(フ……まさにもがく者よ。あの蝕を生き延びたるはまぎれもなくこの力ゆえ)
無数に襲い掛かる死霊どもを切り捨てるガッツを見て騎士はそう評価した。
変化が起こる。
周囲を浮遊していた突然死霊が消え去ったのだ。
「……何だ。もう終わりかよ?」
『違う。見つけたのだ。もう一つの松明を』
「松明……?」
また小難しいことを……とガッツが愚痴る。
だが、もう一つの松明という言葉を反芻するうちに、一つの考えに至った。
もう一つ、烙印が刻まれたものは近くには一人しか居ない。
彼は直ぐに行動に移した。茨の剣の持ち主である髑髏の騎士に向かって剣を突きつけたのだ。
「おっさん。その馬ちょっくら貸してもらうぜ」
ガッツは騎士の跨る馬に目をつけた。どれ程の距離を走ってきたのかはわからないが、徒歩よりは圧倒的に速くキャスカの元にたどり着けるだろう。
「早くしねぇか!!」
剣先を突きつけられているというのに一切反応が無い騎士に業を煮やしたガッツは思わず声を荒げた。
『フ……』
「うお……お!?」
騎士は髑髏の兜の奥で軽く笑うと、剣を持つガッツの手首を掴んで引き上げた。
大柄のガッツがいともたやすく宙を舞い、馬上の騎士の背後に落ちた。衝撃で彼の手から離れた茨の剣を騎士が受け止める。
『お前を乗せるのはこれで二度目だ。振り落とされるなよ』
騎士は馬を操り駆け出した。ガッツの来た道を戻るように。
雲で隠れた月のぼんやりとした明かりを一切の躊躇いも無く進む髑髏の馬。それはまるで風のようであった。
「あんた、オレを乗せるのはこれで二度目だって言ってたよな!どういうことだ!!」
『……あの異界の地よりお前達を運び出したのはこの私だ』
「何……!?」
『礼には及ばぬ。ついでのことだ。これも、何かの縁だ』
「……あんた、一体何者なんだ?」
『やつら人外の者どもに仇なす者。そうとだけ言っておこう』
「──どうしてオレ達をあの裏山に? あの場所のことは誰にも話したことねえぞ、オレは」
『さてな……私はただあの異界の門より最も近い安全な地にお前達を運んだだけだ。あの山はかつて妖精どもの住みし地。妖精が去った後も大地の気が強く、闇の者どもから身を隠すにはうってつけの場所だった』
数年前、山篭りの折りにゴドーとした会話を思い出してガッツは髑髏の言葉を反芻した。
『それがお前のゆかりの地だとは知らなかった。"偶然"だ。お前が命を取り留めたのも同じく、お前の友が"偶然"持ち合わせた“妖精の鱗粉”によるものだ』
「妖精の……鱗粉?」
体を眺め、傷がふさがっているのに今更ながらに気づく。
『極上の良薬だ。たやすく手に入るものではない。妖精は滅多なことでは人前に姿を見せぬからな』
そういって騎士は少しだけガッツに顔を向け、
『縁があるのかもしれんな。妖精と』
その言葉に、思うことがあったのかガッツは黙り込んでしまった。
『フ…それでもやはり運命とやらを信じる気にはなれぬか』
「……ああ──しかし、身を隠すのにうってつけってんなら、どうしてキャスカが…?」
『おそらく鉱洞の外に出たのだろう。悪霊どもを近づけたくなくばあの場所を離れてはならぬ。日の光が差し込む場所ならばまだいい。日没以降、あるいは暗き森などに足を踏み入れたならば、たちどころに亡者どもが群れ集まってくる。先ほどのお前の様にな』
「おい、ちょっと待てよ! ……ってことはこの先ずっと、あの穴ぐらの中にいろってことか……? キャスカは…『あれだ!!』ッ!」
ガッツの問いを遮るように髑髏の騎士が声を上げる。視線の先、切り立った崖の先に佇むキャスカがいた。身に着けた貫頭衣を雨で濡らし、その周囲には死霊が漂っている。
「キャス……!!」
『待て!!』
騎士の制止の声が届く。
「何だ!?」
『様子がおかしい。悪霊どもが彼女に危害を加えていない。あれだけ集まりながら……なぜだ?』
騎士の言う通り。キャスカを狙う死霊どもは彼女に群がっているが、身体に触れるようなことはせずに一定の距離を保っている。
「ちッ! 危害があってからじゃ遅えんだよ!!」
馬から飛び降りてガッツはキャスカの元へと駆け寄った。
「キャスカ!! おい! 無事か、ケガねえか!?」
「……あ、ああ」
手をかけたガッツはキャスカの異常に気付いた。あれほど彼に怯えていたのが嘘のように大人しい。
「キャスカ……どうしたってんだよ!?」
「……う」
彼女はガッツに向き合うと彼の腕を強く掴んだ。爪を突き立て、皮膚がむけて血が出るほど強く。
「キャス……!?」
「あ……!! ああ……! あ……んん──」
苦痛の声を上げると同時に、さらに彼女の手に力が入る。
「ひぎ……」
一際大きな声が彼女の口から漏れる。
同時に、彼女の股座から血に濡れた“何か”が落ちた。
キャスカの股ぐらから落ちた肉の塊。
その塊には小さな四肢と肉に埋もれた瞳があった。そしてその瞳はガッツを見つめている。
(魔物……!?)
