二章 Ⅰ ヴァンパイアハンター 前偏
荒野の空に二つの月が輝く。
寒々とした風が吹き、闇夜に土煙を巻かせる。
狼の遠吠えが響いた。獲物を見つけた彼らは迷い込んだ哀れな鹿を追い詰めようとする。
そんないつもと変わらない闇夜にこの世の物とは言えない呻き声のような…、
叫び声のようななんとも言えない声が無数に響き渡った。
今まさに獲物を追い詰めようとした狼の群れがそれに気づき、
足を止めその方向へを顔を振りむかせる。
彼らの野生の本能が告げた。早く逃げろ…さもないと冥府の住民に食い殺される…と。
狼の群れは全身に鳥肌を立たせ、逃げる獲物を放っておいて一目散に逃げ出した。
「くう!!」
金髪の女戦士が剣を振るい、襲い掛かる朽ち果てた鎧の戦士を切り捨てる。
鎧戦士は袈裟懸けに斬られ、ずずと上半身をずらしながらドサッと地に落ちる。
落とされた彼の半身は空虚な目で女戦士を睨めつけながらがさがさと腕を動かす。
「く…!ディーヌ副長…!!!」
女戦士の顔が悲しみに染まり、せめての情けだとディーヌ副長だった躯の首を跳ね飛ばす。
「う…うう…」
涙に溢れる目を拭い辺りを見回す。
辺りは沢山の仲間だった躯が累々と横たわっている。
「く…!」
女戦士は意を決し、今まさに襲い掛からんとする死人になれ果てた仲間達に向かって剣を振り出した。
斬りつけても斬りつけても死人の群れはあふれ出し、しまいには朽ち果てた犬達も女戦士に襲い掛かった。
「アニエス!!」
太い声と共に2メイルにもなる斧が一閃、数体の死人をなぎ払う。
アニエスと呼んだ大柄の髭を生やした中年の男が駆け寄る。
「ギャスパー隊長!!」
ギャスパーと呼ばれた大柄の戦士はアニエスの背後に回り、襲い掛かる死人の群れを巨大な大斧で応戦する。
「アニエス!作戦は失敗だ!逃げるぞ!」
「隊長…そんな!」
「馬鹿者!これを見ろ!!奴らは斬っても斬っても沸いてきよる!これではキリが無い!」
「ですが隊長!」
「言うな!わしらは舐めていたのだ!奴らの強さを!…吸血鬼の恐ろしさを!!」
そうギャスパーがアニエスに怒鳴りつけると、彼らの前に土が盛り上がり、半径5メイルの白地に赤い水玉模様の球体へと形成する。
キュキョキョキョキョキョキョキョキョ!!
あたり一面に甲高く不快な笑い声が響き渡った。
「!?吸血鬼か!!出て来い!!」
アニエスは剣を構え声の主に叫ぶ。
「ウキョキョ!キョキョ!キョキョキョキョキョ!その老人の言うとぉり」
空から赤い地に紫の水玉模様を彩る道化の衣装を着た奇怪な男が球体に降りてきた。
球体に着地すると奇怪な男は、逆立ちになって手でステップを取って踊りだした。
「ようこぉそお目にかかる。我こそは偉大なる吸血鬼ヴァルヴァトーレ様の部下が一人、ピカレトゥーヌ!よろしゅうぅ…ウキャ!ウキャキャ!!!」
ピカレトゥーヌと名乗った吸血鬼は球体に這いつくばってクパァと大きく口を開き、吸血鬼の証の長い犬歯を見せた。
「き…!貴様が仲間を死人にしたのか!」
アニエスは剣を振り憎悪を持ってピカレトゥーヌに叫ぶ。
「そそ!ここはワチシのサーカス劇場!ここに入り込んだものはワチシの遊戯の玩具となるのだぁ!ウキャキャキャ!」
ピカレトゥーヌは顔を抑え、愉しそうに大声で不快な声で笑い出す。
「許せん…許さんぞ!貴様…!我が剣の錆となれ!!」
「待て!アニエス!!」
怒りに燃えるアニエスは拳を震わし、ギャスパーの静止を振りほどき剣を構え疾風の如くピカレトゥーヌへ飛び掛る。
「キョキョキョ!!!」
ピカレトゥーヌが両手で指揮を取るように振った。すると背後から5匹の10メイルもなる巨大熊達が現れ、ピカレトゥーヌを守るようにアニエスを阻んだ。
「どけ!貴様ら!」
アニエスは巨大熊に袈裟切りに斬りかかる。
「!?」
アニエスの剣が巨大熊の一匹のわき腹に食い込んだ。しかし硬く強靭の筋肉に阻まれ鋭い剣檄の勢いを殺し。止めてしまった。
「く!くう!!!」
アニエスは剣を抜こうと力を入れる。しかし筋肉はがっしりと刃を捕まえ離さない。
巨大熊はそんなアニエスを嘲笑うかのように太い腕を振り上げ、その巨大な爪牙でアニエスを切り刻まんと振り下ろす。
「アニエス!」
ギャスパーはアニエスの襟首を捕まえ後ろに投げ飛ばし、襲い掛かる爪牙を大斧の柄で受け止めた。
