神子の毒盛りしたり、布都がいつの間にか尸解仙の儀式を終えてたり、なんか翠にぶん殴られたりと、今日1日だけでいろんなことがあった。
しかも全てが悪い事。本当にやめてほしい。
なんでおれはこうも不幸に見舞われるんだか……
「生斗、翠、来ましたか」
と、いつものような張りのある声とはかけ離れたか細い声で話しかける神子。
見るからに衰弱しており、目の下にくまができている。あの立派だった獣耳のような癖っ毛もしおれてるし、布団から上半身を起こしているだけでもぷるぷると震えていてつらそうだ。
「青娥から聞いたと思いますが、私は尸解仙になります」
神子の言った通りこの事は昨日のうちに青娥から知らされている。
当の本人も神子の隣で頷いてるし。
昨日、珍しく酒に溺れたくなったおれは青娥と二人だけで酒盛りをした。
まあ、結局どうしても明日のことが不安になり、全然酒も進まなくて、全然酔えなかったが……
そして今日、荷物を纏めて1年前に覚えた次元斬りで開けた異次元空間に入れ、仮死状態になった布都の隣で体育座りをして寝ていた翠を叩き起こして神子の部屋まで来た。
たぶん、今日の昼頃にはこの屋敷からは出るだろう。
「公の場では私は亡き者と扱われます。
そうなると生斗と翠、貴方達には……」
「わかってる。この屋敷から出ろってことだろ?」
「……はい、本当にすいません」
そう言って神子はおれ達に頭を下げる。
「おいおい、太子様とあろう御方がおれなんかに頭を下げるなよ」
「……」
…………。
「神子、そういえばなんでおれに荷物の準備をしろと言ったんだ?」
「それは……」
大体神子が言いたいのは分かる。おれだって神子と同じ状況ならそうする。
「生斗、翠、貴方達には私が生きている姿だけを見てもらいたい」
「……神子さん……」
ずっと暗い表情で黙っていた翠が漸く口を開く。
「私の死んでいる姿を見せてしまうと、もしかしたら貴方達に重荷となってしまうかもしれない……そんなのは嫌」
つまり…………
「生斗、翠、貴方達には私が尸解仙になる前にこの屋敷から出ていってもらいたいのです」
「……」
「勝手なのは分かっています。しかし、どうか私の我儘、受けてもらえませんか?」
…………はあ、ここで我儘とか言っちゃうか。反則だろ、それ……
まあ、最初から受けるつもりだけど。
「ああ、わかった。翠もいいよな?」
翠は昨日、死に際をちゃんと見てあげたいと言っていた。だから少し反対しそうで恐いんだけど……
「……神子さんが看取られたくないというのなら、私はそれを尊重します……私も……また神子さんと元気な姿でお話したいですし」
どうやら翠も神子の気持ちをわかってくれたらしい。
「二人とも……ありがとうございます」
と、またも頭を下げる神子。……もうおれからいうことはあるまい。
「それじゃあ生斗、貴方、いつ出発するの?」
そして場の空気を読んで、傍観者と化していた青娥が口を開く。
「ああ、今日中には出る」
「今日?……別に今日で無くてもいいんですよ?」
流石に驚くか。
確かに神子は荷物を纏めて来いとは言ったが、日にちの指定はしていない。
これは完全なおれの早とちりだ。しかし_____
「いや、今日出るわ。だって神子、お前おれらが出ていき次第、尸解仙の儀式をするんだろ?」
「え?ええ、そのつもりですけど……」
「それなら尚更だ。神子、お前今、無理をしてるだろ?」
「!!……いえ……いや、はい……」
一瞬反対しようとしたがおれに対して下手な嘘をついても意味がないと自分で思ったのか、1拍おいて肯定する神子。
「今こうやって上半身を起こしているだけでも辛いだろ」
「……」
「そうやっておれらがいると神子に迷惑かけてしまう。なら、早くこの屋敷から出た方がいいだろ」
「……そうですね。確かに生斗の言うことには一理あります。しかし私は先程我儘を聞いてもらった身、それぐらいのことなら大丈夫ですよ」
……んー、どうしたものか。神子の言葉に甘えてもいいんだけど……いや、駄目だ。今の神子の状態を見ろ、こんな状態の神子に負荷をかけさせるわけにはいかない。
「……あ、そうだ」
「どうしたのですか?」
「我儘というより約束だったんだけどさ」
約束?といった感じにキョトンとした表情をする神子。
そりゃそうだもんな、1年前のことだし、おれも今まで忘れていた訳だし。
「『うどん』。”今度会ったとき“奢ってくよ」
「……あ!」
どうやら神子も思い出したようだ。
そう、おれと神子は最初出会ったとき、賭け事をしたんだ。
おれは神子の家臣に、神子はうどんを奢るという賭けを。
「今度……ですか。ふふ、かなり後になりますね
……生斗、それまで待ってもらえますか?」
「おう、楽しみに待ってる」
漸く神子も笑ってくれた。
よし、そうでなきゃな。暗い別れなんて真っ平ごめんだ。
やっぱり最後は笑って仕舞ったほうがいい。
そしておれはグラサンを目の方に持っていき、別れを告げた。
「それじゃあ……神子、青娥、そろそろ行くわ」
「はい、それではまた、仙人になったときに会いましょう」
「私としては少し不満だけど、これで暫しのお別れね。はあ、結局貴方を仙人の道を歩ませられなかったわね……」
ふ、仙人になったところでおれにメリットはないからな。
そんなことを思いつつ、おれは立ち上がり、襖に手をかける。
……ん、あれ?
