不屈ノ爪〜The Iron Clow〜   作:明るい脳筋

31 / 31
 またもや長きにわたり放置してしまいました、ハイ。
 やる気がなかった訳ではないのです。ちゃんと描いてました。
 …本当です!信じてください!


第9話 『氷山狩り』

7月10日

 

07:00時。

早々に朝食を済ませたミッドウェイは自身の乗艦するドック艦アメリカの後部、正確にはウェルドックに向かっていた。

アメリカのウェルドックには、本来ならLCAC-1エアクッション揚陸艇が3隻搭載することが出来るが、今その巨大な空間は艦娘の出撃用ドックと言う用途に占拠されている。

基本的に、陸上基地と同じものを艦載しただけに過ぎないのだが、その『艦載する』という行為がどれ程の困難を極めたかは、筆舌に尽くしがたい。

ノーフォークで知り合ったドック工員曰く『ガソリンで担当を焼く計画を立てていたが、実行に移す前に逃げられた。あんな作業は二度としたくない』。同じくノーフォークで知り合った技術者曰く『仕様変更を決めた奴を本気で殺してやろうと思った』。

これでも、かなりマイルドな表現をした者をピックアップしたのだから恐ろしい。

実際にこうなった原因である海軍上層部の担当者を連れて来たら一両日中にリンチを喰らい、赤錆と油の浮く海に浮かぶことになるだろう。

そんな、多大なる憎悪とあらゆる苦労によって産み出されたこの出撃ドックが、現状ほとんど活用されていないと聞けば、彼らはどうするだろうか?

考えただけでもゾッとする。

ミッドウェイは肩を震わせながらウェルドック内へと入った。

意外なことに広大なウェルドックは、海水を湛えてそこにあった。

本来なら艦内から揚陸艇を発進させる時のみ乾いたドックは海水に満たされるのだが、今はそう言う訳ではない。

それに、艦娘が出撃するのなら、旗艦であるミッドウェイの耳に入って来るはずだが、現状それもない。

では何故だ。

理由はすぐに分かった。

「あら、ミッドウェイさん。どうしたの?」

プールの上を疾走していた瑞鶴は、ミッドウェイの存在に気付くと、彼女の名を呼び、聞いてきた。

「艦内演習か?許可は?」

「提督さんには許可貰ってる。あの人は話が分かって助かるわ」

「ナガブチの野郎、俺には連絡もなしか…。しかし、精が出るな。こんな時間から」

「こんな時間じゃないと出来ないでしょ」

「そうだな。自由時間なんざ、この艦じゃ殆ど取れやしねぇ」

「だからこそ、大事に使わなきゃね。次の作戦は規模が大きいし…」

「失敗した時に失われる命は大戦中最悪規模だ」

「…うん」

会話が途切れる。こう言う時は激励でもしてやらないといけないのだが、生憎ミッドウェイにそんな気の利いた言葉はなかった。

「…そうだ。それで何の用?」

「あ?用がないと来たらだめか?」

「いや、そんな柄じゃないでしょ?ミッドウェイさんは」

「ひでぇな…。いや、まぁ、用はあるんだが…」

「じゃあ、早く要件を済ませて。さっき言ったみたいに、時間がないから」

ミッドウェイはため息を吐きながら言った。

「折角だ。俺と模擬戦と行かねぇか?要件はドンパチしながら。悪くねぇだろ?」

「…別にいいけど」

「じゃあ始めるか」

ミッドウェイはそう言いながら擬似的に再現された海に降り立つ。

海面に足をつけると同時に艤装を展開。そのまま水面を歩いて瑞鶴の元へ向かう。

「『ギア』使ってるのか?」

「ええ。そうじゃないと、艦内演習なんて出来ないわよ」

『ウォーリアギア』は、実戦以外でも大いに役立つツールだ。AR技術を利用した模擬戦闘演習システムに、あらゆる時代の戦闘の詳細な記録等のライブラリ機能、それらを組み合わせた、机上演習など、その機能は多岐に渡る。

『ウォーリアギア』の正式名称は戦闘支援管制システムであるが、その『戦闘支援』の中には、実戦以外での使用も含まれているわけだ。

当然、艦内での模擬戦に、その能力は大いに活躍する。

模擬弾といえど艦内でぶっ放せば酷いことになるのは目に見えているし、艦載機など飛ばせばすぐに天井に体当たりする。

当然艦内は滅茶苦茶。折角約37億ドル(機体込み)で調達した新鋭艦は戦わずして中からズタズタにされる。

そんなことなれば、出来たばかりの第9艦隊の歴史は僅か2週間足らずで大円団。現政権の息の根は絶たれるだろう。

そう言うことにならないようにするための『ウォーリアギア』だ。

いや、そのための装備ではない。正確にはその為だけの装備ではない。

演習プログラムを起動し、ミッドウェイの視界にいくつものアイコンが現われる。

数値と拡張現実の映像で表される風や潮の流れ、気温、湿度、海水温。視界が広がり、あたり一面が海へと変わる。

瑞鶴の目にも、似たように見えているはずだ。

「さて、それじゃあ始めるか」

「ええ」

瑞鶴は相槌を打つと同時に動き出した。

艦載機が虚空から現れる。数は…30機。最初から随分と飛ばしている。

が、ミッドウェイは余裕を持って動き出す。

先の戦闘と同じように、飛行甲板の拘束具を外し、マスケットを両手に持ち、横っ飛びで回避する。

と、ほんの数秒前までいたその位置に250キロの航空爆弾が着弾する。

「用ってのは、お前さんに頼みたいことがあったからだ」

「頼み?」

ドック内を駆けながら、ミッドウェイは瑞鶴に話しかける。その後ろを、烈風が機銃弾をばら撒きながら追撃してくる。

ミッドウェイは烈風に正対し、機関を逆進に入れる。烈風を視界に入れ、シースパローの標準を合わせ、発射。

ターターから飛び出したRIM-7Eシースパローは回避しようと散開した烈風の発する熱を追いかけて、それを叩き落とす。

機関を後進から前進に切り替え、再び走り出す。

「うちの艦隊には、俺とお前しか空母がいない」

ミッドウェイは瑞鶴へと発砲する。放たれた3発の砲弾を、瑞鶴は素早く避ける。

「それは…見れば分かるしッ!」

「今回の作戦では、第9艦隊の全戦力を持ってことに当たらなきゃならん」

「それで?」

瑞鶴は更に航空機を放つ。流星改と烈風だ。

「氷山空母は通常、砲撃や爆撃、果ては雷撃にも強い。硬い氷の塊は簡単には打ち抜けないし、抜けたとしても海水さえあれば速やかに再生できる。

そう言う意味では…おっと、危ねぇっと。奴は本物の『不沈空母』だ」

あらゆる角度から襲い来る瑞鶴の航空隊を、CIWSと手のMk.39で迎撃する。

「話が見えないんだけど?」

「まぁ、聞け。あの『パイクリート野郎』を潰すには、火力が必要だ。焼夷弾、ナパーム、サーモバリック。

氷を溶かす火。

それがなければ、俺たちは勝てない」

あらかた航空機を始末したミッドウェイは瑞鶴に走り寄る。瑞鶴は再び矢を番えて放つ。彗星(江草隊)に天山(村田隊)。どちらも強力な戦力だ。

が、発進とほぼ同時に、ミッドウェイの放った5インチ砲弾で粉々に粉砕される。

驚きに眼を見開く瑞鶴の脇を通過するその瞬間に、ミッドウェイは呟く。

「お前の火力では足りない」

と、同時に瑞鶴の背後に無理矢理着け、後頭部にマスケットの銃口を押し当てる。

「俺の勝ちだな」

「…そうね」

瑞鶴は肩をすくめつつ言った。

ミッドウェイは満足げにマスケットを降ろす。

「で、話の続きだがァ⁉︎」

彼女の言葉は、唐突に腕を掴まれそのまま一本背負いを取られたために途切れた。

海面に叩きつけられ、全身がびしょ濡れになる。

「フフン。これでおあいこね」

「そりゃ卑怯だぞ」

「卑怯もらっきょも大好物ってね。戦場じゃなにが起こるか分かんないものよ」

瑞鶴はミッドウェイに手を差し伸べる。ミッドウェイもその手を取り立ち上がる。

「…まぁいい。で、お前さんへの頼みってのは…」

「さっきまでの話を聞く限りじゃ、私は攻撃向きじゃあないって感じ?」

「今回の作戦ではな。だから、今回は俺の代わりに艦隊防空に専念してもらいたいって訳だ」

「でも、戦闘機の性能じゃそっちの方が良いんじゃない」

「だろうな。だが、俺も今回は忙しいんでな。防空にまで手が回らん」

「だから、私に任せるって訳ね」

「俺はこれまでの戦争で随分と色々なモノを焼いたからな。ウチの艦載機はそう言うのが得意なんだ。

機体選択はお前に任せる。いい感じに戦闘機で固めてくれりゃなんとかなるだろう?」

「やってみないと分かんないわね。まぁ、やれるだけやってみるわ」

「やって貰えなきゃ困る。いいか、俺たちがミスれば…」

「大勢の人が死ぬ。分かってる。やってやる」

瑞鶴は真剣な表情で言い切った。覚悟は出来ているようだ。

「じゃあ、頼むぜ」

ミッドウェイはそれだけ言うと、濡れたままその場から立ち去る。

全く…。

「風呂入らなきゃならねぇ」

彼女は独りごち、水滴を滴らせながら艦内を抜けて行った。

 

ドック艦アメリカには巨大な浴室が用意されている。乗員たちも使用可能だが、それは副次的なもので、メインは艦娘たちの入浴、と言う名の修復作業だ。

もちろん、修復以外にも普通に入ることも出来る。風呂に入ってさっぱりすると言うのは日本人らしい考え方だが、実際にやってみると、思いの外気分が良くなってので、ミッドウェイも事あるごとに他の艦娘たちと同じようにこの設備を利用するようになった。

利用者ーー要は艦娘だがーーとのコミュニケーションもこの場ではしやすく、皆酒が入ったかのように口が緩くなった。

先の戦闘以降、ある程度打ち解けたとは言え、まだまだ他人に近いミッドウェイはこの機会を常に生かし続けた。

ひどい時は1日に5回も風呂に入り、その全てが長風呂だった。

結果体から熱が抜け切らず、何度か医務室の世話にもなったが、身を削る努力は無駄にはならなかった。

おかげで、第1、第2戦隊双方の艦娘と、少なくともブラックジョークを言い合えるくらいの仲にはなった。

先の瑞鶴との模擬戦はその好例と言えるだろう。

ミッドウェイはそれを思い出し、思わず笑みを浮かべる。

艦隊内での不和を打ち崩せば、それだけ仕事が楽になる。

仕事が楽になれば、ミッドウェイのストレスは自ずと減ると言う訳だ。

「ん〜、順調順調」

若干はっちゃけたように独り言を呟きつつ、濡れた制服を洗濯機に叩き込み、あまり濡れていない下着やらをバスケットに打ち込む。

すっかり解放された彼女は更衣室と浴室の仕切りドアを全力で開放し、何となく叫ぶ。

「バァァァスタァァァイムッッ‼︎」

浴場に反響する声。そして噎せる音。…噎せる音?