「ぐはぁ!!!」
爪牙に打ち込まれた大斧の柄は二つに圧し折れ、その反動でギャスパーはその大柄の体を吹き飛ばされる。
「隊長!!」
アニエスは自分をかばって吹き飛ばされた自分の上司に駆け寄る。
「ア…アニエス…逃げろ…」
ギャスパーは震えながら上半身を上げ、アニエスの肩を掴む。
「そんな…隊長…!できません!」
「言う事を聞け!このままだと二人とも奴らの餌食にされる…。お前だけでも逃げろ…」
ギャスパーは渾身の力を振るい上げ、アニエスを庇うように立ち、柄が短くなった大斧を構える。
「お前はわしが守る。あとの事は任せんかい!」
とギャスパーはアニエスに向かって笑顔を作る。
「アニエス…お前とは短い付き合いだったが…娘ができたみたいに楽しかったぞ」
ギャスパーは涙で顔を濡らすアニエスの頭を撫でる。
「クキュ!クキュキュキュ!なんとも弱々しくも美しい師弟関係ではないきゃぁ」
アニエスとギャスパーを見てピカレトゥーヌは腕を組み、バタバタと足をばたつかせる。
「まあどうでもいいんすけどね」
ピカレトゥーヌは白い化粧した顔を彼女らに向けて、左手を腰にやり、左手を振り巨大熊達を後ろに引かせる。
「さぁフィナーレといこうか!この感動の幕開け!わちしが降ろしてあげよぅ!」
ピカレトゥーヌの両肘から1メイルもある刃が飛び出る、そして球体から大きく跳躍してアニエス達に目掛けて肘の刃を振り上げた。
「この猛牛傭兵隊隊長ギャスパーの首!ただでは取れんぞ!!!」
ギャスパーはピカレトゥーヌを迎撃せんと大斧を片手で横へ振り構える。
「わちき。おっさんどうでもよい」
ピカレトゥーヌは空中でヒールを履いた足を振り上げ、ギャスパーの顔へと蹴り下ろす。
「ぐほお!!」
ピカレトゥーヌの細いヒールの踵がギャスパーの頬をめり込み、ギャスパーは後ろの岩に叩きつけられる。
「隊長!」
アニエスはギャスパーに振り返ろうとするが、ピカレトゥーヌに押し倒された。
「くひぃ!クキョキョキョ!何とも美しい…何とも美しいぃ顔立ち…」
アニエスの顔を掴み、その顔を舐めるように見てニィと細い目を笑わせる。
「これほどの美しい女性…。さぞやその血は甘美であろうなぁ…。これほどの餌…本来ならヴァルヴァトーレ様に献上したい所だが…、たまらん!たまらな過ぎる!!!」
とピカレトゥーヌは己の腕を抱きしめ、心底嬉しそうに笑い出す。
「下種が!!!」
アニエスはピカレトゥーヌを睨み唾をを吐きかける。
アニスの唾がピカレトゥーヌの鼻にかかる。
ピカレトゥーヌは鼻についた唾を指で取り、長い舌で舐めニンマリとした。
「クキョキョキョ…。美しいだけではなく、その心も気高いかぁ…。気に入った!気に入ったぞおおおおお!!もう辛抱たまらん!!!いただきます!!!!」
ピカレトゥーヌは大きく口を開け、アニエスの首筋に犬歯を埋め込もうとする。
(…く!!!くそぅ…!ここまでか…)
アニエスの心は屈辱に濡れ、目をつぶる。
犬歯が首筋に当てようとする…その時!遠くから蹄の音が聞こえた。
ピカレトゥーヌは吸血行為を止め、びくっと体を震わし蹄の音が聞こえる方向へ目をやる。
蹄の音がどんどん大きくなる。そして同時に凄まじい鬼気がピカレトゥーヌを襲う。
「!?」
ピカレトゥーヌは跳ね上がるように後ろへ飛び下がり、体を這いつくばせガタガタと体を震わしながら蹄の音と…鬼気が流れる方向へ睨む。
「…?」
アニエスは尋常の無く怯えるピカレトゥーヌに気づき、その方向へ目をやる。
すると甲高い声ととも黒毛の馬が飛び上がるのを見た。
黒毛の馬に乗った何者かが蒼い刀身を振り上げ、弧を描き電光の如くピカレトゥーヌを襲う。
「グギョヴァア!!」
ピカレトゥーヌの腕が蒼い刃に切り裂かれ、血を撒き散らしながら高く上へと飛ぶ。
「いぎゃい!いぎゃい!!!!うぐああああああ」
ピカレトゥーヌは腕を失った傷口を押さえ、転げのた打ち回る。
アニエスは黒毛の馬に乗った者の後姿を見た。
痩せ型で170サントほどのある体に漆黒のファーのマントを纏い、サーベル状の長く蒼い刀身を持ち、獅子の鬣を思わせるような黄金色に輝く長い髪を持った男の姿を…。
「貴様が…、ぎしゃまがやったのかああああああああ!!」
ピカレトゥーヌの顔が憎悪に歪み、黄金色の男に叫ぶ。
