とある世界の   作:宇宮 祐樹

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Chapter:1 平和
提督について


『提督について』

 

 朝の執務室。

 ここの鎮守府の提督は、大きな欠伸を一つすると、室内の奥にある椅子へと腰を下ろした。まだ眠気が残っているのか、肩を二、三回鳴らすと着ている白い軍服を椅子の背にかけた。昨日も今日も暑い。いそいそと朝食の準備をしている提督の顔にも夏の暑さに対する辛さが感じられる。

 

 彼は少し細い目を一回見開くと、既に湯を入れて数分が経過した容器に目をやった。確か三分だったか、と確認をすると容器の上においてある重し代わりの箸を取り、容器の蓋をゆっくりとあける。即席麺特有の濃い香りがして、提督の鼻を刺激した。

 

「悪いのは分かっているんだがな……なにぶん、時間がない」

 

 適当に自分への言い訳をして、提督は一人寂しく即席麺を食べ始めた。

 いつも通り食堂に行かない残念な提督である。

 

 

「おはようございます、司令官さん」

 

 提督が朝食を食べていると、秘書艦である電が執務室へと入ってきた。

 その小さい手には数枚の書類があり、茶色のとろんとした小さな瞳は、提督の顔から、机の上に置かれている即席麺へと向けられた。提督は、冷や汗を垂らしながら電に挨拶をした。

 

「ああ、おはよう電――」

「司令官さん、またカップ麺ですか?」

 電が笑顔で提督へ問いかける。

 

「……俺には時間が無いんだ」

「いつも言ってますよね、私。朝食にカップ麺一個は止めてください、って」

 

 提督が言うが、電は聞いていないらしい。提督は箸を机の上に置いて、頭を抱えた。

 

「だいたい、毎日カップ麺じゃ体を壊しますよ? それに、時間がないと言っても司令官さんは鎮守府で一番起きるの早いじゃないですか」

「……時点は電だけどな。そういうお前は摂ったのか?」

「司令官さんには言われたくありません」

 

 きっぱりと電が言う。

 

「とにかく、朝食にカップ麺だけ、というのはダメです。何なら、電が作りましょうか?」

「艦娘にそこまでさせる必要はないと思うが」

「じゃぁ食堂に顔を出してください」

 

 うぐ、と提督が言い淀む。普通は軽く流してくれる筈が、今日はけじめが着くまで仕事をさせないつもりらしい。

 

「大体、なんで食堂に行かないのですか? みんな提督の事を心配していますよ?」

「……俺がいると、何かと食いにくい奴もいるだろう」

「そんな事ないですよ? 伊勢さんは一緒に食べてみたい、と言っていましたし」

 

伊勢がか、と提督は少し驚いたような顔をして、再び即席麺をすする。その音を聞くたびに、電が不機嫌そうな顔をしたが、食べているものは仕方がないと割り切った。どうやら、今日は諦めてくれるらしい。

 

「仕方がないから、今日は許します。でも、明日またそれを食べてたら力尽くでも連れて行きますからね!」

 まったくもう、と電は悪態をつきながら提督の机の横に置かれている、一回り小さな机ヘと手に持っている書類を置いた。秘書艦用の机である。

 提督も即席麺を食べ終えると、提督から見て左に付けられている扉の奥へと消えていった。電の目が、その姿を追う。

 

 執務室の隣には、提督用の部屋が設けられてある。

 艦娘が全て女子なのでそれは必然的なのだが、彼に至っては仕事以外はすべてそこに篭ってばかりいる。生活は大丈夫なのだろうか、と電は心配をしているが、そんなことは知らない提督は何食わぬ顔で細い目を電へと向けた。

 

「朝の点呼は?」

「全員、確認しました。第一艦隊、第二艦隊共に出撃可能です」

「そうか」

 

 そう言って提督はゆっくりとした動作で椅子に座ると、腕を組む

 

「じゃぁ、今日も始めようか」

 

 

「第一艦隊が帰投したのです」

 

 秘書艦――つまり、第一艦隊の旗艦にあたる電が提督に報告した。その後ろには、暁、北上、伊勢、赤城、隼鷹の五人が一列に並んでいる。連日の出撃の為、かなり疲れもたまっているのだろう、各々から疲れている様子がうかがえる。

 

「はいお疲れさん。書類の提出とかは明日の朝とかで良いから」

 

