久しぶりにテンション上がって妙なこと書いているような気がしますが、きっと気のせいです。うん。
今回から本格的に大西洋側が動き始めます。戦闘シーンは次に回して、今回は本艦隊の生い立ち辺りを書いてます。
おかげで文章が固い固い…。
いつものことでしたね。
それでは、始めます。
7月 7日
ノーフォークを出た巨大な艨艟たちが、大西洋の晴れ渡り凪いだ海を巡航速度で駆けている。
その勇姿を、ミッドウェイは艦隊の輪形陣の中央と言う、特等席から眺めていた。
彼女が立っているのはアメリカ級強襲揚陸艦1番艦アメリカの飛行甲板で、脇にはワイヤーでしっかりと固定されたCH-53Kがその巨体を休めている。
辺りには甲板要員がまるで虫に群がる蟻のように露天駐機された機体の整備をしたり、アイランド式の艦橋脇のエレベーターから上がってきたCAP(戦闘空中哨戒)任務に就く艦載機のF-35Bをを発艦位置に誘導する誘導員などでごった返している。
そんな場所でのんびりと突っ立っている彼女は、きっと彼らからしたら邪魔な存在だろう。
しかし、彼女はそれをあえて無視し、そこにいた。
この歴史的瞬間から、片時も目を離したくない。
人類史上初の艦娘と通常艦艇の合同部隊。強襲揚陸艦を改装し、艦娘の出撃、整備、補給、修復等を行うドック艦。地中海に引きこもっている第6艦隊から抽出したーーと言うより分捕ってきたブルー・リッジ級揚陸指揮艦2番艦マウント・ホイットニーを改装し、通常艦隊と艦娘部隊双方の指揮を円滑に行うため新シフトを構築し、指揮系統を分割運用し易くした鎮守府艦。艦隊の腹を満たすサプライ級高速戦闘支援艦1番艦サプライ。そして、それを護衛する旧艦隊総軍、現第2艦隊の残存艦艇の3分の1に当たる計5隻の巡洋艦と駆逐艦。そして、水中哨戒を担うニューロンドンを母港とするバージニア級原子力潜水艦11番艦ノースダコタ。
艦艇の総数で見れば、僅か9隻だが、そこにプラスで艦娘たちが加わるため、数字上はさらに増え、彼女の所属する艦隊の保有艦数は22隻となる。
第9艦隊。米国の200年以上の歴史の中で編成されたことすらない、欠番艦隊。
それが、この艦隊の名だ。
そもそも、米海軍の艦隊番号は世界を6分割したそのナンバーに合わせた艦隊番号を割り振っていた。例としてアメリカ東海岸は第2艦隊(深海大戦開戦と共に艦隊総軍を解体、再編成の末再建)、西海岸を第3艦隊、極東地域を第7艦隊などだ。
しかし、深海棲艦の出現後、米海軍はその戦力を大きく減らし、もはやナンバリングも体をなしていない状態となった。
もちろん、それぞれの艦隊が丸ごと消失したわけではない。
実際に壊滅したのは、ライジング・ストームに参加した第3と第7の2つの艦隊のみで後の第2、第4、第5、第6は戦争初期に被害を受けたものの健在で、各地域を守る分には充分な戦力を残していた。
とは言え、本大戦の主戦域は太平洋であり第3、第7艦隊の再建は米海軍にとって急務であった為、各残存艦隊から複数の艦艇を抽出し、やっつけ仕事で第3、第7艦隊を再建した。
その結果として、第5艦隊は事実上消滅、第6艦隊は艦隊の3割が失われ、再建されたばかりの第2、第4艦隊は再びその戦力を骨抜きにされた。
おかげで、太平洋地域の戦力は大戦以前には程遠いがある程度まで戦力は回復したものの、他地域ではもはや反撃に出ることもままならない程の弱体化を見せた。
当然、米国政府及び米海軍は大いに焦った。このままでは、米国の軍事プレゼンスは回復の難しいまでの被害を受けてしまう。
そこで、米海軍は少数精鋭の、高い機動力を持った遊撃部隊を編成し、1つの部隊で本大戦の終結までの米国の軍事プレゼンスの維持と、大幅に減少した艦隊の再建の時間稼ぎを目論んだ。
そのために、どうしても必要だったのが、艦娘の存在である。
アメリカの力を知らしめる為には、深海棲艦へ打撃を与えなければならない。しかし、通常艦隊による攻撃はあまり効果が期待できないことは、これまでの交戦で現場はもちろんのこと、上層部すらも重々承知していた。
特に、レッド・スティングレー作戦前の日本軍による威力偵察支援の際に使用した、サーモバリック兵器による攻撃の予想外の被害の少なさは、彼らに大きな衝撃を与えた。
そして、レッド・スティングレーでの空軍による爆撃。BLU-109を弾頭としたJDAM48基と、GBU-28ディープ・スロート8基の直撃を受けてようやく抹殺出来た姫級の存在は、彼らの考えが正しいことを証明した。
本来なら1発で事足りることを、これだけ使用しなければ勝てないと言う事実は、対比効果と言う面で見れば割りに合うとは到底言い難い。
彼らはすぐに決断を下した。
米海軍上層部は、多忙な大統領との会談を何とか取り付け、直談判した。
彼らの言い分は単純かつ明快であった。
『通常兵力(この場合、戦術・戦略核は通常兵力に含まれない)のみで本大戦を戦い抜くことは不可能である』
それを聞いても大統領であるニコラス・K・テネットはさほど驚かなかったと言う。
当然だろう。前線から流れてくる報告書ーーを大統領の心労に考慮してかなりマイルドな文面に変えているそれを読めば嫌でも理解出来る。
だからこそ、彼らの言う通常兵力以上の存在を運用する計画と準備は遥か以前から練られていた。
そして、海軍上層部と大統領との会談が行われたその頃には、日本政府との交渉は次官レベルでの合意にまで至っていた。
5月25日
時間は少し遡り、アメリカの東海岸はワシントンD.C.。
首都としての機能に特化されたこの街は、世界の政治の中心と言っても過言ではないだろう。
世界最強の国家の中枢であるこの街には、いくつもの政府機関の他に127か国の大使館が点在する。当然、スパイもあちこちに散らばりそこかしこでうろついている。一説によれば、1万人以上とも言われている。1平方キロ当たり55人の計算だ。うろついていると言う言葉は適切と言えるだろう。
また、かつては殺人首都と呼ばれるほど治安が悪く、現在でも大幅に改善されたもの、未だに人口比での死亡率はプエルトリコに次でワースト2と、物理的にも危険な都市と言える。
