辞令を受けたヴェラ・ガルフは、後の2人と共に泊地司令部を出て第二艦隊の面々がいる宿舎に移動を始めた。
途中、現在使用している自室に戻り少ない荷物をまとめたのち古鷹と加古の2人に感謝の意を述べて部屋を後にした。
再び天龍と龍田と合流した彼女は、2人にある質問をしてみた。
「あの、お二人はこの基地のことをどう思っていますか?」
唐突な質問に一瞬困惑したような表情を浮かべた2人だが、先に理解した天龍が、返答した。
「おいおい、何でまたそんなことを聞くんだ?」
ヴェラ・ガルフは言った。
「聴きたいから、聞いたまでです。特に深い理由はありません」
天龍は、諦めたようにため息を吐きつつ言った。
「士気は低い。それも最低に。補給は少ないし飯も食えたらマシって感じで、部屋もそこまで広くない。唯一、いいところかも知れないのは暇な日が多いってことだがオレらにとっては、正直いい迷惑だ」
散々な評価だ。ヴェラ・ガルフは、やはりそう思う艦娘もいるかと考えているところに、天龍は続きを言った。
「けどよ、それは提督が悪いわけじゃない。こんな放棄寸前の基地に来た以上、生活がそこまでいいとは思ってない。提督は提督で少ない資材で頑張ってくれてる。そんじゃあ、オレたちもそれに協力していく義務があるだろ?」
ほとんど狂信的。ここまで来ると、もはやそうとしか言えない。
それほどまでに、江田と言う男は信用されているのか。
これではやはり、あの男、自分を沈めた海江田 四郎とまるで同じではないか。カリスマ的な意味で。
1人物思いに耽っていると、肩を揺すぶられた。我に返ったヴェラ・ガルフは、こちらに怪訝そうな顔をを向けている天龍の姿を見た。
「どうしたんだ?時々、心ここに在らずって顔してるぜ」
ヴェラ・ガルフは、天龍の手を肩から下ろしつつ言った。
「すみません、どうも考え事が多くて…」
「い、いや、別に考え事が悪いって言ってるわけじゃないんだ」
天龍は、慌ててそう言った。
この会話を、龍田は楽しそうに見ながら独り言った。
「また、面白い人が来たみたいね〜」
第二艦隊の面々がいる宿舎は、ヴェラ・ガルフのいた宿舎と少し距離があった。食堂は、前回の宿舎より遠ざかりその他の重要な施設より少しばかりの距離があった。
もっとも、少しと言っても歩く時間は20分ほどに増え、食事をするのも一苦労なのだが。
それはさておき。
3人が宿舎にたどり着いた時には、赤道付近の島らしく蒸し暑い空気のおかげですっかり汗だくになっていた。人間の体にも不便なところがあると考えながら、ヴェラ・ガルフは2人に続き宿舎に入った。
宿舎内は、クーラーが効いており快適な環境を室内に作り出している。放棄前の前線基地になぜこのような文明の利器があるのか不思議に思ったが、それを口に出すことは無かった。
噴き出していた汗が乾いていくのを感じつつ、彼女は2人に着いて行く。6人に与えられた宿舎にしてはずいぶんと広いと思いながら彼女は歩き続ける。ふと、空部屋を見た彼女はここが全盛期は宿舎いっぱいに艦娘がいたのだろうと予想した。この建物のが建てられた当時は、このような事態になることは予想していなかっただろうと考えながら歩いていると、急に立ち止まった天龍の背中に顔をぶつけた。
鼻を抑えたヴェラ・ガルフを見ながら、天龍はすまんと頭を下げたがそれも一瞬で彼女を開いていた扉に押し入れた。
彼女が、半ば押し込められるように入った部屋の中には4人の同じような格好をした少女たちがいた。
驚いたような表情をした少女たちは、1人を除いて全員が警戒の顔をした。後ろの2人がニヤニヤしているのを感じた。復讐を決意したヴェラ・ガルフは、覚悟を決めて言った。
「はじめまして、新たに第二艦隊に配属になりましたヴェラ・ガルフです。よろしくお願いします!」
顔が赤くなっているのを感じながら、ヴェラ・ガルフは少女たちの反応を待った。
反応はない。少しばかり動揺しているの少女たちを見て、ヴェラ・ガルフは少女たちに背を向けてゆっくりと部屋を出た後、急に走り出した。
「Goddamn!」と、彼女は叫びながら逃走を開始した。
天龍と龍田は、しばし呆然としたが我に返りヴェラ・ガルフを追いかけ始めた。
取り残された駆逐艦娘たちは、お互いに顔を向けた。
全員の考えは一致していた。
「大丈夫かなぁ…」
ヴェラ・ガルフが、再び宿舎に戻って来たのはそれから30分後のことで、2人(特に天龍)の顔は疲労感に満ち溢れていたが、ヴェラ・ガルフ本人はほとんど消耗していないように見えた。
「それでは改めて自己紹介をさせてもらいます。私はタイコンデロガ級打撃巡洋艦26番艦ヴェラ・ガルフです。本日付けで第二艦隊に配属されました。よろしくお願いします」
その落ち着いた口調からは、先ほどのような緊張感は感じられずまるでそんなことは無かったかのようだ。
