不屈ノ爪〜The Iron Clow〜   作:明るい脳筋

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読者の皆様、私は帰ってきた!
と、言う訳で約2カ月ぶりの投稿です。
先月は勝手にお休みしてしまい大変申し訳ありません。伏してお詫び申し上げます。
一応、言い訳をさせてもらいますが、新しい環境(と、言っても生活スタイルが『大幅に』変更しただけですが)なかなか慣れれず、毎日ヘトヘトになっていたせいであります。
許してください。なんでもは出来ませんがある程度のことはしますから。

近況といえば、大変な目に結構会いました。アゴが外れたとか、滑って腕の骨を折ったとかです。
あっ、いいこともありましたよ。春イベでは、E-3でようやくユーちゃんをお迎えできました。長かったぜ。
まぁ、そこで運を使い果たしたのかE-5以降は全く進めてませんが。

長くなりました。今回は、前回に比べると少し短くなっています。『レッド・スティングレー』作戦は今回で終了です。
それでは、始めましょう。


第17話 『Red Stingray』Rising ーFinal Phaseー

サイパン島。

その島は、パラオと似たような歴史を辿っている。

サイパン島の歴史は、15世紀にマリアナ諸島がスペイン人に発見されたことから始まる。その後、3世紀に渡り占領されていたが、米西戦争によりスペインはこの島をドイツに売却した。

ドイツはこの島を流刑島として運用し、第一次大戦終結後、この島を手に入れたのは当時連合軍側についていた日本だった。

日本はサイパン島の名称を、彩帆島と変更し、砂糖の産地として活用することになる。

この島が『深海棲艦』に奪われる前の主は、言うまでもなくアメリカ合衆国である。

1944年6月〜7月にかけて行われたサイパン島の戦いにより、アメリカが手に入れたサイパン島は、終戦後の1947年にアメリカの信任統治領となった後、1981年の自治領としてアメリカに留まることを決め、2009年の連邦化へと至る。

『深海棲艦』に占領されたのは、それから4年後の2013年のことで、それ以降の4年間人類が踏み入ることのできない地となっていた。

そして今、世界で1番平均気温の変わらないことでギネス世界記録に認定されているこの常夏の島は、再び人類の手に戻すための戦闘が繰り広げられていた。

 

『レッド・スティングレー』作戦艦隊の水雷戦隊に参加していた吹雪は、自前の10センチ連装高角砲を発砲していた。

艦娘になってずいぶんと時が経っていたが、これほど大規模な戦闘は初めてだった。

敵が7分に海が3分と言う訳ではないが、それに近い量の敵が辺り一面にいた。適当に撃っても何かしらの敵に当たるのではと思えるほどだ。

吹雪がたった今撃破したのは、駆逐艦ロ級後期型。ロ級の上位強化型で、危険性は上がっているが、もはや気にする価値もなくなっている。

水雷戦隊がここまで来るのには、あらゆる協力が必要だった。

まず、後方で待機している、打撃部隊からの砲爆撃で敵の気を引く。電探射撃によるアウトレンジ攻撃による反撃の可能性もあったが、第389戦闘飛行隊によるHARM攻撃で敵のレーダーを破壊したため、電探射撃の餌食になることもない。

空からの攻撃は、空母コンステレーションのタイラント飛行隊と、空軍の第390戦闘飛行隊『ワイルド・ボワーズ』ことティラミス隊が、攻撃前に叩き落として援護した。

その強力な援護のおかげで、戦艦の主砲が用をなさない接近戦に持ち込んだのだ。

それはまさに地獄の様相を呈した。

砲撃により温水となって海水が、ほとんど休みなく体を打ち付け、その見にくくなった海面下の魚雷をギリギリの差で回避する。

辺り一面、硝煙の鼻をつくツンとした臭いと砲煙に覆われ、誰が損傷し、誰が何を撃破したかすら把握できない制御など到底不可能な、阿鼻叫喚の戦場だった。

吹雪も、今や味方からはぐれかけていた。ほんの少し目を離しただけで、目の前から忽然と味方がいなくなり、敵を倒して再び視線を戻すと、味方が予定の位置にいる。そんな、何が何だか分からない戦闘が、かれこれ1時間近くは続いている。

