とある世界の   作:宇宮 祐樹

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前奏
とても素敵な前日譚を


■2035年 午前11時34分 第8防衛鎮守府 医療室にて

 

 (いなづま)は目を覚ます。

 

 最初に見えたのは、見た覚えのない真っ白の天井だった。長い間寝ていたのか、不自然に動かない体を無理やり動かして確認すると、周りは全て薄緑色のカーテンで仕切られていた。病院、と言うよりは保健室に近い形だろうか。とりあえずここは負傷した時の為の休憩施設なのだろう――と適当に考え、電はベッドから起き上がってその小さな足を床におろした。

 

 電と部屋を仕切っていたカーテンを開けると、隣にはもう一つ電が寝ていたであろうベッドと同じものが置いてあった。それ以外にも、この部屋には複数ベッドが置いてある。休憩施設というよりは、仮眠室なのだろうか。そもそも、自分はなぜこのような場所にいるのだろうか? 当ての無い考えを巡らせていると、電はふと部屋の奥にぽつりと付けられている窓へと目が惹かれた。

 

 窓の外は、青い海と空がどこまでも広がっている。空では明るく光った夏の太陽が燦々と海を照らし、海はその光を受け取り蒼の中で光を躍らせる。そのような、少なくとも電には見慣れない光景が窓の外には広がっていた。目新しい光景を電が見とれていると、不意に後ろで部屋の扉が開く音がした。電がゆっくりと顔を向ける。 

 そこにいたのは、一人の男性だった。日本人特有の墨のように黒い髪を持ち、薄い眉の下にある鋭い目がどこか刃物を連想させた。無表情で入ってきたその男は、電が意識を取り戻したことに気づくと、その鋭い視線を電へと向けた。

 

「おはよう。体調はどうかね?」

「あ、えっと……大丈夫です」

「そいつはよかった」

 

電が返事をすると、男は大きなあくびをして頭をかいた。目尻に涙が浮かんでいるのが見えた。

 

「色々と聞きたい事がある。来てもらえるか?」

 

■2035年 11時36分 第8防衛鎮守府 

 

 前を歩く男の背中を見ながら、静かだと電は思っていた。

 この建物の中を歩いてみたあたり、どうやら此処はどこかの鎮守府らしい。そして、前を歩く男はそこの提督なのだろう。ここが鎮守府と考えられるあたり、自分はどこかで事故を起こして、ここの鎮守府に配備されている艦娘に助けられた––と電は適当に考えてを巡らせていた。

 

 それならば、この鎮守府にいる艦娘はどこにいるのだろうか。現在の時刻はおおよそ午前十一時。普通ならこの時間帯は出撃なり演習なり、艦娘が所謂『仕事』をしているはずなのだが、そういった音はどこからも聞こえてこず、遠くセミの鳴き声ばかりが聞こえてくる。

 

「不思議か?」

 

 電がそう考えていると、男が呼びかけた。どうやら、あたりをきょろきょろと見回していたのが見えていたらしい。

 

「ここは鎮守府というより防衛基地みたいなもんでな。前線で負傷した艦娘をすぐに直したり、必要な装備を届けたりと……まぁ、そんなところだ。そして、いざという時のために艦娘のための設備だけは整っている」

 

 使った事は無いが。と付け加え、男は呆れたように笑った。見た目とは裏腹に、案外陽気な性格であるらしい。そんな事を考えていると、男は「ここだ」と言って暗い木製の扉の前に立った。いつ壊れてもおかしくないような音がして、扉はゆっくりと開いた。

 

 中は、電が思っているよりも綺麗な印象だった。部屋全体には朱色の絨毯が敷かれており、中心には使い古されたであろう大きな机が一つ置いてある。机の左の壁には隣の部屋へと続くドアが付けられており、反対側の壁には天井まで届く大きな本棚があった。男は机の上にあるいくつかの書類を手に取ると、「そこに」と電の後ろを指差した。電の斜め後ろには、ガラステーブルを挟んだ2つのソファーが置いてあった。

 

