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「いやいやこれはこれは。第2鎮守府の大将様が第8鎮守府にようこそお出で下さいました」
提督の物言いは、あまりにもわざとらしいものだった。声のトーンを少し上げ、言ってしまえば癪に障るような声色で初老の男性へと語りかけた。提督は薄ら笑いをしながら手にした書類を初老の男性に見えるようにして置き、細くなった目で初老の男性を下すように見た。
「して、本日はどういったご用件で?」
提督が意地の悪い笑みを浮かべながら言った。初老の男性は、苛つくような声で言った。
「早く、大和を返してくれないかね?」
初老の男性――福原がここに来た理由はこれだった。
先日、未知の深海棲艦との戦闘で大破してしまった大和に、入渠する資材が惜しいからと応急修理女神を装備させ、沈んで来いと指示をした以来、大和との連絡が取れなくなってしまったのだ。当然応急修理女神が積んであるので沈んでいる、という筈は無く、慣れない海域なので迷ってしまったのだろう、と福原は思っていた。
事前に付けておいたレーダーによって、大和――正確には、大和型の艤装――の位置情報はすぐに取得をすることが出来た。しかし、福原はその座標に驚いた。大和が居たのは海上ではなく、この第八防衛鎮守府を示していたのだから。福原はあまり深くは考えずに、沈みかけた大和を律儀に救助したのだろうと考えて此処にやって来た。
そして、福原は内心で混乱していた。
まず、この鎮守府の規模について福原は驚きを隠せなかった。福原のいる第一鎮守府は最前線でもあり、日本の資材の四分の一が全てそこに言っていると言っても過言ではない。それは自他ともに福原が多いと認めているのだが、その福原からしても個々の鎮守府の規模は目に余る物だった。
まず、艦娘があまりいないという事。
福原のいた鎮守府はいつも艦娘が工廠かドッグを出入りしていたのだが、午前十一時にしてその姿は全く見られない。鎮守府の規模が小さいので艦娘の入渠を憚っているのだろうか、それともそもそも出撃が少ないのだろうか。福原にとって出撃が少ないと言うのは有りえない事だった。
次に、大和が入渠したという事。
これについては、あまり福原は驚かなかった。轟沈寸前の艦娘を救助するだけの義理があれば、それくらいのことはするだろう。そのお蔭で、貴重な応急修理女神を消費せずに済んだとさえ思っていた。福原は言ってしまえば合理的な男だった。だからこそ、あの鎮守府の様な形態が出来てしまったのだろう。
そして、最後。
目の前にいるこの男は、何者なのだろうか。
福原は自分で言うのもなんだが、日本の海域の最前線にいる男である。それなりに地位も持っており、今の日本になくてはならない存在とも思っている。それを、この男はまるで挑発するような態度を取って、自分を見下すようなそんな目つきをしているのだ。あまつさえ年下であるのに、このような態度をとるのはどういう事だろうか。
福原は目の前の男に怒りを覚えたが、それを面には出さなかった。この男の手には福原の大和がいるのだ。
しかし、その男は大和の事を決して口に出さなかった。それどころか、福原から言わせるように仕組んだのだった。福原は自分の発言に歯ぎしりをしながらも、鋭く意志の籠った目線で目の前の男を見つめた。
だが、その男は。
「大和? ああ、先日うちがドロップしたあの艦娘ですね?」
そんな事を言い出したのだ。
「……何を……?」
「いやぁ、運が良かったですよ。まさか、これまで建造でしか手に入らなかった筈の大和が、まさかドロップするなんて! どうやって上に報告しましょうかねぇ? 都市伝説にでもなっちゃいますかね?」
提督のわざとらしい、神経を逆撫でするような言い方に福原は拳を握りしめた。
何たることだろうか。まさか、自分の艦娘、それも最大戦力の大和がこんな男に奪われることになろうとは。福原は目の前の男に溢れんばかりの殺意が芽生えたが、それはやがて自分の優越へと変わっていった。
先程も話した通り、福原は万が一も兼ねて大和の艤装にレーダーを付けておいたのだった。今でも、恐らくそのレーダーは信号を発信しているだろう。それがあれば、この男のいう事など只の戯言に過ぎないのだ。そう思っていた。提督が、懐から何かを取り出すまでは。
