不屈ノ爪〜The Iron Clow〜   作:明るい脳筋

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皆さんお久しぶりです。
まずは秋イベ、お疲れ様でした。私はグラ子掘りをしているうちに終わってしまいました。E-5の攻略を放棄してまでやりましたが、戦果は無しです。
現在進行中の間宮さんのお手伝いは間に合いそうもない…。
散々な状態ですがそれもまた良しです。Mじゃないのであしからず。
さて、今回も長くなりそうだったので前編と後編に分けました。後編は1月上旬に上げたいですね。
それでは、始めます。


第13話 集結 前編

5月18日

 

微かな音が聞こえ、ヴェラは目を覚ました。

数日前の失敗から学んだ彼女は、頭を二段ベッドの天井にぶつけないように、慎重に起き上がる。

頭を掻きながら、ヴェラは置いてある時計を見た。

時計の針は9時を指している。

普段なら完全に寝過ごしているところだが、今日は1日休みが与えられている…はずである。

なぜ、はずかと言うと、ヴェラに昨日の記憶がほとんど残っていなかったからである。

ヴェラは、昨日の出来事を思い出そうと記憶を反芻した。

昨日、米第3艦隊と合流したのち、ヴェラたちは旗艦である空母コンステレーションに乗艦することになった。

燃料の消費削減が目的だったが、ヴェラ個人としては姉に乗艦したかった。もちろん、深い意味はない。

それはさておき。

空母コニーの医務室で手当てを受けた彼女たちは、食堂で朝食を取ることになった。コニーの食事はお世辞にも健康に良いとは言い難い(ある海兵隊員の言葉を借りるならゴミのような)ものだった。

食事が終わると、彼女たちはコニー内を見学することになった。

言うまでもないが、ヴェラにとって初めての艦内見学である。

キティホーク級であるコニーは、米海軍の高官が言うには人類が設計した物の中で最も複雑な構造をしているらしい。

誇張ではあろうが、事実である可能性を身を以て体験した。おそらく、付き添いがなければそのまま迷子になって行方不明、みたいなことになっていただろう。

この複雑な設計が、本艦の就航前に起きた火災の鎮火を遅らせ、50人の死者と150人の負傷者を出し、7000万ドルに及ぼす膨大な損失を生み出し、就航を7ヶ月も遅らせた要因になったのも分からないまでもないことだ。

しかし、艦内見学は非常に有益なものだった。

広い艦内故にかなりの距離を歩くことになったのを差し引いても、コニーの艦載機運用能力、退役したとは言え、再び現役に戻り新造艦たちに遅れをとらないその性能の良さは十分に感じられた。流石は『アメリカの旗艦』、と言ったところか。

そうこうしているうちに、彼女たちはパラオ泊地にたどり着いていた。

ヴェラの記憶が抜け落ちているのはこの部分からである。

帰ってきた後、全員でドックに入り…いや、自分と瑞鳳は江田の元に今回の作戦の報告に向かって、作戦中に手に入れた偵察写真やらを情報部へ解析に回して、その後にドックに入った…のか?

補給はいつやった?着ていた服はいつ洗濯に回した?いや、そもそもいつドックを出て、夕飯を食べて、部屋に戻って布団に入った?

まるで覚えていない。記憶がなくなっているようで気味が悪い。

ヴェラはふと、窓の外に目をやった。

雨が降っている。先ほどの音はこれか。ここ数日は晴れていたのに…。

いや、むしろこれまで晴れていたのが珍しいと言ったほうがいいだろうか。

彼女はしばらく窓の外を眺めた後に、寝巻きを脱いで普段きている制服に着替え始めた。

 

同じ頃、数年前までパラオ国際空港と呼ばれていた、現在のパラオ航空基地では江田の副官である山岡は冷たい雨が降りしきる中、傘を差して数人の保安要員と共に1機の航空機を待っていた。

