東方生還録   作:エゾ末

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26話 命の優先順位はおれじゃない

 

 

 空は未だに闇に覆われていた。

 だが、先程までおれがいた戦場からは目を覆いたくなるほどの光が迸り、おれが暮らしていた国からは所々が火に覆われており、空よりも地上の方が照っている。

 

 空は闇で、後ろは光、前は火の海。

 うん、混沌の世界に投げ込まれたような気分だ。

 

 

 それにしてもこの国が、これほどまでに荒れ果てていたとは……

 

 おれが取り逃した妖怪の仕業にしては被害がでかすぎる。

 まさかおれの知らないところでも妖怪が入り込んでいたのか?

 

 

『熊口部隊長! 大変です!』

 

 

 改めて国の惨状を見て軽く落ち込み気味になっていると、またもや兵からの連絡が来た。

 

 今の声の様子だと……いい知らせではないだろうな。

 

 

「なんだ?」

 

 

 万能通信機を胸ポケットから取りだし、応答する。

 

 

『ツクヨミ様が! ツクヨミ様が行方不明になられました!』

 

「あー……」

 

 

 ツクヨミ様……皆に内緒で行ったのか……いや、言ったら確実に止められるだろうな。おれだって神様が妖怪の群勢に飛び込むとか言い出したら必死で止める。

 この場合、正直なことを言うべきか、言わぬべきか……いや、言わない方がいいな。この国の人達はツクヨミ様を崇拝している。もし正直に言って私達も行きます! とか言い出したら面倒だしな。

 

 

「いや、大丈夫だ。さっきツクヨミ様と会って、先に月に行くと言っていたぞ」

 

『ほ、本当ですか!?』

 

「ああ、本当だ……それよりお前ら、まだ月に行っていないのか?」

 

 そう言うと、通信機越しからでもわかるほどの安堵の息を兵が吐いたのがわかった。

 

 

『あ、あの、それについてですが……実は蓬莱山家の令嬢が、未だにこの国にいるとの情報が先程入りまして……』

 

「なに?」

 

 

 蓬莱山家の令嬢……確か永琳さんが教育係をしていた我儘娘のことか。下の名前は知らないが、どうしてそんな子がまだこの国に……

 この国の有力者は月移住の初日に転送されたはずだ。ならば我儘娘もその例に漏れないはず。

 

 

「何故蓬莱山家の令嬢がまだこの国にいる?」

 

「それが……家出、をしたそうで」

 

「は?」

 

 

 それから聞かされたのはこうだ。

 昨日、蓬莱山家では月移住の準備の最終確認を行っており、その間、屋敷中のどこも鍵をかけていなかったという。

 それで箱入り娘であったらしいその令嬢が、月に移住することを知ってか知らずか、これを機にと家を飛び出したそうだ。

 結果、捜索はされたが昨日だけでは見つけることは出来ず、次の日に連れてきてくれと蓬莱山家の当主が言い残し、先に月へと行ったが、その数時間後に妖怪の群勢が攻めてきたことにより、それどころではなくなり、先程まで忘れ去られていたようだ。

 そしておれが妖怪達の相手をしているときにその連絡が来て、いままで捜索をしていたとのこと。

 

 

『先程、令嬢を見つけたとの連絡が来ましたが、もう少し時間がかかるとのことです』

 

「まじかよ……」

 

 

 てことはまだ、転送装置の時限爆弾の時間はまだセットされていないということか。

 

 

『熊口部隊長は今どの辺りにいますか?』

 

「ああ、今さっき壁内に入ったからもう少しかかるぞ」

 

 

 全快の時は空を飛んで2分足らずで国の中心までいけたが、今は全快とは程遠い状態だ。霊力もほぼ素の状態と大差ない量だし、左足駄目になってるし、所々妖怪によって与えられた切り傷やらが痛いし、なにより血が出すぎている。

 

 この状態だと5分かかるかかからないかぐらいだろうな。

 結構危ない状態だ。

 ここで大妖怪にでも出くわしたら、もう死を覚悟するしかないな。

 

 

『わかりました。それでは___あれ?』

 

 

 何か兵が言おうとしたが、何かに気をとられたようで、急に黙りこんでしまった。

 

 

「どうした?」

 

『ーーー、~ー!?』

 

 

 何事かと、おれが応答を求めた瞬間、通信機から声にならないような声が聞こえてきて、その後、何かが落ちるような音がした。

 

 …………どうなってんだ? まさか妖怪の襲撃を受けたのか?

