たとえこの身が灰になろうとも   作:マルシーズ

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四話 ジャンヌ

「ピチ~~おいで~~」

「くー!」

ルイズはピチソワーズを連れて屋敷の庭で遊んでいた。

庭の花畑で走り回り、まだ飛ぶことのできないピチソワーズは一生懸命トコトコとルイズについて行く。

その姿はルイズにはもう可愛くて可愛くてしかたなかった。

「ピチ可愛い~~!!」

ルイズは自分に追いついたピチソワーズを抱き上げて、笑顔でぎゅっと抱きしめる。

「く~~」

ピチソワーズも嬉しいのか甘えた声を放ち、その声が一層ルイズの母性本能を刺激した。

 

「楽しそうだねぇ」

「ええ、ルイズったらこんなに可愛いく笑っちゃって…」

そんなルイズとピチソワーズをアドリアンとカトレアは椅子に座り、ティータイムを楽しみながら眺めていた。

嬉しそうに元気一杯に遊ぶ妹を見て、兄と姉は自然と顔に笑みを浮かべる。

「ん…さすがちぃ姉。いい淹れ方をする」

アドリアンはティーカップに口をつけて紅茶を飲み、満足そうに微笑む。

「まぁ、アドリアンたらお世辞が上手なんだから」

カトレアは春の日差しのような暖かな笑みで微笑む。

「はは、世辞でもねぇさ。それに美人なちぃ姉を眺めながら飲むと特に美味ぇ」

「クス、あらあら今度は私に口説き文句?前の彼女はどうしたの?」

「ぶ!!!!」

カトレアの言葉に動揺したのか盛大に噴出す。

「いやぁ…なんの事かねぇ」

とアドリアンは空を見ながら遠い目をして誤魔化した。

「ほら、この前アドリアンの部屋に女の子がいたじゃない。その子はどうしたの?」

「いやぁ、別に彼女でもねぇさ、友達だよ友達」

と笑いながら誤魔化すが、アドリアンは4日前、町で17歳くらいの平民の女性をナンパして部屋に連れ込み情事にふけっていた。

しかしそれを見事母に見つかり問答無用のカッタトルネードを喰らい折檻をされていた。

証拠にアドリアンの顔は絆創膏だらけだ。

「別にアドリアンは男の子なんだから女の子と遊ぶのはいいけど、まだ10歳なんだからちょっと自重してよね?」

とカトレアはクスクスと笑い、アドリアンはバツの悪そうに苦笑いする。

(まったくちぃ姉にはかなわんねぇ)

 

 

カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ

ヴァリエール家の次女でアドリアンとは七つ離れた姉である。

母譲りのピーチブロンドの髪を持ち、会う人の心を癒すような柔和な容姿が特徴である。

そしてヴァリエール姉妹唯一の巨乳。

ヴァリエール家の中では珍しく比較的温厚でおっとりした性格で家来たちにも非常に慕われているが、非常に感の鋭い所がある。

だが、カトレアは先天性だと思われる原因不明の奇病に犯されていて身体が弱い。

だがそれにも関わらず、明るい性格に影を落とさず毎日微笑を絶やさない気丈な女性であった。

 

 

「それにしてもよ、ちぃ姉。身体のほうは大丈夫かよ?」

「ええ、大丈夫よ今日は調子がいいの。それにルイズとアドリアンの顔が見たかったしね」

神妙な顔つきでカトレアを労わるアドリアンに微笑をかける。

「そりゃぁ光栄の至りって奴だ。でもよ無理しねぇでくれよ?。何かあったら言えよ?何でもするからさ」

「ええ、その時はよろしくね。アドリアンも無茶はだめよ?夜はちゃんと寝ないと」

カトレアは知っていた、アドリアンがルイズや自分の為に夜中書斎にこもって魔法に関する本と病気に関する本を読み漁っていた事を。

「別に無茶でもねぇよ、俺は男だぜ?こんくれぇ糞でもねぇ」

とアドリアンは笑いながら心の中でつくづく感のいい人だとアドリアンは思った。本人は家族を心配かけさせまいとこっそりと魔法と病気を調べていたが、カトレアにはお見通しだったようだ。

両親にもばれてそうだなとも思ってはいたが…。

「でも無理はだめ、まだ子供なんだから。もしアドリアンが倒れたらお父様のお母様もエレオノール姉様もルイズも心配するわよ?」

「ぬぅ」

そう言われるとぐうの音も出ない、しかしアドリアンとしては家族を守るためならこの身がどうなろうと構わないでいるが…。

「ねぇアドリアン」

カトレアの表情が真剣になる。

「私は心配なの、なんかアドリアンはこのままだと大変な事になりそうで…」

「…」

「たしかにアナタは好き勝手に振舞ってるけど、その分家族のために身を焦がそうとしてる…どんなに傷を負おうがが悪名を得ようがお構いなしに…ね。

戦って傷ついて、血を流して…このままだときっといつかアドリアン自身が灰になって不幸になる…。そんな気がしてならないの…」

とカトレアの手がかすかに震えだす。

そしてカトレアは見たアドリアンの左の目に走っている三本の傷跡を。

5年前カトレアの発作がひどくなった時、アドリアンが薬草を取り行った時についた傷だ。

目こそ傷ついてはいなかったが、カトレアには非常に痛ましく見える。

アドリアンが傷だらけになって薬草を持ち帰ったとき、カトレアは珍しく泣いて謝ってしまった。

だがアドリアンは「俺が単に調子くれた挙句油断してポカしただけだ。気にすんなよ」と何も無かったように笑っていた。

いつもこの子はそうだ。こうやって傷だらけになりながらも家族を守ろうとする…自分の事はどうでもいい様な感じに…。

 

 

「ちぃ姉。俺は今すっげえ幸せなんだぜ?この俺がよ、チンピラみてえな俺がだ、こうやってよ、素晴らしい家族の一員として生まれたんだ。こんなに幸せな事ねぇじゃねえか」

と紅茶を一口飲み、笑みを浮かべながら目を閉じて…。

「灰になる…いいじゃねぇか。家族を守るためにたとえてめぇの身を焦がして灰になる…、そうなっても俺は本望だ。ただなんとなく生きて、だらだら長々と生きてくよりはよよっぽど充実してるぜ」

そうアドリアンは言って心底幸せそうに微笑み空を見上げる。

「でも!」

珍しく声を大きく言うカトレアにアドリアンは失言した!ときづいた。自分の不用意な発言でカトレアの身に負担をかけたかもしれない。

「わ…わりぃ。ちょいっと調子に乗ってた…。聞かなかったことにしてくれ」

「ねぇ、アドリアン…。私は…いえ…私たち家族はあなたが幸せになってほしいと願ってるの。あなたが私たちに幸せになってほしいと思ってるのと同じくらいにね。だから…もっと自分を大事にしてね」

