艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

1 / 15
読みやすくなるよう少し編集を加えました。ご了承願います


使命無き兵器

 艦隊コレクションー艦これ 二次創作 海の最果て

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女たちは人間でありながら人ではない。

 

 

 

 人であることを止め、兵器であることを選んだ。

 

 

 

 彼女たちを形作るのは血と鉄の記憶。

 

 

 

 血潮の中には全ての記憶が流れ込み、細胞の一つ一つにその最期が刻みこまれる。

 

 

 

 故に、逃げられない。

 

 

 

 故に、闘う。

 

 

 

 故に、渇望する。

 

 

 

 自分が何者であるのか。何の為に生まれ、どこへ向かうのか。

 

 

 

 彼女たちがそれを知った時。それはきっと――

 

 

 

 

 

 延々と広がる焦土の只中にあるのは、血と鉄と硝煙と焼け焦げた肉や髪の臭い。怒号の代わりに聞こえるのは悲鳴。掛け声の代わりに聞こえるのは人ならざる嬌声。

 

 視線を落とせば肉の絨毯。下半身の千切れて吹き飛んだ兵士は、腸からこぼれる内臓を必死にかき集めている。頭の上半分が吹き飛び脳みその零れた通信兵に、しきりに泣きながら縋り付く兵士。吹き飛んだ自分の両足を必死にかき集める兵士。後ろを振り返れば多くの兵士の血で真っ赤に染まった砂浜と、ピンク色の気泡を立てて押し寄せてくる波。

 

 遠くで砲撃音がした。土砂と一緒に幾人もの兵士たちが肉の花火を咲かせながら天高く吹き飛んでゆく。

 

 これは『戦場』などではない。これはただの『地獄』だ。

 

 憎悪など持てなかった。怒ることすら許されない。それほどに圧倒的な力は、カーストの頂点でふんぞり返る人間様に、生物としての恐怖を叩きつけた。

 

 奴らは人間などではない。化け物だ。人知を超え、ただ殺戮のみを生きがいとする血濡れの兵器群。そんなやつらが人間の真似ごとのように姿を似せ、異形の様相で全てを蹂躙していく様は、まさにハリウッドのSFさながらだ。だが奴らは火星人のように知能は無い。エイリアンのように人間は喰わない。ただひたすらに、理不尽なほどの数と火力で人間を蹂躙した。

 

 仲間の声が聞こえる。悲鳴。嗚咽。

 

 助けなくては。生きてここから帰らなくては。そう思い身体を動かせば動かすほど、粘着質に纏わりついて耳元で囁かれる。

 

 

 

「お前の居場所はここだ」

 

 

 

 

 1  使命なき兵器

 

 

 

 

 

「――尉!」

 

「――中尉!」

 

「二階堂中尉!」

 

 何度目かの呼び声でようやく深い底にあった意識が浮上した。全身にはじっとりと汗が溢れている。涙腺が少し緩んでいるのか、瞼の裏には僅かながら悪夢の涙が溜まっていた。

 

 ようやく自分の名前が呼ばれていることに気付くと、涙を誤魔化すように寝起きの素振りを見せて対応した。

 

「どうした?」

 

「あと十分で基地に着陸です。そろそろ準備の方を」

 

「ああ、分かった」

 

 適当な返事をすると、手元に置かれた資料へ目をやった。

 

 どうやら数年ぶりの悪夢はこいつのせいらしい。読み込んでいた資料を片づけると、機内に取り付けられた小窓から下界を見下ろした。

 

 下界に映るのはまるで衛星画像のように鮮明な伊勢港湾と、それを擁する四日市工業都市。そして燦々と降り注ぐ陽光に反射する伊良湖水道。

 

 その遥か上空を、日本海軍の所有する小型レシプロ機が旋回している。間もなく着陸態勢に入り、目的地である神島地方基地へと着陸する手筈だ。

 

「中尉は以前どちらに?」

 

 自分より少し年下の下士官が、興味深げに訊ねてきた。様子からして二階堂の任地での役回りについて、聞き及んでいるのだろう。どうやら知らない相手が不躾に訊ねるくらいには、知れた仕事らしい。

 

