不屈ノ爪〜The Iron Clow〜   作:明るい脳筋

18 / 31
ずいぶんとお待たせしました。
1ヶ月以上も何をしていたかと言いますと、読書をしておりました。最近は読書をする時間が少ない方が多いようですが、ほんの少しの時間でもいいので読んでみてはいかがでしょうか?

さて、『レッド・スティングレー』第2段階に突入です。今回は、前回ほとんど出てこなかった艦娘たちができてます。
考えながら書いているので、時々登場人物にブレが生じたりします。今に始まったことではないですが…。
それでは、始めます。


第16話 『Red Stingray』Rising ーPhase2ー

ヴェラ・ガルフはコンステレーションの艦載機であるC-2Aグレイハウンドの兵員区画の座席に座っていた。

空はそろそろ明るみ始めている頃だろうが、窓一つない機内は機内灯がなければ薄暗い。この薄暗さは、これからしなければならない任務の憂鬱さと調和して、陰鬱とした空気を生み出している。

彼女の他にも、この機体には何人かの艦娘が搭乗し、ヴェラと同じような様子で他の輸送機よりはマシな座席に座っている。皆、目を閉じて眠っているようだ。疲れている、ということもあるだろうが、それ以上に起きていると面倒な仕事の現実に直面しなければならなくなる。今は、少しの時間でも現実逃避したいといったところだろう。

そこまで、艦娘たちを萎えさせているのは、彼女たちが全く想像もしていなかった事だった。

空挺降下。

これまでも何度となく議題になり、その度に放棄されてきた艦娘の運用方法だった。

艦娘は、あらゆる場面で非常に有効的であったが、弱点としてその航続性の悪さが常に指摘されてきた。言うまでもなく、艦娘が疲労するからである。

そのため、その足は長くても基地の近海に止まり、長距離の遠征などはどう考えても不可能だった。

結果、長距離を行く場合は輸送艦、もしくは大型の戦闘艦艇に乗艦して戦域近くまで向かい、そこからは艦を降りて自らの足で向かうという非常に面倒かつ、無駄の多い方法を使わざるを得なかった。

つまり、ほんのちょっとしたことでも、大規模な部隊を運用しなければならなかったのだ。

それを一気に解決してくれるのが、艦娘の空挺降下だった。

艦娘は、艤装を展開していない時は人間となんら変わらない。故に、新しい装備などは一切作る必要がない。それはコストパフォーマンスの面から見ても非常に魅力的な案だった。

これを実際に実行するために必要なことは、艦娘の訓練だけであるということも、このプランが何度となく議論された理由でもある。

また、航空機を運用することによって、その機動力は桁違いにまで跳ね上がり、緊急性の高い海域への移動が容易に行えるという点も、また同様だった。

が、このプランにも幾つかの問題点があった。

問題点の一つが、艦娘を空輸するリスクだった。

このプランを実際に行うならば、当然大型輸送機を使う必要がある。輸送機はもちろん護衛機を付けられるが、大規模な航空部隊に攻撃されれば、護衛機だけでは対処出来ず、輸送機が撃墜されてしまう可能性があった。

さらに、空母を保有していない日本では艦娘を陸上機で輸送しなければならないが、太平洋の大部分の島嶼群を失った今、陸上機の給油の問題も出てきていた。

もちろん、空中給油機を運用すればいいのだが、その給油機にも数機の護衛が必要になる。当然、この機体も撃墜の可能性がない訳ではない。

撃墜された場合、輸送機はどこに移動するのか。そもそも、燃料が持つかどうかも、その時にならないと判断できない。

艦娘の空挺降下は、多くの魅力を持ったプランだが、それ以上に不確定要素が多すぎた。

結果、解決策が考え出されるまではお蔵入りとなってしまっていた。

そう、ほんの十数時間前までは。

 

これまで、日本と米国の共同作戦は何度となく行われてきたが、艦娘との合同作戦は一度として行われなかった。

何度か米政府から要請が来ていたが、日本政府が艦娘の能力を米軍に見せたくなかったのだ。

が、今になってそんな悠長な事を言っている余裕が無くなり、今回の作戦にいたった訳だが、思わぬところに解決策が存在していた。

アメリカの空母が、その全ての問題点を解決してくれたのだ。

つまり、着艦場所、海上での空戦に十分に慣れた陸上機よりも数が多い護衛機、不時着水した場合の救助まであらゆる問題点を、だ。

また、中型の輸送機がすでに存在していることも、それの後押しとなった。

アメリカ空母は、それ以外の国の空母と比べると比較にならないほど大きく、艦載機が多い。

その分、乗員と飛行要員は桁違いに多く、また1回の軍事行動に使用され資源の量も非常に多い。

特に人員の入れ替えは凄まじい。

その結果、C-2輸送機が生み出された。

このノースロップ・グラマン社製のE-2を改造した機体は、陸上基地と空母間の物資輸送を目的とした機体で、7.7トンのペイロードを持つ。人間ならば、39人の輸送が可能だ。

現在はV-22オスプレイに変更されつつあるが、それでもまだ十分に現役を張れる機体である。

その往年の名機は幸運にも、艦娘という人間の姿をした艦を戦場に送り届けるのにピッタリは機体だった。

もっとも、少しばかり無茶な改修をしなければならなかったが、その辺りは優秀な技術者たちがほんの数時間で改造しきった。

もちろん、リスクが完全に消えた訳ではないが、リスク無くして勝利は得られないというよく使われる言葉の後、GOサインが出た。

忙しかったのはここからだった。

この作戦における指揮官たち、つまり江田提督、ウォード提督、エリオット将軍は、短い時間に空挺降下の基本的動作を教える人材をそれぞれの部隊から探し出した。

その結果、海兵旅団から空挺降下の経験者が数人連れてこられた。

彼らは、艦娘たちに申し訳程度の知識を教え込み、これまたやるだけマシという程度の地上訓練を行った後に、たった1回だけ予行演習と称して実際にC-2からの降下を行わせた。

