全体的に強化してみたハイスクールD×D 赤龍帝とブラコン弟 作:空騒
デートは順調に進行し、一誠と夕麻は終始笑顔であった。そしてデートの終わり、夕麻の誘いで夕暮れの公園に二人は訪れていた。勿論一実も隠れながら見守っている。
「今日は楽しかったね」
人のいない町外れの公園。その公園の噴水をバックに微笑む夕麻の姿は幻想的であり、ひどく現実離れした雰囲気を纏っていた。二人から少し離れた一実が、オペラグラス越しで見惚れてしまうほどに。
夕暮れの公園、しかも二人以外の人影は一切見えない。これはもしや青○ッとテンションが上がってしまうが、それ以上に一実の心には焦燥感が広がっていた。
(不味い、何か、変だ)
覚えがある。この感覚。一実が小さい頃、日常的に感じていた、とても
一実が自覚し、思い出すのと同時に、その声は聞こえた。
「私達の記念すべき初デートって事で、一つ私のお願い聞いてくれない?」
嬉々としてお願いを聞こうとする兄の嬉しそうな横顔が見えた。
背筋に冷たい感覚が走り、心臓が握られたような緊張が一実の視界を白く染める。
そして、
目が合った。
「死んでくれないかな」
それは、一誠だけに向けられた言葉ではなかった。
一実と夕麻の視線はしっかりと合ってしまっていた。そして、一実が感じていた視線の正体が分かった。
「兄貴ぃいいいっ!!! 逃げろおおおおぉぉお!!」
次の瞬間、一実は駆け出しながら叫んでいた。
突然現れた弟に驚いた表情を浮かべて、次いで夕麻へと視線を移した。
翼を生やして光の槍を振りかぶる夕麻の姿を捉えた。
「うぉおおおおおおお?!!」
人間離れした反応速度で咄嗟に上体を曲げて、丁度鳩尾に突き刺さりそうになった光の槍を奇跡的に回避したが、無理な体勢となってバランスを崩してしまった。
「あら、弱めに投げたけど、避けられるなんて思わなかったわ」
少し意外そうな声で呟く夕麻。その手には既に二投目光の槍が握られ、バランスを崩した一誠へと向けられている。
不味い、と一誠が思うより速く、真横から衝撃が走った。
「うべぁっ!」
変な呻きが漏れたが、何とか受け身を取って体勢を立て直す。横に視線を移すと、肩から血を流す一実が立っていた。
「素晴らしい兄弟愛ねぇ。素晴らし過ぎて反吐がでちゃうわ」
二投目も一実が一誠を突き飛ばしたお陰で空振りした夕麻が不愉快そうな笑顔という非常に器用な表情を一誠達に向けている。
「兄貴っ!」
「ああ、とにかく逃げるぞ!」
二人は同時に足下に転がる小石を拾うと、即座に夕麻に向けて投げ付けた。野球部もかくやという速度で放たれた2つの小石は、軽く振るわれた夕麻の光の槍に触れただけで消滅してしまった。
だが、振るう一瞬を狙って駆け出した二人は、もう夕麻から五十メートル近く距離を稼いでいた。
「あら、鬼ごっこがお望みなのね」
薄ら笑いを浮かべて、夕麻は翼を広げて飛翔した。眼下で疾走する二人で遊ぶ為に。
「一実! 夕麻ちゃんから羽生えたんだけどっ?! 夕麻ちゃん天狗だったのか?!」
「多分天狗だ! 光の槍っぽいのを投げてきたのが引っ掛かるけど、女天狗の可能性が高い!」
全力疾走で走りながら夕麻の種族について考察する一実。
女天狗は驕慢な尼法師が変化した妖怪であり、天狗とともに世俗に紛れていると言われる。その際は、見目麗しい優美な女性となるそうだ。夕麻との共通点が中々多いため、一実はこれだと判断した。
「っ! 一実、前転回避!」
一誠の掛け声でほぼ同時に飛び前転を行う。
ズン、と背後で何かが刺さる音がして、一実の背中に冷たい汗が流れた。
「流石だ兄貴! いつにも増して勘が冴えてる!」
「たりめえだ! 命が掛かってんだからな!」