とは言え、この地が観光地であることに変わりはなく、連邦議会が置かれているキャピトルヒルの連邦議会議事堂、リンカーン記念館、かの有名なスミソニアン博物館郡にスミソニアン・キャッスルといったナショナル・モール地区、議会図書館、ジェファーソン記念館、フランクリン・D・ルーズベルト記念公園、桜で有名なポトマックなど数えればきりがない。
そして当然、このホワイト・ハウスも含まれる。
ホワイト・ハウスのウェストウィングにあるオーバル・オフィスの歴代大統領たちが座り続けてきた椅子に腰掛けたニコラス・K・テネットはそのような他愛のない思考を巡らせていた。
もちろん、そんな時間など全くない。問題は常に山積みで、午前中に減った仕事の山が午後にはその3倍に増えていることなどザラだ。
しかし、超大国の指導者たる彼もまた、神などではなくただの人間であることは変わりなく、疲れる時は疲れる。
それを表情に出すことは決してないが、この数年間付き合って来た彼の側近は僅かな変化から彼の疲労を感じ取り、時計に1度目をやり言った。
「ミスター プレジデント、1度お休みになられたらいかがでしょうか?」
テネットは顔を上げ、時計を見る。すでに昼は過ぎかなりの時間が経っていた。
「そうだな。そうしよう」
「昼食はどちらで取られますか?」
「あぁ、ここで取ろう」
「分かりました、すぐにお持ちします」
テネットは苦笑気味に言う。
「それほど急がなくても構わないよ」
側近が出て行くと、オーバル・オフィスは一時的にテネット1人となった。
彼は椅子の向きを変え、窓の外を眺める。ここからでも、昼の陽光を浴びて先端が輝くオベリスク形状のワシントン記念塔が見える。
白色の大理石で出来たD.C.で最も高い建造物はまるで空に突き刺さんとする剣のように威厳に満ちているが、彼の心はそれを見ても一向に晴れなかった。
彼の心を曇らせる、悩ませている原因は今も机の上の書類という形で彼に戦いを挑むべく待機している。
『深海棲艦』。
人類の敵であり、彼の悩みの種である『海からの亡霊(シーゴースト)』。
先代の大統領を辞任に追い込み、戦後最も合衆国の大地を奪った忌むべき存在。
そんな、理解すら難しいヤツらへの対応を、彼は考えなければならない。
正確には、彼の部下ーーマシーンとも言うべき彼らが頭をひねって叩き出したいくつもの対応策の中から、最も犠牲とコストの少ないものを選び出し、それに文句を出来るだけつけられずに済ませる方法を、である。
それが出来るのは、この国の頂点であり、世界のリーダーに最も近い存在である彼だけだ。
だからこそ、彼の消耗は激しい。数億人の命を、世界の命運を背負う彼のプレッシャーは本来、ただの人間が担うべきではないのだろう。
しかし、彼はそれを覚悟して、この部屋にいる。この部屋の、ひいてはこの屋敷の主人とはその覚悟がなければなる資格すらない。
だからこそ、1人きりとなったこのひと時でも彼は弱さの1つすら見せない。多少の疲労の表情は出ても、内面の不安や恐怖、あるいは憎悪が彼の表側に出てくることは決してない。
…はずだ。
ここ最近は、それが出来ているか、正直なところ微妙なラインである。自分でも感情のコントロールが若干出来ていないと感じるようになっている。おそらくは、疲労からくるものだろうが、あるいはそれ以外のもの、焦りや怒りと言った感情が原因でもあるかもしれない。
どちらにせよ、為政者にとって冷静さを失うことは致命的だ。特に、こういう非常時は。
扉のノックの音で、彼は意識を呼び戻された。椅子の向きを戻し、入るように促す。
昼食が運ばれて来たらしく、扉が開くとすぐに食欲をそそる匂いが鼻をついた。
彼は僅かにリラックスした自分の存在に気付き、それを笑いながら言った。
「香りだけで疲れが取れそうだな。今日のメニューは何だったかな?」
「今日はロコモコです」
「ほう、ロコモコか」
かつて、ハワイの日系人が作ったとされる、ハワイのソウルフードだ。
今日、この日にこのメニューとは…。何かの運命か、あるいは…。
彼は笑う。下らない。この世界で最も現実的でなければならない、この国のリーダーが考えるようなことではない。
気を取り直して、机に置かれた食事に手を付ける。
「…美味いな、このライスは。産地はどこかね?」
「日本のササニシキだそうです」
しばし、黙って食事を見つめる。料理人は随分と午後からのテネットの用事を意識しているようだ。
「ふむ…」
特に上手い言い回しではないが、頭の中に浮かんだので口に出す。
「午後からの会談がこのササニシキの様に美味であることを願おうか」
東部標準時、午後2時。
約12時間の時差のあるかの国は、今は真夜中だ。
それでも、テネットの会談相手は疲れを感じさせない程快活に対応してきた。
『お久し振りです、ミスタープレジデント。そちらは良い天気だとお聞きしています。ご気分はいかがですか?』
電話会談の相手、日本国首相竹下俊雄が、イギリス仕込みのキングスイングリッシュで言う。
テネットも同じように言った。
「こんな夜分に申し訳ない、ミスタータケシタ。君と話せて、とても嬉しいよ。そちらも良い天気のようで何よりだ。
さて、前置きはこれくらいにして、早速本題に入ろう」
形式的な挨拶をすませると、テネットは会話のイニシアチブを握るために口火を切った。
この交渉は、内容が内容のため、常に日本側に主導権を握られ続けて来た。最後のこの会談で日本からさらなるものを引き出さねば、今回の外交交渉は実質的に敗北となる。
この敗北は後々になって響いてくる時が必ず来る。
とは言え、今更勝利をもぎ取ることなどまず不可能だ。この交渉において、勝利はそもそも想定されていない。
しかし、この土壇場での交渉次第では、完全敗北から戦術的敗北にまで引き上げることは十分に可能だ。
全ては、彼自身の話術にかかっている。
彼は、タケシタ首相が何かを言う前に続けて言う。
「まず、サイパン、テニアン両島の奪還の支援に感謝したい。おかげで、我々は敵の手から彼の地を取り戻すことが出来た。
