とある世界の   作:宇宮 祐樹

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大演習

 

 雲が疎らに浮かぶ空では、真夏の太陽が燦々と踊っている。白い波が立っている中で、赤城は水平線の向こうを見つめた。

目を閉じると、手に握られた長弓を前へと構える。腰に装備された矢筒から屋を一本抜くと、赤城は長弓の中心へと矢を番つがえた。赤城の水平線を見つめる目がいっそう険しくなる。

 

 赤城を含めた正規空母型の艦娘は、艦載機の発艦をするために『弓矢』を触媒としている。

 その仕組みは矢の方にあり、数機の圧縮された艦載機を矢の形にすることで飛距離と連射性を増加させることに成功したのだ。また、飛鷹や隼鷹といったいわゆる陰陽師型は、紙を触媒とする事で軽量化に成功し、反面飛行看板上の巻物型デバイスを展開しなければならないというデメリットがある。更に近年開発された装甲空母型は正規空母型の『弓矢』のシステムを応用して『クロスボウ』を触媒としていると言うらしい。

 

 番えた矢をまっすぐに引いて、力を込める。

 それだけの動作が、今の赤城にとってはゆっくりと感じられた。

 

 正規空母型が弓矢を触媒とするため、多くの鎮守府には正規空母用に簡素な弓道場が用意されていることが多い。それだけ正規空母型は鎮守府にとって重要な戦力であり、赤城の鎮守府もその一つであった。真面目な性格の赤城は毎日毎日そこに通い、弓の扱いを自分の体に慣れさせていた。

 いつもならこんな動作は朝飯前なのだが、今回は勝手が違う。本当に今日の演習で負けたらあの第2へ異動なのだろうか? 提督は本当にこんな寄せ集めた艦隊で勝とうとしているのだろうか?先日話されたとはいえ、未だに実感が沸かないのが赤城の現状だった。そんな心の乱れがある中で、普段通りの事が出来る筈もない。

 ぎりぎりと番えた糸が悲鳴を上げる。

 

 赤城が手を離すと、弓矢は鋭く放たれた。

 

 風を切る音がしたかと思うと、矢はすぐさま炎のようなものに包まれる。それが晴れると、そこには圧縮されていた五、六機ほどの偵察機が姿を現した。そのまま偵察機は編隊を組んでいき、まっすぐと進んでいく。多少心配ではあったものの、無事に発艦は終わったようだった。赤城は安堵の息を吐いた。

 

「無事に終わったみたいじゃん」

 

 赤城の後ろから、隼鷹の声がかけられた。赤城は首を縦に振った。

 

「今回は私は偵察だけでよろしかったですね?」

「そうだけどなぁ、上手く事が運べばの話だ」

 

 まぁもしもの時は頼むよ、と隼鷹は軽い気持ちで言い、両手を後ろに回してそのまま他のメンバーの元へと帰って行った。こういう時は、隼鷹のあの軽い性格に助けられる。赤城は自分の考えにいまさら何を、と自嘲的な笑みを浮かべて隼鷹の後を追った。

 赤城の腰に吊られている、三角柱の物体が揺れた。

 

 

 第二鎮守府所属、第一艦隊旗艦の金剛は深い溜息を吐いた。

 

 というのも金剛にとっては日常の出来事であり、福原提督の秘書艦でもある彼女は苦労が絶えなかった。最前線であることから、戦闘が多い事は致し方が無いという事は彼女自身も十分に分かっている。分かっている筈だった。多分。

 

 そもそも第二鎮守府の提督、福原にはいろいろと問題が多かった。確かに戦果という戦果は挙げられているものの、そのどれもが捨て艦戦法、いわゆる囮役を用意させて戦う戦法だった。

 確かに囮が居ることで金剛を含めた戦艦達は安全に攻撃を行う事が出来、敵艦隊の撃破も楽々と行えたのだが、それと同時に囮役となった犠牲は数知れず。艦娘にとっての轟沈はほぼ即死であり、金剛たちはその死に至った艦娘たちを幾度となく目の当たりにした。それに囮役は比較的簡易に配給される駆逐艦達なので、精神的に参ってしまう。

