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電が執務室に入ると、提督は肘をつきながら手にした書類を眺めていた。恐らく先程電が出した報告書だろうか。提督は部屋に入って来た電に気が付くと、書類を投げるように置いた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、応急的ですが、大方治療しました」
「そうか」
そう言うと、提督は座っていた椅子から立ち上がった。机の上にある散らばった書類を纏めて机に仕舞うと、電が提督のそばへとよって、追加の分の書類を手渡した。提督はそれを受け取りながら、電と共に執務室を出る。
「大破レベル……修復にかかる時間は?」
「おおよそ一日と少しなのです」
「……資材は」
「少なくとも四分の一は」
てきぱきと電が答えると、提督は重たい溜息をひとつ吐いた。
「また遠征部隊を編成しないとな」
そう言いながら、提督は次の書類へと目をやった。二枚目に書かれているのは、大和型に装備されている艤装についてだった。大和型の主砲である46㎝三連装砲に、副砲の15.5㎝三連装副砲。そして艦載機の零式水上観測機と基本的な装備の中で、ふと提督は一つの装備に目をやった。
「……応急修理女神だと? なんでこんなもの積んでるんだ?」
「やっぱり、おかしいですよね」
提督の素っ頓狂な声に、電も同意した。
まず普通の鎮守府に応急修理女神など配備されていない。配備されるとしても、それこそ最前線で轟沈する危険性がある艦娘のみだ。その貴重な応急修理女神が積まれているという事は、あの大和は只者ではない。そもそも大和型と言う時点で只者ではないのだが。
「全く、謎だらけだな……ん?」
その驚愕と共に、提督にふとある考えが思い浮かんだ。応急修理女神の効果は、轟沈判定の艤装を一瞬にして回復させ、弾薬と燃料も全て補充するという魔法の様な効果だ。その効果を持ちながら、助けられた大和の状態は大破。そして、大和の入渠にかかる資材は普通の鎮守府の資材の四分の一。
これらの条件が重なり合い、提督の頭に一つの答えが生まれた。しかし、それが本当だとしたらあまりにもひどい事だろう。それに、大和が、下手をしたら大和の所属している鎮守府全体に疑いがかけられてしまう。
「どうしましたか? 司令官さん」
「いや、少し気になることがあってな……」
電が不思議そうに提督の顔を覗き込んだ。
提督が考えていることが本当だとすれば、それはあまりにも人道的に酷なだろう。しかし、それが嘘だとすれば提督はその地位を剥奪、下手をすれば鎮守府に居る艦娘にも迷惑がかかるかもしれない。嘘の一つで鎮守府が崩れるほどに今の日本は危ういのだ。下手に公表しても、デメリットでしかない。
「……薄気味悪い考えだ。いずれにせよ、本人に訊けばわかる事だ」
そう言って、提督はとある木製の扉の前で立ち止まった。救護室と書かれているそれに電は見覚えがあった。提督は錆びついたドアノブを回すと、ゆっくりとその扉を開く。ぎぎぎ、と言う今にも壊れそうな音がした。
部屋の中は、一言で言えば白かった。
汚れ一つない白の天井に、複数置かれたベッド。その壁側には薄緑色のカーテンが取り付けられており、患者を仕切ることが出来るようになっている。部屋の奥にはぽつりと一つだけ窓が取り付けられており、そのすぐ傍では一人の少女が佇んでいた。
まず目に入ったのは、長く伸びた栗色の髪。そして大和美人を彷彿とさせる整った顔立ちで、体つきも年頃の少女の様に出るところは出ていて、締まるところは締まっている。今来ているのが患者用の簡易なものではなく着物だったら、と思ってしまう程の女性だった。
「おはよう。体の様子はどうだね?」
「あ……はい、大丈夫です」
そう言いながら、彼女は左手――正確には、三角巾で吊った左腕を上げた。
他にも、頬には湿布、右腕には包帯を巻いている。流石の大和型でも単騎で戦艦を含む重巡艦隊には歯が立たず、艤装の修復だけでなく本体の方も修復しなければならないようだった。傷だらけの彼女は、歩くのがやっとなのかおぼつかない足取りで提督の方へと歩いてきた。
「その、助けてくださって、ありがとうございます」
目の前でぺこりと律儀に頭を下げる彼女に対し、提督は驚いた視線を向けた。
これほどまでに傷だらけなのに、わざわざ自分の目の前で礼を言うなんて。
「……礼には及ばんさ。助けるのが普通の状況だったのだからな」
そうだったんだろう? と提督が電に問いかけると、電はこくりとうなずいた。あの状況で素通り、というのは流石に酷だろう。
「それに、助けたのは俺じゃなくて電の方だ。礼を言うなら電に言ってやってくれ」
「そんな事は無いのです。あの時司令官さんが指示をくれなければ、助ける事すらできませんでしたから」
そう言われると、終わらない。電の引っ込み思案な性格を深く知っている提督は、これ以上この話題を続けないことにした。そうすると提督は、目の前でどうすればいいのか分からなくなっている彼女へと助け舟を出した。
「とりあえず、飯でも食おうか。腹、減ってるだろ」
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提督が持ってきたのは、ビニールで舗装された菓子パンの類だった。それを投げるように大和に渡すと、大儀そうにしてパイプ椅子に腰を下ろした。使い古されたパイプ椅子は、小さな悲鳴を上げた。
提督は電が持っている書類を受け取り、それにもう一度目を通す。装備の状況や損傷などを再度確認すると、刃物のような細い目線を大和に向けた。それに、大和は少し怯えているようだったが、しばらくすると下を向いた。
