ここ最近色々とありまして、今回は少し短めです。
次はKさんを出す予定です。
それでは、始めます。
6月10日
深い青色の南太平洋を、10隻の船団が航行していた。
船団は輪形陣を構築しており、中央に3隻の輸送船と駆逐艦1隻、その周囲を護衛の艦艇6隻が取り囲んでいる。
さらに、その船団から数十海里先行して数機の対潜ヘリが海底の敵に耳をそばだてていた。
船団の目的は、『深海棲艦』により封鎖されたオーストラリアへの物資輸送。
言うまでもないが、周りは大量の敵であふれている。
そんな中を行く彼らの恐怖はいかほどのものか、推し量ることはできないが、この船団の護衛を任され、輪形陣の中央後方の位置にいる新型駆逐艦スターレット級駆逐艦2番艦フィラデルフィアの艦長マイキー・ヒッツ中佐は少なくともこの仕事が嬉しくなかった。
全くなんだってこんな貧乏くじを引いちまったんだ?
あの尻軽女と会ってから良いことなしだ。チクショウ、帰ったらあんな奴部屋から追い出してやる…。
しかし、いいこともある。
彼にとって幸運なこと、それは最新鋭の戦闘システムと優れたステルス性を持つこのフィラデルフィアに乗っているということだ。
スターレット級は、あのやたらと高額な建造費のために量産化が困難だったズムウォルト級の船体を小型化し、なおかつステルス性を下げることにより低コスト化を実現した後継艦だ。
さらに、ミニアーセナル(アーセナルシップ構想を小さくしたもの。正確には、アーセナルシップにおける最大の問題点だった他艦へのシステム依存を自艦に組み込むことで、必要最低限の戦闘は可能にし、自衛火器の強化等を行ったもの。アーセナルシップに比べ建造費は増加したものの、個艦戦闘能力の向上により生存性が増している)と呼ばれるシステムにすることで、乗員の人数を抑えることにも成功している。
そのため、この艦には僅か35人の乗員(航空要員を加えるならば50人)しか乗艦していない。
指揮官にとって部下の数が少ないことは、負担が少ないことに直結する。そして、あまり言いたくはないが、被害が出たとしても最小の損害で済む可能性が高い。
その辺りは、他の艦のあるいは輸送船の指揮官たちよりほんの少しストレスが少なく済むだろう。あくまで、フィラデルフィア1隻だけならば。
彼はこの船団の全てに責任を持っていた。当然、輸送作戦の失敗のあかつきには彼がこの最新鋭艦の艦長から降ろされ、後方の何も起こらない淋しい僻地に送られか、苦労の割に合わない成果しか出すことのできない機雷除去部隊の指揮官にされるだろう。
彼は気分が悪くなった。
上層部は俺を左遷するためにこの仕事に付けたに違いない。そうじゃないと空母1隻も付けないで敵の哨戒網を突破する輸送作戦を考える意味がない。
この作戦を考えた奴はきっと軍事のことなどまるで分かっていないど素人だ。
もっとも、最近この航路で『深海』側の襲撃がほとんどなく軍も安全と判断したという理由もあるだろう。
が、彼に言わせれば狡猾な『深海棲艦』は小さい獲物を襲わないことで人類側を油断させ、彼らのような大部隊を狙った罠でしかない。
まあ、唯一の救いは、あの輸送船の中に上陸部隊を満載しているわけではないことくらいだろう。
彼は、艦橋の艦長椅子に座り視界の悪い窓の外を見ながら、彼の予想が杞憂であることを祈った。
その祈りが、届くことはなかった。
アンチ・ホープは、その船団を数時間監視し続けていた。
12ノットで突き進む10隻の船団は、時々進路を変え潜水艦に襲われる可能性を避けようとしている。
少女は、その光景を滑稽に見ていた。
この辺りには彼女たちの部隊しかいない。奴らのやっていることは全くの無駄骨だ。
さて、どう調理してやろうか…。
アンチ・ホープは数秒考えた後、小さく頷くと行動を起こした。
艦娘はレーダーに映りにくい。多少なりとステルス性が考えられている彼女は尚更のことだ。
じっくり時間をかけて接近し、そして…。
首を狩る。
彼女はゆっくりと動き出した。
ヒッツは行程の3分の2を終えたことで、少しだけ安心していた。
敵の索敵機はおろか潜水艦のキャビテーションすら拾っておらず、どうやら上の予想した通り『深海』の連中はこの辺りの封鎖活動を行っていないようだった。
緊張感が緩くなり、楽観的な考えが広がっていることが時々聞こえる当直要員たちのジョークから分かった。
