たとえこの身が灰になろうとも   作:マルシーズ

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うおおおおおお なんか事故って消えちゃったあああ;;
なんでだろう; 引越し作中です(;ω;)


一章 灼熱の炎
壱話 転生


 

 

 

 

雪で白く染まる丘の上で縁にファーがついた漆黒のコートを纏う男が立っていた。

長身で無造さな形の長く銀色に輝く髪、透き通った白い肌、

鋭利な刃のような鋭く赤い瞳を持つ目と整った顔立ち

そして左頬に顎から目にかけて斜めにざっくりと走る傷が特徴の男だった。

男は両手をポケットに入れながら墓の前にたたずむ。

風が吹きだし、雪と漆黒のコートの裾が舞い上がらせた。

 

 

男はポツンと立つ雪塗れの墓をじっと見つめていた。

寂しそうに虚ろな目で、血のような真っ赤な瞳で…。

男は微笑えむ、寂しそうな色を含めながら…。

そっと愛でるように,柔らかく優しい手つきで雪を払った。

そこには女の名前が刻まれた文字が現れる。

男は懐からタバコを取りだし咥え、人差し指から火を出しつけて吸い出す。

空から雪がしんしんと降り始めた。男はそれに気づき空を見上げた。

空はそんな男の心情を示すかのように灰色に曇っていた。

 

 

 

 

 

 

男はただ、ただ 目の前の墓に眠る女性の事だけを想う。

ソバカスの頬…、栗色で腰まで伸びた長い髪…。

晴れやかな空のような蒼い瞳と向日葵のような温かみのある笑顔…。

 

男は女を愛していた。その優しく明るい笑顔。

澄んだ歌声、明るく世話焼きでお節介で芯の強い性格。

恋人でありながら、まるで姉のような母のようなそんな存在であった。

時に厳しく見つめ、時に優しくいたわって 同じ夢を追い、共に北風に立ち向かい、

同じ人生のレールを二人三脚で歩いてくれた。

 

彼女も男を愛していた。女たらしで喧嘩好きでよく男は彼女を困らせていた。

そんな男だったが、彼女は男のいい所も理解していた。

家族や友そして自分を心の底から愛し、

どれだけ体が傷だらけになろうが心が押し潰されようが、

顔を真っ赤にして必死になって守ろうとするそんな男を彼女は弟を見るような息子をみるような…

厳しくも優しく暖かい眼差しで見守っていた。

 

男と女は剥き出しの両刃の刃と鞘のような存在であった。

その己ですら傷つけかねない鋭利な剣のような力を彼女はそっと

優しく包む鞘のように抑えてくれた。

だからこそ男は今まで生きていられた。だからこそ男は全力で女を護った。

 

 

 

 

 

 

男は背負っていたギターを無造作に取り出して弾き出す。

昔、彼女のために作った曲を歌の無いジャズ調のメロディーだけの曲を。

本当は歌を入れるはずだった。

しかし誤算があった。彼はラブソングが苦手であった。

数え切れない女を甘い言葉で誘惑してきた癖に…だ。

全力で想像を膨らませ、頭を捻り彼女を思いながらも考えた。

しかしなかなか納得のできる歌詞が思い浮かぶことが出来なかった。

短気な性格なこの男はしかたなく歌詞は諦めて、メロディーだけで表現した。

彼女はそんな男に「変な所で純情ね」と笑い、同時に涙を流しながら喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

弦を弾くたびに女との過ごした時間を思い出し涙を流す。この数十年間流さなかった分の涙をだ。

男はそんな涙を流す自分に嫌気を感じたが、どれだけ押さえ込もうと目から涙がこぼれていく。

 

男は演奏をやめ、ギターを降ろし無造作に涙に塗れた目を拭う。

そして自嘲的に笑い、墓の前でしゃがんだ。

小声で何かを言いながら女の髪を梳くようにやさしく墓を撫でる。

 

 

 

その時男は背中から違和感を感じた、嫌な音と痛みとともに。

男は顔を下に向けると、胸の心臓部に白木で造られた杭の先端が見えていた。

胸からごぽりと血が流れ、そして口から一筋の血が流れ落ちる。

男は無表情で後ろを振り向くと、?せた男がガタガタと震えていた。

そして恐怖と憎しみをもった顔で男を睨みつけ叫んだ。

 