反射的に踏みつけようと足をあげる。しかし、肉塊に覆いかぶさるようにキャスカが間に入ったために出来なかった。
「あああッ!!」
「キャスカどけ! 何のまねだ!!」
「あーッ、あー!!」
『その娘の子だ』
肉塊をかばうキャスカをどけようと声を荒げるガッツに髑髏の騎士の声が響いた。
『その娘、子を宿していたのだ。その宿したばかりの形にもならぬ胎児に、魔が取り付いた。おそらく、あの新しきゴッド・ハンドとのまぐわいによって……それは、生まれながらに魔の性を受けた。呪われし子だ』
「……それじゃ、こいつは……」
ガッツが魔物を見据える。手のひらほどの大きさであった魔物がムクムクとその体を肥大させ、やがて人間の赤ん坊と同じくらいの大きさにまでなった。
「……待てよ」
『殺しておいた方がいい。それは人の子にあらず。いずれはお前達に災いをもたらすぞ』
「うるせぇ!!ちょっと待てよ!!」
キャスカは肉塊、子を抱きかかえた。子はキャスカの胸に刻まれた烙印から流れ出す血を舐めた。乳を求める乳児の様に。
「……!!」
見ていられず、ガッツは魔物を取り上げた。キャスカはそれにすがりつくように手を伸ばして唸る。
「あ……ああッ!!」
(違う……!!)
魔が取り付いた胎児には心当たりがあった。いや、それ以外に考えられなかった。
ガッツは手の中で蠢く魔物を見て目を背けたくなった。
「あうッ!!」
我が子を取り返さんとキャスカがガッツの手に噛み付く。
(こいつは魔物だ。仲間を喰い殺し、お前をこんなにしちまった魔物の一匹……違う……)
日が昇る。悪霊は光に照らされて消え失せる。
「あが……」
ガッツの手に収まっていた魔物の姿も、空間に溶け入るように消えた。
「はあ……ああああ!!」
虚空に手をのばすキャスカ。その手は何も掴むことがなく、ただ空を切るだけであった。
「あう……うー!!」
「………!!」
ガッツはただ、キャスカを抱きしめることしか出来なかった。
『──そうか。お前の子か……』
全てを悟ったかのように、髑髏の騎士が語りだす。
『塵になったわけではない。他の悪霊どもと同じ、光に追われ、より幽界に近き場に"ずれた"のだ。いずれまたお前たちの前に姿を現す。子は親を慕うものだ。……魔は、魔なりのやり方でな』
「ガッツー!!」
草原の先、ゴドーの工房の方角からリッケルトとエリカが駆け寄ってくる。いつまでも帰ってこないガッツを心配して来たのだろう。
『さらばだ』
ガッツに声をかけた髑髏の騎士は、いつの間に彼のそばを離れ、日の射し込まない林の影にいた。
『我らもまた相見えることもあるだろう。縁があらば……人外どもを追うならばその烙印の導きに従うことだ。それは強き魔に感応する。だが心するがいい。お前の行く道は夜の道。闇に潜む物どもと対峙するとき、お前自身もまた闇に身を沈めていることを』
騎士がそう言うと、リッケルトたちがガッツたちの元へたどり着くのはほとんど同時であった。
『良き旅を。もがく者よ』
跨る馬を操り、騎士は闇の中へと消えていった。得体の知れない奴だとガッツは思ったが、今はともかくキャスカをつれて戻ることが先決だとリッケルトたちの方へと歩みだした。
しかし、背筋が凍るような殺気が彼の歩みを止める。
同時に、首筋に刻まれた烙印が死霊のソレとは比べ物にならないほどの痛みを発した。激痛の余りにたまらず膝を着く。
「大丈夫!?」
彼が急にしゃがみ込んだのを見ていたリッケルトが心配して駆け寄る。
今のは──?