走りながら兄の勘を讃える一実。その肩からは血が滲んで上着を赤く染めている。
「一実、お前大丈夫か?! 結構深くまで抉られてんぞ!」
「気遣いサンクス兄貴! こんな傷、三日もすれば治るから心配ご無用!」
「お前昔から傷の治り早かったもんな、でも消毒――」
一実の傷を早く治療しなければという言葉をを言い切る前に、一誠の背中に冷たい感覚が這い上がった。
「一実! 横に飛べ!」
足に力を篭めて、走る勢いを更に加えて横に跳ねる。二メートル以上跳んだ一実の、さっきまで居た場所に槍が突き刺さっていた。ほんの瞬きする間に突き刺さる槍。一誠が合図してくれなかったら絶対に避けられない確信があった。
「イッセーくんのケダモノみたいな勘が結構鬱陶しいわね。ホントに人間?」
「うっせえクソ天狗! 俺の事化かしやがって! いつかそのおっぱい揉んでやるから覚悟しやがれ!」
天空で二人を見下しながら呟く夕麻に、最低な言葉を言い放つ一誠。
その言葉に夕麻は眉根を寄せた。
「天狗なんて下賎な輩と一緒にしないで貰えるかしら。私は高貴な堕天使なんですから」
「……だってよ一実」
そっちに反応すんのかよ、と若干ツッコミを入れたくなるが、自分が先程ある程度の確信を持った推測がかなり的外れであったことに羞恥を刺激された。
「チクショウッ! 普通に候補にすら上がらなかったわ! てか何で外国の超有名種族が日本に生息してんだよ?!」
「いまから死ぬ貴方達に教える必要があるかしら?」
「死ぬのは確定事項ですかそうですか!」
もう数キロ全力で走っているのにも関わらず、叫ぶ体力を見せる一実。
逃げているだけでは埒が明かない。ある程度の会話をして意識を逸らそうとしているが、何時まで経っても撒ける気がしない。夕麻を見ても、本気で追っている様には見えない。
「でもねぇ、私そろそろさ――」
状況を打開しようと思考を巡らせる一実の耳に時間切れの声が届いた。
突然、左足に激痛が走り、力が入らず一実は地面を転がる様に倒れてしまった。
「――飽きてきちゃったんだ」
「一実っ!!」
一誠の獣染みた第六感でさえ捉え切れない速度で放たれた槍。それに左脚の太腿を貫かれた。一実はもう、走れない。
全身に巡る様な痛みに声も出ない一実へと駆け寄る一誠。その二人を様子を見ながら、夕麻はゆっくりと地上に足を着けた。その場所は、兵藤家の近くにある川原だった。
「凄いわよ二人とも。私ビックリしちゃったわ」
「てめぇ……」
白々しく二人に賞賛の言葉を投げ掛ける。
一実を庇うように抱き上げながら、一誠は夕麻を睨み付けた。その視線は、数時間前まで仲良くデートしていた相手に向けることがない、敵意に満ちたものだった。
「堕天使の槍を避けたのよ。褒めてるんだからそんなに睨まないでよ。それに、恨むなら
堕天使と人間の差は、熊と人間より広い。本来なら手加減した攻撃でも反応すら許さない速度である堕天使の槍を、一実たちは純粋な身体能力と人並み外れた一誠の第六感で避けきったのだ。そして生きようと知恵を働かせた一実。この土壇場で会話を行い意識を逸らそうとなど、普通は思い付かない。これを賞賛せずにはいられなかった。元々人間自体を下に見ていた夕麻でさえ、二人の生きようとする意志に心が打たれた。
「せ、セイ? なんだって?」
「セイクリッド・ギアだよアホ兄貴」
夕麻から伝えられた一実も初めて聞く単語。思考と知識をフル回転させてそれが何なのか考える。相手の目的であるそれが、自分達に残された最後の打開策であると一実は不思議と確信が持てた。
(セイクリッド……神聖、尊ばれる……ギア……歯車、装置、装備っ……そして、神に与えられる……違う、違う、これもちがう……神話や伝承にこんな名称は存在しない、でも強いて関連付けるなら……!)