海兵旅団の隊員たちが自身の持てる全力で取り組んだおかげで、この非常にお粗末な訓練は、どうにか身を結ぶだけの成果をあげる事に成功した。

これは後に、海兵旅団内で伝説として後世に伝えられることになる。一つは、隊員は上官の無茶な命令を成し遂げねばならないという使命として。そして、このような無茶振りを行うような事態は避けなければならないという教訓として。

こうして艦娘たちは、僅か数時間の間に即席の空挺部隊に変貌したのだった。

 

微かな音で、ヴェラは現実に引き戻された。

彼女は音の方に顔を向けた。

1人のアメリカ兵が座席から立ち上がっている。確か、カジタ少佐という日系の海軍士官だ。カジタは今回の作戦における機上輸送係(ロードマスター)を務めることになっている。

カジタは流暢な日本語で言った。これが、今回の任務に彼が選ばれた理由でもある。

「そろそろ時間だ。準備をするように」

…そうか。もう、そんな時間か。ヴェラは隣で寝息を立てている瑞鳳を揺すって起こそうとする。

「瑞鳳さん、起きてください。時間ですよ」

瑞鳳は面倒くさそうに薄眼を開けて、寝ぼけているのか、こんなことを口にした。

「…ん、提督?まだ、起きる時間じゃないよ…」

ヴェラはその言葉を聞かなかったことにしたが、江田提督に真偽のほどを確かめておかねばと、頭のデータシステムにメモした。

ヴェラは先ほどより大きめの声で言った。

「バカなこと言ってないで早く起きてください。時間ですよ!」

流石にこれだけ強く言えば起きるだろうと思ったが、瑞鳳は再び船を漕ごうとしている。

彼女はため息を吐いてから、レーダーを起動して高出力のレーザー波を当てた。

通常、レーザー波は人体にあまり良い影響を与えない。特に、イージス艦のフェーズドアレイ・レーダーは出力が非常に強く、数秒程度で吐き気を覚えるようになる。

そして、そのまま当て続けると人体はオーブンで焼かれたように見事に黒焦げになるのだ。

今、ヴェラが瑞鳳にしていることが、それである。

効果はほんの数秒で出た。

瑞鳳は苦しげな呻き声を上げながら起き上がった。ヴェラはそれを見ると満足して、レーダーを停止した。

「おはようございます。ご気分はどうですか?」

ヴェラはニンマリとした笑顔を浮かべて言った。

「…嫌な気分」

瑞鳳は仏頂面で答えた。手は前の座席を探っている。エチケット袋を探しているようだが、やがて諦めた。

「何したの?」

瑞鳳は不機嫌そうな顔をして、ヴェラを問い詰めた。一部の人間にはその表情は非常に可愛らしいに違いないが、ヴェラにとっては滑稽そのものだった。

「何もしてませんよ」

ヴェラはそれだけ返した。瑞鳳はしばらくヴェラを睨みつけていたが、やがてため息をして言った。

「それで、何で起こしたの?」

ヴェラは呆れ顔で言った。

「もう、忘れたんですか?もうすぐ、作戦発起時刻だから起こしたんですよ」

瑞鳳はようやく頭が回転しだしたようで、驚いたような表情を浮かべた。

「もうそんな時間?」

「そうじゃないと起こしたりしませんよ」

「んー、それもそうかな?」

瑞鳳はそう言うと、気合いを入れるように頰を叩いた。

ヴェラと瑞鳳は、周りでまだ寝ている艦娘たちを起こして回り、作戦開始10分前に全員が兵員区画のローディングドアの前で並んだ。

カジタは彼女たちに最後の説明を行う。

「Girls諸君。これから諸君らにはこの機から飛び立ち数十秒の間、鳥になってもらう。荷物を無くしても届けることはできないのでそのつもりで。

よく注意して、教えられたことをこなすように。以上!」

カジタはそう言うと、コックピットにローディングドアを開くように言った。

ドアが開き始めた。開くごとに機体のターボプロップエンジンの爆音が機内に響き渡り、堪え難い騒音となる。そこに、さらに風の吹く音が混じり合い、何が何だかわからないような轟音となって、彼女たちの耳に入り思考を破壊する。

「5分前だ!自動索を繋げ!」

彼女たちは兵員区画の壁に走る、技術者たちが即興で取り付けた繋止索に自動索を繋いだ。

隣同士でハーネスの締り具合を確かめ合い、準備が整った。

ローディングドア上部にある、これまたやっつけで取り付けた降下ランプがまたたき、緑のランプを光らせた。

カジタが叫んだ。

「降下開始!行け、行け!GO、GO、GOーッ!奴らを叩き潰してこい!」

ヒステリックとも言えるカジタの声に押されるように艦娘たちは走り出し、ローディングドアを飛び出して、空中に舞っていった。

 

降下時間はほんの30秒ほどだった。

ヴェラは教えられた通り、海面2メートル上空でハーネスの離脱器(リリース)を手で探り当て、パラシュートから体が解放される。

海面が近い付いてくる中、彼女は冷静に艤装を展開し、着水に備える。

着水。

水飛沫が体と艤装を洗うが、気にも留めず自分が降下した位置を探る。予定位置とほとんどズレはない。このまま、味方が来るのを待つとしよう。

すぐ横に誰かが着水した。が、勢いを殺し切れずに海面に倒れてしまった。

誰かと思い、飛沫が収まるのを待って確認すると頭に特徴的な艦橋が見えた。

なるほど、これで2人に絞られたわけだ。ヴェラはその相手に声をかけた。

「大丈夫ですか?」

相手は小さく答えた。

「不幸だわ…」

山城は普段となんら変わらない言葉を漏らす。

山城は扶桑型戦艦の2番艦だ。欠陥と、戦う違法建築として有名なパゴダマストで知られている彼女は、ずいぶん前に書いた通り、パラオ泊地における主力艦だ。今回も、その大火力を存分に奮ってもらう予定だった。