 

 

「おい! 返事をしろ! 今何が起きたんだ?!」

 

 

 もし本当に妖怪に襲撃されていたとしたら大変だぞ。

 転送装置に妖怪が潜りでもしたら、月に妖怪を入れてしまうことになる。

 

 

『う、うおおぉぉぉ!!』ババババッ

 

 

 通信機から送られてくる発砲音。

 ……銃を撃ってるって事はやはり、転送装置の前で戦闘が行われているということか。

 

 これは急がないと本当にまずいぞ。これまでの苦労が報われなくなる。

 

 

『ガチャグキッ!! …ピーーー』

 

 

 そして、ついに通信が途絶えてしまった。

 

 

「くっ!」

 

 

 これは、非常にまずい事態になった。

 

 そう判断したおれは、今出せる全速力で、空を滑空する。

 

 くそっ! 思っていたより速度がでない!

 

 

 

   ダッダッダッ

 

 

「あ?」

 

 

 あまり速く飛べないことに苛立ちを感じていると、地上の方から複数の足音が聞こえてきた。

 もしかしたら妖怪が地上で走り回っているかもしれないと思ったおれは臨戦態勢に入った状態で下を見てみる。

 すると______

 

 

「はぁ! はぁ!」

 

「うわあぁぁん!」

 

「待ちやがれ! このくそアマが!」

 

 

 隊服を着た女兵士が小さな女の子を抱えながら妖怪から逃げている姿が目に映った。

 女兵士は子供を抱えているからか、あまり速くなく、今にも妖怪に捕まりそうな勢いだ。このまま放っておけば確実に捕まり、そして食われるだろう。

 

 

 …………時間がないが行くしかないだろ、これ。

 

 

 放って置くなんて選択肢、おれには出来ない。

 

 

 

「ふん!」

 

「ぐぎぃやぁ!?」

 

 

 そのまま飛行していては間に合わないと踏んだおれは、地球の重力に任せ、そのまま妖怪の目の前まで落ちていくことにした。

 

 その自由落下はかなり速く、瞬く間に妖怪の側まで来ることができた。

 そしておれはそのまま、落ちる最中に生成した霊力剣を両手に持ち、妖怪の頭部から股下まで一気に斬りつけた。

 すると斬りつけられた妖怪は無惨に真っ二つに避け、その場で倒れ伏す。

 

 

「きゃ、きゃああ!?」

 

「あ、う……」

 

 

 その光景を見た女兵士は絶叫し、女の子はあまりの酷さに気を失っていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

「い、いや! 来ないで!」

 

 その場で尻餅をついた女兵士に手を差し伸べると、女兵士はそれを拒絶。おれを殺人鬼を見るような目で見てきた。

 

 な、なんでだ。折角時間を割いて助けたのに……

 

 あ、そういえば今のおれの姿…………妖怪とおれの血で服が赤黒かったり、緑っぽくなっていて、とてもグロテスクな状態だったな。

 そりゃビビるわな。

 

 

「おい、おれを殺人鬼だとか妖怪だと勘違いとかは止めてくれよ。おれは立派なこの国の住人だ。ほら、このグラサン、見覚えないか?」

 

「あ、いや……」

 

 

 声を掛けても、女兵士はかなり怯えていて、こちらを見ようともしない。ずっと女の子を強く抱き締めながらうずくまっている。

 よく観察してみれば、女兵士の服もボロボロで、穴もちらほら空いており、その隙間からは肌から血が垂れている。

 おそらく、さっきまでこの女の子を必死に守っていたのだろう。   

 その頑張っていたという証拠に、女の子には目立った傷は見当たらない。ていうかこの子、やけに豪華な着物を着てるな……

 

 ……ん? 豪華な? 

 

 ……もしかしてこの子、さっき連絡を受けたときに聞いた蓬莱山の令嬢か?

 それなら、住人の避難が完了したと報告されていたのに、未だにこの地に一般人がいるのにも納得がいく。

 

 よし、今のおれの予想が当たっているかどうか確かめてやる。

 

 

「うぅ、なんで私がこんな目に……あの部隊長はなにやってるのよ……」ブツブツ

 

「おい、そこの女兵士。お前にはまだ役目があるんじゃないのか?」

 

「そもそもこの子が……え?」

 

「お前が今抱えている子、蓬莱山家の令嬢だろ? その子をお前が無事、ワープゲートに潜らせるのがお前の役目の筈だ。こんなところでうずくまっている場合じゃないだろ。」

 

「え、あ……はい」

 

 

 よし、ちゃんとおれの話を聞いてくれたな。

 ふう、一早く気付けてよかった。もし蓬莱山家の事が頭に入っていなかったら未だに話を聞いてもらえなかっただろうな。

 

 

「それじゃあ行くぞ。こんなところで立ち止まっている暇はない」

 

 

 この女兵士は動けない訳じゃない。それなら別に手伝う必要もないだろう。逆におれの方が歩くのを手伝って欲しいくらいだ。まあ、飛ぶから別にいいが。

 

