5月9日
ヴェラ・ガルフは、強い光と扉の前の気配を察知して目を覚ました。
眩しいほどの陽光が、病室の大きめの窓から差し込んでいる。その光は、正確に眠っていた彼女の顔を直撃していたらしく、周りの景色の色が少し変わっているように見えた。
昨日、いつ眠りについたのか全く覚えていない。それほど疲れていたのかと、考えながら昨日の記憶を思い出そうとしたが、あいにく味気のない病院食が最後の記憶でそれ以外の事は何一つと言っていいほど何も覚えていなかった。
ヒトの身体になって初めて食べた食事があの味気がなく、そこまで美味くないくことで有名(彼女の乗員の何人かが言っていた)な病院食だとは。
苦笑いを浮かべながら、今日は何をしたらいいかを考えていると、ドアが開く音がした。
起きた時に感じた気配を思い出した彼女は、窓の方に向けていた視線をドアに向けた。
そこには、1人の少女が心配そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。黒い髪をしたセーラー服の少女である。
少女は、ヴェラ・ガルフの顔を見てホッとしたような表情を浮かべた。どうやら、昨日よりはマシな顔になっているようだと考えていると、その少女が口を開き言った。
「えーと、ヴェラ・ガルフさんですよね?」
「そうですけど…」
「よかった、間違えてなくて。あっ、私特型駆逐艦1番艦の吹雪です。基地案内のために参りました」
吹雪か。ワシントン条約下の艦隊型駆逐艦。昭和3年の8月生まれで、最高速度38ノット。14ノット5000海里の航行が可能。武装は12.7センチ連装砲3基6門に3連装61センチ魚雷発射管3基9門、7.7ミリ機銃2挺。完成当時は、画期的な駆逐艦であったものの太平洋戦争開戦時にはすでに旧式化していた。
特型の中で生き残ったのは、特Ⅱ型8番艦の曙と同じく10番艦の潮、特Ⅲ型の2番艦響のみだった。
当の吹雪は、昭和17年10月11日ザボ島沖でヴェラ・ガルフの祖国であるアメリカの水上部隊と交戦、沈没している。
彼女の戦術情報システムは、それだけ告げると機能を停止した。
不思議な気分だった。
アメリカと戦い散った駆逐艦が、アメリカの最新鋭艦に基地を案内するなど誰が予想できただろうか?しかも、2隻ともヒトの姿を得ているのだ。
かなり、ブッ飛んでいるが最早そんなことに驚く値しないほどこの数時間で経験してしまった。だいたい、水中で直立出来る潜水艦と戦っただけでも充分におかしな話だ。
「あ、あのー。どうかしましたか?」
吹雪が、心配そうに言った言葉で彼女の思考は途切れた。ヴェラ・ガルフは、慌てて言った。
「いえ、心配しないでください。ところで、基地の案内とは…」
「あっ、そうですね。説明が足りませんでした。すみません。えーと、昨日司令官とお会いしましたよね?」
「ええ、会いました」
「それでは、艦娘は自分の意思で戦うか戦わないか決める必要があるって話も聞いていますよね」
「はい」
「それの一環で、この基地に来た艦娘は基地の見学をしてもらうことになっています。一応、私がその案内役をさせてもらっているんです」
ああ、なるほど。話は理解できた。と言うより、さっきはなぜ理解できなかったのか分からないほど単純な話だ。どうも、朝は苦手らしい。
ヴェラ・ガルフは、言った。
「分かりました。それでは、案内お願いします」
その一言で、吹雪は笑顔で言った。
「はい!任せてください!」
この姿になって初めて出た外は、強い日差しによって焼かれていた。これまで感じた中でおそらく、最も熱く感じられた。
その旨を吹雪に伝えると、彼女は笑いながら言った。
「きっと、艦娘になったからです。私も、艦娘になって初めての夏を経験した時は同じ風に感じました。艦だった頃は、そんなこと感じなかったんですけどね」
少し湿っぽい空気になったのは、ここが赤道に近い熱帯の島であるだけではあるまい。
そんな空気を吹き飛ばしたのは、その空気を作り出した張本人である吹雪だった。
「さっきの場所が、診療所です。基本的に人が入るところです。私たち艦娘は、ドックに入渠することで損傷や疲れを取っています」
「ドック?」
「はい。あそこに見えているのがそうです」
吹雪が、指差した方向に見えたのは昔見た日本の銭湯のような建物だった。
「あれが?」
「はい、驚きましたか?」
「驚いたも何も、あれはセントーじゃないですか」
「確かに建物は似ていますし、中身もそっくりですけど、銭湯ではないんです。艦娘は、ただあのドックに入るだけで怪我が治るんです」
唖然とした。ヴェラ・ガルフは、最先端な技術の塊であったがこの世界は、彼女のいた世界を遥かに凌駕する技術を持っているようだ。
「すごいですね…。まさか、そんな技術があるなんて…」
「確かにすごいですけど、正直、どれくらいすごい技術なのか良く分からないんです。私たち艦娘に関することのほとんどがブラックボックスの状態で、ただ運用しているだけと言うのが正確なところだと、司令官が言ってました」
ヴェラ・ガルフは、吹雪のその言葉の意味を考えた。それと同時に、江田中将の言葉を思い出した。
つまり、艦娘は本当に自然発生的に現れたという訳だ。おそらく、最もこの件に精通しているのは、艦娘と共に現れた『妖精』さんであろう。
そんなことを考えているうちに、港湾施設が建ち並ぶ場所にやって来ていた。