とカトレアは微笑して、アドリアンの手を優しく包むようにして握る。

「…ああ。そうする。チィ姉こそ体大事にしてな?」

カトレアの手の暖かさを感じながらアドリアンも微笑んだ。

 

 

「二人ともここにいたか」

「親父?」

「お父様」

ティータイムしている二人の元にギュンターとヴィンツェンツォを従えたラ・ヴァリエール公が現れた。

それに気づいたカトレアは立ち上がりスカートを摘まんで一礼をし、アドリアンは座ったまま笑顔で手を振る。

「どうしたよ親父?」

「だから父に向かってその口はなんだ!その口は!!」

「あた!!」

と公爵はアドリアンの頭を殴りつける。そして庭で飛竜の赤ん坊と戯れているルイズを見て顔を緩め、うんうんと頷く。

「ルイズはピチソワーズとうまくやってるみたいだな」

「ええ。もう仲のよい姉弟みたいに仲良くて可愛らしくて微笑ましいですわ」

カトレアの言葉に公爵は笑顔で「そうかそうか」と喜ぶ。

 

親父も大変だねぇ…ほんとうは面と向かってもっとルイズを甘やかしてぇだろうによ、だがそれを大貴族の頭という立場が許さない。

つくづく貴族てぇのは難儀なもんだ…。

 

アドリアンはそう父の心情を感じて、少しセンチな気分になった。

しかしピチソワーズが屋敷に来て以来、ここの所色々な問題で暗くなりがちな家族の雰囲気に明るさが取り戻しつつあった。

つくづくルイズにピチソワーズを与えて良かったと思い、幸せそうに愛娘を眺める父を見て自然とアドリアンの顔も綻ぶ。

 

 

「おっといつまでもルイズをこうやって眺めてるわけにもいかんな」

と公爵はコホンと咳をする。

「アドリアン、お前の見合い相手を見つけたぞ!!」

「ああん!???」

父の予想外にも程がある言葉にアドリアンは心底嫌な顔をした。

 

 

 

 

数日後、アドリアンは自分の部屋に篭って、今までに無いほど不機嫌な顔をして窓を眺めていた。

それは今日父が勝手に決めた婚約者とその家族が顔合わせにに来るからだ。

アドリアンは冗談じゃねえ!と猛抗議した。

アドリアンとしてはまだまだ女遊びをしたいのに、婚約者ができるなんぞもってのほかだ、しかもこの年で。

たしかに貴族は婚約者を決めるのは早い、下手したらルイズと同じ年頃で決まってしまう事もある、親の勝手な判断でだ。

父の理由はこれ以上アドリアンの女遊びがひどくならない内に歯止めを利かせようと言う理由だった。

その為、父はアドリアンの抗議を一蹴。

ルイズも反対しようとしたが、エレオノールが「あなたの大好きな兄がこれ以上他の女達が寄ってきたらどうするの?」と言ったら、渋々ながら承知した。

 

 

アドリアンの婚約者はラ・ルノワール子爵家の長女、ジャンヌ・ブリジット・ド・ルノワールである。

アドリアンとは二歳年上で、水のメイジかつ12歳の年でありながらラインの実力を持つ。

またチェス大会では並々いる強豪から優勝を掻っ攫い、才女と呼ばれるほどの評判である。

 

たしかにジャンヌは変わり者という評もあるが、見た目も可愛らしいし才女として評判もいい。

そして家柄は子爵なのでヴァリエール家に比べれば身分は低いほうだが、ジャンヌの父親のラ・ルノワール子爵は人格者としても知れられ、公爵家の息子の相手としては申し分も無い。

 

 

 

「婚約者ねぇ…」

アドリアンは窓から空を見上げる。

「   …」

ぽつりと前世で愛した女の名前を呟く。

「くっく…アドリアンよ、女々しいぜ…。まだ前世の事引きずってるのかよ…」

と目を閉じ自嘲的に笑う。

「そんな都合よくあいつが転生してるわけねえだろうが…それに…」

ソファーに深く座り込んで息を大きく吸う。

「俺はもうあの世界のダンピールじゃねぇ。あくまで俺はハルゲキニアのトリステイン王国ヴァリエール家の人間だ…前世など…」

そう吐き捨て、そばにあったギターを取り出してブルースを弾きだした。

 

 

 

 

 

同時刻、ヴァリエール領の街道で、数台の豪奢な馬車が走っていた。

「…」

馬車の中で透き通った清水のような蒼いショートカットの大人びた顔立ちの少女が町並みを楽しむように眺めていた。

「どうしたのかね?ジャンヌ」

前に座っていた初老のルノワール子爵が人のよさそうな笑顔で愛娘に尋ねる。

「いえ、アドリアン様ってどういう人なのかって」

と好奇心が満ちた目でクスクスと笑い出す。

「はっは。お前も聞いておろう。凶暴で傲岸不遜という評判を」

「クスクス、そういう御仁だったら、いくらヴァリエール家とは言えこの話は反対したでしょ?」

とジャンヌは悪戯そうな笑みで返す。

「はっはっは!たしかにそうだ、いくら友人であるラ・ヴァリエール公爵の倅とは言え 評判ままの性格だったらヴァリエール家を敵に回してでも反対しただろうなぁ」

ひとしきりに笑ったあとルノワール子爵は続ける。

「たしかに彼は破天荒な性格ではあるが、決して暴君とは思わんよ。先ほど家来にここの平民達から評判を聞いたが意外と仲良くやっているようだ。子供たちもアドリアン君の事を「アドル兄ちゃん」と呼び懐いてるようだ」

「まあ変な人ですね…「狂犬」「ヴァリエールの鬼子」と大半の貴族から忌み恐れられ嫌われているのに、領民にはこうやって親しまれている」

「ふふ…その大半の貴族は大抵、汚職などの不祥事をしたり民衆を奴隷扱いにして血税を絞る取っている輩が多いからな。アドリアン君はそういうのが嫌いなんだろう」

「会ってみたいですわね…」

そう言ってジャンヌは外の景色を見た。

 

 