 提督はそう言っただけで、再び眼下の書類へと目を通す作業に戻った。電が何かを言いたげな表情だったが、他の面々が出ていくのを見てやめた。最後に電は執務室から出る時に一例をして、先に出て行った五人の後を追う。

 

 そのまま第一艦隊の面々は部屋を出て、各々体を伸ばしたり、疲れた溜め息を吐いたりしていた。主に伊勢と隼鷹が日々の愚痴を吐き合ったり、暁が今日の夕食は何か等と考えている中で、赤城は俯きながら顔をしかめていた。隣で体を伸ばしていた北上が、それに気づく。

 

「どうしたの赤城さん。そんな顔しちゃって」

「いえ、少しだけ気になることが…」

 

 そう言って、赤城は顎に手を当てて考えを巡らせるような仕草をした。

 

「何かあるなら言ってみてよ、私でいいなら聞いてあげるから」

 

 北上にとって赤城は、第一艦隊の中で重要な航空戦力である。全体を見ながら戦う彼女にとって、一つの悩みというのは戦力の低下にもつながる。そこまで考えた北上の赤城にかけた言葉がそれだった。

 

「そうですか……」

 

 少し考え、赤城は少し困った様にして口を開いた。

 

「提督の事です」

「提督さん?」

 

 深刻そうに言う赤城に対し、北上は不思議そうに答えた。余りにも予想外の質問だったからだ。

 

「いや、本当に些細なことなのですが……提督の当たりが強いと思ってしまって」

「あーわかるよそれ。確かに避けられてるかも」

 

 困ったような顔をして言う赤城に、北上は同意して大げさに頷いた。

 よくよく考えれば、提督は艦娘に対して嫌っている節が見られる。本日の演習も指示を出しただけで自分は執務室に籠り、出撃に至っては旗艦の電に指示を投げて自分は仕事である。仕事が忙しいというのなら仕方がないのだが、毎回毎回こうだと艦娘の気分も下がってくると言う訳だ。

 おまけに、普段の生活からしても提督の行動は目に余る物である。そもそも執務室から出ること自体が少ないし、執務室以外は自室にこもってばかり。たとえ廊下ですれ違ったとしても、目を合わせずに軽い挨拶だけで去っていってしまう。北上は別に提督自身に気がある訳でもないが、此処まで露骨であると自分に自信がなくなってしまう。

 

「何? 司令官のはなし?」

 

 そんな話をしていると、前を楽しそうな様子で歩いている暁が振り向いた。補足ではあるが、暁と北上は改二である。その証に出撃時に暁は肩の探照灯、北上には重雷装用の艤装が装備される。

 

「うん、提督が私たちに色々厳しいっての。もっと褒めてくれても良いんだけどねぇ」

 

 そう言いながら、北上は腕に装備されている艤装に目をやった。

 改二になった証であるこれは、彼女が着任当初から数え切れない苦労を重ねて手に入れたものである。しかし、彼女がこれだけ頑張ってはいるものの、提督は謝礼の言葉一つで済ませてしまう。もう少し言ってくれても良いのではなかろうか。と思ったが、あの提督にそこまでの理想を追い求めるのは止めた。

 

「そうですよね。私も頑張ってはいるのですが……」

 

 赤城もそう言いながら、曲がり角を曲がる。艤装を外すために工廠へと向かう足は、少し早い。気づけば、後方を歩いていた隼鷹と伊勢も話に加わっている。

 

「そうかしら? 提督はそんなんじゃないと思うけど」

 伊勢が呆れたような声で言った。

 彼女は初期艦の電に次いでこの鎮守府に着任した艦娘である。電の代わりに旗艦を任される事も有り、それなりに提督からの信頼を得ている。だからこそ、「そんな事は無い」と言えるのだろう。しかし、あの提督からそこまでの信頼を得るというのは只者ではないのだろう。

 

「……それは、伊勢さんが特別だからじゃ」

「それはない」

 

 怪しい視線を向けて問う赤城に、伊勢がきっぱりと答える。これも、彼女が次点に着任したからこそ言えるのだろう。彼女の背後に装備されている大きな砲塔は、使い古されてはいるものの未だに現役である。少し邪魔ではあるが、伊勢はもう慣れているらしい。

 

「あの人の良いところはそういう所じゃないの。何というか…、何だろね?」

 

 曖昧な言葉を残しながら、伊勢は隣を歩いている隼鷹へと声をかけた。考え事をしながら歩いているらしかった隼鷹は、伊勢の言葉を聞くとひとつ頷いて返した。

 

