艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

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ある海兵士官の過去

 9 ある海兵士官の過去

 

 

 

 

 

「おーい! 誰か居たら返事しろ!」

 

 深海棲艦の残骸が漂う海を一隻の小型艇が慎重に進んだ。

 

「レーダーに反応は?」

 

「まだありません」

 

「……そうか」

 

 二階堂は小さく返事すると周囲を見渡した。

 

 既に敵の影は無い。先ほどのミサイル攻撃により、一時的にではあるが敵本隊は後退した。しかし再び侵攻を開始するのも時間の問題だろう。それまでになんとしてでも見つけなければならなかった。

 

 すると一人が何かを発見した。

 

「中尉! 二百メートル先に漂流物が」

 

「示現反応は?」

 

「ありません」

 

「なら慎重に近づけ」

 

「了解です」

 

 船はゆっくりと漂流物に近づいた。漂流物は近づくにつれ徐々に人の形を見せてくる。そして視認できる距離になり、ようやくそれが人の形としてはっきりしていくと、船内に緊張が高まった。

 

「負傷者一名発見です!」

 

 茶色のブレザーに亜麻色のポニーテールを結い上げた華奢な身体の少女。

 

「熊野!」

 

 二階堂は船から飛び降りると、意識なく漂う熊野を保護し、船内へ引き上げた。

 

「しっかりしろ、熊野!」

 

 幸いにも息はあった。艤装のおかげかバイタルも安定している。ミサイルによる爆風の影響で多少の外傷こそ見られるが、どれも掠り傷程度の軽微な怪我で済んでいた。

 

「んん……ここは、どこですの?」

 

「気付いたか、熊野」

 

「てい、とく? どうしてこんなところに?」

 

「お前を助けに来た」

 

「助けに……?」

 

 はっ、と熊野は思い出したかのように勢いよく身体を起こした。

 

「大変ですわ提督! 黒潮と飛鷹がミサイルの爆発に巻き込まれましたの!」

 

「落ち着け。そんなことは分かっている。最後に彼女たちを見たのはいつごろだ」

 

「爆発が起きる前ですわ。ミサイルが来たあとは私も気を失って……」

 

「そうか。ありがとう。今はゆっくり休め」

 

「中尉、もう限界です。これ以上の捜索は危険です!」

 

「分かった。一度引き上げる」

 

「ということは、まだお二人は見つかっていませんのね」

 

「ああ、そうだ。すまない。もう日も沈んでいる。これ以上の捜索は難しいだろう」

 

「大丈夫、ですわ。お二人ともきっと無事でいるに決まってますわ」

 

 熊野は弱弱しく笑うと続けた。

 

「だってわたくしたちは船の魂を持った艦娘ですのよ。おいそれとは沈みません」

 

「……ああ、そうだな。俺もそう思っているよ」

 

 

 

 

 

 しかし輸送艦しれとこへ戻った二階堂に言い渡されたのは、引き続き待機命令という指示だけだった。

 

「どういうことです! 何故我々が待機していなきゃいけないんですか」

 

 怒鳴る大岡に対し、作戦本部の少将は眉一つ動かさすに続けた。

 

「何故、と言われてもこれが上の下した命令だからだとしか言いようがない。先ほどのミサイル攻撃により敵陣も現在膠着状態にある。今のうちに我々も体制を整えて再度敵との戦いに臨む必要があるとのことだ」

 

「お言葉ですが少将、深海棲艦との戦いには艦娘の存在が不可欠です。その艦娘の内一名が大破、もう一名も小破している上に、二隻が行方不明です。こんな状況で一体何と戦えというのですか?」

 

「それを決めるのは大本営であり我々の口出ししていいことではない。君たち特殊戦術部隊は幕僚監部の指示に従え。話は以上だ」

 

 用は済んだとばかりに少将は指揮所を後にした。

 

「馬鹿げている!」

 

 大岡は声を荒げた。

 

「上層部の連中は何を考えているんだ? そもそも何故艦娘の作戦行動中にミサイル発射の許可など与えたんだ! これではまるで……」

 

 まるで――捨て駒ではないか。

 

 思わず喉から飛び出しそうになったその言葉を、大岡は寸でのところで堪えた。それだけは言ってはならない。もし口にしてしまえば、そうであると認めてしまうような気がしたから。

 