男は懐からタバコを取り出して吸い、獣のようなギラついた目を細め悪鬼の如くピカレトゥーヌを嘲笑い、今まさにピカレトゥーヌに強烈な鬼気を叩き込む。
「グ…!ググ…グココココココココココココ!!!」
ピカレトゥーヌは男が放つ鬼気に気圧されながらも、憎悪を持って肘についたブレードをなぎ払おうとする。
「くっく…」
ピカレトゥーヌの刃が男の顔を引き裂かんと襲い掛かるが、男はカウンターでピカレトゥーヌの口に拳を埋め込む。
「ヴヴォホォ!!」
口から大量の血と牙が吹き荒れ、ピカレトゥーヌの体が何度も地面に打ち当てられる様にバウンドし、地に口付けする。
「これが吸血鬼かよ…。どんだけ強いか楽しみだったけどよ…がっかりだねぇ」
男は口から紫煙を吐き出し、犬歯を全て折られのた打ち回るピカレトゥーヌを嘲笑った。
「キ…!貴様!!わちきの自慢の牙を!!!!」
ピカレトゥーヌは憤怒の顔で手を振って後ろに控えている巨大熊達に命令する。
「お前達!!!この小僧をやれえ!」
巨大熊達はヴォホ!ヴォホ!と猛り声を鳴らし、主人を痛めつけた黄金色の男に一斉に襲い掛かる。
「おーおー。面白くなってきたねえ」
と男は嬉しそうに襲い掛かる巨大熊を見て笑う。
「…誰だかは知らないが…助かった…!加勢する」
アニエスは立ち上がり剣を構える…が男はアニエスに振り返り困ったように笑い、アニエスに手を合わせる。
「ごめんね。さすがにこれはお姉さんじゃきっついわ」
「く…。わかっている…わかっているが…!」
「気持ちはわかるけどごめんね」
男はそう言って何かを唱えながら剣先をアニエスに向ける。
「な…!なにを!」
「ライトニングプリズム」
そう男は唱えると、アニエスの周りを紫に帯びた雷の鎖がドーム状に包む。
「ここでじっとしてな。ここにいりゃぁ熊さんは手ぇだせないからよ」
と男はまだ幼さが残る顔立ちでウィンクする。
「お…お前…貴族だったのか!?」
「いえーすざっつらいと」
男は笑って馬から下りて、蒼い剣を構える。
「さて…と…さっそく試し斬りするぜ…ジャン」
そうつぶやいて男は巨大熊の群れに真っ直ぐに飛び掛った。
「!?正面から斬りかかるだと!?無茶だ!やめろ!!」
アニエスの制止に男は無視する。
巨大熊は男に向かって爪牙を振り下ろした。
男は目にも止まらぬ速さで体を捻り、巨大熊に一閃。
蒼い刀身が風を切るような音を立て巨大熊の胴体を一撃で切り離す。
巨大熊の胴体は踊るように血と臓物を撒き散らせながら回転し飛び散った。
男はそれに目もくれず次の行動へ移った。
高く跳躍し、巨大熊の肩に飛び乗り顔面に蹴りをいれる。
「ゴボア!!」
巨大熊の顔面が男の蹴りで飛び散るように爆ぜ、首から大量の血しぶきをあげて倒れようとする。
男は顔が爆ぜた巨大熊の肩から飛び次の獲物を狙った。
空中で剣を振り上げ、もう一匹の巨大熊に目掛けて振り下ろす。
熊の頭から股へ一文字へと男の剣に引き裂かれ、二つの肉塊となり倒れた。
男は地へ着地して、血に塗れた蒼い刀身を見つめる。
「さっすがジャンがくれた杖剣(じょうけん)。いい感じだねぇ」
と感心して剣を見つめていると、地面から死人の腕が現れ男の足首を掴もうとするがそれを男は蹴り飛ばす。
「…化け物か…こいつは…」
雷の鎖に護られたアニエスは男の人間離れした戦いぶりを見てあんぐりと口を開ける。
「く…くく」
そんなアニエスの元にギャスパーがよろよろと笑いながら近づいてきた。
「た…隊長!大丈夫ですか!?」
「ああ…なんとかな…」
ギャスパーはウィンクして、どっかりと胡坐をかく。
「ふ…ふふ…アニエス…助かったぞ」
「え?」
「くっく…。運命の神とやらも粋な事をしなさる…。こんなとびっきりの活きのいい救世主をよこすなんてな…スケコマシなのがたまに傷だが…」
「隊長あれを知っているのですか?」
「あんな化け物じみた戦いする奴なんてこのハルケギニアじゃ一人しか思いつかんよ…奴は…あの鬼子だよ」
鬼子…その言葉を聞いてアニエスは驚きの色を見せる。
「鬼子ってまさか…」
「そう…奴こそがあの悪名高きヴァリエールの鬼子こと…「狂犬アドリアン」よ…」
「あれが…あの…」
アニエスは狂犬の名に恥じぬ暴れぶりをするアドリアンに顔を向けた。