それもひとえに、日本側の艦娘が率先して動いてくれたおかげだ」
『いえ、貴国軍が制空権を確保してくれたおかげで、彼女たちも突入出来たのです。
今回の勝利は我々にとって、いえ、人類にとって大きな意味があります』
「同感だ。ここから、我々は敵に対して反撃をしていかなければならない。太平洋だけではなく、大西洋、インド洋、地中海、北極海、南氷洋…『深海棲艦』によって支配されている海を全て解放せねばならない』
言った後に、『解放』と言う言葉は使うべきではなかったと、少しばかり後悔する。『解放』など、所詮は人間の都合だ。まるで、元々は自分たちの所有物だとでも言いたげなこの言葉、傲慢にも程がある。
気を取り直し、テネットは続ける。ここからが勝負だ。
「しかし、現状、他地域の奪還の為には戦力が不足しているのは、そちらも理解していることと思う。
通常戦力による攻撃が、有効打でない以上、現在の戦力で出来ることは限られている」
『だからこそ、『彼女たち』の力が必要だと、大統領はおっしゃりたいのですね』
タケシタ首相がこちらが言おうとしたことを先取りする。テネットは、一瞬言葉を飲み込み、次の言葉を紡ぎ出して口にした。
「そう言うことになる」
『大統領。こちら側はすでに艦娘11名の選定を終え、派遣の準備が整っております。本会談で、貴国との折り合いがつき次第速やかに部隊の派遣を行うことが可能です。
また、艦娘のメンテナス面の技術も貴国に提供する準備も出来ています』
予想外の申し出に、テネットは驚く。特に、メンテナンス周りの技術供与は、全くの想定外だ。と、言うよりあえて艦娘たちの部隊派遣と彼女たちのメンテナンス面は分けて交渉してくると、国務省もペンタゴンも予想していた。
次官レベルの交渉でも、その辺りは分けて交渉して来たこともあり、このサプライズは彼を大いに混乱させた。
こうなると、怖いのは見返りの内容だ。予定では、日本の安保理への常任理事国入りへの推薦とその根回し、圧力その他諸々と、新兵器の技術供与だったが、その2つはあくまでも、『艦娘派遣』の条件であり『メンテナンス技術の提供』は含まれていない。
とは言え、これ以上の譲歩はこちらとしても難しく、この会談でこの2つの見返りで『艦娘派遣』と『メンテナンス技術の供与』の双方を盛り込むつもりでいた。
しかし、その先手を打たれてしまったようだ。
テネットは苦い思いでその事実を受け入れた。どちらにせよ、日本がどのような要求をしてこようと、アメリカは受け入れざるを得ない。
「そちらの要求は?」
『我が国に安保理常任理事国入りの後押し、新兵器技術の供与。そして…』
「そして?」
『貴国軍が入手している『深海棲艦』の情報、特に、『深海棲艦』が人の手による生物兵器であると言う、『証拠』をいただきたいのです』
あまりの事態に、テネットは完全に黙り込んでしまった。それでも、頭はフル回転し、この状況の打開策を見つけ出そうと思考する。
何故、この話を知っているのか?どこから漏れたのか?そして、この情報のどのレベルまで理解しているのか?
最後の疑問への答えは、彼はすぐに手に入れた。まず、この場でこの話題を出した時点で、ほぼ完璧にこの情報の内容を理解していることだろう。日本側が求めているのは、その情報が事実であると言う客観的な『証拠』であることからも、それが予想できる。
後の2つに関しては、今考えたところで答えが出ることはないだろう。その辺りは、後で然るべき機関に任せればいい。
彼が今すべきことは、この条件が艦娘運用というメリットに見合うかどうかを評価することだ。
とは言え、彼の答えはすでに決まっている。
アメリカの軍事プレゼンスは、最早現状では維持できないことは明白なのだから。
彼は最後の言葉を口から紡いだ。
「その条件で受け入れよう」
『交渉成立と言うことで、よろしいですね』
「あぁ、交渉成立だ」
電話を切った彼は、しばし対応を考えた。何度かタケシタ首相とは会ったこともあるし、交渉に臨んだこともあった。
しかし、今日のような感覚を抱いたのは初めてだ。日本では、彼のことを『ボケシタ』などと称す者もいると言うが…。
「難局が本物の政治家を生む、と言うことか…」
誰に言うでもなく、独りごちたテネットはマシーンたちに指示を出す。
交渉は終わった。ここからは、実際の行動によって決まってくる。
まずは、改装中の艦艇を出来るだけ早く実戦配備しなければならない。とは言え、これ以上作業スピードを上げることは不可能だと現場から上がって来ている。
彼はカレンダーを見る。
第9艦隊の誕生まで、あと1ヶ月。
ほぼ同じ頃、東京は永田町、首相官邸の一室で竹下俊雄は額に汗を滲ませながら椅子に座りなおした。
ドッと疲れが押し寄せ、思わずため息が漏れる。
先程までの強気な態度が、嘘のように崩れ、彼はすっかりいつもの調子に戻っていた。
これまで有利な進めて来た交渉を最後に無為にされてはこれまで裏で努力してくれた者たちに申し訳が立たない。
しかし、それ以外もある。
それは、今世界の海を水際で維持しているのは我が国に他ならないと言う意地だ。
かつてパックスアメリカーナを自負していたかの国が捨てたーー捨てざるを得なかった意地を、今、この日本が引き継いだのだ。
ほんの10年前なら、下らない冗談と言われていたであろう。
しかし、今はこうして現実的な実感と重責を持って、竹下の肩にのしかかっている。
実際に重量がある訳でもないのに、肩が凝りそうだ。
まぁ、実際に肩が凝ったとしても原因は他にあるだろが。
彼は、官邸の窓から永田町の夜景を見る。この時間でも、どの建物にむたま灯りがついている。
その灯の1つ1つで、国家のために、家族のために、自分のために、そして人類のために人々が働いている。
自分だけが重荷を背負っているわけではない。
彼は改めてそれを再確認する。
しかし、裏切り者もいる。
『深海棲艦』という『生物兵器』を生み出して、人類に仇なす者たちが、人間たちの中にいる。
その者たちを見つけなければならない。そして、罪を償わせてやる。
彼は動く。