 彼女たちは確かに兵器だ。だが同時に人間の心を持ち、時には喜び、悲しみ、怒り、笑う。決して使い捨ての駒なんかじゃない。彼女たちは兵器でありながら、心はどこにでもいる年相応の少女なのだから。

 

 大岡は拳をデスクに殴りつけた。指揮所に重い音が響き、震える拳は赤くなる。

 

「我々は、無力だ。国民を守るために、たった数人の少女たちに未来を押し付け、まして彼女たちを守ることすら出来ない」

 

 自嘲する大岡はふと、二階堂の姿がないことに気付いた。先ほど待機命令を言い渡してから一度も姿を見かけていない。

 

 

 

 

 

 同時刻、DD-115あきづき艦内に一人の男の怒号が響いた。

 

「艦長はどこだ! 艦長を出せ!」

 

 CICに殴り込もうと暴れる二階堂に、面食らったあきづき艦内の士官たちが慌てて鎮圧に掛かっていたが、的確に急所を狙い次々に士官たちをなぎ倒していく二階堂を、誰も止めることはできなかった。

 

「緊急事態発生! 緊急事態発生! 艦内にて戦闘員が一名暴徒と化している。速やかに鎮圧しろ!」

 

「駄目です、止められません! ああ! 屈強な海軍の男たちがまるで赤子のように投げ飛ばされていく!」

 

「嘘だろオイ……なんだよあのゴリラ!」

 

「オイ馬鹿! 余計なこというな。もしこっちに気付いたら……ってうわあああああああこっちみてるううううううううう!!!!」

 

「やべえよ……やべえよ……」

 

「あれは鬼神ですわぁ……」

 

「ひいいいいい! 化け物だああああああ!」

 

「ママー! ママー!」

 

 屈強な海の男たちが次々に投げ飛ばされ、二階堂の通り過ぎた後には死屍累々の道が築かれる。

 

 あまりの攻撃力と威圧感に最早逃げ出す者や、中には半泣きで許しを請う者まで現れ始め、あきづき艦内は阿鼻叫喚のちまたと化した。

 

 そんな暴れる二階堂の後ろを、頭に包帯を巻いて怪我の処置を受けた熊野が半ばあきれ顔で付いてきていた。

 

「提督、こんなことしてバレたらあとで大目玉どころじゃすみませんわよ……」

 

「そんな些末なことは後で考える。それよりも今は何故この艦船のクソ野郎共が、俺たちの戦闘中にミサイルをぶち込んだのか。その理由を聞くことが先決だ」

 

「はぁ……提督って冷静そうに見えて、割と頭に血が上りやすいタイプですのね。少し意外ですわ」

 

 熊野が呆れてため息を漏らしていると、細身の士官が船内の惨状に怒号の声を上げた。

 

「なんだこの騒ぎは! 今は待機命令が出ているはずだろ!」

 

「ああ、砲雷長! 大変です! 筋肉モリモリマチョマンの変態士官が『カンチョーヲダセ、カンチョーヲダセ』と奇声を叫びながら艦内で暴れ回っているんです!」

 

「お前頭大丈夫か」

 

「本当なんですって!」

 

 そんな折、砲雷長の眼前に真っ直ぐに近づいてくる二階堂が姿を現した。

 

「ほら、あいつですよ!」

 

 悪鬼の如き恐怖を撒き散らす二階堂の表情に、思わず砲雷長はひっ、と声を漏らしたが、二階堂に向かい合うと冷静に対処した。

 

「おい貴様。この騒ぎは一体何のつもりだ。まずは所属と名を名乗れ」

 

「海軍第二十特殊戦術部隊所属二階堂率中尉です。ここの艦長に用事があってやってきました。艦長にお会いしたい」

 

「残念だが艦長はただ今副長と小会議を行っている」

 

「そんな都合知るか。俺はここの艦長を一発ぶん殴らないと気が済まねえんだよ」

 

「貴様! 上官に向かってその口のきき方はなんだ? 軍法裁判に掛けられたくなかったら今すぐ言うことに従え――」

 

 砲雷長の鼻っ柱を風が切った。その直後、鉄の擦れる甲高い音が聞こえると、突如眼前に黒く輝く軍用コンバットナイフが横一閃に突きたてられる。

 

「ひィ……!?」

 

 二階堂はゆっくりと瞼を細め、砲雷長を睨みつけ近づくと、抑揚のない声で囁くように告げた。

 