某日トリステイン首都トリスタニア王城の謁見の間。
「アドリアン・ギュスターヴ・ド・ラ・ヴァリエール 勅命により貴様を吸血鬼討伐を命ずる」
あまりの無茶な任務の内容に辺りがざわめき、王女の前に恭しくしゃがんでいるアドリアンに視線を集中する。
最近トリステイン王国の全ての住民、貴族が震撼させる事件が起きた。
いずこからやってきた4人の吸血鬼が次々と領内の住民に襲い掛かったのだった。
その被害状況は尋常ではなく、トリステイン領の村や町合わせて4つも壊滅させてしまった。
事の重大さを知ったトリステイン王国のマザリーニ枢機卿はただちに吸血鬼らを討伐する為に魔法衛士隊の一つ「マンティコア隊」を送り込んだ。
だが結果は隊長ド・ゼッサールと数名残し全滅。
たった4人の吸血鬼のためにあのトリステイン王国が誇る精鋭なるマンティコア隊が壊滅的打撃を負ったという報告は瞬く間に王国中を轟かせ震撼させた。
トリステインの軍部は直ちに緊急会議をした。
吸血鬼の恐ろしさを体験したド・ゼッサールの説明で会議中が戦慄し、恐怖で沈黙した。
そんな不甲斐ない軍部にグリフォン隊の隊長となったジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは怖気づく彼らに叱咤した。
「なぜ黙るのです!貴方達はこの王国…そして領民を護る気はないのか!」…と。
そんなジャンに一人の貴族が嘲笑うかのように言う。
「だったら貴殿がいけばいい」
勿論ジャンはそれに頷いた。
と。その時ジャンの隣にいたド・ゼッサールは立ち上がって言った。
「なら私も行かせてくれ!私が体験した奴らの知識、必ずやワルド子爵の役に立ちましょうぞ」
復讐に燃えるド・ゼッサールにジャンは同意した。
「ならば行きましょう!貴方達の部下の無念…共に晴らしましょう!」
「ありがとう…ワルド子爵」
二人は互いに顔を向け硬い握手をした。
「まあまあ二方まて」
だがそんな二人に参謀総長のウィンプフェンは制した。
「私に一つ提案がある。どうであろう…あのヴァリエール公爵の息子、アドリアン・ギュスターブ・ド・ラ・ヴァリエールに奴らの討伐を命じようかと思うんだが」
そうウィンプフェンはにやりと笑う。
辺りはざわめいた。しかしジャンはその提案を大いに喜んだ。
「はは。たしかにアドリアンと一緒なら奴らに勝てるかもしれませんね」
最近仕事が忙しく、なかなか友人と会えなかったジャンは嬉しそうに言った…しかしウィンプフェンはそんなジャンに眉をしかめた。
「彼と一緒?何を言う。彼一人に任せようと思うのだが…」
その言葉にジャンは驚愕に目を大きくした。…この男は何を言っているんだ…あのマンティコア隊が束になってかかっても歯が立たなかった奴らに15の子供である彼一人にに討伐を命じようとするなど…。
「それは良い提案ですな」
とド・ポワチエ大将は下卑た笑いを浮かべ、ウィンプフェンに同意する。
「…!?。まさか貴方達はまだ15歳にしかならない少年一人に吸血鬼どもの討伐を命じるんですか!?これでは意味も無い生贄ではないか!」
「落ち着け子爵。これ以上我が精鋭を奴らによって失う訳にいかんよ。それにあのアドリアンは15歳でありながら数々の強敵を打ち倒してきた猛者ではないか。…その実力…友人である君ならよく知っているであろう?」
「だからって…いくら何でも無謀すぎる…!!」
ジャンは無茶苦茶な事を言うウィンプフェンを睨み、ギリギリと歯を軋ませる。
「そこまで子爵が言うなら…どうであろう多数決で決めようとするか?」
ド・ポワチエの提案に、ジャンとド・ゼッサール以外頷いた。
ウィンプフェンは納得いかない二人を無視して杖を上げる。
「吸血鬼どもの討伐…アドリアン・ギュスターブ・ド・ラ・ヴァリエールに行かせるを賛成の者は杖を上げろ」
一斉にジャンとド・ゼッサール以外の軍人達は杖を上げた。
「決まりだな」
と意地悪そうにウィンプフェンは笑った。
「…」
ジャンは彼らの悪意を感じ取った…。
ようするにこれを機会に彼らが厄介視するアドリアンを間接的に抹殺しようという腹なのであろう…。そうでなかったら無茶にもほどがあるこの事案は通らない。
(く…こんな緊急事態だと言うのに…奴らはこんな時ですら政争に目を向けるのか…!なんとも度し難い!)