不休で戦い続けた体はすでに悲鳴を上げだしている。主砲を持ち上げる腕は力が徐々になくなり、常に動かしている足は今では棒のようだ。

いくら人間よりも体力がある艦娘とは言え、こんな混戦を続けていれば体力の限界にもなる。

体力の減少は、本来の力が出すことができなくなったり、注意を散漫にさせたりする。つまり、戦場における破局へと至ることになる。

言うまでもなく、破局とは『死』だ。

ふと、視界が開けた。

が、開けているのは今いるここくらいのものだ。

至る所で黒煙が上がり、断末魔の悲鳴のように赤々とした炎が吹き上がる。そして、彼女の目の前には…。

手負いのル級。それもフラッグシップ。こちらを睨みつけている。その眼差しは憎悪に溢れ、その視線だけで人を殺せそうだ。

吹雪は動けなくなった。これまでに感じたことのない恐怖が、彼女の体を完全に硬直させてしまった。

マズイ、と思った矢先に、ル級が雄叫びを上げでこちらに16インチ3連装砲を向けた。この距離で撃とうとするとは、正気の沙汰ではない。

本来、戦艦の主砲は長距離の敵を粉砕するための兵器であって、近距離の敵を撃つためのものではない。こんな近距離では、誤射すらもあり得る。特に今回のような乱戦では、誤射が当たり前のように起きる。それを避けるためにも、馬鹿でかい砲は撃つべきではない。

が、傷付き、気の立っているル級は野生動物よろしく、冷静さを保てずに生存本能に任せてぶっ放そうとしている。

吹雪はその狂気じみた砲撃の餌食になろうとしているのだ。

顔から血が引け、恐怖に震える。

死にたくない。こんなところで終われない。吹雪は動いた。撃たれる前に撃ってやる。

が、その動きは余りにも遅かった。ル級は勝利の咆哮と共に照準を合わせ、吹雪に向けた。

無理だ、間に合わない。

吹雪は目を閉じた。

ル級が砲撃しようとした瞬間、一陣の風が真上を通過したように感じた。その時、目の前でル級が突然爆ぜた。

爆発音に紛れて、別の轟音が響き渡った。

上を見上げると、鋭角な機首を持つ大型の双発ジェット機が飛び抜けていった。

すぐに耳元の無線に連絡が入る。

『ヘイ、お嬢ちゃん!ボサッと突っ立ってないで動き回れ!ビビってると敵に隙を突かれるぞ』

声の主は誰か分からないが、助けてくれた相手であることは分かった。

吹雪は慌てて、感謝を口にした。

「あ、ありがとうございます!助かりました」

『返事の大きさだけは一丁前だな。あんたは俺らの希望なんだ。勝手に死んでもらっちゃあ困るぜ』

その声とは別の声が聞こえた。

『ロッキー!喋ってる暇があったら仕事をしろ!ったく、隙さえ見つければすぐこれだ』

『分かりましたよ隊長!じゃあな、お嬢ちゃん。陸で会おうぜ』

無線はそうして切れた。

吹雪はそのやり取りを笑いそうになりながら聞いていた。緊張が溶けていく。

再び体を動かす決意を固めた。恐怖はもう、心の奥深くに押し込まれていた。

そして、先ほどロッキーというパイロットから言われた言葉を反芻した。俺たちの希望。勝手に死なれては困る。

反撃の狼煙が上がった今、もう自分だけの命ではないのだ。それが、改めて吹雪に突きつけられた。

それなら、私はその使命を果たそう。それが、私という艦娘ができる最大のことならば。

彼女の妹の白雪が、こちらに手を振っている。

吹雪は妹の元へ、急いで駆けて行った。

 

