かすのだろうか。

 もしかしたら、普段の生活では決してみれない彼の真の姿なのかもしれない。

 性分、と言えばいいのかしら。

 根っこから善人だと言うわけではないだろうが、その根の芯の部分はきっとそうなのだろう。

 

 リスクを犯してまで仲間を守りたい。そのリスクを省みない覚悟をする決心の早さ。そこには躊躇いという文字はない。

 そこが彼の真の良いところであり、弱点なのかもしれないわね。

 

 私は彼のその『自己犠牲』の精神は好きではない。

 もっと自分を大切にするべきなのだ。でなければ、後悔することになる。貴方だけでなく、その周りの者も。

 この事は今の状況でも言えることだ。

 彼に私達の国の負担を全て背負わせてしまった。それが彼が望んだことであっても、私達にとっては絶対にしてほしくなかったことだ。

 

 人は見知らぬ者に無関心だ。

 報道で誰かが死んだと聞かされても、身近な友人が骨折したと聞かされたとでは、後者の方が関心はいく。

 

 私もそれについては例外ではない。

 

 言っては悪いが、私は顔も知らない隊員よりも、生斗に生きていてほしい。

 それは決して口に出すことはないが、本心である。

 それほどまでに、彼は私の中での友人の位は高いのだ。

 顔も知らない一般兵とは価値として比べ物にならない。

 

 

 だからこそあのような行動はしてほしくない。

 

 もっと自分に甘えていいのに……貴方がそこまで頑張らなくても、なんとかなるのに。

 

 生斗の行動は国全体としては正しい。誉め称えるべき事だ。兵が民のために命を張るのは当たり前のことなのだから。

 

 私の今の考えがエゴであることは分かっている。

 生斗に助かって欲しいというのも、結局は私にとって不利益を及ぼすからだ。

 

 

 だから、彼があんな行動をとったことを責めることはしづらい。

 

 しかし、私は叱る。彼が()()に来たら全力で平手打ちをして、そして優しく抱擁をするのだ。

 

 命を粗末にしたことに咎め、無事に生還してくれた事を共に喜び合うのだ。

 

 

 そう、生斗がワープゲートを潜って来られれば、今の考えを実現させることが出来るのだ。

 

 

『あぶね!?』

 

『ちっ! さっさと死ね!』

 

「!?」ガタッ

 

 

 いけない、いきなり椅子から立とうとしたからバランスを崩してしまった。

 

 こんな恥ずかしい所、あまり人には見られたくないわね。

 幸いにも、今いるモニタールームには私しかいない(殆どの人が、外にある大型モニターに見いっている)ので見られることはなかったが。

 

 

「八意様が取り乱すなんて、珍しいですね……」

 

 

 ……見られていた。両手で顔を覆いたくなったわ。

 

 声のする方は確かこの部屋の入口の筈だ。自動ドアだから簡単には入られるけど、その開く音に気付かなかったなんてね……

 

 一体、私の失態を見た命知らずは何処の誰だろうか。

 そう思い、声源の主の方へと顔を向ける。

 

 

「……豊姫ね」

 

「!! ……八意様」

 

 

 ドアの入口に立っていたのは綿月大和総隊長の長女、綿月豊姫だった。

 この子とその妹、依姫には教育係としてたまに教授しているから関係的には親密だ。

 なので()()()をすることはしないでおくことにする。

 でも豊姫、何故私の顔を見て驚いているのかしら?

 

 

「少し、嫉妬してしまいます。生斗さんがそんなに八意様に思われているなんて……」

 

「何が言いたいの?」

 

「ご自分のお顔を見られれば分かると思いますよ」

 

「?」

 

 

 私の顔で何が分かるのかしら。

 豊姫が何を言いたいのかいまいちわからなかった私は、手で頬を擦ってみる。

 

 ん……何か冷たい感触が。これは……水? そしてその水が流れている発生源は……眼。

 

 ……ああ、そう言うことね。豊姫の言っていることを理解できたわ。

 

 

「この事は誰にも言わないでちょうだい。勿論、生斗にも」

 

「ええ、分かってます」

 

 

 ふう、まさかこんな姿まで見せてしまうとは……それほどまでに私も冷静ではないのかもしれない。

 

 

「それよりも豊姫、私に何か用かしら?」

 

「はい、八意様。実は____」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「『輝夜姫』が、行方不明?」

 

 

 


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