「外地の、プリモルスキーの方にいた」

 

「ということは、前線に?」

 

「そうだ」

 

「なるほど、それでですか」

 

 下士官は視線を下ろして、二階堂の胸元に目をやった。

 

「士官の方と窺っていたもので」

 

 おそらく彼が言いたいのは服装のことだろう。将校には珍しく、二階堂はネイビー色の迷彩柄戦闘服に身を包んでいた。

 

「こっちのほうが動きやすい」

 

「そ、そうですか」

 

 少し変わったものを見る目をした下士官は、気まずくなる前に機転を利かせ話題を変えた。

 

「前線のほうにいらしたということは、やはり見たことがあるんですか?」

 

「何をだ?」

 

「敵ですよ。奴ら、深海棲艦」

 

「……そういうことか」

 

 何も知らない無垢な青年は、じっと期待の眼差しで見つめてきた。二階堂は疲れ切った目を逸らし、面倒臭そうに首をもたげる。

 

「残念だが遠目で数度、見たことがあるだけだ」

 

「なるほど。では中尉は彼女たちと会うのも初めてなんですか?」

 

「彼女?」

 

「中尉が神島基地で指揮する部隊について小耳にはさんだもので」

 

「俺も会うのは初めてだ」

 

「意外です。てっきり何度も会っていたものかと。ではやはり少し不安では」

 

「不安ではないが、任務である以上、一定の緊張感は必要だろう」

 

 緊張。自分で言っておきながら、その言葉の不整合さに自嘲じみた感情を抱いた。

 

 ついこの間まで戦争の最前線で、砲火の中命を削りながら敵と戦っていた自分が、内地の、それも地方基地に転属だというのだから無理もない。

 

 戦時でありながらこの国は平和だ。

 

 日本近海から奴らが駆逐されて早二年。もはや国民には敵の脅威などという現実的な危機感はなく、残ったのは忌まわしき過去への恐怖と、それを未然に防がんとする暴力的なまでの排他意識。そしてそれらの上に築き上げられたのは欺瞞的安寧。

 

 果たしてこの国の何人が本当の戦争を知っているのだろう。きっと知らない。国民も。文官も。目の前で能天気な質問をしてくるこの下士官も。

 

 腕時計を確認した。

 

 下士官の言葉では十分で着陸するとのことだが、着陸態勢どころか準備にすら入っておらず、先ほどと同じ旋回を繰り返していた。

 

「何かあったのか?」

 

 パイロットに確認を取った下士官から、少しバツの悪そうな表情で返事が返ってきた。

 

「どうやら南西約一キロ先の二千フィート上空で、不審な影があったらしく、現在確認中です」

 

「影の大きさは?」

 

「おそらく一メートルほど。多分鳥じゃないでしょうか」

 

「二千フィート上空を飛ぶ物好きな鳥は、日本にそういないだろう」

 

「渡り鳥と言う可能性も」

 

「今の時期日本上空を飛翔する渡り鳥はいない。それに翼長一メートルの鳥もそうそういるものじゃない」

 

「はぁ。ではあれは一体……」

 

 すると突然パイロットから報告が入った。

 

『観測所より入電、unknownはパターン緑。敵艦戦です。敵本体はありません。はぐれてしまったものかと』

 

「進行方向はどうなっている?」

 

『真っ直ぐこちらに向かっています』

 

 弱った。こちらはただの輸送機だ。兵装の類は一切装備されていない。機動性も敵側の方が上だろう。こちらがいくら回避運動をしたところで、後ろに付けられて狙い撃ちされるのは、目に見えている。

 

 出来る事といえば、基地側の援護射撃の可能な空域まで降下することぐらいだが、それまで敵が待ってくれるはずない。現在も猛スピードでこちらに向かってきている。このままでは間に合わないだろう。

 

 しかしパイロットは降下どころか、進路変更すらしようとしなかった。不審に思っていると、下士官が口を挟んできた。

 

「心配ありませんよ。我々が何もせずとも無事に着陸できます」

 

「どういうことだ?」

 

「見ていれば分かります。……ほら、来ましたよ」

 