「しかしまぁ、良くもこんな小細工をしたもんだ」
提督の声色が変わった。
「逃げられないように、って所か。全く、今は艦娘なんてやめたいときに止められるってのに、訊いた通りに酷い話だな」
先程の愛想のいい笑みはどこに行ったのか、提督はその細い目で福原を睨みつけながら言った。福原は、腹の底が煮え立つような怒りを覚え、震えながら静かに提督へと目を向けた。眼球が血走っていた。
「何が目的だ……」
「何が、ですか。強いて言えば解放ですね」
提督が、人差し指を立てた。
「勝負をしましょう」
何? と福原が驚いたような声を上げた。提督は、口元にうっすらと笑みを浮かべて続けた。
「貴方と私で、最大戦力を使っての勝負です」
福原は、さらに困惑した。
福原は、自他ともに認める完璧主義者であった。艦隊の練度も高く、現在入渠中の大和型を覗いても彼の鎮守府には優秀な艦がいくつもいた。その福原に、彼は勝負を挑んで来たのだ。福原が腕を組み、提督が続けた。
「そして、負けた方は所持している艦娘を全て勝った方に与える」
福原の眉が動いた。
無論、福原は負けるとは思っていない。しかし、目の前の男はそんな事を言う。
もしかすると、この男は福原の艦隊に勝つ見込みでもあるのだろうか。先程も述べた通り、福原は自他ともに認めるかなりの実力者だ。その彼の艦隊に勝負を挑む男に福原は得体の知れない不気味さを感じたが、それはあまり消えなかった。
しかし、これは提督にとっても不利なものだった。
福原の艦隊の強さは、提督も知っている。所持している艦娘のほぼ全てが最強練度、負け知らずの艦隊だという事も、そしてそれらが全て道具の様に福原に扱われているという事も、全て知っていた。だからこそ、提督はこのような事を要求したのだ。
他人から見れば、これは悪なのかもしれない。
もしかすると、提督を非難するような者も出るのかもしれない。しかし、提督には提督なりの正義と言う物があった。提督に限らず、全ての提督とって、艦娘というのはとても複雑なものだ。それを、モノのように扱うというのは提督にとってどうもいけ好かないものだった。
十年前に比べれば。
「……喧嘩を売っているのかね?」
提督が場に合わずそのような事を思い出していると、福原が苛立ちを隠しきれない表情で問いかけた。眉間のしわは相当深くなり、かなり怒っているようだった。恐らく、自分に勝機があると思っている提督に対しての怒りだろう。
「ええ、大安売りの出血大サービスですよ、福原提督殿?」
対して、提督はかなり煽るような調子で言った。何も考えていないようにも見えた。
すると、福原は机を叩きつけて勢いよく立ちあがった。提督が若干驚いたが、気にせず座っていると、福原は早い足取りで部屋の入口へと歩いて行った。その顔は怒りに満ちていたが、その顔はなぜかぎこちない様子だった。
「一週間後だ」
「そんなに、ですか?」
福原の言葉に、提督は煽る。ぎり、と歯ぎしりをする音が聞こえた。
「君も別れの言葉ぐらい考えたいだろう。存分に考えたまえ」
「あぁ、それはそれはありがたいですね。
そちらも考えておいてくださいよ……まぁ、言わないだろうけど」
そう言うと、福原はふん、と鼻を鳴らして扉を叩きつけるようにして閉めた。大きな足音が遠のいて、ようやく肩の荷が下りた、と言った感じの提督は、懐からタバコを取り出した。
「さて、勝てるかね?」
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第8鎮守府を出た福原は、正直に言うと怯えていた。
当然、例の演習に負けるような事は思っていない。福原の艦隊は再三いう通り自他ともに認める強力な艦隊なのだ。そんな最前線で活躍しているレベルの艦隊が、あのような内地でのうのうと艤装を持て余しているような艦隊に
第8鎮守府所属、梶浦大佐。
十年前に、同盟を潰した張本人であるその男に、福原は身を震わせた。
何故だ。何故あのような男が、こんなところで提督をやっているのだろうか。第一、あの男にとって艦娘というのは恨むべき存在なのではないのか? そもそも、何故あの男は生きているのだろうか? 様々な思考が、福原の脳裏を掠めていく。
ともかく、彼に目をつけられたらどうなるか分からない。福原は感じたことの無い恐怖におびえながらも、何とかして第2鎮守府へと足を運ぶ。ふらついた足取りだった。