指揮官として、それを咎める必要があったが彼は特に何も言わなかった。
いつまでも緊張しっぱなしでは士気が下がるし、ミニアーセナルのために乗員が大幅に減っている中で1人ダウンすれば戦闘に影響が出かねない。
部下たちに対する責任が減ったのはいいが、部下たちの健康状態の責任が強くなったのはあまりよろしくない。
艦長の責任を緩くするのが目的の筈なのに、人員削減が新たな責任を生んだのでは元も子もない。
帰ったらこの件の報告書を書かねばとぼんやりと考えていると、副長のアリス・スレイター少佐が彼に話しかけてきた。
「艦長、よろしいですか?」
ヒッツはスレイターの顔を見て答えた。
「なんだ、ガバナー?」
「その呼び方はやめて下さいと何度言えば分かるんですか?」
スレイターは呆れた声で言った。このあだ名は彼と同じ名前の登場人物を演じたある俳優が州知事だったことから来ている。
ヒッツはニヤニヤしながら返した。
「何度言われても分からないな」
「それならあなたは指揮官に向いないと報告せざるを得ませんね」
真顔でスレイターは言った。
「好きにすればいいさ。それで、何の用だ?」
スレイターは思い出したように切り出した。
「もう30時間も仮眠なしでしょう?そろそろお休みになられたらどうでしょうか?」
「俺はまだまだやれるぞ。そういう君はどうなんだ?」
「私は3時間前にあなたに言われて仮眠を取りました。覚えておられないのですか?」
ヒッツは数秒間考えた後言った。
「そうだったな」
「やはりお休みにになってください」
「しかし…」
「言うまでもないですが、指揮官は必要な時にまともな指揮ができる状態でなければいけません。今のあなたは、まともな指揮ができるとは思えません」
ヒッツは自身の副長が発した言葉にカッとなり、怒りの声を浴びせようとしたが、彼がスレイターを選んだ理由を思い出し、考え直した。常に最善の意見を口にしてくれる部下はそういない。
スレイターの言う通りだ。
ヒッツは仕方なく言った。
「分かった。ただし、何かあればすぐに知らせてくれ」
「もちろんです、艦長」
「それでは、後を頼む」
スレイターは敬礼をして答えた。
「頂きました」
ヒッツは椅子から立つと、自室に戻って行った。
彼が仮眠を始めてから僅か10分後、彼は喧しい電子音に叩き起こされた。
彼は苛立ちながらも、マズイことが起こったことを確信しながらインターコムに声を吹き込んだ。
「何があった?」
『敵襲です!我が部隊の西方30キロメートルの位置、ミサイルと思われるレーダー反応を捕捉し、迎撃命令を発した所です。すぐにこちらにお戻りください!』
インターコムの向こう側にいるスレイターが早口にまくし立てた。
ヒッツは瞬間的に状況を把握し、すぐ行くとだけインターコムに伝えて自室から走り出た。
彼がSMC(Ship's Mission Center)に着いたのは僅か30秒後だった。
彼は冷房の効いた室内に入るなりすぐに尋ねた。
「状況は?」
「ディスプレーに映っている通りです」
スレイターは簡潔に述べた。
ディスプレーにはハープーンと表示されたブリップ4基とSM-6スタンダードERAMと表示されたブリップが8基、彼らの船団を表す光点の塊、敵の予想位置を示す光点が映し出されていた。
それら、特にハープーンとERAMはリアルタイムでジリジリとディスプレー上を進んでいく。
画面上ではゆっくりと進むハープーンであるが、実際にはマッハ0.8という亜音速で彼らを殺すためにすっ飛んできていることを、ヒッツはもちろん知っていた。
一方の彼らが放ったERAMはマッハ4でハープーンに迎い、自らと敵弾を破壊するために突き進む。
ヒッツは疑問に思った。なぜハープーンがこちらに襲いかかってくる?この辺りに味方はいないはずだ。
つまり…。
報告にあったアンノウンか…。
彼がその結論に至るまでの間にも、ブリップは進み続ける。
SMCの全員が息を詰めてその光景を見ていた。
突然、強烈な衝撃と共にディスプレーにERAMがさらに2基発射された。フィラデルフィアのシステムが1基仕留め損なうと判断したのだ。
ハープーンのブリップとERAMのブリップがゆっくりと近付きそして、くっついた。
ブリップは一瞬だけ光るとそのまま消滅した。
