艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

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海の最果て

 海の最果て

 

 

 その願いはどこまでも一途だった。

 

 その友情は何よりも得難かった。

 

 その誓いはいつまでも固く結ばれた。

 

 

 

 だが願いは届かなかった。

 

 だが友情は容易く捨てられた。

 

 だが誓いは脆く崩れた。

 

 

 

 あの日、全身に数えきれないほどの銃痕を穿たれた彼女は言った。

 

 

 

「あたしを殺してくれ」

 

 

 

 その言葉の意味を、重みを、その行為の結果を全て承知した上で彼女は願った。

 

「あんたはあたしだ。あたし以上にあたしであることを体現している。この世界にあたしは二人もいらない。あたしはあたしに殺されることでようやく世界から消え去ることが出来る。あたしが死ねば、あたしはより完璧で理想の存在になれる。だから頼むよ。あたしを殺してくれ」

 

 

 

 彼女は――隼鷹は彼岸の間際、死を願った。

 

 否、厳密には違う。私の手で死ぬことにより、隼鷹は新たな世界で、私として生まれることを望んだのだ。

 

 私と同じ数奇な運命を辿った者として。奇しくもその身に宿した御霊と同じその運命を辿り、それを絶つことで再び同じ世界に立つ為に。

 

 だから私は引鉄を引いた。

 

 乾いた音が鼓膜を突き刺し、硝煙が宙に溶ける。

 

 気がつけば、彼女は彼女ではなくなり、『あたし』は『私』になっていた。

 

 私は泣いた。

 

 喉が擦り切れるまで、涙が枯れるまで、ただひたすら私は泣いた。

 

 

 

 

 

 敵は引っ切り無しに押し寄せてきた。

 

 撃てども撃てども次々に上陸してくる敵に黒潮と飛鷹は苦悶の表情を浮かべる。

 

 旧魚雷発射試験場は隠れる場所の殆どない小さな無人島。たった二隻の艦娘に対し三十余りの深海棲艦が群れ集り繰り出す猛攻は最早一方的な殲滅であった。

 

 唯一身を隠せる実験観測棟に立て籠もる二隻は僅かな弾薬で抵抗していたが、それが最早無意味であることは彼女たちが一番理解しているはず。

 

 だがそれでも二隻は手を緩めることなく、雑多な駆逐級や軽巡級に対し掃射を繰り返していた。

 

「黒潮、残念な報せよ」

 

「なんや」

 

 黒潮が手榴弾のピンを抜くと敵陣に投擲。爆発音が響く。

 

「機銃の弾薬が底を着いたわ」

 

「奇遇やなあ、うちも――」

 

 敵陣から飛び出してきたイ級に狙いを定めると主砲を撃つ。砲は命中し、青い体液を飛ばしながらイ級は爆散した。

 

「丁度弾切れや」

 

「お互い詰みね」

 

 荒い息を整え外に目をやる。桟橋の方から重巡級や戦艦級がわらわらと上陸してくるのが見えた。

 

「あいつら、どうして沖から砲撃しないのかしら」

 

「愉しんどるとちゃうか。うちらをじりじりと追い込んでなぶり殺しにするのを」

 

 飛鷹は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「うわっ、なにそれ。頭ないくせに悪趣味ね」

 

 黒潮は再び手榴弾のピンを抜くと投擲。地面が揺れると遠くで敵の悲鳴が聞こえた。

 

「一説ではあの行為にもちゃんと意味があるらしいで。一定の知能を持つ深海棲艦になると本能的に人間の嫌悪感や恐怖心を煽る行為を模索するらしい。そうすることで自分らに対する恐怖が一気に波及することを理解しているとか」

 

 飛鷹は紙の依代を取り出すと右手に勅令の紫炎を浮かべ、敵目がけて依代を撃ち放つ。依代は紫炎に包まれ、そこから榴弾が現れた。

 

 遠くで地響きと炸裂音が響く。

 

「呆れた話ね。それじゃあまるで深海棲艦が人類を駆逐することだけを目的にしているみたいじゃない」

 

「理解できひんのはそれが自分たちの生存圏を獲得する為の行為じゃないところやな。執拗に人間だけを狙うけど、襲った土地は全部素通りや」

 

 再び飛鷹は依代を敵陣に撃ち放つ。観測棟の窓から爆音と共に深海棲艦の肉片が宙へ飛び上がるのが見えた。

 

「恐怖とか怒りを通り越して薄気味悪いわね。それじゃああいつらは憎悪で動いているみたいよ」

 

「実際、そう捉える人間も少なくないで。学者でさえ本気でガイア理論支持する連中も増えてるらしいし。中には人類に神罰が下されたなんて嘯く輩もおる始末や」

 