 

「あ、あの、貴方は……?」

 

 

 おれが行こうとすると、後ろで女兵士がそう尋ねてきた。

 ふむ、こいつはおれの事を知らないのか。まあいい。

 

 

「お前がさっき愚痴っていた部隊長だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 ~転送装置付近(国中心部)~

 

 

 漸く目的地に到着したが、その場の光景は前に見たこの場所とかなり異なる光景に成り果てていた。

 

 兵士の殆どは地に伏せ、息絶えている。首が無い者、身体中が意味のわからない方向に折れ曲がっている者、顔の原型が分からないほど破損が酷い者、もはや人の形をしていない者。

 

 沢山の死体が転送装置の前にある広場に広がっていた。

 

 

「うえ、おげ、うっぷ……」

 

 

 それを見た女兵士は吐き気を訴え、顔を地面に伏せる。

 

 

「お前はここにいろ。おれがなんとかする」

 

 

 なんとかする。そう、まだこの悲劇は終わっていないのだ。

 広場に、1つだけ、人影があったのだ。そいつはこの血が溢れまくっている所で血を一切浴びた様子もなく、凶器であろう指だけが血に濡れていた。

 

 人とは異なる尖った耳、髪は短髪で紫色、額には立派な一本角が生えている。体つきは綿月隊長とまではいかないがかなりゴツく、身長は二メートルを優に越している。

 

 おれはこいつを見たことがある。

 あのとき、妖怪共に逃げる猶予を与えたとき、妖怪共に演説をかまし、焚き付けた大妖怪、鬼だ。

 

 あれからあいつがいつくるかと危惧していたが、一向に現れなかったから忘れかけていたが、まさかいつの間にか国の中に入っていたとは……

 

 

「よお、お前を待っていたぜ、殺人鬼」

 

「その言葉、ブーメランだぞ」

 

 

 彼方は此方に気づいているようで、死体を蹴り飛ばしてきながら話しかけてくる。

 その死体を優しく受け取って、地面にそっと置き、おれは応答する。

 

 

「どうだ? 同士をこんなにされた気持ちは」

 

「なんだ、仕返しか?」

 

「そんな所だ。だが、期待外れも良いところだな。お前の反応、淡白すぎる。もっと激昂しろよ、泣き叫べよ、俺を恨めよ」

 

「そうしてほしいのか?」

 

「お前は、薄情な奴だな。俺よりよっぽど鬼だぜ」

 

 

 薄情? 何を言ってる。おれは今、凄く怒っている。折角命を懸けて守った命を、こうも容易く奪われたんだ。

 数分前まで生きていた者達が、今はただの肉の塊と化しているんだ。

 この光景を見てなんとも思わない訳がない。

 このグロテスクな光景を見ても、女兵士のように吐き気など起きない。それよりも悲しみが込み上げてくる。

 そう、泣き叫びたくなるほどに。

 

 だが、一時の感情は大きな油断に繋がる。そんな隙を見せれば、この鬼は一瞬にしておれの命を奪い取っていくだろう。只でさえ、手負いのおれしか戦える奴がいない、つまり超劣勢なんだ。そんな隙、見せられるわけがない。

 

 だから今は我慢をする。怒りを、悲しみを、今はまだ出さない、出せない。

 

 

「さて、ある奴からの情報だが」

 

 

 いつでも戦闘が行えるよう、身構えていると鬼が口を開いた。

 

 

「このどでけぇ門。これで月に行けるらしいな」

 

「……」

 

 

 この鬼が転送装置の存在を知っていても驚かない。どうせあの副総監の奴がばらしてるんだろう。

 ったく、あの野郎はなんでこんなこと仕出かしたんだろうな(まだ副総監がやったと確定しているわけではないがたぶん犯人だろう)。

 

 

「この門壊したらお前、困るか?」

 

「その前にお前を殺すだろうな」

 

「つまりそれぐらい困るってことか」

 

 

 こいつの質問の意図はこれでもかというくらい分かりやすい。

 おそらくこいつは、転送装置を壊すつもりだ。

 

 

「なあ、お前が質問したのならおれもしていいか?」

 

「答えると思うか?」

 

 

 だろうな。だが、これは聞いておかなければならない。

 

 

「この犯行は、お前一人でやったのか? それとも複数?」

 

「……!!」

 

 

 おれがそう質問すると、鬼は先程までの薄気味悪い笑みを止め、まるで鬼のような(実際鬼)形相でおれを睨み付けてきた。

 

 

「てめぇが俺の部下を皆殺しにしたんだろうが……!」

 

「ふぅん」

 

 