今もこの部屋からの指示を待つ者たちのために彼は連絡を入れた。
ここからが、我々の反撃だ。
7月7日
再び時間は戻る。
この第9艦隊の成立に、どれだけの政治的思惑が絡んだかは、現場のミッドウェイには分からない。
しかし、少なくともこれまでの前例を丸ごと放棄して生み出されたこの艦隊に政治的な何かが関わっていない筈はないと、彼女は理解していた。
そして、それは他の者たちも同じだろう。
特に、その原因とも言える艦娘たちは。
日本から派遣された艦娘たちは、文字通りの精鋭たちだった。
本大戦中に『深海棲艦』たちを相手取り、縦横無尽に戦場を駆け、パックスジャポニカを維持し続けている立役者である艦娘たちの中でも、特に戦果を挙げてくる優秀な人材たち。
それが、艦級も原隊も違う今回派遣された艦娘たちの共通点だった。
ミッドウェイはこの第9艦隊の艦娘部隊の旗艦を務めると言うこともあり、日本から派遣される艦娘たちの経歴を確認する機会があった。
誰もかれもが、優れた成果を挙げ、なおかつ損害も軽微。さらに、彼女たちが所属している部隊の損耗率が極めて低いと言う共通点を持つ。
日本側の意図は明確だ。
艦娘の扱いに慣れない米海軍の指揮官が多少のミスをしようと、成果を挙げつつ無事に帰還できるような者たちを派遣して来ているのだ。
もちろん、アメリカへの配慮と言うものも少なからずあるだろう。艦隊を1つ維持するために、どれだけの税金が投入されているか分かったものではないし、アメリカは艦娘を派遣してもらうために、日本にかなりの支援を行うことになっている。
当然、それにも金がかかり、仮にこの部隊が予想した程の成果を挙げられなかった場合、現政権は大きな打撃を受けるはずだ。
日本としても、それは避けなければならないことだろう。
が、それと同じレベルのウェイトを占めているのは、日本側の米軍への不信感ーー慣れない艦娘運用への不安だ。
虎の子である艦娘たちを失う事態など、絶対にあってはならない。
だからこそ、これだけの人材を派遣してきたのだ。例え、日本側の戦力が減少しようとも。
それだけ、日本は彼女たちの身を案じているのだ。
おそらく、人命尊重の考えではないだろう。
ただ、戦力としてだ。
考え過ぎかもしれないが、少なからずそのような考えが政府内では広がっているのだろう。
俺たちは、人間じゃない。あくまでも…
「兵器として見なされてるってことかな?こりゃ」
彼女は自嘲気味に言う。当然、独り言のつもりだった。しかし。
「この部隊ではそうなの?」
後ろかな話しかけられた。
思わず、ミッドウェイは振り返る。
そこには、髪を三つ編みにしたセーラー服の少女が立っていた。犬の耳のように癖のある髪をしている。名前は確か…。
「時雨、だったか?」
「覚えてくれてるんだ。まだ会って2日しかたってないのに。それにほとんど話しもしてない」
「2日あれば十分だろ?普通。それとも何だ?俺はそれだけ間抜けに思われてるのか?」
「まさか。素直に驚いてるんだよ、僕は。11人も人が増えたのに、よく覚えてるよ」
ミッドウェイは時雨の顔を見つめる。おちょくられているのか、本気で驚いているのか正直なところあまり判然としない。
艦娘になって1ヶ月ほどだが、自分の記憶力に自信が沸くような経験したことはない。
そもそも比較対象が少な過ぎて、己が平均的なのかそれ以下なのかそれ以上なのかすら把握していない。
そこに突然記憶力を褒められた所で困惑するだけだ。
が、取り敢えず返答しておく。今後の円滑なコミュニケーションに役立てることにしよう。
「そうか。まぁ、案外記憶力はいいかもしれねぇな。さて、改めて自己紹介といこうか?
ミッドウェイだ。第9艦隊第2艦群旗艦ーー要はお前さんの上司といったところだ。どれくらいの期間になるか分からねぇが、よろしく頼むぜ」
「白露型駆逐艦、時雨。これからよろしくね」
時雨がミッドウェイに手を差し出す。ミッドウェイはその手を適当に握り返し、取り敢えずの社交辞令を済ませた。
それが済むと、時雨が先のミッドウェイの独り言をぶり返した。
「それで、さっきの独り言は何だったんだい?」
「気にするな。俺のくだらねぇ考えが口に出ただけだ」
「そうなんだ。てっきり、この部隊ではそう言うことがあるのかと思ったよ。
日本でも、まだそう言う考え方が多いからね。簡単には、偏見は無くならないよ。
とは言え、仕方ないことかもしれないけどね…」
「…時雨」
「なんだい?」
「お前は『艦娘』を何だと思う」
「それは、『艦娘』の定義の話かい?」
「違げぇ。お前や俺、それ以外の艦娘が『何者であるか』って話だ」
「それなら、答えは簡単だね。僕たちは『人間』だ」
「…」
「君は、どうなんだい」
「ただの『人間』ってやつだとは、俺は思っちゃあいない」
「それなら、なんだい」
「俺たちは『兵士』だ。戦うために動く『兵器』でもないし、だからと言って普通の『人間』でもない。
『殺し』を生業にした時点でだ」
時雨が不満げに言う。
「僕らは好きで『戦い』をしている訳じゃない。必要がないなら僕らは戦ったりしない」
ミッドウェイは、時雨があえて『殺し』と言う単語を使わなかったことに気付いた。
なるほど、彼女はまだ自分の行為を正当化するだけの正気はあるようだ。
経歴には、戦闘中に性格が豹変し、やり過ぎると言うような事が書かれていたが、ただおかしくなるわけではないらしい。
自分と同じで。
「そんな『もしも』に価値はない。あるのは今という現実だ。いくら言葉で飾ろうが、やってることは変わりねぇ。そうだろ?」
「たとえそうだったとしても、僕はその意見には乗れないね」
時雨は明らかな敵意の目をこちらに向ける。これで、円滑なコミュニケーションは崩壊したわけだ。
ミッドウェイは肩を竦めつつ、言う。
「お前さんはそれでいい。だからこそ、信頼できる」
「信頼?」
「今の俺たちに必要なのは、相互理解じゃねぇ。信頼だ。
少なくとも、背中を任せられるくらいの信頼がなかったらドンパチなんてやれやしねぇ」
「僕の君への信頼は若干落ちてるんだけど」
「最初がゼロスタートだろ。だったら今はマイナスか?」