ミッドウェイは浴室を目で隈なく探る。

人影。

彼女は特に迷うことなく横にあったかけ湯用の洗面器をぶん投げる。

21万馬力の腕から放たれた洗面器は紛れも無い凶器となり、その人影の記憶を奪うべく突き進む。

が、洗面器はギリギリのタイミングで躱され、浴室のタイル壁に叩きつけられ粉砕される。

「っぶなぁ!ちょっと、何すんのよ!」

声の特徴から相手が何者か把握し、そして回避されたことに合点が行く。

「喋るな。貴様は見てはいけないものを見たのだ。ただの負傷で済むと思うなよ」

ミッドウェイは川内に冷徹に告げる。

「いや、ここにいるの私だけじゃないからね!」

「何?」

川内のその発言に、ミッドウェイは驚く。畜生め、2人分も記憶を殺らないといけないとは…。

「いや〜、ミッドウェイさん。ありゃないっすわw」

ターゲット確認。夜戦バカ師弟コンビ。

「排除開始」

ひとまず江風から始末を開始する。浴室を全力で走り、手に持った垢すりで、その細首を狙う。

結果は見えていた。

当然のように、濡れたタイルで足を滑らせたミッドウェイは、硬い床に叩きつけられつつ、それでも止まらずに浴槽に盛大にダイブする。

一瞬意識が飛び、水死体よろしく浴槽に浮かんだミッドウェイの耳に、川内の声が聞こえた。

「大丈夫?」

本気のトーン。

2人が覗き込む気配を感じ、考えることなくその無防備な下半身に足払いをかます。

「ぅうぉわっ!」

奇妙な叫びを上げつつ、2人は仲良く打っ倒れる。

倒れた川内の方にマウントを取り、ミッドウェイは勝利の叫びを上げる。

「グッバイ!グッナイ!フハハハッ!」

「クソッ、テメェ!」

理性をかなぐり捨てたミッドウェイの狂言に乗せられたように江風が割と本気で殴りかかった。

理性が飛んでいるにしては脅威にしっかりと対応したミッドウェイは、右腕の艤装を即座に展開し、飛行甲板を盾にする。

ところが、予想外のことに飛行甲板が大きく凹んだ。

そこで、ミッドウェイの理性が帰ってきた。

と、同時に悟る。

さっきの、普通に受けてりゃ死んでた。

思わず後ずさりしつつ、両手を上げて命乞いをする。

「あ、いや待て、悪かった。悪ノリが過ぎた。ほら、この通りだ。土下座くらいはするからさ、な?だからその拳を下ろせ」

「振り上げた拳ってのはさ、どっかに落とさなきゃいけないンだよなぁ」

江風が笑顔で言う。その割には殺意しか感じないが。

まずい。非常にまずい。死ねる。

「あの…川内さん」

「何?」

「あのお弟子さんに落ち着いてもらうように言ってくれませんか?」

川内は考え込むような仕草をした後、サムズアップをしつつ笑顔で言う。

「自業自得☆」

「外道が!」

「ほーら、自分の心配をしないとやばいよ?」

ミッドウェイは背後に気配を感じ、逃げようとした。が、腕を掴まれ、それは妨げられた。

「捕まえたぜぇい」

拳を握る江風。

「おい、よせ、やめろ!お前、俺の頭狙ってるだろ!それは、洒落にならんぞ⁉︎この辺りに俺の脳漿ぶちまけて誰が得するんだ⁉︎」

「問答無用‼︎」

江風から無慈悲にも放たれた拳が迫るなか、ミッドウェイの悲痛な声が浴室に響く。

「頭はやめろぉ!」

 

体に熱が戻るのを感じつつ、ミッドウェイは目を開けた。頭痛がひどい。

「あぁ、ここは天国か…」

「あ、起きた。おはよ」

ミッドウェイのボケを無視しつつ、川内は快活そうな声でモーニングコールをする。

「…あれ?俺の頭まだ付いてる。なんで?」

「結構記憶が飛んでるね。ほら、横見て」

「横?」

首を動かして横を見る。

そこには、今もスヤスヤと眠っている江風がいた。額に青あざがある。

「なんでこいつが寝てんだ?」

「うわぁ、ほんとに忘れちゃったの?」

「?」

「ミッドウェイさん、江風に頭突き喰らわしたんだよ」

「まじ?」

なるほど、道理で頭が痛むわけだ。

「いや〜、あの土壇場でよくあんな動きできるねぇ。流石は噂のモンスター」

「そりゃどうも」

それだけ答え、ミッドウェイは江風を見つめる。

うむ…、このままにしておきたいところが…そう言う訳にもいかない。

「…あんま乗り気しねぇが…起こすか」

「起きた瞬間に気を付けなよ?もしかしたら、そのまま…」

「妙なこと言うな」

ミッドウェイは江風の顔をペチペチと叩く。

「おい、起きろ。おーきーろー」

赤髪の少女は起きない。このまま寝かせていてもいいのだが、こんな格好で寝ていては確実に風邪を引く。今夜の作戦に支障をきたされたら困る。

ミッドウェイはため息をついてから、耳元で囁く。

「夜戦が待ってるぞー」

「夜戦⁉︎」

江風は飛び起きる。危うくぶつかるところを、ミッドウェイはすんでのところで避ける。

「おっと、危ねぇ。マジで持ってかれるところだった」

「ミッドウェイさん!夜戦はどこでやってンだ?」

江風は先程のことをすっかり忘れているらしく、ミッドウェイに言う。

「江風ー、夜戦はやってないよー」

川内が能天気そうに告げる。

「あ⁉︎まさか騙したのかよ?」

江風はミッドウェイに詰め寄る。

「いや、俺は何も言ってねぇぞ」

「嘘だ、江風聞いたぞ!間違いなく『夜戦』って!」

「夢でも見てたみたいだね?だが、残念。夜戦は今日の夜だ」

「ンだよ…。今日の夜か…ん?今晩⁉︎夜戦⁉︎キターッ!」

「あー、うるせぇ。これだから、イカれたテンションしてる奴は面倒なんだ」

「人のこと言えるの?」

耳を抑えるジェスチャーをするミッドウェイに川内は言う。

「お前もだろうが」

「というか、この艦隊みんなこんな感じじゃない?」

「そういや、そうだな」

と、背中に唐突に体当たりが仕掛けられた。

「グエェ」

奇妙な悲鳴を上げて浴槽で翻筋斗打つミッドウェイのをよそに、江風は言う。

「そうと分かれば早速準備しないとな!川内さん、一緒にしましょう!」

「うん、いいねぇ!それじゃ、ミッドウェイさん。私たち先出るから!」

ミッドウェイの返事を待たず、2人は出て行った。

1人残されたミッドウェイはごちる。

「俺の扱いが酷い…」

湯気の中に、その言葉は消えていった。

 

無駄に疲れたミッドウェイはそのまま浴槽で休むことにした。

さっきのケンカ…と行っていいか分からないアレのせいで、全身が痛い。

作戦前にこんなことをしていて大丈夫なのだろうか?

よくはないだろう。

扉が開く音が聞こえる。

人影は…2つ。

誰だろうか?

ただのシルエットだった人影が、しっかりとした形で姿を現した。

「あれ?これはこれは。良いところで会いましたね、ミッドウェイさん!」

「んあぁ、青葉と衣笠か…」

「随分と疲れてるね?さっきの『あの2人』と関係ある感じ?」

「ご明察」

「ところで、早速取材したいのですが!」

「容赦ねぇな、お前」

「恐縮です!」

「褒めてねぇよ…」

「ごめんね〜、この娘いつもこんな感じなの。もう、青葉。もうちょっとタイミングを考えなよ」

「ガサ、それじゃダメなんだよ。取材は一期一会。今この瞬間に感じること、言いたい事を語って貰わないと、本物の…『真実』の記事は書けない」

「…とまぁ、こう言ってるんで…。取材、受けて貰えないかな?」

「…たく。分かった。好きに始めてくれ」

投げやりに言うミッドウェイに、言質を取ったとばかりに青葉は何処からかジップロックに入れたICレコーダーを取り出し、それ起動させて取材を始める。

「まずは、ミッドウェイさんの前の所属をお聞かせください」

「アメリカ海軍太平洋艦隊第3艦隊。旗艦をしてた。同僚にニュージャージーのお嬢様気取りがいる。他にも結構な数の艦が俺の、と言うより俺に乗ってたランシング中将の指揮下にいた。