『よ、よろしくお願いしま〜す』
駆逐艦娘たちは、そのギャップに戸惑いながらも返答した。先ほどのことは話題にせずに、ヴェラ・ガルフと面識のあった吹雪が他の面々の紹介を始めた。
「え、えーと、それではこの子たちの紹介をしますね。まずは、白雪ちゃん」
白雪は、しっかりとした言葉で答えた。
「特型駆逐艦、2番艦、白雪です。よろしくお願いします」
ヴェラ・ガルフは、頭を下げた。何か考えごとをしているらしいが、吹雪は紹介を続けた。
「次は、初雪ちゃん」
布団にくるまっている初雪がめんどくさそうに答えた。
「特型駆逐艦…3番艦…初雪」
それだけ言い終わると、初雪は布団の中に頭を入れた。いつものことらしく、誰もがため息をついている。
吹雪は、空気が元に戻るを待ってからさらに続けた。
「次に、深雪ちゃん」
「特型駆逐艦4番艦の深雪様だよ」
全員の名前と顔が一致したヴェラ・ガルフは、この4人の評価を考えた。吹雪、白雪、初雪の3人は太平洋戦争に参加していたが、深雪は参加できていない。もちろん、参加できなかった方が良かったとも言えるが。
どちらにせよ、実戦を見てみないと分からないので評価の設定は保留した。
「よし、これで顔合わせはできたな。そんじゃ、全員で昼飯行くぞ!」
天龍は、まだ昼でもないのに言ったがどうやら他の面々も賛成らしく、ぞろぞろと動き始めた。
ヴェラ・ガルフは、呆れつつも布団に籠っている初雪を引きづり出して付いて行った。
20分歩き続けた7人は、汗だくになりながら食堂にたどり着いた。天龍が、今日は奢ってやると息巻いている。どうやら、新人のヴェラ・ガルフに姉貴肌を吹かせたいようだが、あいにく彼女には効果はなかった。
食事をある程度済ませると、どう言う経歴を持っているかを聞かれた。あまり話したくなかったので軍機を盾にしようとしたが、興味津々の彼女らの顔を見ると話さざるを得ないことを瞬時に察した。
ヴェラ・ガルフは、ため息を吐くと話を始めた。
「実戦を経験したのは一回。米第3艦隊に所属していた時で、『やまと事件』に巻き込まれることになった」
「『やまと事件』?本土の鎮守府にいる大和のことか?」
天龍が、疑問に思ったらしく言った。
ヴェラ・ガルフは、首を振ってそれを否定する。
「違います。正式な名前は、シーバットと言います。『やまと』は、あくまで自称であって本名ではありません」
天龍は、了解を告げると先を促した。
「私は、脱走艦である『やまと』を沈めるために空母ミッドウェーを旗艦とした第3艦隊と共に沖縄沖に派遣され、『やまと』と交戦しました。この段階で、ミッドウェーと多数の艦が撃沈されていました。自分で言うのも何ですが、あの世界で私は世界最強の洋上艦と呼ばれていました。最新鋭の戦術情報システムを備えた私に、ほんの少し強い原潜に負けるはずがない、そう思っていました」
白雪が、言った。
「あの〜、原潜って何ですか?」
ヴェラ・ガルフは、しばし考えて言った。
「原子力は分かりますか?」
「なんとなくは…」
「原潜、つまり原子力潜水艦は、名前の通り原子力を利用した潜水艦です。これにより、潜水艦は半永久的に潜行が可能になりました。原子炉が動く時に酸素を発生させるからです。原子力は、潜水艦に最も合った機関と言えます」
白雪は、感銘を受けたように頷いた。
ヴェラ・ガルフは、改めて話し始めた。
「しかし、姉のレイク・エリー、ケープ・セント・ジョージが『やまと』の魚雷で損傷し、わずかな間に戦闘可能な艦は私だけになりました。そして…」
彼女は、しばらく間を空けたのちに言った。
「私は合計4本の弾頭を抜いた魚雷を撃ち込まれて、沈みました。11月29日20時50分のことです」
重い空気が流れる。この話を振った天龍は、きっと後悔していることだろう。
ヴェラ・ガルフは、この空気をなんとかしようと気丈に振る舞った。
「まぁ、過ぎたことですから気にはしません。相手が悪かったと諦めることにしてます。それに、今私は生きています。過去に縛られずに行動することに、私は重きを置いています」
微かに空気は良くなったが、それもほんの少しだ。まだ押しが足りないかと思っているところに、天龍が乗り出した。
「そんなことより、オレらよりもちっちぇー巡洋艦が来てくれて嬉しいぜ。なぁ龍田」
「そうね〜。まるで駆逐艦見たいだものね」
ヴェラ・ガルフは、口をポカンと開けた。そして、言った。
「あの〜、お二方?私、あなた方より大きいですよ」
今度は、天龍が口を開ける番だ。
「え?いやだってよ、お前どう見ても駆逐艦娘サイズじゃねーか。巷じゃロリっ子とか言われてるくらいの大きさだぜ」
ヴェラ・ガルフは、冷静に反論する。