山城を助け起こして(彼女は艤装が大き過ぎて、倒れると1人では起き上がることができない)いると、数人の艦娘たちが駆け寄ってきた。

ほとんどがバラバラに降下したようで、予定地点に降り立てたのはヴェラと山城だけだったようだった。

全員が集まるのに10分かかった。想定より5分遅れていたが、作戦に支障はなかった。

彼女たちが行う任務は、ラオラオベイに突入して敵残存艦隊を撃滅することだった。なんの奇策も、手段もない。力による正攻法で敵を押し潰すのだ。

降下前に伝えられた情報では、飛行場姫は破壊されて湾内の敵艦隊も指揮系統が破壊されたため、浮き足立っているとのことだった。

彼女たちが戦うのは、ほとんど壊滅状態の危険性の低い、いわば牙を抜かれた虎なのだ。

そんな相手だからこそ、正攻法でも十分に勝利できるだろうと、作戦士官は判断した。そして、指揮官たちもその考えに同意した。

だが、いくら牙の抜かれた虎といえど、その足には鋭い爪を持つ。

ヴェラは出撃前に全員に警告しておいた。その警告が聞き入れられているといいが…。

艦娘たちは2つの部隊に別れた。1つは、敵艦隊に肉薄し魚雷を叩き込む水雷戦隊。もう1つは、水雷戦隊の支援として長距離からの砲爆撃を行う打撃部隊である。

ヴェラは打撃部隊の旗艦を務めることになっている。その主な理由は、あらゆる戦術に精通しここ数回の出撃で十分な戦果をあげているからである。

買いかぶり過ぎだと言いたいが、断りにくい雰囲気に流されてしまい、つい引き受けてしまっていた。

一方の水雷戦隊は、第三艦隊旗艦を務める球磨が指揮をとることになっていた。

彼女たちは、10数キロにまで迫ったラオラオベイに向かいに前進を開始する。

ヴェラは、目を閉じて戦況を映し出すモニターを見た。彼女たちの後方50キロの地点に、米第3艦隊が展開し終えている。全て、予定通りだった。

彼女たちのすぐ上空を、4機のF-35Cが駆け抜けていった。

その4機は、作戦における主賓の到着を告げるように辺りに爆音を撒き散らす。

『レッド・スティングレー』は、佳境に入っていた。

空母コンステレーション艦載機F-35C飛行大隊を率いるウォルター・《スキーニーボーイ》・デイル中佐は、大隊の一部隊を率いて降下し、ラオラオベイに向かい始めた艦娘たちを上空で護衛していた。

彼の部隊の任務は、艦娘たちに向かってくる敵艦載機を迎撃する事だったが、その必要もなさそうだ。

E-3Cからデータ・リンク送られてくるレーダー画像には、敵機が艦隊上空を飛び回る友軍機を落とそうと四苦八苦しているのがよく分かる。

近付いてくる艦娘たちに手を回す余裕はないようだ。

彼は気を抜いていた。もともと、さほど難しい仕事ではなかった彼の任務は、より簡単になっていた。

だからこそ、彼は突如としてE-3Cのレーダー画像に映った凄まじい数の正体不明の航空機に度肝を抜かれた。

なんだ、この編隊は?

彼は、E-3Cの管制官にこの事態はどういうことか尋ねた。

返答は至極簡単だった。

『Enemy』

彼はヘルメットの中でも目をひんむいた。信じられん。一体どこにこんな部隊を隠してたんだ?

思い当たるのは、唯一つだった。

「増援部隊、か…」

彼は、口に出して言った。想定よりかなり早い。

敵の増援が来るなら早くとも上陸部隊到着後と思われていた。しかし、それが楽観的観測だったのは一目瞭然だ。

クソッ、せっかくゆっくりできると思ったのに…。

デイルは舌打ちした後、自身の部隊に連絡を入れた。

「タイラント各機へ、こちらスキーニー・ボーイ。新たな敵編隊を攻撃する。タイラント5から13までは現空域に残り、Fleet Girlsを守れ。残りの部隊はそれぞれ集合し、敵編隊に攻撃をかけるように。受領通知しろ」

『2、了解』

『3、了解』

『4、了解』

『5から12、了解』

『13』

『14』

『15』

『16』

数秒で全員からの返答が返ってきた。

彼はそれに満足すると、サイドスティックを倒し、旋回を開始した。

 

ヴェラは敵の大編隊、そしてその母艦のいる艦隊を、レーダーで確認した。友軍機が激しい動きを始めたのも、それが原因だろう。

ずいぶんと増援の動きが早い。おそらく、侵攻前に派遣された増援部隊がようやく到着した、と言ったところだろう。

どちらにせよ、撃破しなければならない敵が増えたことには変わりない。

ヴェラは動く必要があるか考えた。

敵増援艦隊は脅威だ。が、作戦にはこのような事態が起こることを想定していない。ここで動けば、作戦全体に支障をきたすおそれがある。

だからと言って、放置しておくのは危険だ。

ヴェラは決断した。

「瑞鳳さん」

「なに?」

「部隊の指揮を頼みます」

「…どういうこと?」

瑞鳳は怪訝そうな顔をした。

「私は増援を叩いてきます」

「味方に任せてればいいじゃない」

「いえ、敵はかなりの規模です。通常艦艇では対処しきれないかもしれません。いいえ、対処しきれない」

「別にヴェラが行かなくても…」

「私以外の艦娘は、友軍とデータ・リンクできない。また、私たち全員が動けば作戦に支障をきたします。

ここは、私だけが行くのがベストです」

瑞鳳はしばらく考えた末、ため息を吐いてから答えた。

「どうせ反対しても行くつもりだったんでしょう?」

「ええ」

「もう、知らない。好きにすれば?」

「では、旗艦の任はあなたに…」

「それはダメ。旗艦はヴェラのままでいいわ」

「しかし…」

「さっさと敵を片付けて戻って来てください」

「…分かりました。20分で戻ってきます」

瑞鳳はさっさと行けとでも言うように腕を振った。

ヴェラはそれに頷くと部隊から離脱し、後方に待機している友軍部隊と連絡を取った。

「こちらヴェラ・ガルフ。第3艦隊、応答してください」

数秒間の空白が続いた後、雑音混じりの声が聞こえた。

『こちら第3艦隊、駆逐艦マッキャンベル。現在そちらに急行中。5分で着く』

「マッキャンベル、こちらに向かっているのは貴艦だけですか?」

『Yes』

「あまり言いたくはないのですが…、少な過ぎではないですか?」

沈黙が続いた後、別の人物の声が聞こえた。

『こちらはマッキャンベル艦長、サイラス中佐だ。本艦だけが送られた理由は、艦隊司令が本艦だけで対処可能と判断したためだ。

私個人としても、いささか少ないように感じるのだがね』

その言葉の奥には、命令は命令だ、という意味が込められているようだ。

サイラス中佐は続ける。

『さて、君はタイコ級だったな?』

「ええ、そうですけど…」

『それならいい』

そのすぐ後に、LINK16がマッキャンベルと接続された。

ヴェラの頭の中に、大量のデータが流れ込んでくるが、彼女の戦術データ・システムはしっかりとそのデータを吸収し、即座に分析する。そして、ヴェラの頭のディスプレーに多数のブリップやアイコンが表示される。