 そう言って下士官が指さした窓を覗くと、眼下の海上で一瞬紫色の閃光が煌めいた。

 

 しばらくして海上から三つの点が垂直に上がってくる。点は徐々に大きくなり、やがては翼をもった灰色の機体がその姿を現した。

 

 零式艦上戦闘機。通称ゼロ戦。

 

 第二次世界大戦期に旧日本海軍で活躍した主力艦上戦闘機。ジェット機が高度一万メートルを飛び回る今のご時世で、何故このような前時代の骨董品が翼を震わせているのか。

 

 大凡察しがついた。噂には聞いている。前時代の兵器群を自在に操りその御霊を身体に宿す者たち。

 

 そしてこの世界で唯一、侵略者《深海棲艦》に対し対等の力を所持している彼女らの名は――

 

「艦娘」

 

 資料に記されていた名前。噂には聞いていたが、この目でまだ一度も見たことのない存在。

 

 一体彼女たちは何者なのか。これほどに人知を超越した力を持つ者の指揮を何故自分が執らなければいけないのか。

 

 様々な想いが胸中を巡らせながら、眼下に見下ろすまだ見ぬ部下の姿を想像した。そんなことに気を取られているうち、ゼロ戦に撃墜され、敵艦載機は煙を上げながら蒼い海に落ちていった。

 

 

 

 

 

 上空での戦闘からしばらく。小型機は神島基地の飛行場へと着陸すると、ラッタルを降りた二階堂はようやく大地に足を付けた。

 

 フライト後、二階堂を迎えたのは太平洋特有の夏季の湿った風。

 

 風に靡いて二階堂の短い髪が揺らめき、浅黒く固い頬を粘り気のある風が撫でた。

 

 神島。三重県鳥羽市に属する。

 

 周囲4キロ弱、面積は0.8㎢の島で伊勢湾口伊良湖水道上に位置し、現在は日本海軍横須賀鎮守府隷下神島地方基地として利用されているこの島だが――

 

「ここは本当に海軍の基地なのか?」

 

 思わずそう呟くのも無理はなかった。飛び立った小型機を見送った後、周囲を見渡したが、滑走路以外建造物と呼べるものが何もなかった。

 

 上空から鳥瞰した際は、豆粒のような島の端にひしめく民家群と、取って付けたような小さい軍港。

 

 今眼前にあるものといえば、一般人が立ち入らないようにする為のフェンスと《日本海軍管轄域にて立ち入りは禁ず:日本海軍神島基地》という看板だけで、これがなければ、本当にここが基地なのかすらも疑っていたところだ。

 

 そして何よりも、二階堂の首を傾げさせたのは他でもない。

 

「どうして迎えが来ないんだ」

 

 炎天下の中、かれこれ小一時間ほど日陰のない滑走路で待っていたが、迎えの一つも来る気配がない。

 

 自分から来いということなのだろうか。

 

 周囲を見渡した。滑走路以外四方は緑に囲まれ、野鳥や虫の鳴き声も聞こえてくる。

 

 これ以上ここでの長居は無駄だと判断した。仕方がないとため息を漏らし、出発の準備を始める。

 

 ブーツの紐を締め直し、二階堂は目深にキャップを被ると、私物の入ったザックを背負い移動を開始した。

 

 滑走路のフェンスを抜けたあと山道以外他に道らしい道は無い。仕方ないので急こう配の山道を登ることにした。

 

 木漏れ日の溢れる山道は、空気の流れが停滞しているのか、はたまたうっとおしいほど生い茂った森林が双璧を為しているからなのか、息苦しいことこの上なかった。

 

 しかし息苦しいからといって、苦になるなどということはない。むしろこういったことには慣れているくらいだ。

 

 ようやくアスファルトで整地された道に出る。そこから舗装された坂を上ろうとしたところで、後ろから声を掛けられた。

 

「おーい、ちょっとそこの人―!」

 

 辺りを見渡した。人と呼べる存在は今のところ自分以外には誰もいない。となるとこの声の主は、おそらく自分の事を呼んでいるのだろう。今度は先ほどよりも二倍ほどの声量で呼ばれた。

 

「あんたやあ・ん・た! そこの重い荷物背負とる軍人さん!」

 