 わかった。それでか、こいつがこんな虐殺をしたのは。

 

 部下達の仇討ち。あいつが味わった苦しみをおれに味あわせるように。

 

 

 ……んまあ、今はそんなことに構っている場合ではない。

 こいつの発言が本当なら、こいつが一人でこの数を殺った事になる。

 つまり、まだ転送装置を妖怪は潜ってはいないということ。

 

 

「おーけー、わかった。それだけで充分だ」

 

「それじゃあ始めるか。俺とお前、どちらが生き残るか。俺の復讐はお前の死によって完遂する」

 

 

 復讐つってもお前が攻めてきたのが悪いと思うんだけどな。

 おれはただ返り討ちにしただけだ。

 

 

「何を始めるんだ……って、これは愚問か」

 

「そうだな。俺はもう待ちきれないぜ。お前の顔面を潰したくてウズウズしている」

 

 

 物騒な事を平然と口にするもんじゃないぞ。

 

 

「お前を……殺す!」

 

「……っ!」

 

 

 ついに始まったか。まあ、この事はあいつが待ち伏せしていた時点で予想はできていた。

 さて、この状況の場合、おれはどうすればいいだろうか。

 逃げても無駄、鬼の足から逃げきれるほどおれは速くないし、もし逃げたとしても令嬢と女兵士を見殺しにしてしまう。

 普通に戦っても無理、万全な状態ですら大妖怪に勝てないおれが、手負いの状態で勝てるわけがない。

 いっその事一か八か転送装置を潜るか? いや、それは論外だ。あいつがついてきて月に妖怪が侵入してきてしまう。

 

 正攻法じゃまず鬼という障害物を退かす事は出来ない。

 

 

「おらぁ!」

 

 

 そんな考えをしていると、鬼が血にまみれた手刀でおれの首元を狙って横振りに振ってくる。

 あまりの速さに若干驚きつつ、なんとか後ろに跳んで手刀を避ける。

 しかし鬼はそれだけに留まらず、追撃の殴打をかましてきたので、あらかじめ背中(鬼の死角)に生成しておいた爆散霊弾を殴ってきた拳にぶつける。

 

 そして爆散霊弾が鬼の左拳に着弾すると、おれと鬼を巻き込んで大爆発が発生した。

 

 

 

「ぐぐっ……ひ、左腕が」

 

 

 着弾地であった鬼の左腕は丸焦げとなり、皮膚が炭と化してボロボロと落ちていく。

 だが、それ以外に鬼に目立った外傷はない。爆心地の側にいたおれは霊力障壁で守ったにも関わらず、かなりダメージを受けたというのに……といっても、もはやどれぐらいの痛みだったのかなんてアドレナリンが大量に出まくっているおれにはよくわからないけどな。

 でもまあ、おれの身体中からプスプスと煙が上がっているから焦げているのは確かだな。 

 

 

「ちっ……捨て身かよ」

 

 

 それは仕方ない事だろ。地上戦ではこの足じゃ避ける手段が限られているからな。

 それなら空中戦で戦えばいいだろうということになるが、空中戦はそれはそれで縦横無尽に動き回られると厄介だ。

 相手が中妖怪程度なら多少厄介でも空中戦に持ち込んだが、大妖怪相手だとまず無理だろう。超速度で殴られまくって終わりだ。

 

 だから、それよりもましな地上戦を選んだ。

 あいつも空中戦に持ち込むつもりは無いようだし。

 

 それにおれが地上戦に持ち込んだのには他に理由がある。

 

 

「それじゃあ次は反撃の隙を与えず、一撃で仕留めてやる。お前が死んだ後、お前の血肉を貪りながら時限爆弾装置をセットしてやるよ」

 

 

 まじか。こいつ、時限爆弾のことも知っていたというのかよ。

 その場で低い姿勢になる鬼にまた質問したいことが出来たな。

 まあ、もうこいつは教えてくれるなんて事はしないだろう。

 

 

 

 さて、こいつは愚直にも突っ込んできてくれるようだ。

 足を痛めて、接近してもらわないと攻撃手段が殆ど無いおれにとっては喜ばしいことだ。

 

 いや、あいつも分かっててやっているんだろうな。本当は遠くからの遠距離攻撃の方が確実におれを殺せるってことは。

 だが、あえてあいつはそれをしない。

 自らの手で、おれを抹殺したいのだろう。その手におれの鮮血がつかないと気が済まないのかもな。

 まあ、これからお前の手につくのはおれの血ではなく、お前の血になるけどな。

 

 

「これで、最後だ!」

 

 

 鬼がおれとの距離が後数メートルとなったところで、指の方に妖力を込め、その妖力がブレードのような形に変形させた。

 