3分ほど経った頃、微かなジェットエンジンの音が響き始め、徐々に大きくなってきた。

それからさらに数分すると、米空軍の空中給油機であるKC-10エクステンダーが曇天の空からその姿を現し、着陸態勢に入った。

山岡たちが駐機場の端の方で見ている中、KC-10は降着装置をパラオ基地の滑走路に叩きつけた。

雨で濡れている滑走路は滑りやすく、一瞬、目の前の機体が止まれずにオーバーランするのではないかと思ったが、空中給油機は滑走路を十分に残したまま停止した。

この給油機は、ここまでにずいぶんな長旅をしてきていた。

マウンテン・ホーム空軍基地を飛び立ったエクステンダーは、アラスカ州のエルメンドルフで給油した後、日本の三沢基地に着陸。その後、フィリピンのクラーク国際空港で最後の給油を受け、ようやくパラオにたどり着いたのだ。

このエクステンダーは、第366航空団の「FAST-1」、つまり基地調査チームを運んできた第22空中給油飛行隊(ARS)に所属する6機のKC-10の1機である。

「FAST-1」は、ホスト基地を最初に見て回り、部隊が展開するために必要なものを正確に評価するのが仕事である。その後、「FAST-2」がAOC(航空作戦センター)チームとWICP(航空団初期通信パッケージ)衛星通信装置を積んでやってくる。さらに、「FAST-3」がC3I(command,control,communication and intelligenceの略称。シーキューブドアイと読む。軍事力を効果的に運用するのに必要な敵に関する情報を知り、それに対応するための自軍の戦力を適切に指揮統制して、軍事目的達成のために機能するシステム)関係者とそのCTAPS(戦術航空管制システム)関連機器を搭載し、ホスト基地到着までの飛行中に最初の出撃計画や各種命令を作成する。最後にやってくる「FAST-4」が、整備要員や搭乗員を運び、到着次第航空機の準備を整え最初の任務を始める。また、「FAST-4」の到着と同時に、航空団の第1波がやってくることになっている。

これら一連の流れは、「FAST CONOPS」計画と呼ばれ、航空団が海外で展開する場合必要な手順となっている。

KC-10が誘導路を通り、駐機場までやってくるとすぐにタラップが向かい、機体入口に取り付いた。

数分間の交信が終わると、山岡の待っていた相手が数人の乗員を連れ添って降りてきた。

相手はこちらに気付くと、少し急ぎ足でこちらに向かってきた。

「お待ちいただいたようですね。おっと、私は第366航空団第366運用群のスコット中佐です」

男は山岡の元にきた途端話し出した。

「いえ、そんな事は。私は、本泊地の司令官の副官をしている山岡です。あなたと同じで、中佐です。ようこそパラオへ。長旅でお疲れでしょう。少し休まれてはどうですか?」

「お心遣い感謝します。しかし、我々に休んでいる暇はありませんよ。すぐにこの基地の評価をして、報告しなければ本隊がこれませんから」

それからスコットはしばらく周りを眺めてから言った。

「なかなか綺麗な基地だ。流石は元民間空港と言ったところですかな?」

「ええ。我々は外見にほとんど手をつけていませんから。ですが、中の方はそれなりの改装をしなければなりませんでしたよ」

「そうでしょうとも。まあ、詳しくは私自身の目で見てきます。それでなくては、私が来た意味がありませんからね」

スコットはニヤリと笑うと、山岡に案内を頼んだ。

 

泊地司令部の提督執務室の隣りの部屋にある応接室では、江田と米第3艦隊の司令官であるジョン・ウォード中将が『レッド・スティングレー』に向けて、面会していた。

すでに部下たちがある程度決めている作戦計画に関しての話し合いという形を取っているが、彼らがやることはもはやほとんど残されていなかった。

ウォードは、江田のことを観察していた。ウォードにとって、初めて会う人間の観察はほとんど日課といってよかった。

彼の江田に対する第一印象は、何を考えているかよく分からない知性の満ちている人間、だった。こんな印象を抱いたのは、ただの1回、当時副大統領だったテネット大統領その人だけである。

