今回は艦娘出ません。一体何の小説だ?これ。
過去最高の文字数ですのでゆっくり好きなタイミングで呼んでくださいね。
それでは、始めます。
1982年 6月19日
グレラ・マーティは、部下たちを連れ、カンボジアのジャングルの中に分け入っていた。
彼女達をここまで運んできたV-100コマンドウは部下の1人に別の場所に移動させており、彼女たちが帰る方法はベトナム軍のヘリに来てもらうか、歩いてジャングルを抜け、道に出るかの2択になっていた。
「ちょうど救助対象と同じ状態ね」
グレラは誰に言うでもなく小さく呟いた。
部下たちは数メートルの間隔を開けてゆっくりと移動しているため、足音はほとんど聞こえない。
が、部下たちが背後から彼女のことを見ていることに気付いていた。
今や指揮官の位置にいる彼女ではあるが、彼女がその地位にいることが好ましくないと感じている者は多い。
今この場にいる部下たちは彼女に好意的ではあるが、1つのミスでそれが真逆の感情に変わることを彼女はよく知っていた。
彼女は握り拳を挙げた。停止を示す合図だ。
彼女は部下たちの動きを確認することもなく、ゼン・アンクル・グランサーを呼び出す。
アンクルは直ぐに彼女の元に来た。
グレラはアンクルに指示を出す。
「地図を」
彼は何も言わずに持っていた地図を差し出した。
グレラは地図と現地の地形を見比べ、やがて呟いた。
「予想ではこのあたりだけど…」
「いる気配はありませんね」
アンクルが彼女の言葉の先を口に出した。
グレラは頷きつつ、答えた。
「彼らの動きが予想より速いか、あるいは遅いか。いえ、遅いはないわね。彼らは優秀だから」
「しかし、優秀とはいえ彼らが危険であることには変わりません。出来るだけ早く見つけなければ」
「分かってるわアンクル。動くわよ」
最後の言葉は部下たちへの指示でもあった。
彼らは再び前進を開始した。
その後方約3キロの地点に穴熊たちは静かに、しかし非常に速やかにジャングルを抜けて来ていた。
クラックスたちの姿を見ることはなかったが、移動した跡をいくつも見かけていた。
奴らの方が先行している事実は彼らを僅かに焦らせていた。
が、奴らがいると言うことは、標的がその先にいることでもある。
遅れは簡単に取り戻せる。問題は、クラックスの奴らとほぼ確実に交戦状態になると言うことだ。
人数はこちらと同数だが、奴らの装備の方が優秀だ。が、しかしこちらには相手に対して姿を晒していないというアドバンテージがある。
また、こちらにはこのジャングルを知り尽くしていると言う最大の有利性を持っている。数名は殺られるかもしれないが、最終的には我々が勝つはずだ。
が、甘い考えを持つのは良くない。かつて、その甘さが原因で大敗北を期した戦闘は枚挙に暇がない。
もちろん、ヴィスク・ガルマハラップはそんな敗北を味わう気は全くなかった。
彼らは与えられた任務を確実に遂行してきた。『穴熊』の名はそうやって得た一種の称号に他ならない。
今回も、その名に見合う成果を挙げるつもりでここまで来たのだ。
が、一抹の不安がある。
クラックスに対しての不安ではない。むしろ、今回のターゲットに関してだ。
情報にある日本人の男。
いくらお粗末な仕事とは言え、ほぼ完璧なタイミングの襲撃だったはずだ。それに生き延びることが出来たと言うだけで、その男は評価に値するだろう。
そして今、我らの追撃を未だに回避し続けている。
ただの男ではない。
ガルマハラップはふと、疑問に感じた。
何故これほど不安を感じるのか?
普段通りの仕事をすれば、なんの問題もないはずだ。
それなのに…。
水溜りに足を突っ込んでようやく、彼の思考は中断された。ジャングルに水音が響き、ガルマハラップの心臓が大きく跳ね上がる。
部下たちが珍しくしくじったボスを見て、困惑の表情を浮かべると同時に、周囲への警戒を強める。
1分ほどそうした後、ガルマハラップは安全と判断し再び前進を開始した。
すでに不安は捨てている。
目下のところ、彼が考えなければならないのは、ターゲットをどうやって抹殺するか以外になかった。
上野は自分がまだ歩き続けていられることを不思議に思った。体力の限界を超えてなお歩き続けているのは、ひとえに生存本能のなせるわざ、つまりは追ってくる敵に対する恐怖と、こんなところで死にたくないという恐怖によるところが大きいだろう。
こういう時に恐怖は味方であるように感じるが、それが幻想に過ぎないことを、彼は知っていた。
現に、彼らの精神はすっかり擦り切れてしまい、くだらないミスを繰り返している。
蔦に足を取られる、水溜りに盛大に突っ込む、木の根に躓く、木の枝に頭をぶつけるなどがその好例と言える。どれも気を付ければ簡単に回避できるミスだ。
そろそろ、終わりか。
上野はそう感じた。
限界を優に超え、精神的にもギリギリな状態が長時間続いているのだ。
そういう考えに至るのも無理はない。
しかし。
諦めるわけにはいかないのだ。
死にかけたことなど、何度も経験している。南アフリカでは、白人と黒人との民族闘争に巻き込まれ、東南アジアではイスラム過激派に車列を襲撃された。
ただの日本人なら簡単に死んでいるような修羅場を、彼はいくつも潜り抜けて来た。
今回も潜り抜けてやる。
彼らは偽装しつつ迂回を続けながらプルサットへ向かっていた。
地図でいうと、エリアウィスキー・ポイント14の北側だ。
勿論、救援に分かるような目印を残しているが、それでも来るかどうかは五分五分どころから5分の1くらいの確率だろう。
いや、追っ手が見つけるということを考慮すれば、それは更に下がるかもしれない。
どちらにせよ、彼らはすでに困難なことから目を背けることに躊躇しなくなっていた。
いちいち気にして、対処法を考えていては歩みはすぐに止まってしまうだろ。
逃げ切る可能性を僅かでも上げるために常に動き続けなければならない。
ミンが突然足を止め、こちらに伏せるようにジェスチャーで指示した。
上野は疲労しているにもかかわらず、自分でも信じられないほどのスピードで、なおかつほとんど音を立てずにジャングルの湿っ気た地面に伏せた。
目の前に似たような体勢で伏せているミンは、息を潜めて聞き耳を立てているようだ。
2人は、数時間前までいた洞窟内でいくつかのジェスチャーを決めていた。
1つの音が命取りになるこの逃避行において、こういった声を出さない意志表示は極めて重要になる。
そして、先程のジェスチャーが指す意味は、『敵』だ。
その場に伏せて1分後、微かに湿気た枯れ葉を踏む音と、少々荒い息遣いが聞こえてきた。
上野は僅かに視線を上げる。
そこには5人ほどの男がいた。男たちは農民風の格好をしているが、肩にかかる63式自動歩槍が、ただの農民ではないことを表している。
この辺りでうろついている武装した勢力といえばポル・ポト派のゲリラしかない。
恐らくは、こちらの生存に気付き追っ手を差し向けたのだろう。今、こちらに近付いて来ているのはその命令を受けて探索をしている追っ手の一部、だと思われる。
近付いていると言ったが、ただ近付いて来るのではなく、真っ直ぐこちらに向かって歩いて来ている状態だ。
マズイことこの上ない。
上野は体を出来るだけ地面に密着させ、祈るように頭を下げた。
別に信仰している神がいるわけではない。彼はどちらかと言うと無神論者だし、日本人の多くが特定の宗教を信仰しているわけではないだろう。
