東方生還録   作:エゾ末

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②話 優しいのは子供に限ってじゃない

 

 

 辺りは、月の光に照らされてはいるが薄暗く、潮の香りが少し鼻につく。

 しかし、そんな欠点を忘れてしまうほど、夜の海の景色は素晴らしかった。

 月の光に照らされた海は、表面に映し出している。それだけでも見事な光景だというのに、ゆらゆらと動く波が、月の光によって輝き、まるで星屑が海の中で光っているかのように錯覚させられる。

 この光景、なんとも神秘的。

 これこそ本当の目の保養だな。おれの語彙力じゃ、この程度でしか表現しきれないのが、本当に素晴らしい景色だ。

 前世で1度、浜辺での日の入りを見たことがあるが、あのときは辺りが真っ暗で、全然感動というものがなかったが、視力が霊力やらで強化された今は、その絶景をとらえることができる。

 

 いやー、凄い。昼の海も良いけど夜の海も良いよな。なんでこれまで海にいくのを後回しにしていたのか、不思議に思う。

 

 

 そんな感動と後悔をしていたおれの横で、翠がこう呟く。

 

 

「熊口さん、なにも見えないんですけど。景色もくそもないですよこれ」

 

 

 どうやら翠はこの絶景を見ることができていないらしい。

 ん?何故だろうか……おれはばっちし見えてんのに……もしかしたらおれの目が超人級なのかもしれないな。いや、冗談でなくもないかもな。射命丸のあの動きを()()対応できる時点でほかとは違うし。

 思えばおれの身体、普通の人と違うところが幾つもあるし……怪我がすぐ治ったりとか、あんまり痛みを感じないとか、戦闘中、やけに頭の回転が早くなるとか………………十中八九神の仕業だろうな。前世でそんな超人属性なんて無かったし。

 

 

「熊口さーん、霊弾で辺りを照らしてください」

 

 

 あ、あとおれの霊弾が他の奴が出す霊弾より輝度が大きいところか。霊弾1個でLED並みに光る。持続させるために霊力を送り続けなければいけないのだが、それもあまり面倒もかからないので、中々便利だ。

 ……ていうか翠、お前が海に行きたいっていうから来たのに、なんでこうもつまらなそうなんだよ。

 

 

「はあ……ったく、まあいいか。こんな絶景を見られたのも、お前が行きたいって言ったお陰だしな」

 

 

 それもそうだ。元々、おれは海なんて興味はなかった。

 ……ていうかこの世界に海があるのかどうかすら、わからなかった。でも、妖怪やら神やら歴史上の人物が性転換等で生きていたりと、日本昔話のような世界観だから、ある可能性がないって事はないだろうなとは思っていた。事実あったし。

 

 ……まあ、話は戻すが興味のなかったおれに、見る機会を与えたのは翠だ。少しぐらいの我儘は聞いてもいいだろう。辺りを少し照らすだけだし。あ、でもそしたら野良妖怪が明かりを目当てに近づいてくるかもしれない。そしたらその対処は……おれだよな。

 そう考えるとめんどくさいな……戦うのなんて面倒だし、気分が乗らないし。

 大体霊弾が無くても月明かりがあるからそれで十分だろ。翠、我儘言ってないで我慢しろよ。

 

 とまあ、自分に不利益が発生するからと、心の中で我慢しろと、最初に思ったことと逆のことを言ったが、おれもそろそろちゃんとした明かりが、ほしいと思っていた頃なので、仕方なく霊弾を生成した。

 

 

「おお、明るい。」

 

「大体、幽霊なのに目が悪いって。お前、そんなんじゃ誰一人として脅かすことなんてできないぞ」

 

「はあ?なにいってんですか!私は別に人を脅かすような事なんてしませんし、そもそも幽霊なら皆目が良いなんて熊口さん、偏見ですよ!それだからいつまでたっても一重なんです」

 

「お、おい、今お、おれの目の事は関係なな、いだろ。なんだ翠、ひょっとしておれに喧嘩売ってんのか?買うぞ?その喧嘩、買っちゃうぞ?」

 

「……熊口さん。一重、気にしてたんですね」

 

「……眠たいだけだ。開くときは開く」

 

 

 これまで誰からも触れられなかったから、全然耐性ができてなかった……

 

 

「ほうほう、これからの熊口さんへの罵言ボキャブラリーが増えました」

 

「よし買った!今すぐ喧嘩を始めようじゃないか!」

 

 

 まさか光によってきた妖怪とではなく、翠と戦闘になるのが先とはな。少し強敵だが、問題ない。今すぐとっちめてやる!