マッキャンベルのCIC(戦闘情報センター)と、同じ物がヴェラの頭に表示されたのだ。

『スゴイな。本当に艦娘とデータ・リンクできるとは…。今後の戦争のあり方が変わるぞ』

サイラス中佐の、感嘆の声が聞こえた。ヴェラもそれに答える。

「ええ。私も他の艦とのデータ・リンクは久しぶりです。慣れるのに時間がかかるかもしれません」

『それなら、しっかり暴れながら慣れてもらおう。期待してるぞ、お嬢さん』

交信はそこで途切れた。

すぐ目の前の空で、空戦が始まった。

ヴェラはそれを援護すべく、敵艦隊への攻撃を開始した。

 

サイラスは艦橋で仁王立ちで前方を睨みつけていた。

この距離では目視できないが、彼は目線の先に十数隻の『深海棲艦』がいることを知っていた。

敵はすでに、味方部隊に向けて大量の攻撃機を差し向けている。

それを迎え撃つのは、1人の艦娘と、1隻の駆逐艦、そして8機の戦闘機、ついでにこの辺りの空域を全てカバーしているAWACS1機。明らかに戦力不足だが、どうにかしてこなさなければならない。

全ての迎撃部隊が、データ・リンクにより完全な1つの戦闘機械となっていた。

技術は進歩した。サイラスは、いつも驚かされる。

今日の技術を用いれば、戦闘機が今どれだけの兵装を装備しているかすらも容易に分かるのだ。

だが、その一方で、サイラスは古い考えを持った人間だった。

現在の艦も悪くはないが、彼はどちらかと言うと、帆船で未知の大海原を駆けることを望む人間だった。

あの当時のキャプテンと言うものは、海の上では非常に自由だった。船の上では、国の命令より艦長の命令の方が遥かに強かったのだ。

今のように、政府に、軍上層部に、艦隊司令部に、駆逐艦隊司令部に抑えつけられるようなことを、サイラスは好んでいなかったのだ。

彼は艦橋に立ち、時には自らの腕で操艦した。また、上層部の命令を無視し、独断専行に走ることもしばしばあった。

それ故に、多くの戦闘に参加し、多大な戦果をあげている彼だがこの年齢になっても中佐と、同期たちの中でももっとも低い階級となってしまっていた。

『艦長、攻撃準備が整いました』

CICで指揮を執る副官のケイト・リー少佐が艦内インカムで伝えてきた。

リー少佐は、サイラスとは真逆の人間と言えた。現在の技術に精通し、それを最大限に活用する方法を知るアジア系アメリカ人の彼女は、サイラスと上手くバランスが取れていた。

「分かった、少佐。友軍のタイミングに合わせて攻撃を開始しろ」

『了解です。…艦長、敵編隊の一部がこちらに向かってきています』

「迎撃しろ。発射は許可されている。好きなだけぶっ放せ」

『了解しました。敵共に『イージス』の力を見せつけてやります!』

サイラスは困った顔をした。若くて頭が良く、また美人だというのに…。もう少し、節度を持って欲しいものだ。

50代後半の彼にとって、リー少佐は娘のようなものだった。20代も後半の彼女の男勝りな言動は、彼の不安を助長させていた。主に、彼女のプライベートな将来について。

目の前で爆音が響くと、艦橋の窓を白煙が覆い尽くした。爆音は、1回、2回と続き、6回目で止まった。

白煙を吐き出したSM-6が垂直に上昇した後に、水平飛行に移行して空を高速で駆け抜けていく。

レイセオンRIM-174 スタンダードERAM(SM-6)は、SM-2にAIM-120AMRAAMの弾頭シーカーを取り付けたトンデモ兵器である。

優れた命中精度を誇る本兵器は、SM-3と共に艦隊防衛、弾道ミサイル迎撃の要となることが期待されている。

サイラスは顔を引き締めた。そうだ、今は目の前の戦闘に目を向けなければならない。

彼は指示を飛ばし始めた。

 

空の上はすでに戦場と化していた。至る所を機銃弾が飛び交い、ミサイルの白煙が辺りを覆い尽くしている。

デイルは友軍の部隊の状況を確認した。どの機も損傷している様子はなく、順調にスコアを稼いでいるようだ。

困難ではなかった。すでに、彼も7機の敵機を叩き落としている。味方も同様か、それ以上落としといるので、撃墜数は50機以上に昇るはずだ。

しかし、その数はさっぱり減っていないように思える。

それもそのはず。海上の敵空母から、敵機が無尽蔵に湧いてくるのだ。元を断たねば、こちらの弾薬切れになってしまう。そうなれば、マニューバキルのようなことをしなければならなくなる。