 電が奥の方へと座ると、男は対面に腰を下ろした。そして手に持った書類を机の上に広げると、何か詰まったような様子で言い淀んだ。どうしたのだろう、と電が小首を傾げると、男は「面倒事は、嫌いなんだがな」と言った。

 

「俺はこの防衛基地――定義上では、仮鎮守府だったか、の提督をしている梶浦(かじうら)だ。まずはよろしく頼む」

 

 簡単な自己紹介を済ませると、男――梶浦は机の上にある書類を纏め始める。

 

「さて、電……だっけか。君はここに来る前の事を覚えているか?」

 

 そう言われ、電は自分の記憶を手繰り寄せた。

 自分は、おそらく同じ所属である第六駆逐隊の面々と一緒に水雷戦隊を組み、人類の敵である深海棲艦と戦っていた――はずだ、と言うのが正直な話であった。

 漠然としすぎてそこまでしか覚えておらず、あろう事かそこからが急に思い出せない。まるで、糸が急に切れたような感覚を覚え、電は少し困惑して「覚えていないです」と震えた声で答えた。梶浦の反応は、「そうだろうな」という適当な相槌だった。

 

「君の艤装を少し見させて貰ったが……ああ、大丈夫。ちゃんと工廠に保管されている」

 

 そう言うと、梶浦は手元の書類を電に見せるようにしてテーブルに置いた。

 

「ほぼ機能を失っている状態だ。この状態だと、轟沈していてもおかしくないだろうな」

 

 書類には、いくつもデータのようなものが記されていた。損傷部位、燃料残量、総合的なダメージ量を数値化したものと、電が分かるのはそれだけだったた、一番右下の総合結果らしき欄には『大破』と記されていた。

 

「たまたまここに流れ着いていたのは運がよかったな……まぁ、本当にそうかは分からんが……」

 

 そう言うと、梶浦は手にした二枚目の書類を電へと渡す。先程と同じような構成で、幾つものデータが記されていた。

 

「第一世代」

 

 唐突に梶浦が言って、電の視線が彼へと向けられた。

「知ってるか? 艦娘の機能の確率として製作された試験機だ」

 

 梶浦の言葉に、電は首を振って答えた。

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、梶浦は再び口を閉ざす。おそらく、読めという指示だろう受け取った電は、手元にある書類へと目を通した。

 書かれているものは少なくとも電には見覚えのないものだった。先程のように右下の欄に書かれているのは『第一世代艦娘』という文字。

 

 電には理解が追いつかなかった。彼女覚えている限りでは、開発されている艦娘は彼女を含めて数十機のはずだ。それがどうして、第一世代や、試験機――そもそも、電はなぜ瀕死の状態でここ流れ着いたのか。分からない事しかない。

 

「急に言われても分からんか」

 

 梶浦が溜め息を吐いた。あちらも、どこか戸惑っているような、困っているような様子だった。

 

「仕方がない、少し話でもしよう」

 

 そう言って梶浦は席を立ち、机の横にあるドアを開け奥の部屋へと入っていった。部屋を出てきた彼の両手にはペットボトルとコップが二つあり、それを持ったまま再び電の対面へと腰を下ろした。電が彼の意図を読み取って書類を横へどけると、彼が少し頭を下げた。

 

「まずはお前らについて」

 

 コップの中に水を注ぎながら梶浦が話始める。

 

「そもそも艦娘は現時点で第三世代まで有るのは知っているか?」

 

 電が首を振った。

 

「……最初期に開発された第一世代、発展型の第二世代、そして完成型の第三世代だ」

 

 呆れながらも真面目に梶浦が答えて、八分目くらいまで水を注いだコップを電に渡した。

 

「そこから疑問が生じるんだな。第一世代が開発されたのはおおよそ十八年前だが」

 

 そう言って梶浦が電の手にある書類を指差した。ごつごつとした屈強な指が指したのは一番右下の欄だった。第一世代艦娘の文字が電の目に入る。

 

「言うなれば骨董品にも近いお前が、ここに流れ着いたんだ。十年そこらの時間をかけたにもかかわらず、生きている状態でな」

 