「ええ、私は駆逐艦サイズです。見かけはね。その理由は、私が建造された時にスプルーアンス級駆逐艦の船体が利用されたからです。イージスシステムを積んだから軽く9000トン超えてますよ。あなた方の基準に合わせると重巡くらいのサイズですよ。だいたい、ロリっ子て何ですか?」
「…マジで?」
「マジです」
沈黙。龍田は、相変わらずニコニコしている。
やがて、天龍が気が抜けたように机に倒れかかった。
「マジかー。ようやく、同じ巡洋艦相手に先輩風吹かせられると思ったのに…」
しばし突っ伏した後、突然飛び起きた天龍は最後の賭けのような感じで言った。
「艦だったころの全長は⁉︎」
ヴェラ・ガルフは、無慈悲に返答した。
「567フィートです」
「それって何メートルだ⁉︎」
「173メートルです」
天龍は、再び突っ伏して言った。
「負けた…」
馬鹿馬鹿しい意地の張り合いは、ヴェラ・ガルフの勝利で幕を閉じた。
これを見ていた駆逐艦娘たちは、なんだか悲しくなったとか、自分はこうならないようにしようなど散々な評価だったと言う。
宿舎に戻った彼女らは、ある程度まで打ち解けていた。アメリカの艦と聞いて、怖がっていた駆逐艦娘たちも自分たちと同じ駆逐艦サイズと言うこともあってすぐに慣れてしまった。
一方天龍はと言うと、先ほどの件が未だに響いているらしく龍田に慰めてもらっている。
何てことはない、第二艦隊の日常に新たな風が吹いていた。
その日の夜。泊地司令部に、ヴェラ・ガルフは呼ばれていた。
何となく呼ばれた理由は分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「なぜ呼んだんですか?」
江田はニヤリと笑って言って。
「何となくは分かっているんじゃないか?」
ヴェラ・ガルフは、ため息を吐いて言った。
「明日にも偵察任務に行って来いってところですか?」
「その通りだ。流石に良く分かっているな」
「少し考えれば誰にでも分かります。それで、なぜ私を呼んだんですか?」
「さっき君が言ったように偵察に…」
「違います。普通は、旗艦を呼ぶと思うんですが」
江田はますます笑みを大きくする。その表情を見た彼女は、江田の真意を理解した。
「まさか、私に旗艦をしろと?」
「その通りだと言いたいところだが、違う。君と話がしたかったから来てもらったんだ」
「話…ですか?」
「そうだ」
ヴェラ・ガルフは、いまひとつ理解できなかったが江田は、彼女の返答を待たずに言った。
「君は、前の世界で私と会ったことがあるな?」
ヴェラ・ガルフは、大いに驚いたがそれを顔には出さずに言った。
「ええ、会いました」
「敵か味方か?」
「敵です」
「君を沈めた相手か?」
ヴェラ・ガルフは、返答を躊躇ったものの言った。
「そうです」
江田は、ため息を吐いて言った。
「やはり、か。そうではないかと思ったんだ」
しばしの沈黙。江田は、その後に言った。
「その人物の名前は?」
「海江田 四郎。階級は少将、一応米第7艦隊の所属です」
「一応?」
「はい。海江田少将は日本初の原潜の艦長に選ばれ、その初航海時に逃走、その後第7艦隊を脅迫しつつ独立国『やまと』を名乗り再び逃走、日本に向かう途中でロシア太平洋艦隊の攻撃型原潜レッドスコーピオンと交戦し勝利、そして沖縄沖でロシア太平洋艦隊と米第3艦隊と交戦、ロシア艦、米艦それぞれ多数の艦を撃沈、もしくは損傷させています。そして、撃沈された米艦の中に私もいた訳です」
「…ずいぶんな経歴を持っているな、君の世界の「私」は。それで、君は彼を…つまり、「私」を恨んでいるか?」
彼女は、迷うことなく即答した。
「もちろん、恨んでなんかいません。海江田少将のことも、あの人のことも…」
長い沈黙が続いた。彼女は、その場で微動だもせず江田の返答を待ち続けた。
江田は、ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
彼は、窓の外に顔を向けて言った。
「…明日の朝0830時より偵察のために出撃してもらう。偵察と言っても、どちらかと言うと哨戒任務に近い。本基地の周辺海域を規定のコースに従って航行してもらう。何か質問はあるか?」
「規定のコースとは何ですか?」
「それに関しては、第二艦隊の面々の方が詳しく説明できるだろうから、そっちに聞いてくれ」
「はい」
「他に質問は?」
「ありません」
「よろしい。以上だ、行っていいぞ」
彼女は、しばし考えてから提督執務室を後にした。
江田は、最後までこちらに顔を向けることはなかった。
前回に引き続き、少し長くなってます。はい。
ヴェラ・ガルフの見た目がちょっとだけ出てきましたね。ちなみに、今後この設定以外使用しませんので、ヴェラ・ガルフの服やら何やらは皆さんの想像にお任せします。
次は多分海に出ますよ、多分。
最後に、このような作品を読んでいただきありがとうございました。