 

 

「……う~ん……」

 

「「あ」」

 

 

 おう……あんまり煩くしたもんだから、起こしてしまったようだ。

 

 

「ここは………」

 

「やっと目が覚めたか。」

 

 

 こいつが自ら馬鹿なことをして、勝手に気絶したから、別に放って置いてよかったんだが、なんかかわいそうだったので、一応看病をしてあげた。流石のおれでも、怪我している幼女を放って置くほど屑ではない。

 本当は面倒だから放ってさっさと移動しよう。なんて微塵もおもってないぞ、決して。

 

 

 

「な、貴方は!……あれ?」

 

 

 と、漸く自分が今着ている服がゴスロリ衣装ではなく、おれのドテラになっていることに気づく紫。

 

 

「なんで……服が……」

 

「ああ、あのときの爆発でお前の服がボロボロになったからな。着せといてやった。温かいだろ?」

 

 

 神がおれがこの世界に来るときにいつの間にかくれた服だ。実はこのドテラ、物凄く保温性が高く、これひとつで冬を乗り切れられるんじゃないかというぐらいだ。しかもこれ、破けたり汚れたりしても、1日経ったらいつの間にか元通りになるという洗濯、裁縫要らずの超ハイテクドテラだ。だから家の中以外では肌身放さず着ていたんだが……流石に服がボロボロになって肌がちらほら見えてしまっていたので、着させている。これなら幾分か見えずに済むだろう。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 起きた瞬間は憤怒していた紫だったが、自分が看病されていた事に気づいたようで、少し大人しくなる。

 

 

「私思ったんですが……」

 

「ん、なんだ?」

 

「熊口さんって……子供に甘いですよね」

 

「は?」

 

 

 何をいってんだ翠は?おれは当たり前の事をしているだけだぞ。

 

 

「だって熊口さん。枝幸ちゃんに甘々で気持ち悪かったですし」

 

「あ、あれは枝幸だけで……」

 

「思えば妖怪の山でも、子供妖怪に遊んでと言われて、嫌々言いながらも結局遊んであげてたし」

 

「いや、だってそれ……」

 

「普通の妖怪が襲ってきたらぼこぼこにするのに、子供妖怪のときは軽くいなして森に帰していましたし。今回は例外ですが」

 

「それはあの妖怪の……」

 

「私、聞いたことがあるんです。枝幸ちゃんが家に遊びに来て、喜んでた挙げ句、遊び疲れて寝ていた枝幸ちゃんの髪を撫でながら『可愛いやつめ……』って言ってたのを!あのときは悪寒が止まりませんでした!」

 

「いやぁ!やめて!わかったから!おれは子供好きだって認めるから!もうそれ以上言わないで!!」

 

 

 なんてこった……あの時の事見られてたのか……ていうか翠、お前それに200年以上前の事だぞ。なんで覚えてんだよ……

 

 

 

「ね、ねえ貴方……貴方に質問をしたいことが3つあるのだけど……」

 

 

 と、おれと翠の会話を静かに見届けていた紫が口を開く。

 

 

「なんだ?もしかしてまた再戦しろとかか?嫌だぞ、絶対にやらないからな」

 

 

 最初はちょっと妖力の多いだけの妖怪だと思ってたら、まさかの大妖怪並みの妖力を持っていたからな。戦うなんてまっぴら御免だ。もし紫が無理矢理にでも戦いに持ち込んできたら、速攻で逃げる。

 全力で勝ち逃げしてやる。

 

 

「いや、それもあったけど今はその事じゃないわ。だから構えるのはやめて」

 

 

 ん?違うのか。逃げる準備して損した。

 

 

「それで、私の質問、受けてくれるかしら?」

 

 と、さっきまでおてんば娘のような面持ちだった紫の顔が神妙になる。これってまさか、真面目な話なのかな? 

 

 

「まあ、別にいいぞ」

 

 

 少し気になったので質問にこたえることにする。

 隠すことなんてそんなに無いしな。

 

 

「1つ目、貴方の名前を聞かせてくれない?」

 

「あ、そういえば言ってなかったな。おれは熊口生斗。ちょっと長生きな()()だ」

 

「……人間?」ピクッ

 

 

 なんだ翠、なんで今おれが人間って言ったとき反応したんだ?