江田の話し方は、軍人のものだったが時々政治家のそれに変わった。知らなければ、かなり軍隊に詳しい政治家でも通りそうだった。

ウォードを最も不安にさせたのは、江田がウォードのことをどう思っているか、全く表情に出さないことだ。

これまでの経験上、どんな人間も必ずこちらをどう思っているかが表情に出た。おかげで、敵が誰で味方が誰かすぐに分かったのだ。

ところが、江田はそれが全くない。恐ろしいまでのポーカーフェイスだ。

このような男と交渉しなければならないのは、少し気が滅入るが、上からの命令では仕方がない。

ウォードは、彼に与えられている仕事を始めた。

「ところで、江田提督」

「何でしょうか?」

「折り入って頼みがあるのですが…実は、ヴェラ・ガルフをこちらに委ねて欲しいのです」

「…それはまたどうして?」

一瞬の沈黙が、相手の不満を示したように思えたが、ここまで来ればやるしかない。ウォードは江田の問いに答えた。

「知っての通り、去年の夏頃から大西洋にも『深海棲艦』が出現するようになりました。現在の戦力では、これ以上の侵攻を阻止するのに手一杯の状態です。このままでは、いずれ損耗し大西洋を完全に失うことになるでしょう。

我々はそれを避けなければなりません。

しかし、今現在艦娘を持たない我が国では効率的に敵を叩くのは難しい。そのためにも、ヴェラ・ガルフにはこちらに来て欲しいのです」

しばらくの沈黙。それが何を表すかは、ウォードには分からなかった。…別に分かる必要もない。すぐに相手が教えてくれるはずだ。

その考えは正しかったようで、江田はウォードの問いに返答した。

「あなたの意見はもっとです。大西洋を落とされることは非常にマズい事態を招くことになるでしょう。

しかし、私の記憶が正しければ、貴国と我が国での政府間協議で何人かの艦娘をそちらに送るように調整しているはずです。

それに、航空勢力は十分にあると聞いています。むしろ、大西洋側の方が多くの空母が展開しているはずですよね。

大西洋艦隊の空母ジョン・F・ケネディ、イギリスでも工期を繰り上げたクイーン・エリザベスとプリンス・オブ・ウェールズ、フランスのシャルル・ド・ゴール、ブラジルで引きこもっているサン・パウロ。出せる戦力は十分にあります。

また、大西洋での作戦は特に考えられていないと聞いています。

先に挙げた戦力があれば、突然大西洋を守る部隊が壊滅した、何てことにはならないはずです。

大西洋の部隊が防御に徹している以上、彼女を引き渡すことはできません。こちらではいくら兵力があっても足りないほどですから」

そう言われてしまうと、もはや何も言えない。

しかし、意外だったのは江田がもっと簡単な拒否の方法を敢えて使わなかったことだ。

艦娘についての扱いを示した国際法、『横須賀条約』では、艦娘が所属する国に関する内容が明記されている。

そこには、艦娘は発見し保護した国に所属することになるとある。たとえ、その艦娘が日本の艦であろうと、アメリカの艦であろうと関係はない。常に保護した者勝ち、である。

また、艦娘が所属国の変更を希望した場合のみ、現在の所属国と希望国の両政府の許可が必要になるものの、変更は容認される。

許可が必要となると、そう簡単に変更できないように思えるが、艦娘の希望はほとんど無条件で受け入れる必要があると、この条約の他の章に書いてあるため、実際は非常に簡単に変更することが可能であった。