「俺は二度手間が大っ嫌いなんだ。加えて今は気が立っている。だが俺は寛容で慈悲深い。貴様にもう一度だけチャンスをくれてやる。その腐った耳の穴をかっぽじいてよく聞け。そして答えろ。艦長は今どこにいる?」

 

「あ……ああ……」

 

 如何にも気の弱そうな顔の砲雷長は、金魚のように口をパクパクと開閉すると、顔を蒼くし、全身から脂汗を噴き出した。

 

 おそらくあまりこういった状況に場馴れしていないのだろう。海軍士官が直接的な戦闘に関わることなど、一部の特殊な作戦を遂行する部隊を除けばまずありえないだろうから、やむを得ないといえば確かにそうかもしれない。とはいえ、少々気が弱すぎるような気もしなくはないが、今は都合がいい。

 

 と、そんなことを考えていると、一室の扉が開き、中から五十代の小柄な男が姿を見せた。

 

「一体なんの騒ぎだ」

 

「か、艦長!」

 

 砲雷長の最早悲鳴にも似た呼び声に、二階堂の眉が小さく動かす。

 

「艦長? 貴官がこの船の艦長ですか?」

 

「如何にも。私があきづきの艦長を務めている高田秀樹だ」

 

「自分は第二十特殊戦術部隊所属、指揮官の二階堂率。先ほどの作戦中発射されたミサイルについて事情を確認するためここまでやってきました」

 

「事情? 一体何の話だ」

 

「あなた方がミサイルを発射した時点で自分の部下はまだ退避行動が完了しておらず、結果貴艦の攻撃に部下が巻き込まれ現在も二名が行方知れずの状態です。そして我々はミサイルの発射タイミングどころか、事前にミサイルの使用自体話として聞いていなかった。その事情説明を詳しくお願いしたい」

 

「……それは真実か?」

 

「嘘の為にこんな騒動起こすほど俺も馬鹿じありません」

 

「本当でも充分馬鹿ですわ」

 

「そちらの御嬢さんは?」

 

「わたくしは第二十特殊戦術部隊所属重巡洋艦熊野ですわ」

 

 高田艦長はしげしげと患部に包帯の撒かれた熊野の全身を見まわした。

 

「……なるほど、そういうことか」

 

 何かを心得たらしい高田艦長は「ついてきてくれ。私から直接説明しよう」と砲雷長を連れ二階堂と熊野を一室へと案内した。

 

「コーヒーは飲むかね?」

 

「いえ、お気遣いなく」

 

 高田艦長は二階堂と熊野を椅子に座らせた。そして帽子を外すと深々と頭を下げる。

 

「か、艦長!」

 

「いいんだよ砲雷長。彼らには謝罪を受ける権利がある。そして我々の事情を聴く権利も、だ」

 

 高田艦長は続けた。

 

「改めて、君たち特殊戦術部隊には迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。しかしこれだけは理解して欲しい。我々は君たちの事を何も知らされていなかった。その上でミサイルの発射を命令された。ただ上層部の命令に従っただけだ。勿論、このような事態になってしまった以上、ただの言い訳になることは承知している。だが私の部下には誰も非は無い。責任を追及されるべきは現場指揮官である私の責務だ。トマホークを発射した砲雷長を責めないでほしい」

 

「つまり、先のトマホーク発射は全て上層部の判断であり、あなたがたは特殊戦術部隊の活動には一切の感知をしていなかったと、そういうことですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 高田艦長は頷いた。

 

 一応筋は通っている。

 

 だが見え透いた嘘だ。ミサイル発射直前、熊野は観測機の存在を視認していた。当然観測機側も熊野たちの姿を捉えていたはず。つまり観測機側は彼女らを認知した上で、問題ないと判断したということだ。

 

 そして当然この話は艦長である高田の耳にも入っているはず。

 

 おそらく高田は一度攻撃を中止しようとしたのだろう。観測機の旋回時間が通常よりわずかに長かったのもおそらくはそのため。上層部からの構わず打てという命令に従うべきかどうか。

 

 当然従うに決まっている。それが命令である以上、個人的な感情や価値観を介在させてはならない。

 

 高田艦長は間違いなく悔やんでいる。己の弱さ、そして非力さを。だからこそ、せめてもの罪滅ぼしとして、二階堂の暴挙を許し、こうして頭まで下げている。

 