しかし、日本人の多くは、新年には初詣をしに神社に行くし、人が亡くなれば葬式を開く。バレンタイにチョコを贈ったり、節分で豆をぶん投げたり、お盆に墓参りに行ったり、クリスマスを祝ったりなどなど、最初とは変わった行事もあるが、年間を通して宗教的な行事が行われている。
そういう面を見れば、日本人は無神論的であると言うより宗教に関して非常に寛容であると言えるかもしれない。
が、その時々により祈る対象を変える変わり身の早さは褒められるものではない。
もし、神という存在がいるとしたら、そんな相手よりもっと熱心な信者を優先するだろう。
神は平等ではないのだ。
現に、追っ手は立ち止まりも、向きを変えることもなくこちらに向かっている。
上野の頭に死という文字が思い浮かんだ。
それと同時に、ミンが突然立ち上がり、ゲリラに向かって発砲を始めた。
ジャングルに響いた銃声は、グレラたちの耳にも入った。それはつまり、救助対象がすぐ近くににおり、なおかつ襲撃を受けていることを意味した。
銃声からどちらの発砲かまでは分からないが、どちらにせよ戦闘が起こっていることに変わりはない。
出来るなら今すぐに駆けつけて加勢したいところだが、ここはグッと堪え、発砲音の右側面に回り込むように移動する。
こういう時にこそ焦らず、静かに移動し、戦況を俯瞰して見なければならない。
数分後に側面についた彼女たちは、そこでようやく戦闘の状況がある程度分かってきた。
彼女たちから見て左側、つまり彼女たちがやって来た側に2人の人影が見えた。人影は、近くにある倒木を遮蔽物にして相手の攻撃から身を守っているようだが、弾薬が足りないから、はたまた遮蔽物があまり役に立っていないせいか分からないが、反撃はごく短時間、それも滅茶苦茶な狙いで撃っているようだ。
一方の反対側、つまりグレラたちから見て右側にいる連中は、付近の木に隠れつつ同じく滅茶苦茶に乱射しているようだ。
統率も取れている気配はなく、ただ敵らしき相手がいる方向に63式自動歩槍らしき銃を発砲している。
戦闘、と言っていいか分からない銃の撃ち合いが彼女たちの目の前にあった。
この場合、先に理性的になった方に軍配が上がることは言うまでもない。
が、しばらくの間はどちらも冷静さを取り戻す事はなさそうだ。
丁度いい。
グレラは部下たちに指示を出す。3人の部下を63式を持っている連中の後方に送り、待機させる。
奴らは前方に集中し過ぎているようで、後方を見ようともしない。
グレラは半ば呆れつつ、部下たちに指示を出す。
彼女の作戦は単純だ。
後方から奴らに対し発砲し、混乱状態を生み出す。そして、その隙にグレラたちが横から攻撃する。ただそれだけだ。
普通なら上手くいくとは思えない作戦だが、相手が相手なだけに、上手くいくはずだ。ああいう奴らにはあまり手の込んだことをしないに限る。
「撃て」
彼女の一言で、攻撃が始まる。
先に指示していた通り、後方にいた3人が発砲を始める。
突然、真後ろから撃たれたゲリラたちは驚いて銃口を後ろに向ける。
横を気にする様子は微塵もない。
あとは簡単だ。
残った4人で、パニックになっているゲリラを仕留めればいいだけだ。
何回かの銃声が響いた後、戦闘は終結した。ゲリラたちは1人残らずジャングルの木々の中で倒れている。
グレラは立ち上がって部下たちに指示を出す。
「みんなご苦労様、周辺警戒を続けて。アンクル、私と来て」
ゼンは無言で彼女の後ろを付いてくる。
2人が向かった先には2人の人物が、つまり救助対象の日本人とベトナム兵がいた。
2人は若干現状を飲み込めていない、要するに呆けたような顔をしている。
取り敢えず、本人かどうか確認しなければならないので、グレラは尋ねる。
「アツミ・ウエノとミン兵一?」
2人はやはり理解しきれていない顔をしたが、おそらく日本人(グレラからすればアジア系の顔はどの国も同じに見える)の方が一足早く理解したようで、彼女の質問に答えた。
「あ、あぁそうだ。えーと、あんたらは?」
「私はグレラ・マーティス。クラックスのベトナム派遣隊の指揮官。こちらの彼はゼン・グランサー。ウチの隊の副隊長。
私たちは、ベトナム軍の依頼であなたたちを助けに来た騎兵隊ってとこかしら?」
「騎兵隊?あぁ、救助ってことか。良かった!助かったよ」
日本人の男が、心底ホッとしたように言った。
グレラは申し訳ない気持ちになりながらも、ウエノと思しき男に言った。
「申し訳ないけど、まだ助かったわけじゃないわ」
ウエノは困惑の表情を浮かべる。一方の現状を理解したミンは何かを悟ったようにため息をついている。
グレラは話しを続ける
「この辺りがゲリラ地帯であるのは理解してくれてるわよね?」
ウエノは頷く。そして、何かに気づいたかのように顔をしかめた。
「危険地帯にヘリは送れないってことか?」
「理解が早くて助かるわ」
ウエノは舌打ちをしたが、やがて諦めたように肩をすくめながら言った。
「助けてもらうんだ。多少の苦労は受け入れるさ」
グレラは僅かな罪悪感から彼に言った。
「私たちが護衛する。これまでの移動よりはマシな逃避行になるわ」
彼女は、それを言った瞬間にそんな言葉が気休めに過ぎないことに気付いた。
ウエノはこちらに目を向けた後、疲れた笑みを浮かべつつ言った。
「そいつはありがたいね」
上野は疲れた体を引きずるようにジャングルを歩いていた。助けが来た時は、それこそ信じてもいない(そもそも存在自体を信じていない)神に感謝したが、そこで突きつけられた現実は警戒心をほんの少しだけ解くことができる程度のものだった。
もちろん、救助はとても助かる。クラックスに関しての噂はよく聞いていたし、グレラ・マーティの能力の高さ、そして彼女が率いるチームの力はクラックスの戦歴から簡単に推し測れた。
複数のゲリラ地帯を制圧し、多くの物資輸送を成功させているクラックスの存在は、上野たちや現地住民、治安維持をしているベトナム軍にとっても信頼がおけ、なおかつ強力な戦力だ。
しかし、ただでさえ苦難に溢れた逃避行がさらに続くという現実は、彼にとっては受け入れたくないものだった。
もっとも、その辺りは完全に諦めがついてはいたのだが。
彼は、疲労感に溢れ表情であたりを見回す。警戒の意味もあるが、新しい同行者たちへの興味の意味合いの方が強い。
クラックスのチームは、指揮官であるグレラ・マーティ、その副官にして部隊の最年長ゼン・アンクル・グランサー、中国系オーストラリア人のオラニエ・アイ、ガタイのいい分隊支援火器担当のジョーズ・ボンバ・ヘリング、細身で手にしている自動小銃の似合わないジョワン・ロースマン、いつでも陽気そうな顔をしているビーカー・オルーク、油断なく周りに目を光らせる最年少のデンス・ラルフレッドの7人で構成されていた。
現在はアイとラルフレッドが先行し、前方の安全確保と道を作る役割を果たし、上野とミンは他の5人に護衛されながら前に進んでいっている。
すっかり大所帯となった彼らは、地図を頼りに比較的安全な地点であるはずのベトナム軍勢力圏を目指していた。
その為にも、マーティたちが乗って来て現在は別地点で待機している装甲車と合流しなければならず、ひとまずは近くの道路に向かっている。
彼女は、すでに無線で装甲車の方に連絡を入れているらしく、特に迷う様子もなくジャングルを突き進んでいる。
クラックスとの合流前の戦闘以降は、特に追手の気配を感じることはなく、比較的穏やかな逃避行が続いている。
隣を歩くミンも、少し緊張を解いた様で、時折鼻歌を歌いながら力強く前に進んでいる。