ジャンは彼らに気づかれないように鋭い視線を送り、彼らをいつか打倒しようと心に強く誓った。
そして会議が終わり、ウィンプフェンはすぐさまこの提案をマザリーニ枢機卿では無く、なぜか高等法院長のリッシュモンに報告した。
マザリーニ枢機卿だとこの提案は却下されるのが目に見えていたからだ、なのでウィンプフェンらと同じくアドリアンを嫌うリッシュモンに通したのだった。
昔アドリアンに鼻を折られた事のあるリッシュモンはそれを喜んで承諾。すぐさまマザリーニ枢機卿にばれないようにマリアンヌ王女にその許可を得ようとした。
戸惑う王女にリッシュモンは言葉巧みに説得し、元々王女の信頼も高かった彼の言葉に王女は納得し、判を押した。
そしてすぐさま勅命の手紙をヴァリエールの屋敷へと送られた。
それを見たヴァリエール公は烈火の如く憤った。
「あのくそどもが~~。わしの息子を一人で吸血鬼共の討伐に送るだと…!!こんな無茶な話があるか!」
「くっくあいつらよほど俺を殺したいらしいねえ」
とアドリアンは人事の様に笑う。
「笑い事か!まったく…あの鳥の骨の奴…なぜこんな事を」
ヴァリエール公爵は犬猿の仲の枢機卿に毒を吐く。
「まあ。たぶんこれは鳥の骨のおっさんの提案じゃあねえだろうねえ…あのオッサンならこんなあほな事はしねえ。それは親父だってわかってんだろ?」
「むう…」
たしかにヴァリエール公爵がマザリーニ枢機卿を嫌っているのは、王女マリアンヌを差し置いて政務を全て受け持っているという理由だが、
同時に彼が私欲ではなく心の底からトリステインを思っているのは公爵自身もよくわかっている、そして彼がいなかったらさらにトリステインは滅茶苦茶だったであろう。
「まあこんな馬鹿な事をやるのはリッシュモンのくそじじいだろう。あの爺…マザリーニのおっちゃんにばれねえ内にこれをごり押しして通したな」
アドリアンは皮肉げに笑い、タバコを吸う。
「どうするのだアドリアン。これを受けるのか?」
「もちろん。いつかはあれらとやり合って見たかったし、これを成功すれば阿呆どもを黙らせるだろ?」
そしたら俺はシュヴァリエを貰えるなと笑う。
「阿呆。いくらシュヴァリエでも…相手はあのマンティコア隊を全壊させるほどの実力を持つ吸血鬼だぞ…?割りに合わんわ!」
「くっく。だったら俺は奴らより遥かに強えダンピールの魂を持つ男だぜ」
陽気に笑う息子に公爵は諦めたようにため息をつく。
「勝算はあるのか?奴らは先住魔法を使うぞ?」
「は!精霊だよりの魔法だったら対処なんぞいくらでもある」
その言葉に公爵の顔は好奇心の色を見せる。
「ほう。それはお前の前世の世界の魔法か何かでか?」
アドリアンは指で土の塊を作り出す。
「これに固定化かけてみ?」
「うむ」
公爵は言われたとおり、土の塊を固定化かけた。
「これでこの土は多少壁にぶち当てても壊れる事はねえ…だがよ」
とアドリアンは目を赤く光らせて口を開き、何かを放出した。
「ん?何をやったのだ」
アドリアンは土の塊を拾い、壁に当てた。
すると固定化をかけられて強度が増したはずの土の塊が普通に壊れた。
「なんと…あれは固定化かけたはずだったのだが…まさかお前がやった事は!」
父の問いにアドリアンはにやりと笑った。
「わかった。そういう技があるなら大丈夫であろう。行って来い…だが無茶はするなよ、命が危なくなったらすぐに逃げろ。逃げることも勇気だぞ」
「ああ、わかってる」
「そして王城に行ったらリッシュモンの汚い顔をぶちのめしてこい!わしが許す!」
「過激だねえ…。親父そういうキャラだったっけ?」
「貴様が言うか阿呆!」
そう行って公爵はアドリアンを抱きしめ、背を叩く。
「アドリアン…息子よ…。勝て!そして無事に帰って来い。娘らはなんとか誤魔化して置く。お前は後の事を気にせず存分に思いきり暴れて来い」
「ああ。わかったよ親父。土産はちゃんと買って来るからよ」
「ふっふ楽しみにしておるぞ」
そして親子は笑いながら拳を合わせた。
時は戻る。例の勅命に嬉々としてアドリアンは単身で王城へと馬を走らせた。
謁見の間に入ったアドリアンは慣れない動きで恭しく王座に座るマリアンヌ女王に礼をする。
そして隣に控えていたリッシュモンはアドリアンににやりと笑いながら、羊皮紙でできた勅命書を広げ言う。
「アドリアン・ギュスターヴ・ド・ラ・ヴァリエール 勅命により貴様を吸血鬼討伐を命ずる」
とリッシュモンは言い、同じく女王の隣にいたマザリーニ枢機卿は苦々しくリッシュモンを見る。
「よって直ちに貴殿は今すぐ奴らを追うように。今はポイヤック村周辺にいるとの事」
「わかりましたリッシュモン法院長」
アドリアンは皮肉を帯びた笑みをリッシュモンに見せる。
「不服の様だな」
リッシュモンは顔をしかめる。
「な~~に別に?奴らをぶち殺しに行くのは全然文句無ぇ。むしろ楽しみでしゃーねえ」
さっきの恭しい態度はどこへやら。すぐ態度を元に戻したアドリアンは立ち上がってリッシュモンを嘲笑う。
「いやなに。たかがこの公爵家のボンボンに吸血鬼退治命令するなんざよっぽど軍部はポンコツに見える…と言いたいところだけどよ、まだグリフォン隊とヒポグリフ隊は現役だし、ゼッサールのおっちゃんと数名の