「おお!よくはるばるここまで来てくれたルノワール子爵。健在で何よりだな!」

ヴァリエール家の屋敷についたルノワール家は、玄関口でヴァリエール公爵とその家族にに迎えられた。

「はっは!ヴァリエール公爵もな」

とルノワール子爵もにこりと笑い互いに握手を交わす。そして握手が終わった後彼は愛娘を紹介する。

「ヴァリエール公爵、これが私の娘、ジャンヌ・ブリジットです」

「初めまして、ヴァリエール公爵、そしてヴァリエール家の皆様方。私の名はジャンヌ・ブリジット・ド・ルノワール。よろしくお願いしますね」

ジャンヌはドレスのスカートを摘まんで一礼する。

「こちらこそ、ミスジャンヌ。さ、お前たちミスに挨拶しなさい」

公爵に言われるがまま、ヴァリエール婦人をはじめ、家族が次々と挨拶をする。

「はっは。噂どおりに可愛らしい娘さん達だ…しかし」

ルノワール子爵はなにかが足りないと感じ、ヴァリーエルの子供達をきょろきょろと見回す。

「肝心のアドリアン君の姿が見えないが…」

「ああ…愚息の事か」

公爵の顔が無表情になり、指をパチンと鳴らした。

すると礼服を着たギュンターとヴィンツェンツォが、鉄のロープで首から足までぐるぐるに巻かれたアドリアンを運んできた。

「う~~!う~~!!」

アドリアンは抗議しようにも猿轡をされ喋れず、しかも自身を巻く鉄製のロープはご丁重に夫妻とエレオノールが総がかりでガッチガチに固定化をかけていて、力づくで縄を引きちぎれないでいた。

もちろん杖も没収するという抜かりの無さであった。(地味に嫌がらせの意味もある。)

「これはこれは、なんとも斬新な」

普通の貴族、いや人類なら唖然とする登場シーンに子爵とジャンヌは心底楽しげに笑い、ヴァリエール家の面々の反応はカトレアは苦笑いし、ルイズは心配そうに兄を見つめ、夫妻は無表情、

エレオノールは心底恥ずかしそうな顔をして全力で他人の振りをしているというなんとも奇妙な空気であった。

「すみませんなあ、子爵。愚息の奴照れくさってあなた方となかなか会おうとしないのでなぁ」

こうでもせんと暴れるのだよと公爵はハハハと乾いた笑いをする。

「ははは!。噂に違わずやんちゃ坊主のようだな」

「本当に苦労をするよこういう愚息をもってな」

「いやいや。私にも息子はいるが、たしかに父である自分が言うのもなんだが頭のいい子なんだが、大人しい性格でねえ。なにか物足りんものよ」

「ワシとしては普通の息子でよかったよ。では交換してみるかな?一週間も立たんうちに白髪が増えるぞ?」

父のフォローする気が一切無い息子の紹介にアドリアンは唸って抗議する。

「はは!それはそれで楽しそうだな」

と再度子爵は大笑いをする。

 

 

 

ヴァリエール一家とルノワール一家はとりあえず挨拶をすませたので、アドリアンとジャンヌを二人きりにさせて、ヴァエリエール姉妹をそれぞれの部屋に帰らせて、

公爵夫妻と子爵は客室で話しに花をさかせていた。

 

 

 

「くく、はーっはっはは!」

「いつまでわらってるんだ!ルノワール」

先ほどの事でいまだ笑いが止まらないルノワール子爵にヴァリエール公爵はムスっとしかめっ面をする。

「いやいや。あの堅物のヴァリエールがな…くっくっく お前がそういう姿を見せるとは…くっく」

「うるさい、あの阿呆を相手にしているとどうも品の無い事になる」

まったく忌々しいと公爵は腕を組んで愚痴り出す。

「本当にお前の倅は面白いもんだ。誰に似たのやら」

「本当にな…どうしてわしとカリーヌからあんなのが生まれてきたんだ!毎日毎日こう馬鹿騒ぎを起こしおって!」」

と不機嫌そうに腕を組んでため息を吐く。

「そう文句言っておきながら廃嫡する気にはないのだろ?」

ルノワール子爵は意地悪そうに笑う。

「…」

ヴァリエール公爵は紅茶を飲み口を開く。

「たしかにアドリアンは粗野で礼儀知らずで阿呆で女癖が悪くてめちゃくちゃしでかすトンチキでスットコドッコイで」

「はは、随分ボロクソに言うな」

心の中で口の悪い息子がいると毒されるのかねと思いながら、礼節を持った堅物であったはずの友人の話を聞く。

「だが…そういう奴だが…。同時に不思議と人を惹きつけるものを持っているのはたしかだ」

「ふふ。そうだなああいうのは敵も多いがその分大勢の仲間を作る輩でもありそうだしな」

「あの子が生まれてから家が随分と明るくなったと思う。たしかに奴のせいで胃が痛み出す事も多々あるが」

ルイズにしたってあれがいなかったら今頃どうなるか…。

ヴァリエール公爵の脳裏に魔法が使えなくてすすり泣く愛娘の姿が浮かぶ。

本当にアドリアンがルイズによく接していなければどうなっていた事か…。たしかにカトレアもルイズに優しく接していたが、カトレアの接し方はメイジの枠をはみ出す事が出来なかった。

もしアドリアンがこの世に生まれていなかったらルイズは魔法が使えないと言うコンプレックスと重圧で性格が歪んでいたかも知れない…。

父親失格だな…とヴァリエール公爵は悔しく思った。自分もアドリアンのように魔法とは別の方向にルイズを導かせればよかったはずなのに、

だがメイジ至上主義の貴族社会にどっぷりとつかってしまった自分にはそういう教育をする事ができなかった。

「わしはな。子供達の中でアドリアンが一番人の上に立つものとして相応しいと思っている」

「ほう。こんどはべた褒めか?」

「からかうなルノワール。わしがそう思ったのはただアドリアンが男子だという訳ではない。アドリアンがワシに言った事がある。「国は家、王、貴族は親、民衆は子供」とな」

「面白いことを言うな」

興味深そうに言うルノワール子爵にヴァリーエル公爵も頷く。

「うむその後、奴は言ったよ「子供である民衆を貴族や王が守らないでどうする」とな」

「くく。たしかにそうだ。アドリアン君の言うとおりそれぞれの頂点を立つものは親のようなものだしなぁ」

「そして、その子供を戦場に送るのも親…か」

ヴァリエール公爵は寂しそうに笑いながら紅茶を飲む。

「だがなルノワールよ」

「なんだ?」

「ワシは心配なのだよ…アドリアンはそうほざいた台詞と同じように家族を守ろうとするのが」

「ふ、家族思いのいい子供ではないか」

「限度がある。やつは家族を守るためなら平然と灼熱の業火に身を投じようとする…。そんな奴なのだ…」

「だから、そうならんために、それを抑える婚約者が必要だと…?」

「そうだ、奴は基本剥き出しの両刃の剣だ!しかも恐ろしく鋭い刃を持った…な。奴は強い、これ以上なモノを見たことが無い…と言っていいほどな…もし奴が箍をはずし本気で暴れだしたらワシおろかカリーヌさえ止めらぬかもな…!」