パラオにヴェラ・ガルフがいたろ?あいつも、元はと言えば俺の部下だ」

「なるほど。だから、あんなに指揮が手馴れていたんですねぇ」

「そんな上手かったか?」

「はい!何というか、有無を言わせないあの感じが旗艦って感じです!」

「はーん。そういうもんなのか、衣笠?」

「…あっ。う、うん多分、きっとそうなんじゃないかなぁ…」

歯切れの悪い返答。明らかに話を聞いていなかった。ふむ、たまにこうやって話を振らなきゃならないな。

「では、次の質問です」

「どーぞ」

「ズバリ、ミッドウェイさんの戦う理由は何ですか?」

「戦う理由、ねぇ」

即座に返答できない自分がいる。もちろん、祖国のために戦っているのは言うまでもない。そして、この世界の安定のためにも。

だが、彼女の中にはそれ以外の何かも、確かに存在した。

それが何か、彼女も理解している。

俺の、『バケモノ』の部分。戦闘中に表面化する、殺戮衝動の権化。それが、戦いを求めているのだ。

総合すれば、彼女の戦う理由とは、世界を救うと言う理由を盾としたただの趣味となる。

流石に、それを口に出すのは気が引けるが、だからと言って嘘をつくのも後が面倒になるかもしれない。

ミッドウェイが言葉を詰まらせたのは、ほんの一瞬だった筈だが、経験豊富なこの艦娘はその裏にある真実を直ぐに汲み取ったらしい。

「何か、言い難いことでも?」

「よく分かるな。感心するよ」

「いいんですよ、本当の事を語っていただいて。先程も言いましたが、青葉は『真実』を知りたいんです。言い繕った綺麗事じゃない、あなたの本心を知りたい。

それが青葉の、取材に対する心構えであり、ポリシーです」

「『真実』…か。それが、お前にとって、いや、世界にとって不都合な物でも、お前はそれを『真実』として報道するのか?」

「ええ。それが、『真実』なら」

「ふん、それがお前の覚悟か。なら答えてやる。

俺が戦う理由は、我が祖国を救うためだ。それは、世界を救うのと同義であり、それが俺の大義だ。

と同時に、それを戦闘行為の正当化の出しにしていることも否定は出来ない。

俺は戦いたいんだ。俺の戦闘艦としての役割である以上に、戦いを望んでいる。

これが俺の答えだ。どうだ、満足か?」

ミッドウェイの吐露を、青葉は表情を変えずに聞く。一方の衣笠は困ったように頭を掻いている。

非常に居心地が悪そうだ。

まぁ、当然だろう。旗艦がイカれた戦闘狂だと分かったのだ。誰でも不安になるだろうし、居心地も悪くなろう。

しかし、青葉はそれをおくびにも出さずに平然とインタビューを続ける。

「なるほど、なるほど。それが、あなたの強さの根源ですか…。

深く考えない分、戦闘に集中出来るってことですかね?」

「さぁな」

「いや、よく話し続けられね?2人とも」

衣笠がツッコミを入れる。と、言うより居心地の悪さに耐えかねてとにかく会話に入ってきたような感じだ。

「それは俺も思ってんだがな?青葉、お前はさっきの答えに驚きも無しか?」

「いえ。青葉も驚きましたよ?旗艦がイカレ野郎だったんですからね。

でも、今さらこの程度で驚くのも馬鹿らしいんですよ」

「馬鹿らしいときたか」

「ええ。これまでも、色々な方の取材をしてきましたが、毎回何かしらの驚きがありました。

今回のミッドウェイさんのお話は、その中でも上の中くらいですかねぇ?

それくらいで驚いていたら、この仕事は務まらないんですよ」

「プロ根性ってやつか?」

「かもしれません。まぁ、伊達に艦娘と記者の二足のわらじを履いてないですからねぇ。

あ、この辺りは記録していないので安心してくださいね」

「手際がいいな」

「勿論です。もう長いですから。

…さて!湿っぽい話はやめて、次の質問に移らせて貰いましょう!

ここからは、ミッドウェイさん個人のお話を聞かせてもらいます」

「あ、それ、衣笠さんも気になる」

「でしょ?と、言うわけで質問その1。好きなことは何ですか?」

「戦闘」

「んー。そうでしょうねぇ」

「夜戦バカのこと言えないじゃないの?」

「るせぇ」

「次の質問です。嫌いなものは何ですか?」

「あー、嫌いなもんか。…特に思い付くもんはねぇなぁ。大抵のことは嫌いじゃねぇし…。強いて言うなら…平和な空間?」

「艦娘にあるまじき回答、ありがとうございます!」

「これ、使うのか?」

「勿論です」

「流石にそれは不味くない?青葉」

「ダメダメ。ガサ、甘いよ!こういう時はもっとガッ!って行かないと」

「ちょっとよく分かんない」

「インタビュー、止まってんぞ」

「あ、すみません。えーっと、好きな食べ物は?」

「ジャンク」

「幅広っ」

「もうちょっと絞れませんか?」

「あー、JFKの油ベタベタのハンバーガーは最高だったな。二度と喰いたくねぇが」

「どっちよ」

衣笠の的確なツッコミ。

「あれだ、青汁のCMにもあっただろ?『まずい、もう一杯!』とか言うやつ」

「あぁ、キュー◯イ青汁ですか。なるほど、アレと同じと…」

「いや、なんで知ってるの?あれ、日本のCMじゃあ…」

「細かいことは気にするな」

「結構大きいことだよ⁉︎」

「もぉ〜、分かってないなぁガサは。そんなんじゃ、いつまでたってもいい人見つからな…ウッ」

いつの間にやら、衣笠は青葉に腹パンを食らわせていた。ミッドウェイの目を持ってしても見えなかったとなると、相当なダメージが入ったと見て間違いないだろう。

彼女の見立ては正しかった。

青葉の体が、衣笠に寄りかかる。完全に意識が飛んでいるようだ。

「ごめんね、変なことに付き合わせて。青葉にはキツーク言っておくから」

「お、おう」

ミッドウェイは若干たじろいで、後退りする。と、不意に頭がクラっときた。

どうやら、頃合いらしい。

「悪い。ちょいと長風呂しすぎたみたいだ。俺は先に上がる」

「あ、うん。夜の作戦、頑張ろうね」

「ああ」

言葉少なく、風呂から上がる。立ち上がるときに視界が暗くなり、スッと力が抜けるが、それを微塵も感じさせない足取りで、ミッドウェイは浴室を出た。

扉を開け、再び後ろを振り返ってみたが、湯気がその視界を遮り、先程まで彼女が浸かっていた湯船は見えなかった。

 

洗濯の済んだ制服に、ミッドウェイは腕を通す。微かに香る甘ったらしい柔軟剤の匂いに顔をしかめながらも、生乾きの匂いがするよりはマシだと諦める。

更衣室を出て艦内の狭い通路に入る。と、途端に息苦しさを感じ、広い場所を求めて上の階層へと向かう。

浴室はウェルドックと同じ階層にあり、その階には艦娘たちの待機室という名の溜まり場と狭苦しい艦内でのささやかなプライベート空間として宛てがわれる2人部屋がある。

そこをさらに1つ上がると航空機の広大な格納庫だ。

ミッドウェイは比較的息苦しさを感じにくい、その格納庫へと向かった。

隔壁扉を開けて、再び閉める。

LED電球に照らされたその部屋は、いくつもの航空機で埋め尽くされている。

F-35BにMV-22B、CH-53K、AH-1Wなどなど。さながら海兵隊採用機の展示会のようだ。

素人が見れば、ただ乱雑に放置されているように見えるだろうが、実際のところはそうではない。

有事の際にどの機体を最初に上げるか、整備のしやすさはどうか、弾薬等を搭載する時にどの位置にどの機体があれば楽か。

そう言った効率化を突き詰めた結果の配置が、現在のこの格納庫だ。

すでに今夜の作戦に向けて機体の整備、弾薬等の準備が始まっており、格納庫内はどこも殺気立った整備士たちで溢れている。

まずいタイミングで来たと思いつつもそこから更に上の飛行甲板に上がる気にもなれず、邪魔にならなさそうな壁際で彼らの動きを眺める。

騒々しい整備音と、罵声、黄色の警報灯とそのサイレンが鳴る喧しい空間ではあったが、どちらかと言うと忙しさを好むミッドウェイにとってはこの空気はむしろ居心地がいいほどだ。

静かなのも嫌いではないが、性に合わない。

そんな思考をしつつも、しっかりとこの空間を観察していた彼女の目に、格好こそ似合わないものの、服の中の人物だけはこの場に案外合う少女を見かけた。

どうやら迷っているらしく、辺りをキョロキョロと見回し、時々足元にある障害物に引っかかりながら危なっかしく歩いている。

ミッドウェイは足早にそこへと向かう。このままほっておいたら大惨事になりそうだ。

ミッドウェイは阿武隈の手を掴み引っ張っていこうとする。が、阿武隈の小さな悲鳴を聞いて、咄嗟に危険を感じて少し距離を取ろうとする。

遅かった。

彼女が後ろを向きながら下がろうとしたその瞬間に、右の頰にビンタがすっ飛んできた。

小気味よい音を響かせながら、ミッドウェイは思わず後ずさりする。

「何すんのよ!この、変た…?あれ、ミッドウェイ…さん?」

「フフッ、いいビンタだ…。効いたぜ、こんちくしょう」

阿武隈は現状を理解したらしく、見ていて分かるほど焦り始めた。

「あ、あの、これは誤解で!突然手を掴まれたからてっきり、痴漢かと思って…。だから、決して、何か悪意があったとか、そんなんじゃないから!」

「分かった、分かったから!落ち着け、な?ほら、こっちめっちゃ見られてるじゃねぇか」

我に返ったかのように、阿武隈は周りを見回した。

が、喧騒に満ちたこの空間で、このような怒鳴り合いは些細なことだ。

実際のところ、それはミッドウェイのハッタリであり、彼女たちのこの一悶着を見る者は誰もいなかった。

騙されたと分かった阿武隈は今度は怒りの表情を浮かべる。実に感情豊かだ。大いに結構。

が、少しやり過ぎたかもしれない。今にもこちらに殴りかかってきそうだ。まぁ、もう喰らわないが。

意外にも、阿武隈は矛を収めた。江風とは大違いだ。

流石に、いくらあまり注目されていないとはいえ、公共の場で旗艦に殴りかかる艦娘というのはいささか面倒なことになりかねないと言う判断は出来るくらいの理性は持ち合わせていたようだ。

