戦闘シーンは次回から……
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翌日、提督は普段通り書類を片付ける作業に入っていた。提督の仕事と言うと艦隊の指揮と言ったイメージがあるが、それ以外にも大本営から逐一送られてくる資材の管理書類の作成、また艦娘の建造や装備の開発を報告する書類も作成しなければならないのだ。
本日も、大本営から微量な資材が送られてくる。そもそも独立した即応部隊としてどこにも緊急出撃できるようになっている第8鎮守府は、前線からの位置が遠い事も有ってか資材の量がほかの鎮守府より少ないようだった。
元々梶浦一人で経営していたためであろうか、現在のままでは他の鎮守府のように艦娘を賄えるほどの資材は持ち合わせてはいない。あまり戦闘しないし大丈夫だろう、という見え見えな大本営の厳しい仕打ちに、提督は頭を抱えていた。
そもそもの話、深海棲艦は現在では衰退の一方を辿っている。
それもそのはずだろう、深海棲艦というのは艦娘の成れの果てと比喩される生物なのだ。
普通、深海棲艦が生まれる大まかな原理としては、艦娘が轟沈し、他の深海棲艦が艦娘を深海棲艦へと変えると科学的に証明されている。
ならば、艦娘を轟沈させないように、深海棲艦を撃滅していけば、いずれは深海棲艦は全滅するのだ。言うだけでは難しい話だが、現在はそのように深海棲艦が処理されていき、徐々に深海棲艦の数は減っていることが確認されている。
最前線の第2鎮守府と言えど、出撃を行う回数は数年前の鎮守府の総出撃数に比べれば微々たるものだ。だから、福原は提督のあのような例外的な要求を受け入れたのだろう。第2鎮守府が機能しなくとも、他の鎮守府が役割を全うしてくれている。本当にその様な事を福原が考えているか提督は疑問に思ったが、いずれにせよあそこが潰れてもほかの鎮守府が機能するのは事実だ。
それに、言わせてもらえれば第2鎮守府というのは大本営から見ても極めて例外な鎮守府だ。通常、艦娘には人権が与えられ、艦娘という職業も法的な事が諸々決められているのだが、第2鎮守府はそれを全て無視しているのだ。この事は面には出していないが、第2鎮守府の事を良く思わない人間も上の方にはたくさんいる。まして、福原と言う男はそれを気にしようともしなかった。
だが、それは提督にとっても同じことだった。
艦娘はただの道具でしかないのだ。
「……ふむ」
提督は顎に手をやって考えるようなそぶりを見せると、そのまま固まってしまった。
「何かあったのですか?」
隣では、秘書艦の電が心配そうに声をかけた。普段なら何事も無く業務をこなしている提督が珍しく悩んでいるとなると、多少問題が起こったのかもしれない。
「……いや、何も。いつも通りさ」
提督がどこかぎこちない様子で返す。そのまま目線を机の上に落とすと、いつも通りに手を動かした。どうやら今月はいつもより送られてくる資材の量が少ないらしい。幾ら独立した即応部隊とはいえ、腐っても鎮守府である。このままでは鎮守府としてまともに機能しないというのは明白であった。
流石にこの仕打ちはひどいだろうと提督はペンを持つ。申請書を慣れた手つきで書くと、適当な場所に置いて次の書類へと取り掛かった。今度は開発についての書類だった。提督の秘書艦は万年電である。それはこの鎮守府が出来た時から決まっており、提督も電も変える気は無かった。
しかし、大本営の研究によるとどうやら開発の成功率はその時点での秘書艦によって左右されるらしい。別に電を秘書艦から外すことに躊躇いは無い――と言えば嘘になるが、開発の為に変えるのならやむを得ないだろう。現在は艦載機の数が足りないので、赤城でも秘書官にしてみるかと提督は考えていた。
「嘘ですね?」
提督の動きが止まる。
「司令官さんは、嘘をつくのが下手なのです」
「そうか」
ふん、と提督は不機嫌そうに息を吐き、手に取った書類を放り投げるようにして机の上に置いた。どこか無気力な、やる気の無いような様子が感じられた。電は提督の様子を心配そうにしているようだった。
「近々、第2鎮守府と演習を行う予定だ」
「『第2』とですか?」
鎮守府の名前は略称で呼ばれることが多い。その中でも、『第1』と『第2』はかなりの知名度を誇っていた。『第1』はとある理由により本州の最北端に位置し、話題にこそ上がりにはしないが、第2となると前述の通り色々な知名度が高い。
「お前なら分かるだろ。大和型の件だ」
「ああ、なるほどなのです」
電は未だ救護室のベッドで療養をしている彼女の姿を思い出した。傷だらけの姿に、酷く怯えた様子の彼女は第2の提督に沈んで来いと命令されたという事を提督と電の前で話していた。そして、提督が勝手に彼女の所属を第8鎮守府にした事も一緒に思い出し、はっとして提督に言い寄った。
「って大変じゃないですか! 要するに司令官さんが勝手に大和型さんの所属を変えて、それを知った第2の司令官さんが怒ったって事ですよね!?」