「翠、どうした?」
一向に立ち上がらない翠が、不満げに正座したままだった。
「熊口さん、先に玄関まで行っていてください。後から行きますから」
「ん?……ああ、わかった」
たぶん、翠も神子らに言いたいことがあるんだろう。
それじゃあおれは屠自古に軽く挨拶してくるか。
__そう思い、おれは神子の部屋を後にした。
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「翠、どうしたの?」
青娥が翠に対して疑問を唱える。
私も気になる、なにか言い残したことでもあるのだろうか……
「神子さん、布都は神子さんが尸解仙になることに対する恐怖心が少しでも柔げられるようにと尸解仙の儀式を神子さんが起きる前にしました」
「……はい、私も先程知りました。」
その行動だけで布都がどれだけ私のこと思ってくれてるのかが、能力を使わずして感じられる。
「布都は……布都は……あれから眠ったように安らかな顔をしていました。おそらく無事に成功したんだと思います……」
「……」
「だから……安心して尸解仙の儀式をしてください!」
そうか、翠は布都ととても仲が良かった。だから親友の行為を尊重してほしいということなんでしょう。
翠、おそらく私よりも長い時を生きている(死んでるが)というのに、これ程までに無垢な子なんだろう。
「ふふ、態々教えてくれてありがとうございます」
私がそう言うと、翠は安心したように安堵の表情を浮かばせた。
どうやら今のことを言いたくて残ったようだ。
そして漸く元の顔になった翠が私と青娥の顔を見て、軽く頭を下げる。
おそらく時間を取らせたことによる謝罪だろう。そんなことをしなくてもいいのに……
頭を上げた後、翠は決心したような顔つきで口を開いた。
「神子さん、青娥さん、1年という短い間でしたがお世話になりました。
また会える日を楽しみにしています!」
「はい、私も楽しみにしています」
「元気でね、くれぐれも風邪には注意しなさい」
そして、翠は漸く立ち上がり、襖を開けて、出ていこうとした。
が、出ていく前に、こちらの方を振り返った。
「あ、ついでなんですが……
熊口さんがあのサングラスを掛けるときって
寝るときか”泣いてるのをばれないようにする“時だけですよ」
そう、最後に告げて、翠は襖を閉めた。
寝ているときと……泣いているとき?
そういえばさっき出ていく前にかけていたような……
思わず青娥の方を見ると、青娥も同時に私の顔を見た。
そして_____
「……ぷふっ!」
「……くふっ!」
私と青娥は顔を見合わせ、思わず笑いが溢れていた。
「ほんと、私は良い友人に恵まれましたね」
「そうねぇ、でもあんな人達、そうはいないと思うわよ?」
「そうですね、運が良かったのかも知れません」フサッ
そう言って私は上半身を下ろし、布団に横になる。
「さて、これから大変になるわよ。貴方の代わりの太子を用意しないといけないし」
「それについては適当で良いですよ。政策については私が指示しますので」
さて、そろそろ眠たくなってきた。
少しの間、眠ることにしよう。
「青娥、眠たいので少し睡眠をとろうと思います」
「……あらそう、残念ね。おやすみ、”豊聡耳様“」
「ふふ、なんですか……急に……」
もう限界かもしれない、寝よう。
今日はまだ始まったばかりなのに疲れた。
でも、具合は最悪だけど、気分は晴々としている。
なんだか良い夢が見られそうな気がする。
そんな夢への期待をしながら、私はそっと目を閉じた。
「それじゃあ、尸解仙の儀式を始めようかしら。
依代は……この宝剣でいいわね。神子にはうってつけだし」
本当(原作で)は神子が布都に頼んで尸解仙の儀式をやったのですが……ちょっとかえました。
あと、最後神子が死んだ風な感じに寝ましたが、本当に寝ただけです。
それでは、4章完結です!