Memoria.   作:ねぴ

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あらすじ。
エヴァが怖いので山に退避したら楓に遭遇しました。


05

 魚釣りを日が沈む直前までやっていたためか、ネギたち――特にのどかは、食事後すぐにウトウトとし始めた。

 

 それを就寝のタイミングと見た楓は、のどかをゆっくり持ち上げ、明日菜にも寝ることを勧めた。明日菜も慣れない山での行動に疲れを感じていたのか、ふたつ返事でそれを了承する。カモが隅で寝ているテントの中で寝袋に包まり、明日菜とのどかは瞬く間に深い眠りの中へと落ちていった。

 

 それが、一時間ほど前の話。しかしネギは違った。

 

 木々の間にハンモックを吊り、枝葉の影から覗く星空を眺めている。睡魔は一向に襲ってこなかった。

 

 無言でハンモックから降りる。ネギは夜に夕食を食べた場所までやって来ていた。焚き火には水が掛けられており、既にそこは闇に包まれている。

 

 それを一瞥し、ネギは進路を変える。向かう先は、日中に服を乾かした川岸。トボトボと歩きながら考え事をしていたら、いつの間にか、その川岸に到着していた。

 

 ネギは小さめの岩に腰掛け、夜空を見上げる。そこには少し欠けた円形の月。雲はなく、夜だというのにそこは仄かに明るかった。

 

 こちらに来てから星をゆっくり見ることはなかった、最後に星空を眺めたのはいつの頃だったかと、ネギは回顧していた。そうしてから間を空けることなく。ジャリ、と。小石を踏んで出来る音が、ネギの後ろから聞こえた。

 

「眠れないようでござるな」

「長瀬さん……」

 

 ネギが振り向いた先にいたのは、白い着流しの楓。柔らかな笑顔を浮かべ、楓はネギの元へと歩み寄る。彼女は、何も言わずに寝床を離れたネギをつけてきていた。

 

 一度は振り向いたネギだが、またネギは正面に向き、今度は俯く。楓は何も言わず、ネギの座っている岩の横の地面に腰を据えた。ネギと同じく月を見上げ、そのまま言葉を発した。

 

「取り繕ってはいるようだが、始業式の次の日辺りからずっと、元気がない。いつもの元気なネギ坊主はどこへ行ったのでござるかな?」

 

 月を見上げながら話し出す楓。対して、何も答えないネギ。楓はその問いをした後、一言も声を発しなかった。何もせず、月を眺めるだけだ。聞こえるのは、小川のせせらぎと虫の鳴き声だけ。

 

 長い沈黙。

 

 堪え切れなくなり、ついにネギは楓に悩みを打ち明けた。

 

「長瀬さん。もしも、もしもですよ? 自分のよく知る人が敵になって、戦わなければいけなくなったら……」

 

 

『私を何とかするには、私を破壊することしかない』

 

 

 ネギが気絶していた時、茶々丸が発した言葉。それは、ネギをひどく悩ませていた。あの時の行動は間違いだったのだろうか。茶々丸の言う通り、打ち倒すしか道はないのか。

 

 そこで初めて、ネギは楓と目を合わせる。

 

「長瀬さんはどうしますか?」

「中学生相手に、難しいことを聞きますな」

「僕より年上ですから」

「そういえばそうでござった」

 

 笑って、楓は小川に視線を向けた。

 

「魔法、に関係する事でござるな?」

「……知っていたんですか?」

「昼にネギ坊主の前に出る前、話が聞こえてしまってね。その時、あの小動物も喋っていたようですし……というのは建前。魔法先生がたと定期的に麻帆良を巡回していましてな。そういう話はよく知っているでござる」

 

 予想外のことに目を丸くするのはこれで何度目だろうか。ネギは心の奥でそう感じた。

 

「ぜんぜん知りませんでした」

「あまり表だって伝えないようにと指示がありまして。隠していて申し訳ない」

「いいんですか?」

 

 話してしまって。ネギの問いに、楓は首を振って答えた。

 

「状況が状況ゆえ構いませぬ」

「……ニンジャだってことも?」

「おや、なんのことでござるかな?」

 