「噂で聞いていたから、最初の信頼はプラスからだよ。だから今は、ゼロだね」
「そいつはいい。これから信頼関係を築いていこうじゃねぇか」
「一度失った信用を取り戻すのは簡単じゃない。そう上手くいくとは思えないけど」
時雨が冷ややかに言う。それでも、ミッドウェイは余裕を崩さない。
「やって見りゃ分かることさ」
鎮守府艦マウント・ホイットニーから海上ドック艦アメリカへと移動して来たアレン・G・ナガブチ少将(大佐から昇進)は彼が指揮する第9艦隊第2艦群、すなわち艦娘部隊が待機するウェルドック横の待機室に入るなり、その場の空気の悪さに気付いた。
もちろん、換気が悪い訳ではない。
紛れもなく、この部屋の利用者たちからギスギスした何かが感じられた。
ナガブチはため息をつく。
こうなることは予想していた。第二次大戦の記憶を有する少女たちが、それも日本とアメリカと言う敵対していた両者が一堂に会せば、こうなることは目に見えていた。
日系人である彼も、同じような経験を何度かしたことがある。こう言う空気は、一種の異物である者たちにとって多かれ少なかれ感じるものだ。
しかし、予想出来たとしても対応策がある訳ではない。
精神的な問題は、本人たちで対応してもらうしかない。自分がそうしてきたように。
とは言え、今後彼女たちの指揮をし、その精神的な支えとして行動せねばならない『提督』と言う立場にある彼が手をこまねいている訳にもいかず、今こうしてこの艦に降りたのだが…。
今更自分1人でどうこうできる状態か?
胃の痛みが強くなるのを感じながら、彼は言葉を発した。己がこの艦隊の指揮官に選ばれた理由は分かっている。
同じ経験をした者として、彼女たちを導いてやれと言うことだ。
「さて、2日ほどだったが、お互い慣れたか?…と、言うわけにもいかないだろう。この空気を見ればすぐ分かる。
双方、感情の整理がついていないだろうからな。
しかしだ、軍と言う組織に属している以上、そう言った個人の感情が介在する余地はない。
直ぐに慣れろとは言わん。しかし、出来る限り速やかに慣れてもらいたい」
途中で口を挟まれないように、彼は一気に喋った。
誰1人として納得などしていないだろう。全く、先が思いやられる。
天の助けと言うべきだろうか?
それは突然訪れた。
『先行中のノースダコタがコンタクト。戦艦2、護衛空母2、巡洋艦4、駆逐艦8の敵艦隊を捕捉。
方位3-2-0。距離50海里』
部屋の空気が変わる。先のギスギスした空気が嘘のように消し飛び、全員が適度な緊張感を持ってナガブチに視線を向ける。
彼女たちが求めているものは分かっている。
「お客さんだ、仕事にかかれ。ミッドウェイ」
「アイアイ、キャプテン。第2艦群、出撃準備。第1戦隊は俺と一緒にオスプレイに乗って敵艦隊を上方より強襲。奴らをかき回すだけかき回して離脱。第2戦隊は瑞鶴を旗艦とし、ウェルドックより出撃。後詰めとして俺らが離脱した後に第1艦群と共に余りを潰せ。…ニュージャージー、てめぇは第2戦隊だ。親睦とやらでも深めて来い。
分かったか?分ったなら行くぞ」
『了解』
その場にいる少女たちが答え、全員がキビキビと動き始める。
各戦隊の所属艦は既に決まっていたようで、少女たちは特に迷う様子もなくそれぞれが向かうべき場所へと向かっていく。
意外なほどに統制の取れた動きに、ナガブチは僅かに驚く。
そんな彼に視線を向けて来たのは、ミッドウェイだ。ニンマリとした表情を浮かべ、そして言う。
「俺らもプロだ。私情を脇に置いて仕事するなんざ朝飯前よ」
「…また、君への評価を改めなければならないかな?」
「そうしてくれ、『キャプテン』」
「さっきも言っていたが、私はもう『アドミラル』だ」
「似合わねぇよ。今のあんたにはな」
それだけ言うと、ミッドウェイは待機室を出て行く。
長い金髪を振り乱しながら駆けていく少女を見ながら、彼は呟く。
「随分と好き勝手言ってくれるな…ミッドウェイ」
彼も動く。ミッドウェイの言いたいことは分かる。
自分も、彼女たちに相応しい『艦娘指揮のプロ』とやらにならねばならない。
それも早急に。
ウェルドック脇の待機室を出て階層を1つ上に行くと、そこにはアメリカの広大な航空機格納庫がある。
もともと、航空機運用に特化し、ウェルドックを廃した設計をしていたこの艦は、完成間近のタイミングでの無茶な仕様変更により、本来規模を縮小せねばならない格納庫がそのままの状態で残っている。
そのため、制海艦としての役割担う必要があるこの艦には20機の固定翼機ーーつまるところF-35Bと10機の回転翼機という本来と同数が搭載されている。
ミッドウェイたちが乗るのはそのうちの1機、MV-22Bオスプレイだ。
海兵隊仕様の本機は、強襲揚陸、地上作戦活動等の維持、自軍の展開を目的とした機体で、自己防衛のIDWS(暫定防御システム。機体下部にミニガン・ターレットを装備し、機体内部から無線駆動させることが出来る。降下地点の安全確保、自機の防衛のために利用する)を装備している。そのため、他の仕様の、要は海軍、空軍仕様の機体に比べると残存性が期待できる。
とは言え、7.62ミリの豆鉄砲で『深海』の連中とやり合えるとは思えないが。
ミッドウェイはちょうど格納庫から飛行甲板に上がろうとしているオスプレイを乗せたエレベーターに同乗し、飛行甲板へと上がる。
エレベーターは僅かな駆動音をさせつつ、高速で上昇する。あまりの速度に、それを予想していない者はバランスを崩すだろう。
しかし、この場いる者の中に、それを理解していない者は1人としていなかった。
わずか数秒で格納庫を抜け、飛行甲板に上がる。
オスプレイが自力で畳んでいた翼を展開し、プロップローターを広げて行く姿を横目に、ミッドウェイは先に上がっていた第1戦隊の元へと歩く。
第1の面々が彼女の存在に気付き、こちらに目を向ける。その目は、遅れて来た彼女への批判の色が浮かんでいる。
彼女はそれを無視して言う。
「全員揃ってるな?『ウォーリアギア』の動作チェックはいいか?おかしいなら今すぐ報告しろ。OK?