上野はふと、その鼻歌のフレーズを何処かで聞いたことがあるような気がした。
ちょうど良かったので彼はミンに話しかける。
「ミン」
「なんです?」
ミンは鼻歌を止められたことに少し不機嫌そうだったが、答えてくれた。
「その歌は誰に教えてもらったんだ?」
「祖父です。昔の戦争の時に教えてもらったとか言ってました」
「昔の戦争?」
「ベトナム戦争ですよ。祖父はベトコンだったんですが、戦争中期にアメリカ軍に拘束されて捕虜になったんです」
「無事だったのか?」
ベトナム戦争時の(おそらく現在もまるで変わっていないだろうが)米軍の捕虜の扱いはとても褒められるものではない。むしろ糾弾されて然るべき行いをしていることで知られている。
ミンは答える。
「幸運にも、祖父が拘束されていた施設ではそう言うことは行われていなかったようだ。
むしろ、英語を覚えさせたり、歌を教えてさえしたらしい。
もちろん、本当のことかは分からない。祖父が、自らの身を守るために生み出した妄想かも知れない。
でも、祖父が英語を教えるくらい上達したのは確かだし、僕に教えてくれたこの歌があの国の歌であることも確かだ」
それだけ言うと、彼は小声で歌い始めた。昨日までは良かったと歌うその曲は、今でも色褪せない魅力を持っている。
「『Yesterday』…か」
上野は呟く。日本でも知られている不屈の名曲を、このカンボジアの地で、しかもベトナム人の口から聞くことになるとは思わなかった。
「本当に、人生何が起こるかわからないな」
ミンは、上野のこの一言を聞くと歌うのをやめ、答えた。
「えぇ、そうですね」
この穏やかな空気は、そう長く続かなかった。
ふと、妙なざわつきを感じた。
マーティから数分後に合流地点に到達すると言われたその矢先のこの感覚。
嫌な予感がした。
ここまでは上手くいっていたが、むしろ上手くいき過ぎている。
追跡して来ているはずの敵の気配を未だに感じられないが、それでも彼には確信があった。
気配はなくとも、いることは分かる。
上野は、警戒し始める。
ミンが、上野のこの変化に気付いたようで困惑の表情を浮かべて聞いてきた。
「どうしました?上野さん」
「ん、辺りに目を配ってるだけだが?」
「それは分かってます。何故、そうしているかですよ」
「そろそろ、奴らが襲ってきそうだからだ」
「奴ら?」
「追跡者」
ミンは緊張した表情を浮かべ、周囲に目を向ける。しかし、それもすぐにやめやはり困惑した顔をしつつ上野に聞く。
「私には何も感じないのですが…」
「勘だよ」
「勘、ですか」
「そう、勘だ。よく当たるんだよ、俺の勘は。特に悪いことはな」
「お二人さん。一体何の話をしているの?」
2人の話し声が聞こえたのか、マーティが彼らの元に近付いてくる。
「グッドタイミングだ。マーティさん、周囲への警戒を強めてくれないか」
上野のこの言葉に、マーティは少し考えこんだような表現をした後に、彼に聞いてきた。
「ミスターウエノ、その理由を聞かせてくれる?」
「ただの勘だ」
勿論、彼はそんな理由で彼女たちが動いてくれるとは期待していなかった。だが、それでも少しでも警戒心を強めてくれればいいと期待していた。
そのため、彼女の次の言葉は意外であり予想外のでもあった。
「いい勘を持ってるわね、あなたは」
「と、言うと?」
「この辺りの地形、どうだと思う?」
上野は改めて辺りを見回す。
あたりはまだ木々に覆われているが、前方に視界を向けると、もうしばらく行った先に開けた場所が見える。ここからではあまりわからないが、そこが友軍との合流地点であり、ゲリラ地帯を突き抜けるように拓かれた、未舗装ではあるが広い道である事はマーティ本人から聞かされていた。
後の方位は特に目を惹く地形は見当たらないが、その代わりに鬱蒼とした木々が異常に視界が悪くし、前方の道側から差し込む太陽光のせいで、周囲は余計に薄暗く感じる。
また、それまでは気にもしていなかったが、大人数になったことが災いし、自分たちの活動音のせいで、周囲の微かな物音も聴こえにくくなっていた。
上野は自身のざわつきの原因がなにかを理解した。
自分でも気付かないうちに、彼の防衛本能が警戒せよと働きかけていたのだ。
彼は考えをまとめてからマーティに対する答えを出した。
「小さな危険がいくつもある。茂りに茂って視界を塞ぐ木々、道からの光で通常よりも薄暗い空間、俺たち自身が出す活動音。
全てが集まると、それらはより大きな脅威となる」
マーティは笑みを浮かべながら言った。
「半分正解。でも、まだ足りないわね」
「足りない?」
「例えば、道の向こう側はどうなっていると思う?」
「こっち側と同じ感じだろう」
「そう、正解。じゃあ、ジャングルの中は道から見たらどう見えると思う?」
彼は彼女が何を言いたいか分かった。マーティは上野の表情から察したらしく、先程の問いの答えを出した。
「お察しの通り、明るい場所から暗い場所は見にくい。逆に、暗い場所から明るい場所は…」
「見えやすい、と言うことですか?」
ミンが続ける。マーティは頷きながら答えた。
「特に、遮蔽物のない明るい場所はね」
上野は戯けたように言う。
「まさに俺たちが行く場所だな」
「そうね。まぁ、だからこそ、それなりの対応策は用意しておくものよ」
「と、言うと?」
「『雉も鳴かずば撃たれまい』ってね」
「は?」
「要は危ない場所に出る必要はないってこと」
上野はしばし口を開け、やがて見当違いのことを言う。
「間違えてるぞ。その例えは」
「えっ」
「『雉も鳴かずば撃たれまい』は、余計なことを言ったばっかりに自分に災いが来るって意味だ」
マーティは僅かに顔を赤らめたが、自身の間違えを素直に認めるだけの分別はあったようだ。
「これは失礼。とにかく、私たちは暫くこの辺りに隠れてウチの車が来るのを待ちましょう」
彼女は上野から視線を外し、部下たちへの指示を出し始める。上野はそれを見つめていたが、やがてそれを止めて背後を見た。
そして、それを見た。
木の陰から陰へ移動する人影を。
上野は迷わず叫びつつ近くの出来るだけ太めの木の陰に隠れる。
「敵だ!」
Enemyの叫びは、味方にも、そして敵にも聞こえた。
その叫びに対する反応は、クラックスのステアーAUGと、敵側が使用していると思われる銃器の発砲音だった。
ガルマハラップは自身の運の無さに舌打ちした。
せっかくここまで気付かれずにたどり着いたと言うのに…。突然振り向いたターゲットにこちらの動きを見られ、こちらの後方からの攻撃で敵を道に追い立て、出てきたところを狙撃すると言う計画がぶち壊されたのだ。
今やすっかり銃撃戦。奇襲もクソもあったもんじゃない。
…まあ、いい。第2プランに変えればいいだけだ。
彼は倒木にもたれならが無線で道の向こう側で待機していた部下たちに指示を出す。
「第1プランを中止。部隊を2隊に分け、後方から襲撃。奴らを追い立てろ」
『了解』
部下からの返答は非常に簡潔だったが、ガルマハラップはそれに特に感じることはなかった。
彼らはプロだ。こちらの望む動きをしてくれる。
それが済むと彼は状況把握を始める。
敵はクラックスの連中とターゲット2人。クラックスは分隊支援火器持ちが1人おり、他は自動小銃で武装している。ターゲットたちもどうやら武装しているようで、自動小銃と拳銃をこちらに向けてぶっ放している。
どちらがベトナム人でどちらが日本人かはここからでは分からないが、2人ともこの事態に動じず、冷静に反撃してくることに驚いた。特に、日本人の方には。