裏を返せば、それ以外で艦娘の所属国を変える方法はほとんどない。

故に今回の件は江田が『彼女は我々が保護したため、我が国の所属にある。よって、貴国の要求は認める訳にはいかない』と、言えばそれでこの話を終わらせることができた。

しかし、江田はそうしなかった。

それは、こちらが『横須賀条約』を公式では認めていないことを危惧してのことかも知れない。実際、条約に則った返答を返されたらそう言うように上層部には言われていた。

それも頓挫したわけだ。ウォードは、ため息をついてから答えた。

「やはり、無理ですか」

「ええ。申し訳ありません」

「いえ、私自身も通るとは思ってはいませんでしたから」

「お偉方の要請、ですか?」

「まぁ、そんな所です。この階級を貰っても、結局は中間管理職に過ぎないことがよく分かりましたよ。所詮は1艦隊を指揮するだけの職ですからね。

もっとも、そんな職でも胃が痛くなることはいくらでもありますが」

江田がその言葉に笑う。ウォードは初めてこの男が本心から笑っていることにすぐに気付いた。

「同感ですね。少し頭の固いお偉いさんたちには参ります」

2人はしばらく笑い合った後、話題は再び艦娘の話に戻った。

ウォードは気になっていたことを聞いた。

「江田提督」

「何ですか?」

「ヴェラ・ガルフはこの基地で元気にやっていますか?」

江田は微笑みを浮かべて答えた。

「ええ。しっかり働いてくれています。他の艦娘とも悪くはない関係でやっているようですし。

私個人としてはもう少し明るくなってもいいと思いますが…。

まぁ、元気にやっているのは確かです」

「そうですか…。それは良かった」

ウォードはそう言うとしばらく押し黙り、やがて苦笑いを浮かべた。

「不思議な気分です。彼女のことがまるで自分の娘のように心配になっている」

江田も同様に苦笑を浮かべながら答えた。

「私も同じです。彼女たちと話していると、なんと言うか…そう、保護欲が湧いてくるんです。彼女たちを護らなければならない、と。

守られているのは我々の方だというのに。

彼女たちは本当に不思議な力を持っている。我々人間には計り知れないような力が。

保護欲はきっとその力の作用の一つなのでしょう」

会話はそこで途切れた。窓の外で降りしきる雨音が強く聞こえてきた。

ウォードは、出された麦茶を飲んだ。悪くはない。体に良さそうな感じだ。

なるほど、確かに計り知れない力とやらはあるのかも知れない。この麦茶のように、それなりの年月を生きていても知らないことが幾らでも出てくる。

彼は、今後はコーヒーやオレンジジュースを飲むより麦茶を飲もうと心の中でメモを書き留めるのだった。

 

現在のパラオ泊地は、第二次大戦以降最も多くの艦艇が投錨していた。

米第3艦隊の8隻、第7艦隊から出張ってきている4隻(タイコンデロガ級巡洋艦レイテ・ガルフ、アーレイバーク級駆逐艦バリー、ラッセン、ルーズベルト)、パラオ泊地を護衛する国防海軍の護衛艦4隻(玄武級護衛艦朱雀、立春級護衛艦立夏、夏至、大暑)、そして『レッド・スティングレー』作戦終了までこの地に留まる輸送艦3隻の合計19隻が停泊していた。

その中の1隻、第3艦隊の駆逐艦マッキャンベルの艦橋では、ホワイト・サイラス中佐が艦長席に座り、泊地内の艦艇群を眺めていた。

この威容を誇る艦隊を見れば、一般人はまだまだ人類は戦えると錯覚するに違いない。

しかし、サイラスはこの地に存在している8隻のアーレイバーク級がこの世界に存在している同型艦の三分の一を占めていることを知っていたし、3隻の(正確には4隻と言えるが)タイコンデロガ級がアーレイバーク級と同様に、三分の一を占め、空母コンステレーションがアメリカが保有する最後の4隻の内の1隻であることも知っていた。

