四月三週
「……監督、かい?」
「はい。そうです」
橘グループと言えば、その名を知らぬ人は居ないと言えるほどの大財閥だ。
無論、その屋敷も豪邸といえる程大きな家であり、数人の家政婦を雇わないと掃除が行き届かない程の広さを誇る。
だが、その家に住んでいるのはみずきと祖父のみだ。
彼女――みずきの姉である橘聖名子は、教師になるべく教育実習中の身であり、恋人である男と同棲を始めていた。
そして、その同棲中の男性、神童裕次郎は、目の前の恋人である聖名子の言葉をオウム返しした所だった。
神童裕二郎。
この世では知らない人は居ないだろう。
ツーシームとコントロールを武器に、日米で完全試合を達成した『野球の神様』とまで言われた存在である。
アメリカでの激闘の末、若干三二歳という若さで肘を負傷し日本に帰国――そのまま引退したのが五年前。
帰国してからは野球の教育に携わろうと勉強していた過程で聖名子と出会い、恋に落ちて、今現在、結婚に向けて愛を育んでいる所である。
「もう一度聞くよ、聖名子。ええと……」
「妹のみずきが、監督を探してるのです」
「うん。そうみたいだね」
「三年間も口を聞かなかったみずきが、電話口で泣きながら『お姉ちゃん、野球部の監督がいないの、神童さんとまでは言わないけど、本当は神童さんが良いけど、頼れる人もいなくて、どうしても監督が必要なのに見つからないの。だから、お姉ちゃんの力を……、……ううん。駄目だよね、いきなりお姉ちゃんを頼ったら。三年間も口を聞かなかったのに、突然電話をしてこんなことを頼むだなんて、サイテーだよね……。ごめんね、お姉ちゃん。悪い子のみずきを許してね……ごめんなさい』と電話してきたのです」
「……」
真剣な表情でおさげ髪を揺らす婚約者に、神童は苦笑いを浮かべるしか無い。
三年前。
そう、三年前のことだ。
聖名子がドキドキしながら神童を妹のみずきに紹介した所、みずきは食べていた金つばとお茶を、家に訪れて駄弁りながらおやつを一緒に食べていた友達である六道聖の顔に吹きかけてしまう程に仰天したのである。
しかし、それも当然だろう。野球が大好きであるみずきが、あの神童裕二郎を知らないわけがない。
つまり、照れながら『婚約者の神童裕二郎さんよ。とっても良い人なの』と紹介する姉に向かって、普段の口調を忘れたみずきが『そこじゃないでしょうがああああああああああ!!』と叫んでしまっても仕方がない事なのだ。
『なんでこんな姉と付き合ってるんですか!? 後サインください!』と言ってしまう程、神童に会えた嬉しさやら、姉が取られてしまう寂しさやら、野球のことを知らずにのほほんと婚約者として紹介した姉への怒りやらといった複雑な感情が混ざり合った結果、みずきは姉とコンタクトを取らないという"逃げ"を選択したのである。
そうして流れた月日が三年。
今まで仲が良く、溺愛していた妹から無視されていた姉、聖名子の悲しみは筆舌に尽くしがたく。
また、そんな妹から連絡が来たこと、そして頼られたことというのは、姉にとっては無常の喜びであり、同時に頼み事をされたのならば、何としても叶えなくてはならないのである。
無論、みずきはそんな姉の感情の動きを計算に入れた上で、泣き真似をしながら連絡を入れた訳であるが、聖名子がそんなことを知るはずもない。
神童も薄々そうなのは気付いているのであるが、愛しの婚約者が目を据わらせ、べしべしと自分の膝を叩きながら「電話してきたのです」と繰り返す可愛い生き物になったのならば口を挟む余地もない。
「そこで、裕次郎さんに監督をお願いしたいのです」
「……確かに、プロアマ協定には引っかかりませんが」
「ルール的にも問題はないのですね?」
「うん。僕は引退してからやりたいことがあって、真っ先に研修を受けたからね。プロに入った野球選手は、引退後に研修を受ければアマチュアの指導者になっても良いことになっているんだ」
「そうなんですか? ああ、良かった」
ほっと聖名子が安堵の溜息を吐き出す。
そんな彼女に、神童は申し訳無さそうな表情を向けた。
「でも、聖名子。僕は高校野球の監督になるつもりはないんだ」
「えっ……? ど、どうしてですか……!?」
「……知っている、だろう? 僕の夢を」
