綾人は今バスに揺られている。そのバスは海沿いの道路を走っている。綾人の他にはクラス全員が乗っている。綾人達は臨海学校に向かっているのだ。
「海だー!」
(海……か……)
女子生徒は海を見てはしゃいでいるが綾人海を見ながら黄昏ていた。そして、綾人の脳裏には昔の出来事が浮かんでいた。まだ小さい時に家族3人で海に行った事を。だが、それは過去の事だ。
(もう、戻れないんだよな……)
それは綾人本人が一番解っている事だった。あれから既に10年が過ぎている。どんなに願おうとも戻れるはずがない。そう思っている綾人は自然と涙を流した。
「どうした綾人?何かあったのか?」
涙を流している綾人を不思議に思ったのか、隣にいる一夏が話しかけてきた。一夏に話しかけられて綾人はハッとなった。そして綾人は初めて涙を流しているのに気付いた。
「えっ!?ああ、ちょっと目にゴミが入ってしまって……」
誤魔化しながら綾人は涙を拭った。
「そうか?もうすぐ着くから降りる準備しておけよ」
「は、はい……」
(……泣いていたのか、俺は……?)
目的地に着いた。生徒達はバスを降りて整列を始めた。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月壮だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
『よろしくおねがいしまーす』
「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」
この女将の様子を見た綾人はある事を思った。
(すげえ良い人そう)
女尊男卑が浸透しているこのご時世、全ての女が女尊男卑思考である訳では無いが、この女将からは女尊男卑というものが全く感じられなかった。綾人は見ただけで女将から優しい雰囲気が醸し出されていると感じた。
「織斑先生、こちらの2人が……?」
「ええ、まあ。今年は二人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
(わざわざ俺たちのためだけに浴場分けの調整をしてくれたのか。ありがたいと同時に、申し訳ないな)
「そんな。それに、いい男の子達じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」
(何をどう見てしっかりしてると思ったんだ?)
「感じがするだけですよ。さあお前達、挨拶をしろ」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「み、湊綾人です。きょ、今日から三日間よろしくお願いします」
綾人はワザと緊張しているように振舞いながら女将に挨拶をした。
「ふふっ、こちらこそよろしくお願いします」
女将は微笑みながら挨拶を返してきた。
(やっぱり良い人だな)
綾人はそれしか考えなかった。
綾人達は部屋へ移動する時にある事を思い出した。
(そう言えば俺と織斑の部屋ってまだ知らされてなかったよな?)
「織斑君、僕たちの部屋ってどうなってるんでしょうね?」
「そう言えばそうだよな。しおりにも書いてなかったし」
2人の言う通り、男子2人の部屋は知らされていなかった。
「安心しろ、ちゃんと用意してある」
2人の疑問に千冬は答えた。
(むしろ用意してもらわないと困るんだが)
「お前達の部屋はここだ」
千冬に案内されて着いた部屋に、2人は驚いた。
「綾人、この部屋って……」
「ですよね……」
2人が案内された部屋は、千冬と同じ部屋だった。
「何をしている?早く入れ」
「あの、ここって織斑先生の部屋ですよね?」
「そうだ」
「理由を聞いても?」
「時間を無視した女子たちがお前たちの部屋に群がる可能性があるからだ」
「ああ、そういう……」
千冬の説明を聞いた綾人は何故か納得した。そして綾人は一夏をチラ見した。
「どうした綾人?」
「いえ、何でもないです……」
「お前達、早くしないと時間が過ぎるぞ」
「そうだな。綾人、行こうぜ」
「はい」
水着に着替えた2人は早速浜辺に来た。そこには既に女子たちがいた。だが綾人はそんな事を気にせずに1人で海に向かって歩き出した。
「綾人?」
一夏の声に気づいているのか気づいていないのか、綾人は足を止めなかった。そして、海水が膝下まで来た時に一度立ち止まった。そして立ち止まると、海を見渡した。
(俺は、この広大な海の中でアグルと出会った)
綾人はアグルと邂逅した時の事を思い出していた。初めて出会った時も、この広い海の中だった。
(そして……)
綾人は海の中に潜った。そしてひたすらと泳ぎだした。
(そして、アグルの光を掴んだ)
さらに深くまで潜ると、目の前に青い光が発生した。
(!!)