 

 衝撃を受けた。

 黙って返すしかなかった。

 そんな事を言われても、電の体には実感がない。「そんな気はしないか」という梶浦の言葉に、電はゆっくりと頷いた。

 

「なんせ十年も前の話だ。体が覚えていないのも無理はないだろう」

 

 だが、艤装がそれを覚えている。梶浦がそう言うと、電の脳内にある人物が浮かんだ。かつてその艤装を装備し、共に戦った戦友が。電はそのことを思い出し、梶浦に食いつくような勢いで机から身を乗り出した。

 

「第六駆逐隊のみんなはどうなったんですか? 確か、私と一緒に戦って――」

「死んでるだろうな」

 

 焦るように言葉を連ねる電に対し、梶浦がきっぱりと言った。電の表情が固まる。

 

「十年も前の事だ。お前が生きているだけでも無事だと思った方が良いさ」

 

 電はすとん、とソファに腰を下ろして、下を向いた。

 かつて戦った戦友は死に、自分だけが生き残ってしまった。悪運が強いのか、運が悪かったのだろうか。もう二度とあの顔が見れなくなると思うと、電を大きな孤独感が襲った。

 

「……お前は、悪くない」

 

 励ますような梶浦の言葉だった。電は虚ろな表情のまま、小さく頷いた。しばらくの時間が流れた。

「この話についてはいずれ。まだ実感も沸いていないだろうからな」

 

 そう言って梶浦が注いだ水を口に含む。それを一気に飲み干すと、がん、と机に叩きつけた。電が驚いて伏せていた顔を上げた。

 

「問題なのは君の処理についてだ」

 

 処理、という言葉に電の顔が一瞬強ばった。少し身震いをした。 

 

「なんせこんな実例は初めてなんだ。君の事を考えてまだ公にはしていないが、おそらくこれが知られたら良くて実験台、悪くて廃棄処分だろう」

 

 そんな、と電が震えた声を上げるが、梶浦は左手でそれを制した。そのまま右手で自分の持っている二枚の書類を差し出した。電の目線がそちらに向かう。

 

「まぁそんな事をされたら俺の目覚めが悪い。そこで二つ逃げ道を用意した」

 

 梶浦の言葉を聞きながら、電は一枚目の書類に目を向ける

 

「一つ目。此処での雑用……と言っても、そんなする事は無いが。人目も避けれて、言ってしまうと平和。こちらがおすすめではある」

 

 一枚目の書類には、大まかな此処での仕事が書かれていた。どれも簡単そうではあるが、なにぶん電の知らない単語が多い。慣れるのには少し時間がかかりそうだな、と電は思った。

 

「二つ目。あまりおすすめできない方だな」

 

 梶浦は少し考えた後に、意を決したような表情をした。

 

「ここで、艦娘として働く」

 

 梶浦の言葉に、電は顔を上げた。眼下には、新規鎮守府としての登録用紙や、初期艦としての登録用紙が置かれている。電はその中から登録用紙を一枚拾い上げると、全体を通して読んでいった。

 

「どうだろうか? 正直な話、仮の鎮守府だとしても艦娘といった戦力は欲しい……いや、これは俺の都合か」

 

 忘れてくれ、と梶浦は頭を強くかいた。電は、再び顔を落とす。登録用紙には登録する艦娘のタイプと型番、そして本人の同意の証明書を書くだけで済むようだった。

 

「この二つが嫌なら、他の方法も考える。まだ決断はしなくてもいいさ。それまでのサポートくらいはしよう」

 

 そう言いながら、梶浦は机上の書類を纏める。そして最後に電が持っていた書類を回収しようと思ったが、それは叶わなかった。

 電の手が離れなかった。

 

「……奴らが憎いか」

 

 意図を察したように、梶浦が告げる。電はゆっくりと顔を上げると、梶浦の目を見据えて口を開いた。

 

「梶浦さん、いえ、司令官さん。私、艦娘をやります」

 

 電の言葉に、梶浦の目が見開かれる。大体はわかっていることだったが、梶浦にとってその決断は意外なことでもあった。

 

