楓と遭遇。一晩キャンプしてリフレッシュ。
ネギたちは道に迷うことなく無事に下山した。しかし、それから時間をかけて作戦会議、という訳にはいかなかった。
なぜならネギは先生で、明日菜とのどかはその生徒だからだ。当然、その仕事、宿題をしなければならない訳で。その結果、まともな作戦会議は出来ず、下山途中で簡単に済ます程度に終わっていた。
日付は変わり、月曜日。明日菜たちの部屋、その二段ベッドで木乃香は目を覚まし、両腕をゆっくりと伸ばした。
「んー……」
「あ、木乃香さん。おはようございます。何時もより早いですね」
呼び声に、木乃香は居間を見下ろす。テーブルの前であぐらをかいているネギとカモが木乃香を見上げていた。
「おはよーネギ君。今日は日直があるさかいな。でも、まだ眠いわぁ」
ごしごしと、涙の浮かぶ目をこする。目を開け、ネギの手元に目を留めた。少しだけ身を乗り出す。
「あれ? ネギ君、何書いてるん?」
「これですか? これは……秘密です」
ネギは、問いに笑みを浮かべ、そうはぐらかした。
「秘密って言われると、もっと気になるわー」
書き終わったのか、ネギはその紙をスーツの内ポケットにしまう。木乃香はベッドから抜け出し、ネギに近づく。木乃香の追求にネギはスーツを押さえ、開いた片手で木乃香を制した。
「ダメですよ。それに、日直ならそろそろ準備しないと」
「ん? あーほんまやね」
時刻は六時半を少し過ぎたころ。食事の準備や着替え、移動などを考えると、日直の木乃香には少しばかり厳しい時間。木乃香は、小さな置時計で時刻を確認する。
「明日菜には悪いけど、今日はパンだけで勘弁してもらわんとあかんな」
明日菜は今頃、眠い目を擦りながら新聞配達をしているだろう。土曜の遭難で体力を使い、終わっていない宿題を片付けるために遅くまで起きていたためだ。
朝食の用意をするため、木乃香はベッドから降り、小走りで台所へと向かう。それに合わせてネギは立ち上がり、手伝いますよ、と声を掛けた。
「ん、それじゃあ棚からパン取り出して、食べる分だけ焼いてな。ウチは目玉焼き作るから」
「はい、分かりました」
パジャマにエプロンを纏い、フライパンを取り出す。コンロの火を強火に。油を引き、温まった後に卵を二個、フライパンの上で割る。音を立てて、半透明だった白身が白く色づいていく。
フライパンから目を離さず、木乃香が焼き加減についてネギに問いかけた。
「半熟でええか?」
「いいですよ~」
トースターを引っ張り出し、ネギはパンを二枚それに差し込む。木乃香と同じように振り返らず、ネギはスイッチを入れながら答えた。
その後、卵の火の通り具合を見ていた木乃香だったが、ふと、首をかしげた。
「でも、ウチが早いのは分かるけど……なんでネギ君は今日早いん?」
「えっとですね……エヴァンジェリンさんと、ちょっと話があるんです」
「? あ、そっか。エヴァちゃん最近授業に出てへんもんな」
「う~ん……まぁ、そんなところですね」
その答えに満足したのか分からないが、それ以上木乃香はその話はしなかった。
「お皿二枚出しといてくれる~?」
「あ、はい……ここに置いておきますね?」
いい具合に火が通ったようだ。木乃香の注文に快く応じ、ネギはそのついでにパンを載せる皿も取り出し、木乃香に渡した。
「ありがとうなー」
木乃香が礼を言った直後。チン、と高い音がし、食パンが二枚トースターから顔を出す。ネギはそれを取り出し皿に乗せた。
「じゃあ、テーブルに持って行きます」
冷蔵庫から取り出してあったマーガリンとジャムを、パンと一緒に居間へと運んでいく。ネギは、パンの乗った皿を所定の位置に、マーガリンなどをテーブル中央へと置いた。
そして木乃香が用意した目玉焼きを取りに行こうとした時だ。テレビを見ていたカモが、小声でネギを呼び止めた。
「兄貴兄貴。もしかして、それが昨日言ってたやつっすか?」