吹雪が、その中でも一二を争うほどの大きさの建物を指差しながら言った。
「あれが、建造ドックと装備開発のための施設です。最近は、資材が少ないせいでほとんど運用されていませんけど、あそこで新しい艦娘を建造したり装備を開発したりします」
「いつぐらいから運用していないんですか?」
吹雪は、しばし考えたのちに言った。
「司令官と一緒にここに来た時から使用していませんから…ざっと半年ほどですね」
江田中将が話していたよりも逼迫した状態のようだ。早急に手を打ったほうがいい。が、戦果を挙げることのできない弱小艦隊に資材をやるのは勿体無いと言う上層部の考えも納得できる…。
「あのー、ヴェラ・ガルフさん?」
「…あっ、はい。何ですか?」
「次の場所に移動してもいいですか?」
「え、ええ分かりました」
2人は再び歩き始めた。途中、何人かの艦娘に会い話をしたが基本的にテンションが高いとは言えない。もちろん、高ければ良いわけではないがそれなりに高い方が良いのは明らか(彼女の乗員たちにもそれが言える)であった。テンションは、ある程度士気に繋がる。
彼女は、吹雪に聞いてみた。
「聞いた通り、士気はあまり高くないですね」
吹雪は、苦笑いを浮かべ言った。
「確かに、あまり高くないですね。もちろん、司令官が悪い訳ではないんです。だけど、資源が少ないとどうしても下がってしまうんです…」
司令官は悪くない、か。
確かにそうだが、そう思っているのは何人くらいだろうと彼女が考えていると、吹雪が言葉を発した。
「伊良湖最中はおろか間宮アイスも出ないこの基地だし、資材も少なくて士気も高くないけど、そんなことは関係ないんです。司令官は、私たちの為に努力してくれている。私たちも、その努力に報いるためにできる限りのことをする。この基地では、それで充分なんです」
そう言えばと、彼女は考えた。
皆、なんだかんだ言って江田中将のことを良く言っていた。それが何を意味するか、今、彼女は理解できた。
彼の努力は、無駄ではなくこの勝利から最も離れたこの基地に規律をもたらしていた。それも、大変強固で信じられないほどの連帯感も持った規律だ。この基地の艦娘は、彼のことを信じている。
ずいぶんと好かれているなと、考えた彼女は吹雪の後について基地を見て回っていった。
全てを見終わったヴェラ・ガルフは、吹雪と共にこれまでと違う雰囲気の建物にたどり着いた。
吹雪が言った。
「ここが、泊地司令部です。司令官もここで仕事をしています」
なるほど、雰囲気が違う訳だ。彼女が、そんなことを考えていると、吹雪が突然言い始めた。
「司令官が、ヴェラ・ガルフさんを呼んでます」
「…マジで?」
「マジです」
しばしの沈黙。やがて、彼女は諦めて言った。
「はぁ、分かりました。案内してください」
数分後、ヴェラ・ガルフは提督執務室の座り心地のいい椅子に座り、江田中将と対峙していた。
「さて、基地の見学はどうだった?」
江田が言った。
「楽しかったですよ。吹雪さんもなかなか良い案内でした」
「キャリアがあるからな。もう何人も案内してきている。なにせ、彼女が私の初めての艦娘だったからね」
なるほど、吹雪がこの男のことを良く言う理由は分かった。
「さて、本題に入ろう。ヴェラ・ガルフ、キミはどうしたい」
主語が抜けているが、彼女にはそんなものがなくても理解できた。彼女は、言った。
「私は、戦いたいです」
「その理由は?」
突然、昨日の夜の記憶が甦った。彼女の答えは、昨日の段階でできていたのだ。
「自分の存在価値を探したいんです」
「存在価値?」
江田は、訝しげに言った。
「私が起きる前、夢のようなものを見ていました。これまでは、自分のクルーたちや艦長を守ることが、私の存在価値でした。私が沈んでもきっとみんな脱出できたと思っていました。ですが、もし脱出できなかったのなら私はなぜ沈んだのか、私の価値はなんだったのかと思いました。パニックに陥った私は、そうして目を覚ましたんです」
江田は、何も言わずただ彼女を見つめていた。
「だから、探したいんです。そうしないと、自分が空虚な存在のような気がしてしまう。そんなことになるのはもう嫌なんです」
江田は、しばし考えたような顔をしたのち、言った。
「なるほど。君の言いたいことは分かった。だが、戦ってもその存在価値は見つからないかもしれないぞ」
「何もしないで過ごすより、可能性のある方を選びます。これまでも多くの者がそうだったように、私も答えを見つけてみせます」
「そうか」
江田は、満足そうに首を縦に降ると言った。
「いいだろう。タイコンデロガ級26番艦ヴェラ・ガルフ、君の本基地の着任を許可する。しっかり戦ってくれ」
江田は、しばし間をおいて言った。
「ようこそ我が艦隊へ。ここが君の新しい母港だ」
終わりました。
いやーグダグダだぜ。
相変わらず無茶苦茶ですみません。本文の長さはだいたいこれくらいになりそうですね。
今回、初めて主人公以外の艦娘が出ましたね。
吹雪。私の初めての艦娘です。なんだかんだで駆逐艦の中では最高レベルで…。あっと、自分の話は要りませんね。今回は、これで終了です。
最後に、このような作品を読んでいただきありがとうございました。
今更ながら変更です。特型は曙も生き残ってましたね…。いくらでもクソ提督と罵られる覚悟です。
もう少し別の資料見たらこんなことにはならなかったんですけどねぇ。
とにかく謝罪。曙好きの皆様には深くお詫びいたします。