 関西弁でがなり立てる声の方へ視線を向けると、坂の下から一人の少女が駆け上がってきた。少女は二階堂の元にたどり着くと、しばらく肩で息をしながら休憩したのち、顔を上げた。

 

 少女は夏物のYシャツにジレスーツを羽織り、スカートの間からは黒のスパッツを纏った太ももが顔を出し、手には白の手袋がはめられている。

 

 ただでさえ少し変わった格好が、小さな島の、それも山道ということもあって余計に浮いて見える。

 

 この島の子供だろうか? 確か資料によるとこの島にも凡そ五百人ほどの島民が住んでいるらしい。

 

「俺を呼んだのか?」

 

「あんた以外他にだれがおるんや! ちゃんと一回で返事しいや!」

 

 黒いショートの髪をピンで留め、でこを見せる小柄の少女は捲し立てるような関西弁――厳密には京言葉で二階堂を怒鳴りつけた。

 

「そうか、それはすまなかった」

 

 軽く頭を下げると「まったくっ」とご立腹の少女は腕を組んで不機嫌そうにした。

 

「それで、俺に何か用か?」

 

「ああ、実はちょっと人探しとってな」

 

「人?」

 

「海軍の軍人さんや。今日付けでここの基地に――正確にはここに駐屯してる隊に配属になる人やねんけど、迎えに行ったら滑走路には誰もおらんくかったんや。ほんで乗せてったヒコーキのパイロットに確認取ったら、もう降ろしたって言われてん! ほんま、人を待たんと勝手に動くってどんな神経してるんや」

 

「小一時間炎天下の滑走路で人を待たせる方が、よっぽどおかしな神経をしているんじゃないのか」

 

「しゃーないやろ! こっちかて色々とどたばたしとって……ってあれ? あんた、なんでそんなこと知ってるん?」

 

「俺がその小一時間炎天下の滑走路で待たされた挙句、おかしな神経の持ち主呼ばわりされた男だからだ」

 

「じゃ、じゃああんたが、噂の新しい司令はんなんか?」

 

「俺はここの基地に駐屯している艦娘――第二十特殊戦術部隊の次期隊長として赴任してきた二階堂率中尉だ」

 

「う、うそやん……」

 

「別に嘘などついていない」

 

「い、いやだってその服装……」

 

 疑問は最もである。艦娘の指揮官は皆、常装制服(将校が着用する詰襟の制服)が基本である。

 

 まずもって前線に出ることのない役職である指揮官に対し、二階堂の戦闘服は明らかに異様を呈していた。

 

「というかそれ、海兵部隊の服とちゃうん? なんで司令はんがそんなもん着てるん」

 

「俺は海兵部隊だ。……正確にはだった、と言うべきなんだろうがな」

 

「なんでまた特殊戦術部隊なんかに……」

 

「上からの命令で、実験の一環として外部の人間を呼ぶことになり、その代表として俺が指名された」

 

「実験?」

 

「これまで君たち艦娘は戦闘に際し六隻一編成で行動してきた。しかし海上という特性上、状況を広くつぶさに確認できる現直の指揮官が必要であるにも関わらず、長年その問題が先送りにされてきた。そこで今回、海軍はその問題を打開するべく、少数単位の作戦行動に長けた我々海兵部隊から、俺が派遣されたんだ」

 

「あー、そう。なるほど、なるほどなぁ……」

 

 ようやく全ての状況を把握したらしく、少女は大きなため息をつくと、一気に辟易した表情になる。

 

「次はこちらが質問する番だ」

 

 二階堂は眼光を走らせ黒潮を睥睨した。思わずぞっとするほどの目力は、それだけで犬くらいなら射殺せそうなほどだ。

 

「着任兵をほったらかして一体何をしていた。もし何らかの事情があったのであれば、先に連絡を寄越すのが筋じゃないのか?」

 

 想像以上にインパクトが強烈だったのか、少女の表情も涙目で若干ひきつっている。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ようやく振り絞って出した声はか細く震えていた。

 

「ところで君は一体誰なんだ? 聞いた限りじゃここの島民というわけではなさそうだが」

 