「うん。これを渡して、エヴァンジェリンさんと戦う約束を取り付けます」
「でもよぉ。エヴァンジェリン、またサボるんじゃないんすか?」
「ネギくーん、目玉焼きテーブルに置いてな~」
「あ、はーい」
ネギとカモの会話。そこに木乃香の声が割り込む。木乃香はエプロンを既に外し、台所周りを軽く片付けていた。ネギは木乃香に返事をし、台所へと向かう。その途中でカモに振り返り、言った。
「だから早く行って、彼女を探すんですよ」
■■■
いつもより半刻ほど早く登校したネギだったが、エヴァを探す時間は取れなかった。職員室に荷物を置こうと行った時、タカミチに捕まってしまったのだ。
エヴァからの警告を馬鹿正直に守っているネギは、タカミチにここ最近の事を言い出すこともできず。結局、ネギは早めに登校した時間だけ、タカミチから英語の授業についてアドバイスを聞く羽目になった。
しかし、タカミチに捕まらなかったとしても、エヴァを見つけることはできなかっただろう。
「おはようございます! エヴァンジェリンさんはいますかっ!?」
早朝エヴァを捕まえる時間を得られなかったネギは、今度こそと意気込み教室へと踏み込んだ。
時刻は八時半、授業の始まる十分前。普通の学生ならば既に居るだろうが、その喧騒の中にエヴァはいなかった。
「あ、ネギ君おはよー」
「エヴァンジェリンさんならまだ来てないですが」
「何や風邪でお休みするて連絡が……」
「風邪……ですか?」
不死の吸血鬼にあるまじき病である。いや、吸血鬼が病気になるなど有り得ない。そう感じたネギは首をかしげた。
「先生、どうしたんですか?」
「あ、のどかさん……」
のどかの問いに顔を上げ、はっとした表情を作った。
「そうだ! ちょっと出て来ます!」
「え? あ、行ってらっしゃい……?」
「あ、ちょっとネギ! 行っちゃった」
呆けたのどかとクラスメイト、そして息を切らし、教室の前の扉から入ってきた明日菜を置き去りに、ネギは階段へと走っていった。
「の、『のどかさん』……? 宮崎さん。あ、あなた、いつの間にネギ先生とそんな仲に……!?」
沈黙の後、第一声を発したのは、金色の髪を腰まで伸ばしている委員長、雪広あやかだ。それに触発され、他のクラスメイトも騒ぎ立てる。一気に教室が騒がしくなった。
「へぇ。本屋、もしかして土日に先生にアタックしたんかな?」
「あ、アタックだなんてそんな……!」
「そういえばのどか、木曜にネギ君の手伝いしたんやったなー。ネギ君もネギ君でのどかを部屋に招待したし。その時にネギ君と仲良なったんか?」
「へ、部屋に招待ですって!?」
「おお! 本屋ちゃんも結構やるね~」
「ほんとほんと!」
にやけた朝倉に、納得した風な木乃香に、騒ぎ立てるその他大勢。
「……キスもしてます、なんて言ったら、いいんちょ失神するかな?」
その大騒ぎの中。騒ぎに乗り遅れた、教室の入り口で立ったままの明日菜の独り言が誰にも聞かれることは、幸か不幸かなかった。
「まあ、私も……しちゃったんだけどさ」
■■■
ネギはひとり、林の中の小道を歩いていた。エヴァの家がある場所、中等部校舎から徒歩で半刻ほどのところに、それはある。
クラス名簿を開き、小川の上に架かる石造りの小さな橋の上を、前を見ずに歩く。出席表をパラパラと捲っていき、ネギは最後のページに記載されているクラス名簿を見た。そこには各々の個人情報が記載されており、彼はそれを頼りにエヴァの家へと足を伸ばしているところだ。
「うーん。エヴァンジェリンさん、どうして寮とは別の家に住んでるんだろう」
明日菜達の通う学校は全寮制だが、何か特別な理由でもあるのだろうか。物思いに耽りながら、ネギは小川に沿った小道を歩いていく。
そしてしばらくして、ネギの足が止まった。
「桜ヶ丘四丁目にじゅうきゅう……あ、ここかな?」
ネギは目的の住所に建つ、ひとつの家を見つけた。