「お前のせいで 両親は死んだのだと!」…と。

 

男は心当たりはない、こいつは誰だと思ったが刺した男の顔からとある面影を見た。

男が始めて殺人を犯した時にいた子供の面影を…。

 

 

 

 

男が幼い頃、出会った子連れのハンターの夫婦の事を…。

 

 

 

 

その夫婦は二人ともハンターだった、しかしお互い腕が悪く失敗ばかりしていた。

彼らの腕では大物を狩ることができず、狼などの小物で得る収入はすずめの涙。

足りない分は生計は町の食堂の手伝いと清掃などでわずかな銭を稼ぎなんとか食いつないでいた。

しかし子供が生まれたことがきっかけで食い扶持をそれらの仕事でまかないきれなくなった。

このままでは3人とも飢えて死んでしまう。

夫妻は飢えでやせ細り、狼すらも狩ることもできないほどに体が弱りきっていた。

目は充血し、顔は頬こけ、北大陸の厳しい吹雪と寒さが容赦なく親子を生命を削った。

夫婦は寒さに凍えながらなにか狩れる獲物はないかと森をさまよう。

すると自分たちと同じく弱った吸血鬼と思わしき子供の男と出会った。

この世界では人と吸血鬼は文化交流して以来良好な関係を築きつつあった。

とある都市では人が芸術を作りそれを吸血鬼に見せそれを喜ぶ吸血鬼の姿が見られるほどに。

だがこの辺境の人間は吸血鬼はいまだ人間の最大の捕食者だと思われていた。

よって吸血鬼を狩ったら莫大な賞金とヴァンパイアハンターという最大の名誉が与えられた。

夫妻は思った…。

この子供を狩ってその首をハンターギルドに渡せば3年間食べていける報酬を得ると。

彼らは歓喜した。飢えから逃れられると…!。

夫婦たちに良心がなかったわけでもない。

しかしこの厳しい辺境はそういう良心を持っていては生きていけなかった。

さらに言えばこの猛吹雪と寒さは夫婦の良心すらも凍らせている。

夫婦はそれぞれの得意な武器を取る。

家族の為、子供の為、自分たちの飢えを満たすために…。

 

 

 

 

 

 

子供もまた飢えていた。

故郷であるジプシーの集落は非常に貧しく女が総出で春を売り、

男たちは通りかかりの旅人に強盗行為をしてなんとか食い凌ぐという悲惨なありさまであった。

その上母親は子供を恨んでいた。

母親はまだ幼い男にろくに飯を与えなかった。

与えたとしてもそれは憎悪と暴力であった。

母親はヒステリックに叫び己の子供を罵声を浴びせ殴ったり蹴ったり暴行を加えた。

生命力の強い吸血鬼の血を引くとはいえ、子供のうちでは脅威の再生能力はまだ脆弱、

痛覚は通常の人間とほぼ同じだった。

子供は度重なる暴力と呪詛の言葉を赤ん坊の頃から受け続けた。

体と心はボロボロになり、吸血鬼特有の白く美しい顔は左頬にざっくりと傷が刻まれていた。

そして子供はついに耐えかね家から、悪魔のような母親から逃げ出した。

森に入って走る、襲い掛かる血の乾きに必死に耐えながら…。

飢えで真っ赤に染まった目から涙が流れ出す、

嗚咽が漏れる口の中で生えている長い犬歯はギラリと輝いていた。 

 

 

 

 

 

 

 

そんな飢えた半吸血鬼の子供と飢えた落ちこぼれハンター家族は出会った。

子供は赤く染まった目に涙を流しながらハンター夫婦に助けを乞うた。

言葉すらも知らない口で、言葉にもならない悲壮な声を吐き出しながら、必死にしがみ付き,

タスケテ…タスケテ…と。

夫婦は驚いた顔をしたがすぐ虚ろな目となり、お互いに顔を向け頷いた。

夫にしがみ付いていた子供を張り倒し、お互いの獲物を持ち襲い掛かった。

殺気と共にいくばかの哀れみと良心の呵責を感じながら。

 

 

 

 