米国の戦力は極端にまで落ちていた。世界の空を『深海棲艦』や反政府組織、テロリスト、その他仮想敵国から守るために強襲揚陸艦を空母として使用するほどに。

サイラスは、そんなことを思い苦笑いを浮かべ心の中で、所詮は残存勢力を合わせて水増しした張り子の虎か、と呟いた。

しかし、とサイラスは付け加えた。

あの時よりはマシな戦いが出来るはずだ。

『ライジング・ストーム』よりは遥かに。

あの時と比べると、戦力は比較にならないが今の我々には多くの戦いから学んだ戦訓がある。

思考に浸っていた彼は、その後すぐにやってきたリー少佐に呼び起こされた。

「何だ、副長?」

リー少佐は前置きもなく話し始めた。サイラスがそうすることを好んでいると知っているからだ。

「少し厄介なことが起こりました。どうもレーダーの調子が昨日の戦闘以降良くないみたいでして」

サイラスはげんなりした表情が顔に出るのを押し留めた。全く、勘弁してくれよ。

彼は座り心地のいい艦長席から離れ、この時期でも寒過ぎるくらいのCICに向かった。

 

ヴェラは雨の中傘を差しながら、朝食を取るために食堂に向かっていた。雨は嫌いなわけではなかったが、彼女の気分を下げる効果があった。

彼女は、先ほど起きた悲劇を思い出し、顔をしかめた。コニーで食べたハンバーガーとフレンチフライは、朝起きた彼女の腹に直撃弾を与えた。服を着替えた後もしばらく宿舎から出れなかったのは、そのためである。

誰が言ったか米海軍の食い物はゴミだ、はどうやら正しかったようだ。

そんなことといつまでも降り続く雨のため、彼女の気分は良くなかった。

艦娘になって初めての経験だった。なるほど、人はこういう時にテンションが下がると言うのか。

ヴェラはそんなどうでもいいことを考えながら歩いていたため、危うく食堂を通り過ぎかけた。

この時間はほとんど人はいないはずだ。すでに多くの人が課業を始めているため、非番の者が少人数いるだけだろう。

が、彼女の考えは外れた。

食堂内は多くの人々で賑わっている。彼女は思考を数秒間停止させたが、やがてそこにいる人々が忘れかけていた彼女の祖国の言葉を話していることに気付いた。

彼らは第3艦隊、第7艦隊の乗員たちだ。

どうやら長い船旅の後、南の島でバカンスをする許可が出たようだ。バカンス、と言っても店は全て閉まっているし、食事ができる所も非常に限られているが、リゾート地であるパラオを十分に満喫できるはずだ。

だが、今日はそうとも言えないようだ。この雨では、せっかくのリゾート地を楽しむこともできそうにない。

ヴェラが入ってきたことに気付いた途端、ガヤガヤと騒がしかった食堂は静かになった。

皆、物珍しそうに彼女の事を見つめているのを感じたが、彼女は気にする素振りも見せず食事を取りに向かった。

彼女から興味を失った彼らは再び談笑に華を咲かせ始めた。

もう一つの変化に気付いたのは、それからすぐのことだった。

見たことのない女性が2人、話をしている。

ヴェラは自身の戦術データ・システムにアクセスし、該当するデータを探った。

すぐに出てきた。右側の女性は間宮、左側が鳳翔だ。

彼女は口笛を吹く真似をした。海軍のアイドル(那珂ちゃんではない)と世界最初の空母(の1人)がこんな島流し的な泊地に送られるとは。日本のお偉方はこの地の重要性にようやく気付いたらしい。