「あ……はい……」
神童の夢を知っている聖名子は、神童の言葉を聞いて俯いた。
セカンドキャリアに入った神童の夢。それは、野球専門の学校を作ることだ。
野球アカデミー。
日本全体のレベルアップを願う神童が夢想する、果てしない夢。
今はまだ、知っているのは婚約者である聖名子だけだ。でも、聖名子もその夢を聞いてとても素敵だと思った。
妹の愛する野球を、もっと活発にしたい。
そう思うのは姉の願いとして当然であり、同時に、そんな夢を全力で追っている神童に、彼女は惹かれたのだから。
「……それでは……やっぱり、裕次郎さんは……」
「……今のところ、監督をする気はないよ」
「そう、ですか……」
しょぼーん、と目に見えてがっかりする聖名子。
そんな彼女の頭に神童は優しく微笑み掛けて、手を置いた。
「けど」
「ふぇ……?」
「アカデミーの前に、指導者を経験しておくことは、凄く良いことだと思う」
「ぁ……!」
「慌てないで。聖名子、まだ続きがあるんだ」
「ぁぅ、は、はい」
「僕はまだ勉強不足だ。だから、実際に現場に出て、指揮を執るつもりはない。……でも、それでも僕の力が必要だというのなら――僕を、熱くさせて欲しい」
「あ、熱く、ですか……? わ、分かりました……っ。みずきの為なら……!」
「そ、そういう意味じゃないよ聖名子っ! まだ日も高いから服に手を掛けないで!」
「あうっ!? わわ、私、は、恥ずかしい勘違いを……!」
かぁぁーっと真っ赤になる聖名子に照れ笑いを返しながら、神童はこほん、と咳払いをする。
「僕を監督にしたいという、聖タチバナの試合を見て――何か心に来るものが有ったなら、僕からお願いして、監督をさせて貰いたい。そう思ってる」
「そう、なのですか?」
「うん。だから……そうだな。できれば一年間、代理の監督を立てて貰って、来年から就任、という形が――」
「あ、そういえば、みずきが言ってました」
「え?」
「五月一週に、帝王シニアというチームのOBと"練習試合"をするって」
「……ふむ」
「その試合じゃ……駄目ですか?」
「……いや、是非見てみたいな。帝王シニアといえば全国常連の強豪チーム。そんなチームに一度廃部になって一年しか居ない聖タチバナ野球部が戦う……面白そうだね」
「それじゃ、みずきに連絡して……」
「待って、聖名子。練習試合は何処でやるって言ってた?」
「あ、えっと、聖タチバナ学園の野球部用のグラウンドみたいですよ」
「……ふむ。丁度スケジュールも空いているね。分かった、見に行ってみるよ。……みずきちゃんには内緒でね」
「え……? ど、どうしてですか?」
「僕が見に行くと分かったら、いつも以上に張り切っちゃうだろうからね。そうじゃなくて、普段通りの彼らの試合が見たいんだ」
「……分かりました」
頷く聖名子に微笑み掛けて、神童は自らの手に視線を落とす。
高校野球の監督というタクトを握る立場に立つつもりも自信も、まだ無い。
ただその試合を見れば自分の中で何かが変わる――そんな気がしたのだ。
それは、十数年前。
アメリカに渡ろうと決心したあの時のような、不思議な感覚だった。
☆
地獄の特訓、という表現が相応しいと思う。
「スタートだ。ほむら」
「ま、待って欲しい、ッス、ひじり、ん。ほむら、も、はぁ、はぁ」
「駄目だぞ。ほら、パワプロ、スタートだ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、き、きつい……っ」
ピッ! と六道さんが笛を鳴らすと同時に、俺とほむらちゃんは十秒程度の休憩を終えて、再びバットを降り始めた。
インターバル素振り……とでも名付けようか。一セット二十本の素振りを、休憩中のチームメイト――今は六道さんだ――のホイッスルに合わせて続ける。
最初の三セットは、まだまだ余裕が有った。
五セットを超えた当たりから、腕がビリビリと痺れ出し。
そして、十セットを超えた今では、もう腕に力が入らなかった。
「ぴっ……ぴっ……ぴっ………」
「う、くっ、はぁ、はぁ」
夕暮れの中、俺とほむらちゃんは一度ごとに体勢を整え、しっかりと素振りをする。
もしも体勢が整わないまま素振りをしてしまえば、その気の抜けた素振りの数だけ、練習後に地獄の外周ランニングが待っているのだ。気を抜くわけにはいかない。