「どっちかと言うと、あの人は嫌ってるというよりは私達に関わらないんじゃないか?」

 

 隼鷹も伊勢程ではないが、提督をよく知っている人物の一人だ。北上や赤城が着任した当初からいたのは伊勢と隼鷹、そして電と暁の四人だけだったのだ。その当時の提督を知るのは、当然だがその四人しかいない。

 

「それじゃぁ同じじゃないの。司令官は私達に照れてるのよ」

 

 顎に手を当てながら隼鷹が言うと、暁が胸を張って答える。どうやら、隼鷹よりは暁の方が先に着任しているらしかった。しかし、あまりの予測に赤城は少し苦笑を浮かべた。

 

「……それこそ無いんじゃないでしょうか」

「そんなこと無いわよ。司令官は私と目が合うと少しずらすのよ」

 

 そういえばそうか、と赤城は最後に提督と廊下ですれ違った時を思い出した。向かいから歩いて来る提督は、赤城が見た限りではおぼつかない足取りと言うか、どことなくぎこちなかった。着任当初の赤城はそれを何かの異変かと思ったが、毎回毎回――というかそもそもそんな事自体が少ない――こういった態度なのだ。

 

 様々な憶測が出る中で、赤城は、最後の頼みの綱である小さな少女へと目を向ける。背中に背負われた艤装からは金属のこすれ合う音が聞こえ、そこからつるされた錨は床に引きずられたままだった。

 

 空母や戦艦、雷巡が居る中で、駆逐艦の電は第一艦隊の旗艦を勤めている。此処の鎮守府では旗艦が出撃や演習時以外は提督の補佐を務める役割を持ち、彼女が一番提督と一緒に居る時間が長いのだ。

 

「……電ちゃんは、どう思う?」

 

 赤城が遠慮しがちに声をかけると、電は少し遅れて、不思議そうな顔で赤城の方へと向いた。手にある書類は、戦果報告の為の書類である。旗艦の電は、それを全て把握して翌日の執務へと望まなければならないのだ。

 

「すいません、なんの話ですか?」

 

 電は先程の会話が全く耳に入っていなかったらしく、伊勢がそのまま話の流れを掻い摘んで説明した。電と伊勢は、この鎮守府の古株、かなり長い付き合いになる。それぞれがそれぞれの事を信頼しているのだろう。と赤城が考えていると、なるほど、と電は顎に手をやりながら呟いた。

 

「おそらくなんですけど、暁ちゃんの答えが一番近いかもしれませんね」

「ほら! 電が言うなら本当よ」

 

 暁が(無い)胸を張って自慢するが、それはあくまで電の見た結果である、と電ははしゃいでいる暁をなだめ、言葉を連ねる。

 

「暁ちゃんの言う通り、司令官さんは私たちと目を合わせたくないのかもしれませんね。照れる、というよりは怖い、といったほうがいいんでしょうか……」

 

 電が意味深な言葉をいっていると、艦娘たちはいつのまにか工廠へとたどり着いていた。ではこれで、と電は言い残すと、いそいそとドッグの中へと背負った艤装を鳴らしながら消えていった。残った赤城達は電の言葉の意味を考えていた。 

 

「私たちが怖い、ですか……」

 

 赤城がふと呟く。

 確かに、提督という普通の人間から見れば、大いなる海の化身やら海の怒りやらと比喩される深海棲艦を撃滅する艦娘という存在は恐怖の対象になるかもしれない。

 しかし、彼は提督である。流石にそんな事はない、と赤城は思ったのだが、電の言う言葉なのだ。疑うのも憚られる。

 

「確かに怖いかもしれないわね、私たちは」

 

不意に伊勢が言葉を発すると、そのまま工廠へと歩を進めた。それに続いて隼鷹と暁が続く。どうやら、彼女達は自分の中で結論を見出したらしい。残された赤城と北上は、唐突な彼女達の行動に呆気に取られていた。

 

「……まーそうだね。深く考えないほうがいいかも」

 

 北上が静寂を破るように呟く。

 

「とりあえずさ、それは後で考えて。赤城さんも今は艤装の整備とか一緒にしようよ」

 

 そう言って、北上はすたすたと軽い足取りでドッグへと向かう。赤城も北上の言う通り、今は考えるのをやめて北上の後へ続いた。

 

 考えたところで、提督は変わらないのだから。

 

 

 

 

 

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