マンティコア隊もいる…」
とアドリアンはそう言ってリッシュモンを睨みつけた。
「よっぽど俺を殺したいんだねえあんた」
心底愉快そうにアドリアンは笑う。
「無礼だぞ貴様!」
ド・ポワチエがアドリアンに向かって杖を取った。
「雑魚は引っ込んでろ!ど阿呆!」
アドリアンの鬼気を一身に受けたド・ポワチエは顔を真っ青にして、杖を落としてしまった。
「俺を殺りてえなら、今すぐここで殺れいいばいいべや。いくらでも受けて立つぜ?オッサン」
両手をポケットに入れ、見下すように言うアドリアンにリッシュモンの顔は真っ赤に染まる。
「…小僧!貴様…!」
「これこれアドリアン、よさんか。まったく相変わらずだのう」
マザリーニ枢機卿は困ったように笑いながら、激務でやせ細った手でアドリアンを制す。
「リッシュモン法院長もそんなに怒るな。こんな無茶な任務を命令されれば誰でも怒るであろう?」
そうリッシュモンを諌めるように言いながらも顔を真っ赤に染まった彼を睨みつける。
「さあ。話はこれでお終いだ。アドリアンよ大義であった。よくぞこのような無茶な任務を引き受けてくれた」
マザリーニはこのような提案を押し通した貴族に対していくばかの皮肉を色を浮かべ、アドリアンに賛辞を言葉を送った。
アドリアンは露骨にマザリーニだけ礼をして、心配そうに見ているジャンにウィンクをして退出した。
そんなアドリアンの後姿を見て貴族達は「狂犬めが!」「クズが!」と罵声を浴びせた。
「アドリアン!」
「ミスタ・アドリアン!」
王城の廊下を歩いているアドリアンにジャンとゼサールは声をかける。
「おいっす!ジャンにゼッサールのおっちゃん」
そんな二人にアドリアンは陽気な笑みを浮かべた。
「すまない!!ミスタ・アドリアン!私が不甲斐ないばかりに君をこんな目に…」
ゼッサールは苦渋の顔でアドリアンの手を取る。
「勘弁してや~おっちゃん。別に気にして無いから」
あとミスタはやめてな?年長者にそう言われるとケツが痒くなるとアドリアンは困ったように笑う。
「だが…しかし…」
申し訳無さそうに言うゼッサールにアドリアンは首を振る。
「あんた達は命がけでこの国の為に命をかけて戦ったんだ…。そんなあんたらを罵倒するほどいくら俺でもそこまでは落ちぶれちゃいねえよ」
「ありがとう…。君がそう言ってくれると命を落とした部下達も浮かばれる。だがしかし…」
「はっは。ミスタ・ゼッサールこれくらいにして置こう、これではキリが無い」
ジャンは笑っていつまでも終わりそうもないゼッサールの謝罪を制する。
そして真剣な顔になり、真っ直ぐにアドリアンを見る。
「アドリアン…。いくのか?」
「ああ。行くに決まってんだろ?」
「…本当にすまないことをした…僕が奴らを押さえ込めなかったばっかりに…」
「おめーもそんな暗い顔なんざすんなよ。別に死にに行くわけじゃ無えんだし。俺は楽しみに行くんだぜ?あいつらとのお遊戯をよ」
アドリアンはそんなジャンにカラカラ笑う。
「それにしてもお前…」
アドリアンはまじまじとジャンの顔を見る。
「お前…髭蓄えたんか…」
「ん?ああ、これか。グリフォン隊の隊長になったので威厳を作ろうと思ってな」
ジャンは立派に生えた髭をさする。
髭生やしたジャン…似合わないジャン…。
「…アドリアン…今物凄く失礼でつまらない事を思い浮かべてなかったか?」
「いや?別に?」
(うそだ!絶対考えている!口に出したら寒くなるのを知っているから言わないんだ!!)
とケケケと笑うアドリアンをジャンは汗を垂らしながら睨む。
「まったく相変わらずだな君は」
ジャンは相変わらず悪戯小僧な友人にため息を吐き、アドリアンに布で包んだ2メイルほどの長い棒のようなものを渡す。
「これは?」
「ふふ…本当は君の15歳の誕生日に渡そうと思ったんだが…仕事が忙しくてな…」
「そっかありがとよ。でもそんな事気にすんなよ。仕事大事」
アドリアンはジャンに笑いかけ、布を取った。
「これは…」
「おおう…素晴らしい」
布から現れたのは、赤く紫の装飾で彩られた柄に、鮮やかな蒼く長い刀身の長剣が現れた。
「これは杖剣だな…。だが我らが使う杖剣とは違うな…」
ゼッサールは興味深げにこの杖剣を見る。
「これはアドリアンの高い魔力と力に耐えるためにと職人に頼んだんだ。これなら存分に奴らと戦う事ができるだろう」
「ジャン…まじでありがと…」
アドリアンは目を輝かせて杖剣を取り、刀身を見上げる。
「なら私も君にこれをあげねばな」
ゼッサールは鞄から4枚の羊皮紙を渡す。
「これは奴らの特徴や攻撃方法を書いてある。本来ならこれを持って奴らとやり合うはずだったんだがな」
アドリアンは礼を言って、吸血鬼の資料を見る。
件の吸血鬼その1。
道化の衣装をして不快な笑い声が特徴。
主に熊や死人を操り戦う。
白兵戦もなかなか得意で両肘の刃物は鋼鉄すらも引き裂く。
件の吸血鬼その2。
貴族服のような服と眉毛が無く虚ろな目が特徴。
鞭のようにしなる剣と空中に舞う無数の剣で相手をズタズタにする。
件の吸血鬼その3