「クソッ、艦の連中は何やってやがるんだ?そろそろ弾がなくなるってのに」

そう言いながら、デイルは最後のサイドワインダーを発射した。これでミサイルは1発も無くなった。

後はガンポッドのGAU-22/A 25ミリ機関砲しか残っていない。それすらも、残弾が200発しか(牽制等で発砲し20発は消費済み)ない有様だ。

これでは長くは持たない。彼は、1度母艦に帰投する事を考え出した。

その直後、AN/APG-81レーダーが洋上から6発のミサイルが接近してくる様子が映った。使用兵器は、ERAMらしい。

さらにその後、再び同じ地点から今度はトマホークが放たれた。数は、2発。狙いは敵艦隊の空母だ。

ERAMは、マッハ3の高速でこちらに向かい突っ込んでくる。そして、彼が避ける間も無く彼のライトニングⅡの真下を通過して行き、敵機を爆砕する。

デイルはその全てを見ることができた。F-35はコックピットの風防越しに見える空以外にも、機体の真下、真後ろまで360°ほとんど死角がない。

空から6機の敵か消え去るのと同時に、今度はトマホークが約600フィート下の海面すれすれを飛び抜けて行った。すでに敵の目視可能域に入っている。

敵が気付き、対空砲や対空機銃で迎撃を行う。

トマホークは、対空ミサイルと違いそのスピードは比較的ーーあくまで比較的、であるがーー遅い。

そのため、冷静に高密度の対空弾幕を張れば動きの単調なトマホークを落とすことは可能なのだ。

今回の『深海』側の迎撃はそれに該当した。

冷静で、統制の取れた的確な射撃。その高密度の弾幕に入り込んだトマホークは、そのまま通過するように思われたが、突如としてバランスを崩し海面に突っ込んで盛大な水飛沫を上げたた後、爆発して巨大な水柱を空に向かって突き立てた。

『深海棲艦』はその時初めてトマホークを迎撃することに成功したのだ。

その光景を見ていたデイルにしてみれば、腹立たしいことこの上なかった。彼はいくつかの放送禁止用語を叫んだ。もちろん、無線は切った状態である。

が、彼がそんなことをしている間に、事態は動いていた。

残りトマホークは順調に弾幕をすり抜け、1番端にいたヲ級フラッグシップに突っ込み、450キロの高性能爆薬を炸裂させた。

ヲ級は、猛烈な黒煙を噴き上げて傾斜するように海面に屈した。さらに時々赤々とした爆炎が輝く。誘爆しているようだ。

デイルは、そのヲ級がもはや脅威ではないことを悟った。

だが、敵艦隊の脅威はまだほとんど減殺されていない。

デイルは、彼の機体に対艦兵器がないことに腹立ちを覚えた。今度から積ませてやる…。

もっとも、この戦闘を生きて帰れればだが。

敵機は友軍艦艇ーーデータによればマッキャンベルーーを優先的に狙うことを決めたらしく、部隊の大部分を送り込み始めた。

数は83機。イージス・システムでなら追い続けることは出来るが、全てを落とすことは明らかに不可能だ。

彼はもう1隻、と言うよりもう1人の味方が何をしているのか訝しんだ。こういう時のためのデータ・リンク・システムのはずだ。ヴェラ・ガルフとやらは何をやってるんだ?

その答えはすぐに出た。

デイルのいる地点から約40キロ離れた海上から白煙が噴き上がるのが見て取れた。

SM-2スタンダードミサイルがイージス・システムの限界ロックオン数の16発が、順番に発射された。

スタンダードはマッキャンベルに迫り来る敵機に狙いを定め、高速で殺到する。ゾッとする光景だ。デイルはコックピットで身震いした。

しかし、たったの16発程度では敵編隊の数の暴力を止めることなどできなさそうだ。

今度は、マッキャンベルからERAMが12発発射される。さらに間髪入れずに12発発射。ERAMは自前のアクティブレーダーを備えているため、最低限の誘導だけで敵機を攻撃する。

イルミネーターレーダーの使用が最小限で済むため、命中前に連射することも可能なのだ。が、ERAMを装備したから弾数が増えるわけでは、当然ない。通常より早く発射すれば、その分早く尽きる。

それに、やはり敵の数の多さにマッキャンベルは明らかに圧倒されている。

デイルは覚悟を決めた。

「スキーニー・ボーイより現空域のタイラント各機へ。友軍艦艇に接近する敵編隊を攻撃する。2〜4は俺に続け。13〜16はヴェラ・ガルフを守れ」

『2』

『3』

『4』

『13』

『14』

『15』

『16』

全機から簡易的な返答があった。

デイルは頷くと、再び言った。

「よし。ブレイク・ナウ!」

集まりつつあった8機の戦闘機は、4機ずつの2つの編隊に瞬間的に分かれた。

 

VLSの発射音はもう1秒たりとも止まない状態だった。SM-6がMk.41 mod7 VLSから発射され続け、艦橋の窓はほとんど用をなしていない。

操艦の頼りは、ウィング(艦橋横の張り出し部分)に出ているウォッチと艦内インカムを通して聞こえるCICからの指示だけだった。

時々、砲撃音が聞こえた。Mk.45 mod4 単装速射砲が、敵機に対して砲撃を行っているのだ。

防衛線はかなり下がり、ミサイルが運用できなくなる時はすぐに来るはずだ。

サイラスは至近弾の衝撃で負傷した操舵員の代わりに舵を握り、マッキャンベルを動かしていた。

強烈な連射音がすると同時に、艦橋が微かに震えた。ついに、マッキャンベルの最終防衛ラインであるファランクスCIWSが動き出したのだ。

先ほどまで視界を遮っていたミサイルの白煙は鳴りを潜め、今は硝煙のきつい臭いを発する単装速射砲とCIWSの砲撃、銃撃音だけになった。いよいよマズイことになりつつあった。

ヴェラ・ガルフからの遠距離支援は、非常に心強かったが、まだERAMを積んでいないからか1回の攻撃で飛んでくるのは16発のみ。

それも、最初の内だけでしばらくするとこちらに発射されるミサイルの数は3発に減っていた。どうやら、あちらにも敵機が向かっているらしい。

彼はERAMの残弾数を見た。後、12発。それ以降は、従来のSM-2しかない。

サイラスは舌打ちした。かなり厳しい戦いだ。いくら『盾(イージス)』といえど、たった2隻で、しかも通常より遥かに多い敵を討つことなど容易にはできない。無尽蔵に敵が増えるなら、元を断たねば…。