最近の日本人は平和ボケしている連中が多いと聞いていたが、今回のターゲットはそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたらしい。
予想外と言えば予想外だが、それでも最悪の事態ではない。
彼は次に、味方の状況に眼を向ける。
ガルマハラップのいる側には彼を含めて合計5人が展開しており、それぞれがそれぞれを支援できる位置に隠れつつ、敵への攻撃を行っている。
武装はゲリラらしく63式自動歩槍と手榴弾等の小火器、あとはコンバットナイフ等の近接装備だ。
火力不足を感じるものの、彼らはそれを腕でカバーしている。現在は5対9と人数的には劣っているものの、拮抗した状態を維持できている。
ガルマハラップは倒木の陰から自身の63式歩槍を撃ち始めた。
このまま奴らをこの場に釘付けにしてやれば、勝てる。
グレラはすでに敵の腕と、その目的を把握していた。
奴らはこれまでのゲリラとは比べ物にならないほどの能力を持ち合わせているいる本物の手練れだ。おそらくベトナム軍の間で噂になっている『穴熊』だろう。
そして、今奴らがこうして銃撃戦を演じているのは、何処かにいる奴らの味方がこちらへ襲撃をかけ易くする為だと。
それくらいのことは、それなりこの仕事をしていれば分かる。が、それに対応する戦力は、今こちらには無かった。
彼女は舌打ちする。
迂闊だった。地図を見た時、ここを合流場所に選んだのは完全に間違いだった。
この合流地点が救助後、こちらのV-100との合流地点を選ぶ決めてとなったのはジャングルの中でも比較的分かりやすい地形であったことだ。
すぐ近くにかつてのクメール王朝の遺跡が見えるのだ。
これ以上ないほど合流場所として適していた。救助対象の予想位置に近いことも、そこを合流場所にとする決め手にもなった。
しかし、それは敵も同じだった様だ。
おそらく、こちらの足跡を見つけて追いかけて来たのだろう。そして、こちらが向かう先に先回りして部隊を配置していた。
人数はそう多くないとは思われるが、今の人数でも若干苦戦している中、何処からか攻撃されようものなら、今の陣形も崩されかねない。
さて、どうしたものか…。
彼女が隠れている場所に、誰かが駆けて来た。一瞬警戒しそちらにステアーの銃口を向けたが、直ぐに下ろした。
そこにいたのは、勘が良く、何やかんやで武器の扱いに長けた日本人らしくない日本人のウエノだった。
マーティが苛立った顔をしたのに上野は気付いたが、彼はそんなことも無視して彼女に話しかけた。
「さっさと場所を移したほうがいい」
ただでさえ銃声でうるさいのに、マーティの近くにMAG58の7.62ミリの鉛玉をぶっ放すジョーズ・ヘリングがいるせいでかなり声を張らないと相手に聞こえない。
「一応、理由を聞かせてもらえる?」
マーティはこちらと同じくらいの声で答えた。
彼はすぐに答えた。
「奴らはこっちを釘付けにして後ろから俺たちを挟み撃ちにするつもりだ。今のこっちの戦力じゃ、サンドイッチにされたら対処しきれないんじゃないか?」
「正確な戦況分析ね。でも、あなたは分かってないことがあるわ」
「何だ?」
「出来たらもうやってるってことよ」
マーティは上野に向けて吐き捨てるように言った。
彼はため息をつく。まあ、予想通りだ。流石に、彼女はその程度の事も分からない無能などでは決してない。それくらいは分かっていた。
だが、それでもやって貰わなければならない。ここで死ぬ訳にはいかない。
「いや、出来るな」
「何?」
彼の答えに、マーティは困惑しながら聞いた。そして、苛立ちを隠そうともせずに彼に言う。
「あなたはもう少し賢いと思っていたわ。今どう言う状況か分かってるの?」
「あぁ、向こうから銃撃されてる。ほんの少しの移動も一苦労だ。だが、狙いが正確って程でもないと思わないか?」
マーティは暫く周囲を見渡し、考え始めたようだった。
上野は戦闘が始まってから、反撃しつつも状況把握に努めていた。
敵はこちらの反撃を物ともせずに、一瞬の隙もなく弾丸を撒き散らしている。見た目にも派手で、こちらの戦意を嵐のような猛攻で削いでくる。
が、それのせいで直ぐには分からなかったが、着弾地点に奇妙なばらつきがあることに気付いた。
そこで改めてよくと見ると、やはり敵は広範囲に銃撃していることが分かった。
こちらがほぼひと塊りになっているにも関わらず、である。
ここから分かることは1つだ。
奴らこちらの位置を正確に把握出来ておらず、目星をつけて当てずっぽうにぶっ放しているだけである、という事だ。
勿論、何か策があってわざとそのようにしている可能性がある。しかし、賭けるだけの価値はある。
マーティも、その考えに至ったようだ。
「…いいわ。あなたの考えに賭けてあげる」
彼女は、それだけしか言わなかった。無線で部下たちに指示を出す。
指示を出し終えると、彼女はこちらに顔を向けて言う。
「私とヘリングで殿を務めるわ。あなたたちが逃げる時間は稼ぐから、早く行って」
マーティが、右手で指指す。
「分かった。頼む」
彼女は頷くと、再び銃撃を始める。
上野は態勢を下げて彼女の指差した方角へと走り始めた。
ウエノが走り去るのを横目で見つつも、グレラは顔を正面から逸らすことはしなかった。
部下たちが移動を始めているが、敵がそちらに向けて攻撃するような動きはなかった。
ウエノの予想は当たったようだ。奴らは正確にこちらの位置を把握していない。これなら…。
「何とかなるかも知れないわね」
とは言え、そう時間があるわけではない。部下たちが移動すればするほど、こちらの反撃の手は減る。
それを、仕留めたと判断する程、奴らは甘くないはずだ。
気付かれるのもそう遅くはあるまい。それまでに、出来るだけ遠くへ行って貰わないと、せっかく残った意味がない。
彼女はただ撃ち続ける。敵を狙い、トリガーに指をかけ、それを引き絞るだけの作業。実に簡単かつ、単純な作業だ。
彼女はその間に、別のことを考える。
私はきっと間違っていた。この仕事を選んだのは。
傭兵が自由などと、今思えば馬鹿らしいにも程がある。
給料はそこそこだが、クライアントの要望に応えるためにこんな風に命を賭けてやり合わなければならない。まぁ、それ自体は軍にいたとしても変わることはないかもしれないが。
それでも、やはりリスクが大き過ぎる。軍は、それなりに身の安全を保障してくれるが、ここにはそれがない。
どれもこれも、自分の力と何よりも運が必要になる。
今回、私はそのうちの1つが欠けていたようだ。
要は、運がなかったのだ。
そして、気付く。
あぁ、私がこんなどうでも良い思考をしているのは、この行為の先にある確実な死から目を背けるためなのだと。
味方を逃がすために犠牲となる。
聞けば、美談だ。きっと、彼女たちの行動は英雄的な活躍と見なされるだろう。
ただし、本人たちからすれば、ただの悲劇に過ぎない。
弾丸が、彼女の頰を掠めた。熱い痛みと生温い液体が伝うのを感じる。
マーティは体を瞬時に木影に隠くす。
すぐ近くにいたヘリングが撃たれた。ヘリングは彼女の目の前で頭を打ち抜かれ、脳漿を撒き散らしつつ倒れた。もう生きてはいまい。
下らない思考をしている時間はない。
彼女は微かに安堵を覚えた。これで、しばらく思考をする時間もなくなるだろう。
死を意識しなくて済む。
反撃が減っていることには、すぐに気付いた。が、ガルマハラップにはそれが何を意味するか未だ掴みかねていた。
やったのか?それとも逃げたのか?