「掻い摘んで説明するとそうなるな。あと言い忘れたけど負けたらお前ら全員第2行きだから」
「なんて約束をしているんですか!? しかも私達の了承も得てないですよね!?」
どうするんですかーっ! と怒る電だが、提督は別段慌てている訳でもないようだった。詰め寄る電を片手で制して、普段通りの落ち着いた口調で話し始めた。
「対策は練ってある」
「また無謀な作戦じゃないでしょうね」
「今度はちゃんとしてるから大丈夫だ」
訝しげな目線を送る電に対し、提督ははっきりとした口調で答える。
「たとえ負けたとしても、こっちには大和型という後ろ盾が居る」
「……どういう事ですか?」
意味があまり分かっていない様子の電に提督が説明を続ける。
「考えても見ろ。本来ならば最前線で活動している大和型が、こんな鎮守府の近海で、しかもあんな轟沈寸前の状態で発見されるのはおかしな話だろう?」
確かに、と電は思った。例え大和型に応急修理女神が積んであったとしても、電が大和型を発見したのは鎮守府近海の海域だった。そんな所で見つかること自体がおかしい、とあの時は救助に必死で思いもしなかったのだ。
「しかもそいつは生き証拠だ。そいつを大本営に送りさえすれば当然第2の提督はあまり動けなくなる」
「だから、そんな約束を?」
「ああ。まぁ、公で約束をするだろうし、そうすれば異動は免れんが」
「……そうですか」
「お前等なら大丈夫だろう」
説明を続けている提督だったが、電の中にはとある疑問が生まれていた。
何故、そこまで第2の提督に執着するのか。確かに、第2の提督の行為が許せないという事は分かるし、たまたま第2所属の艦娘を保護したのも分かる。だが、言ってしまえばそれだけの話だった。別に何も言わずに返せば、それで済む話だと電は思っていた。
だが、電はその事を気に留めもしなかった。それは電の司令官の問題であって、電自身の問題ではない。電はどちらかというと達観的な性格だった。電の司令官が決めたことなら、電はそれに従うだけだ。だから、質問もしないし追及もしない。電と提督の関係はそんなものだった。
「ああ、今回の件は電の口から第一艦隊に伝えてくれ……できれば、強制異動の件も頼む。」
「了解したのです」
「すまない、助かる」
そういうと、提督は再び目下の書類へと手を伸ばす。
電と司令官。艦娘と提督というのは、そのようなものだと電は思っていた。
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第一艦隊に召集がかかったのは、その日の昼過ぎだった。
普段なら午後の演習に向けて各々艦装の整備を行っていたはずの時刻だった赤城は不機嫌そうな顔で赴いていた。対して、隣にいる北上は気楽そうに両手を後ろに回している。
「全員揃っているな」
話始める合図の意も込めて提督が言った。後ろで電が静かに扉を閉めた音がした。
「大方は電から聞いているだろうし、手短に終わらせようか」
「待って下さい」
提督の言葉が赤城によって遮られた。赤城の表情は不機嫌――どちらかと言えば、不満があるような顔だった。
「この演習で敗北したら、第二鎮守府行きというのは本当ですか?」
電の伝言を聞いて一番不満があったのは赤城だった。それもそうだろう。電から聞いた話では、演習に敗北したら強制異動だというおかしな話だ。そんな事は赤城自身は一度も聞いたことがない。ましてや、相手は歴戦の猛者であり、様々な噂が流れる第二鎮守府。これで不満がないほうがおかしいだろう。
提督も、そういう声が上がるだろうと言うことは分かっていたし、提督自身もこの事態が異常だと言うことは分かっていた。だからこそ、提督は頷くことで肯定の意を示す。赤城の表情が怪訝なものへと変わっていった。
「不満か」
「はい、とても」
無理もないか、と提督は赤城の目を見ながら思った。一般的な艦娘である赤城からすれば、このどこから見ても分かる寄せ集めの艦隊に勝てる見込みなどないに等しい。提督の目から見てもそれは明白だったし、無言ではあるものの後ろにいる他の5人も同じような考えを持っていた。
「……信じては、くれないか?」
「それは」
言葉が詰まる感覚を、赤城は感じていた。
果たして、そんな事を言われてこの提督を信じることが出来るだろうか? 此処に着任してまだ日が経っていない赤城は、こんな無茶な演習を予定している提督をあまり信じられることが出来なかった。確かに、提督の物言いからすればまるで勝つような様子だったが、赤城からすればはっきり言って無謀な挑戦としか言いようがない。
しかし、赤城にとってここは始めて――正確には二つ目の鎮守府なのだが、何分あちらにいた時期が短かったので本格的に艦娘として働いているのは此処からだった――着任した鎮守府である。赤城は提督の事をまだ何も知らないから不満があるだけではないのだろうか。考えてみれば、その相談を持ちかけられた時点でこの提督なら断りそうなものなのだが。
もしかすると、この提督は本当に勝とうとしているのでは?。
無言の時間が流れた。
いや待て、なぜ無言なのだ?