扶桑は、自身が唯一自慢できる35.6センチ連装砲で砲撃をしていた。もっとも、その砲撃のほとんどが命中していなかったが。

それは、彼女自身も分かっていた。今回の目的は、あくまで砲撃支援による敵の撹乱なのだ。

砲弾のスコールを浴びせることで、敵の反撃を抑えることを目的としていた。

ついでに、瑞鳳も航空機による爆撃支援を行っていた。

作戦は成功しかけている。敵からの反撃はほとんどなく、近距離で交戦している水雷戦隊の報告では、敵の半数を撃沈したとのことだった。

もちろん、損害が無いわけではない。

天龍と弥生、初雪がそれぞれ大破し友軍機の支援の元、撤収していた。天龍は戦わせろとギャーギャー喚いて下げるのに苦労したらしいが、なんとか説き伏せたらしい。

扶桑はその光景をぼんやりとしか見ていなかった。

彼女が考えていたことは、どうしたら自慢の火力を上手く敵にぶつけられるか、だった。

主砲の配置は、艦娘になってからは関係なくなっていた。むしろ、腕の問題なのかもしれない。

しかし、長く砲撃を続けてきたが、どうしても上手くいかなかった。どれだけ正確な射撃を心がけても、何故か外れてしまう。

ああ、この不幸はどこまで私を追いかけ続けるのだろうか?

こういう時、妹の山城はこう言った。

『不幸だわ』、と。

艦娘になっても、不幸型は所詮不幸型なのだとほとんど諦めかけていた。

そんな彼女たちを、慕ってくれる艦娘もいる。

吹雪は、その1人だ。

時々、扶桑と山城にアドバイスを求めにきていた。そんな時は、いつも楽しく過ごせていた。

不運や欠陥など関係なしに、これまで経験した戦闘を覚えているかぎり細かく伝えた。

伝えることは非常に重要だ。たとえそれが、不幸艦の経験談でも。結局はこの経験を聞いた相手がその意味をしっかり受け取るか取らないかによるのだ。

彼女たちの経験談は、吹雪に大きな影響を与えた。

江田提督との付き合いは長くても、戦闘センスがいいという訳ではなかった吹雪は、今ではすっかりプロフェッショナルの顔をするようになっていた。

そんな彼女の成長を、扶桑は微笑ましく見ていた。昔は、自分もそうだったからだ。

最初は誰でも上手くはいかない。扶桑も、海に立つことが恐ろしかったが、慣れてしまえば呼吸するのと同じように簡単に歩くこともできた。

その一方で、と彼女は考えた。

あのアメリカ艦娘、ヴェラ・ガルフはそうではなかった。

最初からなんの問題もなく平然と海に立ち、初めての出撃で多大な戦果を挙げた。

扶桑はそこに、コンプレックスを抱いていた。

どんなに練習し、どれだけ努力しても当たらない砲撃を、ヴェラ・ガルフはいとも容易く当てていく。

扶桑は、なぜそんなことが出来るのか聞いてみたことがある。

すると、ヴェラはこんな返答をした。

『私の能力ではないですよ』

その謙虚な答えは、ヴェラなりの配慮だったのかも知れないが、残念ながら逆効果だった。

これ以降、扶桑はヴェラに消極的ながら敵意を持つようになった。

さらに悪いことに、吹雪がヴェラとよく話すようになってしまった。それから敵意はより大きいものになっていた。

自分でも、ただの『嫉妬心』であることは分かっていたが、それを正すことはしなかった。

それには、もしかしたらヴェラがアメリカの艦である、ということが少なからず影響していたかもしれなかった。

負の感情はそれからも膨れ上がり続け、その感情の不安定さのために砲撃はさらに外れやすくなる。そこから、さらに負の感情は大きくなり…。

「…姉様、扶桑姉様!」

扶桑は妹からの呼びかけで物思いから抜け出した。山城は、姉のことを心配そうに見つめながら言った。

「どうしました姉様?どこか悪い所でもあるのならすぐに知らせますが…」

「大丈夫よ山城。ごめんなさい、少し考えごとをしていたわ」

「それならいいのですが…」

山城は、まだ不安そうにしているので、扶桑は自分が大丈夫であることを知らせるために砲撃を再開した。

いけない。戦場であんなことを考えるなんて。

扶桑は自分を咎めつつ、砲撃に再び集中した。

しかし、心の奥底ではドロドロてした黒い感情が煮え滾っているままだった。

 