よし、機内に入ってから説明するの面倒だから今から降下後の動きを伝えるぞ」
「ちょっと待つデース」
「あ?」
「私はまだ、YouをFlag Shipと認めていないデース!」
そう言った少女は、頰を膨らませながらこちらを睨んでくる。
おいおい、勘弁してくれ。もう反乱か?
「アー、金剛とか言ったか?それは後にしてくれねぇかな?今は時間がねぇ。ほれ、見てみろ。もう俺らが乗るかわいい鳥さんは準備万端なんだ。
つーか、次の奴が飛べねぇから早く出てぇんだよ」
ミッドウェイは話を折る金剛にうんざりとした表情を浮かべて言う。しかし、金剛は譲る気はないようだ。
「ここで下がれば後はなあなあになりそうデスからネ。この場でハッキリさせまショウ!」
「OK、OK!んじゃ、今回の出撃でどっちが戦果を挙げるかで勝負でもしよう。丁度『ウォーリアギア』がある。戦果評価もちゃんとやってくれるだろうよ。
これでいいか?いいな?異論は許さん」
金剛は不満があったようだが、諦めたように肩をすくめて言った。
「まぁ、仕方ないネェ」
ミッドウェイは辺りの様子を見る。どうやら、かなり飛行甲板が詰まってきたようだ。彼女はため息をつきながら言う。
「ったく。乗ってからブリーフィングをやる。ちゃっちゃと行くぞ」
ロールス・ロイスが供給するAE 1107C-リバティーエンジンが咆哮する中、オスプレイの機内で、ミッドウェイは甲板上でする予定だったブリーフィングを始める。
聴力が強化されている艦娘と言えど、2基のエンジンの轟音の元ではやはり聴き取りにくいため、ミッドウェイは叫ぶように喋る。
「それじゃあ、始めるぞ。
まず、友軍機が敵艦隊に突入し、対空砲火と直掩機の目を引きつける。その隙に、本機が敵艦隊から5海里ほど離れた場所で俺たちを降下させる。
降下時の高度は3メートル。ファストロープで速やかに降下。降下終了後に艤装を展開し、その場で全周警戒。
全員集合後、敵艦隊へ接近。任意のタイミングで攻撃を開始しろ。
後は好きにやれ。それぞれ好きに撃ち、好きに殺せ。
ただし、同士討ちと負傷は許さん。たかがこの程度でやられるな。
質問は?」
「ハイハーイ!しつもーん」
妙にハイテンションなオレンジ色のセーラー服にツインテールの少女が手を挙げる。
「なんだ?川内」
川内は相変わらずよく分からないテンションで驚きの声を上げた。
「おぉ!カワウチって言わなかったね!」
「そりゃそうだ。で、ご要件は?」
「アッ、そうだ!夜戦はありますか?」
「ありません」
「エエッー!なんで⁉︎」
「今何時だと思ってますか?」
「13:00時だよ?それが何?」
「いつまでドンパチする気だ?おめーさん」
「夜戦出来るまで」
「んー、ふざけてるのか?」
「至って真面目だけど?」
「うん、もういいや。もういい。次の質問!」
「そこで諦めたら負けだよ、ミッドウェイ」
時雨がミッドウェイに言う。
「これ以上話してるとこっちにも夜戦バカが感染りそうだったんでな」
「ちょっと!夜戦バカはナイでしょう!」
「喧しい!これ以上、質問がないなら終わりだ!」
ミッドウェイは喚きつつ頭を掻き毟りながら、キャビン前方右側のチーフシートに腰掛ける。
すぐ隣の時雨が再びミッドウェイに話しかけてきた。
「いい洗礼になったんじゃないかな?」
「嫌味か?」
「言うまでもなく」
「黒いったらありゃしねぇな、お前は」
「そうかな?」
「そうだよ」
「これでもマイルドにしてるんだよ」
「そいつは理解できるが…」
「それとも、もっと直接的な言葉を使った方がいいかな?」
「勘弁してくれ」
ジョー・《ホリデー》・ローマ大尉は、艦娘たちが乗ったオスプレイが飛び去るのを、F-35Bのコックピットから見た。
第4艦隊旗艦空母ジョン・F・ケネディの航空隊からこのドック艦アメリカへと異動して来たのは第9艦隊の編成と同時で、彼と彼の率いる部隊は丸ごとこの艦の艦載機として吸収された。
同じF-35とは言えどほんの少し前までC型に乗っていたせいで、B型への慣熟作業でこの1ヶ月間は異常に忙しく、彼と彼の部隊はようやく実戦に耐え得るレベルへと達したところだ。
そして、その直後の『深海棲艦』の捕捉。
ギリギリのタイミングで、ベストとは決して言えない。
とは言え、奴らとの交戦はそれなりに積んでいる。
C型とB型など、STOVLが出来るか出来ないかの違いしか(実際には航続距離の大幅な減少と言う大きな違いがあるが)ない。
問題ない。
『アルバトロス1、発艦を許可する。風は東に4ノット』
「了解。アルバトロス1、発艦する」
管制士官からの指示に答えながら、彼はスロットルを押し上げる。
推力偏向ノズルのエンジンと、リフトファンが稼働する気配を背中に感じつつ、更に押し上げる。
機体が揺れる。
機体が飛行甲板を離れたのだ。
彼は右側にあるサイドスティックに力を加えた。
機体はゆるりと前進する。
高度を上げ、スロットルについているボタンを操作しSTOVLから通常飛行へと切り替える。
プラット・アンド・ホイットニー F135 ジェットエンジンが垂直から水平へと形状を戻す。
と同時に、リフトファンが自身の仕事を終え停止し、解放していた箇所が閉鎖される。
それが済むと彼は僚機が追いついて来るのを待つため、艦隊上空で旋回する。
彼らのミッションは、艦娘が搭乗するオスプレイの護衛ではなく、敵艦隊の直掩機を惹きつける、いわば囮役だ。艦隊攻撃も含まれてはいるが、成否は重要視されていない。
派手に動いて、本命から目を逸らさせる。
戦闘の基本だ。
そのため、彼と彼の僚機の機体には翼に即席で取り付けたハードポイントに、RGM-84 ハープーンとAIM-120 アムラームを、内蔵式のウェポンベイにAIM-9X サイドワインダーをそれぞれ2基ずつ搭載され、彼の部下の機体にはアムラームが14基、サイドワインダー2基搭載している。