夫の剣と銃が 女が放つ魔法が子供に襲い掛かった。

剣が子供の上半身を引き裂き、銃が肩を貫く。

完成した女の火炎魔法が子供を包んだ。

子供は火達磨になり獣のように叫び、必死にもがき苦しみ暴れながら火をかき消そうとする。

だが夫婦の猛攻は止まらない。

良心の鎖はもう引きちぎれ、彼らが思うのは一つ、この幼い吸血鬼の命を奪うのみ。

夫は子供の頭を掴み怒鳴りつけながら木に何度もぶつける。

そして子供が大人しくなったと悟り、剣で首を跳ね飛ばさんと男の首筋に刃を当てる。

その時、空気は変わった。

子供から尋常では無い鬼気が漏れ出した。

夫は恐怖のあまり子供を投げつける。雪煙を撒き散らせながら子供は地面に打ち付けられた。

投げ出された子供はじっとしばらくうつ伏せになりピクリとも動かない。

だが夫婦は動けなかった…、じっとうつ伏せで倒れている子供から嵐の前の静けさを感じたからだ。

そしてついに子供がうごいた。ゆっくりと体をゆらりと起き上がらせ、顔を夫婦に向けた。

夫婦は恐怖のあまり腰が抜け、しゃがみ込んでガタガタと震えた。

夫婦は見た!子供の顔は目がギラギラと真赤に輝き、口が長い犬歯を見せ付けるように、

悪鬼のように裂けるように開いていた。

そう…子供は恐怖と苦痛と悲しみで今まで抑えていた血の乾きから来る吸血鬼の暴走を吐き出し

開放してしまったのだ。

 

 

 

惨劇が始まった。

獣のような咆哮が、暴れ狂う鬼気が!木々を振るわし、小動物や鳥たちの心を凍らせる。

子供は夫婦に向かって飛び掛った!。

長くなった爪で恐怖で怯える妻の顔を当て、渾身の力を込めて振りぬく。

妻が悲鳴を上げ顔を抑え必死に逃げ出そうとしたが、

腰が抜け脚がガタガタと振るえ逃がすことが出来ない。

子供の爪が容赦なく妻を引き裂く。

血塗れた女の顔を子供と思えない握力で掴み、グイっと引き寄せた。

そして口を大きく開き長くなった犬歯を女の首筋に埋め込む。

じゅるじゅると湿った音が辺りを響かせた。子供が妻の血をすすっている音だ。

夫は恐怖で動かない体を怒りと復讐心を持って必死に動かし剣を取る。

子供は血を全て吸い、女の死体を放り投げた。

夫は妻の死体を見てさらに復讐心を燃え上がらせ、怒りの咆哮を吐き出す。

そして剣を取り、妻の血を喰らった悪鬼のような子供に剣を振るった。

しかし剣を振る腕を捕まれた。

べきべきと嫌な音を立てながら夫の腕が折られる。

夫の苦痛の叫びが…慟哭が森を響き渡らせた。

そんな夫に子供は爪を振るい男の腹を引き裂く。

夫の体からぼとぼとと臓物と血が飛び散り、真っ白に雪で染まる地面を赤く染める。

子供は血まみれになりながらも夫にしがみついて、首筋を噛み付き血を吸い出した。

夫の顔が血の気を失せ、真っ青に染まる。

そして後悔と恐怖の念で目からだらだらと涙が流れ出した。

血を全て吸われ体ががくりと力を失い、長かった人生の幕を閉じた。

 

 

 

 

 

森が元の静寂に戻る。

吹雪は止み、血まみれの肉隗と子供、

そして木に隠れガタガタと震える肉隗になった夫婦の子供だけが残った。

子供は血の飢えから解放されて正気に戻った。

血に塗れた手と体を見て…無残に肉隗に成り果てた夫婦を見た。

子供は目を開き、よろよろと後ずさりをして背を木に当てずずとしゃがみ込む。

子供は知った。自分が何かをしでかしたのか…!。

血の乾きで暴走して、あの夫婦を殺し血を喰らってしまった事を!。

胃から強烈な吐き気がこみ上げる。

子供は吐き気をおさえようと必死に口を塞ぐ。

だが無常にも嘔吐物が口から漏れ出し何度も吐いてしまった。

罪悪感と恐怖でガタガタと体が震え、涙が滝の様に流れ落ちる。

そして子供は嗚咽と共に慟哭した。

よろよろと立ち上がり、何度も木を殴りつける、拳に血が塗れてもお構い無しに。

子供は夫婦を殺したくなかった!どれだけ攻撃をされようが、あの夫婦はわかってくれる!。

…と幼い心はそう信じていた。

だが抑えられなかった!。

度重なる虐待と飢えと脆弱になった心は荒れ狂う血の乾きに耐えられなかった。

子供は膝を地面につき、跳ねるように上半身を反り上げて咆哮した

罪悪感染まった心を吐き出すように…。

 