ヴァリエール公爵の手が拳を作りだんだん震えだす。

ルノワール子爵は驚いた、たしかにアドリアンは人目見ても子供とは思えない魔力を持っていると子爵は感じていたが、まさかあのような幼い年で高名な水のメイジでもあるヴァリエール公爵どころか

あの伝説に名高い「烈風のカリン」ですら止められないほどというのか!いくら親馬鹿発言と言えどほどがある。

「そんなに…彼は強いのか…?」

子爵の言葉にヴァリエール公爵とその傍らで黙って二人の話を聞いていた「烈風のカリン」ことカリーヌ婦人も頷いた。

「お前だから言う。奴はな…先住魔法だかなんだか知らぬが、4系統魔法とは違う別の魔法を使えるのだ…」

「な…なんだと…冗談はよせ…いくら何でも笑えんぞ…」

ルノワール子爵の顔に冷や汗が流れる。

「たしかに信じられんのも仕方ない…。信じろと言うのは普通無理だ、しかしワシとカリーヌは見てしまったのだよ…だがそれだけではない」

「まだ何かあるというのか?」

「うむ…」」

公爵は厳しい顔をして目を閉じ、一息入れて話を続ける。

「あの子が4歳の時…初めてカリーヌと模擬戦闘をした時だ…」

 

 

 

ヴァリエールの屋敷の中庭、まだ4歳になったばかりのアドリアンとカリーヌ婦人が対峙していた。

ヴァリエール公爵は邪魔にならないように、庭の片隅で椅子に座り、初の愛息子の実践訓練を見守ろうとしていた。

婦人はマンティコア隊の頃につけていた軽装の鎧を着込み、アドリアンも特別こしらえた子供用の軽装の鎧を着込んでいた。

「暑苦しい」

と不機嫌にアドリアンは文句を言う。

「訓練で大怪我しないためですよ。我慢しなさい」

抗議する息子の訴えを軽く一蹴する。

「お袋マジでやんの?」

とうんざりしたようにアドリアンは言ったがその瞬間、アドリアンの足元にドガっと音共に床が穴を空いた。

「当たり前でしょう?たしかにあなたの年齢ではまだ早すぎると思いますが…あなたは初の魔法の勉強で火、水、土、風の系統魔法を使いこなすというスクエアクラスの偉業をやってのけました。しかしそれくらいの実力があればもう戦闘訓練しても大丈夫でしょう」

(まいったねぇ、調子に乗ってやんなきゃよかった)

アドリアンは頭を抱える。

生まれて初めて魔法の授業をやった時、次々と教えられた通りに魔法を使いこなし神童など天才などと言われ周りからもてはやされた。

しかしアドリアンとしては前世で培った魔法と精霊に関する知識とテクニックさえあればできることで、こんなの天才でもなくただの反則としでしか思ってなく、なんも感慨も無かった。

だが、あまりにも父と母が喜んでいたので、それが嬉しくて調子に乗ってさらに喜ばせようと思い、全ての系統魔法とコモンマジックを難なくやって見せた。

そしてアドリアンの思惑通りに父と母はさらに喜んだ。だがこれがよくなかった。

そのあといきなり母が今度は私と実戦訓練をすると言い出した。

そしてその後初めて知った…母がハルゲキニア1の魔法の使い手だと…。

アドリアンは相当嫌がった。訓練とは言えど、いくら母が最強のメイジだとしても母を傷つけるような真似はアドリアンはしたくなかった。

だが嫌がるアドリアンの心の内を露知らず母と父は意地悪そうに嬉々としてそれを強行した。

「アドリアン…怖いのですか?」

「…」

母の挑発めいた台詞に血が上りかけるが、頭を振ってそれを払う。

「安心しなさい。命が無くなる訳ではなくてよ?…もっとも怪我は覚悟してもらいますけど」

間も要れず突然カリーヌは杖を前に突き出し、エアーハンマーを唱えた。

杖から不可視の空気の塊がアドリアンを襲った。

「!?」

アドリアンは咄嗟に素早く体を捻るようにそれを避けてしまった。

「な!?」

カリーヌは目を大きく開き驚いた。いくら気付けのため、最低限手加減したエアーハンマーをまだ4歳になったばかりの幼いアドリアンはそれを避けた。

「よく避けましたわね。褒めてあげますわよ?」

顔には出さないものの息子の力に心底嬉しそうに言った。

「まぐれだよまぐれ」

「謙遜しなくてもよくてよ?褒められたら子供は素直に喜びなさい」

とカリーヌをエアーハンマーを再度唱えだした。

「ちぃ!冗談はよし子さんだ馬鹿野朗!!」

アドリアンは悪態をつきながら次々と繰り出すエアーハンマーを避け続ける。

(まずったぜ…適当にやって負けたろうかと思ったけんど、これ喰らったらこんな貧弱な人間の体じゃ唯じゃすまねえぞ!!)

「さあ!アドリアン避けてばかりではどうにもならなくてよ?私を殺すつもりで打ってきなさい!!」

カリーヌはエアーハンマーを止め、こんどはエアーカッターを唱える。

無数の風の刃が四方からアドリアンを引き裂こうと襲い掛かる。

「…」

アドリアンは意を決して、魔法を唱えだした。

「ブレード」

アドリアンの杖から2Mほどの風の力で形成した刃が飛び出した。

「ブレードを出してどうしまたか?そのまま無数の刃を避けて私に攻撃するつもりですか!?甘いですわよ!」

まだまだ子供ねとカリーヌは思ったが、アドリアンはカリーヌの予想違いの事をやり出した。

アドリアンはその場を動かずに、ブレードを目にも止まらぬ速さで振るい、乾いた音を立てながら襲い掛かる無数の風の刃を次々と叩き落した。

「…なんと!」

公爵は驚きのあまり椅子から立ち上がる。

「…まさか…ブレードでエアーカッターを全て叩き落すとは…」

さすがのカリーヌもこれには参った。まさかエアーハンマーを避けるだけではなく、エアーカッターをブレードで叩き落す芸当を4歳のアドリアンはそれをやってしまった。

「さすが公爵と私の息子…ここまでやるとは!しかし・・・」

カリーヌは新たな魔法を唱えだした、杖から凄まじい風の魔法力が凝縮する。

「これがカッタトルネード!。これを避けたり剣ではじき落とすなどいうやり方は通用しませんよ!」

魔法が完成し、巨大な竜巻が現れる。家を壊さない為に手加減してあるとはいえ、これを人間が喰らったらただで済まさないのは必須。

(安心しなさい、あなたがエアーカッターに巻き込まれる前に四散させますから)

カリーヌは息子が今度はどうでるか確かめるために、様子を見る。

「やっべ~~」

これにはさすがのアドリアンも焦った、このような竜巻は今の自分では避けられず、剣圧でかき消すのも不可能。

(どうする…アドリアンよ…あれを使うか…いや…やめとくか…だけんど…4系統でこれを対象するには…く…!)