「ピーッ。そこまでだ。ふたりとも良く頑張ったな。二〇セット終わりだ」
「はぁぁぁ、も、もうバット持てないッス~……!」
「う、うぐ、はぁ、はぁ、あ、脚がガクガクだ……」
「おー、頑張ってるわね」
ぺたん、とその場に座り込んだと同時に、この地獄のメニューを提案した諸悪の根源、三日月の悪魔(俺命名)こと、みずきちゃんがニコニコしながら俺とほむらちゃんに向けて歩いてくる。
後ろには、これまた地獄のマシンガンノックで力尽きた面々達が転がっていた。
「原くん、大京くん、わざわざありがとねっ」
「ぜぇ、ぜぇ、の、ノックの手伝いくらいで、ハァハァ、役に立てるん、でしたら、いつでも、呼んでええ、っすよ、はぁはぁ」
「ふぅ、ふぅ、いつでも、呼んでください、みずきさん」
「うん。また頼らせてもらうね♪」
ノックをしていた二人は、みずきちゃんの優しい笑顔に微笑みで応えて、生徒会室に戻っていく。
何故だろう? みずきちゃんが悪の帝王にしか見えないよ。
「なんか変なこと考えてない?」
「考えてない」
「ふーん? パワプロくんだけ後五セット追加しとく?」
「か、勘弁して……」
「あはは。冗談だよ。他の皆も今日の練習はここまでにするつもりだから。これ以上やったら皆怪我しちゃうしね」
「ん、うん。はぁ、はー……」
ごろん、とその場に大の字で寝転がって、酸素を取り入れようと大きく呼吸をする。
そんな俺を覗きこむように、みずきちゃんが体をくの字に折って、後ろに手を組んだまま、夕暮れの光を遮るように俺の真上へと頭を下した。
「めちゃくちゃ疲れた顔してるわね」
「と、当然だよ……みずきちゃんは、余裕そうだね」
「ん? とーぜんでしょ。私はランニングメニューが殆どだったし、終わって一休憩入れた後だもん」
「そっか……。……この皆のメニューって、どうやって作ったの?」
「知り合いのコーチに頼んだの。大体こんな感じだって。ほむらがデータリスト作ってくれたから」
「役に立って良かったッス……ふぅ、ふぅ」
「相変わらず、ほむらちゃんのデータは凄いね……」
「嬉しいッスよ。ほむら、こうしてチームの役に立てて嬉しいッス」
にっこりとほむらちゃんが笑う。
もしかしたら、データ解析係としても役に立ってるほむらちゃんが、このチームに一番貢献してるのかもしれない。
……負けてられない。キャプテンとして、俺も頑張らなきゃ。
「さーて、もう六時前ね。少し早いけど解散にしましょ。明日もほむらとパワプロくんは打撃メニューだよ」
「えぇ~。ほむら自分の得意分野を活かしたいッスよー!」
「二人の弱点はズバリ打撃! 今のままじゃ、私と並んで仲良く七、八、九番よ? 投手と並んで自動アウトって言われても構わないなら別に良いけど」
「うぐぐぐ……否定のしようも無いッス……」
「俺もだよ……」
ほむらちゃんと二人でがっくりと肩を落とす。
そんな俺とほむらちゃんに、みずきちゃんはにっこりと優しい笑みを向けた。
「二人の守備は高レベルだから、練習する必要がないのよ。だから、打撃に集中させてるの」
「え……、そ、そうなの?」
「うん、そうよ。他の皆は守備を少しでも上手くしておかないと、高校レベルの打球には反応しきれないと思う。……でも、ほむらとパワプロくんは見た感じ、もう中堅高校でもレギュラークラスの守備力だと思うの」
「て、照れるッスね!」
「こればっかりはあんまり褒めない私も褒めざるを得ないくらい、凄いことだよ。こんな高レベルのセカンドとショートが居てくれたんなら、本当に甲子園も夢じゃないと思う」
真剣な表情で俺とほむらちゃんを褒めるみずきちゃんにドギマギしながら、俺はポリポリと頬を掻く。
みずきちゃんの言葉は、ショートの守備に没頭したあの日々が報われるような気がして、凄く嬉しかった。
――こんな俺でもチームの役に立てるんだって、そう思えるから。
「……とりあえず、今日は解散にしようと思うんだけど、キャプテンからは何かある?」
「特に無いよ。……後一週間後には試合だから、怪我しないように気をつけつつ、絶対に負けないように、がんばろう!」
「「「「「おおっ!」」」」」
「じゃ、お疲れ様!」