とは言え、煽り過ぎるのは注意が必要だな。

ミッドウェイは頭の中でそう結論付けつつも、あまり本気で心には留めなかった。

「まぁ、いいです。悪かったのはこっちですし…」

「そんなこたぁどうでもいい。こっち来い」

「ちょっと、手を掴まないでよ!」

「掴んでねぇと迷うだろ?」

「…まぁ」

「なら文句言うな」

無言のまま、少し前までミッドウェイがいた壁際まで移動する。

そして、そこに着くなりミッドウェイは手を離しつつ阿武隈に聞く。

「で、このクソ忙しい時にあんな場所で何してたんだ?あん?」

「ちょっと迷っちゃて…」

「んまあ、そうだろうなぁ。で、どこに行きたかったんだ?」

「え?部屋だけど?」

「ちなみにどこから帰る時に迷った?」

「待機室」

「なんで同じ階層のところで迷うかねぇ…」

「え!同じだったの?」

「えぇ…。今までどうやってこの艦で生きて来たんだ?」

「何となくで」

「あー、なるほどなるほど。うん、OK。よし、俺が送ってってやる。だから道覚えろ。このまま放置してたら艦内で迷子になってお前さん死にそうだ」

「そんなことならないですぅ!」

「真剣な話だ。でかい艦で迷子になって死にかけるってのは稀にあるぞ」

「嘘…」

「嘘だ。が、そうなってもおかしくない程の空間であることを忘れるな」

「うぅ…」

阿武隈のうめき声を無視して、ついでに腕を掴んで歩き出す。阿武隈は一瞬嫌がったものの諦めてそのまま着いてくる。

先とは逆に、隔壁扉を開け、近くのラッタルを降り狭苦しい通路をずんずん進んでいく。

やがて、2人は阿武隈の部屋の前に辿り着いた。

「覚えたか?」

「…」

「ん?何だ?まさか覚えてないとは言わないよなぁ?」

「ば、馬鹿にしないでよ!あたしだってちゃんと出来るんだから!」

「じゃあ、1人でもう行けるな?」

「…えっ?」

「ほーれ、早速テストだ。さっきの場所からこの部屋まで、行って戻って来い」

「なんであたしがそんなことしないといけないの?」

「自己申告なんざ信用ならんからな。俺も見といてやるから、安心して行ってこい」

「いや、それはちょっと…」

阿武隈は言い淀む。

「どうした?覚えたんだろ?」

「…」

無言の阿武隈。それが答えだった。

「…ったく。覚えてないならそう言え。

…しかし、困ったな。この程度の道も覚えられんとなると、俺もどう教えたらいいか分からねぇぞ」

頭を掻くミッドウェイに阿武隈は言う。

「もういいです。なんとかしますから」

「なんとかなるとは思えねぇんだがなぁ。…そうだ。こう言うのを教えるのは、あのお嬢様が慣れてるだろ。そうに違いない。俺が決めた、今決めた」

「何言ってるんですか…」

困惑気味の阿武隈に、親指を立てながらミッドウェイは言う。

「安心しろ、阿武隈。お前の悩みはすぐに解決するぞ」

いい笑顔。

「いや、別に悩んでないんですけど…」

 

「…で、そんな理由で私を呼んだと」

数分後、ミッドウェイに呼び出されたニュージャージーは腕組みをし、靴を鉄の床に打ちつけながら言う。

口調は丁寧そのものだが、語気とその態度から明らかに苛立っているのが見て取れた。

が、ミッドウェイはそれに気付きながらもあえて無視し、答える。

「そうだ」

「なるほど、なるほど。私は貴女から緊急だからすぐに来いと言われて、ティータイムをわざわざ、わざわざ中断して来て差し上げたのですよ?

そして、来たら来たで理由が、『ソレ』だと?」

わざわざの部分を無駄に強調しながら、更に語気を強めてニュージャージーは言った。

「ああ」

ミッドウェイの返答は淡白そのものだ。

阿武隈はハラハラしながら、2人のやりとりを見ていた。

ただでさえイラついているニュージャージーを、適当にあしらおうとするミッドウェイ。

火に油のような対応だ。ロクなことになる筈がない。

「ハッキリと言いますわ。私は別にそう言うことが得意だとは一言も言ってはいませんわよ。

明らかにお門違いですわ」

「まぁ、そうだろうなぁ。俺が勝手に決めたことだからな」

あ、マズイ。阿武隈が思った時にはすでに遅く。

「は?私、キレますわよ」

拳を鳴らすニュージャージー。その動作にお嬢様らしさのかけらも見られない。

「ああ、別に構わねぇぞ」

その挑発にアッサリと乗るミッドウェイ。

阿武隈は呆れた。この艦隊、大丈夫?

取り敢えず止めなくては。

「ちょっと、ちょっと!2人とも落ち着いてよ」

「外野は黙っててくれ」

「そうですわ、これは私たちの戦いです」

「あたしも当事者なんですけど…」

「なんだ?お前も混ざりたいのか、阿武隈?」

「ち、違います!」

「なら、すっこんでろ」

ミッドウェイは話は終わりだと言わんばかりにファイティングポーズを取る。

ニュージャージーも同じように構える。

一触即発の空気が、通路に立ち込める。

ミッドウェイが、足に力を入れた…ように見えた。少なくとも阿武隈にはそう見えた。

と、その瞬間にはニュージャージーの鼻先までミッドウェイは迫り、最初の一撃を加えるべく拳を放っていた。

あまりの速度に、阿武隈の目は全く追いつかないほどだ。

が、ニュージャージーは涼しそうな顔でその拳を掴み、勢いよく引っ張り、体勢を崩して前につんのめるミッドウェイの顔面に、膝蹴りを叩き込む。

嫌な打撃音。

くぐもった悲鳴と、血飛沫が通路を舞う。

ニュージャージーが、更なる打撃を加えるべく追撃に移る。

が、ミッドウェイもそれを許さず、二撃目が来る前にニュージャージーの顔に向かって血の混じった唾を吹きかける。

突然の目潰しをすんでのところで防いだニュージャージーはしかし、それによって生まれた、大き過ぎる隙をカバーすることは出来なかった。

攻撃態勢と、視界を一時的に奪われたニュージャージーは、ミッドウェイに足払いを受けて抵抗虚しく重力に従って通路に倒れる。

痛みに悪態を吐いたニュージャージーは、瞬間視界の端に脅威を見て取り、咄嗟に左に転がる。

風切り音が聞こえた後皮膚に熱い痛みを感じる。

当たれば失神するだけでは済まないだろう蹴りを何とか回避したニュージャージーは転がった勢いを利用して立ち上がり、ミッドウェイを睨みつける。

 その頬から血が流れる。

「殺す気ですの?」

怒気に震えるニュージャージーを涼しい顔で眺めるミッドウェイはさも当然のように頷きながら言う。

「そうでもしなけりゃお前には勝てんのでな」

「…そちらがその気なら、こちらもやり方を変えないといけませんわねぇ」

一呼吸置いた後のニュージャージーの口調は、大きく変わっていた。

「手加減抜きだ」

 

側から見ていた阿武隈は、その言葉を向けられた訳でもないにもかかわらず、全身に鳥肌が立つのを感じた。

ニュージャージーとの付き合いが長い訳ではないが、なんだかんだで既に1週間以上を共にしている。特に、『Ice Hant』作戦の都合上この2日間は当直が同じで、待機室で談笑したり、ティータイムをするくらいには親しくなっていた。