アドリアンは自問したが、竜巻は無常にも物凄い速さでアドリアンに向かってくる。

(ちぃ!!ままよ!!)

意を決したアドリアンは右手を広げ、前に突き出し、そして…右手から手のひらサイズの黒い塊のようなものが現れた。

「な…」

ヴァリエール公爵あんぐりと口を開き、カリーヌは唖然とし、杖を思わず落としてしまう。

カリーヌとヴァリエール公爵は見た、カリーヌが放った竜巻がアドリアンの手に吸い込まれる様を。

そしてカリーヌは見た。目を赤く光らせた息子が自分に向かって魔鳥のように飛び上がるのを…そして。

「あれは…」

まさに今自分に攻撃を仕掛けようとしたアドリアンの姿が一瞬ぶれ、何かに変わった。

シルバーブロンドの長くザンバラな髪と、血の様に真っ赤な目をした恐ろしくも妖しい妖艶な青年の姿に。

(何…?幻?)

あれは誰?あれは私達のアドリアンだったはず…なのにその姿は。

銀髪の青年が目を赤く光らせながらゆっくりと迫っていくのがわかる。

その青年の姿は瞬時にアドリアンの姿に戻り、カリーヌは正気に戻った…そして。

「あれ?」

間の抜けた声とドサっと音と共にアドリアンはカリーヌに攻撃が届かず、落ちてしまった。

(くそ~~~、これだから人間のガキっちょの体はよぉ~。紳士でスタイリッシュに母ちゃんを投げて事を済まそうとしたのに~~。締まらんぜ馬鹿野朗))

とうつぶせのままでちょっといじけた。

「アドリアン…あなた…何をやったの?」

「ふぇ?何をって?」

「とぼけるのはやめなさい。私のトルネードカッターを吸い込んだ魔法とあの姿は何なのですか?」

「だから何を言ってるのさ。母ちゃんが止めたんじゃないの?あれ、んで姿って何?」

アドリアンの顔が汗でだらだらになる。

カリーヌはしばらくアドリアンの睨みつけたが、息子が何を思って誤魔化してるのか察しため息をついた。

「…そう言う事にしときます。では今日はこれくらいでやめにしましょう、アドリアンよくやりましたね」

アドリアンに鋭い視線を送りながらも、心の中でこれ以上問い詰めたらなにか恐ろしいものを聞いてしまうという恐怖感なのからか、カリーヌはそれ以上追求せず訓練の終わりを宣言した。

 

 

 

「と言う事があってな…」

「そのような事が…」

「信じられんかもしれんが…カリーヌの魔法を吸収した魔法もそうだが…何よりもカリーヌが見たという、銀髪の青年の姿だ…」

そう言ってヴァリエール公爵は渋い顔をした。

「お主は見てはいないのか?」

とルノワール子爵は不思議そうな顔で公爵を見る。

「ああ、ワシには普通にアドリアンの姿のままでカリーヌに飛び上がって襲い掛かってるにしか見えんかったよ…」

公爵は背中を椅子にもたれ、腕を組む。

「信じられないのも無理もありませんわ…私だって今でも信じられません…でも見たのですあの子の姿が一瞬「銀髪の青年」に変わったのを」

「カリーヌだけでは無い。ワシらの部下、ギュンターとヴィンツェンツォも奴と喧嘩した時にその「銀髪の青年」の姿を一瞬見たというのだ…」

「そうなのか…」

ルノワール子爵は考え込むように口に手をやる。

「すまぬルノワールよ…」

突然公爵はルノワールに頭を下げた。

「な…どうしたヴァリエール。いきなり頭を下げおって」

「ワシはその得体の知れない息子をお前の娘に押し付けようとしている…!」

「…」

「ルノワール。笑ってくれそして親馬鹿だと罵るがよい。わしやカリーヌにとってそんな奴でも可愛い一人息子なのだ。さきほど言ったとおり奴は恐ろしく鋭い刃をもった両刃の剣なのだ…!

その刃が奴自身を傷つけないようにお前の娘が鞘になってくれるのを期待しておるのだ…!本当に勝手な言い草だとわしも思う。ワシの勝手な想いでお前の愛する娘を化け物のような力を持つ息子にやろうとしているのだ!!!」

ヴァリエール公爵はドンとテーブルを叩き再度ルノワール子爵に頭を下げる。

「それ以上言うなヴァリエール。そんな言い草はお前の息子に失礼ではないか」

とルノワール子爵は微笑してヴァリエール公爵の肩を叩き諌める。

「お前の気持ちはわかった。あと言うが私はアドリアン君の事は決して嫌いではないよ、たしかにふざけた登場の仕方をしくさったが、お前ほどの男がここまで頭を下げて願うんだ。

アドリアン君は決して周りの貴族共がほざくような暴君でも愚者でもなかろうよ。だがな」

ルノワール子爵は続ける。

「娘があの子を気に入るかどうかはワシはわからん。だが私は娘の気持ちを尊重しようと思っている。もし娘があの子を気に入らなかったら諦めてくれ」

逆もありえるがなとルノワール子爵は笑う。

「ああ、それでいい。今回の縁談を頼んだのはこっちのほうなんだお前達の好きにしてくれ」

「はは、そうさせてもらおうか、なんせうちの娘もあれはあれで怖い所があるからな」

と笑ったあとルノワール子爵は手に顎をあてぽつりと漏らした。

「そうか…この様子だとアドリアン君もか…」

「ん?どうした?ルノワールよ」

「…うむ…そうだな。下手したら異端審問にかけられかねない話を私に明かしてくれたんだ…こっちも秘密を言わなければフェアではない」

ルノワール子爵は意を決して、ヴァリエール夫妻の顔を見た。

「わたしの…娘…ジャンヌも実はとんでもない秘密があってな…」

そう言ったあとルノワール子爵は部屋にサイレントをかけた。

 

 

 

 