漆黒のローブのような服を纏うメイジ風の男。
影を操り、神出鬼没なる技で相手を滅する。
件の吸血鬼その4
4人組の中のリーダー格。
その力は不明で、実際奴が動いたときは無く。
実質上我々はこれ以外の3人によって壊滅された。
「ふむふむ」
「正直…これだけでは情報不足だが…」
「大丈夫大丈夫。これだけさえあれば十分」
申し訳無さそうにするゼッサールにアドリアンは笑いかける。
「ま。ここでいつまでも立ち話する暇もねえから、行くぜ」
「アドリアン!」
立ち去ろうとするアドリアンにジャンは声をかける。
「何よ?」
「やはり…僕も行こう…君一人に危険な真似はさせたくない…」
「ジャン…ありがとうよだけどよ…。お前が一緒にいったら立場やばくなるぜ?」
「そんな事は関係ない!友人一人を死地に行かせようなど僕のプライドが許さない!」
「死地って大げさだぜ?言っただろ?俺はお遊戯に行くってよ」
ジャンはジッとアドリアンの目を見つめ、諦めたようにため息を吐く。
「…わかった…君がそう言うなら…」
アドリアンはジャンを抱いて、ありがとうよと言った。
「じゃあ行くぜ?」
「ああ…。気をつけてな…」
「君に始祖の加護があらんことを」
アドリアンは二人と握手をしてその場から立ち去った。
「不思議な少年だなワルド子爵」
アドリアンの後姿を見送っていたゼッサールの口が開く。
「私は今日彼と会うまでは彼の事を嫌っていてな…。なぜあのカリーヌ前隊長からこのような子供が生まれてきたんだと思ったさ」
「はは!彼は態度でかいですからねえ」
「こうして実際話してみると、なんとも気持ちの好い少年だとわかるな」
「まあ確かに彼も悪いですが、あの通り彼の事を嫌っているのは下らない連中が多いですからねえ…。たしかにスケベで女たらしで粗暴ですが、本来は誇り高く家族思いで明るい少年だとは思うんですよ。
…でもやっぱりやんちゃすぎますけどねえ」
フォローをしながらもジャンはアドリアンのメチャクチャさを思い出し、苦笑いする。
「ふっふ。彼が無事に帰ってきたら一緒に酒を飲み交わしてみたいものだ」
「ああそういえば、彼は下戸でしたな」
「!?そうなのか?意外だな?では酔わせてみるか?」
「やってみたらどうです面白いですよ?すごい泣き上戸になりますから」
「わははは!それは見てみたいものだ」
二人は笑いあい、そしてアドリアンが無事に生き残るのを願った。
「…」
マザリーニ枢機卿は影からずっと3人を黙って見守っていた。
そして手で十字を切り、始祖にアドリアンの無事を願った。
「ふん…」
アドリアンはつまらなそうな目つきで死人の足をつかんで投げ飛ばした。
「うyぬいこおじい」
死人の群れは投げられた死人にぶつかり、ドミノのように吹き飛ばされた。
「エアーカッター」
杖剣から無数の風の刃が現れ、死人たちを次々と切り裂く。
「…あ…ああああああああああ!ワチシの可愛い子供達がアアアアあああああああ!」
ピカレトゥーヌはアドリアンに殺された大熊の死体と死人の残骸を見て、頭を狂ったように振り、地団駄した。
「おのれ!おのれ!おのれええええ!小僧!!よくもおおおおおお!!」
「かっかっか。どうしたよ?地団駄ふっちまって…可愛いねえ…まるで赤ちゃんだぜ」
アドリアンはピカレトゥーヌに挑発的に笑う。
「じねえ!じねじねじね!じねええ!精霊よおお!あの小僧をぶちころせい!!!」
地面から無数の土の手が飛び出しアドリアンを掴もうと狙う。
アドリアンは無数の土の手を杖剣で切り刻む。
この一帯の自然がアドリアンの敵として牙を剥いた。
襲い掛かる無数の風の刃が、地中深く沈む水源から出る水の槍が次々とアドリアンを襲い掛かった。
それを全てアドリアンは剣で弾き返した。
だが、地に根付く草が伸び茎が巨大な触手となりアドリアンの体を絡み付けた。
「これが先住魔法かい…なるほど…一帯の精霊と契約して行使する奴かい…。4系統と違って結構利に適ってるわな」
触手となった茎に締め付けられながらもアドリアンは関心する。
「ふははははは!どうだ小僧!これが貴様らがほざく先住魔法よ!!ここはわちしのテリトリー…ここにいる限りわちしが契約した精霊の餌食となるのだああ!」
ピカレトゥーヌは歓喜して、スキップする。
そしてアドリアンを縛る茎を自分の方へ持っていかせ、まじまじとアドリアンの顔を見る。
「ふむふむ。憎たらしいガキだと思ったが…こうして見ると…美しい…。ウキャ!ウキャ!…今日はいい日だ…こんなに美味しそうな獲物が二匹も釣れるなんて…」
ピカレトゥーヌはアドリアンをうっとりと見つめ、犬歯の無くなった口を開けた。
「息くせえんだよおめえ」
顔を歪ませたアドリアンはピカレトゥーヌの顔面に頭突きをした。
「ヴぉはあ!」
頭突きをされたピカレトゥーヌは鼻から血を撒き散らし、震える手で鼻を押さえる。
「…」
アドリアンは杖剣で己を縛る茎を切り裂いた。
「おのれコゾ・・・ぶおはああ!」
睨みつけるピカレトゥーヌの顔面に思いっきり蹴り付ける。
「ぐばあ!ごほ!おのれ!」
ピカレトゥーヌは手を振り、巨大な球体を作り出し飛び乗った。