「……参考までに、理由を聞かせて貰おうか」

 

 そう言われ、電は少しだけ頭の中を整理した。

 電はよくも悪くも優しい性格だった。確かに自分の姉たちを殺した『奴等』を殺したいという気持ちはあったが、それ以上に彼女にとって大切なものは自分の姉たちとの深い繋がりだった。

 孤独は辛い。唯一の逃げ場はない。他の場所を見つけても、彼女はそこにはいられない。

 

 電は戦友へと心の中で謝ると、もう一度梶浦の目を見据える。

 

「私は―――」

 

 

 

 

■2035年 15時56分 第8鎮守府 執務室にて

 

 ぼんやりとしたまどろみの中で、梶浦は目を覚ます。彼にしては珍しく、執務時間中に寝てしまっていたらしい。時計の針はおおよそ十六時を指している。そろそろ遠征部隊が返ってくる頃合いだろうか。目の前の書きかけた書類を一瞥すると、別の机で執務をこなしている電と目が合った。

 

「……何分だ?」

「電が気づいたときだと、十分くらいなのです」

 

 梶浦が訪ねると、電が答えた。

 

「司令官さん最近疲れていたようですから……起こしたほうが、よかったですか?」

「ああ、すまんな。次はないように気を付けるさ」

 

 梶浦が申し訳なさそうに言うと、電はにっこりと笑い、再び眼下の書類の整理を始めた。

 鎮守府が本格的に機能してからおよそ三ヶ月が経つが、まだまだ課題は山積みである。梶浦もその事を頭に入れながら、眠気の残る頭を働かせる。と言っても、もう仕事は大方終わらせてあるようだった。過去の自分に感謝をし、翌日のことを考えながら梶浦は書類の角をなんとなく整える。

 

「夢を見たんだ」 

 

 唐突に、梶浦が言い、少し遅れて電が「はい?」と聞き返した。

 

「さっき寝てた時にな。電が来たときの夢を見たんだ」

 

 そういうと、電はああ、と納得したような顔をする。

 

「もう三ヶ月ですものね」

 

 当時のことを懐かしみながら、電は言う。思えば、当時ここに来た時の電は右も左もわからない新人艦娘だったのだ。それが三ヶ月とはいえ、戦艦や空母がいる中でいまだに秘書官を務めているというのは、かなり凄いのかもしれない。そう考えながら、梶浦も当時のことを思い出す。あのころは可愛かったのになー、とか思うと、電の目線が冷たく感じられる。見れば、電はもう眼下の書類を終わらせ、体を伸ばしてリラックスしているところだった。

 

「なぁ、電――」

 

 と聞こうとしたところで、不意に梶浦は口を閉じた。

 あの後、電は何と言ったか。すでに梶浦は思い出したが、電自身に聞くことは憚られた。その言葉を思い出すと同時に、電の決意に満ちた顔が思い出されのだ。

 そのような言葉をまだ見た目幼い電に言わせるのは梶浦の気が引けた。それが彼なりの電への励ましだった。

 

「どうしたのですか、司令官さん」

 

 不思議そうに電が返す。

 

「いや、すまん。何でもないさ

 今日はもう終わりだ。ゆっくり休んでくれ」

「? 変な司令官さん、なのです」

 

 そう言って電は席を離れ、「お疲れ様でした」と梶浦に頭を下げた後に部屋を出た。夕日が照らす執務室の中では、梶浦の影だけが床に映し出されている。彼は少し考えるような仕草をしたあとに、重い溜息を一つ吐いて椅子の背にもたれかかった。

 

 電の言葉。電を見てその言葉を思い出すたびに、その言葉が頭をよぎる。気の弱そうな彼女からは到底出るような事も無いような言葉なのだが、あの表情を嘘と見るの到底出来ない。

 

 共に戦った海で、共に沈む。

 

 艦娘としての本能なのだろうか。それとも、彼女自身決意なのだろうか。

 

 

 

 『とても素敵な前日譚を』




詳細な年表や設定は追々晒していきたいと思います
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