一方その頃縄を解かれたアドリアンはジャンヌと共に自分の部屋にいた。

「へぇ、けっこう綺麗に手入れしてるのね」

ジャンヌはそこらにある楽器を手にとって興味心身に見る。

しかしアドリアンはムスっとした顔で、ジャンヌに背を向けたまま窓の縁に胡坐をかいたままであった。

「ねぇ、なんで外見てるの?こっち向いて話さない?」

アドリアンをまるで聞き分けも無い子供をあやすように笑顔で言う。

「…」

「クスクスまったく子供ね」

笑うジャンヌに不機嫌そうな顔で睨んでまた外を見る。

「け!12のガキっちょのくせにませやがって」

「あら?そお?あなたなんか10歳の子供じゃないの?」

それにしてもと、ジャンヌはアドリアンを観察して。

「あなたを人目見たときハルケギニアの匂いを感じないなって思ったけど…」

ジャンヌの言葉にアドリアンの肩がピクっと震える。

「こうして見ると…あなたの中にある魂は他の人たちと毛色が違う…そしてとても強い光を感じる…上手くいえないけどね」

とジャンヌは一息入れて真剣な顔になった。

「あなた…転生者ね?」

転生者…ジャンヌにそう言われた時アドリアンの背中からかすかに殺気が帯びた。

「…てめぇなんの目的だ?」

赤く光ったアドリアンの目がジャンヌを射抜く…が、ジャンヌはそれに臆せもせず、バックから何かを取り出した。

「これ知ってる?」

紙で作った薔薇をアドリアンに見せてにっこりとする。

「…これって紙で作った薔薇…だよな?」

紙で作られた薔薇を見せられてアドリアンはすっかり毒気が失せてしまった。

毒気が抜かれたと入れ替わり今度は好奇心が出て、興味深そうに見る。

「この紙…色ついてんのな…しかも…」

花びらの部分を掴んで撫でる。

「なんかすっげえすべすべしてる…何でできてるんだ?」

「これはね木から植物繊維を取り出して、脱水、乾燥して作ってるの。ハルケギニアで普及してる羊皮紙とはまったく別のものよ?」

「しょくぶつせんい?」

ジャンヌの聞き慣れない単語にアドリアンは思考停止した。

「とりあえず木の皮で作った紙って事ね?」

混乱するアドリアンに苦笑して簡潔に説明する。

「ちょいといいか?」

「どうぞ」

ジャンヌはアドリアンに折り紙の薔薇を渡す。

「へ~~これアンタが作ったのか?」

ジャンヌは笑顔を作り同意する。

「そうなの、これは魔法使って作ったのよ?形は普通に手で折ったけど」

それを聞いてアドリアンはようやくわかった。なぜアドリアンにこれを見せたのか。

「これ…ハルケギニアには無え技術で作ってるな…て事は本当にお前も…か」

「そう、私もあなたと同じ別世界の転生者よ、ニホンていう国から来たの」

よろしくねと笑顔で言う。

「ニホン…?聞いたことねえな。じゃあ俺とは別の世界から来たのか」

「そう。私の世界には魔法なんてなかったけど、その代わり技術はハルケギニアより遥かに発達してると自負してるわよ?」

「まあ、そうだろうな。ハルケギニアは魔法が便利すぎてそれが逆に文化の進化を妨げてるしな」

「私もそう思うわ。あなたの世界もけっこう科学とかそういうの発達してるの?」

「かがく?ああ、錬金術か…まあ俺のところはな…ここと違ってでっけえ化けもんがわんさかいて、芸術にうるせえヴァンパイアのじじいがいっからそれらだけは発達してるよ。

あとはハルケギニアとそうそう変わらねぇ」

「そうなの?芸術を重視してるんだ、素敵な世界じゃない?」

「へ、疫病ばら撒く吸血鬼やら食人原人やらでっけえ化け物が我が物顔で歩いてんだぜ、禄でもねえ世界よ。それよかよ、お前の所はどうなんよ?どれくれぇ発達してんの?」

「私の世界はね…」

ジャンヌは転生前の世界と自分の国をアドリアンに教えた。人が宇宙に進出した事、空を飛ぶ乗り物で地球中どこでもいけたり、ネットやTVで様々な情報や色々なコンテンツを楽しむことなど。

すっかりジャンヌに大して警戒心がなくなり好奇心の塊と化したアドリアンは目を輝かせ、熱心にジャンヌの世界の事を聞き続けた。

「すげえな…宇宙まで進出してるなんてよ…」

アドリアンは何度目を輝かせながら頷く。

「やっぱ人間はすげえな…科学って奴だけでここまでやっちまうんだ…」

「でも私は諸刃の剣だと思うわよ?たしかに私の世界の人間は凄い勢いで科学や文化を発展させてきた…でも同時に地球や生物の遺伝子さえ破壊しかねない武器も作ったのよ?。

だから一概に素晴らしいとは思えないわ?」

「それでもだ、ここまで人はやれるんだ。それだけ人間は可能性の塊って事だろ?碌なでもねえもん作っても、それを直すものを人は作り出す事ができる…て俺は思うぜ?」

「たしかにあなたの言う通りね。私達はたしかに自分で自分を苦しめるようなものを作ってきた…でもどんな長い年月をかけてでもそれを解決する技術や考えができたのも事実だしね」

ジャンヌはバックから新たに鶴を模した蒼い折り紙を取り眺める。

「人は可能性の塊か…そうね…あなたの言う通りね…」

そして一息間を入れてアドリアンを見て。

「アナタって転生前どんな人だったの?」

「俺か…俺はな…ダンピールだったんよ」

「ダンピール…?それってヴァンパイアと人間のハーフ?どうりで強いわけか…」

ジャンヌは手の平を口にやり、驚いた色を見せる。

「知ってるのか?その手のやつはお前ん所にはいないと思ったがよ」

「いないけど、伝承や物語の中に出てくる想像上の人間よ、たしかジプシーの伝承で高いヴァンパイアハンターの素質を持ってるとか」

「ふーん、世界は違っても似たようなもんはちらほらあるんだねえ」

「本当にそうよね、私もトリステインに転生した時はフランスの貴族に生まれ変わったんじゃないかってびっくりしたもの」

「へ、俺も似たようなもんだ。まったくよ…、この俺が貴族のお坊ちゃんになって生まれ変わるなんざ思ってもいなかったよ、まあいい家族にめぐり合えたからいいけどよ」

とアドリアンはガハハと豪快に笑い出す。

「本当あなたって家族が大好きなのね?私が転生者って明かしたときはそれであなたの家族が被害を被らないかって思ってやったんでしょ?」

「悪かったよ、たしかにレディーにガンくれる事もねえわな」

バツの悪そうにアドリアンは頬を掻く。

「それにあなたがとても家族を大事にしてるのもわかったわ。だってほらあの子、あなたの妹のルイズちゃん。顔合わせの時ずっと私を怖い顔で睨んでたわよ?」

ジャンヌは意地悪そうな笑みでアドリアンを見て、アドリアンは乾いた笑いをした。

「まぁそれは兎も角。私も思わなかったなぁ、転生前は普通の家庭に生まれて一生懸命勉強して、やっと東京大学に合格してこれからだという時に帰り道交通事故で死んじゃって…。