「どうせ兵器なんだからいくら減ろうが一緒だろう」

 

 高田艦長の想いを知ってか知らずか、そう憎々しげに呟いたのは砲雷長だった。

 

「……砲雷長、今の言葉はどういう意味ですか?」

 

「そのままの意味だ二階堂中尉。艦娘は軍艦の魂を持つ生きた兵器。兵器は消耗品であり、戦場において兵器の消耗は当然のあるべき姿だ。それをさっきから聞いていればまるで同じ人間のように扱っているが、そんなことを言っていてはいつまでたっても深海棲艦に勝利なんてできるはずがないだろう」

 

「砲雷長!」

 

 高田艦長が咎めるがそれでも砲雷長は熊野を指さすと続けた。

 

「兵器を兵器として扱うことの何がいけない? たしかにこの艦娘は非人道の象徴だ。だがそうであることをこの国は容認した。そこの女も自ら兵器であることを志願した。自ら望んで兵器になったのだから、兵器としてどう扱われようと、文句を並べる筋合いなんてどこにもないだろう!」

 

「砲雷長いい加減口を慎め!」

 

「……砲雷長、あんたは艦娘が嫌いか?」

 

 それまで閉口してじっと話を聞いていた二階堂がゆっくりと口を開いた。

 

「当然だ。本来、海を守るのは俺たちの役目であり誇りだ。それをぽっとでの得体のしれない化け物にお株を奪われて気分のいい海軍士官なんてどこにもいないだろう」

 

「奇遇だな。同感だよ砲雷長」

 

「……何が言いたい?」

 

「俺も艦娘が嫌いだ」

 

 砲雷長、高田艦長、そして熊野までもがぎょっと顔を強張らせた。艦娘を指揮する提督が、艦娘が嫌いなどと言えば驚かない方が無理な話だ。二階堂の言葉の意図を読み取れぬまま、彼は言葉を続けた。

 

「俺は提督になる前、海兵部隊に所属していた。そして外地のある場所で任務についていた」

 

 そう言って二階堂は首から下げていた二枚のネームタグを砲雷長に見せた。一枚は通常のネームタグ。そしてもう一枚は金のメッキが施されたゴールドタグ。

 

「これは……まさか、二階堂中尉」

 

 ゴールドタグを見て何かに気付いた高田艦長は小さく呻いた。

 

「海兵部隊第五海兵師団特殊偵察部隊」

 

「それがなんだっていうんです?」

 

 砲雷長は怪訝そうに顔を顰めた。

 

「唯一、深海棲艦と生身で渡り合い、そしてたった一晩で五百人が死んだ部隊。通称――深海殺し」

 

「どういう……ことですの? おかしいですわ! そもそも生身の人間が深海棲艦を殺せるはずありませんもの!」

 

「殺せるはずがない、じゃないんだ。たとえ生身で挑み即死しようが、意味がないとわかっていようが、戦わなければ、戦わざるを得なかったんだ。そしてこのタグを持っているということは、彼は生存者なんだよ」

 

 功労者でも資格保有者でもない『生存者』。

 

 この言葉の意味を想像することは容易かった。

 

 生存者。すなわち死にぞこない。その生存を祝福されず、世間からも疎まれ、存在意義すら否定された生きる亡者たち。

 

 二階堂率は国家の為に闘い、そして国家に捨てられた。

 

 

 

 

 

 公式作戦報告書資料第九三六号。

 

 書架に記録されている数ある作戦記録の中でも数少ない『欠番』に指定されている。

 

 公にはその存在すら秘匿され、軍内部でも限られた階級の人間にしか閲覧することの許されない閲覧検閲第一級に指定されている文書である。

 

 某年三月二十四日

 

 ユーラシア方面作戦群海兵部隊第五海兵師団特殊偵察部隊は、ロシア連邦プリモルスキー沿海地方において連合軍傘下のもと、深海棲艦殲滅及び生存圏奪還作戦に後方支援として参加。戦闘はロシア主体で実行された。

 

 

 

「私は当時、護衛艦きりしまの副長として作戦に参加していた」

 

「それで提督は一体どちらに?」

 