そして素早い足使いで球体を回転させ、同時に刃が飛び出す。
「ウキョ!ウキョキョ!しねえ小僧!!」
ピカレトゥーヌを乗せた刃が生える巨大な球体は轟音を唸らせ、砂塵を作りアドリアンを引き裂かんと迫った。
アドリアンは迫り狂うを球体に笑みを浮かべ、両腕を上へと振るう。漆黒のマントがバサッと舞い上がり、それはまるで巨大な蝙蝠の翼の様だった。
そして目が赤く光り、月をバックに高く魔鳥のように飛び上がった。
「ギョボ!?」
ピカレトゥーヌは見た。飛び上がるアドリアンはピカレトゥーヌに向かって蹴りを放つ。
アドリアンの蹴りは彗星の如く落ち、ピカレトゥーヌの体を貫いた。
「キシェエアアアアアアアア!。」
甲高い断末魔が月夜に響き渡る。
「ごぽ…ぷ…」
ピカレトゥーヌの口から大量の血が流れ、よろよろと後ろに下がり、球体から落ちた。
「ごほ!ぐほ!き・・きしゃま…何者…だ…。何故だ…なぜ…きしゃまの…からだの…中に…我らとお…な…」
震えた手をアドリアンに向かって掴もうとかざすも、ついにピカレトゥーヌは息を耐えその腕を下ろした。
「…本当に一人で勝ってしまった」
アニエスは呆然とアドリアンを見る。
「強い強いとは思ってたが…まじでやりやがったな」
ギャスパーはタバコを吸いながら苦笑いをする。
「お姉さん無事?」
顔を血まみれにしたアドリアンは、笑いながら歩きながらアニエスを囲むライトニング・プリズムを解く。
「助かった…すまない」
アニエスはアドリアンに頭を下げる。
「別にいいっていいって。それよかさ、なんでこんな辺鄙な所にいたんだよ」
「それは…」
「相変わらず強いのうヴァリエールのボンよ」
アニエスが言い終わらない内にギャスパーが声をかける。
「ん…?ああ?あれ?ギャスパーのおっさんかよ!ひっさしぶり!4年前のオーク討伐の時だっけか!元気にしてた?」
「がはははは。まあ全然元気ではないなあ」
ギャスパーは大笑いしながら、血に塗れたわき腹を見せる。
「てぇ…事は…周りにある死体って…」
アドリアンは周りの死体を見回す。その死体数人に知っている顔がちらほら倒れていた。
「そうじゃ…わしの部下じゃよ」
ギャスパーは立ち上がり、躯と化した部下に近寄る。
「完全にわしの責任じゃよ…。わしが吸血鬼をなめてかかって奴らの討伐を引き受けたからのう…」
「そうかい…」
アドリアンは胸に手を当てて、猛牛傭兵隊の躯たちに黙祷する。
「で?この綺麗なお姉さんもおっさんの部下?もしくは愛人?」
「阿呆!だれが愛人だ!こいつはアニエス。2年前にワシの部下となった娘じゃよ」
「アニエスだ。よろしくミスタ・ヴァリエール」
騎士の礼をもって挨拶する。そんなアニエスにアドリアンは妖艶な笑みを浮かばせてアニエスの腰を抱き、手を取る。
「アドリアンでいい。よろしく…フロイライン」
甘い声で挨拶し、取ったアニエスの手に唇を落とす。
「…!?」
夜空に乾いた音が大きく響いた。
「気の強えねーちゃんだねえ」
アドリアンは真っ赤な手形を作った頬を撫でる。
「…はぁはぁ!なんなんだこいつは!」
アニエスは顔を真っ赤にして、激しく動悸する胸を押さえる。
「変わらんのうボンよ。しっかし相変わらずマドモワゼルと言わないんじゃのう、それヴァリエール公爵が嫌ってるゲルマニアの言葉じゃぞ?」
「関係ねえよ。フロイラインの方が響きいいだろうが」
「たく、いい加減にせんと公爵にぶちきられるぞい…まあいいか。それよりこのアニエスはいくらボンの誘惑でもなびかないぞ?なんせレズだからな」
「そりゃ勿体無い」
「隊長!私はレズではありません!」
アニエスの顔が羞恥に染まり激昂した。
「!?」
そんなふざけあいをしている最中アドリアンはは強烈な鬼気を感じた。
「あれは…」
さきほどのふざけた態度から一変、アドリアンの顔が険しくなり鬼気の流れる方向へ目をやる。
「どうしたボン?」
二人は何事かと同じ方向に顔を向ける。
丘の上に月の光に照らされた3つの赤く光る目を輝かせた影が立っていた。
影のような漆黒の衣を纏っらやせ細った男…。
貴族服のようなコートを着た不気味な目をした男…。
そして真ん中に鎧のようなローブのような服を着た角のようなものが生えた妖艶の男…。
それぞれが強烈な鬼気を持ってアドリアンを赤い瞳で見ていた…。
「こいつらは…」
アニエスは3人が放つ強烈な鬼気を浴びて蛇に睨まれた蛙の如く体を硬くする。
ギャスパーもアニエスと同じく3人の鬼気によって顔が青ざめ体がまったく動けないでいた。
アドリアンは笑い3人に向かって一歩踏み込み、親指で自分の首を切るような動きをした。
そんなアドリアンに真ん中にいたリーダー格と思わしき男は人間離れした妖艶な笑みを浮かべ手を挙げた。
そして振り向いて馬車に乗り込み、脇の二人も後に続いた。
馬の声が響き、3人の馬車は闇の中に溶け込むように消え去った。
アドリアンは馬車が走り去ったあとを睨み。そしてすぐ馬に飛び乗り彼らを追った。
アドリアンは馬を走らせながら感じた。
あの三人…いや、真ん中にいた男とハルケギニアに転生して以来かつてない死闘を繰り広げると。
to be continued