間宮がこちらに気付き、微笑みを浮かべて会釈した。

ヴェラはそれにつられて同じように会釈し、2人の元に向かった。

ヴェラが近づくと、鳳翔がこちらに話しかけてきた。

「ヴェラ・ガルフさん…ですね?」

「はい、そうです。私の名前は誰から聞いたんですか?」

「その方から名前は出すな、と言われておりますので」

「艦娘にプライバシーもヘッタクレもないってことですか」

ヴェラはため息を吐きつつ、2人の自己紹介を遮った。

「存じています。給料艦の間宮さんに軽空母の鳳翔さん。どちらも有名ですからね。少なくとも、私よりは知られているんじゃないですか?」

間宮がヴェラと同じ質問をした。

「一応お聞きしますが、どこで私たちの名前を?」

「自分で資料庫を漁ったのと噂で聞いたんです。それと、頭の中の優秀な記憶媒体のおかげです」

ヴェラは頭を軽く叩きながら答えた。ジョークととったのか2人は上品な笑い声を上げた。

ヴェラ自身は別にジョークのつもりではなかったのだが。彼女の頭には戦術データ・システムがある。その機能は脳と言うよりコンピューターの方が近かった。他の艦娘も自分と同じだと思っていたが…。違うのか?

「朝ご飯、まだですよね。何にしますか?」

鳳翔がヴェラに聞いてきた。ヴェラもそれで、ようやくここに来た理由を思い出した。

「あー、そうですね…適当に見繕ってください」

ヴェラの返答に鳳翔は困り顔で答える。

「それでは困ります。少なくとも、さっぱりしているだとか、がっつりいきたいとか言っていただけるとありがたいのですが」

「それでは、胃に優しいのをお願いします。昨日食べたゴミのせいで今朝から調子が良くない」

「ゴミ?」

間宮が不思議そうに聞いた。

「コンステレーションの食べ物のことです。知りませんでしたよ、米海軍の食事があそこまで不味いとは…」

「そうなんですか?意外ですね、どこの海軍の食事も美味しいと思っていたのですが」

「米軍は特にそうでしょう。陸軍のMREなんかは『エチオピア人でも食わない飯』と言われるくらいですから。

イギリスの血を引いているからでしょうかね?」

そうこう言っている間、鳳翔が厨房でテキパキと仕事をしている。時々会話にも混じるが、基本的に会話は間宮に任せていた。

しばらくすると、食欲をそそる香りが漂い始めた。先ほどまで機嫌の悪かった胃が、掌を返したように機嫌よく音を鳴らす。全く、ずいぶんと都合のいい腹だ。

やがて、鳳翔はお盆に味噌汁、白飯、焼き魚、漬物、玉子焼きを持って戻ってきた。だいたいは古典的な日本の朝食と言ったところだ。

普段となんら変わりないはずだが、それを見た瞬間に分かった。

これはよくある冷凍食品などではなく、先ほど焼いたものだ。電子レンジでチンしたものではない。

それに、この味噌汁も出汁からとったものだ。これまでここで出ていた即席のやつではなかった。

漬物もどうやらここ数日の内に漬けたようだ。一夜漬けだろうか。

玉子焼きは…普段と変わらず瑞鳳の作った物のようだ。

大いに結構なことだ。食事の良さは士気に直結する。今後はこの基地もヴェラが来た時と比べると活気が良くなるに違いない。

ヴェラは2人に礼を言い、その場を離れた。

鳳翔が思い出したように口に手を当てて、すでに離れていたヴェラに言った。

「2130時から居酒屋を始めます。時間があれば、来てくださいね」

ヴェラは軽く手を挙げてその言葉への返答とした。

 

その頃、マウンテン・ホーム空軍基地はまだ5月17日の夜11時を回ったところだった。

司令部ビルディングの地下にあるブリーフィングルームでは、多くの将官が雑談を交わしたり、壁際にある軽食のサンドイッチに手を伸ばしたり、座り心地の良い椅子に座って踏ん反り返っていたりしている。