「う、うちは第二十特殊戦術部隊所属旗艦。駆逐級陽炎型三番艦識別名、《黒潮》や」

 

「なっ……なにぃ!?」

 

「ひぃ!?」

 

 狼狽する二階堂に駆逐艦《黒潮》は思わず悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ艦娘を見るのもうちが最初なん?」

 

「ああ。その存在、概念、戦術的効力については一定の知識を得ているが、実際に会うのがこれが初めてだ」

 

 じりじりと照りつける太陽の下、二階堂は黒潮に連れられ庁舎のある島内平野部へと向かって坂を下りていた。

 

「それにしても君が艦娘なのか……」

 

 相変わらず悪鬼のような形相で、黒潮の足元から頭までゆっくりと観察していると。

 

「そ、その……うちのこと焼いて食ったりせえへん?」

 

「君は俺に対してどんな印象を抱いているんだ……」

 

 対深海棲艦侵略兵器。そう彼女たちは兵器だ。もちろんだがそれは比喩的表現であって、生物学的には当然二階堂と同じく人間に属する。

 

 だが国家の最上級機密たる彼女らには機密保全の為、戸籍は存在しない。扱いはあくまでも兵器。

 

 当然この程度の事は二階堂自身も知っていた。だがそれが年端もいかない少女たちで構成されているとは、今の今まで知らなかった。

 

 すると黒潮がちらちらとこちらを見てくる。恐怖とは違う、若干余所余所しい様子。

 

「どうかしたのか」

 

「いや、その、さっきから背負ってるその荷物、大きいけど何が入ってるんかなーって」

 

「気にするな。ただの荷物だ」

 

「そ、そう……あ、庁舎が見えてきた」

 

 黒潮が指さすその先。下り坂の奥にはレンガ造りの古臭い三階建て建造物が見えてきた。

 

 庁舎は一見廃墟と見紛うほどに古く、どこかみすぼらしい様相をしていた。レンガ造りの三階建て庁舎は相応に年季の入った建物で、雑木林の中にひっそりとその姿を現している。

 

 蔓の這った赤レンガを横目に入庁した二階堂は、黒潮に案内されて基地長官の執務室へと向かった。

 

 

 

 

 

「百田准将ならさきほど横須賀本営へ出向かれました」

 

 そうにべもない返事を寄越した、神島基地長官秘書を務める眉月美和少佐は、銀縁の眼鏡を光らせ書類に目を通した。

 

「本営へ? 一体どのような用件で」

 

 秘書官執務室のデスクに座る彼女と向かい合って直立する二階堂に対し、眉月は二階堂に関する個人情報から一度目を離して一瞥した。

 

「先ほど観測した軽母ヌ級の戦闘機について幕僚たちと緊急の会議です」

 

「戻るのはいつごろに」

 

「それは分かりません。会議が終わり次第、と言うこと以外は何も」

 

「自分はいつから正式にこの基地の部隊長として活動することに?」

 

「事前に転属用の書類は受け取っています。百田准将からの確認印も受領しているので、現時刻をもってあなたは、神島基地第二十特殊戦術部隊の指揮官となります。ですがまだ兵器――艦娘の動員については認可がおりていないので、別命あるまで待機となります」

 

「それで具体的な引き継ぎについては」

 

「引き継ぎ? 何のことですか」

 

「部隊配属に関する引き継ぎです」

 

「そのような話は伺っていません」

 

「それは、どういうことでしょうか」

 

「基地隊と特殊戦術部隊はそれぞれ独立した組織になる為、その手の話には一切関知していません」

 

「しかし自分はここへ来るまで必要最低限のこと以外は何も――」

 

「話は以上です。他に用がなければ速やかに退出してください。先刻の件で私も手が塞がっている状態です。これ以上執務の邪魔をするようであれば、相応の対処を取らざるを得ませんが」

 

 まさに、取りつく島無しといったところだ。眉月は耳を貸さないどころか露骨に嫌悪した目で二階堂への退出を促した。

 

「……了解。それでは失礼します」

 

 仕方なく最低限の謝辞だけ述べた二階堂は、居心地の悪い秘書室を後にした。

 

「おつかれさん」

 