イ級後期型エリートは死に物狂いだった。

重巡を一撃で大破させることもできる彼女(?)だが、最早その能力を発揮する機会は失われていた。

自身も中破し、兵装が一つとして使えないイ級に戦うことなどできず、ただ逃げ回るだけに終始していたが、それももう限界が来ている。

あれだけいた味方はほとんどおらず、サイパン・テニアン守備部隊のかつての威容は見る影もない。

また味方が沈んだ。

大口径の砲弾で、水飛沫が収まった後には影も形もなくなっていた。

自分ももうすぐ同じようになるかも知れない。

その恐怖だけで、気も狂いそうになるがそれ以外にもすぐ近くから魚雷をぶっ放してくる艦娘と、空を我が物顔で飛ぶ鋭角な戦闘爆撃機、時々飛んでくるどこにいるかも分からない洋上艦から発射される正確無比なロケット弾の恐怖のせいで、イ級はまともな判断ができない状態になりつつあった。

そして、至近弾を受けた瞬間、最後まで残っていた理性が失われ、イ級は後先考えずに湾の出口に向かった。

まだ機関は動く。最大戦速で湾外に出て、敵艦隊を突っ切り安全な場所へ逃げる。そこから、味方の元に戻り修理をした後、再び戦場に戻り敵と戦う。

不可能だとは思わなかった。不可能だと考える頭の冷静な部分などずいぶんと前に無くしていたのだ。

ラオラオベイの出口に近づき、もうすぐ出られると思った瞬間、何かが足にぶつかった。

金属のような鈍い音がしたその時、敵機が機雷をばら撒いていたことを思い出した。

戦闘は終わりつつあった。

ヴェラが打撃部隊に戻った頃には、湾内で動いている敵は数えるほどしかいなかった。

突然、湾の入り口付近で巨大な水柱が上がった。『深海棲艦』の残存艦艇が湾外に脱出しようとして、ガンファイターズが敷設した機雷の餌食になったのだ。

大きな出来事はそこで終わった。

砲声、爆音、また砲声が5分ほど続いたのちに遠雷のような砲撃音は唐突に止んだ。

やがて、無線が全ての部隊に簡潔な音声を届けた。

『こちら水雷戦隊。湾内の敵部隊の掃討に成功。損傷は大きいが、撃沈艦は無しだクマ』

戦場にホッとした空気が流れた。

困難だと思われた作戦は、人類の勝利で終わりを迎えたのだ。

後方で支援攻撃を行っていた第3艦隊の旗艦コンステレーションのジャック・ウォード提督が返答した。

『ご苦労だった。支援部隊が到着するまでの間、海域の確保を頼む。あと少しで終わりだ。もう少しの間頑張ってくれ』

『了解したクマ…、クソッ、なんだクマ!』

突然、無線の向こう側が慌ただしくなった。ウォード提督が、焦燥をあらわにして言った。

『なんだ!状況を知らせてくれ』

『敵空母が1隻出てきたクマ!陸に上がって隠れてたんだクマ。…艦載機を飛ばして、突っ込んでくる!特攻でもする気かクマ?』

ヴェラはいてもたってもいられなくなって無線の会話に勝手に入り込んだ。

「球磨さん!冷静に回避行動を取ってください。空母は私がやります」

『そうしてくれるとありがたいクマ。すぐに攻撃を…』

無線が突然、猛烈なノイズによって完全に聞こえなくなった。これが何であるかは明らかだ。

ヴェラは舌打ちしつつ、不安そうな艦娘たちに言った。

「ECM(電子対抗手段)です」

 