「ターゲット3基を撃墜。1基抜けます、第2波インターセプトまで40秒。…更に4基のハープーンを捕捉!ERAM発射、インターセプトまで1分10秒」
フィラデルフィアの戦闘システムが自動的に迎撃を行う。
人間はそれをただ黙って見るか、淡々と報告するしかすることがなかった。
ヒッツはシステムの進歩に驚嘆したが、同時に恐怖も覚えた。そう遠くない未来では、人が死なない戦争が当たり前になるかもしれない。
それは、彼らの仕事がなくなると同時に、開戦するに至る沸点の低下を招き戦争の起こりやすい世界にしてしまうことになる。
それは、世界にとって不幸なことであるのは言うまでもないだろう。戦争は、起こるたびに憎悪を生み、その憎悪を取り除くために戦争を起こすという悪循環を作りやすい。
戦争が起こりやすいということは、新たな憎悪作りやすく、人々が分かり合う世界を一層遠ざけてしまうことに繋がるのだ。
そして、タチの悪いことに機械とは時に失敗する。
「第2波回避されました!敵弾予測目標、輸送船レイジー・ジェニー!」
ヒッツは命令を発した。
「ジェニーに退艦命令を発令、各対空火器は全力迎撃!」
彼の命令が届く前にフィラデルフィアのCIWS(ズムウォルト級よりステルス性が低くても構わないので搭載された)が銃撃を開始した。
さらに周囲を囲む艦艇たちも単装速射砲やCIWSで対空迎撃をかける。
「着弾まで10秒」
距離はすでに10キロを切っている。
やかましい銃声がSMC内にも響き渡り、外の緊迫した状態が嫌でも感じられる。
毎分4500発の20ミリ弾が7隻の護衛艦艇から火線を引きつつ放たれるが、ディスプレー上をジリジリと進むハープーンは一向に落ちない。
SMC内に焦燥感が湧き出した。たった1発のミサイルが何人もの人間の命を奪うことを、彼らは止められそうになかったからだ。
着弾までの秒読みがヒッツの耳に入ってきたが、彼はそれがまるで他人事のように歪んで聞こえた。
ハープーンを示すブリップが信じられないほどゆっくりと動き、ジェニーと重なった。
重なった後、数刹那は何も起こらなかった。SMC内に敵弾が不発だったのではないかと言う儚い希望が生まれた。
それは次の瞬間に起こった爆発音と、衝撃波で踏み躙られた。
「ジェニー大破!」
言わなくても分かる報告を聞いて、彼は怒りを感じた。もちろん、報告をした部下ではなくこの忌々しい攻撃を行った『深海棲艦』に対してである。
艦橋からの連絡も入る。
『艦橋よりSMC、ジェニーが被弾!傾斜角はもう30°を超えています』
「すぐに救助隊を送れ」
『もう編成を始めています』
「分かった、出来るだけ急げ」
ヒッツは艦橋との連絡を終え、各艦に救助の指示を出す。
その一方で、彼はディスプレーを見つめていた。
他のハープーンは、ERAMに叩き落とされていた。次弾が飛来する様子もどうやらなさそうだ。
が、まだ警戒を続ける必要がある。
彼が指示を出そうとしたその時。
ソナー要員が悲鳴に似た報告をした。
「ソナーに感あり!数は…10以上、方位は360°全方位、囲まれています!」
「距離は!」
「ごく近く、10キロ圏内です!」
ヒッツは舌打ちした。これでは、『ライジング・ストーム』の二の舞だ。
潜航中では攻撃も行えない。今、この状況で攻撃を行えば、ジェニーの乗員たちは爆圧でグチャグチャのミンチになるだろう。
彼は浮上と同時にジェニーの乗員に注意して攻撃するように指示した。と、同時に輪形陣をできるだけ維持したまま回避行動を取るように指示をだした。
これ以上の指示ができないことに、彼は腹を立てた。
彼はスレイターにSMCを任せ、自身は艦橋へ向かった。
『深海棲艦』が浮上し終えると、彼らの船団は地獄と化した。
すぐそこに現れた敵に向けて主砲が放たれる。
当然だが、現在の艦艇はこのような近距離戦闘を考えられていない。目視圏外でのミサイル合戦を繰り広げることを想定しているため、その艦体は薄い装甲で覆われている。
第二次大戦時の艦艇を模した『深海棲艦』はその一方で遠距離戦では弱いが、このような近距離ではその分厚い装甲、強力な主砲と魚雷がその真価を発揮する。
彼が指揮する船団は、360°全ての方角に現れた『深海棲艦』に襲われ、1隻また1隻と鉄の吐息を吐きながら海中に没していく。