 秘書室の前に待っていた黒潮は軽く手を上げると、扉を閉めた二階堂の元へ駆け寄り、二人は庁舎の廊下を歩き出した。

 

「で、どうやった?」

 

「別に何もなかった」

 

「うそや。秘書室入る前よりも眉間に皺が寄ってるもん」

 

「別に大したことはなにもない」

 

「眉月はんのことやからきっつい口で喋ってたんとちゃうん?」

 

 二階堂は重いため息を漏らした。

 

「図星やな」

 

「……露骨に邪険な扱いを受けた」

 

「そのうちなれるし気にせんとき」

 

「君も眉月少佐に同じような扱いを受けているのか?」

 

 二階堂の問いに黒潮は一瞬目を伏せた後答えた。

 

「あー……まあ、この通り艦娘自体特殊な立場やからな。人それぞれ思うところはあるみたい」

 

 どうやらこの基地の思想関係も一筋縄ではいかないらしい。

 

 もちろんそれは二階堂にも言えることではあるが。

 

 そんな他愛もない会話をするうち、二人は庁舎の外へと抜け、そこから通じる蔓の這ったレンガ造りの渡り廊下を歩いた。

 

「お、やっと見えてきた。あれがうちらの隊舎や」

 

「あれは……」

 

 二階堂は思わず言葉を失った。神島基地の庁舎は外観こそ古いレンガ造りではあるものの、内装は改装されている為、比較的現代的な作りとなっていた。

 

 しかし眼前、蔓や藤の葉などの植物群が生い茂る緑のその先にあったのは、庁舎とは比類なきほどに古い木造の建物。言うなれば田舎の廃校舎そのものであった。

 

 まるで幽霊のように、現代から隔離されたい出立ちのそれは、怪しく二人を迎えた。

 

「元々この島にあった小学校をそのまま改築して転用してるんや」

 

「……本当に学校だったのか」

 

「どや、驚いたか?」

 

 誇る要素などどこにもないのに、黒潮はどこか得意げな顔でそう告げた。

 

「まさかとは思うが俺の執務室もあの中に?」

 

「司令はんの執務室は元校長室や」

 

 頭が痛くなってきた。この基地に降り立った時からある程度覚悟はしていたが、まさかこれほどまでとは。

 

 庁舎とこれだけ距離があってはまるで隔離施設そのものだ。

 

 今後に憂いを抱く二階堂をよそに、今度は背後から聞き覚えの無い若い男の声が聞こえた。

 

 振り向くと五人、こちらへ向かって歩いてきている。

 

 全員紺色の作業着を着ており、下士官であるようだ。一人は茶色がかった髪で中肉中背長身の男。もう一人は反対に腹の突き出た小太りのモヒカン頭。

 

 そのすぐ後ろで見え隠れしているのは小柄で黒縁眼鏡をかけた青年。そして今度は対極的に背が高く日本人離れした体躯で浅黒い肌の大男。最後は髪を後ろで結い上げ目深にキャップを被った小柄な女性。

 

 皆統一性はなく、あべこべではあるが仲親しげそうに会話していた。

 

「あ、葉山はんらや」

 

「知り合いか?」

 

「うん、まあこの基地内ではよく話す人ら」

 

 黒潮は葉山の名を呼ぶと「おーい」と手を振る。すると黒潮の声に反応した中肉中背の茶髪男は、黒潮に気付くとおどけた笑顔で手を振り返し、五人は二人の元へやってきた。

 

「おお、黒潮ちゃんじゃねえか」

 

「こんにちはー葉山はん」

 

「おう、今日はどうしたんだ? 庁舎の方から戻ってきたみたいだけどこっち来るなんて珍しいじゃんか」

 

「いやぁ、新しい司令はんがきはったから色々と案内してたんよ」

 

「新しい司令?」

 

 首をもたげる葉山に小太りのモヒカンが補足をする。

 

「ほら、あれですよ。海兵部隊から出向してきた例の」

 

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 葉山は黒潮を見下げていた視線を上げ、隣の自分より背の高い二階堂に合わせた。

 

「名前は二階堂。階級は中尉。今日からこの基地で世話になる」

 