綾人はその光に向かって手を伸ばした。
「……アグル……」
綾人が手を伸ばすと、初めてアグルと出会った時のように、アグルが綾人を見下ろしていた。
「ッ!?」
綾人はハッとなって海から上がった。
「ここまで来てたのか……。それに、今のは……?」
綾人は泳ぎだしてから遠い所まで来ていた事に気付いた。
「戻るか……」
綾人は浜辺に戻った。
「綾人、どうしたんだよ。急に行くなんて?」
「えっ?ちょっとテンションが上がっちゃって。少し休みます。」
「そ、そうか」
そう言って綾人は近くのベンチに腰掛けた。
(やべえ、メッチャ疲れた……)
綾人は顔を上げる気力が無くなっていた。だがそこに、セシリアが来た。
「湊さん、どうされたのですか?」
「……泳いだら疲れました」
綾人はセシリアに簡潔に説明した。
「それより、この水着どうですか!?あの時買ったやつなんですけど!」
そう言われて綾人は顔を上げた。だが綾人は虚ろな目をしていた。
「……似合ってますよ」
「……本当にそう思ってるんですの?」
「思ってますよ。疲れてるだけです」
そう言われたセシリアはムッとなった。
「もういいですわ!ふん!」
怒ったセシリアは1人で何処かに行ってしまった。
「……何だったんだ?」
再び休もうとしていた所に今度は鈴音が来た。
「あんた何してんのよ?」
「何がですか?」
(何だ?こう次から次へと?)
「せっかくセシリアが自分の水着姿見せたってのに、素っ気なさすぎるわよ」
「仕方ないじゃないですか。疲れてしまったんですから」
「仕方ないじゃないわよ。疲れてたとしてもちゃんと見て上げるべきだったのよ」
「それはそうでしょうけど……」
「いい?後でちゃんと謝りなさいよ」
(何で俺が悪いみたいになってるんだ?)
夕食の時間になり、綾人達は宴会場に移動した。綾人は鈴音に言われた通りセシリアに謝ろうとしたが、顔をあわせる度に外方を向かれていた。
(これは面倒くさいやつだ)
綾人はそう確信した。そして宴会場に着くと皆それぞれの場所に座った。綾人も座ると、何故か向かい側にセシリアが座った。セシリアが目の前に来た事に綾人は驚くが、セシリアは綾人を見てもすぐに顔を逸らした。そしてまた確信した。
(これは絶対ワザとだ)
その証拠として、セシリアは顔を背けても綾人をチラ見していた。故に、本気で怒ってないように思えた。それに気付いた綾人は話しかけるタイミングを探った。
(謝ると言っても、どうすれば良いんだ?)
綾人はどう謝るか考えるが、大した事は思いつかなかった。
(しょうがない、普通に謝るか)
「オルコットさん、あの、さっきはすみませんでした」
「……知りませんわ」
(こいつは手強いな)
「お詫びと言ったら何ですけど、いつかオルコットさんに何かしてあげますから」
「……本当ですか?」
「はい。何でもしてあげます(……やべっ!)」
「では、また荷物持ちでも頼もうかしら?」
(……は?)
「また荷物持ちをしてくれるのなら、許してあげてもよろしくてよ」
「そ、それで許してもらえるなら……」
「では、その時はよろしくお願いしますね」
「は、はい……」
結構簡単に綾人は許してもらえた。
(俺はオルコットのなんなんだ?)
色々あったが食事を食べる綾人。食べる時は何も気にせずに食べていた。ふと、目の前のセシリアを見ると、何やら辛そうな表情をしていた。
(どうしたんだ?)
「大丈夫かセシリア?顔色良くないぞ」
「だ、大丈夫ですわ……」
(いや、大丈夫に見えないんだが)
セシリアはそう言うが何度も足を摩っていた。それを見て綾人はセシリアがどういう状態かわかった。
(足痺れてんのか)
綾人はセシリアを気にせずに料理を食べようとしたが手が止まった。
(何だか見てられないな)
足の痺れに悶絶しているセシリアを綾人は見ていられなくなったのか、綾人はセシリアにある提案をしようとしたが……
「セシリア大丈夫か?辛かったら俺が食べさせてやろうか?」
一夏が食べさせてやると言いだした。
(……は?何言ってんだこいつ?)
「す、すいません。お願いしますわ」
一夏は刺身を摘み、セシリアに食べさせた。
(……何だこれ?)
その光景を見た綾人は若干イラついていた。
「綾人君いいの?このまま一夏にやらせて?」
今度は綾人の隣にいたシャルロットが話しかけてきた。
「な、何がですか?」
「早くしないとセシリア食べ終わっちゃうよ」
シャルロットが何を言いたいのか理解した綾人は向かい側に移動した。
(やっぱり、そうなのかな?)
シャルロットは何かを思った。
「織斑君、代わります。後は僕に任せてください」
「いいのか?」
「はい。なので早く代わってください」
「お、おう……」
一夏は何が何だかわからないまま、戸惑いながらも綾人に代わった。
「どうしたんだ綾人のやつ?」
「一夏にはわからないんじゃないかな」
一夏の疑問にシャルロットはそう答えた。
「湊さん……」
「オルコットさん、どれがいいですか?」
「……では、これをお願いします」
「わかりました」
綾人はセシリアに言われた刺身を摘み、セシリアの口に運んだ。
(……何やってんだ俺?)
やり始めてから綾人は自分のしていることに疑問を持った。
その後、綾人と一夏は風呂に入り、綾人は疲れたからと、就寝時間になるとすぐに寝た。臨海学校1日目が終了した。