どうにも、思考がまとまらない。
彼は、部下たちに無線で聞く。普段なら絶対しない行為だが、この際仕方ない。
「1より各員、仕留めたか?」
『こちら2。不明』
『3。1人始末しました』
『4。命中弾は確認出来ず』
『5。こちらも確認出来ず』
そこでガルマハラップは、自身が致命的なミスを犯したことに気付いた。
奴らはこちらが正確な場所を掴めずにいることに気付いたに違いない。
そして、殿を残して撤退したのだ。
くだらないヘマをした。普通ではあり得ない。どうも、今回の作戦はどうもうまく行かない。
彼は舌打ちをした。
彼は無線で部下たちに指示を出そうとする。今いる奴らに構っている余裕はない。
彼らの目的は、あくまでも『生存者の抹殺』だ。クラックスの殲滅ではない。
「1より各員。奴らは逃げた。探せ」
『了解』
部下たちは返答するが、ガルマハラップは自身の指示があまりにも大雑把であることを理解していた。
彼は苛立ちつつ、移動を始める。しかし、苛立ちの中でも彼の意思は明確だった。
必ず奴らを殺してやる。
グレラは攻撃が弱まっていくことに気付いた。まだ、銃弾は飛んでくるが、その射線が減っていることは嫌でもわかる。
どうやら、奴らは気付いたようだ。
彼女は舌打ちをしたが、それでもどこか安心した気持ちがあった。と、同時にそんな気持ちになる自分が腹立たしかった。
彼女は動く。今自分に怒りを感じている時間はない。その怒りを、敵に向けなければ。
彼女はヘリングの遺品と化したMAG58を手にする。弾数の減った弾倉を外し、ヘリングの死体から予備のマガジンを全て剥ぎ取り、その内の1つをMAGに装填する。
殿の役目はまだ終わっていない。
彼女は、MAGを移動しつつある敵に向ける。とは言え、こちらも正確な位置は突き止めているわけではない。
出来るのは足止めで、撃破は二の次だ。
運が良ければ1人か2人くらいは始末出来るだろ。
今更、生きて戻る気はない。せっかくの覚悟を無駄にしてたまるか。
彼女は銃床を肩に押し当て、射撃を始めた。
後方からの銃撃は、運の悪いことに部下の1人に命中弾を与えた。ガルマハラップの真横で、それが起きたので彼はその光景をしっかりと見た。
部下の右肩に弾丸が当たり、腕を丸ごと引きちぎるかの様に捥ぎ取ったのだ。
ガルマハラップの部下たちは大抵の傷でダメージを負うことはないが、今回のような件は当然ながら別だ。
部下は草に覆われた地面に突っ伏して、腕があった場所を左手で抑える。血がその指の間から大量に溢れ出る。
部下は叫び声をあげまいと唇を思い切り噛み締めているようで、歯が食い込んだ唇から僅かに出血している。
ガルマハラップは既に気付いていた。
彼はもうそう長くは持つまい。
ガルマハラップは躊躇しなかった。彼は上着のポケットからモルヒネの注射器を取り出す。
撃たれた部下も、ガルマハラップが何をしようとしているか気付き、彼に向かって大きく頷きつつ、血で濡れた左手でポケットの中を探り、そしてガルマハラップにそれを手渡した。
ガルマハラップはそれを受け取ると、モルヒネを打った。
ただのモルヒネではない、致死量のモルヒネをだ。
彼はそれだけすると、部下たちの後を追い、1人捕まえて言った。
「こいつを持っていてくれ」
血に染まった手紙を受け取った部下は困惑の表情を浮かべた。
彼はこう言いたいのだろう。
『なぜご自分で渡されないのですか?』
ガルマハラップはその表情に気付かなかったフリをして言った。
「頼んだぞ」
ガルマハラップはそれだけ言うと、それまでとは逆の方向へ向かって走り出した。
自分でも押さえられない衝動に身を任せ、彼は『穴熊』のリーダーではなく、ただのヴィスク・ガルマハラップとして行動を始めた。
彼は、口角を不自然に引き上げながら自分の愚かしさを笑う。
それでも、着けなければならない。
奴との決着を。
グレラは自身が放った7.62ミリ弾が1人に当たったことを理解した。
動いていた人影が1つ減ったからだ。
彼女は笑顔を浮かべた。ざまぁみろクソッタレ野郎、ヘリングの仇だ。
が、そこて彼女は1つの違和感に気付いた。
動きの1つが大きくなってくる。まるで近付いてくるようだ。
彼女は何かに突き動かされるように右に飛んで逃げる。
その数刹那、3発の弾丸がそこを突き抜けていった。正確に心臓付近を狙っていたようだ。
彼女はそれを目の端に捉えながら横っ飛びに避けた反動を利用し、低姿勢で走る。
ヘリングのMAGを捨て、肩に掛けていたステアーに持ち替え、発砲して来た方角に弾丸をばら撒く。
当てる必要はない。とにかく、奴を怯ませれればいい。
が、相手はそれほど甘くはなかった。
彼女の真後ろを弾丸が追ってくる。
早い。
まるで見えているみたいだ。
そこで、彼女はただ真っ直ぐに逃げているだけであることを思い出した。
彼女は顔を歪めつつジグザグに走り始める。これで少しは保つだろう。
しかし、彼女の予想は外れた。弾丸はまだ彼女が走った後を追い、地面を抉ってついて来た。
畜生、どうなってるんだ?彼女は走りながら考える。そして、面倒くさくなった。
彼女は腰に付けていたM26手榴弾の2種類のピンを抜き、投げた。
数呼吸置き、彼女は再び飛び、目を付けていた小さな岩陰に飛び込む。と、同時に、先程投げたM26が炸裂する。
僅かな炎と土煙、そして落ち葉や木片が炸裂地点を中心に舞い上がった。
彼女はその場に伏せ、息を潜める。今投げた目くらましのための手榴弾がどの程度役だったか評価しなければならない。
すでに射撃は止んでいる。しかし、見失ったかどうかの判断はまだ着きかねた。
全く、目眩し用の何かが欲しいものだ。
更に待つ。攻撃はない。まだ微妙だ。
彼女は岩陰から顔を僅かに出す。周辺に敵の気配はない。攻撃が来る気配もない。
どうやら、見失ってくれだようだ。
彼女はその場から移動を始める。体勢はギリギリまで低く、音を立てずに、それでいて早く。
今は静かに。火を付けるのは後だ。
強烈な殺意。まさか本当にこんな物を感じる時が来るとは思わなかった。が、おかげでギリギリで攻撃に気付けた。
真上からアジア系の男がナイフを片手にこちらの背中に突き立てるべく飛び降りてくる。
彼女は、それが見えた時点で回避を諦め、当たりどころを調整しつつ腰のサブアームに手を伸ばし、抜く。
衝撃。そして脇腹に冷たく激しい痛み。熱い液体が肌を伝う感覚。だが、 刺さった場所を見る気は無い。