 

 

「熊口生斗…………何処かで聞いたことのある名前ね。

 まあいいわ。それじゃあ二つ目。さっきから話しているそこの綺麗な女性はだれ?」

 

「あ、私、この子好きです」

 

「お前はちょっと黙ってろ。……ああ、そういえばあのとき居なかったな。こいつはおれの守護霊だ。昼はおれの中にいて、夜になると出てくる。」

 

「翠です!」

 

「守護霊……見るのは初めてね。生気も感じないし霊っ事は本当のようね」

 

 

 ほう、紫はそんなことまで分かるのか。

 

 

「それで、3つ目なんだけど……」

 

「おう」

 

 

「なんで貴方……生斗は、私に止めを刺さなかったの?」

 

「は?」

 

 

 止めを刺さなかった?なんでおれが紫を止めを刺さなきゃいけないんだ。

 

 

「だって……私は妖怪、そして生斗は人間。人間は普通妖怪を畏れるもの。それ故に人間は、色々な手を使ってでも私達を殺しにかかってくる。

 今回、油断したとはいえ、負けてしまった私は、始末されてもおかしくないのに……」

 

「……」

 

 

 ああ、そういうことか。つまりは、なんで、恐怖の対象である妖怪の私を看病したのかって、疑問に思ってるんだろうな、こいつは。

 

 

「……はあ」

 

「え?」

 

 

 おれは、あまりにも呆れた質問に思わずため息をする。

 そして紫は何故おれがため息をしたのか疑問に思っている様子。

 

 

「あのなぁ。お前にこれまで何があったかは知らないけど。人間皆が妖怪を畏れているとは思うなよ。妖怪にだって人間と同じで色々な奴がいる。戦闘狂で危ない奴もいれば、酒好きで友好的な奴もいる(そいつも戦闘狂だけど)。人間と同じように群れを作って集団生活している奴もいれば、変態だっているんだ。ここまで来るともう人間とそう変わらないだろ?」

 

「……」

 

「妖怪がぁ、とか人間がぁとかじゃない。おれが畏れるのは、戦闘狂とツクヨミ様だけだ!」

 

「え?」

 

 

 おっと、ツクヨミ様は余計だったか。いや、ほんと怖いんだよ、ツクヨミ様って……

 

 

「……ねぇ、それってつまり、私は生斗にとって恐るるに値しないってこと?」

 

「ああ、はっきりいってただの幼女だと思ってる」

 

「……妖怪として駄目だと思うんだけど、それ……」

 

 

 そう言いつつも少し安堵をしたように、頬を緩め、その場に座り込む紫。……え、今のどこに安堵する要素あるの?

 

 

「……実はこれまで、私……殺意しか向けられたことがなかったの」

 

 

 そして紫は、坦々と話し出す。

 

 

「人間からは勿論の事、他の妖怪達からすら、私の凄まじい能力を持っている故に恐怖し、私が幼いうちにと襲ってきた。」

 

 

 凄まじい能力て……それ、自分で言うか?

 

 

「だから今日、驚いたの。私が生斗の前に現れたとき、畏れて逃げ出すのではなく、めんどくさそうに無視して行った事に」

 

 

 だって実際、面倒だったし……

 

 

「めんどくさそうに接してくる態度への苛つきの反面、嬉しかった。私を恐れない人間に会えたのが」

 

 

 ほう、嬉しかったのか。あの態度で。へぇ、だからあのとき、調子に乗っておれの爆散霊弾をわざと受けたのか……いや、それはただおれの事下に見てたからか。

 それに紫、お前のその言葉だけ聞くとおれ、ただの命知らずな奴になってるぞ……

 

 

「だから、食べるのは止めたわ。それに種族は違うけど隙間仲間だもんね。」

 

「隙間仲間?」

 

「ほらこれよ。生斗もだせるでしょ?」

 

 

 と、隣に裂け目をつくる紫さん。

 

 

「……まさかそれの事を隙間って呼んでんのか?」

 

「ええ、そうよ。」

 

 

 な、なんで空間の裂け目の事を隙間なんて呼んでるんだ?おれにはちっとも理解ができない。

 

 

「ま、そういうことで今日のところはこのぐらいで勘弁してあげるわ」

 

「なんでおれがやられたみたいな感じになってんだよ。」

 

 

 まあ、でも事実危なかったかもな。もし紫が馬鹿じゃなかったら、負けていたのはおれかもしれない。

 

 

「ということで……」

 

「ん、なんだよ」

 

「生斗を食べない代わり……何か食べ物を恵んでくれない?ここ最近、なにも食べてないの……」

 

「……」

 

 

 そう言いながらお腹を押さえる紫は何ともひもじく見えた。

 …………んー、どうしようか。……まあ、この前寄った村で、妖怪退治して結構な量の食糧をもらったしいいか。

 それに元々干し肉をあげるつもりだったし。

 

 

「はあ、仕方ねーな……」

 

 

 と、おれは霊力剣を生成し、構えを取る。そして唐竹をしようとしたとき_____

 

 

「やっぱり熊口さん。子供には甘いですよねー」

 

「!?」

 

 

 このとき、集中がきれて、空間斬りを盛大に失敗したのは言うまでもない。

 




中途半端に終わりました。
さて、今回、色々な事実が発覚しましたね。
ドテラの性能とか生斗が子供好きだったりとか……

あれ、何気に重要回だったりして?


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