「彼はフロントライン、すなわち最前線に立ち、斥候部隊に所属していた。といっても当時から対深海棲艦戦で歩兵部隊が役に立たないことは分かり切っていた話だから、直接戦闘に加わることはなかったはずだ。財政的にも今よりは余裕のあった我々は、焼夷弾による絨毯爆撃・沿岸部からのミサイル攻撃で敵を圧迫した」

 

 高田艦長は一拍置くと更に声を低くする。

 

「結論から言うと、作戦は失敗。我々は大敗を喫し、撤退せざるを得なくなった。御嬢さん、我々人類が何故十年以上深海棲艦に対し悪戦苦闘を強いられているか分かるかね?」

 

「それは……わたくしたち人類にそれまで決定的な有効打が無かった、からでは?」

 

「ああ、その通り間違っちゃいない。君たち艦娘が台頭するまでの間、深海棲艦に対しては性質上熱に弱いことから焼夷弾、もしくは徹甲弾の装甲貫通による侵攻抑止が主な戦闘手段だった。抑止こそ出来ても驚異的かつ生物の範疇を離反した再生能力・速度の前に我々は為すすべもなかった」

 

 為す術も無かった。その言葉に砲雷長の瞳が若干歪む。

 

「では何故、艦娘という有効打が登場した今、現状に大きな変化が見られない?」

 

「それは……」

 

「理由は簡単だ。圧倒的な物量と数。戦争において、数に勝る兵力は存在しない。当然個のスペックが追い付かなければ意味は無いが、同等以上の能力において、物量の違いはそのまま戦力に直結する。要約すると我々は不用意に攻め込み過ぎたんだ。あの地域一帯は深海棲艦にとっての火薬庫だった」

 

「つまり敵の『巣』の存在を知らず不用意に相手を刺激してしまったと?」

 

 高田艦長は小さく頷いた。

 

「気付いた時にはすでに遅かった。敵は軍隊蟻のように沿岸部に集まってきて我々を一掃した」

 

「では提督たちは……」

 

「当然敵と応戦した。その結果どうなったかは、言うまでもあるまい」

 

「し、しかしそれでもたった一夜で五百人が死ぬなんてありえませんわ。いくら敵の侵攻速度が早くても味方の救助が――」

 

「そんなもの、一つも無かった」

 

 それまで閉口を貫いていた二階堂が重い口を開いた。

 

「俺たち特殊偵察部隊の任務は表向きは連合傘下の斥候部隊だ。だがその本当の目的は別にあった。俺たち斥候部隊は当時、西約百三十キロにあるウラジオストクを目指していた。ウラジオストクは深海棲艦に制圧された軍港都市の一つであると同時に、日本を睨む要衝でもある」

 

「まさか……軍港を制圧するつもりでしたの?」

 

「表向きは環境調査ということになっていたが、ウラジオストクを日本軍が制圧する意味は、流石に君にも分かるな?」

 

「ですがそんなこともし公になればロシア側が黙って見過ごすはずありませんわ」

 

「だからこその非公式作戦だったんだよ」

 

 二階堂は熊野を睨んだ。

 

「深海棲艦との戦いだけが戦争じゃない。敵はもっと近くにいる」

 

 二階堂は続けた。

 

「当然本国の連中は救助を出さず、俺たちは敵の蠢く森の中に置き去りにされた。その後部隊は全滅。生き残り奇跡的に帰還を果たした三人の兵士を出迎えたのは、生還の祝福でも謝罪でもない。無断で作戦任務から離れ、非戦闘地区においての無断戦闘及び独断行動を行ったという国家反逆罪だ」

 

「そんなの、間違っていますわ! 提督はただ命令に従っただけではないですの! それで国に裁かれるなんて……」

 

「間違いだと?」

 

 熊野は小さく頷いた。

 

「納得いかなかったのは俺も当然だ。命かながら生き延びて、無事生還した俺たちを国家反逆罪だと声高々に指さし非難したのは他でもない、俺たちに作戦を指示した長官様だったんだからな。その瞬間、俺は全てがどうでもよくなった。地位も。名誉も。そして守るべきものも。気がついたらどうしていたと思う?」

 

「いえ……分かりませんわ」

 

「気付いたら俺は長官様を半殺しにしていたよ。他の衛士を殴り倒して、長官にマウントを取って馬乗りになりながら、何度も、何度も顔を殴った。歯が折れようが血を噴き出そうが命乞いしようが殴るのを止めなかった。そして気が付いた時には顔の骨格が変わっていた。見ていて面白かったよ。人間の顔って意外と柔らかいんだなあって」