「まさか本気で深海棲艦を神の使徒だとでも思っているの?」

 

「前におった基地で海軍宛に抗議文来たことあるで。宗教団体から、神の代行者たる深海棲艦を殺すとは何事だ。今すぐ攻撃を止めろって」

 

「世も末ね……」

 

「そいつらはいっぺん戦場のど真ん中に放り込んでやりたいけれど、――でもあながち憎悪ってのは間違ってないかもしれんなあ」

 

 前衛に出ていた駆逐級及び軽巡級が粗方始末されると、今度は重巡リ級・雷巡チ級・戦艦ル級が群れを成し一斉に観測棟に突進してきた。先ほどまでの駆逐・軽巡級とは違い、彼らの装甲に手榴弾は通用しない。

 

 しかし正面には予め敷設してあった即席爆破装置がある。最初に敵本隊からの追跡を避ける時に欺瞞用のデコイを作る際取り外してあった炸薬部分を爆破装置に流用したもので、これらは周囲数か所に設置され感圧式起爆方式が施されていた。

 

 そして一隻の重巡級が数ある一つの装置を踏むと見事起爆。その爆発に誘爆されるよう続けざまに起爆装置は作動し、周囲は爆風と黒煙と轟音と熱風に包まれる。

 

 観測棟のコンクリートが衝撃波で大きく揺れぴしぴしと音を立てた。

 

 黒潮と飛鷹は事前に対爆防御姿勢を取っていたことと艦娘特有の耐久度の高さが功を奏しそれほどの実害には及ばなかった。

 

 因みにこれら即席地雷を作ったのは黒潮。魚雷施設跡地に偶然起爆用の材料が残っていたこと、そして彼女が過去に比島で深海棲艦とゲリラ戦にもつれ込んだ際、今回同様魚雷を地雷代わりにし敵を一掃した経験が偶然にも役立ち、効率よく起爆の連鎖反応を起こすと共により広範囲の敵を爆発に巻き込むことに成功させた。

 

「そもそもうちら艦娘は深海棲艦を基礎理論に置いて出来上がったある意味対極の存在や。で、そのうちら艦娘の半身には現示元素が抽出された船の魂が宿ってる。飛鷹はんも時々感じるやろ。飲まれそうになる時」

 

「……どうだっていいわよ。そんなこと」

 

 爆発装置起爆後敵の残党を確認すると、再び依代を取り出そうと伸ばしたが、途中手が止まった。

 

「……依代、もうなくなっちゃった」

 

「うちも、手榴弾はさっきので最後のひとつや」

 

 丁度その時、二隻の端末に一際強大な現示反応が映る。外を確認すると前衛の雑多をかき分け、一際目立つ深海棲艦が姿を現した。その姿に飛鷹は忌々しげに顔を歪める。

 

「装甲……空母鬼!」

 

 残った重巡級や戦艦級の群れをかき分け、装甲空母鬼は姿を現した。どこか苛立たしげに顰めると瞳の紅い光の揺らめきを一層強くする。

 

 おそらくはたった二隻の手負いにいつまで経っても攻撃を仕掛けられないことに苛立っているのだろう。

 

 そしてその隣には装甲空母鬼とは相反するようにどこか上機嫌な様子で鼻歌交じりの調子でいる戦艦レ級の姿があった。

 

「マッタク……手間ヲカケサセテクレルワネ」

 

「ダカライッタジャン。先ニ人間タチヲ殺ソウッテ」

 

「黙りナサイレキュウ。コノ部隊ノ旗艦ハ私ヨ」

 

「ハイハイ、分カッテルッテ」

 

 適当な生返事を返すレ級に装甲空母鬼は舌打ちした。

 

「新参ノ分際デ調子ニ乗リヤガッテ……ドウシテ私ガアンタノオ守ナンテシナクチャイケナイノヨ」

 

「サア、ナンデダロウネ?」

 

「グッ……アンタ、今回ノ作戦終ワッタラ分カッテイルンデショウネ? 部隊ヲ勝手ニ離レタ上ニ、タッタ二隻ニ中破シテクレテ。相応ノ処罰ヲ受ケテ貰ウワヨ」

 

 オオ、怖イ怖イ。とレ級は嗤う。

 

 生意気な部下に煽られ更に苛立った装甲空母鬼はその鬱憤を晴らすように大声で黒潮と飛鷹の立て籠もる観測棟に向かって叫んだ。

 

「人間タチノ兵器。イイ加減諦メテ投降シナサイ。ココハモウ包囲サレテイル。逃ゲ場ナンテ、ドコニモ無イノヨ?」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべ装甲空母鬼は勧告する。

 

 既に打つ手はすべて打った。弾も手榴弾も無い。眼前で嘲笑する敵を倒す手は、もう残っていない。

 