もう見知った相手と言っても構わないだろう。

と、考えていた。

今、この瞬間までは。

しかし、今目の前に立つニュージャージーは最早阿武隈の知る相手ではなかった。

おそらく、これが彼女の『素』なのだろう。

ミッドウェイがよくニュージャージーを『エセお嬢様』と呼ぶが、それが事実だったことは明白だ。

だからこそ、今すぐに止めなくては。このままおっ始められたら、この艦が半壊するまでそう時間はかからないはずだ。

阿武隈は自らを奮い立たせ、止めに入るべく一歩前出ようとした。

が、その前に誰かがミッドウェイとニュージャージーの間に割って入った。

命知らずのその人物の顔を見て、どう言う訳か阿武隈は納得した。

なるほど、この人ならやってのける。

「Youたち!一体いつまでその下らない喧嘩をしているつもりネー!」

金剛は珍しく苛立ちを募らせているようで、眉を潜めている。

あまりいい予兆ではない。

大抵の者は金剛のこの気配を察して鉾を納めるのだが、いかんせんこの2人はそんなことを気にかける人物ではない。

特に、今のようにあまり冷静でない場合は。

「邪魔しないでもらえるか?」

ニュージャージーは言う。金剛は片眉を上げながら言う。

「フーン。Youはそんな喋り方も出来たんデースネ」

と、その一言でニュージャージーはハッと我に返ったように眼を見開く。

自分の口調が変わっていたことに気付いていなかったようだ。

バツが悪そうに、ニュージャージーは目を泳がせながら言う。

「あー、もしかして…『出て』ましたの?」

「おうおう、出てたぞ。エセお嬢様?」

ニヤニヤしながらミッドウェイは煽る。相変わらずレベルは低いが効果は絶大な煽りだ。

「いい加減その減らず口を…」

再び口調の変わったことに気付き、ニュージャージーは口を塞ぐ。そして、ミッドウェイを睨み付ける。

数呼吸を置いてから話し始めたことから、ニュージャージーが自らの『素』を押さえつけるために時間がかかったことが分かった。

「…もうその手には乗りませんわ。私はもう貴女と手合わせする気はありませんわ」

ミッドウェイは、両手を挙げ頭を振りながら言う。

「あっそ。つまらねぇなぁ」

「…それで、この騒ぎはなんデスカ?」

金剛は疑問を呈す。

「…ありゃ?何だっけな」

ミッドウェイは頭を捻る。

「あたしの方向音痴を直すって話しじゃないんですか?」

「あぁ、そういやそうだったな」

「忘れてたんだ…」

「いや、忘れてた訳じゃねぇ。ただ、頭から抜けてただけだ」

「それを忘れてたって言うんですわよ、まな板空母さん?」

「死に晒せ」

「あ?」

「アン?」

再びピリつく空気を感じ取った金剛が動く。

メンチを切る2人の頭をブン殴る。

小気味のいい殴打音が通路内で響く。

「痛ってぇな!テメェ!」

「なんで私まで殴られるのです⁉︎」

「喧しいデース!これ以上ここでNoisyにするならワタシがYouたちをScramble Eggみたいにグチャグチャにしますヨ?」

鋭い眼光に、ミッドウェイとニュージャージーは後退りする。

本気でやりかねない空気を醸し出す金剛に逆らう勇気を持ち合わせていなかった2人は、素直に従う。

「分かればイイネ。…さて!アブゥ?」

「え?あ、はい。何でしょう?」

「Youの方向音痴はどれだけヒドイんですカ?」

阿武隈への問いに、ミッドウェイは答える。

「待機室から自分の部屋まで戻れないくらいだそうだ」

「Oh…」

金剛は若干引きながら言った、そして、しばらくの無言の後に阿武隈に言う。

「アブゥ。ワタシは別にYouの方向音痴をどうこう言うつもりはないデスガ…それはヤバイデース…」

 その一点に関しては、全員の意見が一致していたらしく、金剛の言葉に追従するようにニュージャージーも言った。

「…まぁ、確かに、それはマズすぎますわね。直した方がいいですわよ?それも早急に」

 何故か得意げなミッドウェイが更に追撃を掛ける。

「そうだ。だから言っただろ?早々にどうにかしねぇと手遅れになっちまう」

「もう!分かりました!じゃあそれを治すにはどうしたらいいんですか!」

 阿武隈の半ば投げやりな言葉に、真剣に3人は考える。

「まぁ、簡単に治るものじゃないですわね…」

「ワタシも、そう言ったQuestionには苦手ネー」

 ニュージャージーと金剛は早々に思考を投げ捨てたようだ。

 一方のミッドウェイは無言でどこかを見ながら何かを考えている。…ように見える。

 実際のところはその姿を見ただけでは分からない。

 しかし、何かしらの結論が出るような雰囲気を、阿武隈は感じた。

 別に悩んでいる訳ではないが、治せるなら治しておきたいのが、今の素直な気持ちだった。

 やがて、ミッドウェイは目を上げた。

 まるでどこか遠くに意識を飛ばしていたかのように僅かに体を震わせ、目を瞬く。

「いい案とは行かねぇが、まぁマシな提案は出来た」

「あら?意外ですわね。てっきり問題を提起してその後は放置するタイプの荒らし野郎だと思っていたのですが」

「あぁ、ニュージャージー。テメェと違って困った奴はほっとけない性分でな」

「ハッ!笑わせてくれますわね?で、その貧相な頭で考えた精一杯のご提案をお聞きかせ願いますわ」

 相変わらずの煽り合いをしつつも、ミッドウェイは解決策を提示する。

「何にせよ、根本的解決はしばらく時間がかかるだろ。それなら、矯正するのが一番手っ取り早い」

「矯正?」

阿武隈は困惑気味に聞く。視力や歯並びとは訳が違う。一体どうやってするのか?

「…まさか痛くしないですよね?」

「当たり前だ。ぶん殴って解決出来るならそれに越したことはねぇが、そんな『昭和式家電解決法』が役立つのはそれこそ白黒テレビくらいのもんだ」

「あ、そうですよね」

「要するにだ、お前が道に迷わないようにすりゃいんだろ?なら、ナビを与えるのが1番簡単だ」

「Oh!Navigation!確かにそれがあれば一発でSolvedネ!でも、いつもそんなものをCarryするにのはメンドクサイんじゃないデスカ?」

「おいおい金剛?いつも似たようなものを持ち歩いてるだろ?」

「What?」

「『ギア』、ですわね」

 金剛の代わりにニュージャージーが答える。金剛と阿武隈は合点が入ったとばかりに口を開けた。

「なるほどネ、それならAlwaysで使えるってワケネー」

「でも、『ウォーリア・ギア』にそんな機能ないんじゃ…」

「阿武隈、お前の疑問ももっともだ。本来だったらそんな機能要らねぇからな。だが、今なくてもインストールすることは出来る。

 腕の良い技術者がいりゃすぐ出来るだろ」

「まぁ、確かにそれが1番現実的ですわね…。ホント、意外とまともな案であまり面白くないですわ」

「たりめぇだ。テメェと違って俺はやるときはやるんだ」

 ドヤ顔のミッドウェイをニュージャージーは睨み付けたが、やがて首を振って言った。

「今回ばかりはその通りでしたわね」

「勝った…!」

 ガッツポーズをするミッドウェイ。

「何に勝ったの…まぁ、いいですわ。さて、私はティータイムに戻りますわ。…全く、これくらいご自分で解決すればいいものを…」

「すみません…」

 阿武隈はニュージャージーに頭を下げた。慌ててニュージャージーは手を振る。

「いえ、貴女ではなくて…あのまな板のことですわよ」

 ニュージャージーは未だにニヤついているミッドウェイを指差す。

 ミッドウェイはそれに気付いたようで怪訝そうな顔をした。

「あん?なんだ?」

「何でもありませんわよ。…ハァ、妙に疲れましたわ…」

ニュージャージーは背中を丸め、全身で疲労感を醸し出しながら立ち去っていった。

「相変わらず老人臭い奴だな」

 ミッドウェイはその背を見送りながら言う。

 と、ニュージャージーが手を挙げた。その手の中指は天を突いている。

 純粋な悪意だけを示すそのジェスチャーを向けられたミッドウェイは特に気にする素振りも見せない。

「…くたばれって言われてますよ」

 阿武隈はミッドウェイに言う。存外、この口の悪い旗艦はこのジェスチャーの意味を理解していないのかも知れない。

「あぁ、そうだな」

 穏やかな口調で、ミッドウェイは答える。

「意外とCoolな対応ネー」

金剛は言う。どうやらこの高速戦艦もあたしと同じことを考えていたようだ。

 この喧嘩っ早い空母があんなものを向けられて、それでもキレないのはむしろ気味が悪い。

 ミッドウェイは言う。

「クール、ねぇ。そんなつもりはねぇんだが…。ま、これ以上やると後が厄介そうだしな」

「その方がイイネー。これからのSortieのことを考えるとこれ以上のDiscordは控えないとネー」

「あ!そういえば、今夜なんでしたね…」

「お?忘れてたのか、阿武隈?」

「…まぁ、はい」

「なら、思い出せてよかったじゃないか。おかげで忘れずに出撃できる。1人減ったら俺の仕事が増えるからなぁ」

「え?仕事?」

「おっと、言ってなかったか。ちょうどいい、お前さんにやってほしいことがあってな」

「何ですか?」

「『Ice Hunt』の時の連合艦隊第2艦隊の旗艦をやってほしい」

「はい?…え、えっ⁉︎」

金剛も驚きに目を剥く。そして何より、明らかな不満の色が見えた。

 それに気付かない阿武隈ではない。阿武隈はミッドウェイに文句を言う。

「ちょ、ちょっと待ってください!何であたしなんですか!」

「あ?お前が適任だからに決まってるだろ」

「そんなこと…第一、他にも適任者はいるじゃないですか!金剛さんとか、あの、夜戦バカとか…」

「いや、お前以外に適任者などいない。金剛は第一に必要で、川内は…まぁ、なんだ、旗艦経験はまぁあるが、あー、その、あんまり向いてないんだよなぁ」

「ワタシにはそんな感じはしませんガ?」

 金剛が自身の意思を伝えてくる。

「いや、あいつは個人プレーの方が向いてる。もちろん出来るが、それでは奴の持ち味を潰しちまう。一方で、だ」

ミッドウェイはそこで一旦言葉を切り、阿武隈に目を向けながら再び口を開く。

「阿武隈、お前は違う。第9に来る前の戦果は聞いてる。旗艦としての腕は良好、おまけにこれまでの被撃沈艦なし。

 その点は、金剛や川内にはない持ち味だ」

 ミッドウェイは金剛を見遣る。彼女の顔には、今まで見たことのない表情が浮かんでいた。後悔と、苦痛に満ちたその顔をあえて無視し、ミッドウェイは続ける。

「うちの艦隊には人手が足りない。今は、犠牲を出させない指揮艦が必要なんだ。

 分かるか?」

「…ミッドウェイさんの言いたいことは分かります。それが間違っていないことも。

 でも、これまであたしが指揮してきた艦隊から犠牲が出なかったのはただの偶然で、あたしの指揮が良かったからだとかじゃ…」

「例え偶然でも、俺たちはそう言ったささやかなお呪いに賭けていかなけりゃならねぇ。

 俺たちは今非常に不安定な場所にいるんだ。人類滅亡の瀬戸際にな」

「…」

 自分で言っていてなんだが、この事実を思い出すと足がすくみそうになる。それは、おそらく阿武隈と金剛も同じだろう。

 自分たちの肩にのしかかる、77億人の命。

 一歩間違えれば、その内の数万人、あるいはその何倍もの命が奪われるこの戦争の中で戦うことの意義はあまりにも重く、深い。

 かなり長い沈黙の後、阿武隈は言った。

「分かりました。やります。それが、あたしにしか出来ないのなら」

 ミッドウェイは頷き、言った。

「よく言ってくれた。『ギア』に詳細は上げとく。作戦までによく読んでやることを頭に入れといてれ。

 さてと。俺はそろそろ医務室にでも行こうかねぇ」

ミッドウェイは自身の折れた鼻に手をやった。相変わらず血が止まっていないことに気付き、顔をしかめる。

「畜生、思ってたよりひでぇな…」

「今更気付いたんデスカ?」

「知ってたなら教えてくれても良かったんじゃねぇか?」

「てっきり分かった上で放置してるのかと思ったネー」

「分かってたらさっさと治しに行ってるぞ」

「それもそうネ」

 舐められてるような…。まぁ、いい。

 ミッドウェイは2人に暇を告げ、その場から離れた。

 風呂場を出てから感じたあの閉塞感を感じる余裕はすでになくなっていた。

 

鼻血を制服の袖で拭いながら、ミッドウェイは足早に通路を進む。

せっかく洗濯した制服が、未だに止まらない血液で少しずつ、しかし確実に変色していく。

困ったものだ。

ミッドウェイは頭の中で呟く。どうも今日は調子が悪い。

もしや、夜の作戦のことでブルッてるのか?

「フン」

彼女は鼻で笑う。まさか。有り得ない。

これは高揚感だ。

俺の『バケモノ』が、俺に刻まれた黒い感情が、先走って暴走しているのだ。

祖国の危機であるにも関わらず、彼女の気分は高鳴る。

祖国を仇なす敵を滅ぼす時が堪らなく楽しみだ。

相も変わらずサイコパスの如き、か。

そう自嘲しつつも、その顔には歪んだ笑みが。

鼻血を垂らしながら歪みきった笑顔を見せる人物を見たら、果たして何を思うだろう?