 おどけて返す楓に、ネギは思わず笑った。楓も笑い返す。

 

「久々に笑いましたな」

「あ……」

「まあ、無理に笑う姿も痛々しいでござるし……ここはひとつ、ひと肌脱ごうと思いまして」

 

 途端、楓が真面目な顔になる。

 

「忍びとしての答えでも良いのなら、話すでござる」

「構いません。お願いします」

「うむ」

 

 初めての体験。ネギは、どんな些細な事でも学んでおきたかった。

 

「……拙者の昔話でござるよ」

 

■■■

 

「ん……?」

 

 物音に、のどかは寝袋の中で目を覚ました。

 

 寝ぼけまなこでテントの入口に顔を向けると、明日菜がテント入口のファスナーを閉めているところ。のどかが起きたことに気付いた明日菜は、ごめんねと小声で言った。

 

「ちょっとお手洗いにね。起こしちゃってゴメン」

「いいえ」

 

 体を起こして、目をこする。久々のキャンプ。下にクッションを敷いていたが、地面のゴツゴツとした感触で、体が少し痛かった。その横では、パジャマ姿の明日菜が寝袋に潜りこんでいる。

 

「ついでにネギの寝顔でもと思ったんだけど、あいつ、ハンモックにいなかったのよね」

「……そうなんですか?」

「楓ちゃんもいなくてさ。ちょっと歩いてみたんだけど、近くにはいないみたい」

 

 言って、背伸びをする明日菜。心配そうな様子はかけらもなく、のどかは首を傾げる。

 

「心配じゃないんですね」

「まあね。楓ちゃんが一緒にいるだろうし、これくらいでピンチになったりしないでしょ」

「……うらやましいな」

「ん? なにかいった?」

「い、いえっなんでも」

 

 ならいいけどと言って、明日菜も体を起こした。

 

「ネギもだけど、本屋ちゃんもちょっと落ち込んでると言うか……暗かったじゃない? なにかあった?」

「バレバレですね」

 

 のどかは苦笑して、明日菜と向き合った。

 

「ユエに嘘、ついちゃったから」

「あー、親戚の家に行くって?」

「もうちょっと言い方、あったのかなあ……明らかに嘘だって分かってるのに、ユエはなにも言わずにいてくれて」

 

 難しいよねと、明日菜は頷く。

 

「アスナさんは?」

「わたし? ああ、このかね。ぜーんぜん。ああいう性格だから、秘密って言っても笑って許してくれるし」

 

 明日菜は、木乃香に対して堂々と「秘密」と言って出掛けていた。

 

「『あとで奢りやで』だってさ。本屋ちゃんも何か埋め合わせしないと」

「修学旅行行った時に、なにか珍しいものでもご馳走しましょうか」

「そうね……でも木乃香、京都出身だからなー」

 

 他愛もない会話。心がやわらいだように、のどかは感じた。

 

「……ありがとうございます。アスナさん」

「いいっていいって。じゃ、本屋ちゃんも元気になったことだし、寝ましょ」

「はい。先生もすぐに戻ってきますよね」

「あたりまえじゃない」

 

 おやすみなさいと言って、のどかはランタンの灯りを小さくする。明日菜の返答が聞こえた後、のどかは今度こそ眠りについた。

 

 

■■■

 

「世間一般、忍びはカッコイイようなイメージを持たれてはいるが、所詮は汚い裏街道。扇動、諜報、窃盗、暗殺なんでもござれ。命令さえあれば知己の者と争うこともある稼業に何の誇りがあるのかと、ちいさい頃、祖父に聞いたことがある」

 

 黙って、ネギは続きを促す。

 

「『国家の法は必ずしも弱者の味方とはならず、むしろ小狡い者たちは法律を盾にして弱者を食い物にする』と、祖父は言った。『この道でしか助けられぬ者がいる』と」

「それがニンジャですか?」

「昔はどうあれ、今はそのような感じでござるな。魔法使いも似たようなものでは?」

「魔法使いも、汚い裏街道だっていうんですか?」

「ソチラの事情はよく知らぬから、推測にすぎぬよ」

 

 長い沈黙。それはともかくと、楓が口を開く。

 