 結局、助けは来なかった。残された未来は敵に嬲り殺されるだけ。絶望。死の未来が脳裏を覆う。

 

 自分たちは兵器である。敵を殺し、その先に居る敵を殺すことだけを生きる理由とする存在。

 

 だが今、戦う武器は無い。為せる術もない。あるのは死。死を受け入れる未来だけ。

 

 黒潮が立ち上がった。

 

「今からうちが外に出て敵を残りの爆破装置の傍まで誘導する」

 

「正気!? そんなことしたら爆風に巻き込まれてミンチになるわよ?」

 

「でももし敵の手負いに成功したら、司令はんが救出できる可能性も増えてくる」

 

「あいつが救出って……あなたまだそんなこと言ってるの?」

 

 何故こんな状況になって尚、そんな眼が出来るのか。

 

「分からない……分からないわよ! どうしてそこまで人を信じることが出来るの!?」

 

 気付いたら頬を涙が伝い、目頭が熱くなっていた。そんな飛鷹の頬に黒潮の手が伸びる。彼女は涙を拭くと優しく笑った。

 

「ほな、あとは頼んだで」

 

 その言葉の意味を理解するよりも早く、黒潮は観測棟の外に出た。

 

 

 

「ヤットデテキタワネ」

 

「アイツ、ヤッパリ生キテイタカ」

 

 観測棟を出た黒潮を前に敵は各々の反応を示した。

 

 どちらもただならぬ威圧感を放っている。たった一隻の駆逐艦に対して化け物が二体。この状況はあまりにも不憫としか言いようがない。

 

 ただそれでも黒潮は毅然とし、真っ直ぐにその化け物に向かって歩みを進めた。

 

 その道中、黒潮は必要最低限の生命維持装置を残し他の艤装をパージ。ほとんど艤装部分は残っていなかった。

 

「一体何ノ真似ダ?」

 

 訝しげに装甲空母鬼は黒潮を睨む。そして黒潮は歩みを止めると不敵な笑みを浮かべ声高々に叫んだ。

 

「おうおう、大将自らお出迎えとはうちも偉なったなあ」

 

「ハッ、ドノ口ガ。散々手コズラセテオイテヨク言ウ。ソレデ、武器モ持タズ一体何ノツモリダ? マサカ、白旗ヲ揚ゲニキタナンテコトハ無イダロウ」

 

「せやな。あんたら相手に白旗が無意味なことはうちも重々承知や」

 

「ダッタラ、何故ココマデ抵抗シタ」

 

「信じたいからや」

 

「ハァ?」

 

「可能性を。うちが賭けた最初で最後の可能性を信じる為に。だからこんなところで立ち止まってる暇はあらへん」

 

「マサカ、コノ期ニ及ンデ助ケガ来ルナンテ思ッテイルノ? アハハハ! トンダ能天気ネ。一ツイイコトヲ教エテアゲル。オ前ミタイナヤツヲ、人間ノ言葉デコウ言ウノ。負ケ犬ッテ」

 

「聞こえんなァ」

 

「ア?」

 

「盲信で何が悪いんや。信じることを諦めたらそれこそ負けを認めたようなもんやろ」

 

「当然デショ。コノ状況、ドウ考エテモオ前たタチノ負ケダ」

 

「んなもん関係あるか。勝ち負けを決めるんはお前らやないぞ」

 

 黒潮の言葉が癪に障ったらしく、装甲空母鬼はこめかみを微動させた。

 

「ダッタラ! 今ココデ! オ前ラノ敗北を証明シテヤル!」

 

 黒潮は腰に掛けていたホルダーから軍用ナイフを取り出す。二階堂の支給した対深海棲艦用加工の施された一丁。

 

「やれるもんならやってみィ!」

 

「駆逐艦ノ分際デ……! 調子ニ乗ルナァァァァ!」

 

 そう叫ぶや否や、装甲空母鬼は下半身から伸びる大木のような黒腕を振りかざし黒潮目がけ振り下ろした。

 

 地面が抉れ、視界を遮るほどの土煙が舞う。当たれば即死。二トン車両程の質量を持つこの黒腕の攻撃を受ければ、肉を潰され骨を砕かれながら死ぬ。その一撃を黒潮は寸前で回避。

 

 同時にその巨腕の上に飛び乗ると、腕を伝い一気に駆ける。目的はただ一つ。装甲空母鬼の脳核。

 

「チィ! チョコザイナァ!」

 

 装甲空母鬼は腕を振り払い黒潮を落とすと十六インチ連装砲を構える。主砲が発射され土煙と共に地面が抉られた。

 

 だが肝心の砲は黒潮に当たらなかった。落とされたと同時、黒潮は駆け、装甲空母鬼の背に回り込む。

 