 

 

 

 

「あの時のガキか?」

男はその時の惨劇を思い出して呟いた。

「そ・・・そうだ・・・・・!お前が・・・あの時・・・あの時・・・!!!」

刺した男は心が恐怖に染まりながらも何とか勇気を振り絞りこの憎き男に叫んだ。

男は振り返って、自分を白木の杭で刺した男に顔を向ける。

男の顔に怒りの色は無かった。それどころか顔は穏やかな眼差しで微笑んでいた。

恐怖に打ち砕かれそうになりながらも精一杯自分を殺そうとする男に…。

「馬鹿野郎」

と微笑して言った。

その声色は澄んでいた。怒りも憎しみも無く、それどころか慈しみすら湛えていた。

そんな男を見て刺した男は恐怖も憎しみも薄れだし呆然とした。

 

 

 

なんでこいつは刺されたのに顔はこんなに穏やかなんだ!。

さっさと殺せばいいのに!なんでその目つきのような鋭さで俺を殺さないんだ!!!。

刺した男は予想外の事になんとも言えない感覚に襲われた。

目が怒りだしそうな泣きそうな形となり、口をガタガタと震わし、一歩二歩と後ずさる。

 

 

 

 

「行きな」

男は首で後ろの森の方へやる。

「んな所見つかったらやべえだろ。ほら行きな」

男はニカっと白い歯を出し笑う。

「あ・・・あ・・・あ・・」

刺した男は後ずさる、言葉にもならない声を放ちながら。

「別にお前をどうにかしようとも 思ってねえよ 行け」

男はしっしっと手を振る。

刺した男は何度も頷き一目散に逃げるように森へと逃げ込んだ。

男はじっと森の方へ見つめ見送った後、顔を墓へと向ける。

「人間…憎んで憎まれて殺して殺されて…ままならないねぇ…」

と自嘲的に微笑んだ。そして「よっこいせ」と言いながら墓に寄りかかって座る。

「なぁ…お前もそう思うだろう?」

顔を墓に向け呟き、一息ついてそっと目を閉じる。

段々意識が遠のく。

全身の血が流れ出し、力が抜けるのを感じた。

男は自分が死ぬことを実感する。

不思議と恐怖を感じない。

愛すべきものを失って生きる気力がわいて来なかったからかもしれない。

 

 

 

 

 

悪くない人生だった…。

自分が生きてきた人生を思い出す。

幼い頃はろくでもなかった。

命を狙われ、飢えに苦しみ、挫折し、血反吐を吐き、

常人では発狂するような苦痛を何度も味わった。

だが仲間に出会えた。尊敬すべき男と女に育ててもらった。

様々な女に愛され抱いてきた。最後は一番惚れた女と結ばれることもできた。

音楽を奏で、愛すべき女と一緒に音楽団を作るという夢を叶えた。

最初は悪くても最後がこれだったら結果オーライだ、

これで悪い人生だったと言ったら罰が当たる。

 

 

 

 

 

男は薄れ行く意識の中で愛すべき女が睨んでいた。

そんな怒るなよ…自殺じゃねえからいいだろ?。

ん??もしかしたら死に様がダサかったからか?

ヘヘ…しゃーねえだろ…こうなっちまったもんは…俺だって出来ればかっけえ死に方したかったさ…。

ああ…もう意識が…やべえな…な…なあ…だから…よ…んな顔やめろてばさ…そっちいったらよ…

いっぱい…い…ぱ…い…。

 

 

 

 

 

男は震えた手で最後の力を絞るように墓を撫でた。

そして手ががくりと地に落ちる。

男は眠るように死んだ…、また愛する女と一緒になる夢を見て…。

少し困ったような微笑みで眠るように死んだ。

男の死体を雪が抱きしめるように埋める。

まるで男の罪を隠してくれるように。

やがて雪は止んだ、すっぽりと男と女の墓で埋もれた山があった。

そこに鳥が止まって鳴きだす。まるで音楽を愛した男と女に送るレクイエムのようだった。

空はそんな光景を見て悲しむかのような哀れむかのように曇っていた。

 

 

 

 

 

 

長い時がたった。

男は意識を取り戻す。

男は暗闇の中、丸くなっていた。

 

 

 

 

 

 

暗い…暗い…な…真っ暗だ…。

ここはどこだ…?これが…あの世の世界ってやつか…?