 

 二階堂は懐かしむように小さく僅かに微笑んだ。

 

 熊野は鳥肌が立った。普通じゃない。あらゆる次元において常軌を逸している。しかしそれは同時に数多くの地獄を見てきたことの証明でもあった。

 

「しかしどうして軍法裁判に掛けられ、長官を殴り倒した君が今ここにいるんだね? 除隊になる可能性だって充分あったはずだ」

 

「それは……あまり詳しい事情は言えませんが、ある人物が自分を拾ってくれたんです」

 

「ある人物?」

 

「ええ。そのある人物の計らいで自分は今提督としてこの場に立っています」

 

 丁度その時、護衛艦あきづきの乗り組み士官が入ってきた。

 

「二階堂中尉はいらっしゃいますでしょうか?」

 

「何の用だ?」

 

「大岡大佐からの連絡です。飛鷹・黒潮の両艦を洋上で発見した模様。馬鹿な真似していないでさっさと作戦本部に戻ってこいとのことです」

 

 どうやらこちらの行動は向こう側にも筒抜けだったらしい。罰の悪そうな顔で二階堂は頭を掻くと席を立った。

 

「話しは以上です高田艦長。突然の訪問に加え数々の無礼、どうかお許しください」

 

 高田は小さく笑った。

 

「謝罪などいらんよ。それよりも早く作戦本部に戻りなさい。君の大切な部下が待っているんだろう」

 

「お心遣い、感謝いたします」

 

 二階堂は頭を下げると室内を後にした。

 

 あきづき艦内を出る際、他の士官たちの視線が若干痛い中、熊野が話しかけてきた。

 

「一つだけ、どうしても分かりませんわ」

 

「何がだ」

 

「提督はどうしてわたくしたち艦娘を嫌うんですの? そして嫌いであるならば何故提督に?」

 

「そんな大それたものじゃない。俺はただ妬んでいただけだ」

 

「妬む?」

 

「君たちには俺に無いものを持っている。大切なものをその手で護る力だ。だからだろうな。初めて君たちに出会った時、無性に腹が立ったのを今でもよく覚えている」

 

「その……もうしわけありません、ですわ」

 

「気にするな。昔の話だ。今は違う。それにお前たちは艦娘である以前に俺の大切な部下だ。どんな奴であろうと、俺は自分の部下を見捨てたりはしない。あの屑どもと一緒にだけはなりたくないんだ。それと俺が提督であることを選んだ理由……正直自分でもよく分からない。ただ――」

 

 二階堂は再びタグを取り出した。

 

「このタグは、五百人分の仲間の血と鉄と屍の証明だ。仲間の屍の上に立つクソ野郎にだって、その償いぐらいはさせて欲しい」

 

「あなたという人は、本当にどこまでもアホですわ」

 

「ハハ……酷い言いぐさだな」

 

「確かに大切な戦友だったかもしれませんわ。ですが!」

 

 そう言って熊野は二階堂の頭を両手で掴むと無理やり引き寄せ真っ直ぐな双眸で見つめた。

 

「今の部下はかつての仲間でも部下でもありません。わたくしたちですのよ? もっと――わたくしを見て下さい」

 

 その瞳には僅かに涙が浮かんでいた。熊野は強い意志の宿った瞳でじっと、ただじっと二階堂を見つめた。

 

「――その、なんだ。色々とすまなかった。君たちの気持ちを蔑ろにして。だから、その――」

 

「その、なんですの?」

 

「いい加減手を離してくれないか? 首が痛い」

 

「あっ……あああああああああ!! す、すみまん! わた、わたくしったら一体何をっ!?」

 

 熊野は顔を真っ赤にして手を離すとぷるぷると小刻みに震えながら、両手を頬に添え悶絶した。

 

「いや何もそこまで慌てなくても……」

 

 戸惑う二階堂に対しそれでも熊野は「乙女のたしなみが……」「わたくしの初めてが……」などとぶつぶつと意味不明な呟きを繰り返している。

 

「俺、何かしたのか?」

 

 遠巻きにあきづきの士官たちから舌打ちや罵声の呟きが聞こえてきたが関係の無いものであると願いたい。

 

 二階堂は若干情緒不安定な熊野の手を引くと指揮所へ向かって急いだ。もう既に状況は変化し始めている

 

 

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