 機動力で言えば黒潮の方が圧倒していた。重戦車クラスを凌駕する装甲空母鬼だが、それは同時に近接戦闘における機動力の低さを示していた。

 

 それに加えここは陸地。海上戦闘を想定されていない装甲空母鬼にとって移動手段は黒腕しかない。だがその腕も今は地につかず黒潮を払い除ける為に宙を振り回した。

 

 それでも振りかざす黒腕は黒潮に当たらない。掠りすらしなかった。それどころか動きを読まれつつあるのか、隙あらばナイフを切りつけ、徐々に傷を広げてくる。いくら小回りの利く駆逐艦であるとはいえ、地上でこれほど人間離れした動きをするのは最早異常としか言いようが無かった。

 

「ナ、ナンナンダコイツハ……」

 

 初めて装甲空母鬼に困惑の顔色が浮かぶ。

 

 今まで戦ってきたどの艦娘にも黒潮のような戦い方をする船はいなかった。小さい体でまるで蛇のようにまとわりつき、隙あらば喉笛を噛み千切ろうとする狡猾な眼。

 

 この時装甲空母鬼は無自覚にも、恐怖と言う概念を初めて体験した。未知の存在に対する畏怖。これまで自分たちが専有せしモノだったそれをよりにもよって艦娘から向けられてしまう。

 

 とてつもない屈辱だった。

 

「クソガクソガクソガクソガクソガアァァァァァァ!! タッタ一匹ノザコノクセニ!」

 

 攻撃はより大ぶりになる。黒腕は何度も何度も黒潮を狙い拳を放つが、そのどれもが躱されてしまう。まるで紙に正拳突きをするが如く、攻撃は当たらない。

 

 この勝負はある意味初めから決着が着いていたも同然である。

 

 小回りが利かず大ぶりな攻撃と的の定まらない主砲に対し、黒潮は敵の懐に潜り込みいつでも急所である脳核を狙うことが可能。そしていくら装甲空母鬼の主砲が回転砲塔であったところで、その砲が背に向けられるよりも早く移動できる黒潮にとって、装甲空母鬼の背はがら空きも同然だった。

 

 タイマンになった時点で、勝負の結果は決まっていた。その事実に今更気付いた装甲空母鬼は顔を歪ませる。

 

 そしてついに黒潮は装甲空母鬼の背に乗るとナイフを構えた。

 

「シマッ――」

 

 これを敵の脳天に突き刺せば、脳核は破壊され、装甲空母鬼を含むここにいる敵の全指揮系統は瓦解。つまりは全滅する。

 

 この一撃で全てが終わる――はずだった。

 

 

 

 突然、黒潮の脳に重い頭痛が走る。思わず吐きだしたくなるようなその頭痛は、黒潮に獣のような悲鳴を発させた。

 

 だがそれだけではない。何かが頭の中に流れ込んできた。

 

 膨大な量の有機的情報。それがまるで洪水のように一気に雪崩込む。

 

 男たちの声。時に怒り、時に笑い、時に悲しみ。家族と、恋人と、仲間との別れ。戦いに赴き、お国の為に御霊を捧げんとす戦士たちの魂。

 

 血・鉄・硝煙・爆発。それだけじゃない。悲鳴。そして怒号。幾つもの視覚、そして恐怖が暴走する。

 

 潜水艦? 違う。これは攻撃じゃない。機雷が船底に触れた。だがそれだけじゃない。空を見上げると、鳥ではない悪夢の影が見えた。雨のような爆弾。

 

 目が、口が、肺が、皮膚が、全身が焼けただれる。

 

 熱い、痛い、怖い、死にたくない!

 

 そして見えたのは二隻の船。一隻はもうもうと黒煙をあげ船体の殆どが沈み、もう一隻は黒い煙を上げながら必死に敵に抗おうと高射砲を放つ。だが最後まで見届けることは出来なかった。長女を残し、彼女は――

 

 

 

「ああああああああああああああああ!!」

 

 激痛に頭を抱え黒潮は咆哮した。

 

 否応なく無尽蔵に流れ込む何か。これは記憶? だがこんな記憶は黒潮にはない。それに記憶は一つだけではない。幾つもの記憶がまるで切り絵のように、断片的に、その人生を追憶するように流れ込む。

 

 記憶。だが黒潮のものでも、他の誰かのものでもない。これは船の記憶。黒潮と魂を同化させた『黒潮』の記憶。黒潮の人生の記憶であり、その船員の人生の記憶でもある。

 

『黒潮』の全てが、黒潮の脳内に入り込んできた。

 

「あかん……こんな時に飲まれてまう……! クソぉ……!」

 