「神器っ」
「か、一実、どうした!」
「兄貴、恐らく俺等には神に位置する存在から何らかの道具が与えられている可能性がある!」
「はあっ! いきなりどうしたんだっ」
いきなり良く分からない事を話し出した一実に狼狽えてしまう一誠。一実の必死の高速思考を覗く事が出来ない一誠には突飛な出来事を言っている様にしか見えない。
だが、夕麻は違った。
「今の一言でそこまで思考するとはね。君も予想以上に頭が回るみたいね、一実君」
キュオン、と甲高い音を響かせて光が細長い槍を形成した。そして、矛先は動けない一実へと向けられた。
距離は空から狙っていた先程よりかなり近い。狙いを外す事も、距離で速度が落ちることも、無い。
「頭が回る方から片付けるのが一番よね」
それは一実にとって死刑宣告だった。それと同時に自分の浅はかさを悔んだ。
一実は、セイクリッド・ギアというものが体の、正確には魂など精神的な位置に結び付いている物だと考えた。故に、夕麻はそれを狙って近付いたのだと思っていた。襲うのは、殺した後邪魔な肉体が消えることで魂と結び付くセイクリッド・ギアを回収し易くなるのだと。
だが違った。回収が目的ではなく、排除だった。自分達にとって最悪だったが故に切り捨てた結論が現実だった。
ヒュン、と風を切る音がして、鮮血が宙へ花弁の様に舞った。
「うっ、ぐうぅぅっ!」
「お、おい、兄貴っ!?」
呻きを上げたのは一誠だった。
咄嗟に獣染みた勘を最大限に働かせ、一実を押し倒すように庇ったのだ。そのせいで一誠の脇腹が大きく抉り取られてしまった。
「……私はイッセーくんの勘を見くびっていたようね」
呆れた様に夕麻が呟く。人間では不可避の距離と速度だと確信していただけに、ショックも大きいようであった。
「あ、兄貴……何で……」
「何でじゃねえよ。目の前で弟に殺します宣言されてんのに、黙って見ている訳ないだろ。俺はお前の兄貴なんだよ」
だから――
荒く息を吐き出しながら今だ無傷である両足に力を篭めて立ち上がる一誠。脇腹から絶えず血が流れ続けるのも無用と断じて、面白そうに一誠を見つめる夕麻を睨み付けた。
「お前に格好悪い所なんて見せられないだろ」
自分を慕う弟を殺そうとする奴に立ち向かわない訳が無いだろ
一実の前に堂々と立ち、背中を見せる一誠。呼吸に合わせて上下する背中は、昔から変わらぬ、一実の憧れる
「あぁ、どうしましょう……私、本気で貴方に惹かれてるみたい」
「こっちからお断りだクソ駄天使」
一誠の目は生きる気力に溢れていた。諦めも絶望もなく、弟を救うために、自分が生き残るために夕麻に立ち向かうという覚悟が固められていた。
夕麻に、一誠を蔑む感情はもう存在していなかった。安っぽい兄弟愛を見せられた時は反吐が出たが、一誠の思いは本物だった。
殺してしまうのが勿体無いと思える程に。
「ねぇ、イッセーくん。私の側に来ない? 今なら一実くんの命を助けてあげるわ」
「誰が信じるかそんな甘言。死んでもお断りだな」
「……残念ね、なら、殺すしかないわね」
夕麻の勧誘を即座に拒絶した。初めてのフラレちゃったと夕麻は小さく、そして少し嬉しそうに呟く。
「兄貴! 恐らくセイクリッド・ギアは精神と密接な繋がりがある! 思え! 兄貴はそういうの得意だろ!」
「ああ、大得意だっ!」
一実の言葉を聞き、夕麻を睨み付けたまま思う。脇腹から走る痛みで思考が歪むが、それも気にせずひたすら願う。生きる為の力を、弟を守る為の力を。
「いいわ。待っててあげるわ。あんまりレディーを待たせないで頂戴ね」
夕麻から声が掛けられるが、聞き流す。
すっ、と自分の左腕に僅かな暑さを感じた。その熱は段々と上昇し、腕が燃えているような感覚に襲われた。
「腕が、光ってる……」
一実の呟きに目を開けると、楽しそうに笑う夕麻と、光り輝く自分の左腕が見えた。