「そうだな、まずは出身鎮守府を教えてくれるか?」
提督が手に持った書類の角を揃えながら問いかける。大和はうつむいたままだった。
「連絡が出来ないと君を鎮守府に返すことが出来なくなってしまうからな」
「そ、それは……」
大和が提督の言葉を遮る。そういったまま大和は言い淀むと、小さく声を漏らしながら下を向いた。提督は何も言わずに、大和の事を細い目で見続けている。
「あの、司令官さん……」
「分かってるだろ」
電が何か言いたげな表情をしたが、提督が強く言う事で遮られる。
どうやら、提督の予想通りに大和が居る鎮守府は相当『訳あり』らしい。その事を電と提督は装備や損傷を見ていた時点で気が付いていたが、大和が傷つくだろうと思い言わなかったのだった。
やがて提督がため息を吐いた。何かにうんざりしているようにも見えた。
「別に、教えたくないのなら教えてくれなくても良い」
「……本当ですか?」
「ただ、色々聞くことは増えるな」
その言葉に、大和は沈黙することで返した。
提督は先程受け取った資料を広げ、その中の一枚を抜き取った。艤装の装備状況に関する資料だった。
「まず君の艤装の事だが、最後に入渠したのは覚えているかね?」
大和が首を横に振る。提督が苛ついたような顔で舌打ちをした。
「そこからか」
「……すいません」
「君が謝っても何も変わらんさ」
提督は少々苛ついてきたようだった。
「大和さんの艤装は、少なくとも大破レベルです。轟沈してもおかしくなかったんですよ?」
「……」
「それなのに、何で入渠してないんですか?」
「……させて、くれなかったんです」
余りの小さな声に、電がはい? と訊き返した。
「入渠自体をさせてくれなかったんです。資材がかなり減るから、って」
あまりの非人道的な事実に、思わず電は目を見開いた。提督はそれを分かっていたらしく、膝を組みながら大和の事を見続けていた。
「そ、そんな事って……」
「もういい電。遠回しに聞きすぎだ」
電が何とかして言葉を繋げようとしたが、提督がいう事で遮られる。
提督は組んだ足を逆にすると、再び鋭い目つきで大和の方を向いた。
「つまり、あの海域であれほどの損傷を受けていたのではなく、元々損傷自体していたと」
そういう事だろう、と提督が訊くと、大和は静かにうなずいた。前々の予想が当たってしまったらしく、提督は疲れと呆れがまじりあったような溜め息を吐いた。この状態だと、補給も満足にしていないのだろう。
「……成程な。大体の予想はしていたが、ここまで来ると気味が悪くなってきた」
提督がそう言いながら、再び書類に目を落とす。細い目の眉間が、だんだんと深くなっていく。
「つまり、君の所の提督は君を入渠させたくないがために轟沈させた、という事だろう?」
「な……!」
電が驚いたような表情を見せるが、提督は無視して続けた。
「大和型ともなると入渠に要する資材の大量消費は免れん。それを削減するために、君を沈める……嫌、君を沈めて応急修理女神を発動させることにしたんだろう?」
ひどい話だ、と電は思った。
応急修理女神の効果は、前述のとおり轟沈判定の艤装を一瞬で修復し、弾薬と燃料も補充する魔法の様な効果である。それを利用して、大量に資材のかかる大和の入渠を済ませよう、という何とも酷な話であった。
大和はそれを認めたくは無かった。しかし、事実は認めることしかできないのだ。
「そんな、酷い事……」
「する事があるんだよ。艦娘も身体的には無事だからな」
精神面は知らんが、と提督が付け足す。そうして、提督は書類の角を揃えると電に渡した。
「それで、君はどうしたいんだね」
うつむいていた大和が、ゆっくりと提督の方を向いた。提督は、心なしか笑っているようにも見えたが、大和にとってそれがどうも薄気味悪く思えた。
「君が此処で鎮守府の連絡先を教えて帰るもよし。教えずにドロップ品扱いで帰らないもよし」
おかしな話だ、と大和は思った。
普通、このような事例であれば艦娘を元の鎮守府に返すのが普通なのに、これでは提督が罪を犯すことになってしまう。そうなれば、この提督がどうなるかは明白である。本気で言っているのか、と思ったが、提督の目を見る限りそうではないらしかった。
「君はどうしたいんだ?」
提督の顔が、より一層怖く思えた。
確かに、大和は鎮守府で様々な事を経験している。先日受けた、『沈め』という指令もその一つだった。そんな所に帰りたい、とは普通思わないし、大和もその例にはもれなかった。
しかし、自分が帰りたくないと言った所で何かが変わるのだろうか? あの鎮守府にいる大和の仲間たちの所には帰らず、自分だけ助かるような、そんな選択肢でいいのだろうか?
大和の中で様々な思考が飛び交い、彼女は恐る恐る口を開いた。
「……帰りたくは、ないで――」
「そうかそうか! 帰りたくは無いのか! 」
急に提督が立ち上がり、大和の言葉を遮った。
「まったく、艦娘が帰りたくない鎮守府なんてどんなところなのだろうな! もしかすると艦娘に酷い事をしているのかもしれない! そんな鎮守府は本当に必要なのか!?」
わざとらしく騒ぐ提督に、大和はただ口を開けて呆然としていた。横で座っている電は呆れたような表情をしている辺り、これが提督の本性らしい。やがて一通り騒いだ提督は、とても落ち着いた様子で椅子に座った。
「歓迎しよう、戦艦大和君」
先程とは全く違った様子で提督は大和に手を差し出した。提督の級編ぶりに大和はギャグか何かだと思ったが、提督の目を見る限り、それではないらしかった。大和は困惑しながらも、提督の手を取った。
驚くほど冷たい手だった。