 飲まれる。それは着装限界時間の超過を示す。現示元素を媒介に船の魂を定着させることにより艦娘は生まれる。

 

 だが決して一つの肉体に二つの魂は同居しない。そして船の魂、舟霊は船の記憶と共に乗船した人間の魂も乗せる。幾つもの魂を乗せ、その魂と一緒に沈み一度死んだ者たちにとって、生とは渇望であり、欲望だ。

 

 ただ肉体に魂を同居させるだけでは、生者の魂が死者に喰われてしまう。

 

 艤装は武器であると同時にその死者の魂を抑制する制御機関の役割も担っていた。だがそれでも限界はある。

 

 魂を同化させる以上、長時間その状態が続けば、今度はその剥離が難しくなってしまう。その剥離可能な最大時間こそが、着装限界時間であり、それを過ぎてしまうと舟霊による浸食、つまり飲み込まれてしまう。そして今、黒潮の脳内ではその浸食の第一段階が始まっていた。

 

 だがそれほどの危機的状況であっても、現実の時は止まらない。黒潮の胴体に横殴りの重い一撃が放たれた。

 

 装甲空母鬼の黒腕が肩に乗る黒潮を払い除け地面へと叩きつけたのだ。黒潮は廃倉庫のレンガ壁に激突するとそのまま動かなくなってしまう。

 

「随分ト手間ヲカケサセテクレタワネェ!」

 

 装甲空母鬼は下賤な笑みを浮かべた。先ほどの屈辱的な闘いもあってか、黒潮に対する憎悪は桁外れに湧き上がる。

 

「サテ、ドウ殺シテヤロウカシラ」

 

 朦朧とした意識の中、黒潮の耳に装甲空母の下卑た嗤いが聞こえた。

 

 身体が重い。無理もない。長時間の航行に加え過激な戦闘で体力は既に底を着いている。

 

 最後の一撃もあり思うように身体が動かない。指一本満足に動かせる余力も無かった。おまけに『黒潮』の浸食は収まらず、今なお割れんばかりの頭痛が黒潮を襲う。

 

 ――ここまで、か。

 

 不思議と頭は冷静でいられた。洪水のような情報過多で脳がパンク寸前にも関わらず、これから無残に殺されるというのにも関わらず、心は平静を保ち続けている。

 

 妙な気分だ。

 

 思えば今のような敵を眼前に逃げ場なく殺されそうになる状況は何度か経験してきた。でもそんなことがある度、知恵と勇気と運を振り絞りここまで生き残ってきた。

 

 だが世の中それだけではどうにもならないこともあるらしい。先の先を読み、最善の一手を打っても駄目なものは駄目。死ぬときは死ぬ。なんとも無情な話だが、それを言ってしまえば少女が肉体を改造し兵器として戦地に駆り出されるこのクソのような時代に生れ落ちてきたことこそが無常と言えよう。

 

 結局、一縷の望みはよりにもよって自分と同類の最も嫌悪するべき男に託す他無かった。忌々しい。神様はこの期に及んでまだ自分に嫌がらせをしたいらしい。だがそのアテも結局は外れた。

 

 あれだけ部下は死なせないと言っておきながらこの様である。間抜けなことこの上ない。

 

 ――ふふっ。

 

 あれ? 変だ。気づいたらなぜか笑っていた。理由は分からない。分からないから、困惑する。

 

 嬉しいことなんて何一つ無かったのに。でもあの男のを仏頂面を思い浮かべると何故か無性に笑いが込み上げてきた。

 

 別にあの男に特別好意的な感情があるわけではない。別段深い絆で結ばれてるわけでもなく、精々変わった男だというくらいの薄い印象。なのに、なぜ。

 

 この胸から湧き上がる気持ちはなんだろう。分からない。でもその答えは最後まで知ることのないものだ。

 

 地を踏みしめる音が徐々に大きくなってくる。もうすぐ殺されるんだから考えても意味は無い。死ぬならせめて一思いに殺して欲しいところだが、敵はそれを許してくれないだろう。

 

 黒潮は運命を受け入れた。

 

 黒潮を眼下に装甲空母鬼は立ち止まると黒腕を振り上げた。

 

 その時。装甲空母鬼の黒腕に何かが張り付く。

 

 装甲空母鬼が訝しげに剥がしたそれは人の姿を模した紙の人形、依代だった。

 

「待ちなさい!」

 

 空気を裂くような叫びが聞こえた。気が付くと飛鷹は息荒く、敵の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 自分自身、なぜこうも大胆かつ無鉄砲な行動に走ってしまったのか理解出来ない。

 

 行けば死ぬのは分かっていた。するべきではなかった。でも身体は動いてしまった。

 

 合理性を排他したその行動に意味などない。

 