空母コニーの指揮所でも、この突如として発生した電波妨害及びジャミングの対処にてんてこ舞いだった。

ECCM(対電子妨害対抗手段)を起動したり、使用可能な周波数帯を探し回った。

今の所、その努力は全て無駄に終わっていた。

あまりにも強力なECMを破る術はなかった。

それが意味する所は至極簡単で、最新の兵器システムで固めた第3艦隊の乗員たちは敗北感に包まれていた。

第3艦隊の支援能力は完全に失われ、第3艦隊という兵器システム群は戦闘不能に陥った。

 

球磨は、自分がしくじったことに苛立ちを覚えた。彼女は完全に敵を甘く見ていたのだ。それと同時に、固定観念があった。

普通は空母が陸に上がって隠れているとは思わない。だが、それはあくまで艦艇の場合であって、艦娘とほとんど変わらない『深海棲艦』が陸に上がらな訳がない。

なぜなら、艦娘たちも状況次第なら陸に上がり隠れるように教育されているからだ。

敵機からの空爆を避けつつ、彼女はヴェラが言っていたことを思い出した。

『決して敵を見くびらないでください。特に、勝利を確信した時は。牙を抜かれた敵ほど怖いものはありませんから』

球磨はそのことを理解していなかったことが証明されてしまった。

旗艦として失格だと彼女は苦い思いを噛みしめたが、とにかく今は部下たちを生還させることが最優先だった。

と、言ってもやれることがあるとすれば、支援攻撃が敵に当たるまで生き長らえるため、逃げまくるようを指示するくらいしかできなかったが。

 

ヴェラは敵の接近に気付けなかった自分に腹を立て、自分が味方に何もしてやれないことに苛立ちを覚えた。

『盾』などと言っておいて、味方の支援一つできないなどブラックジョークでも笑えない。

だが、腹を立てても意味はない。どのみち、自分にできることは何もない。

今は、すぐ隣にいる扶桑に賭けるしかなかった。

 

扶桑は再び自分の運の無さを呪っていた。

このジャミング下でまともに戦えるのは、電子兵器をほとんど装備していない艦娘くらいのものだ。

航空機を今から出してもいつまで保つか分からない水雷戦隊の援護が間に合うか分からないし、重巡たちの砲撃では空母の装甲を破れない可能性があったし、何より即効性に欠ける。

残っているのは戦艦による砲撃だった。

この場合、扶桑と山城の2人による砲撃になるはずだったが、山城は砲弾が尽きていたのだ。

扶桑しか残されていなかった。

彼女は、砲撃の用意を始めた。幸いにも、敵は目視圏内にいるので精密性に欠ける電探射撃ではなく、自身の腕による射撃になる。

敵艦の動きを予想し、仰角と砲の角度を変える。

用意が整った。

彼女は第一砲塔を発砲した。

砲弾は綺麗な弾道を描き、敵空母に向かう。

十数秒後、海面に2つの巨大な水柱が上がった。見た目の派手さだけ見れば、満点だったろうが重要なことはそれではない。

扶桑は着弾地点をジッと見つめた。

ヲ級は、無傷で海に戻りつつある水飛沫の間から飛び出した。

扶桑は再び砲撃の準備をし、発砲した。

36.5センチの鉛玉は空を飛翔し、指定された場所に落下していき、海面へと落ちた後爆発した。

その砲弾も、ヲ級を傷付けることはなかった。

扶桑は再び自分の不運さを呪い、ヴェラが撃てば当たっていただろうかと考えた。

レーダーさえ機能していれば、ヴェラは扶桑と違って容易にヲ級を撃ち抜いただろう。

彼女は、心の底から湧き上がる苛立ちを抑えることをしなかった。傍目から見ても、彼女が冷静さを欠き始めたたことが分かるだろうが、知ったことではない。

彼女は砲撃を繰り返しては失敗した。怒りと苛立ちが募ると同時に、悲しみも込み上げてきた。

何故できないのか?私はこんなこともできないほど役に立たない穀潰しなのだろうか?