「へぇ……ログハウスだなんて。ほんとにこれ、吸血鬼の家なのかな?」
ネギの呟き通り、エヴァの家はログハウスだった。
ネギの入ってきた小道を除いて、杉がその家を囲む様になっている。木々で辺りが見通せなくなっているせいか、ネギにはそこが日本でない様に感じられた。
地下にカンオケがあったりして。
墓場に住んでいるなどと考えていたネギは、そう冗談半分で呟く。そして、やはり木造の階段を上ってそのドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
「こんにちはー! 担任のネギですけどー、家庭訪問に来ましたー!」
――沈黙。
ネギの声は杉林の中に消え、再び静寂が戻る。
少しばかりネギはその場に留まったのだが、一向に中から物音は聞こえなかった。首をひねるネギ。学校に来ていないならここに居るはずで、また名簿によると、茶々丸もここに住んでいることになっている。
「誰かいませんか……?」
病院まで出掛けているのかとも思ったのだが、置き手紙をするわけにもいかない。仕方なしに、ネギはそう小声で言いながら恐る恐るドアノブに手を掛ける。予想に反して、ドアに鍵は掛かっていなかった。そこでネギはしばらく黙考していたが、結局ネギはドアを開けることにした。
ギィ、と音がして、ドアはゆっくりと開かれる。そして中へ足を踏み入れ、まず最初に目に入ったものはぬいぐるみの山だった。
「へえ……」
テーブルにも。ソファーにも。そして床にも。あちこちに様々な種類のぬいぐるみが散乱している。
「外観もそうだけど、中も全然吸血鬼の家っぽく無いなぁ。あ、あれって十字架じゃないのかな? 大丈夫なのかなぁ、あれ」
独り言を呟きながら、どんどん奥へと入っていくネギ。物珍しい物ばかりで、躊躇いというものが無くなりつつある。そしてテーブルの上のぬいぐるみを触ろうとした、その時だった。
「どなたですか?」
「うわ!?」
突然な、背後からの呼び声。その声に異様なほど驚いてしまったネギは、嫌な汗をドッと出し、あわてて後ろを振り向く。そして後ろの人物を視認し、ホッと息をついた。
「ちゃ、茶々丸さんですか……びっくりしました」
そこに居たのは、メイド服を着た茶々丸だ。ネギの様子にも、茶々丸は何時ものように無表情。腰を折り、挨拶を交わす。
「ネギ先生……こんにちわ。マスターに何か御用でも?」
「そうなんですけど……」
ネギは、あの時の事を吹っ切れていなかった。居住まいを直し、茶々丸に向き直る。
「えっと、あの時はすいませんでした」
三対一で、しかもカンニング紛いのこと――少なくともネギはそう思っている――をした事に対して、ネギは罪の意識を覚えていた。しかし茶々丸はそのような事を知るはずがなく、気にした様子はない。
「いえ、こちらこそ。首の方は大丈夫ですか? 手加減はしたつもりなのですが」
「あ、それはもう大丈夫です。それで、エヴァンジェリンさんは一体……?」
問いに、顔をそらす茶々丸。そのまま彼女はネギと視線を合わすことなく、一拍置きエヴァについての現状を語りだした。
「マスターは病気です」
「病気、ですか? でも真祖が風邪なんかひくわけが……」
エヴァの風邪。それはネギも学校で聞いたが、改めて聞いても信じられるものではない。
「その通りだ」
本当の所を聞こうとしたネギの問いかけは、階段から聞こえてくる声によって遮られた。弾かれる様に声のする方へ顔を向けると、そこには、顔の赤い、白い寝巻き姿のエヴァが立っていた。
彼女は右肩上がりの階段途中で体重を手すりに預け、息を荒くしながらも、左足をそれに乗せた状態でネギたちを見下ろしている。
「よくもまぁ、ひとりで来たものだ……パートナーはどうしたのだ?」
「え、エヴァンジェリンさん? 顔が赤いようですが、大丈夫なんですか?」
エヴァはネギの問いに嘲笑でもって返す。