 怖かった。また失ってしまうことが。目の前の現実から目を背け、また仲間を殺すことが何よりも怖かった。

 

 自分でも理解出来ないとっさの行動に思考が固まってしまう。

 

「アア? ナンダモウ一匹イタノ」

 

 不機嫌な装甲空母鬼の紅い瞳が憎々しげに歪む。

 

 その威圧に飛鷹は声を漏らし怖気づくが、それでも拳を握り絞め大声で答える。

 

「次の相手はこの私よ!」

 

「ハア? アハハハハハハハハハ!!」

 

 鼓膜が裂けんばかり大声で装甲空母鬼は嘲笑する。

 

「オ前ガ? 私ノ相手ヲ? 馬鹿モ休ミ休ミニシナサイ。夜ノ海デ主砲モ艦載機モナイ空母ノ分際デ何ガ出来ルト言ウノ」

 

 まったくもって装甲空母鬼の言う通りだ。

 

 飛鷹は空母。ただ戦闘機を運び操るだけの船に己の拳を振るう技能も勇気もない。それどころか基礎体力だって並み以下で、今の隊の陸上訓練にもまともについていけなかった。

 

 だというのに何ができるというのだろうか。

 

 悔しいが、認めるしかない。

 

 だが、それでも、引けないものがある。

 

 ここまできてしまったんだ。いい加減、腹をくくろう。

 

「――なさい」

 

「ア?」

 

「――どきなさい」

 

「ダカラナニヲ――」

 

「さっさとそこをどけつってんのよこのドンピン! その子はアンタなんかに殺されていい子じゃないの!」

 

 飛鷹は生まれて初めて喉が擦り切れそうになるほどの大声を発した。

 

 そしてその言葉は、装甲空母鬼のこめかみに血管を浮き上がらせる。

 

「……決メタ。先ニオ前ヲ殺ス。オ前ラ、ヤリナサイ」

 

 装甲空母鬼が右手を挙げると、飛鷹を重巡級と軽巡級が取り囲んだ。

 

 飛鷹はホルダーからナイフを抜くと構える。

 

「望む、ところよ」

 

 深海棲艦は一斉に飛鷹目がけとびかかってきた。

 

 躱し、殴り、蹴り、攻撃を避けながら脳核にナイフを突き刺していく。素手で深海棲艦と闘うのは妙な気分だ。最初は恐怖で手足が震えた。当然だろう。深海棲艦と手の届く範囲で戦うのは初めてだから。

 

 だが自然と身体は動いた。恐怖で思考が真っ白になるが、それでも手と足は必要な動きを見せ、的確に、必要最低限の動きで敵を仕留めていく。

 

 最初はこの奇妙な現象に困惑したがすぐにその理由を思い出す。

 

 この三か月、誰に何を教わってきたのかを。

 

 おそらくあの男が言いたかったのはこういうことだったのだろう。戦い、生きる術。本来それは一朝一夕で出来ることではない。その一挙一動を神経に刻み筋繊維一本単位で動かすには身体で憶えるしかない。

 

 艦娘も一応近接戦闘訓練は行うが、その多くは自動化され決められた動きを艤装にインプットさせることにより再現しているだけにすぎない。いくら戦闘用OSが積まれていたとしても、個々人の肉体的スペック、骨の長さや筋力までは推し量れない。

 

 あの時二階堂は言った。飛鷹は手足が長く、広い範囲の攻撃域を確保できるから近接戦闘に適していると。

 

 それは決してふざけているわけではなかった。彼は本気だった。部下を殺さない為、何も失わせない為に可能な限りの全てを飛鷹に伝えようとしていた。

 

「ナニヤッテンノヨ! ドウシテタッタ一隻ノ雑魚相手ニ手間取ルノ!」

 

 次々に敵をなぎ倒していく飛鷹に装甲空母鬼は苛立ちを露わに荒れる。

 

 そんな装甲空母鬼をよそにレ級は物珍しい表情で、敵陣を駆けながら戦う飛鷹を見た。

 

「オオ、ナカナカヤルジャンアイツ。テッキリアノ駆逐艦ダケダト思ッテタケド、アイツモ他ノ船トハ違ウナ」

 

「感心シテイル場合ジャナイダロ! オ前モサッサトアノ雑魚ヲ叩キ潰シテ来イ!」

 

「エー、ンナ無茶ナ。コンナ状態デドウシロッテイウンダヨ」

 

 そう言いながらレ級は両腕を落とされ無気力に垂れ下がったパーカーの袖を振り回す。

 

「チィ! ドウシテドイツモコイツモ役立タズバッカリナンダ!」

 

「……ヘェ、役立タズ、ネェ」

 