その腕を突き出す様に掲げた瞬間、ふっと光が消え去り、真っ赤に染まった左腕が姿を現した。
「龍……?」
自分の腕が変貌し、思わず一誠の口から呟きが漏れた。真っ赤な装甲、鋭角的なフォルムは龍を想起させた。そして、手の甲に嵌め込まれた宝玉。赤い籠手が一誠の腕に装着されていた。
「
「……?」
「身体能力を二倍にするありきたりな神器よ」
夕麻の返答に思わず真顔になってしまう一誠。派手な見た目なんだからレアで強力な神器であって欲しかった。
「……ノーマルだってよ一実」
「兄貴はガチャ運ないからしゃーないよ」
絶体絶命の状況だとは思えない程、気の抜けた会話を交わす二人。思わず笑いが零れてしまった。
肩の力が抜けたところで、一誠は具合を確かめる様に籠手の手首を動かした。
「随分と彼女を待たせるじゃない」
「俺の彼女はついさっき死んじまったよ――おらっ! 俺の力を二倍にしてくれるんだろ? 動いてくれっ!」
『Boost!』
籠手から赤いオーラが巻き起こり、一誠の体を包み込んだ。
「気絶ぐらいはしてもらうぞ」
「じゃあ死に物狂いで食らいついて来なさい」
次の瞬間、一実の目では捉え切れない程の速度でイッセーが夕麻を肉迫にした。風のような速さで目の前に現れた一誠、振りかぶられた赤い籠手を纏う左腕の一撃を、夕麻も光槍の斬撃で迎え撃った。
甲高い金属音と激しい火花を散らして、籠手と槍が交差する。初撃の衝突を皮切りに、二度、三度、四度と衝撃波を伴いながら何度も何度もぶつかり合う。
人間にとって一撃が致命的な光の槍も神器たる龍の手を容易く突破することは出来ていなかった。
「あはは、びっくりする程強くなったねイッセーくん」
「余裕そうな顔で言われても嬉しかねぇよっ」
だが、純粋な技量と身体能力の差でか、籠手の装甲で受け流し切れなかった槍の刃が一誠の体に赤い線を幾筋も刻み付けていく。だが、一誠拳もまた、夕麻へと届いている。夕麻の服を破り、その柔肌に打撲と裂傷を刻み込んでいる。
ダン、と一誠と夕麻がほぼ同時に踏み込み、一誠の全力の拳と夕麻の本気の斬撃が衝突した。
暴風のように衝突の余波で衝撃波が吹き荒れた。川原の小石を巻き上げる様が衝撃の凄まじさを物語っている。
「ぐぅっ!」
全力の交差に打ち負けたのは一誠だった。夕麻が放つ斬撃の衝撃を受け止め切れずに、吹き荒れる衝撃の暴風と一緒に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも、空中で体勢を立て直して左腕を振り上げる一誠。地面に背中が触れるその瞬間に左腕を叩き付け衝撃を殺した。
叩き付けた反動で少し浮かび上がった体を強引に立て直すと、無傷で着地に成功した。
(地力の差がでかすぎる。今はまだ対応できてるけど……)
脇腹から感じる痛み、今だに流れ続ける血液は、一誠のタイムリミットが着々と迫っていることを否が応でも理解させる。
そして視線を背後に向けると、ズリズリと自分達から距離を取る一実の姿が見えた。
(流石俺の弟だな。完璧な配慮たぜ)
傷を負った一実が近くに居ても、巻き込まれるだけで何の役にも立たない。逆に一実を巻き込まないように一誠が戦いにだけに集中出来なくなってしまう。最悪人質にされる可能性もある。
それだけに、一実の配慮は有り難かった。
(さて、弟のためにも、さっさと終わらせねぇとな)
ならばやる事は唯一つ。
短期決戦。身体能力を二倍にするだけである一誠の神器では困難を極める戦法。
だが、一誠には一つ切り札があった。博打であり成功するか分からない。しかし今はそれに賭ける。
「あら、何をするの?」
一誠と夕麻の距離は凡そ二十メートル。一誠を吹き飛ばしてから息を整えていた夕麻は一誠の行動を見て疑問を口にした。
左腕を大きく振り上げている。二十メートルの距離、それを埋める力を一誠は持ち合わせていなかった筈だ。
(叩くの、この距離で?)