 ほう、これでおれを切り裂くつもりか。

 やっぱり速いな、大妖怪は。目で追うのがやっとだ。これはもう、使()()()()()()()()手遅れになる。

 

 

「……」

 

「んぎっ!?!」

 

 

 そしておれは残り2つあった命うち1つを使い、霊力を底上げした。これが奥の手だ。

 

 その底上げした霊力の半分を左腕に込め、これからおれの首に向かってくるであろう首元の前にやり、鬼の手刀を防御し、残り半分の霊力を右腕に込め、鬼の鳩尾を思いっきり殴り付けた。

 殴られた鬼は盛大に吹き飛び、転送装置の横にあった壁に轟音をたてながら激突した。

 ふう、なんとか上手くいったな。

 殴り付けた反動か、腕に一気に霊力を集中させ過ぎたかで、おれの腕は鬼を殴り飛ばした瞬間に血飛沫を上げているが、まあ予想は出来ていた。

 

 これがおれの最初で最後の渾身の一撃だ。

 これであの鬼が死ななければおれの負け、大人しく死を受け入れよう。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 しかし吹き飛んだ鬼は倒れたまま沈黙を貫いている。

 よし、そのまま動くな。できれば永遠に。

 

 

「……」

 

 

 勝った。中々の代償を払う羽目になったが、それも時間が経てばいずれ元に戻る。

 そのためにも早く転送装置まで向かわなければ______

 

 

 

      ボトッ

 

 

 と、おれが動かぬ鬼から踵を返し女兵士と女の子がいる所へと向かおうとした時、何かが落ちる音がした。

 

 

 ん? 今、何が落ちた? おれの足元から聞こえてきたが……

 通信機は胸ポケットの中にある。

 それ以外には特になに持ってなかったんだが……

 

 なんとなくで気になったおれは、おれの足元に落ちたであろう“なにか″を見るために足元に目線をやる。

 

 

 そしておれはすぐに視線を元に戻した。

 

 

「(おい、まじか。あいつの手刀を防御したときか? あのとき、一生分の寿命の半分を込めたのに?)」

 

 

 信じられない。そう頭の中で考えたところで、真実が、地面に落ちている“モノ″が物語っている。

 

 

 

 

 地面に落ちていたのは、何処でも見かけられるような、筋肉質の、細いが少しゴツゴツとした腕。

 だが、その腕には見覚えがある。

 それもそのはず。生まれてこの方、肌身離れずあったものなのだから。

 

 そう、おれの足元に落ちていたのは、紛れもなくおれの左腕だ。

 

 おそらく奴の手刀を防御したとき、ギリギリで腕の皮一枚のところで防ぐことに成功し、踵を返したときに動いたせいでその皮も切れ、落ちたって所だろう。

 

 ……って、なんで自分の腕を切られたってのにおれはそんな考察をしているんだ? 普通あまりのショックと痛みに泣き叫ぶだろうに……もしかしたらおれの感覚が麻痺してるのかもな。身体的にも、精神的にも。

 現に腕から切断されたことよりも、切断された腕から出る血をどう止血しようかの方が問題視しているし。

 

 

「クク……ククククっ……」

 

 

 そんなおれを嘲笑うような声が奥の方から聞こえる。

 この声の方向はまさか……

 

 

「相討ちって……所か? いや、俺の方が……ごぶぼぉぉぉ!?」

 

 

 まさか、まだ生きてやがったのか……

 転送装置の方から聞こえてくるのは、血反吐を吐きながらもなお笑みを止めない鬼だった。

 

 

「はぁ……はぁ……ありがとよ、化物。お前のこの一撃のお陰で覚悟ができた」

 

「……なにが言いたい」

 

「そもそも、仲間が死んだっていうのに俺だけ生き残るって発想が違っていたんだ」

 

 

 いや、だから何が言いたいんだよ……

 

 

「俺はもうこの場から一歩も動けねぇ。情けねぇな、群れの王が壁にめり込んだ状態から動けねぇなんて」

 

 

 お前だったのか、あの群勢のボスって。

 

 

「このままじゃお前に殺されてしまうだけだ」

 

「……そうだな」

 

 

 本当はおれももうあいつに決定打を与えられるほど力は残ってないんだけどな。

 

 

「お前が死ななければ、あっちにいった同士が報われねぇ。ならば俺の命を賭してでもお前を殺すのが筋ってもんじゃないか?」

 

「いいや、まったく。死んでいった仲間のためにもなんとしてでも生きてやれよ」

 

「いんや、それはもう無理だ。もう覚悟を決めちまったからな」

 

 

 ……まさかこいつ。

 

 

「なんだかな。同士の仇っていうのに、お前と俺、なんだか似てんだよな」

 

「どこがだ?」

 