 小声で呟き、レ級はその大きく魚のような目を目深に被ったフードの隙間から覗かせ、癇癪を起している装甲空母鬼をじっと見つめた。

 

「デモマア、ドウニカナルンジャナイ」

 

「ドウイウ意味ダ」

 

「多分ソロソロ時間切レダヨ」

 

「時間切レ?」

 

「マア見テナッテ。イクラ肉体ヲ改造シテ殴リ合イニモ慣レテイタッテ所詮ハ人間ダ。僕タチニハ勝テナイ」

 

 レ級の予言通り、その時間は早い段階で訪れた。

 

 黒潮と同様に飛鷹にも疲労は蓄積されている。精神的にも肉体的にも既に限界は超えていた。それでも酷使し続けてきた肉体はとうとう悲鳴を上げる。

 

「うっ!」

 

 脹脛に痛みが走る。動きが一瞬止まったその隙を敵は逃さなかった。間髪入れずに重巡級の拳が鳩尾に入ると、飛鷹は六メートルほど飛ばされた。

 

 身体を地面に殴打させながら転がると倒れたまま呻きを上げる。

 

「ソロソロ限界ノヨウネ」

 

 嘲笑を浮かべながら装甲空母鬼は飛鷹を見下ろす。

 

「イイ加減降参ナサイ。コレ以上戦ッテモ 無・駄 ナンダカラ」

 

 わざとらしくそう告げる装甲空母鬼は既に勝ち誇った表情で飛鷹を嘲る。

 

「サッサト死ヌカ、命乞イシテ死ヌカ選ビナサイ。マア、ドノミチ死ヌカラ意味ナインダケド! キャハハハハハ!」

 

「……するわけ、ないでしょ」

 

 飛鷹は地面に爪を立てると握ったナイフを地面に突き刺し上半身を持ち上げる。

 

「ハ? コノ期ニ及ンデマダ歯向ウツモリ? サッキモイッタデショ。モウ助ケハ来ナイノヨ。コンナコトシテモ無駄。無駄無駄無駄!」

 

 土埃にまみれ、擦り切れた頬を拭いながら飛鷹は辛うじて立ち上がると、見下げる装甲空母鬼を睨みつけた。

 

「そんなの、関係ない」

 

 肺が熱い。息をするたび胸に激痛が走る。地面に強打した時に肋骨が折れたのかもしれない。

 

 それでも飛鷹は声を張り上げ告げた。

 

「私は兵士よ。兵士の本分は戦うこと。敵を撃滅すること。最後まで信じること。だから私はここでは死なない! たとえ首一つになろうとも、アンタの首を撥ねる最後まで、私は絶対に死なない! 私は絶対にアンタを殺す! あいつを信じる私である為に!」

 

「黙レ黙レ黙レエエエエエエエエエエ! 出来損ナイノ兵器ノ分際デ調子ニ乗ルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 装甲空母鬼は咆哮すると駆けた。動けない飛鷹に主砲を構え、そして――

 

「シネエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」

 

 砲門がじっとこちらを見つめる。おそらくこのすぐ後、私は死んでしまうのだろう。最期に目にするものが砲口というのはなんとも兵器らしい死に方だ。

 

 いや、そうじゃなかった。私は兵士だ。ならこれはきっと兵士として最良の死に方なのだろうか。

 

 私は目を閉じた。砲音が響くその時を待つために。

 

 ところが聞こえたのは砲音ではなかった。

 

 丁度水平線から夜明けの光が差し込んだその時。

 

 

 

『よく言った。それでこそ俺の部下だ』

 

 

 

 聞こえたのは聞きなれた男の声。

 

 瞬間、何かが貫き、弾ける音がした。

 

 弾ける音と同時に近くを取り囲んでいた重巡級の頭部が不自然に揺れ、まるで何かに押されるように地面に倒れこむと動かなくなる。

 

 それは一度だけでない。二度三度、矢継ぎ早に音が弾け、次々と深海棲艦が倒れていく。

 

 予想外の事態に動揺する装甲空母鬼は慌てて周囲を見渡すが月夜に照らされる試験場跡には他に影は無い。

 

 その間も淡々と部下の重巡級・軽巡級・そして戦艦級までもが倒されていく。

 

「新手カ! 一体ドコカラ」

 

「モシカシテアレカ?」

 

 レ級が指さしたのは水平線の先、月を背に小さな影が浮かんでいる。

 

 逆光で姿までははっきりとしないが、おそらくは小型艇。そしておそらく先ほどから攻撃を仕掛けているのは――。

 

 そのとき、影から何かが小さく瞬いた。

 

 レ級は咄嗟に首を傾げる。その瞬間、何かが頬を掠めていった。横に一筋、パックリと青白い肌に傷が走り、青い体液が頬を垂れる。

 