彼女はブローニング ハイパワーことFN GP35を男に向ける。顔面。外しようのない距離だ。彼女は口角を上げつつ、頭の中で男に言う。
死ね。
が、彼女が引き金を引く前に、男はその銃身を拳で払う。
銃口が外れ、彼女の撃った9×19ミリパラベラム弾は空を切る。
それが終わるか終わらないかの間に、男はナイフを抜き、こちらの喉を掻くべくそれを振るう。彼女は、それを紙一重で避けつつ、その反動で男のガラ空きの腹部に蹴りを入れる。
鈍い衝撃。男は僅かに体勢を崩したが、それでも襲い掛かってくる。
が、彼女も既に反撃の準備が出来ていた。
再びブローニングを発砲する。当たりはしなかったが、マズルフラッシュが男を怯ませる。その隙に、彼女は男との距離を開ける。
対峙。
男はナイフを片手にこちらに眼を向ける。
殺意と憎悪、その全てを込めてこちらを睨み付ける。
グレラは威圧感からたじろぎそうな足をしっかりと地につけ、その視線を受け止める。
どちらも動かない。だが、お互いに隙を探り合う。一瞬の隙が命取りだ。
先に動いたのは相手の方だった。
男は予備動作を一切せずに手に持っていたコンバットナイフをこちらに向けて投擲する。
正確に放たれたナイフは、彼女の顔面めがけて真っ直ぐに飛んでくる。
彼女はそのナイフをブローニングのグリップで弾き返す。が、 彼女は思わず目を細める。
視界が狭まった瞬間、男は消え、彼女の元へ一気に距離を詰めて来た。
先の交戦で近距離戦では敵わないことを、彼女はすでに把握している。
ブローニングを持ち直し、男に向ける。が、その前に男に接近される。
マズイ、と思った時には時すでに遅く、ブローニングを持った右腕を両手で掴まれ、力一杯に投げられる。
視界が反転し、身体が背後にあった木に叩きつけられた。
「ガァッ!」
彼女は思わず叫び声を上げた。口から血が飛び散る。
頭から落下しそうになるのを左手を地面につけ、逆立ちでバランスを取りつつ防ぐ。さらに、右手にまだ持っていたブローニングを再び男に向けて撃つ。
どんな状況でも、彼女は正確に狙いを付けて攻撃出来るよう訓練して来た。今回は無防備な頭を狙って撃った。
だが、男はそれを予想していたように素早く体を翻して回避する。まるで予知でもしているような動きだ。
彼女は左腕に力を込め、飛び上がりつつ体勢を元に戻す。そして、さらに撃つ。
うち1発が、男の左の二の腕を貫く。
血飛沫が舞うが、男はそれに怯みもせずにこちらに走り寄ってくる。
やはり近接戦闘を仕掛けて来るようだ。
どうやら、飛び道具の様なものは持ち合わせていないようだ。が、それによって発生するデメリットを、男はまるで感じさせない。
『穴熊』の指揮官、ヴィスク・ガルマハラップ。ベトナム軍からも大いに警戒されている、ポル・ポト派最高の兵士。
まさかこれほどとは。
彼女のこの思考の間も、ガルマハラップは弾丸を正確に避けつつ迫り来る。
彼女はブローニングの残弾数を数えていた。
顔には出さないが、彼女は焦りを感じていた。
残り弾数はあと4発。
ガルマハラップは、クラックスのリーダーが持つブローニングの弾数を正確に予想していた。
残りは4発。これを凌ぎきれば、あの女は確実にリロードする。
リロードから1発目が発射されるまでの間はヤツは無防備だ。好きなように始末できる。
近接戦闘ではこちらの方に分がある。かなり手こずりはしたが、これで終わりにしてやる。
発砲。
あの女の癖は既に把握している。この距離ならば回避は難しくない。
9ミリの弾丸は彼の頬を掠める。
避けた。あと3発。
さらに来る。連続で2発。
先のよう左右に避けても当たるように僅かに弾道がズレていることに、彼はすぐに気付いた。
彼は迷わず体勢を落とし、スライディングをする。
弾丸は彼の頭上を通過していく。その僅かな空気の振動を感じ取った彼は体を回し、クラウチングスタートの様な体勢に変え、無理矢理身体を持ち上げる。
女の驚いた表情を見ても無表情で接近を続ける。
ここまで来たら十分だ。あと1発避ければ、殺れる。
苛立ちを隠そうともしない女は最後の弾丸を撃った。
かなり近いが、もはや問題はない。
ブローニングの弾丸が、彼の顔を正確に狙って飛んで来る。が、あまりに正確すぎて逆に避けやすい。
彼は体勢を一気に下げ、ヘッドショットを回避する。
その間も、女から視線を逸らさない。
残弾の無い弾倉が、ブローニングのグリップから滑り落ちた。
リロードだ。
彼はこれまでよりも遥かに早く女に走り寄る。ここからは、数秒が全てを決める局面だ。
が、彼には確信があった。あの女が生き延びる術はない。
残り3メートル。奴はまだ予備のマガジンを左手に持ち、再装填の真っ最中だ。
彼は最後のこの距離を詰める。あと2メートル。彼の口元に笑みが浮かぶ。
勝利を確信する。
終わりだ。クラックス。
グレラは恐怖を感じつつも、ガルマハラップの接近を見つめ続けた。
彼女は既に最後のカードを切っており、それがもたらす結果を待つよりほかなかった。
そして、それは来た。
軋む音、落ちる枯葉、折れる枝。
彼女が狙っていたのは『穴熊』のリーダーではない。彼女が先程叩きつけられた木だ。
彼女はその木が腐りかけている事実には既に気付いていた。
この木を利用できないか考え、そしてその利用法を思いついた。
倒木を利用した攻撃。
彼女はそれを実行した。
弾丸を叩き込み、上手い具合に奴の頭に叩き付けやる。
しかし、木は予想以上に強度があり、なかなか倒れないでいた。
彼女の苛立った顔はその現れだったが、どうやら敵はそうは見なかったようだ。
どちらにせよ、作戦は成功に近付いている。後は、奴さんにぶつけるだけだ。
が、そう上手くはいかなかった。
ガルマハラップは倒れてくる木に気付き、ぶつかる寸前で体の向きを変え、ものの見事に回避して来た。
あれだけの音だ。気付くのは想定してはいたが、まさか避けて見せるとは。
彼女が思わず呆然としている隙を突き、ガルマハラップは体を反転させつつ
彼女の右手に強烈な回し蹴りを叩きつけた。
凄まじい衝撃と、激痛で思わず手が緩みブローニングが吹き飛ばされる。
右手を抑えながら、彼女は後ずさりする。そこに、ガルマハラップは追撃を仕掛ける。
先程蹴りに使った右足に力を込め、右手の掌で彼女ほ心臓付近を突く。