 金剛型の姉妹だけではなく主力艦隊が全て滅入ってしまっている中で、ただ一人冷静に事を対処できる金剛は流石と言うべきだろうか。他の艦娘と違ってまともに指示が出せる故、金剛はなりたくも無い第一艦隊旗艦――つまり、提督の秘書艦を務めているのだった。

 

 だから何だ。自分が旗艦になったからと言って福原の指揮は変わらないし、鎮守府の雰囲気が変わる訳でもない。ただ昔からただ昔から居ただけで成り上がっただけの自分に旗艦なんて勤まるはずもない。金剛はいつからか自分を乏し始めた。

 

 今日は珍しく他の鎮守府との演習をする事になった。

 理由は不明だが、福原が言うには必ず負けるな、という事らしい。

 

 また今更何を、と金剛はいつも通り提督に悪態をつきそうになったが、今回は事情が違った。事を話す提督の表情は、何時になく真剣なものだったのだ。

 普段の提督なら他の鎮守府との演習くらいで自分を駆り出すような人ではない。ましてや、今回の編成は自分を含めた金剛型四人に、五抗戦の二人を含めたかなり重い編成だった。

 何かある事は分かっていた。だが、今更自分達が負けるような要素も無い。酷な扱いを受けようとも、彼女らは日本の要とされる第2鎮守府の艦娘である。提督は何を思ってこんな編成を組んだんだろうか?

 

 そんな金剛の疑問はすぐに解決した。

 演習の相手があの第8鎮守府だったのだ。

 

 訳が分からない、というのが金剛の意見だった。

 何故自分達があんな寄せ集めで構成された鎮守府と演習を行うのだろうか。理由ははっきりしないが、考えられる事があるならば、おそらく「こちら側」のボロでも出たのだろう。提督は先日から大和が行方不明だと言っていたし。恐らくその点をついた第8の提督が何かしらをやらかした、と言うところまで行きついて金剛は考えるのをやめた。

 もとより頭のネジが()()()抜けている連中だ。

 今更何かしらを考えても無駄だと言う事は分かっている。

 

「お姉さま、どうかされたんですか?」

 

 難しい顔をしている自分の姉に、榛名は思わず声をかけた。

 

「ああ、大丈夫デス。それより榛名はちゃんと索敵してネ」

 

 思わず適当に返してしまい、金剛は心の中でしまった、と思った。自分に心配をかけてくれている彼女に対して、その返しは酷だろう。どうやら幾分か疲れているらしいと金剛は頭を抱え、そんな彼女を見て隣を走行している榛名はますます不安そうな顔をした。

 義理とはいえ、姉がこんなにも苦労をしているのに自分はどうする事も出来ない。榛名は自分の非力さを感じたが、感じたとてどうする事も出来ない。今はただ演習に集中して、提督の指示通り勝利をしなければ。

 

「五抗戦シスターズ、艦載機の発艦は?」

「さっき終わったわよ。まったく」

 

 金剛が五抗戦の妹の方、瑞鶴に声をかけると、うんざりとした様子で返された。

 金剛は瑞鶴の態度にイラついたが、別に今更なんだと思い、何も言わないで置いた。瑞鶴の隣では姉の翔鶴が何か言っているが、そんなことは金剛の目には入っていなかった。

 瑞鶴もいくらか参っているのは知っている。それに、瑞鶴自体は翔鶴に任せておけば何とでもなるし、二人とも艦載機の扱いに関しては第二の中で一番優秀なのだ。任せておいても問題は無いだろう。

 

 後は自分達が敵艦を沈めれば良いだけ。簡単な話だ。

 相手が深海棲艦だろうと、第8だろうと関係無い。金剛たち第2鎮守府第一艦隊は、第2鎮守府の肩書きにかけて、なんとしてでも勝たなければならないのだ。

 

 

「あの、隼鷹さん」

 

 偵察機を飛ばして数分、いくらか暇になった赤城が隼鷹に声をかけた。

 

「ん、どうした?」

「先程から気になってたんですけど、その箱、何ですか?」

 