ふと、パラオに送られてくる前にいた本土の基地で言われたーー正確には、そう言われたことを影で聞いたーーことを思い出した。

『簡単な任務もこなせない役立たずが。あいつは艦娘である価値はない』

彼らの言うように、私には価値はないのだろうか?後輩を守ることもできない私には…。

彼女は砲撃を止めた。

体から力が抜けたようだった。今はもう何もしたくない。味方の援護やら、作戦の成否やら、ましてや人類の未来など今の扶桑にはどうでもよかった。

今はただ、現実から逃げ出し、何もせず時間が過ぎることを期待した。そうすれば、穏やかに時間が進み再び自分の不運に躍らされない日常に戻れるとでも思っているように。

実際に、その時の彼女はその幻想に縋っていた。

だが、それもすぐに打ち切られた。

「扶桑さん?どうしたんですか?」

ヴェラ・ガルフだ。

また、私の邪魔をする気なのか。

「…私に構わないで」

「そういう訳にも行きません。こうしている間にも、味方は危機的状況にあるんですよ」

「…だから何」

言ってはいけない言葉が出て来てしまった。ヴェラが絶句しているのが分かるが、今更後には引けない。

「どうしたんですか、扶桑さん?あそこにはあなたが可愛がってきた後輩がいるじゃないですか!あなたは見殺しにするんですか?」

「私には出来ないのよ!」

扶桑は吠えた。

抑え付けてきた感情が一気に解放される。それを再び抑えることなど、彼女にはできなかった。

「私はあなたが嫌いなのよ。なんでも卒なくこなすあなたがね」

「そんな…私はただ…」

「あなたには分からないでしょうね。どれだけ磨こうと一向に上手くならない者の気持ちなんて。

あなたは簡単よ。ただ、砲撃するように念じればいいだけ。そうすれば、プログラムが自動的に諸元を入力して弾を装填する。ただそれだけ。

あなたは、私たちとは根本的に違う。

私たちが人間に近いなら、あなたは機械。ただ敵を倒すためのプログラムに過ぎない。

敵を倒すことになんの葛藤も感じないマシーン。

そんなあなたに、私の何がわかるの!」

「今、そのことは関係ありません。私を罵りたいなら後でいくらでも聞きます。だから今は、味方を助ける事に集中してください!」

ヴェラの言葉はほとんど懇願に近い響きを持っていたが、扶桑は怒りを吐き出し続けた。

「だから、私には出来ないのよ!何度撃っても当たらない!いくら訓練しようが関係なくね。

それなのに、あなたはそれを簡単にやってのける。

私は聞いた。あなたは何故あんなに砲撃が当たるのか。

その時あなたはなんて言いました?

『私の能力ではありませんよ』?

あなたに能力がないのなら、私はどうなの?

速力もない。防御もない。能力もない。運もない。唯一の自慢すらも満足に活用できない私は?

そんな艦娘に価値などあるの?

答えてみなさいよ!その優秀な戦術データ・システムとやらならこの問題にも答えられるでしょう?」

最後の方の言葉は涙声になりほとんど聞き取れなかったが、扶桑が何に苦悩しているか、ヴェラには痛いほど分かった。

前の基地で言われた言葉がトラウマになっているのだ。前の上官に、面と向かってではないにせよ、『お前に価値はない』と言われたのだから。

そこで、ヴェラは自分とこの艦娘が同じ悩みを抱えていることを知った。

自分という存在に価値があるのかどうか。

この問い自体は非常にシンプルだ。だが、あるパイロットの言葉を借りれば、『シンプルなことは常に難しい』のだ。

だからこそ迷うし、苦悩する。

この問いの答えは人生そのものだ。臨終の時に、その答えは分かるだろう。

だから、この問いに答えることはできない。何故なら、この問いに答えるのは他人ではなく、己自身なのだから。

しかし、少しは手助けしてもいいだろう。

ヴェラは扶桑に言った。

「私の戦術データ・システムはそういう問いに対する返答を持ち合わせていません。ですが…」

ヴェラは一息入れて、扶桑の目を見つつ言った。

「あなたの後輩、吹雪さんは言ってましたよ。『あなたのおかげで、ここまで生き残ることが出来た。そしてこれからも、生き残っていけると思う。もし、私がマズイことに巻き込まれても、きっとあなたや仲間が助けてくれると信じているから』、と」