「中尉ですか。そりゃ失礼しました。自分は神島基地隊哨戒艇部隊所属、葉山軍曹ってもんです」

 

「葉山軍曹か。これからよろしく頼む」

 

「こちらこそ。ということは、中尉がここへ新しく着任した提督なんスか」

 

「提督? なんだそれは」

 

「俗称みたいなもんですよ。艦娘を指揮する人間のことを皆提督と呼んでいます。彼女たちはあくまで『艦艇』の扱いですから」

 

「提督、か。妙な呼び名を考えた人間もいたものだな」

 

「ところで黒潮ちゃん、秘書艦はどうしたの?」

 

「さっきの深海棲艦騒ぎで緊急出動してたから、もう帰ってきてる頃やと思うけど。なんかあったんか?」

 

「情報課の奴がさっきの戦闘リザルトを上げろって。黒潮ちゃんのほうから伝えといてくれないか?」

 

「りょーかい。ほな後で伝えとくわ」

 

「んじゃ、よろしく」

 

「葉山はんらは今からどこ行くん?」

 

 すると葉山はバツの悪そうな顔で黒潮から目を逸らし、茶髪の頭をボリボリと掻き毟った。

 

「あー……、ちょっと頼まれごとをな。うちの上官がどぉーしても俺に頼みたいって言うから、仕方なく引き受けてやったのよ! いやぁ、頼れる男は困るねぇ」

 

 誤魔化すように空笑いする葉山に対し、隣にいた小太りのモヒカン男が呆れたようにため息を漏らした。

 

「何が引き受けてやった、ですか。引き受けたんじゃなくてやらされてるんでしょう」

 

「上官命令なんだからどう言ったって一緒だろ、水無月」

 

「一緒なわけないでしょ! 大体、これは頼まれごとじゃなく懲罰ですよ! それもどっかの馬鹿な軍曹が仕事ほっぽり出して女のケツ追っかけまわした連帯責任の!」

 

「そ、それはあれだよ、ほら! 軍人たる者女性との付き合いも仕事の内だ」

 

「准将の一人娘を傷物にしといて、よくそんな減らず口が叩けますね! 事を穏便に処理してくれた眉月少佐がいなかったら、アンタ今頃深海棲艦の巣に放り込まれてますよ!」

 

「そりゃ俺だって眉月少佐には感謝してるさ。でもだからって、反省文五百枚はやり過ぎじゃない? しかも八回書き直し! 鬼かよ!」

 

「むしろ反省文だけで済んだことをありがたく思うべきですよ……」

 

「まあ今回はあの安産型の尻とエロい黒ストに免じて許してやるか」

 

 反省の色すら見せず、眉月少佐の肉付の良い肢体へ思いを馳せる葉山に対し、水無月の中で大切な糸が音を立てて切れた。

 

「……坂口」

 

「何?」

 

 水無月に呼ばれて後ろから顔を出したのは海軍キャップを目深に被る小柄な女性。

 

「この色猿軍曹を黙らせろ」

 

「了解(ラジャー)」

 

 舌打ちした水無月が、葉山に顎を向かせた次の瞬間、坂口は音もなく葉山の背後へと回りこむ。

 

 首に片腕を回すともう片方で頭を押さえ、強く押し込んだ。

 

 こきゅり、という生命にとって何か大切なものが割れる音が聞こえた。葉山は叫ぶ暇すらなくその場で倒れ込み、白目を剥いて気絶した。

 

「太田・福井。お前らでこの馬鹿軍曹を武器庫に運び込むぞ」

 

「了解」

 

 指示を受けた黒縁眼鏡の小柄な青年と浅黒い肌の大男の二人は手馴れた様子で葉山の手足を持ち上げる。

 

「それでは自分たちはこの辺で失礼します」

 

「ほなまたなー」

 

 一連の動きに特に驚いた様子も見せなかった黒潮は、笑顔で四人の下士官と、口を開いて痙攣する軍曹を見送った。

 

「あの、水無月伍長、武器庫に着くまでに軍曹が目を覚まさなかったらどうします?」

 

「あ? どっか適当な魚雷発射管にでもぶち込んどけ」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。