人それぞれ、千差万別だろうが、結論は出ている。

『関わらないでおこう』

現に、彼女の脇を通り抜けるアメリカの乗員たちはこちらに目線を合わせようとしない。

当然だ。

彼女は歩きながらさらに思考を続ける。

この状態の俺に話しかけてくる奴など、よっぽどの変人だけだろう。

「やぁ、ミッドウェイ。酷い顔だね?」

おっと、こんなすぐに変人が現れるとは。

「ちょっと訳ありでな」

ミッドウェイは時雨の言葉に返答する。その隣には、相変わらず癖毛がぴょこぴょこ動く夕立。

「何その顔?新しい顔芸の練習っぽい?」

「ちげぇよ。俺は芸人じゃないぞ」

「なーんだ。新しいのが見れるかも知るないって思ったに」

「それは残念だったな。…ん?待て、夕立」

「ぽい?」

「俺がいつ顔芸などした?俺はいつでも至って真面目な顔をしているはずだぞ」

「知らぬは亭主ばかりなり、だね」

「どう言う意味だ、時雨?」

「もちろん、そのままの意味さ」

時雨は悪意のある笑みを浮かべながら言った。

コイツ…。

少々腹を立てつつも、その怒りを抑える。これ以上、馬鹿げたことで負傷してたまるか。

「で、その訳ありって言うのはどんな訳だい?」

時雨は腹立たしい笑顔で更に踏み込んでくる。

「訳ありは訳ありだ。これ以上の詮索は旗艦命令で許可せん」

「職権濫用は良くないっぽい!」

夕立が至極まともなことを言う。

「知らん!黙って言うことを聞きなさい!」

教師が生徒を叱りつけるかのように、ミッドウェイは叫ぶ。違いとしては、教師は筋道立って叱るのに対し、ミッドウェイのそれは何処までも理不尽であることだ。

「むー」

夕立はむくれる。ふむ、これはこれで可愛らしい。

「まぁ、いいじゃないか、夕立。どうせ知ってることだし」

時雨はどうでもいいことのように言った。

何だと?

「どこで聞いた?というか、いつ聞いた?」

「金剛さんからね。ついさっきだよ。派手にやらかしたみたいだね?」

あの野郎…。

 勝手に話しやがって…。口止めしとけばよかったか?

 駄目だ、だんだんと腹が立ってきた。

 こういう時は、楽しい事を考えよう。

今回の作戦でやらなければならないことは…。

楽しい事がイコールで戦闘となるのはどうかと思うが、そのような思考をミッドウェイがすることはなかった。

不意に頭が冷える。赤くなっていただろう顔は今や普段と変わらない。

「あ、落ち着いたみたいだね?」

時雨が言う。顔色を伺っていたらしい。まぁ、この場でブチ切れられたら、時雨と夕立にとっても大いに面倒なことであったことは想像に難く無いため、当然と言えば当然だ。

しかし、その問いかけにミッドウェイは答えない。思いがけないことに、この思索は『氷山狩り』の大きな穴を見つけたのだ。

「何かあったっぽい?」

夕立は心配そうに聞いてくる。癖毛がご主人様を心配する忠犬(この場合は狂犬だが)の耳よろしく、元気なさげに垂れる。

ミッドウェイは苛立たしげに頭を描きながら、答えた。

「あぁ、面倒なことがな」

 

ミッドウェイは体面を気にしないタイプの人間だった。

それこそ殺意すら湧いていた相手にも、平然と話しかけられるし、その相手に教えを請うことにも、特に疑問を感じることもない。

それ故に、ミッドウェイは時雨と夕立を引き連れて、再び大急ぎで移動を開始した。

目的は、ニュージャージーと接触することだ。

この広いアメリカの艦内で、たった1人を探すのは決して容易くは無い。そのこともあり、ミッドウェイは狭苦しい通路をほとんど走りながら抜けていく。

アメリカの乗員たちは、そのアホみたいなスピードで駆けてくるミッドウェイをギリギリで交わしながら、若干の恐怖の入り混じった表情で、この艦娘御一行を見つめる。

ミッドウェイはそれに見向きもしないが、後ろを行く時雨と夕立はすれ違う度に申し訳なさげに頭を下げる。

流石に危なっかしいので、時雨が注意を促す。

「ミッドウェイ、もうちょっとゆっくり動こうよ。あの人の居場所はある程度分かってるんでしょう?」

「ああ。だが、俺らには時間がない。それこそ、1秒無駄にすれば成功確率が下がりかねない」

「そんなに大事なことっぽい?」

「そうだ…っと、見つけた」

阿武隈と川内の相部屋から少し離れた場所、正確には待機室の入り口前にいるニュージャージーを見つけたミッドウェイは言う。

と、早足の3人の足音に気付いたニュージャージーはこちらに目を向ける。顔に嘲りの表情が浮かべながら、ミッドウェイに話しかける。

「あら?これはこれは、愚かなまな板空母さん!その素敵な鼻はもしかしてお洒落のつもりでして?」

それに返答することなく、鼻先がぶつからんばかりに近寄る。

ニュージャージーの顔が僅かに引き攣る。

時雨と夕立は身構えた。このまま殴り合いになってもおかしくない。

意外なことに、ミッドウェイは至って冷静な調子でニュージャージーに言う。

が、内容はそうではなかった。

「ニュージャージー、核は持ってるか?」

「は?」

ニュージャージーは理解出来ず、素に近い返答をする。その場にいた時雨と夕立も同じだ。

ミッドウェイは続ける。

「お前のトマホークに核弾頭は付いてるかって聞いてんだ」

空気が凍りつく。ニュージャージーはミッドウェイの言葉を理解したが、そこから先の思考は数秒出来なかった。

一方の時雨と夕立は、信じられない言葉を聞いたとばかりに目を剥き、ミッドウェイを見つめる。

冗談でも言ってはならないであろう発言をしたミッドウェイはしかし、至って真剣な顔をしている。

明らかに本気で口にしたであろうその言葉を、ニュージャージーは受け止めた。この言葉を聞く時がいずれは訪れるだろうことを、彼女は予想していた。

再び戦うことなる以上、それは必然とも言えた。

が、それでも彼女は返答に窮した。口の中から一緒で水分が奪われ、言葉が枯れて、声にならない。

「答えろ、ニュージャージー。これは本作戦において非常に重要な意味がある」

ミッドウェイが急かす。

ニュージャージーは一息つき、更に唾を飲み込んでから答えた。

「搭載していますわ」

会話を見守っていた、と言うより余りの衝撃に頭がまともに機能していかなった時雨が、やっと思いで言葉を紡ぎ割り込む。

「ちょっと待ってよ!まさか、核を使うなんて言わないよね?」

「使う、かどうかはまだ分からん。だが、場合によっては使用することになる」

時雨は体が震える気配を感じた。普段のふざけた喋り方では無い、まるで機械の様なミッドウェイ受け答えに、思わず怖れを抱いてしまった。

これが、彼女の『素』なのだろうか?

怖気付く気持ちを抑え、口を動かす。

「自分が何を言っているか分かってるのかい?」

「勿論だ。禁忌を犯すことは分かっている。しかしだ、それを恐れたために多くの犠牲が生まれた時に、我々はそれに対する責任を取れるか?」

「それは…」

時雨は答えに詰まる。

核の恐ろしさは、艦娘になってから知った。祖国を焼き払った『神の炎』の威力とそれによってもたらされた悲劇の記録を、時雨は心の奥に常に宿らせ、人が再びその力に手を出さなくてもいいように、彼女は戦って来た。

人類が、この未曾有の危機に自らの最終兵器を使用してこなかったのは、ひとえに艦娘という『抵抗手段』が残されていたからに他ならない。

しかし、艦娘の力だけで守り切るには限界がある。

その時、この世界を、人を守るのは人の力だけが頼りになる。

その力の中で、最も強力な力が使われるのはそう遠く無いはずだ。

核が抑止力では無くなる時が。

…やはり駄目だ。そんなことになれば、戦争が終わった後の世界に、責任が持てなくなる。

「それでも、核は駄目だよ…ミッドウェイ」

 

時雨の声は弱々しい。自分の言葉に自信が持てていない表れだ。

とは言え、それはミッドウェイも同じだ。

自分でも、この言葉を口にしたのが信じられない。核を使うだと?とんでもない!愚かしいにも程がある。

だがしかし、一応のプランとしては絶対に必要な物だと、彼女は理解していた。軍人とは、夢想家では無い。時に非道なまでのリアリストにならなければならない時があるのだ。

それでも、それを平然と受け入れることが出来るのは、やはりサイコ気質だからか?

答えは出ないが、取り敢えず時雨を安心させてやろう。

「勿論、核は最後の、それも最悪の手段だ。これが使用されないように動くのは俺たちの役目だからな」

「ふーん、意外と冷静でしたわね?てっきり何処ぞの核テロリスト見たく問答無用でぶっ放すかと思いましたわ」

「俺はサイコだが、そこまで腐ってねぇ。それに、お前は断固拒否するだろ?ん?」

「…命令なら、撃つつもりでしたわ」

ニュージャージーは正直に白状する。

「フン。まぁ、それはそれでお前らしいか?いや、軍人ならそれが正解か」

「それが軍人なら、なりたく無いね」

時雨は独り言のように言った。

ミッドウェイはそれが聞こえなかったフリをしながら、ニュージャージーに本来の案件を聞く。

「さっきのは、一応の確認だ。お前さんに会いに来たのは、それとは別件」

「別件、ねぇ」

「先の話にも通ずるところがあるんで、あんな前置きをしちまったが、失敗だったか?

まぁ、それはいい。

で、要件だが…」

「何ですの?」

「お前、トマホークの終末誘導出来たりするか?例えば…そう、第1艦群のミニアーセナルがブッパしたトマホークをピンポイントでズガンとブチ込めるか?」

「お分かりかと思いますが、私はあくまでも発射プラットフォームですわ。終末誘導は、それこそ航空機だとか地上誘導員だとか、移動しない目標でしたらトマホーク本体の弾頭、あるいはGPS衛星等に任せています。

残念ながら、私には出来ませんわ」

「…あー、そうか…。マズイなぁ…」

「何がまずいっぽい?」

ミッドウェイは再び教師のような口調で説明を始める。

「敵旗艦は『氷山空母』だ。その性質上、氷によってその巨体を構成し、浮力を維持する。北極海の氷山だとかがいい例だ。アレは馬鹿でかいが、沈まずに浮いてるだろ?