ずいぶん真っ暗なんだな…ひょっとして地獄か…?

まぁ…あれだけ好き勝手に暴れりゃ無理もねぇ。

それにしても随分…暖かいな…。

 

 

 

 

男は手を動かす。

まるで水をかくような感触を感じた。

男は水中の中にいるのか?と思った。

勘弁してくれと男は思う。

なんせ男は吸血鬼の特性のせいでかなずちだった。

だがここはなぜか心地よい。

男を包むこの場所は暖かく、どこか懐かしさと心を安らぐようなものを感じた。

男は心地よい顔をしながら身を任せた。

この暖かさと懐かしさに浸ったらあの子の所に行こうと思いながら…。

だがその時本能が告げた。

 

出ろ…出ろ…と。

男は反抗したが本能は言う 早くここから出ろと。いつまでもこうやって丸まっているのか!…と。

男はうっとおしがりながら抵抗したが本能がそれを許さなかった。

悪態つきながら仕方なく本能に従い身を任せる。

体に圧迫感を感じながらも吸い込まれるような感覚で移動するのを感じる。

生暖かい壁が男を包むようにそっと傷つけないように外へと出そうと押し上げる。

それがゆっくりと緩慢に繰り返し…。やがてこの懐かしくも優しい場所から出る時が来た。

 

 

 

 

とある国の屋敷の一室。

大きく豪奢なベッドの上で高貴な雰囲気の女性が陣痛と戦っていた。

襲い掛かる陣痛に耐えながらも、己の分身を開放しようとする。

夫と思わしき立派な髭を蓄えた貴族が妻に余計な心配をさせないよう冷静な態度を装いながら、

心の中で必死に応援をしていた。

妻は出産する年齢としては高齢であろう体にもかからわず、必死に陣痛と戦っていた。

長い時が立ち、母親の生命の器からついに新しい生命が誕生した。

産婆はいち早く、赤ん坊の状態を確かめそして性別を確認して叫んだ。

「奥様!男の子です!お世継ぎです!」

産婆の言葉に夫はおお!という歓喜を上げた。母親は涙を為ながら喜びを見せる。

産婆も喜びを満ちて取り出した赤ん坊を母親に渡し部屋を出た。

廊下で事の始終を見守っていた夫妻の親戚と貴族達にに報告する。

そして廊下中にドッと歓声が響き渡った。

だが…しかし問題が起きた…赤ん坊は産声を上げなかった、

ただ顔をきょろきょろと周りを見ていただけ。

産婆はそれを見て、赤ん坊が危ない状態で生まれたと勘違いをして青ざめた。

すぐさま母親と父親に頭を下げて赤ん坊を受け取り、逆さにして尻をバンバン叩いた。

産婆は一瞬赤ん坊に睨まれたと思い体をびくっと震わせる。

だがようやく赤ん坊が産声を上げたため気にしないことにした。

赤ん坊が泣かなかったと周囲に伝わり場の空気が凍りついた、

しかし産声を聞こえたので再び盛大に歓喜を上げる。

「さぁ…奥様、元気な赤ちゃんですよ。」

母親は産婆から赤ん坊を受け取り涙を浮かべながら抱きしめた。

 

 

 

赤ん坊は戸惑っていた。大いに戸惑っていた。

 

なんだここは、なんで貴族の部屋にいるんだよ…。

あの世にしちゃ随分リアルっつーかなんつーか新鮮味ねえっつーか…。

 

そんでよ…

 

 

赤ん坊はわなわなと震え、屈辱で涙目になって大いに怒りを感じていた。

 

なんなんだこのクソババア!。

いきなり人を吊り上げてケツゥ殴りやがって・・・ざけんじゃねえぞボケぇ!。

赤ん坊は羞恥と怒りで顔が真っ赤になっていた。

そう憤慨してる時だった、赤ん坊の体がふわりと柔らかく暖かいものに包まれた。

柔らかく優しい感触と匂いが赤ん坊の怒りを静める。

心地よくなりながらも上を見上げる。

そこには涙を貯めながら微笑んでいる桃色の中年の女性の顔が見えた。

ようやく自分はこの中年の女性に抱かれていると知る。

 