夕麻の疑問に応えるように、音声が響き渡った。
『Concentrate Boost!!』
全身から溢れ出していたオーラが龍の籠手に収束し、籠手の宝玉から眩い光が解き放たれた。
一誠の切り札。全身の強化を一点に集中させ、一撃の威力を大幅に強化する。龍の手の効果を聞いた時に思い付いた荒技。出来る確信はない。自分と弟の命をベットにした賭けに一誠は勝ったのだ。
「はああぁァァァッッ!」
叫びと共に繰り出された瞬間、夕麻の目の前に巨大な壁が出現した。
「これは予想外だわっ!」
迫りくる巨大な壁。津波の様な圧倒さを感じさせる巨大質量。
一誠の放った横に薙ぎ払うような一撃。その圧倒的な衝撃で巨大津波となった大小様々な石。天然物の凶器による範囲攻撃。堕天使である夕麻も、これ程の質量に圧し潰されれば無事ではいられない。
ならば防御するしかない。
右手を掲げた夕麻の掌に、巨大な光の槍が形成された。見るからに凶悪な威力を感じさせる巨大槍を、夕麻は握り潰すように圧縮する。
握り締めた指の隙間から溢れ出す光。その光力を殴りつける様に壁へと解き放った。
放たれた光は巨大な爆発を巻き起こし、爆音を轟かせて質量津波を消滅させた。
たが、光が消えた先に一誠の姿は無かった。
『Concentrate Boost』
「ぉぉぉるぁああああっ!!」
天から、赤い流星が落ちてきた。
赤いオーラを籠手からジェットのように噴出させながら、鬼神のような表情をした一誠が一直線に夕麻へと滑空する。握り締められた拳は夕麻の顔面に向けられている。
「ぐ、あァッ!」
圧縮砲を放った直後の夕麻は満足に動けない。咄嗟に槍を形成して受け止めようとするも間に合わなかった。
一誠の渾身の拳は夕麻の顔面を穿った。
収束強化された一撃は、夕麻を吹き飛ばし、その衝撃は川原に大きなクレーターを作り出した。
「はぁ……はぁ……俺の勝ちだ」
砂利が巻き上がり、クレーターの中に居るだろう夕麻の姿は見えない。だが、一誠は確かな手応え感じていた。
▼△▼
セイクリッド・ギアを出現させる事が出来なく、そして足に傷を負った自分が居ても兄の邪魔になると、距離を取っていた一実は、背後でいっそう大きな爆音と衝撃の暴風を感じて、思わず後ろを振り向いた。
最悪の状況を想像するが、一実の目に映ったのは、赤いオーラを噴き上げ夕麻を殴り飛ばす一誠の姿だった。
「兄貴、ホントにやりやがった!」
歓喜と安堵で声を張り上げた。だが、兄の状況を思い出してすぐにアホ毛をピンッと立ち上げた。
「兄貴ぃぃいいい! 大丈夫かあああ!」
一誠は、脇腹からの多量出血、全身に刻まれた切傷、これだけでも重症だが、追加で神器の無理な行使による筋肉の裂傷と左腕の疲労骨折と、恐ろしく瀕死の状態だった。
足に穴を開けられたぐらいで痛がってる場合じゃないと、足から這い上がる激痛を無視して一誠へと駆け寄る一実。
近くに見えてきた、一誠が一実へと力無く手を振っているのが分かり、思わず安堵の溜め息が漏れた。ガスが拔けるように吐き出される溜め息と一緒に足の力が抜けてしまい、盛大にすっ転んでしまった。
「おい、お前こそ大丈夫かよ」
苦笑い気味に呟かれた言葉。一誠の近くで転んだために、よたよたと一実の前まで来ると上から覗きこむようにして右手を差し出した。
「兄貴、お疲れ様」