「ふん、坊やに心配されるとはな。こんな状態でも、貴様をくびり殺すことぐらい、わけはないのだぞ?」
その好戦的なエヴァの態度に怯みながらも、ネギは思い切って、今日の目的を告げた。目をギュッと瞑り、右手で『それ』をエヴァに突き出す。
「これを受け取ってください!」
「あ? 何だ、それは?」
「果たし状です! 僕ともう一度、正々堂々と戦ってください! あ、そ、それから! これとは関係ないですけど、学校にもサボらずにちゃんと来てください!」
怪訝そうな顔のエヴァに、大声でその説明をするネギ。しかしエヴァはそれに顔をしかめるだけで、何の効果もないようだ。
「行く意味が無い。毎日行った所で卒業などできないのだからな」
「さぼっていたら、皆と仲良く出来ませんよ!?」
「それも、意味が無い。どうせあと一年で、私の三年間は無かったことになるのだからな」
「え?」
ネギのよく分からないといった表情を見て、なんでもない、と手をひらひらと振るエヴァ。そしてその手に、魔力を集めだす。
「折角だ……ここで決着をつけるか?」
臨戦態勢。その雰囲気を感じ取ったのか、ネギも腰の杖を手に取る。
「私は一向に、かまわ、な……」
「え、エヴァンジェリンさん!?」
しかし、エヴァは言葉を言い終わる前に、階段の上からネギと茶々丸のいる床へと頭から落下した。ネギは手に持つ杖を放り投げ、エヴァの元へと急いで駆け寄る。そして額に手をやり、その熱さに驚愕した。
「わ、すごい熱! 風邪って本当だったんですか!?」
その言葉に、今までネギの後ろでオロオロしていた茶々丸が、頼み事をするため声を掛ける。
「先生、二階のベッドに運ぶので手伝ってください……マスターは風邪のほかに花粉症も患っています」
「花粉症……? え、ベッド? 棺桶じゃないんですか?」
「ベッドに運んでください」
「いや、だから」
「運んでください」
「えっと……この人ホントに吸血鬼なんですか?」
■■■
ベッドの中で眠るエヴァを、ひとりでネギは見ていた。
二階にあるエヴァの寝室。一角に茶室も用意されている部屋の、エヴァの身長の倍もあるようなベッドの上。先程まで、苦しそうにエヴァは眠っていた。
だが、ネギの様々な看護――少量だけ血を飲ませたり、窓を開けて温度調節をしたり、汗で体が冷えてしまったエヴァの寝巻きを換えたり――などのお陰もあり、今は落ち着いている。
時刻は九時を少し回ったあたり。後は、大学へとエヴァの服用する薬を受け取りに行った茶々丸の帰りを待つのみなのだが。
初めて入ったエヴァの寝室。寮の部屋とはまったく違う作りに、ネギは辺りをウロウロしていた。そして、畳の敷かれた一角に足を踏み入れたとき。
「やめ、ろ……」
「あ、ご、ごめんなさい! 別に悪気は無かったんです!」
慌ててエヴァに謝るネギだったが、しかしエヴァはこちらを見ておらず。ただ、うなされているだけだった。その事にホッとするネギだが、次にエヴァの口から漏れた言葉に、顔色を変えた。
「サ、サウザンドマスター……待て、やめろ……」
「……サウザンドマスター?」
それは、ネギの父親の二つ名。
「お父さんの、夢を見てるのかな?」
「うぅ……ばか、やめ、ろ……」
「……ごめんなさい、エヴァンジェリンさん」
なおもうなされ続けるエヴァに、ネギは近寄り、これからする事に対して謝る。そして壁に立てかけてあった杖を手に取り、呪を紡いだ。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
□□□
『ついに追い詰めたぞ、『
夕暮れの中の砂浜。その対岸に見えるのは図書館島。ここは十五年前の麻帆良学園。そこで、ふたりの若い男女が向かい合っている。エヴァとナギである。
――また、この夢か。
エヴァは己に幻術をかけている。彼女は、賞金首の顔写真として使われているそれと同じ。小学生のような小さい体ではなく、成人した女性のそれだ。『彼女』は、ナギと同じ程度の身長だろうか。