 

 

 

ちょいっと目はきついが若かったら結構美人さんそうだねぇ。

それにしてもなんだ?なんで俺はこの人に抱かれてるんだ?。

別に熟女も悪くはねぇと思うがこういうのはちょいっと勘弁してほしいもんだ。

 

とのん気に場違いな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

「おお!カリーヌ…でかしたぞ!!」

いきなり現れた夫だと思われる中年の男が赤ん坊の脇を抱えて抱き上げるた。

赤ん坊は露骨に嫌そうな顔をして中年の男にガンをくれる。

 

 

 

だれだこのおっさん…、舐めたことしてんじゃねえ!張り倒すぞ!。

 

 

 

 

女性と違って男性だとこの態度である。

しかし赤ん坊は考える、なんで自分は見知らぬ婆さんに尻を叩かれたのか。

なぜこの人は俺を見て涙を浮かんで喜んでいる…。

なんで俺がオッサンに担がれなきゃいけねえのか…。

ついでに周りにいる貴族共はなんだ…ジロジロ見やがって、金取るぞ馬鹿野郎。

 

 

ふと赤ん坊は己の手を見た。

 

なに?この手、めっちゃ小せえだろ! なんなんだっつのーの!

 

赤ん坊は女性にここはどこだと聞こうとした…が。

 

しゃべれねぇ…。

 

上手く舌が扱う事ができなく焦った…。

ようやく赤ん坊はきづいた。今の自分は赤ん坊だということを…。

そして大昔、知り合いの魔女から聞いた言葉を思い出した。

 

転生。

 

…ばかな…俺は生まれ変わったってことなのか?

 

信じられないと赤ん坊は思った。

周りはどう見てもお偉い貴族の出産の場だけはわかる。

おそらく自分の体は人間だか吸血鬼だか…の赤ん坊の姿だろう…。

なにか言葉を発しようとしても産声しか出せない。

しかも連中が放つ言葉はまったくわからない事もわかった。

自分がいた世界と同じような単語はいくつか聞こえるが…。

 

 

 

「うむ…うむ…カリーヌに似てなんとも意思の強そうな顔つきではないか!」

赤ん坊の父親らしき貴族の男は嬉しそうにニコニコして高く赤ん坊を上げた。

「よし!お前はアドリアンだ!。アドリアン・ギュスターヴと名づけよう!。

 どうだ!カリーヌいい名前だろう!」

父親は破顔して喜びを満ちた笑顔で母親に問う。

「ええ…アナタいい名前ですわ」

そう言ってにこりと微笑む。

「うむ!うむ!そうだろう!アドリアン!アドリアンだ!お前は!」

父親は周りの貴族にお構いなしにはしゃいだ。

「そうだ!お前はこの家を継ぐんだ!このヴァリエール家の跡継ぎだ!。

 立派な貴族になれ!!そして強い男になれ!」

 

 

赤ん坊は大はしゃぎする父親を見て微笑む。

 

 

この国の言葉はまったくわからなかったが、辛うじて「アドリアン」

その言葉が自分に与えられたという名前だとわかった。

 

アドリアンは嬉しかった。

前世では実の両親は兎も角、育ての両親に恵まれたが拾われて数年で両親は殺害された。

実の両親など母親は虐待癖があり、父親はあの世界で最凶最悪な吸血鬼であった。

血の繋がった実の両親がここまで祝福してくれるのは始めての体験だった。

アドリアンは心に込みあがるような暖かさが広がるのを感じ取り目から涙が溢れた。

しかし両親に心配かけさせまいと堪え微笑みかける。

両親がアドリアンの心に暖かさを与えたのと同じく、

その春の様な明るい笑顔は両親にとってもまた心に温かさを感じさせる様なものであった。

 

心の中でアドリアンは言う。

 

 

 

親父…母さんよろしくな…。そして生んでくれてありがとう。

 

 

 

 

 

夏の日差しが注ぐハルケギニア大陸の国家の一つ

トリステイン王国のヴァリエール家の屋敷で起こった幸福の1ページであった。

 

 

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