まるで銃弾に撃ち抜かれたかのような衝撃で、息が詰まる。そしてむせる。胸の辺りの違和感と痛みから防弾チョッキに仕込まれたセラミックプレートが凹んでいることが分かる。信じがたい威力だ。
が、彼女も簡単に倒れてやるつもりはない。
次の彼女の腹を狙った拳をなんとか躱し、逆にガルマハラップの脇腹に蹴りを入れた。
ガルマハラップの体勢が僅かに崩れる。その隙を利用し、彼女は追撃を加えた。
彼女は手首に収めていたダガーナイフを抜き取り、突く。
しかし、その判断は間違っていた。
ガルマハラップは、その突きを回避すると同時に、彼女の腕を掴み下に引っ張る。
つんのめった彼女の顔面に、ガルマハラップの膝蹴りがまともに入った
鼻の骨が折れ、彼女の頭は一瞬レッドアウトする。
そして、まともな思考が出来るようになった時にはすでに、彼女はガルマハラップに完全に抑えられていた。
ガルマハラップは、僅かに荒んだ息をしながら、女を制圧した。
まさか木を倒して攻撃してくるとは思わなかったが、過程が変わっただけで済んだ。
随分と時間がかかったが、これで終わりだ。
この女にはすでに打つ手はない。
彼は、女から奪ったダガーナイフを握る。
女の顔が、恐怖に歪む。
彼は、その表情を見て大いに満足しつつ、女に死刑宣告をする。
「今度こそ終わりだ、クラックス」
この男の敗因があるとすれば、グレラを完全に制圧した訳ではなかったことだろう。
彼女は、僅かに動く左手でポケットを探り、そしてそれを取り出した。
ハイスタンダード・デリンジャーは、彼女の父親から譲り受けたもので、お守りのようなものだったが、最後の切り札として、あるいは自決用としていつでも使用できるようにしていた。
それが、ここで生きた訳だ。
彼女のこの動きに気付いたガルマハラップは、思わずそちらを見た。
その隙はほんの一瞬だったが、それで十分だった。
砕けた右手にムチを打ち、足首に仕込んでいたもう1本のダガーナイフを素早く抜き、ガルマハラップの喉仏に一気に押し込んだ。
ガルマハラップは驚きのあまり、彼女の方を見た。
そして、その表情をすぐに怒りに変え、ナイフで彼女を同じように刺そうとする。
しかし、ガルマハラップにそれは出来なかった。
彼女は刺さったナイフを捻りつつ引き抜く。
抜き去ると同時に大量の血液が溢れ出る。
ガルマハラップは思わず立ち上がり、そして喉を抑え、溢れる血を止めようとする。
が、その努力も虚しく、数秒後には傷口からゴボゴボと音を立てながら地面に倒れた。
グレラは、倒れたままそれを見つめつつ、言った。
「終わったのはアンタだったね、『穴熊』」
同じ頃、上野は本当にこれでいいのかと疑問に思っていた。
マーティを残し、逃げることに気は引けたが、それも仕方がないことだった。
とは言え、確実に追いかけて来る敵を放置するのは論外であることは言うまでもない。
そこで、彼は1つの作戦を立てた。
どういうわけか、彼の作戦は特に文句も出ることなく採用されてしまった。特に、アンクルからのお墨付きをもらってしまったことには、彼は大変困惑した。
曰く、アンタは信用できるとのことだが、いつそんな信用を得ていたのか、彼にはよく分からなかった。
彼の脇にはミンがおり、上野と同じように不安な表情をしている。
そもそも、本当に奴らがここを通るのかすら分からない。全く別の場所を通るかもしれないし、先程のように待ち伏せをしているかもしれない。
不確定要素があまりにも多く、いくつもの前提を立てざるを得なかったが、彼らはとにかくこの陣形で待機していた。
陣形、と言っていいかよく分からなかったが。
遠くでしていた銃声は、今は止んでいた。最後にした音は、何か木が倒れる軋むような音、そしてそれが地面に倒れた地響きのような音。
それが何を意味するか、彼にはあまり考えないようにしていた。
どちらにせよ、今は待つしかない。
彼の想定とは違い、意外なほどそれは来た。
影の濃い場所から濃い場所へと動く、人影。それが8人分。
この位置ならすぐに分かるが、普通に移動していれば恐らく気付かなかっただろう。
彼は音をさせずに息を吐く。取り敢えず、最初の前提は間違っていなかったようだ。そして、運のいいことに8人もの敵が同じ場所にいてくれている。
チャンスだ。
敵がこちらの都合のいい場所に着くまで、彼らは息を潜める。
予定位置に全員が入るのを待つ。とにかく、タイミングが肝心だ。
入った。
攻撃位置にいたアンクルたちが、わざと姿を晒すようにしつつ攻撃を始める。
その動きを事前に察知したであろう敵は、素早く反応しそれぞれが安全な位置につき反撃を開始しつつ、周囲への警戒を始める。
これが罠であることにもう気付いたらしい。
自前の火器をでアンクルたちを釘付けにしつつ少しずつ後方へと下がっていく。
上野は、打って出た。
彼の合図と同時に、上野やミンと共にそこにいたクラックスのメンバーが動く。
イチジクの木の樹冠付近に隠れていた彼らは、自前のロープでそこから降下し、素早くロープを切ると、突然降下してきたクラックスに驚いている敵にコンバットナイフで斬りかかる。
瞬間的に3人が始末され、地面に血溜まりを作りつつ倒れた。
残りの5人は、すぐに対応しクラックスとの近接戦闘が始まった。
そこにアンクルたち残りのメンバーが駆けつけて、上野の真下での戦闘が更に激しさを増す。
彼の隣のミンが、銃口を向けようとする。上野はその銃身を手で抑えて言う。
「味方に当たる。撃つな」
「しかし…」
「彼らを信じろ」
ミンは不満そうだったが、それでも上野の言葉を受け入れたらしく自動小銃を下げる。
こうなることは予想済みだった。この作戦を彼が考えた時から、最大の懸念事項は敵との近接戦だった。
しかし、アンクルはそれを特に問題としなかった。そして、躊躇う上野にこう言ってみせた。
『我々に任せてくれ』
そう発したアンクルの表情には自信が滲み出ていた。アンクル以外のメンバーたちもその言葉に頷いている。あのひょろっとしたロースマンや上野とあまり変わらないラルフレッドすらも同じように自信に満ちた表情をしていた。
そこまで言われれば、上野も受け入れるしかなかった。どのみち、これ以外に方法はなかった。
地上の戦いを見つめていた、上野はやがてイチジクの木の梢から隣の梢へと移動を始めた。
クラックスに科せられたミッションは、あくまでも『生存者である日本人とベトナム人兵士の安全を確保し、送り届ける』ことだ。