 箱。

 隼鷹の背に立つ二つの物体を、赤城はそう呼んだ。

   

 一つ目にはは緑の迷彩が描かれ、もう一つは飛行甲板の様な模様が描かれている。よく見れば薄い線が箱のいたるところに走っており、内側から外側にかけて開く仕組みになっているようだった。

 大きさは隼鷹の体より一回りか二回りほど大きく、それのせいで何とも言えない威圧感が隼鷹の方から伝わってくる。通常の隼鷹タイプの艦娘ならばこんな艤装は無かったはずだが、と赤城は思っていた。

 

「ああ、これ? 千歳型と千代田型の飛行甲板」

 

 後ろの箱を親指で刺しながら隼鷹がさり気なく答えた。

 赤城の訝しげな目線が隼鷹に刺さる。思わずはぁ、と生返事で答えそうになった。

 

「……いや、色々と事情があってさ。私は搭載数が少ないから、こうして提督さんに頼んで使わせてもらってるというか……」

「確か隼鷹タイプって搭載数トップじゃないでしたっけ」

「うぐ」

 

 痛いところを突かれたように隼鷹が嫌そうな顔をした。

 

「そもそも、隼鷹さんって千歳千代田型の適性あったんですか?」

 

 艦娘の最もたる特徴として、適正と言うものがある。

 艦娘志願者がそれぞれなりたい艦娘になれると言う訳ではなく、それぞれの適性に合った艦娘のタイプからなりたい艦娘を選ぶ、という事で艦娘は成り立っている。この適正と言う者が少々厄介で、全てDNAの塩基配列に基づいた『運』なのだ。

 

 適正についてもそれぞれ1から5まであり、5に近づけば近づくほど艤装との相性が良くなる。大抵の艦娘は4から5辺りを選び、各鎮守府へと配備されるのが一般的な艦娘の配給制度である。極稀に1や0.5辺りを選ぶ艦娘もいるにはいるのだが。

 

 適性を持たない艦娘では艤装を十分に扱う事が出来ず、艤装の持つ性能の半分すら出せないと言われている。もし今の隼鷹が千歳タイプや千代田タイプの適性を持っていない場合、たとえ艤装を二種類持っていたとしても軽空母としての運用は難しいだろう。そもそも艤装を二つ装備すること自体異例なのだが。

 

 隼鷹はあぁ、と赤城の疑問を汲み取って答えた。

 

「これ、今開発中の第四世代のテストタイプだから誰でも扱えるんだよ」

「はぁ」

 

 ついに赤城が着いていけない、というような顔をした。

 

「ほ、ホントだって。今うちの提督と技術支部が協力して製品化にも乗り上げて」

「……信じられません」

「そんなこと言わないでくれよ。第一、アンタも持ってるだろ? その腰に吊ってるやつ」

 

 なんとか説明しようとした隼鷹が、赤城の腰に吊っているものを指した。

 

 長さは三十センチほどだろうか。三角柱の中には四つの切れ目が有り、五つの小さな三角柱へと分離するような仕組みらしい。三角柱のそれぞれの頂点から伸びる辺には小さな円柱が取り付けられており、それも三角柱の本体と同時に分離するようだった。

 

 この不思議な物体は提督から直接渡された、『今回限定的に使用する特別艤装』だった。

 

 何故このタイミングなのか、というのは分かっていた。使い方も提督から教わり、通常は艦娘が装備してはいけない代物と言うのも分かっていた。そして、この鎮守府が特殊だと言う事も身を以て知った。 

 元より暁タイプがあんな光学兵器を装備する時点で変だと言う事は知っていたが。

 

「……そろそろ接敵するから、二人とも無駄口叩かないように」

 

 前を行く伊勢が、後ろを向いて注意する。それに赤城は我に返り、すぐに腰に有る物体に手を掛けた。一番上の面にはUの字型の取っ手が付けてあり、それを握ると赤城は勢いよくその三角柱の物体を空に放り投げた。

 

「オラクルシステム起動! 周囲索敵開始!」

 

 

 

 

 

 




◆オラクル(oracle)
 神託、予言および予言者、神託所の意。
 
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