今回出撃した4機編隊全機がステルス性を犠牲にした、いわゆる『ビーストモード』の状態だ。
当然、レーダーにしっかり映り、迎撃機が腐るほどやってくることが予想されるが、今回はあくまでもそれが目的である以上、武装の増強は目的の遂行と出撃機の生存性の引き上げを双方共に達成するいわば一石二鳥の効果が期待できる。
ここまでの準備は完璧だ。
後は、神のみぞ知る、と言ったところか。
僚機が位置につき、4機の編隊を組む。
ローマは旋回飛行から離脱し、速度を上げる。
巡航速度のマッハ1.2に増速する。
さぁ、仕事の時間だ。
『ウォーリアギア』。
アメリカ国防総省の下部機関、国防高等研究計画局、通称DARPAで陸軍向けに研究し、配備を目指している次世代陸上戦闘システム計画『ランドウォーリアー』をより現実的なものとした『ネットウォーリアー』計画を、更に艦娘用に調整した艦娘専用戦闘支援管制システムの名称だ。
本来、艦娘は火器管制を自身で行うため、その戦闘能力はその時の天候、兵装の精度、そして何より実戦経験と運と言う非常に曖昧なものに左右される。
そのため、艦娘のパフォーマンスは常に変化し、安定することがない。つまり、お偉方が1番嫌いな不確定要素が常に付きまとう訳だ。もっとも、その不確定要素とやらが、艦娘の力を時に100パーセント以上に引き上げているのだが、それはあくまでも数少ない『例外』に過ぎない。
『ウォーリアギア』はその不確定要素を可能な限り廃し、常に100パーセントに近いパフォーマンスを発揮するためのシステムと言える。
艦娘と艤装の間で行われる情報交流に干渉し、戦場での情報支援を行う『ウォーリアギア』はいわば艦娘版の射撃統制システム(FCS)だ。
あらゆる状況下で、正確な火力投射を行う。
たった1つの誤射、誤爆が政権の致命打になるこのご時世でスマート爆弾やミサイルといった精密兵器は戦争、紛争を行う上で必要最低限の道具だ。
当然、それは艦娘にも当てはまる。
アメリカの一員として戦うとは、そういうことだ。
もちろん、それは日本側も艦娘たちも承服している。
艦娘派遣の見返りの新兵器の技術供与とは、この『ウォーリアギア』のことだ。艦娘の戦闘能力を格段に向上させえるこのシステムを、日本側が欲しがったのは予想に難くない。
安定した戦力ほど、信用できるものはない。
また、艦娘たちも射撃管制という面倒ごとから解放され、自分たちの戦いが飛躍的に楽になると考え、『ウォーリアギア』使用に意欲的だったこともあり、本件はトントン拍子で進んでいったと言う。
正確には、『日本側との交渉』は、だが。
むしろ、本件に否定的、というより自分たちの技術を日本側へと流したくないDARPAが徹頭徹尾ごねまくって導入がアホみたいに遅れまくったとのことだ。
最後にはテネット大統領本人がDARPAへと催促(と言う名の脅迫)電話をかけて事なきを得たが、それ以降も非常に非協力的な態度を取り続けて(これに関してはミッドウェイ自身もこの目で確認した)いた。
結局、『ウォーリアギア』の最終的な艦娘との同調作業はDARPAの技術者が立ち会わないまま行われた。
当然、割りを食ったのは日本側の技術者だ。
彼らは、ほとんど初めて触るプログラムを、それなりには接して来たものの未だによく分からない艦娘・艤装間の情報交流システムに干渉し、異常をきたさないように運用出来るようにしなければならなくなったのだ。
結果はお察しの通りである。
彼らの作業が終わったのはスタートから137時間後のことだった。よく過労死した者がいなかったものだ。
しかし、そのおかげで彼らの命を文字通り削った『ウォーリアギア』は、ほぼ完璧な状態で彼女たちの艤装にしっかりと宿り、今こうして、彼女たちに情報を提供してくれている。
『ウォーリアギア』の表示画面が、友軍のF-35BがRGM-84をぶっ放したと伝えてくれた。
ブリップと横に注釈のように文字として表示されている兵装の種類と速度、ターゲットの位置情報と誘導方式、着弾までの予想時間と言う形で、だが。
このデータでは、ハープーンは4基発射され、2基ずつが護衛空母目掛けて突き進んでいるらしい。
擬似視覚でディスプレイを見るミッドウェイはそのターゲット選定を評価する。
戦艦にただのハープーンを打ち込んでもあまり効果はないだろう。
それなら、作戦部隊全体にとって大きな脅威となる艦載機をばら撒いてくる護衛空母を確実に始末してくれた方がありがたい。
光点が護衛空母に重なった。
明滅して、全ての光点が消滅する。
仕留めたようだ。
機内で小さな歓声が上がる。他の艦娘たちもこの光景を見ていたようだ。
ミッドウェイは時計を見る。擬似視覚ディスプレイに表示されているデジタル時計は間も無く作戦時間である事を告げていた。
彼女は立ち上がり、コックピットに頭を突っ込む。
と、丁度キャビンに向かうべくジャンプシートから立ち上がったロードマスターとかち合った。
一瞬の沈黙の末、ロードマスターが告げる。
『降下地点まであと5分』
爆音の中でも聞こえるように無線で告げて来た。
ミッドウェイはサムズアップで了解を伝えたあと、キャビンへと戻る。
キャビン内は先と変わらなかった。
それぞれが新しいおもちゃに興奮しているようだ。
ミッドウェイは息を吸い込み、それを一気に吐き出すように言った。
「仕事の時間だゴラァ!」
突然の大声に、全員が反射的に体を震わせる。
その中で一番早く文句を言い出せたのは、夕立だった。
「ミッドウェイさん、うるさいっぽい〜」
「知るか。テメーらの中で1人でも作戦開始時間が近いことに気付いた奴はいるか?いる?