「注意散漫。グラウンド整備と用具の片付けがまだ終わってない」
「そうだぜパワプロ! 片付けるまでが部活だぜ!」
「あはは、皆疲れてるだろうし、俺がやっとくよ」
「って昨日もそう言ってたじゃねーか! たまにはやらせろよ! お前にばっかり負担掛けるわけにはいかねぇっての!」
「ありがとう笹本、伊藤。でも大丈夫。皆はノックやってただろ? 俺は素振りだけだったから、皆よりは疲れも少ないし、皆は早く風呂に入ってストレッチしないと筋肉痛が残っちゃうからさ」
「……ったく、分かったよ。でもこの埋め合わせはさせて貰うぜ」
「ありがとう」
「パワプロ、お前も疲れているんだろう。無理はするんじゃないぞ」
「六道さんも心配してくれるの?」
「む……当たり前だ。チームメイトを心配するのは当然だぞ」
「ありがと。でも大丈夫だよ。六道さんはノックの他にもみずきちゃんの投球練習にも付き合ってるし、人より疲れてるんだから、無理しちゃだめだよ」
「……うむ。分かった。お言葉に甘えさせて貰うぞ」
「うん。お疲れ様」
「……ほむら? どうした。帰らないのか?」
「ほらむも素振りメニューだったッスから、パワプロくんと片付けして帰るッスよ。だから、ひじりんは先に帰って欲しいッス」
「一人は色々と危ないと思うが……」
「だいじょーぶッス。パワプロくんに送って貰うッスから!」
「……うむ。分かった。では、先に帰らせてもらうぞ。また明日だ、ほむら」
「また明日ッス! ひじりん!」
俺とほむらちゃんは、帰っていくチームメイトの背中を見送って、完全に居なくなったのを確認する。
そして、まだ出しっぱなしの道具達に目を向けた。
「……ごめん、ほむらちゃん、毎日付きあわせてちゃって」
「気にしないで欲しいッスよ! ……でも、ちゃんとほむらの番も守って欲しいッス。いっつもパワプロくんばっかり捕る方になるッスからね」
「だ、だって、ほむらちゃんが怪我したら大変だし」
「怪我のリスクはパワプロくんも一緒ッスよ。……それに、ほむらはパワプロくんのパートナーッス。なら、ほむらも一緒に練習しないと胸を張ってパートナーだって言えなくなっちゃうじゃ無いッスか」
にっこりと笑みを浮かべるほむらちゃんに、俺は思わず胸がいっぱいになって何も言えなくなる。
……本当に、俺は良い友達に出会えたと思う。
まだ知り合って三週間くらいしか経ってないけど、はっきりと言える。
ほむらちゃんは、最高の親友だ。
「じゃあ、始めようか」
「了解ッス! じゃあ、まずはほむらがノックするッスよ!」
「うん。宜しく!」
ほむらちゃんがノックバットを持ったのを確認して、俺はショートの位置へと走りだす。
そして、毎日の日課になっている俺とほむらちゃんの秘密の守備練習が今日もまた、幕を開けた。
☆
「バレバレなのよね~。あの二人」
こっそりとフェンスの外から中を伺っていたみずきは苦笑しながらそう言った。
後ろには六道や、部活から帰ったはずの皆が居る。
「……臭すぎるっての。隠れて特訓とか、莫迦かよ……」
「朝倉号泣」
「うるさい伊藤っ。……ったりめぇだろ。なんだよあいつら、どうしてそこまで、頑張れんだよ……」
「……こういうスポ根な特訓は美しくないと思っていたけど、僕が間違ってたって認めるよ。こういうのも、良い」
「当然だろ。パワプロと川星は甲子園に行くために野球部を作ったんだぜ」
「……私も忘れてもらっては困るぞ」
「悪い悪い。……でも、ホントかっけぇよな。ああいうのさ」
笹本の言葉に全員が黙りこみ、無言で肯定する。
カァンッ! とほむらが放った痛烈なゴロを、パワプロが持ち前の超速反応で捕球し、スローイングネットに向かって送球する。
僅かに逸れた送球はスローイングネットのフレームに当たって、コロコロと転がった。
「ちょっと逸れちゃったみたいだ」
「捕った後にステップがちょっと乱れたッスね。捕った後はリズムを乱さないように気をつけないと駄目ッスよ」
「ん、だね。気をつける。ありがとうほむらちゃん。ホントに助かるよ」
「あはは、ほむらも言ってるだけッス。自分でやろうと思うと上手くいかないッスよ」
二人が注意点を確認しながら、再びノックを再開する。