気づいたら今じゃなぜかファンタジー世界の貴族の娘に生まれ変っちゃって、こうやって同じ転生したあなたとお見合いやってる。本当にわからないものね」

「ほんと人生なんざわからんもんだよな」

と二人はお互い見て笑う。

「それよかさお前ん所の音楽ってどうなんよ?、聞いてみたいな」

「そういえば、あなたって意外と音楽趣味だったわね」

「意外たぁ失礼だねえ、まあいいけどよ」

「そうね、私はピアノしかできないけどいい?」

「かまわねえよ。そこの奴使っていいぜ?」

ジャンヌは立ち上がって、ピアノの椅子に座ってにこりとアドリアンを見る。

「では、私の好きなジャズを弾きます。「Fly Me To The Moon」」

そう静かに言って、細くしなやかな指で鍵盤を叩き出した。

アドリアン目をつぶり、静かにジャンヌの歌とピアノが奏でる切なげなメロディーをじっと聞く。

曲は半ばになった時、アドリアンはギターを取り出しそれに合わせる様に弾き出した。

ジャンヌの歌…ピアノの旋律…そしてアドリアンのギターの旋律…。それらが溶けるように混ざり合い調和し、ヴァリエールの屋敷中を包む。

 

 

「ジャンヌの歌とピアノが聞こえるなギターは…アドリアン君か」

外から届く音色を聞いて、アドリアンの部屋の方向へ顔をやる。

「この曲調はアドリアンが好んで弾く「ジャズ」という奴でしたわね」

ヴァリエール公爵夫人も同じく、音色が聞こえる方へ笑みを浮かばせ見やる。

「ほう、アドリアン君もジャズを好むのか」

「このハルケギニアに無い音楽をやるという事は二人が転生者という事は間違いなさそうだな」

あの銀髪の青年は恐らくあの子の転生前の姿なんだなとヴァリエール公爵は相槌を打つ。

「それにしても驚いたな…二人とも転生者で…しかもジャンヌ嬢はお前にそれを伝えていたとはな…」

寂しそうに公爵は笑った。

「私も驚いたよ…、初めて聞かされたときはまったく信じられなかったが…こんなものを作って見せればな…」

ルノワール子爵は懐からジャンヌが作った蒼い薔薇を象った折り紙を取り出し、ヴァリエール夫妻に見せた。

「これは…」

「娘が作った「折り紙」という奴だ、もちろんハルケギニアで考えられた物ではない、娘の転生前にいた世界の美術品だ」

「綺麗ですわね…きっちりと丁寧に折って薔薇を象っている…」

公爵夫人は薔薇の折り紙を手に取りじっと見つめる。

「それだけではない、これを作った素材を見てみろ」

「ぬぅこれは…紙…なのか?」

ヴァリエール公爵は戸惑いながらも折り紙の感触を確かめながら言う。

「そうだ、私達が使うような羊で作られた紙では無い。ジャンヌが言うには木の皮で作ったそうだ。作り方は面倒なので省く」

「ほぅ…木の皮でこのような綺麗な紙を作るとは…。ジャンヌ嬢がいた世界は高度な技術を持つものだな」

「驚くのはそれだけではないジャンヌがいた世界はメイジが存在せず、全て平民がこのような物を作りさらにはこれらが大量に作られ格安で売られているという事だ」

「なんだと!?」

「まあ!」

夫妻はその言葉に心底驚いた。まさかメイジのいない世界が実在してさらにこの様なハルゲキニアの人間には高度な技術に見えるものであろう物を普通にしかも格安で作られているなど。

「たしかに驚くべき事だ、さらに恐ろしい事にあの世界の武器は毎秒数十発の弾を発射する銃があるという…意味はわかるな」

二人は青い顔をして頷く。ハルケギニアの銃はいわゆる火縄銃程度の性能しか無いもので、弾込めには時間はかかるし撃ったとしても命中性能、威力とも低く、とても兵器としての需要が低かった。

だが、その銃が発展して秒間数十発も発射し、さらに威力も命中精度も高いものがハルゲキニアに生まれ平民に渡ったとしたら容易に想像がつく。

今まで虐げられ復讐に燃えた平民は必ず貴族を皆殺しにかかるであろう…。

「もし、そのようなものを持った平民が大量に攻めてきたら…私でも対処できるかどうか…」

と公爵夫人は爪を噛む。

「こんな事をロマリアの凶信者どもに知られたら大変な事になるな…」

「うむ、だからこれは我々の胸のうちに閉まっておこう。あの子らもそれがわかっているしな」

ルノワール子爵はため息を漏らしながらあいずちを打つ。

「ワシの息子もとんでもないと思っていたが…お前の娘も大概だな…だが愚息と違って品がいいのは幸いか」

とヴァリエール公爵は苦笑いをする。

「ああ、まったくだ。だが二人は力の使い方をよくわかっている。だからこそアドリアン君もあまり自分の力を回りに見せないようにとしているんだろう」

「ふ、まあ全部見せてはいないとは言え、あの阿呆の事だいつかぼろが出るだろうな」

ヴァリーエル公爵は空になった妻のティーカップに紅茶を注ぐ。

「それより…アドリアン君はどうする?まだ彼はお前達に本当の事言っていないのだろう?」

「それはあいつが自分から言い出すまで、黙っていようと思っている。あれはあれで自らの力を抑えるので手一杯だろうしな」

「そしてその時まで私達はあの子は見守っていこうと思いますわ…」

ヴァリーエル公爵に続いて公爵夫人も遠い目で口を開く。

「そのほうがいいかも知れんな…」

ルノワール子爵はにこりと笑って、二人の意見を肯定する。

「お互い守っていこう…ワシ達の可愛い子供達を…強すぎる力と知識があの子達を押し潰さないように」

ヴァリエール公爵はそう宣言すると二人とも黙って頷いた。

 

 

 