「お前、ここの連中のためにそこまでボロボロになりながらも戦っているだろ。こんなことしてもお前自身にはなんにもメリットはないってのに」

 

「そう決めつけるのは少し早計な判断なんじゃないか? もしかしたらおれが殺すことに快感を覚えているシリアルキラーかもしれないぞ」

 

「見え透いた嘘をつく。お前、俺の同士を殺るとき、楽しそうな顔なんて一度もしていなかったぞ。どちらかというと罪から逃れようと懇願するような顔だった」

 

「どんな顔だよ、それ……」

 

 

 罪、か。確かに感じているのかもな。

 

 

「さて、軽口はこのぐらいだ。いい加減、お前を殺したい」

 

「ふぅん、どうやってだ?」

 

 

 あいつは見たところ、動けるような状態じゃない。ーーそれはおれにも言えたことだが。

 そんな奴がおれにどうやって止めを刺そうというのか。

 

 いや、予想はついている。おれとしては絶対にしてほしくないこと。

 だが、おれとあいつが逆の立場だったら、絶対にしているであろうこと。

 もしあいつの言った、おれとあいつが似ているというのが当たっているのなら、おそらくやってくる。

 

 

 

「これから俺は……己を核にして爆発する」

 

 

 

 やっぱりな……ここで自爆をすれば近くにある転送装置も無事では済まないし、その近くにいるおれも、そして瓦礫の隅で隠れているあの二人も当然巻き込まれる。

 そうなれば、一貫の終わり。あいつの復讐は成功に終わる。

 

 それはさせない。やらせるわけにはいかない。なんとしてでも月に行くんだ。

 

 

「させると思うか?」

 

「やるさ、もう準備は出来てる」

 

「……まさか! このお喋りは自爆の準備の時間稼ぎだったっていうのか」

 

「気付くのがおせぇんだよ」

 

 

 なんてこった……ただの脳筋野郎と思っていたのに一杯食わされた。

 くそ、あわよくばそのままなにもしてこないでもらおうとおもっていたおれが甘かった。

 

 どうすればいい? おそらく奴はおれが妙な動きをした瞬間、自爆するだろう。

 命を代償にした力は絶大だ。その事は身に染みて感じている。

 それを一度の、一瞬の爆発に使ってみろ。この辺りは更地と化すだろう。しかもその自爆による衝撃で、国の中心部にある時限爆弾(核爆弾)が誘発される可能性だってある。そんなことになれば助かる見込みはさらに絶望的になる。

 

 だが、奴の自爆を止める手だてを、おれは持っていない。

 

 

「熊口部隊長!」

 

 

 と、どうすれば突破口を作ることが出来るか脳内の知識を総動員させて考えていると、女兵士がおれを呼ぶ声が聞こえてきた。

 お、あいつ、おれの事やっと分かったのか。

 

 ん? ていうか声がどんどん近づいてくるぞ。

 

 

「……っておい! こっちに来るな!?」

 

 

 振り返ってみると、そこには此方まで近づいてくる女兵士の姿があった。背中に女の子を乗せて。

 

 

「ほう、連れがいたのか。」

 

 

 そしてあいつは女兵士達の事気づいていなかったのかよ……

 

 

「熊口部隊長、今です! あいつが動けないうちにワープゲートまで行きましょう!」

 

「馬鹿か! おれらの話を聞いてなかったのかよ!?」

 

「え、っと、すいません。遠かったのでよく聞こえてなくて……」

 

 

 やばい、妙な動きをすればあいつが自爆を____

 そう危惧したおれは恐る恐る鬼の方へと顔を向ける。すると……

 

 

「いいぜ、そこの女二人はワープゲートに通してやってもいい」

 

「!?」

 

 

 予想外な返答が返ってきた。

 

 ま、まじかよ。情けをかけてくれるのか? 仲間の仇に?

 

 

「ほ、ほんとか? それなら__」

 

 

 いや、待て。本当にあいつがこいつらを見逃してくれるという確証はあるのか?

 あの鬼はおれを恨んでいる。本当は口も聞きたくないだろうに時間を稼ぐためだけにその相手と話したりもしている。

 

 もしかしたら、見逃して殺るといいつつも、いざ転送装置に潜らせようとした瞬間に自爆するという可能性は充分にある。

 その方が、よりおれに絶望感を味あわせることが出来るからな。

 上げて落とす。単純だが人の心を折るにはかなり有効的な手段だ。

 

 

「おい、お前」

 

「な、なんでしょうか?」

 

 

 兎に角、あいつの言うことは信用できない。ていうか信用してはいけないんだ。

 

 

「月に行ってさ。おれの友人に会ったら伝えておいてくれないか? 『少し遅れる』って」

 