サイラスはCICに告げた。

「CIC、艦橋だ。これから対空迎撃を中止し、トマホークを発射する」

リー少佐の驚いたような声が聞こえた。

『中佐!無茶です!空はまだ安全からはほど遠いんですよ!』

「このまま撃ち続けてもこちらの方が早く弾が尽きる。早めに動いたほうがいいんだ。やれ!」

『…分かりました。私は反対したと書いといてくださいね!』

リー少佐は、まるで議会からクレームがくることを想定したような言葉を口にした。今の状態では、それがジョークなのか本気なのかはっきりしないが、そんなことは生き残れたらの話だ。

前甲板と後甲板、それぞれのVLSが停止してMk.45の砲撃音と、CIWSの射撃音だけになった。VLSのやかましい音に慣れた耳には、あまりにも静か過ぎる。

が、それもほんの数秒だった。真横で猛烈な爆発音の後、艦体が大きく揺れて危うく倒れかけた。周りを見渡せば、何人もの乗員が倒れ負傷していた。その内1人は頭から血を流し、意識を失っているようだ。

サイラスは負傷者を運ぶように叫んだ後、すぐに操艦に戻った。

危機的な状況であるにも関わらず、彼はすっかり高揚していた。彼が求めていたのは、まさにこれだ。硝煙が鼻をつき、海に落ちた爆弾が炸裂し、巨大な水柱が立ち、投下された魚雷を自らの操艦により回避する。

そうだ、これこそが俺の求めていたものだ!

誰にも邪魔をされない。俺の勘だけが頼りの荒々しい海戦!

それが俺の理想だ。

彼は、CICからの連絡を聞きながら魚雷を回避し続けた。艦体を時々何が叩くのを感じた。機銃弾でも受けているのだろう。現に、その度に負傷者の報告が艦橋に上がってくる。

サイラスにも苦々しい思いが湧き出てきた。確かに、現在の状況は理想だ。しかし、彼は彼の部下たちが倒れていくのを見たくはなかった。理想が実現した時にようやく気付くのだ。それが理想のままであった方が良かったりすることを。

今では、彼の高揚感はすっかり失われていた。

サイラスはトマホークの発射用意が整うのをひたすら待ち続けた。

そして、その時はついに来た。

『CICより艦橋へ!トマホーク、いつでも撃てます!』

彼は迷うことなく言った。

「発射しろ」

『了解!トマホーク、発射!』

後部甲板のVLSが開放され、6基のBGM-109 タクティカル・トマホークが順番に発射された。

垂直上昇した6基の巡航ミサイルは、一定高度に到達するとマッキャンベルの艦橋の真上を水平に飛んでいく。

サイラスはこの光景に満足した。

 

俺の艦、お前たちの艦隊。

お前たちの負けだ、『深海棲艦』。

俺たちは、この海域とあの島を取り替えす。貴様らはそれを防げない。

そしていずれ、世界の海を平穏へと導いてやる。

 

マッキャンベルの上空に、被弾した『深海棲艦』の爆撃機が飛行していた。今はもうどうにか飛行している状態で、もはや帰投は考えていなかった。まだ、爆弾を搭載したままだ。せめて、これを投下せねば死んでも死に切れない。

しかし、爆弾は投下できなかった。どうやら、故障を起こしたようだ。

仕方ない。斯くなる上は…。

この身を以て、敵に一矢報いてやる。

損傷した『深海棲艦』爆撃機は、腹に爆弾を抱えたまま、マッキャンベルの艦橋目指して急降下した。

 

「敵機直上、急降下!」

その声に、サイラスは我に返った。すぐ真上で何かが落ちてくるような音が聞こえた。

彼はとっさに悟った。逃げきれない、と。

生存本能は逃げろと叫んでいたが、もうどう足掻いても逃げ切れないだろう。ならば、やるべきことは1つ。

彼は舵を握ると、大きく右にぶん回した。

敵機の直撃を受けても最低限の被害になるように、彼は操艦したのだ。

そしてそれが、彼の最後の仕事になった。

艦橋に被弾した『深海棲艦』の爆撃機が突っ込み、猛烈は爆発を起こした。艦橋は一瞬で火の海と化したが、操艦に必要なシステムは最後の動きにより破壊を免れた。

大多数の乗員はなんとか逃げられたが、5人の乗員がこの爆発で死亡した。

その中に、マッキャンベル艦長のホワイト・サイラス中佐も含まれていた。

 

ケイト・リー少佐は、すぐ真上で響いた爆発と衝撃を感じ取った。

やられた。

彼女が一番最初に頭に浮かべた言葉は、この一言だった。その後すぐに、もっと重要な問題が頭に浮かんだ。

被害状況、戦闘システムの状態、艦の操舵、レーダーの損傷、死傷者の有無、そして…。

サイラス艦長の安否。

彼女はすぐに動いた。

「CICから、全部署へ!被害状況を知らせ!」

『こちら機関室。衝撃で2人負傷したが問題ない。機関もピンピンしてますよ!』

『こちら艦橋。被害甚大!5人が逃げ遅れた模様。火災が治らないでいる!早くなんとかしてくれ!』

「落ち着きなさい!あなたの名前は?」

『…ボブ・ターナー軍曹であります』

「よろしい。では、軍曹。冷静に対処しなさい。こんな時のために訓練を行ってきたのしょう?そちらにダメコン班をすでに送っています。彼らと共に協力して消化作業に専念しなさい。

消化し終わったら速やかに損害を知らせること。特に、舵がまだ効くかを早急に知らせなさい。いいですね?」

『Yes,ma'am』

彼女は艦橋との会話を終了し、他の問題に着手した。

イージスシステムの要と言えるSPY-1Dフェーズド・アレイレーダー4基の内、2基が機能を停止していたが、幸運にも他の2基は無事に機能していた。また、火器管制レーダーも損傷免れたらしくまだ機能している。LINK16もまだ繋がったままで、失った分の情報をヴェラ・ガルフや上空のF-35、AWACSから得ていた。

損害は大きかったが、マッキャンベルはまだ戦える。

後は、動かせさえすれば…。

『こちら艦橋。鎮火成功!操艦も可能です!』

リーはすぐに返答した。

「こちらCIC、了解。艦長の安否は?」

『…艦長は…、残念ながら逃げきれませんでした…』

艦内インカムを通しての会話だったため、この事実は艦内の乗員全員に伝わってしまった。

リーは、世界から色が薄れていくのを感じた。

サイラス艦長が死んだ。

彼は、この艦の乗員全員の父親のような存在だった。厳しく、近付き難い人物だったが、常な部下のことを気にかけ、迷った時には的確なアドバイスを与える指揮官の鑑とも言うべき男。