その手を取って、膝立ちの状態になりながら一誠を見上げた。
見る人を安心させる太陽のような笑顔を浮かべる一誠に向かって労りの言葉を掛けた。
「早く治療受けないと不味いだろ、さぁ、帰ろうぜ兄ちゃん」
ここで終われば、ハッピーエンドのエンディングになるだろう。
「ああ、帰ろうか、かず――」
だが、コレは
トスン、と一誠の胸から光の刃が生やされた。
「……えっ」
ふっと光が消え去ると、堰を切ったように血が溢れ出した。
握っている一誠の手が急速に冷たくなる。
「あ、兄貴ぃぃいいいいいぃ!!!」
一誠の膝から力が抜けて、一実の方へ倒れ込んだ。受け止めるが、重い、とても重い。まるで水の一杯に入ったタンクを支えているようだ。体に全く力が入っていない。
「おい、おい確りしろ、兄貴!」
反応が返ってこない。
「兄貴、ふざけんなよっ! まだ兄貴を結婚式に呼んで自慢してねぇだろ!」
地面に下ろして傷を確かめる。ぽっかりと開いた胸の穴。一誠が生きていないのは一目瞭然だった。
「クソッ、どうしたら良い?! 助けてくれよっ……誰でも良いから兄ちゃんを助けてくれよっ」
無力な自分にここまで苛立ちを覚えた事はなかった。だが、どんなに喚いても現実は変わらない。無力な少年の叫びに応える人は居ない。
「兄ちゃん……っ。……ちくしょうっ」
もう、言葉を紡げなかった。
ただ胸中に空虚さと絶望感が広がるばかりだった。
「当たったかしら?」
一実の耳に、声が届いた。忌々しい声が。
「歯が砕けちゃったわ。流石ね。もう二倍強化されてたら頭が飛んでたわ」
クレーターから抜け出して、手の平に砕かれた歯を吐き出す夕麻。一誠の全身全霊でも、夕麻を戦闘不能にすることは叶わなかった。
「でも、これで終わりね」
スゥ、と夕麻の手に光の槍が形成された。
「ホントはね。今日殺す気はなかったのよ。目標には一実くんも含まれてたからね。だから、イッセーくんに近付いたの」
一誠の亡骸の前で俯いている一実にゆっくりと歩み寄りながら語り掛ける夕麻。
「私、兄弟とか居ないから、イッセーくんみたいな人って初めてだったの。二人揃った所で殺そうと思ってたから、もう少しこの関係を続けても良いかなって」
「……」
一実から三メートル程離れた所で夕麻は止まった。握る槍の輝きがゆっくりと増していく。
一実は俯いたまま動かない。
「今日のデート、中々楽しかったわよ。でもね、危機感を覚えたの。入れ込み過ぎたら殺せなくなるってね。だから、丁度一実くんもついて来てるこの日にしたの」
人二人なら容易く消し去る威力を孕んだ光の槍を投げる体勢を取る。楽しませてくれた、人の強さを見せてくれた愛しい人とその弟に向けるせめてもの慈悲。
「素晴らしい出会いを有り難う、神の子たち。痛みもなく一瞬で葬ってあげる」
手負いの自分が放てる最大威力の光の槍。振りかぶったそれを――
――飛翔して地面へと放った。
光の槍が爆発した事で軽く吹き飛ばされながらも即座に体勢を立て直す。
「ハッ……ハッ……!」
――死ぬかと思った。
二人に槍を投げようとした瞬間、確かに感じた、死の予感。背筋が凍り付いたように思える程の圧倒的殺意。
視線を下げる。自分がさっきまで立っていた場所を視界に移動させた。
「……剣?」
それは針山だった。
地面から数えるのも億劫になる程、膨大な数の刀剣が突き出し、折り重なる様に山を作っていた。一部が抉られた様に消滅しているのは、夕麻の放った槍を受けた為だろう。