エヴァが夢の中で出来ること。それは、その光景を見ることと、自身が発する声を聞くこと。そして、彼の声を聞くことだけだった。
『今日こそ貴様を打ち倒し。その血肉、我が物としてくれる』
『人形使い、闇の福音、不死の魔法使い。エヴァンジェリン……恐るべき吸血鬼よ。己が力と美貌の糧に、何百人を毒牙にかけた? その上俺を狙い、何を企むかは知らんが……』
彼の顔が、フードの中から微かに覗く。
『諦めろ。何度挑んでも俺には勝てんぞ』
『パートナーもいない魔法使いに何ができる!? 行くぞチャチャゼロ!』
『アイサー御主人!』
『彼女』がそれを勝機と見て、従僕とともに攻撃を仕掛ける。結末を知る彼女にとって、それはただの茶番。
そして、攻撃動作も、防御動作も、回避動作も――そのどれも行わない彼に勝利を確信した『彼女』は。彼女にとって、それは笑いもの以外に有り得なかった。
彼の眼前に降り立った『彼女』は、当たり前のように。彼の用意した落とし穴に吸い込まれる。
『うわあ!?』
『ふははは!』
自身の情けない声。彼の勝ち誇った声。
『ひっ……ひきょう者――!!』
そしてまた自身の、情けない、負け犬の遠吠え。
――どうしてあいつは、私を置き去りにして。
夢から醒めたい。そう思っても醒めない。悪夢とはそういうものだ。
『やなこった』
――畜生。
そして。忌まわしい、あの呪縛が。
『――
――どうしてっ!
□□□
やわらかで、暖かな感触に包まれ、エヴァは目を覚ました。ゆっくりとエヴァは体を起こす。
風景が、にじんでいた。
「ああっ、くそっ……」
目じりを指先でぬぐう。
そこでようやく、ベッドの横でもたれ掛かって眠っているネギがいる事に気がついた。
「何でこいつがここにいる?」
ふと、自身の体調が安定していることに気付き、エヴァはひとつのことに思い当たる。そして、毒気を抜かれてしまった。
「私の看病か?」
「ん……?」
エヴァに続いて、ネギも目を覚ました。
「起きたか、坊や」
「あ、エヴァンジェリンさん……大丈夫ですか?」
覇気の無いネギ。そのことを怪訝に思いつつ、とりあえずエヴァは返答する。
「ああ、風邪は治ったようだな……今日は見逃してやるから、さっさと行け」
「じゃ、じゃあ
上着のポケットに入れてあった果たし状を仕舞い直し、ネギは立ち上がる。
「……ふん」
ネギは、そのまま家を出るかと思われた。が、しかし。ネギは階段の前で止まる。振り返り、しかしエヴァの顔は見ず。杖を握り締めて、彼女の名を口にした。
「エヴァンジェリンさん」
「なんだ」
「僕のお父さんは……」
「奴が、どうかしたか?」
「……いえ、何でもありません」
明日はちゃんと来て下さいね。そう最後に付け加え、ネギは逃げるようにそこから立ち去っていった。その様子に、エヴァは納得できないでいた。
「何だったんだ、いったい?」
エヴァが黙考すること数秒。入れ替わるように、制服姿の茶々丸が二階へと上がってきた。盆に薬と水を載せ、ゆっくりと、エヴァに近づいてくる。
「マスター、おはようございます」
「茶々丸か。風邪はもう良い」
「それは良かった。では、この花粉症の薬だけを置いておきますので、症状が悪化しましたら飲んでください」
「あぁ」
枕もとの棚に盆を載せ、風邪薬をそこから取り除く。そして、上半身だけを起こしていたエヴァの姿に、茶々丸はある事に気付く。出掛ける前と、ある箇所が違っていたのだ。
「ところでマスター。いつお着替えになられたのですか?」
「着替え? 私は着替えた覚えな、ど」
ピタリ、と。エヴァの体が止まる。そして、今度は小刻みに震えだした。
「……まさか」
「どうされましたか?」
自身の寝巻きが換わっている。茶々丸が換えたわけではない。自分は知らない。であれば。
「あ、の……! 変態教師が――!!」