そんな人物が、死んだのだ。

彼女は迷った。

もしかしたら、戦闘を中断し後方に下がる方がいいかも知れない。『深海棲艦』も、被害が大きかったのか攻撃を加えてこないでいる。

一度、仕切り直した方が…。

…いや。このまま続けよう。彼ならばそうしたはずだ。敵は攻撃を中断し、引き上げている。これはチャンスなのだ。

今もまだ、トマホークは飛び続けている。

これは、サイラス艦長が最後に放った武器だ。これが着弾、もしくは迎撃されるのを見届けるのが、あの男から指揮を引き継いだ者の務めだ。

リーはインカムに彼女の言葉を吹き込む。

「全乗員へ、こちらはケイト・リー少佐だ。諸君らも聞いての通り、ホワイト・サイラス中佐は亡くなった。

戦死されたサイラス中佐に替わり、副長である私が本艦の指揮を引き継ぐ。最先任である私の指揮に従ってほしい。

私の最初の命令を伝える。

本艦は戦闘を続行する。これまで同様、冷静な行動を期待する。以上」

彼女はそこまで言うと、ひと息ついてからよく響く声で言った。

「針路転針、方位1-4-0へ」

『針路1-4-0、アイ』

中破したマッキャンベルは、新たな指揮官のもとゆっくりと左へと転舵した。

 

ヴェラは、マッキャンベルに起こった事態を全て見ていた。損傷した爆撃機が、爆弾を抱えたままCIWSの弾幕を突破して艦橋に直撃したのだ。

あの調子では最早戦闘を継続するのは不可能だろう。トマホークの誘導をこちら側に回すべきかもしれない…。

…いや、様子が妙だ。先ほどまで戦域から離脱するような動きを見せていたが、今は…回頭している?

まだ、戦うつもりか?あの損傷で?

あり得ない。一体どこにそんな力が…。

ふと、思い出した。

衝突直前に、マッキャンベルはほんの少し回頭していた。あの瞬間に、あの艦を動かしていた者がいたのだ。

普通ならば逃げるだろう。例え間に合わないとしても、普通は生存本能に身を任せて逃げだしたはずだ。

だか、最後のあの瞬間、艦橋にいた少なくとも1人の人間は、自らの命より艦の被害を出来るだけ少なくしようとする者がいたのだ。

命を賭してまで、その人間はこの戦いに勝つことを望んだ。

誰かは分からないが、ヴェラはそこから執念を感じた。自分にはとてもそんなことは出来ない。

『やまと』と戦いの時は、自分の意志を持ち合わせていなかった。ヴェラ・ガルフという艦にとっての意志は、テレンス・B・カーバーという人間の意志に他ならなかった。

きっと、あの時自分が艦娘であったならば、あの様な命を賭けた攻撃をすることはなかっただろう。

マッキャンベルから連絡が来た。サイラス中佐の声ではなく、女性の声だった。

ヴェラは、あの時艦を動かしていた人物が誰であったか悟り、その人物がどうなったかも悟った。

彼女はサイラス中佐の冥福を祈っていた。

『マッキャンベルより、ヴェラ・ガルフへ。私は、マッキャンベル副長ケイト・リー少佐です。戦死したサイラス中佐に替わり現在指揮を担当しています。

早速ですが、協力して欲しいことがあります。もちろん、私にはあなたへの指揮権が無いことは承知しています。ですが、それを知っての上で協力して欲しいのです』

ヴェラは思考を中止し、返答した。

「こちらヴェラ・ガルフ。マッキャンベル、可能な限り協力します。何をすればいいですか?」

『ありがとうございます。感謝します。…あなたにハープーンを発射して貰いたいのです』

「それはまた何故…」

『そちらも把握していると思いますが、先ほどの攻撃時にトマホークが1基、撃墜されています。

そのことから、現在飛翔中のトマホークも迎撃されるおそれがあります。

詳しいことは言えませんが、本艦のシミュレーションではこの6発のトマホークが全て命中しないと、今後の作戦展開に多大な影響を与えると出ました』

そのシミュレーションはおそらく正しいだろう。ヴェラの戦術データ・システムのシミュレーターも、似たような結論を出している。もっとも、彼女のシミュレーターは、全弾命中しても厳しいという結果が出ていたが。

『そこで、少し言いにくいのですが、あなたのハープーンを囮にして貰いたいのです』

なるほど。今からすぐに撃てば、こちらが敵に近い位置にいる分ハープーンのほうが先に捕捉される。

それを落すことに敵を集中させ、本命のトマホークが撃墜されることを避けるということか。

現代艦ならば、突き崩すことも可能だが、第二次大戦時の艦艇を模している『深海棲艦』ならば、十分に有効な戦術と言えるだろう。

「分かりました。少し待ってください」

ヴェラはそれだけ答えると、出来るだけ重要度が高く対空射撃による援護が受けやすい敵艦を見つけ、それを目標として定めた。

彼女は、脛の辺りにあるMk.141からハープーンを発射した。ハープーンは捩れた白煙を引きながら飛翔し、大気を切り裂きつつ敵艦隊へと向かっていく。

「こちらヴェラ・ガルフ。発射しました」

『協力に感謝します』

マッキャンベルからの通信は、それで終了した。

ヴェラの頭のディスプレー上に、ハープーンのアイコンが表示される。ゆっくりとディスプレー上を移動するハープーンは、順調に『深海棲艦』艦隊に突き進む。画面上ではノロノロ進んでいるように見えるが、実際には時速約860キロというスピードで海面すれすれを驀進しているのだ。