ヒッツは艦橋の風防越しにその光景を見ていた。
何もかもがどうしようもなかった。
彼は乗艦を何としても守ろうと指揮を取り続けたが、その頭の中ではいくつもの疑問が渦巻いていた。
いつから追尾されていたのか。
あれだけ警戒していたにもかかわらず、何故奇襲などされたのか。
俺は一体どこで間違えたのか。
答えの出ない疑問が頭を巡り続ける。
疑問の堂々巡りが続くなか、突然攻撃が止んだ。
彼の船団は、もうフィラデルフィアだけになっていた。
異様な沈黙が、先ほど地獄のごとき状態だった戦場を覆う。
最初は、小さなノイズが聞こえただけだった。
それが徐々に大きくなり、やがてフィラデルフィアの艦内のスピーカーから声が響いた。通信室で受信した音声を艦内に流しているのだろう。
『こんにちは、人間の皆さん。私は、アンチ・ホープです』
ふざけたような口調だが、ヒッツは何故かその声に背筋が震えた。
声が続ける。
『これは、『深海棲艦』からの正式な宣言です。よく聞いてください。
『ここに『深海棲艦』は、『人類』に、そしてそれを擁護する全ての者に正式に戦線布告するものである。
交渉にも対話にも我々は一切応じない。我々は、『人類』を抹殺し終えるまで決して戦闘を放棄しない。
我々が滅ぶか、『人類』が滅ぶか。
雌雄を決する時が来た』
以上です』
ヒッツは唖然とした。コイツは一体何を…。
スピーカーから再び声が発された。
『生存艦へ告ぎます。貴艦が生かされたのは、この事実を世界に知らせるためです。今回だけは、生きて港に帰ることを許します。
ですが、次にこの海原に出てきた時は…決して容赦しません』
声はそこで途切れた。
SMCからの連絡で、それまで周りに展開していた『深海棲艦』が1隻残らず姿を消したことが分かった。
ヤツらは宣言通り、フィラデルフィアへの刑の執行を猶予したのだ。
ヒッツは唇を強く噛んだ。血が流れ出るが、構わなかった。
『艦長、どうなさいますか?』
スレイターがSMCから指示を求めた。
彼は歯の間から絞り出すように言った。
「艦隊司令部に連絡。内容は『我、敵ノ攻撃ヲ受ケ本艦ヲ残シ壊滅』だ。上の判断を仰ぐ。
もっとも、答えは分かっているがな。
…生存者はいるか?」
スレイターも、他の乗員たちも何も答えない。それが何を示すかは、ヒッツもよく分かっていた。彼らに、今救える命は存在しない。
ヒッツは言った。
「180°転針。…撤退する」
彼は自身への嫌悪と、屈辱を噛み締めながら針路を変えるフィラデルフィアの風防からゆっくり転回する海を眺めた。
その日の同時刻。
各国の政府関連省庁、行政府、各議会のホームページに大規模なサイバー攻撃がかけられた。
それらのホームページは、『Hello Humans,Good-by』と言う文言が書き込まれただけだったが、それが意味するところは誰も分からなかった。
日米両政府は、このサイバー攻撃を中国軍の61398部隊の仕業ではないかと考えていたが、中国政府のホームページも同様に書き換えられていたためにその可能性は否定された。
次に容疑者として考えられたのは国際的ハッカー集団『アノニマス』だったが、彼らがこのような行為をする動機が全くなかったため、これもまた除外された。
結局、この言葉の意味は分からず、騒ぎ立てていたマスコミも新しい事件にその報道を移した。
一部の陰謀論者は、この言葉を『新世界秩序』が行動を起こす暗号ではないかと話題になったが、それもやがて消えていった。
この文言の真の意味が分かったのはそれから2週間後のフィラデルフィアの帰還後であった。
そこで人々は初めて気付いたのだ。
あの言葉が、自分たちに向けられた明らかな敵意であり、宣戦布告であったことに。
真の意図が分かった時には、もう遅かった。
『深海棲艦』による徹底時な人類抹殺作戦は、すでに始まっていたのだ。
ついに動き出したアンチ・ホープさん。
ようやく正式な宣戦布告が突き付けらた、人類。
分かる人には分かると思いますが、某戦闘妖精のオマージュになっちゃいました。それも、かなりの劣化して。
戦闘妖精が好きな方、申し訳ありません。私はこのやり方しか思いつかなかったのです。
次はKさんが出ます。某兄弟の片割れが活躍するかも知れませんよ。
最後に、このような作品を読んでいただきありがとうございました。