一応無事に見合いは終わった…がアドリアンとジャンヌは自分らの意思でこの縁談を破談する事に決め、それを両親に伝えた。

「結局見合いは無かったことにするのだな?二人とも」

公爵は腕を組み、不機嫌そうにアドリアンを見る。

「まあ、俺らはまだガキだからよ、いきなり見合いてえのは無理あんぜ。だからよちょいっと20年くれえ時間くれや」

とアドリアンはカラカラ笑う。

「長いわ!阿呆!。お前はこれ以上女遊びができなくなるのが嫌なんだろうが!」

と公爵はアドリアンの頭をガスガス叩く。

「それにしてもいいのか?ジャンヌお前の気持ちは」

そう問う子爵にジャンヌはにこりと笑って。

「いいのです。私もアドリアン様と同意見ですわ。私もいきなりお見合いの話が来たから戸惑っていましたし、しばらく考えさせてください」

ジャンヌは下をチロっと出して笑う。

「まったく勝手な奴らよ。すまんな、ルノワール。せっかく来てもらったのに」

「いいって事だ。いい物を見せてもらったしな」

ヴァリエール公爵の背を叩いて気にするなと言う。

「だがまあ、今回の縁談はなかった事になったが、これからも付き合っていこう」

「そうだなルノワール」

と二人は笑いながら固い握手をした。

 

 

 

夕方、ルノワール親子を乗せた馬車は家路に着くため街路を走っていた。

「いい演奏だったぞジャンヌ」

ルノワール子爵は屋敷でジャンヌが弾いてた曲を褒めた。

「ありがとうございますわ」

ジャンヌも笑顔にそれに応える。

「それにしてもどうだった?アドリアン君は」

「気に入りましたわよ。とっても」

ジャンヌはにこりと笑う。

「そうかそうか気に入ったか。しかしそれでは残念だったな今度の話は」

「いえ、お互いこの縁談を破談したかったのは事実ですわ。まだまだ私達はハルケギニアをもっと楽しもうと思ってますので」

娘の言葉に子爵は驚いた顔を見せた、そしていつもの人の良さそうな笑顔を作り。

「そうかそうか、ハルケギニアを楽しむか」

娘の言葉にルノワール子爵は満足げに頷く。

「それにたしかに縁談は破綻しましたけど、私はあの子の事を諦めておりませんわ?」

ジャンヌの顔が幼子とは思えない妖艶な雰囲気を作る。

「ほう」

「だってあの子と一緒にいると退屈せずに済みそうなんですもの」

「はっは!だろうな、たしかにアドリアン君と一緒にいると退屈にはならんだろうな」

「それだけじゃありませんの」

「といういうと?」

「笑顔が素敵」

ジャヌは頬に手を当ててうっとりした顔になった。

「笑顔か…たしかにあの野生的な顔に似合わずいい笑顔で笑うな」

ルノワール子爵は顎に手をやり、アドリアンの悪戯坊主な雰囲気なれど、見るものを明るくさせる様な笑顔を思い出しながら頷く。

「ええ、これからもあの笑顔でたくさんの仲間を作るでしょうね…」

「恐らくそれがヴァリエールが言うアドリアン君の人を惹きつける力の源なんだろうな」

「お父様。決めましたわ。いつかきっとあの子をものにして見せますわ。絶対に」

「はっはっはそうか!そうしてくれ。私も彼の事は気に入った」

そんな二人はお互いの顔を見て笑いあった。

「ジャンヌ…こういう事を言うのも何か変なものがあるが、改めて言おうか。娘よハルケギニアにようこそ。思い切り存分にこの世界を楽しんでくれ」

子爵は笑顔で両腕を広げ、歓迎した。

「ええ、そうさせてもらいますわ」

と先ほどの妖艶な笑みとは別に明るく外見の年相応にジャンヌは笑みを作る。

 

 

 

 

 

その夜ヴァリエールの屋敷。

「おいっすお袋、親父」

アドリアンは父と母が寝ている寝所に突然現れた。

「どうしました?アドリアン。枕なぞもって現れて。それからノックしなさい」

訝しげに見る母にアドリアンは照れたように苦笑いを作る。

「あ…あのさ!たまには親子の交流を深めるためにさ!一緒に寝ていい?」

顔をトマトみたいに真っ赤にして訊ねるアドリアンを夫婦は不思議そうに見る。

人に甘えるそぶりを見せない、ましてや転生者なので恐らく見た目より精神が成熟してるであろうこの息子がそんな事を言うのは訳があるのだろうと思った。

「まぁ。たまにはいいですわね、こっちにいらっしゃい」

と婦人は微笑して、真ん中の布団をめくる。

「へへ、お邪魔します」

アドリアンはぎこちない口調と動きで「なんか照れちゃうな」と言い、のそのそと二人の間に入る。

「お前が一緒に寝たいってどういう風の吹き回しなんだアドリアン」

公爵は天井を見て、いつもと様子の違う息子に問う。

「あのさ…ジャンヌの事子爵から聞いた?」

「うむ…聞いたぞ。なにやら特別な存在ではあるらしいな」

「そっか…聞いたか…あのさ…俺よ…お袋…親父…実は…さ…信じられねえかもだけどダンピールだったんだよ…吸血鬼と人間のハーフの…」

夫妻は黙ったまま、いつになく言葉を詰まらせるように喋る息子の言葉をジッと聴く。

「ジャンヌと同じで転生して人としてここに生まれてきたんだよ…」

アドリアンはつばを飲み込み震えた口調で言う。

「でもさ!俺は!そんな化け物から転生した奴だけどよ!俺は…俺は…みんなの事」

「わかっているそれ以上言うな」

公爵はアドリアンの言葉を止める。

「お前が心底私達の事を思っている事はわかっているさ…」

ヴァリエール公爵に続いて公爵夫人も続いて口を開く。

「お父様の言うとおりですわよアドリアン…あなたが転生しようが転生前が吸血鬼と人間のハーフだろうが関係ないのです。そんな事はどうでもいいのです。あなたが私達の息子なのは事実なのですから…」

カリーヌはまだ10歳にしかならない息子の体を抱いて、衣服に隠れる無数の傷跡を撫でる。

「こんなに傷だらけになって…本当にあなたは馬鹿なんだから…」

アドリアンを抱きしめる母の力が強くなる。

「…!」

アドリアンは突然うつぶせになり顔を枕に押し付けた。

公爵がアドリアンの背中に手を当てるとかすかに震えているのを感じる。

「アドリアン…まさかお前泣いているのか?」

「泣いてるわけねえだろ馬鹿野朗。ただ…寒いだけだよ…」

息子が強がっているのを感じて、夫妻は黙ることにした。

そうアドリアンは悪態をついていたが、実際は涙で枕を濡らしていた。

アドリアンは泣いていた。自分が転生者…しかもダンピールであった自分を受け入れてくれた父と母の暖かさと優しさに心が沁みて…。。

アドリアンは改めて誓った。絶対にこの優しい家族を守っていこうと。

 

 

 

 

たとえこの身が灰になろうとも…。

 

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