氷は他の物質より隙間が多く結合するから密度が低くなり、結果海水に浮かぶわけだ」

「前置きが長いよ?」

時雨が不機嫌そうに言う。

「そう急くな、ここからだ。

当然氷を維持するには、寒さが必要だ。流氷に南限があるのは、言うまで間なく氷が溶けるからであり、海水温の上昇によるところが大きい。まぁ、それ以外もあるが今はどうでもいい。

しかしだ。この『パイクリート野郎』は、南限を遥かに超えてこの辺りで出張って来てやがる。

考えられる理由は、奴単体でその艦体を維持するだけにの冷却が出来る、ということだ。

それ故に、この温暖、では無いが氷が溶けるだけの海水温の大西洋まで出て来れたわけだ」

かなり分かりやすく説明した筈だが、夕立は首を傾げている。ふむ、これは困ったぞ。これ以上簡潔に説明すれば、内容が無くなってしまう。

仕方がないので、夕立は無視して話を進める。

「さっき言ったように、『氷山空母』は氷が溶けたら終いだ。なら、やるべき事は単純かつ非常に明快だ。馬鹿でもわかる。

コイツを倒すには、その氷を維持する冷却ユニットをぶっ壊しちまえばいい。冷却系を失えば、奴は自分の体を維持出来なくなり、自壊する。

つまり、俺らの大勝利ってな」

ミッドウェイは手で何かを叩き潰すようなジェスチャーをする。

ここに来て、夕立は内容を理解したようで、大袈裟に何回も頷く。

「だが、だ。世の中そう上手く行くもんじゃ無い」

ミッドウェイは首をふりふり言った。

「当然、冷却ユニットは強固に装甲化されてるだろう。しかも、その装甲は分厚い氷の下、だ。並大抵の火力ではそこまで達するのも簡単じゃ無い。まぁ、ぶち破れんことはないが、随伴艦の撃破やらなんやらをやっていれば、弾薬不足は免れない。

となると、本命ーー要は冷却ユニットの破壊は、俺たち以外の誰かがやるしか無い。

後は、分かるな?」

「後の始末は第1艦群の仕事、だと」

ニュージャージーは言う。

「ビンゴ。で、ここで先の問題に帰ってくるわけだ。

いくら敵がデカイとはいえ、それは『深海棲艦』としてはってなだけに過ぎない。何ならそこいら観光船よりちっこい有様だ。

ンなもんが相手じゃ、対艦用に調整されてるトマホークでも当たるかどうか分かったもんじゃねぇ」

「『ウォーリアギア』で誘導したり出来ないのかい?或いは、君の艦載機とか」

時雨の疑問に、ミッドウェイは苛立ち気味に答える。

「出来たら困っちゃいねぇ。『ギア』は今のバージョンじゃ精密誘導は出来ん。本来、艦娘の戦闘システムを支援、効率化するためのユニットだ。艦娘がメインで、通常艦艇がメインのシステムじゃねぇ。

それともう1つ。俺のF/A-18はレガシーホーネットだ。今のリンク16には対応してねぇし、ましてや統合戦術無線システムなんぞ受け入れられるほどキャパもない。

E-2ならやれんことはないだろうが、いかんせん終末誘導となるとかなりの接近が必要だ。航空優勢も取れてねぇ空域に非武装かつ鈍足でデカイE-2を送っても早々に撃ち落とされてバッドエンドだ。

うちの艦載機でも打つ手無し。まず無理だな」

ミッドウェイは肩をすくめる。もっと早くに気付けたなかったことが悔やまれる。

何せあの作戦を立案(と言うより思い付いた)時の精神状態はお世辞にも良好ではなかった。多少のボロは出るとは予想していたが…。

根幹を揺るがすほどのボロが出るとは。

沈黙が辺りを支配する。

諦めたわけでは無い。全員が何か案を出そうと必死で頭を回転させている。

「あ」

この状況を打開したのは意外なことに、夕立だった。

「いいこと思い付いたっぽい!」

 

大西洋の波間に夕陽が沈み始める。

アメリカの飛行甲板は、発艦作業に阿鼻叫喚の如き様相を呈しており、それこそ分単位でライトニングⅡが発艦していく。

発艦管制は疲労と心労で血反吐を吐かんばかりだろう。

気の毒なことだ。

そんなどうでもいい思考を巡らせながら、ミッドウェイは飛行甲板の脇で発艦作業を見守っていた。

自身が搭乗するオスプレイは整備の最終段階に入り、そう時を置かずして左舷側のエレベーターから現れることだろう。

本来ならそれに合わせて来ればいい。が、気が逸って落ち着かず、結局早々と来てしまったわけだ。

おかげで、せっかく風呂に入ってさっぱりした髪が潮風で傷んじまう。

…言ってみたかっただけだ。別に髪に気を遣ってなどいないし、何ならバサバサのまま放置してることの方が多い。

大体、いつ何時出撃命令が下るか分からないこの第9艦隊勤めの時点で、人並みのお洒落など、どだい無理な話だ。

…足音が2人分。『ギア』で誰何をする。…反応あり。綾波と敷波。こちらに気付かれないようにコソコソやっているようだが、素人感丸出しだ。

何か妙なことを考えているのか?

ミッドウェイは振り向かずに言う。

「何の用だ?」

足音が止み、相手が息を呑む気配を感じる。

しばしの無言の後、小さな声が聞こえてきた。

「あれ?もしかして気付かれてる?」

「艦内から出た時点でな」

「うーん…。流石の探査能力…」

敷波は心底驚いた様子で項垂れる。

「で、何やろうとした?ん?」

「えっ、べ、別に、何もしようとしてないよ!ただちょっと散歩しようかなーって思って!」

「そんな嘘が通じるとでも?」

「嘘じゃないし!ね、綾波!」

「はい。もちろん、嘘ですよ」

唐突に裏切る綾波。

敷波は口をあんぐりと開けて綾波を見る。予想外の行動だったであろうことは明らかだ。

「よく言ってくれた、綾波。それで、お前さんたちは一体どんな悪さを企んでたんだ?」

「ちょっと後ろから脅かそうとしただけですよ」

「なるほど、それであわよくば真っ逆様に落ちてくれたらいいとでも思ってたんだな?」

「はい」

「あ!綾波!言っちゃダメでしょ!」

姉妹の会話に、ミッドウェイは苦笑しながら言う。

「くだらんこと考えてるなぁ、お前さんたち?」

「綾波もそう思ったんですけどね〜。敷波が聞かなくて」

「責任転嫁は良くないでしょ!綾波だって乗り気だったじゃん!」

「ソンナコトナイデスヨ」

怒る敷波ととぼける綾波。見ている分には楽しいが、いかんせん士気に関わるので放置しておく訳にはいかない。

どのみち、話したいこともあったのだ。丁度いいだろう。

「ハイハイ!お二人さんストップ!どちらにせよ俺に妙なことしようとしてたことには変わらないだろ?ん?」

「いや、まぁ…」

「そうですけど…」

「OK、帰ってきたら暫く待機室の掃除当番だ。もちろん、拒否権はない」

2人は本気で嫌そうな顔をしながら抗議の声をあげる。

「それは勘弁してよぉ。ほら、あの部屋みんなめっちゃ汚してるじゃん?」

「だからだろ」

「鬼!悪魔!甲板胸!」

敷波は吠える。

「ブーメランだぞ、それ?」

「私たちはまだ未来があるッ!」

「当番1週間追加」

無慈悲に告げるミッドウェイ。

「何故に⁉︎」

今にも噛みつかんばかりの敷波がさらに叫ぶ。これでは、どちらが黒豹か分かったものではない。

「幼気な乙女を傷付けた罰だ」

「幼気な乙女って」

「私の視界にはそんな人いないんですが〜?」

綾波が言う。半ば本気のようだ。ミッドウェイの精神に少しずつダメージが蓄積される。

これ以上食らう前に本題に進まなければ。

「とにかく!2週間待機室の掃除!旗艦命令!OK⁉︎」

「No way!」

「…アー、うん。OK、分かった。なら、これから言うことを完璧にこなしてくれたら、お咎めなしってのはどうだ?いい案だ。ん?」

2人は顔を見合わせ、怪訝そうに言う。

「気乗りしないなぁ…」

「嘘だろ?自分たちが悪いのに。俺が慈悲深い心で提案してやってるのに!」

「本当に慈悲深い方なら、笑いながら許してくれてますよ〜」

「そうか、綾波。それは慈悲深いんじゃなくてただの馬鹿だ。

…さて、それでは早速、お前たちに素敵な任務を命じよう」

「どうせロクでもないもんなんでしょ?」

「大正解だ、敷波。『アレ』が見えるか?」

「どれですか?」

綾波はとぼけたように言う。ミッドウェイは、その問いに答えるべく飛行甲板の一角に指を差す。

丁度、車両引揚用のエレベーターから目的の物が出て来たところだった。

「アレは…何?」

「アレは発信機みたいなもんだ」

「発信機?」

「そうだ。さしずめ、俺たちの『切り札』ってところかな?」

ミッドウェイはウィンクをしてみせる。

「お前たちはアレを積んで、『氷山空母姫』にひいこら言いながら取り付けて、とっととおさらばしてもらうってのが、今回の任務だ。

な?簡単だろ?」

「どこが⁉︎」

「言うは易し行うは難し、ですねぇ」

敷波と綾波はそれぞれ反応する。

ミッドウェイは笑顔で対応した。

「何、心配するな。骨くらいは拾ってやる」

「…よくない」

不機嫌そうな敷波の顔。

「冗談だ。俺らが全力でバックアップしてやるし、本気でヤバくなったら俺が変わってやる。だから安心しろ」

「なら最初からミッドウェイさんがやればいいじゃないですか?」

綾波の正論。しかし、ミッドウェイは取り合わない。

「生憎、俺も忙しいんでねぇ。途中で変わってやる余裕も、本来はねぇくらいだ」

もちろん、嘘ではない。ミッドウェイは『氷山狩り』の最中は、分刻みに仕事をこなさなければならない。それも、ドンパチしながら。

そこにプラスでこの作業だ。作戦中の余裕は、ミッドウェイには1秒たりともない。

「分かってくれたか?」

暫しの無言。しかし、敷波は大きなため息と共に言った。

「仕方ないなぁ。…よし、いっちょやろうか!いい、綾波?」

「はい。最初からそのつもりでしたし」

「感謝する。早速降りてアレの扱い方をレクチャーしてもらって来てくれ。脇に説明してくれる奴がいる。そいつから、しっかりと話を聞いて来い。

以上だ」

2人ともそこはプロだ。与えられた使命を完遂すべく、速やかに動く。

立ち去る2人の背中を見ながら、腹の底から湧き上がる感情に気付く。

いつもの『アレ』ではない。これは…。

『不安』。

らしくもない感情に困惑しつつ、だがしかしそれを抑えることも出来ず、彼女はただ2人の背を見守った。

 

「随分と早くからいるな?」

彼女の背中に声が投げかけられる。

ミッドウェイは驚き、そして己の不注意に舌打ちする。

妙な感情に気を取られて辺りへの警戒を疎かにしていた。

戦場なら、死んでいてもおかしくはない愚かな行為だ。

自身を叱責しつつ、ミッドウェイは振り返りながら答える。相手は誰がすでに把握している。

「気が逸ってな。いつの間にかここにいた。で、キャプテン。アンタこそ指揮所を離れてこんな所で何やってんだ?