「……の…………が……ぁ……」
消え入りそうな程小さい声が、夕麻の耳に届いた。
視線を向けると、一実が相変わらず俯いたままでいる。だが、その手には一本の剣が握られ、地面へと突き立てられていた。
「一実くん……あなた……」
何か言葉を絞り出そうとした瞬間、一実が顔を上げた。酷い顔だった。
頬は涙で汚れ、目は充血と憎悪で血走っている。表情は悪鬼の如き怒りを顕にしている。負の感情を凝縮したような、あまりにも悲愴な顔だった。
「穢らわしい、低俗な腐れ人外があ嗚呼ああああああああ!」
憎悪、後悔、絶望、悲哀。人間の抱える悪感情が全てをぶつけられたような感覚が夕麻を襲った。
体の底からビリビリと恐怖に近い興奮が這い上がってきた。
「やっぱり、兄弟なのね」
一誠から感じた守るという覚悟。一実から感じる絶大な殺意。方向は正反対だが、根底は同一。大事な家族に対する深い情愛。
地面から出鱈目に剣や銃、砲塔や巨大な斧が無数に顕現し、その全てか夕麻へと向けられている。
その殺意さえ夕麻は愛おしく思えた。人間の感情が尊いものだと思えた。
「ズタズタにしてやるっっ!」
「良いわ、相手してあげる!」
夕麻が両手に槍を形成しようとした瞬間、赤い魔法陣が出現した。
「この紋章、グレモリーの……チッ、無粋ね」
この土地を支配する悪魔の紋章を見て、夕麻は舌打ちをした。夕麻の行いは堕天使としての仕事でもあるため、目撃されても特に咎められる謂れはない。だが、今回は被害を出し過ぎてしまっている。現場を抑えられると色々と面倒な事になる。
夕麻は変わらず自分に殺意の眼差しを向けている一実へ親愛の笑顔を向けた。
「邪魔が入っちゃったからまたいつかね、一実くん」
「ああぁ?! 待ちやがれっ、逃げんじゃねえよド腐れビッチがあぁぁっ!!」
地面から生えた砲塔に光がチャージされる。
「くたばれっ!」
無数の砲塔から極太の光線が放たれた夕麻に迫る。
一撃で夕麻を殺し切る光線を高速の飛行で避け、夕麻は一実の視界から消えてしまった。
「逃がす――カハッ」
追い縋ろうと立ち上がる一実の視界が歪んだ。体から力が抜け、その場で倒れ込む。
憎悪で染まった精神で何とか意識を繋ぎ止める、そうしていないと即座に意識を失ってしまいそうだ。
「く……そ……兄ちゃん……」
視界がぼやけてもう焦点も合っていない。なけなしの意識で思考するのは兄の事だった。
気絶寸前の一実。憎悪で気付いていなかったが、一実の横、丁度一誠の頭の上に出現していた魔法陣が急激に輝きを増させた。
その光景を一実は霞んだ思考で見ていた。
「……転送妨害の術式が煩わしいと思っていたら、凄まじい状況ね」
意識が途切れる間際、魔法陣から現れた鮮やかな紅色が霞んだ視界でもはっきりと分かった。
これにてプロローグは終了になります。次回はあまり間を開け過ぎない様に尽力致します。
ご指摘、ご感想は気軽にして頂けると有り難いです。
今回のレイナーレさん三大慢心
・追い付けるだろうと鬼ごっこを許す
・勝てる自信があった為神器の発動を待つ
・テンションが上がり過ぎて、空から槍を投げるのではなく接近戦を行う
結果
完全にイッセーに惚れる(殺し愛的な意味)。人間が大好きになる。
誰だ、レイナーレさんをこんな戦闘狂にしたのは。