それなら態度で示せ。立って準備するなり新しいおもちゃで楽しんでる横の奴に知らせるなりしろ。
ったく。…降下まで3分だ。準備をしろ」
少女たちは動き出す。
その光景を見ていた、ロードマスターは苦笑いを浮かべて、コックピットの中に見やりながら言った。
「まるで学校だな。生徒と教師を見てる気分だ」
「高校にしては喧しくないか?」
パイロットが後ろを向かずに言う。
「まさか、小学校だよ。低学年だ。うちの息子のクラスそっくりだ」
「ほう。随分と物騒なクラスだな?」
「小石が飛ばないだけこっちはマシだ」
パイロットは笑いながら言った。
「こっちは砲弾が飛んで来そうだぞ」
ローディングドアが開いていく。
先のやりとりが嘘のように静まり返った少女たちに対して、キャビンの爆音は悪化する一方だ。
ロードマスターが1番最初に降下するミッドウェイのファストロープ器材をしっかりと確認し、やがて肩を叩いて言った。
「準備は出来た。いつでも行ってこい」
ミッドウェイは一度だけ頷き、開いたローディングドアから軽くジャンプし、キャビン上部から海面まで垂れ下がったロープを伝い、一気に降下する。
わずか数秒で、彼女は海面に立った。
ロープから離れると同時に、艤装を展開して水没を防ぎつつ、警戒活動を開始するべく右手のマスケットに『ホーネット』を装填し、発砲。
銃口から放たれたいくつもの弾子が火を噴き、F/A-18A ホーネットを形作り、それぞれが2機編隊を組み、彼女の上空で旋回飛行をする。
ミッドウェイはそのホーネットなCAP任務と直掩任務を行う部隊に分かれるように指示する。
次に彼女は『ホークアイ』を発砲する。再び、空に飛び散った無数の弾丸が双発のターボプロップ機を作り出し、そのまま飛び去る。
と、同時にE-2Cからのデータが『ウォーリアギア』の疑似視界に映し出される。
いくつものブリップと、気象情報、それぞれの数値が画面を埋め尽くす。人間の処理能力では間違いなく頭がパンクするであろうその情報量に、ミッドウェイも吐き気を覚える。
さらに、それぞれのガンカメラやあらゆる媒体を通して、まるで千里眼のように至る所の映像が彼女の他の疑似視界を支配する。
「まるで眼が増えたみたいだな…。オエッ…気持ち悪ゥ」
と、そこに同じような感覚に陥っていると思われる川内が顔を見て青くしながら降りてきた。
「ご気分は?」
「サイアク」
ミッドウェイの問いに、川内はそう答える。
「そいつはいい。夜戦の気分じゃなくなっただろう?」
「それとこれとは別」
「呆れる程の夜戦バカだな。いや、もう中毒者かな?」
「バカじゃないし、中毒者でもない!ただ一日中夜戦してたいだけだもん!」
「それを中毒者ってんだよ」
「シャラップ!この分からず屋フラッグシップ!」
「えぇ…」
そこにもう1人の少女が降りてきた。金髪碧眼の少なくとも日本人には見えない少女だ。
「んもぉ、うるさい!この夜戦バカ!」
「何奴⁉︎」
「あたしよ!阿武隈!」
妙なテンションで自身への罵倒に反応した川内に阿武隈は真面目に答える。その答えは微妙にズレているように聞こえたが、気のせいと言うことにしておく。
どちらにせよ、味方が増えたのはありがたい。
「阿武隈もそう言ってんだ。大人しく夜戦は諦めろ、な?」
「やだ」
「どっちが分からず屋か分からなくなってきたぞ?なぁ、阿武隈どっちに問題がある?ん?」
「あたし的にはどっちにもあると思います!」
「何で⁉︎」
「どうせミッドウェイさんが先に煽ったんでしょ?」
「うん」
「なら、どっちも悪い」
こんな会話をしている間にも他の艦娘たちが降りてくる。
順番を言うなら、時雨、夕立、江風、金剛の順だ。
全員が降りるなり、オスプレイは上昇しつつ機首を巡らせ、戦域から離脱して行く。
『しばらくお別れだ。無事に帰ってこいよ』
オスプレイのパイロットからその様な言葉がミッドウェイの耳に届く。
彼女は笑いながら答える。
「そっちも気を付けてな。次もその機体の中で会おう」
『GOOD LUCK』
それだけ伝えた無線は、雑音と共に途絶える。
ミッドウェイは肩を回しながら、辺りを見る。
視線。
まだまだ1つとは言えないが、それでも彼女たちはミッドウェイに指示を求めている。
いいとも。なら、それに応えてやる。元第3艦隊旗艦、『不沈空母(アイランド)』であるこの俺が。
「いい気分だなぁ、テメェら。あ?」
誰も答えはしないが、それでも真意は伝わった。
全員が頷く。
「行くぞ。お偉方に俺たちの価値を見せてやれ」
お疲れ様です。
いよいよキャラ崩壊がひどくなってきましたね。あと、ミッドウェイさんのキャラがだいぶ立ってるおかげでヴェラの空気がどんどんと薄くなっていく。
正直、大西洋側描いてる方が好きなんですが、そう言うわけにもいきませんので、次々回では再び太平洋での戦いに戻ります。
次はいつになるか、ハッキリとはしませんが、ゆっくりと待っていて下さい。失踪など断じてしません!
最後に、このような作品を読んでくださりありがとうごさいました。