扶桑は黙ったまま、ヴェラを見つめていた。

「あなたが思っている以上に、あなたの存在は価値があるし、あなたの存在は大きいんですよ」

これでいい。扶桑はもう迷ってなどいない。憎い相手からの言葉でも、彼女は初めて自分の存在に価値があることを聞いた。

それで十分なのだ。

扶桑は、再び前を向いた。ヴェラの言葉には何の返答も、何の反応も示さなかったが、その背中は先ほどよりも力強く感じた。

これならきっと上手くいくだろ。ヴェラの見たところ、扶桑は自分の砲撃に自信を持てていなかった。その自信のなさが、不安となり、砲の照準をわずに狂わせていたのだ。

だか、今はそうではない。

ヴェラは心の中で呟いた。

さあ、その勢いでぶっ放せ。そうすれば必ず…。

 

扶桑はこれまでのことが嘘であるように、冷静さで動いていた。

認めたくはないが、ヴェラから聞かされたあの言葉のおかげだろう。

その一方で、心の底の疑り深い部分が声を上げていることにも気付いていた。

もしかしたら嘘かもしれない。私を上手く扱うためのでまかせかもしれない。

だが、それでもいい。

ヴェラが何を考えているにせよ、私が勇気付けられ、そしてヴェラの優しさを感じ取れたことに変わりはない。私の存在に価値が少しはあると思えた。自分に価値があると言うことは、生きるに値する世界にいるということだ。

確か、アメリカのある映画監督が言っていた。『生きていることは悪いことじゃないと思える嘘は、悪い嘘ではない。何故ならその手の『嘘』は、『希望』と呼ばれているからだ』

そう、私は希望を持てた。

だから今、再び動いたのだ。

後輩の命を救うため、私の価値を示し続けるため。

主砲、弾種徹甲弾、装填よし。仰角よし。主砲旋回角よし。微調整…終了。全て問題無し。行ける。

扶桑は言った。

「主砲、撃てえっ!」

 

673キロの徹甲弾は、初速毎秒770メートルの速さで16メートル46センチの砲身内を通り、扶桑の45口径四一式35.6センチ砲から撃ち出された。

その巨大な鉄と炸薬の塊は、約20キロの距離を43秒で飛翔し、落角19°で着弾地点に向かい落下した。

絶妙なタイミングでその着弾地点に入ったヲ級は、巨大な2本の水柱の間であおられた。

夾叉弾だ。

ヲ級は回避行動に集中しつつ、初弾でこれほどの近弾を撃ち込んでくる相手のことを思った。

先ほどの掠りもしない下手くそな砲撃とは大違いだ。

まさか、同じ人物が砲撃を行っているとは、ヲ級は思ってもみなかった。

初弾が着弾してから、12本の熱せられた水柱がヲ級の周りに立ち上がるまでの間は、それほどなかった。

次の砲撃が来た時、ヲ級は艦尾付近を損傷し、航行不能に陥っていた。

更にやってきた次の砲撃は、ヲ級の体をズタズタに引き裂き青い血飛沫と、肉のような金属のような中間の物体に変えた。

『レッド・スティングレー』における、最後の『深海棲艦』の撃沈は、こうして幕を閉じた。

 

5月24日

 

ボノム・リシャールのLCAC-1の1号艇に乗ってい第31海兵遠征隊に所属するウィル・ノーレッド一等軍曹は、兵員モジュールで貧乏揺すりをしていた。

彼は恐怖を部下に見せまいとして必死で隠そうとしたが、それが上手くいっているかどうか、正直なところ分からなかった。

彼らの部隊は、『深海棲艦』に奪われた島に上陸しようとしていた。もっとも、敵自体は撃破され、島はもぬけの殻だそうだが。

ボノム・リシャールの第7遠征打撃群の指揮官たちは、この上陸作戦で戦闘状態になることはないと言っていたが、それが正しいことを期待するしかなさそうだ。

もし、彼らのあの自信たっぷりな分析が間違っていたら、彼らは全滅することになるだろう。

何故なら、いくら海兵隊が精強な軍隊だとしても、歩兵がどうこうできる相手ではないからだ。彼らの5.56ミリ程度の豆鉄砲では、敵に擦り傷を負わせられるかすら疑わしい。