赤城ははっとして後ろを振り返った。
そこには、無言でありながらも提督の指示を待っている――どちらかというと、赤城の抗議が終わるのを早く待っているような、面倒くさそうな様子の北上が見えた。
普通の艦娘ならば、赤城の抗議に二、三人は便乗しそうなものだがことのほか誰もいなかった。まるで軍人として無言で上司の司令を待っているような様子。しかしそこに悲観的な色は見られない。はっきり言ってしまえば、赤城の視線からは他の五人は全員提督を信頼しているような様子だった。
「他の面々は了解している様だな」
後ろを向いて固まっていた赤城を見て、提督が言う。
「出来れば、でいい。お前が嫌だと言えば他の案を考える」
どうだ? と提督が赤城に訊いた。信頼してくれるか、という意味を赤城は汲み取った。
再度いうが、赤城はこの第8鎮守府に着任して間もない艦娘である。だから、提督の事をあまり知らない。今回の事も、赤城からすればただの無茶な決断でしかない。そんな提督の事を、赤城だけだったら理由なく侮蔑していただろう。こんな鎮守府にいられるか、と言って止めるという事も考えられる。
だが、赤城以外の艦娘がこうなら話は変わる。
赤城は、彼女より付き合いの長い――それも一番だと思われる――電が、何一つ言わずに提督の指示を待っている事に一番驚いた。普段の彼女なら提督の無茶に小言の一つや二つ、それ以上あったかもしれないが、今では無言で、落ち着いた様子で立っている。そこには、恐怖を押し殺したような様子は見られなかった。
また、第一艦隊旗艦の彼女がこうであるのなら、少なくとも彼女の中では演習に勝利できるという確信があるという事だった。そんな彼女を見て赤城は感銘を受けた。
まだ自分より年端もいかない彼女がこうなのに、自分はぐちぐちと提督に異議を申し立てている。そんな自分自身に赤城は顔が赤くなる感覚を覚え、彼女の事を尊敬し――端的にいえば、折れた。
「やります」
「そうか」
提督は短い返事で返し、立ち上がる。手元に置いておいた薄いガラス板の様なものを手に取ると、電と伊勢の方を指して言った。
「電、伊勢、それぞれ特殊兵装の調整をしておけ。エンジンも整備しておけよ」
「了解」
「了解したのです」
伊勢と電が、初めて声を発した。その姿は、いつも通りののんびりとした雰囲気ではなく、軍人として、艦娘としての威厳が見られた。始めて見せた彼女らの姿に、赤城は思わず目を見開いた。
提督は、手にした透明の薄いガラス板――よく見ると、様々な数字が板の表面で踊っている。電子化された書類の様なものなのだろうか――を操作しながら、隼鷹の方を向いた。
「隼鷹は箱の準備を。先日開発した艦載機の使用を許可する」
「了解した」
これもまた、いつもは酒飲みで大雑把な隼鷹とは違った。
「試作のVTOLも使って良いぞ」
「おっ! 気が利くねぇ~」
提督が言い足すと、隼鷹はいつもの様な雰囲気に戻り、にかりと表情に笑顔を見せた。VTOLが何を意味するかは分からないが、恐らくぶっ飛んだ事が大好きな彼女の事だ。幾分かぶっ飛んだものなのだろう、と赤城は適当に考えた。
「北上と暁はそのまま。暁は遠距離からの狙撃、北上は一応近接戦闘用の艤装を出しておけ」
「了解」
「了解」
北上と暁が、それぞれ返事をした。
提督が一通り言い終わると、赤城以外の第一艦隊はすぐさま部屋から退出し、工廠の方へと歩いて行った。恐らく今言われたそれぞれの艤装を点検するために言ったのだろう。
まだ何も言われていない赤城だったが、とりあえず他と同じく艤装の点検をするために工廠へ向かおうとすると、提督に止められた。提督は、目線を手元に落としたままだった。
「どうされましたか?」
「んー、いや。赤城に少し用があってな」
目線を落としたまま、提督が言う。
透明な板の上では、三角柱状のポリゴンが一定の周期で回っていた。