「なっ!? それはどういう事ですか! まさかあの妖怪の言葉を信じるんじゃ……」

 

 

 こいつは本当に的はずれなことばかりを考えるな。

 まあ、そう考えられても仕方ない言い方だけど。あいつに感づかれ無いようにすることができて、おれの友人らに送るメッセージを送れる言い方だと、これぐらいしか思い付かない。

 

 

「いいから黙っておれの話を聞け」

 

「でも!」

 

「命令だ。黙れ」

 

「……ぐぅ」

 

 

 今女兵士に構っている暇はない。

 一刻も早くこの二人を月に行かせる。おれに出来るのはこれぐらいだ。

 二人がおれの所へと来てくれたのは幸運だった。来てくれたおかげで、なんとか全滅せずに済むのだから。

 

 まあ、もうおれが死ぬことは確定したんだけどな。この状況で助かる方法なんて、おれの足りない脳じゃこの二人しか助からない。

 

 

「この事件の発端は副総監の秘書だ。そして副総監が黒幕である可能性が高い。このことを月に行ったら報告してくれ」

 

「え?! 副総監がですか!?」

 

「しっ、声が大きい」

 

 

 今はあの鬼に刺激するようなことをしてはいけない。

 奴は今やいつ爆発してもおかしくない爆弾なんだから。

 

 

「ん、うぅ……」

 

 

 おっと、女兵士の大声で女の子が起きてしまったようだ。

 

 

 

「ひ、ひっ!?」

 

 

 そしておれを見てまた気を失いかけたようだ。

 まあ、起きたら目の前に片腕を失ったボロボロの成人男性がいたなんてトラウマものだろうな。

 

 

「丁度良かった。お嬢さん」

 

「うっ……」

 

「お、お嬢様……この方は味方です」

 

 

 丁度話しておきたいことがあったので女兵士におぶされている女の子に話しかけて見ると、やはりというべきか、顔を女兵士の背中に埋めて身を隠し、拒絶の意思表示をしてくる。

 

 ふむ、なんかちょっと心が傷ついたが先程までの出来事で元々ボロボロになってるから結構平気でいられるな。

 まあいい、このまま話しかけるとしよう。

 

 

「お嬢さん、家出したんだってな」

 

「……」

 

 

 女の子は身を隠したまま動じない。だが、構わず続ける。

 

 

「お父さんとお母さんに迷惑はあまりかけるもんじゃないぞ」

 

「……うるさい……」

 

 

 お、一応おれの話は聞いてたようだ。でも説教だと勘違いしたのか若干低い声で返答してきたな。

 まあ、おれはただ説教をしたいからこんな時間を割いてるわけじゃない。

 

 

「箱入り娘なんだってな。これまで外に出たことがないって本当か?」

 

「……」

 

「そりゃ嫌だろうな。おれだって家出するかもしれない」

 

「……!」

 

 

 自分のやったことに賛同してくれた事が嬉しかったのか、女の子は少しだけ顔を覗かせてきた。が、やはりおれの格好があまりにも酷いのかすぐにまた顔を隠してしまう。

 

 

「だけど、君のまわりにだって頼れる人がいるじゃないか。ほら、いただろ? 教育係の永琳って人」

 

「……うん」

 

「あの人はちゃんとお嬢さんを見てくれてる。たまにおれ、あの人と会ってるけど、その度にお嬢さんの話を聞くぞ」

 

 

 殆どが無茶ぶりな我儘による愚痴だったが。

 

 

「ストレス解消のための我儘ばかりをするのではなく、たまには他の我儘をいってみな。たぶん、永琳さんなら叶えてくれる」

 

「え?」

 

「外に出てみたいんだろ? それぐらいの我儘なら、永琳さんなら融通を効かせて出かけさせてもらえるってことだよ」

 

 

 これからこの子は月に行く。それなら少しでも永琳さんの負担を軽減させる。それがおれの目的だ。

 

 

「だから、これからは今回のような家出とかはするなよ?」

 

「……うん、わかった」

 

 

 アドバイスをもらった女の子は、少しだけ恐怖の眼差しを解き、おれに顔を見せ、ぺこりと頭を下げる。

 ふむ、こんな純粋な子を見るとおれの傷ついた心が癒える感覚がする。事実、切羽詰まったこの状況にもかかわらず、おれは和やかな笑みを溢してしまっていた。

 

 

「それじゃあ、女兵士」

 

「(女兵士って私のこと?)は、はい」

 

 

 伝えることはもう伝えた。言い残すことは無いことはないが、あまりにも長くなりすぎるので無いにカウントする。

 

 

 