「『自分の為などと矮小な事でなく、天下国家の為などと身の丈を超えた大法螺でなく、ただ自分の背中をついて歩いてくる後進のため、この道でしか助けられぬ者たちのために戦う』と、『それが私の誇りだ』と、祖父は言った」

 

 とは言え。楓は一息つく。

 

「拙者はそこまで出来た身でない故、今は『手の届く範囲で助けられるものを助ける』ことが出来るよう、修行中でござる」

「……手が届かないものに対しては」

「届く努力をして、それでも駄目なら、切り捨てるほかありませんな。無理をして届かず、手の届く者たちを助けられないようであれば、後悔してもしきれぬ」

「そうかも、しれませんね」

 

 答えて、ネギはうつむく。

 

「勘違いをしているようでござるな」

「え?」

「確かに今は、ぶつかりあうしかないかもしれないが」

 

 真剣な表情からうって変わって。いつもの、柔和な笑みを浮かべ、楓はネギに、優しく問いかける。張り詰めた空気は消え去っていた。

 

「諦めてしまうわけではない。今は駄目でも、いつかきっと……それに、ネギ坊主には、頼れる仲間がいるでござろう?」

 

 楓は、ここからは見えないけれども、彼女たちが眠るテントのある方を振り向いた。

 

「ひとりでやる事には限界がある。考えも同じ。だが、仲間といっしょなら可能性はいくらでも広がる。ネギ坊主。助けを求めることは、恥ずかしい事でも、悪い事でもない。ひとりで思い悩むよりは、ずっと良い」

「そうなんでしょうか」

「そうでござるよ」

 

 その言葉にゆっくりと。ネギは頷く。

 

「お互いまだまだ修行中の身。これからできるようになっていけば良い」

「はい……そうですね」

 

 その答えに満足したのか、楓はすっと立ち上がり、ネギに右手を差し出した。

 

「さぁ。もう遅いから、寝るでござるよ」

「もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」

「良いでござるが、早めに帰ってこないと、のどか殿が心配するでござるよ?」

「はい。おやすみなさい」

「うむ、おやすみ」

「……あの、長瀬さん」

「ん?」

 

 楓は、元来た道を戻っていく。その背中に、ネギは立ち上がり、深く深く、お辞儀をする。その後、上げられたネギの顔には、楓の知る、自然な笑顔が浮かんでいた。

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 それは、自分の問いに快く答えてくれた楓に。そして、彼女が隠していた事を話してくれる程、自分を信用してくれた事に。

 

「礼は要らないでござるよ。期末テストの借りもあるでござるからな」

 

 首だけでこちらを見ていた楓は、笑みを浮かべる。そして、今度こそ闇の中に消えていった。それを見届け、ネギは岩に座りなおす。

 

「……誇り、かあ」

 

 自分が自分であるための。自分を見失わないための。自分の行動原理は何なのか。楓の見つけた『誇り』という支えのように、自分はそれが見つけられるのだろうか。

 

「僕は……」

 

 ネギは自問する。

 

 少しだけ、と。ネギはそう言ったが。ネギはそこでずっと星空を見上げていた。

 

■■■

 

 朝。

 

 山の中の新鮮で涼しい空気の中、彼らは目を覚ました。

 

 朝食は夜の残りで済ませ、軽く後片付けをすると、ネギたちは早々に下山する準備を始める。その時には彼らの服装は登山時の格好に戻っており、そして各々が準備を終えると、楓の用意した簡単な地図を受け取り、帰路に着こうとしていた。

 

「結局修業はできなかったですね」

「ま、しょうがないわよ。アクシデントもあったし」

 

 眩しい光が東から枝葉の隙間から差し込む中、ネギたち三人は楓と相対している。

 

「本当に、ありがとうございました。長瀬さん」

「ありがとね、長瀬さん。私達だけテントを使わせてもらって」

「寒くはありませんでしたか?」

 

 三人の礼に、楓はいつもの和やかな雰囲気で答える。

 

「心配には及ばぬでござるよ。これも修行の一環と思えば良いでござるし」

「あれ、長瀬さん。修行は休んでいたんじゃなかったんですか?」

「そうでござったかな?」

 