再び捕球したパワプロが送球すると、今度はスローイングネットのど真ん中にボールが吸い込まれていった。
それを見て、チームメイト達は改めてパワプロの守備関しての感想を漏らした。
「……パワプロ、超うめぇよな」
「超絶技巧。プロを入れなきゃ、今まで見たショートの中で一番上手い」
「元投手、なんだよね? 彼」
「ああ、そうだ。中二までは専任だった筈だぜ」
「どんだけ努力したら、あんな風になるんだよ?」
「勿論才能も有ったでしょうね。スポーツビジョン……眼球運動、深視力、瞬間視力、動体視力、全部が凄いレベルだし」
「スポーツビジョン? なんだそれ?」
「所謂、スポーツに必要な視力のこと。動いてるものを見る能力の動体視力くらいはあんた達も知ってるでしょ。それに眼球の動きの速さを示す眼球運動と、物との距離を正確に測る深視力、瞬間的に多くの情報を脳に送る瞬間視を併せてスポーツビジョンって呼ぶの。それがパワプロくんはずば抜けて優秀なのよ」
「目が良い……ってことか」
「そういうこと。だから打球反応が素早くて正確なのよ」
「どうしてみずきはパワプロの眼のことを知っているんだ……?」
「入学決まってから身体測定したでしょ? あの時についでに測ってもらったの。優秀な子は野球部に入れようと思って」
「なるほど、納得したぞ」
「じゃあ、アレは才能ってことか?」
「それもあるけど、それだけじゃないわよ。勿論」
「……すげぇ努力した筈だぜ。考えてみろ、どれくらいのスピードと角度でバットがボールに当たるか見えても、それがどう飛んでくるか分かってなきゃ反応しようもないだろ」
「至極当然。……それを出来るようにするのは経験。外野手も同じ」
「そーだな。音とかスイングスピードとかで、ボールがどれくらい飛ぶか予想して動き始めるのは外野手も一緒だ」
「……それが、たった一年とちょっとで出来るくらい、パワプロは守備の練習をしていたということだ」
六道の言葉に全員が黙りこむ。
その視線の先で、パワプロはノックを捌き終え、パワリンを飲んで水分補給をした。
「次はほむらの番ッス!」
「うん。……ボールが見えづらくなってきたし、照明付けよう」
「そうッスね! ビバみずきちゃん! 幾ら電気代を使おうとお咎め無しッスよ!」
「環境には悪い気もするけど――俺も! ビバみずきちゃん!」
「ビバビバーッス!」
「あははっ」
ほむらと笑いながら、暗くなってもボールが追えるよう、パワプロがスイッチで照明をつける。
煌々と電灯で照らされるグラウンドの中で、今度はパワプロがノックバットを握り、打球を放ち始めた。
「……俺、バッセン寄って帰るぜ。お前らもあんまり道草食うなよ」
「家常茶飯、俺も行く」
「そこは『当然、俺も行く』って言ったほうが伝わりやすいと思うけどね」
「……四字熟語、格好良い」
「格好いいっつー理由でそういうキャラだったのか伊藤は……!」
「苦肉の策。女にモテたい」
「正直で素敵だね。友と食う道草、なかなかに美味しそうじゃないか、僕も行く」
「んだよ。お前ら『も』パワプロと川星の熱さが感染したのかよ。全く臭いったらありゃしないっての。……しょうがねぇ、俺のキャラじゃないけど、付き合ってやるよ」
「朝倉は素直じゃないぜ」
「うるさい。ほら、行くぞ」
「じゃ、俺達は行くけど、六道と橘はどうするんだ?」
「……私はあんまり遅くなったらお爺さまのマークがきつくなるから『一度』戻るよ。聖はどうする?」
「……車で、家まで送ってくれると嬉しいぞ」
「……ふふ、りょーかーい。それじゃ、戻りましょ。あ、皆張り切りすぎて怪我だけはしないように。あと、クールダウンも忘れずにね~♪」
「うーっす。じゃあな」
男子勢と手を振って別れて、聖とみずきは二人きりになる。
「それじゃ、私達も帰りましょ」
「うむ。……なぁ、みずき」
「ん? なぁに?」
「私達は、良い学校に入ったな」
「……うん、どうなることかと思ったけど、最高の三年間になりそうだね」
「そうだな。……あいつも居てくれれば――もっと最高だった」
「……さ、帰るわよ!」
「……ぁ、ま、待ってくれみずきっ」
聖が寂しそうに漏らした言葉にみずきは答えずに、家に向かって走りだした。
その背中の方では、ノックバットがボールを打つ音が延々と響いていた。