「これからお前らは、おれがあの鬼と話終えたらゆっくりと転送装置まで行け。おれの方は振り返るなよ。時間の無駄だからな。

 そして決してお嬢さんを離すな。何があってもな。」

 

「熊口、部隊長はどうなるんですか……?」

 

「さっきも言ったろ? 『少し遅れる』って。心配するな。後で必ず行く」

 

「ほ、本当ですね!! 熊口部隊長は今や英雄なのですから、生きてもらわねば困ります!」

 

「いや、独断行動やら職権乱用やらで処刑されそうなんだけどな」

 

「そ、そんなことにはなりませんよ! いや、皆がさせません!」

 

「まあ、そんなことよりもだ。とにかく、今おれが言った通りのことをしろ。お前はそれを実行していれば良いんだ」

 

 

 そろそろあの鬼も待つのも限界みたいで、笑みを浮かべながらも目は此方を睨み付けていた。

 

 

「わかった。お前のお言葉に甘えて逃がさせてもらおう」

 

「おう、やっとか。返事がおせぇんだよ」

 

 

 あの鬼にも聞こえるような声量で先程の返事をすると、あいつは満面の笑みで応答した。

 

 ……あいつ、絶対になにか企んでるな。わかってたけど。

 

 

「よし、行け。決して令嬢を離すなよ」コソッ

 

「はい」コソッ

 

 

 そして遂に女兵士が転送装置へと歩きだした。

 

 

 これで奴が仕掛けてくれば、おれがそれを止める。その名の通り命を懸けて。

 

 

 一歩、また一歩と転送装置に近づいていく女の子を背負った女兵士。

 途中、女の子が不安げな顔でおれを見てきたが、おれは彼女の顔をみないようにし、無視を決め込む。隙を見せるわけにはいかないからな。

 

 

 そして女兵士と転送装置の距離が残り半分になったところで、あいつが口を開いた。

 

 

「なあ、そういえば俺ってこう言ったよな?」

 

「……なんだ?」

 

「ワープゲートに通してやってもいいってな。だけどよ、俺は別に()()()とは言ってないぜ?」

 

「まさか!」

 

「その通りだ。自分の無力さを悔いながら死ね、殺人鬼!」

 

 

 そう言って鬼は自爆しようとした。

 

 

 

 

 

 しかし、鬼はそれを途中で止めた。

 

 

 それは何故か。答えは簡単だ。

 

 鬼が自爆しようとした瞬間、おれがその場で倒れ、先程までいた筈の女二人の姿が消えていたからだ。

 

 

「お、お前……何をした?」

 

「……」

 

 

 返事はしない。いや、出来ない。今のおれに顎と舌を動かせなんて10トンのおもりを空中から顔で受け止めろといってるようなもんだ。

 

 

 

 あいつが途中で自爆することは分かっていた。

 だからおれも覚悟を決めた。

 

 最後のストック、最後の命、それを代償にあの二人を一気に転送装置の所まで吹き飛ばした。

 

 勿論、吹き飛ばしたときに衝撃を和らげさせるようにあの二人におれの霊力を纏わせた。

 

 

 おかげでなんとか成功し、あの二人は転送装置を潜ることが出来た。

 

 そしておれの命は尽きた。

 身体はもう一ミリも動きはしないし、視界は掠れ、頭もぼーっとしてきた。

 息が出来なくなり、若干苦しいような気もしたが、すぐにそれすらも忘れるかのように消えていく。

 

 

「くそっ! お前、なんだその顔は!! 勝ち誇ったような顔をしやがって!」

 

 

 なんだよあいつ、まだ自爆しないのかよ……

 ほぼ死体と変わらないおれを見て怒鳴りつけてくるなんて。

 

 

「くそ、くそ、くそ! どうせ俺を苛つかせるようにわざとそんな演技をみせてるんだろ! ああもういい! お前のその存在ごと抹消してやる!」

 

 

 良かった。自爆してくれるんだな。危うく予定がずれる所だった。

 

 

 

 

 

 ああ、もう駄目だ。意識を刈り取られていってる。

 

 

 トオルは大丈夫として、小野塚は無事に月へ行けただろうか?

 依姫と豊姫さん、あとゴリラも無事なのだろうか? 

 

 永琳さんは初日に行ってたから大丈夫だろう。

 

 

 ああ、また永琳さんやツクヨミ様の家でのんびりしたかったなぁ……

 

 

 まあいいや。これはおれの望んだ結果だ。悔いはない。

 永琳さん、ツクヨミ様、綿月隊長、依姫、小野塚、トオル、豊姫、後部下達。

 

 これまでありがとう、楽しかった。最高の24年間だったよ。

 

 

 

 

 

 

 そして、おれのぼやけた視界が光に覆われたとき、おれの命は完全に消滅した。

 

 

 

 

 


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