 一拍置いて、ふたりは笑い出す。

 

 昨夜遅くの様な会話をするネギと楓。その様子に、何となく釈然としない残りふたり。けれども、幾分かホッとした表情で、ネギを眺めていた。

 

「……何だか知らないけど、ネギが何時もの様になったからいいか」

「そうですね。やっぱり笑顔の先生が一番です」

「あ、そうだ」

 

 唐突に、ネギは明日菜の肩に乗っていたカモを見た。

 

「カモ君も礼を言わないとだめですよ? ほら」

「ちょ、ちょっとネギ!」

「せ、先生……」

「大丈夫です。長瀬さん、魔法使いの事知ってましたから」

「……そうだったんすか。いや、確かに知っててもおかしくはないすね」

 

 その言葉に思うところがあったのかどうか知らないが、カモはあっさりと言葉を口にした。その潔さのせいか楓は笑みを浮かべ、そのままの顔でネギに視線を移す。

 

「また何かあったら、力を貸すでござるよ?」

「ありがとうございます」

 

 ネギは手で持っていた杖を腰に固定し、ペコリ、とお辞儀をした。

 

「それじゃあ、僕達はこれから山を降ります。体に気をつけてくださいね」

「今度来た時は、風呂を用意しておくでござるよ」

「う……考えておきます」

「ありがとね!」

「また明日ー!」

 

 軽く手を振り見送る楓に、ネギはまた、苦笑ひとつ。明日菜は手を振り返し、のどかは軽く頭を下げ、そして楓はネギ達が見えなくなるまでずっとそこに立っていた。

 

■■■

 

 楓が見えなくなってからしばらくして。陽の当たる登山道に出た時、ネギが口を開いた。

 

「みんな、聞いてもらえますか?」

「ん、どうしたのネギ?」

「どうしたんすか改まって?」

 

 目を瞑り、大きく息を吸ってからこう告げる。

 

「月曜日になったら……僕、エヴァンジェリンさんに戦いを挑みます」

「えぇ!?」

「せ、先生?」

「……どうしたんすか兄貴? 今までは戦いに消極的だったのに」

 

 カモの問いに、真剣な顔を作る。そして、

 

「目的が、出来たんです」

「え、目的?」

「今までは、エヴァンジェリンさんが襲ってくるからっていう、受け身な考えでした……でも、それじゃあ勝てないって思ったんです」

 

 元より実力差のある相手との戦い。その差を埋めるには、作戦も必要ではあるが、精神面でも相手を上回らなければならない。ネギの中にあった躊躇いは消え、代わりに揺ぎ無い決意がネギの顔にあらわれていた。

 

「小さな目的ですけど、有ると無いとでは大きな差があるって分かったんです」

「でもよ、勝算はあるんすか? いや、兄貴がやる気になったのはいいっすけど。おとといの失敗で、あっちは油断することはないと思うっすよ?」

「分からないけど……僕は、正面から挑みたいんです」

 

 真正面からぶつかりたいのだと、ネギは最も勝率の無い方法を選んだ。それで何かが分かるなら、そうしたいと。

 

「む、無茶っすよ兄貴! 真祖相手に正面からで勝てるはずが、」

「でも、僕には仲間がいます。のどかさん、明日菜さん。エヴァンジェリンさんと戦えば、傷付くことは避けられないと思います。それでも、僕と一緒に戦ってくれますか?」

 

 それは、最後の選択。茶々丸と戦い、二日前の決意が鈍ってしまったかどうかの確認。

 

「はい。私はずっと、先生の味方です」

「ま、ここまで来ちゃったんだし。最後まで付き合うわ」

 

 笑顔で彼女たちは即答し、ネギの顔が真剣なものから明るいそれに変わる。

 

「ありがとうございます!」

「んじゃあ、戻ったら作戦会議を開きますぜ! ただ正面から突っ込むだけじゃあ駄目っすからね!」

「うん!」

「分かったわ」

 

 満面の笑みを浮かべ、ネギは声を張って言った。話を弾ませ、彼らは下山していった。




元は前の04とくっつけて投稿していた部分。合わせたら長くなるので分割したら短めになった中継ぎ回その2。
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