予定じゃホイットニーから指揮するはずだろ?」

アレン・G・ナガブチ少将は苛立った様子で言う。

「キャプテンじゃないと…いや、まあいい。お前たちを見送ろうかと思っただけだが…この調子だといらん世話か?」

「まさか。俺はともかく、他の連中は喜ぶだろうさ」

ミッドウェイは答える。若干煽り気味に。

「…」

ナガブチは答えない。

おっと。やり過ぎたか?

が、そうではなかったようだ。

「不安なのか、ミッドウェイ?」

ミッドウェイは眉をひそめる。何故分かった?

「その顔を見ればすぐに分かるさ」

また読まれた。俺はそれ程顔に出やすいタイプなのだろうか?

「それに、言葉の切れ味も普段より悪い。らしくもないな?」

「よく観察出来てるな、ナガブチ。アンタの言う通り、珍しくそういう感情を抱いている。

理由は…まぁ、何となくは分かる」

「当ててみようか?あの2人のことが心配なんだろ?」

「心理カウンセラーの方が向いてるんじゃねぇか?」

「遠慮しておこう」

穏やかな笑顔を浮かべながら、ナガブチは答えた。こういう返答をする時は、明確な拒否の返答であることを、ミッドウェイは理解していた。

これ以上この話題では進まないので、彼女はアプローチを変える。

「盗み聞きしてたのか?」

「正確には丁度見えた、だ。別に見たくて見た訳じゃない」

「その言い方は誤解を招きかねないぞ?」

「なんの話だ?」

「…いや、何でもねぇ」

全く、どうにも話がしにくい。何時もはもっと話しがしやすいのだが…。

矢張り、この『不安』が原因か?

「とにかく、だ。ミッドウェイ、お前の感じてるその『不安』は、指揮官特有の感情だ」

「ふん」

「お前の中で、今回の作戦をどう回せば最高の結果が出るかを模索しているだろ?」

ミッドウェイは沈黙を返答とした。言うまでもない。今もまだ細部の詰めが済んでいない。

「おそらく、お前の中では大まかな流れは出来上がっているだろう。しかしだ、それで本当にいいのか?」

心臓が跳ね上がった。先程より『不安』が強まる。今や焦燥感まで抱く始末だ。

呼吸が僅かに荒くなる。

ナガブチは慌てたように言った。

「落ち着け。お前が『ギア』に上げてる計画は俺も何回も精査している。これ以上の物は誰にも作れやしないし、この計画通りに事が運べば100%上手く行く」

「そんなフォローいらねぇ…。分かってんだ、100%なんてものはこの世に存在しない。良くても、99.9…と言った曖昧な数字だけだ。

そして、そう言った数字が絡む限り、計画は常に破綻の可能性を秘めてる」

最早、嘘が通るような精神状態ではない。

俺は…

「出来れば、あいつらが死にかけるような命令を下したくはない」

ナガブチは頷く。その瞳に優しさが宿っている。

畜生、センチメンタルになり過ぎだぞ、ミッドウェイ。

「よかったよ」

「よかった?」

ナガブチの見当外れな返答に、眉をひそめながら、そしてナガブチの瞳を見た時の奇妙な感覚を隠しながら、ミッドウェイは答えた。

「お前にも、そう言う感情があることが分かって」

「ナガブチ、お前は俺を馬鹿にしているのか?或いは俺がただのサイコ野郎だとでも思ってたのか?」

「サイコであるとは思っているが、馬鹿にはしていない」

「それもどうなんだ…」

「とにかく、お前の中で変化があったのは間違い無いはずだ。この世界に来てすぐの時に、こんなことを感じたか?」

「いや。全く」

ミッドウェイは素直に答える。

「第2艦群の連中と会って、話して、交流して、お前は変わったんだ。…多分な」

「かも知れねぇな。…俺は弱くなっちまったのか?」

ミッドウェイは自嘲気味に言った。

「いや、強くなっているとも。お前はな」

ナガブチの一言に、ミッドウェイは首を傾げる。

「何、今に分かるさ。…そろそろお前たちのヘリが来るぞ」

「…ああ」

ミッドウェイはナガブチに背を向け、飛行甲板に登って来たばかりのオスプレイの元へと向かう。

ほんの数分の道中で、ミッドウェイはナガブチの真意を探る。

あの言葉の意味はなんだったのか?

まるで結論は出なかった。

 

飛行甲板に、第2艦群のメンバーが全員集合したのは、ミッドウェイはオスプレイの脇に待機し始めてから5分ほどしてからだった。

誰1人遅れもなく、ミッドウェイの前に整列する。

ちょっとは旗艦らしくなったかな?いい傾向だ。

彼女は自分の頭の中で言葉を紡ごうとした。

が、止めた。

今の本心を語ろう。

「あー、諸君。これより『Ice Hunt』作戦を決行する。俺から言いたいことは1つだけだ」

一息入れ、多くの感情の入り混じった言葉を紡ぐ。

「共に勝利を。以上」

指示をすることもなく、皆がそれぞれの乗機へと向かって行く。

ミッドウェイもそれにならい、オスプレイの後部ローディングドアの緩い傾斜を足早に進む。

一歩踏み出すごとに、様々な思いが巡る。

不安、恐怖、高揚感、使命感。

いくつもの感情が入り混ざり、やがて1つとなった。

諦観。

今更、何を思索しようが、何を後悔しようが最早手遅れなのだ。

なら、やるしかない。

悟りのような感情が、ミッドウェイの腹の底に残った。まさに、諦観の言葉にふさわしい状態だろう。

目を閉じる。

リバティーエンジンが機内に轟音を吹き込む。

それでも目を開こうとしないミッドウェイは、僅かに感じたマイナスGと、えも言えない浮遊感から、飛行甲板を離れたことを知った。

 

騒々しい咆哮とダウンウォッシュを撒き散らしながら、オスプレイは飛び立つ。

制帽を抑えながらそれを見守ったナガブチは、徐々に遠ざかって行くオスプレイに背を向け、自身が乗機するキングスタリオンへと足を運ぶ。

胴体だけでも30メートルを超える巨人ヘリは、まさに『キング』の名に相応しい。

俺もまた、この艦隊の『キング』であらねばならない。

彼はふと、そんな考えに至った。

ミッドウェイからの言葉を思い出す。

『似合わねぇよ。今のアンタには』

自分でも分かっている。

この艦隊の『キング』。つまりは、『アドミラル』に俺はまだ至っていない。

これまでは、1隻の面倒を見れば済んだ。

が、今の俺は、9隻の艦艇とその乗員たち、そして13人の艦娘の面倒を見なければならなくなった。

あまりにも、責任が大きくなり過ぎだ。

彼はため息をつきながら、キングスタリオンの側面ドアから機内に入る。

ただ機能性のみを追求した機内の、比較的座り心地の良い椅子に座る。

操縦士と発艦管制との会話を聞き流しながら、先の思考に再びふけようとした。

しかし、その前にヘッドホンからパイロットの声が響いた。

『提督、発艦します。シートベルトの着用を願います』

おっと、忘れていた。

彼は4点式のベルトを素早く締めて、謝罪の意味も込めてこちらを見つめるパイロットに手をあげる。

パイロットは満足したようで、発艦前の作業に戻った。

パイロットの動きを見ながら、ふと自分が『アドミラル』と呼ばれたことを思い出した。

彼は苦笑する。

少なくとも、これまで指揮してきた者たちは彼を認めてくれたようだ。

ゼネラル・エレクトリクスGE38-1Bエンジンが悲鳴のような音を上げる。

心地よいエンジン音に、懐かしさを感じる。

最近自分で操縦していない。

体はなまってはいるが…。

それでも感覚は覚えている。

ヘリも戦闘機も、原理が違うだけで飛ぶことには変わりない。

もちろん、それはかなり大きな違いではあるが、固定翼機、回転翼機双方の資格を持つ彼からすれば気にするほどの違いはなかった。

回転し始めた秒数と音から、彼は頭の中でスロットルを上げる。

ほぼ同タイミングで、現実のパイロットも動く。

彼は笑みを浮かべた。

上出来だ。

彼は満足げに小さな窓から外を見み、しかし意識は作戦に向けた。

失敗も妥協も許されない。確実に任務を遂行しなければ、数万人が死ぬ。

この明確な事実こそ、彼にのしかかる本当の責任だ。

部下の面倒を見るのも彼の責任ではあるが、それは平時の時だ。

今は有事。

いかなる犠牲を払おうとも、守らなければならないのは国家の安寧と無辜の市民たち。戦場で戦う兵士たちの命ではない。

それが『アドミラル』の仕事なのだろう。部下たちの命を守るのは『キャプテン』や現場の『コマンダー』、そして『ウォーリア』たち自身の仕事だ。

彼は窓から目を離し、前を向いた。決意とともに。

キングスタリオンが飛び立ったのは、それと同時だった。




 お疲れさまでした。
 前回次で大西洋編は一旦終わりと言っていたのですが…また終わらなかったですね。駄目ですねぇ。
 えー、次回で間違いなく終わります。次がいつになるかは分かりませんが、ゆっくりとお待ち下さい。
 最後にこのよう作品を読んでいただきありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。