一方のトマホークは、約880キロのスピードで飛翔しているが距離があるためまだ到着しそうにない。

想定通りに行きそうだった。問題は、『深海棲艦』がこちらの予想通りに行動してくれるかだ。

ハープーンが目視距離に到達した。『深海』側もハープーンの存在に気付き、死に物狂いの猛烈な弾幕を展開した。敵も、これ以上の被害を避けたいのは明白だ。

低空を飛ぶハープーンは猛烈な鉄の暴風の中を突き抜けていく。鉛玉が海面を撃ち小さな水柱が周りにいくつも立ち、炸裂した砲弾の破片がハープーンの塗料に傷を付け続ける。

黒煙の中を征くその姿は、巨鯨を討つ銛そのものだ。

が、その雄姿もそう長くは続かなかった。

ハープーンの後方で炸裂した砲弾の破片が誘導翼に命中した。ハープーンは大きく体勢を崩し、海面にぶつかり力ない水柱を上げた。

もう1基のハープーンは、目標艦であるヲ級フラッグシップ改の空母とは思えない回避機動に紛わされて、ちょうど近くにいた重巡ネ級を目標にして突っ込んだ。哀れなネ級は回避しようとしたが、無駄だった。

ヴェラのハープーンは、ネ級1隻を大破させるに止まったが十分だった。

ハープーンは所詮、前座に過ぎないのだ。

『深海棲艦』が、真打ちの到着に気付いたのは、明らかに迎撃困難な状態にまで接近した時になってからだった。

 

マッキャンベルのCICは沈黙で覆い尽くされていた。全員が息を殺して、トマホークの行く末を見守っている。

まるで、黙っていればトマホークが撃墜されず命中すると思っているようだった。もちろん、そんなお祈りが通用するとは思えない。

すでに、事態はマッキャンベルの乗員たちの手を離れ、トマホークの弾頭部の誘導システムと、『深海棲艦』の迎撃能力の高さに委ねられていた。

その一方で、リーは全て命中するように思えて仕方がなかった。なんの根拠もないが、まるで未来が見えているように冷静に着弾を待てた。

ディスプレー上を行くトマホークのアイコンが、敵艦隊のすぐ近くにまで到達した。

後、ほんの数十秒で決着が着く。

ここに来て、時間の経つスピードがいじらしいほどに遅く感じられた。

全員の目が、ディスプレーに集中する。

ゆっくり、ゆっくりとアイコンが進み、敵を表す光点と重なった。

光点は1度明滅すると、光を失い、徐々に消滅した。その数3個。

しばしの沈黙。

その後、CIC内は歓声に包まれた。隣同士で肩を叩き合い、抱擁を交わしている者もいる。

リーも同じ思いだったが、浮かれている乗員たちに言った。

「諸君!見事な働きだった。が、まだ戦闘は続いている。敵増援部隊の主力群を撃破したはずだが、敵が撤退した訳ではない。

引き続き、敵艦隊の状勢に注意するように」

『Yes,ma'am!』

乗員たちは再び顔を引き締めて自分の仕事場に戻り始めた。

見事だ、とリーは思った。

艦長が戦死し、副長が臨時に艦を指揮しているにもかかわらず、乗員たちは冷静そのものだった。

さすがはサイラス中佐だ。ここまで、乗員たちをまとめられる者はそう多くはいないはずだ。

リーは、サイラスにこの光景を見せれなかったことを悔やんだ。もっと早く見せることもできただろうに。

いや、むしろ私が見ていなかっただけで、実際にはこの素晴らしい光景は普段から見えていたのかもしれない。

見る場所が違えば、見えるものもまた違ってくるのだろうか。

「副長、敵艦隊に動きあり。進路を180度変針、海域より離脱して行きます!」

乗員たちの顔が明るくなる。これが、意味するところを分かっているからだ。つまり…。

「敵増援部隊の到着阻止に成功しました。我々の勝利です!」

そう、勝利したのだ。

多大なる犠牲を払ったが、作戦全体を危機に陥れようとした脅威を排除することに成功したのだ。

「最悪の事態は回避できなようね…」

リーはそう言いつつ考えた。これ以上の戦闘を行えるだろうか。

彼女の答えは、他のところから現れた。

『マッキャンベル、こちらヴェラ・ガルフ。敵艦隊の撤退を確認しました。上空に残っていた航空機は、タイラント飛行隊と合同で殲滅済みですのでご安心ください。

後は、我々に任せて後方に下がってください。以上』

その後すぐに、データ・リンクが解除された。

ずいぶんと素っ気ない言葉だが、はっきり言って足手まといなのは分かっていた。

ここは下がる方がいいだろう。

「CICより、全部署へ。本艦はこれより後方へ下がる。皆よく頑張ってくれた。自分たちの成し遂げたことに誇りを持って、少し早い凱旋と行こう。

進路変更、目標パラオ泊地」

マッキャンベルの『レッド・スティングレー』は、こうして幕を閉じたのだった。

 

デイルは兵装を確認した。期間砲弾が、僅かに残っているだけだった。もはや、現在の状態では足手まといでしかない。

他のタイラント隊も似たような状態だ。1度帰投しよう。

デイルは、友軍に告げるとコニーの元へ戻り始めた。

今回の作戦で、彼と彼の編隊は多大な戦果を挙げた。少し早すぎるが、十分に仕事を果たしたのではないだろうか?

彼は今回はこれで満足することにした。

 

ヴェラは最大戦速で味方の元へ戻っていた。すでに、瑞鳳と約束した20分を大幅に過ぎていた。

攻撃はもう始まっているだろう。

彼女は不安を感じていた。自分の言った警告は聞き入れられているだろうか…。

彼女は、速度をさらに上げた。

まだ彼女の『レッド・スティングレー』は、終わっていないのだ。




また伸びた。もう恒例ということでいいでしょうか…。

さて、艦娘は出しましたよ。活躍すると期待していた方には申し訳ないですが、私は嘘は言っていませんよ。活躍するかどうかは別問題ということです。
すみません、嘘です。途中で思いついたからこんなことにしただけです。
次は活躍させますから、もうしばらくの間待っていてください!
えー、第1部は後2回で終了の予定です。第2部も、しっかり書いていく予定ですので、期待してくださる優しい方は期待していてください。
最後に、このような作品を読んでいただきありがとうございました。

ある方の指摘により、TASMをタクティカル・トマホークに変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。