パイロットスーツを着ていたり、制服を着たりと多種多様な格好をしている彼らだが、全員が数束の資料を持っていた。

皆一様に厳しい顔付きをしている。これから始まるブリーフィングの重要性をよく理解している証拠だ。

そして、その後に始まる戦闘のことも。

エリオット准将は自らの腕時計と、ブリーフィングルームの時計を見た後、よく響く声で言った。指揮官がふと気付けば体得しているあの声だ。

「紳士淑女の諸君。そろそろ始めようか」

小声の雑談が即座に止み、全員がそれぞれ好みの椅子に腰を下ろし、姿勢を正してエリオットの次の言葉を待った。

「さて、聞いていると思うが、我々にパラオに行くように命令が来た。目的は、人類に敵対する『深海棲艦』を粉砕することだ。

もちろん、すぐに戦うことは出来ない。奴らと戦うには移動する必要がある。

これから展開の手順を説明してもらう。

詳しいことは今からレベッカ大佐に話してもらう」

エリオットはそう言うと、レベッカに合図した。

レベッカは立ち上がり、ブリーフィングルームの壁にある地図の前に進み出た。

「それでは、ブリーフィングを始めたいと思います。

さて、我々は『レッド・スティングレー』作戦に就くために、パラオ国際空港、現在はパラオ航空基地と呼ばれている場所に向かうことになります。

施設の評価は非常に良好で、最低限の装備だけで十分にこと足りるとのことです。

次に展開手順だが、国務省の連中がなかなかの仕事をしたようでグレートサークル(地球上の二点間を結ぶ最短で、最も経済的なルート)で行けるとのことです。まぁ、今のこの状況ではどこの政府も二つ返事と言ったところでしょう。

我々の旅の第一段階はエルメンドルフで給油、の予定だったが低気圧の影響でどうにも使えそうにないようです。そのため、アラスカ沖で空中給油を行うことになります。少し危険ではあるが、できないことはないはずです。

第二段階は日本の三沢、横田基地。そこで7時間の休憩を取ります。また、ロシアの軍航空基地、民間空港の全てが受け入れを許可しています。ロシアでの給油の場合、彼らから外資で燃料の購入が要請されているため、緊急時以外では使わない方向です。

第三段階はフィリピンのクラーク国際空港で給油を行い、パラオに着陸します。普段はかなりの金を要求してくるはずだが、今回は無償での提供です。もちろん、燃料に関しては今がこのような状態ですからかなり高値になりますが、展開上の許容範囲内です。

以上が、本作戦における展開手順になります」

レベッカは少し後ろに下がり、エリオットの方を向いた。彼女が何を要求しているかはすぐに分かった。

エリオットは立ち上がり、言った。

「ご苦労だった、レベッカ。さて、この件で何か質問はあるか?」

パイロットスーツを着た男が手を挙げて言った。マクミラン中佐だった。

「向こうに着いた後、演習か何かはありますか?」

「我々としては入れたいのだが、なにぶん時間が無いらしい。向こうに到着した後、次に飛ぶのはおそらく実戦の時だろう」

「それはずいぶんと楽しみですね」

マクミランは皮肉っぽく言った。エリオットもそれに同感だった。

「せっかくのお楽しみをつまらなくしたくはないからな。さて、他に質問はあるか?」

誰も言わなかった。エリオットは頷いて、再び話し始めた。

「諸君。我々の憎むべき敵に対する復讐の時が来た。我々ガンファイターズの誇りを取り戻すためにも何としても成功させろ。以上」

エリオットは解散を宣言した。

皆がきびきびとした動きでブリーフィングルームを出て行く。

機関砲野郎たちはパラオに向けて動き出した。




終わりました。
これまで読まれた方は何となくお判りでしょうが私、日常を書くのが本当に苦手です。
そう言えば常にアクションばかりが続く小説ばっかり読んでますね。それが原因かも。
まあ、苦手は克服すればいいのです。克服できればですが。
さて、今回架空艦を名前だけ出させていただきました。玄武級と立春級。玄武級はイージス巡洋艦、立春級は汎用護衛艦と言ったところです。
いよいよ第1部も終わりに近づいてきました。あとちょっと、頑張りましょう。
最後にこのような作品を読んでいただきありがとうございました。
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