その作戦中にクラックスのメンバーが死亡しようがそれは重要なことではない。
上野たちが生き残ってこそ作戦は成功と言える。
アンクルはそう力説し、上野たちにこの待ち伏せ計画が上手くいき次第その場から立ち去るように告げた。
当然、上野はそれを拒否しようとしたが、強い説得の末、受け入れた。
回想しつつ振り向かず、先へと進む。
そうすることが、命を懸けて戦うクラックスたちへの手向けとなるはずだ。
戦場からある程度離れたと判断した彼らは、地上へと降り、最後の行程を進む。
木々の間に見える道に、予定通りクラックスのV-100コマンドウ装甲車が停車している。
ようやく、終わりが見えた。
油断したに違いない。集中力が途切れ、警戒を一時的に怠ってしまった。
その隙を突かれた。
発砲音。そして背中を思い切り押されたような衝撃。彼は思わずそのまま地面に倒れ込む。
痛みはあまり感じなかった。あまりに疲れていたため、脳が痛みを検知しなかったのかも知れないし、そうでないかも知れない。
考えがまとまらない頭を僅かに動かすと、ミンが先程まで歩いていた方向に発砲しているのが見えた。
それが何のためなのか理解すら出来なくなった上野は、そのまま暗くなっていく視界をただ受け入れ、そのまま意識を失った。
1982年 6月20日
後で聞いたが、その日上野が目を覚ましたのは奇跡としか言いようがなかったらしい。
肺を撃ち抜かれた彼は、そのまま速やかにコマンドウに乗せられ、近くのベトナム軍駐屯地に運ばれ、そこで応急処置がなされヘリに乗せられ首都のプノンペンの総合病院へと搬送された。
高価な機材など無い状態ではあったが、何と一命を取り留めはしたものの、眼を覚ますかどうかは五分五分だったらしい。
とは言え、眠っている間のことなどまるで分からない彼としてはその情報はあまり重要ではなかった。
彼の関心は、ミンとクラックスの面々がどうなったか、というものだった。
それはすぐに分かった。
彼の病室に、1人の女性が入ってきた。鼻の辺りを包帯で巻き、右手をギプスで固定して、病院のガウンを着ていたが相手が何者であるかはすぐに気付いた。
「お互いボロボロだな」
「えぇ、お互いに」
グレラ・マーティは笑顔を浮かべたが、鼻が痛んだらしく顔をしかめる。
彼女は、ベッド脇にあった椅子に腰掛けて上野に話しかけてくる。
「とにかく、生きてて良かった。ちゃんと報酬が貰えるわ」
「もう少し心配してほしいねぇ」
「あら、これでも心配しているのよ」
マーティが戯けたように言う。上野はそれを無視して聞く。
「あれからどうなった?」
「『穴熊』の連中は2人が逃げた。あとは全員ジャングルの肥やしにしてやったわ。ミン兵一も無事で、今はプノンペンの駐屯地で報告会に出てるわ。でも、犠牲なしとはいかなかったわ」
上野は呻き声を上げつつ、聞いた。
「何人だ?」
「 3人よ。勝ったとは言えるけど、手放しで喜べはしないわね」
「俺が至らなかったばっかりに…」
「勘違いしないで欲しいわね。アンタにそんなことは期待していなかったから。
アンタが罪悪感を抱くのはお門違いってやつよ」
「…」
「…まぁ、無理な話よね。私も最初はそうだったから。どうにか出来たんじゃないかって、悩んだことは何回もあった。例えどうしようもなかった筈でも。
でも、起こってしまったことはもう無かった事には出来ない。
私たちが出来ることは、喪った命を思い出して、二度とそんなことが起こらないように教訓として活かしていくことだけよ」
「そういうものなのか?」
「ええ。でも、もしそれが出来ないなら、それを償うために行動するしかない」
上野はマーティの顔を見た。その顔は真剣そのものだった。嫌な予感がしたが、彼は聞く。
「行動?」
「そう」
「どうすればいいんだ?」
「ウチに来なさい」
予想通りの返答が来た。意外な程その言葉を彼は冷静に受け止め、それを吟味する。その間の沈黙を、拒否と取ったのか、マーティは苦笑いを浮かべて負傷していない左手を軽く振る。
「変なこと言ったわね。忘れて」
上野は何も言わない。そのまま病室を沈黙が支配する。
先にマーティが耐えられなくなったらしく、立ち上がって言った。
「それじゃあ、そろそろ行くわね」
「ああ。見舞い、ありがとな」
「保護対象の心配をするのは当たり前のこと」
マーティはそれだけ言うと、病室を出ようとする。しかし、そこで立ち止まり、やがて振り返って言った。
「アンタがどう思おうと、ウチのメンバーが助かったのはアンタのお陰でもある。それだけは覚えておいて」
マーティはそのまま立ち去って行った。
1人残された上野は、マーティの言葉を反芻する。
「俺のお陰で助かった…か。最初に言ってたことと矛盾してるじゃねぇか」
彼は苦笑する。そして、一息ついた。
マーティの誘いも悪くないかもしれない。
頭が再びぼんやりとし始めた。
彼はそれに抗わず、襲って来た睡魔に身を任せて、そのまま眠りに落ちた。
2017年 7月6日
上野は頭をチーク材の執務机にぶつけて、目を覚ました。しまった。眠ってしまっていたか。随分と昔の夢を見ていたように感じる。
少し薄くなった頭部を掻きつつ、机の上のデジタル時計を見る。05:00。
彼は頭を抱えて座り心地の良い椅子に仰け反る。
しまった。またやってしまった。
彼は、机の上にある大量の書類の山に目を向ける。そして、他の皆が動き出す時間との差を予想する。
彼は確信を持ってそれまでに終わらないと結論付けた。
苦笑いを浮かべる。書類仕事やデスクワークは得意だったのだがな。
歳をとった。
彼は諦めて、1番上の書類に手を伸ばす。
例の、放射性物質の移送に関するものだ。今日の輸送機で本土に送り、そこで解析を始めるらしい。
彼はその内容を吟味し、特に問題ないと判断して自身のサインを書き入れると、決裁済みの籠に置く。
明らかにそちらの籠の方が書類が少ないことを無視して、彼はさらに作業を進める。
それから2時間後、サイパン基地の提督執務室から近所迷惑になりかねないほどの罵声が発せられたことは、また別の話である。
お疲れ様でした。今回は上野おじさんの昔話の続きですね。時間かけた割には本編が進まない、ちょっとしたクソ映画みたいですね。
さて、次は再び大西洋へ。第9艦隊始動です。ちょっとだけ期待しててください。
最後にこのような作品を読んでいただきありがとうございました。