首筋から流れる血を拭い、ガッツは烙印が反応した方角、騎士の去った森を見た。
だが、そこには風に揺れる木々が存在するだけで、彼に悪意を持つ存在の姿は見えなかった。
「ああ、大丈夫だ。少し無茶がすぎただけだ」
心配そうに彼を見るリッケルトに、ガッツは何事もなかったかのように語りかけ、立ち上がる。彼の残った左目に、朝日がまぶしく輝くのが見えた。
朝霧の中を進む騎士。
やがてその馬は森へと差し掛かろうとしていた。朝日が昇ろうとしているが、木々に遮られてその中心部は未だに闇で覆われてる。
「魔の子は災いをもたらすか」
森に足を踏み入れた騎士に声が掛けられる。
まるで直ぐ側から、耳元で囁かれるように静かで、ハッキリとしたものだった。
『子は親を慕うものだとも言った』
髑髏の騎士は馬を操り、振り返る。
視線の先、森の暗がりからあらわれたのは蒼いコートを纏う男、バージルが佇んでいた。
『覗き見とは、些か似合わないものだ』
「答えろ」
騎士の言葉を遮るように、バージルは言葉を発した。
「貴様……スパーダを知っているのか」
『──答えなければ力尽くか』
バージルの手に提げられた閻魔刀を見て、騎士が聞き返す。彼は鞘を握りなおした。
『止めておけ。お前が私に一太刀浴びせる前に、自ら自滅するのが目に見えている』
「試してみるか?」
バージルが閻魔刀の鍔を押し上げる。鞘からのぞいた白刃は、触れるものを切り裂かんと妖しく光を反射した。
『フ……』
髑髏の兜の奥、騎士がくぐもった笑い声を出した。そしてバージルに、
『“焦り”か? いや……力を失うことへの“恐れ”か……』
「恐れなど……!」
『痛みで立つこともままならないはずだ。それほどまでに、幽体の傷は深く、重い』
怒りを滲ませたバージルを遮るように言葉を続ける騎士。それは挑発とは違い、悟らせるような声色だった。
『幽体の傷というものは深刻なもの。表層的な傷は見えずとも、その幽体は満身創痍。<戦う行為>そのものが、お前の寿命を縮めかねない』
私と死合うこと事態が無理だと、騎士はさらに言葉を続ける。
『私にはやるべきことがある。<盟友との契り>とは言え、それを疎かには出来ない』
馬は騎士の意を読み、再び森の奥へと歩みを進める。バージルがそれをさせまいとするが、
『その傷を治したくば、魔女を捜せ』
騎士の言葉に、思わず聞き返した。
「魔女?」
『その者達であれば、幽体の傷を治す術を知っているだろう』
馬は足を止めずに徐々にその姿を闇へと同化させていく。
『剣を振るのは怒りだけいい。だが、それだけでは先は無い。次にまみえる時には、約束を果たせる様になっていることを期待しよう。さらばだ』
その言葉を最後に、騎士と馬は姿を消した。彼の耳には馬の蹄鉄の音も、騎士の鎧の音も聞こえなくなり、ただ木々の葉が擦れる音だけが届いた。
残されたバージルは先ほどの言葉を反芻する。
『魔女』
元の世界へと戻る術もなく、手がかりもない暗中模索の中に見つけた手がかり。その言葉を鵜呑みにすることも出来ないが、他に頼りもない。
少なくとも、この体を元に戻す手段となると聞かされて、『何もしない』という選択肢は存在しなかった。
バージルは歩き始めた。力を取り戻すために。失わないために。
○○○○○○
ゴトーの工房に戻った一行は雨に濡れた服と包帯を交換し、火を焚いて暖を取っていた。
「結局、戻ってこなかったな」
「何のことだ?」
リッケルトの突然の呟きに、思わず聞き返すガッツ。彼は思い出したかのように、
「ずっと寝込んでたガッツは知らないよね。実はもう一人、ここに居たんだよ。上質な蒼い外套を着た貴族みたいな人が」
とガッツに告げた。
「蒼い……外套?」
「すっっっごいッ、カッコイイんだよ! もうね、なんていうかね……」
エリカが興奮したように話す。興奮しすぎて何を言っているのかが分からなかったが、聞くところによると、どうやら『あの場』にいた男のようだ。
「そういえば名前を聞いてなかったね」
「……」
奴は何者なのだろうか。
ガッツは自問した。気を失ってしまった後のことは分からないが、『蒼い男』は化け物をいとも簡単に屠っていた。髑髏の騎士のように、人外に関わりのある存在なのだろうか。
「わからねェ事ばかりだ……」
目覚めてから目まぐるしく自分の常識が覆されていく。化け物の群れ。生贄となった鷹の団。化け物になったグリフィス。
そしてなによりも。
「あー、う~」
「駄目だよお姉ちゃん! 着替えないと風邪引くよ~」
着替えを持ってキャスカを着替えさせようとするエリカ。それを濡れたままの格好でキャスカは抵抗を続けていた。
とは言え、出産直後ということもあってか始めよりも元気が無い。どんな形であろうと、『子』を失ったのだ。壊れてしまった精神でも感じることはあるのだろう。
彼女の胸元に刻まれた烙印は魔を呼び寄せる。日の当たるうちは外に居られるだろうが、闇が訪れれば洞窟へと戻らなければならない。一生だ。
子どもがダダをこねるように抵抗するキャスカは、ガッツの知る彼女とは違っていた。いや、<変えられてしまった>のだ。
ガッツは思わず隻腕の拳を握り締める。心の中、何かドス黒い凶暴なものが彼を急き立てていた。
戦は、まだ終わっていない。