LCACの4基のハネウェルTF-40ガスタービンエンジンの発する馬鹿でかい騒音の中、1人の兵士が近付いてきた。

ノーレッドは、その兵士が 訓練学校を出たばかりのまだケツの青い新兵であるとすぐに見抜いた。

そいつの襟章が少尉を示すものと見て、彼は僅かに背筋を正した。

「ガニー」

そいつは言った。ノーレッドは黙ったまま、その少尉が話を続けるのを待った。

「私は君の分隊が所属する小隊の指揮をすることになったゲイツ少尉だ。分かっているとは思うが私は新人だ。

先任である君にお世話になると思うが、よろしく頼む」

ノーレッドは危うく口笛を吹くところだった。ずいぶんとお上品な奴が上官になったものだ。このクソ溜めのような海兵隊には似合わない。

それに…。部下に自分の弱みを語る士官なんぞは初めて見た。

ノーレッドは答えた。

「よろしくお願いしますよ、少尉。あんたが分からないことはなんでも聞いてほしい。分からないからと言って、適当な指示を出されて死にたくないんでね。

まぁ、今回の作戦で死人が出るようなことはないでしょうから、さほどビビらなくてもいいと思いますよ」

ゲイツ少尉が驚いた顔で言った。

「私の気持ちが分かるのか?」

ノーレッドはニヤニヤしながら答えた。

「今にも小便をチビらせちまいそうな顔してますから。それに、ビビってるのは誰でも同じですよ」

「君もか、ガニー」

「訓練学校じゃ、ウジ虫と言われてましたがこれでも人間なんでね。ビビったりしますよ」

ゲイツは真面目くさった顔でノーレッドをしばし見つめた後、笑みを浮かべた。

「何ですか?」

「安心したよ。君のような人間味あふれる者が部下で良かった。

それじゃあ、失礼するよ」

そう言うと、ゲイツは立ち去っていった。

ノーレッドは小さく呟いた。

「全く、訳の分からねぇやつだ」

モジュール内で大音響のブザーが鳴り響いた。上陸準備の時間だ。

彼は部下達の元に向かい、最後の激励を行った。

「さて、女の子ちゃんたち。もうすぐ上陸だ。マスかきしてる馬鹿野郎はすぐに止めろ。

戦闘にはならんだろうが、警戒は怠るな。

もし、くたばりやがったら貴様らのカミさん、もしくは恋人を俺が慰めるついでにファ○クしてやる。

それが嫌ならこのクソつまらない作戦で怪我ひとつするな。覚悟しろ!」

『Sir Yes Sir!』

ノーレッドはその返答に満足した。

「それでいい、オカマちゃんたち」

その頃には、LCACは速度を落としていた。

やがて、けたたましい音とともにLCACは大きく揺れ、サイパン島のチャラン・カノアに上陸した。

1944年6月15日に海兵隊が上陸した時、無数の鉛玉が浴びせられたが、今回の上陸は非常に静かだった。

船首タラップを駆け降りたノーレッドを待っていたのは、地獄のような戦場ではなく、白いビーチと、夏が近付きより強さを増した太陽の輝きだった。

サイパン島を奪還するのには、そう時間はかからなかった。




お疲れ様でした。
前回出せなかった扶桑を全面的に出したした。そして、キャラ崩壊しました。これは再度謝罪すべきですね。申し訳ありません。
案外あっさりと終わってしまいましたね、『レッド・スティングレー』。一応、予定通りなんですけどね…。
えーと、次で第1部は終結です。1年かかってようやくです。長かったですよ。
第2部も続ける予定ですが、その前にいくつか小ネタを書こうと思います。期待はしないでください。
最後に、このような作品を読んでいただきありがとうございました。
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