 レ級はぎょろりと目を開き、息荒く笑った。

 

「面白イ、面白イヨ。マサカココマデヤルトハネ。恐レ入ッタヨニンゲン!」

 

 

 

 

 

 魚雷発射試験場跡より約三百メートル離れた海上。波の少ない穏やかな海の上、腹這いになりバレットM82A3を構えスコープをのぞき込む二階堂はげっと声を漏らした。

 

「あいつ、こっち見て笑ってやがる。なんて洞察力だ」

 

 スコープから目を離すと甲板に立ち上がりゴーグルを外した。

 

「あら、もうよろしいんですの?」

 

「敵に見つかった。これ以上ここにいるのは危険だ」

 

「了解ですわ。それにしても……」

 

 熊野は物珍しそうに二階堂の持つバレッドを見やった。

 

「意外ですわね。まさか提督にこのような特技がおありになっただなんて」

 

「俺は元々狙撃兵だ。部隊でも遠方からの狙撃による戦線援護が主な任務だった」

 

「でも海上でこの距離からの狙撃を成功させるなんて、普通じゃありませんわよ……」

 

「海上制圧戦もそれなりに経験してきたからな。とはいえ、今日は環境に恵まれていた。普段であればこうはいかない」

 

 熊野は魚雷発射試験場跡に視線を移した。

 

「やっと、ここまで来れましたわ」

 

「何をぼさっとしている。早く戦闘準備に入れ。すぐに敵が砲撃してくるぞ」

 

 

 

 

 

「レ級、状況ヲ報告シロ! 一体何ガ起キタ!」

 

 装甲空母鬼の指揮系統ツリーから外れ独立した自己を保有するレ級は、通信による仲間との交信はできるが、それ以外の知覚共有や意志統率に関しては周囲に介在されることも、逆に介入されることもない。そのため、情報共有にはレ級の積極的自己意志が不可欠だった。

 

「新シイ敵ダヨ。ソレモニンゲンノ」

 

「人間ダト!? ソンナハズガアルカ!」

 

「嘘ツイテモ仕方ナイデショ。本当ダヨ」

 

「イヤ、シカシ、一体ドウヤッテ……」

 

「多分狙撃ジャナイカ」

 

 レ級は死骸の一つを掴み上げると抉れ割れた頭部の傷口に手を突っ込む。

 

「ソレモタダノ狙撃ジャナイ。カナリ特殊ナ銃、イヤ弾ヲ使ッテイル。銃創ヲ見ルニ貫通ニ特化シタ弾。ソレモボクラノ装甲ヲ貫クタメノ」

 

「タッタ一発デ急所ヲ貫イタトイウコトカ」

 

「アア、シカモ嫌ナ手ヲ加エテ」

 

 レ級は傷口の開いた頬を撫でる。この程度の傷であれば多少の痛みは伴うもののさして影響はない。ましてレ級ほどの高位生体ともなれば、人間に傷つけられたこの程度の傷の修復はすぐに治癒される。

 

 しかしその傷口からはどろりと青い体液が垂れていた。これはまるで――。

 

 レ級は自身の落とされた両腕を見る。

 

 あの人間。一体何を仕込んだ。

 

「チッ、一体カ級ハ何ヲシテイル! 沿岸部ノ偵察ハ分隊ノ任務ジャナカッタノカ!」

 

「多分トックニ落トサレタンダト思ウヨ。一時間クライ前カラ定期連絡ガ途絶シテイル」

 

「オマエ! ドウシテソレヲ早ク報告シナカッタ!」

 

「イヤァ? テッキリ知ッテイテ無視シテイルモノダト思ッテサ。ナンタッテアンタハ旗艦ダカラネ」

 

 レ級はワザとらしくニヤニヤと笑う。

 

「ソレヨリモイイノ? 狙撃ハ止ンダケドアノ船、サッキヨリモこっちに近ヅイテキテイルヨ」

 

「分カッテルワヨ。マズ先ニアノ船カラ始末シナイト」

 

 装甲空母鬼は砲身を沖合の二階堂たちに向けた。

 

「させない!」

 

 飛鷹はナイフを構えると装甲空母鬼に襲いかかる。

 

「コノッ、死ニゾコナイガアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

「前方から敵、やってきます!」

 

「可能な限り直進しろ」

 

「中尉、もう聞くのもうんざりしてきましたが、一応聞いておきます。正気ですか!?」

 

「目的はあくまでも飛鷹・黒潮両名の回収だ。戦闘行為ではない。時間が掛かればかかるほど回収できる可能性は低くなる」

 

「分かっていたとはいえ他にも妙案があったと思うんですけどね!」

 

「ええい、坂口! 全速前進だ! 邪魔する敵は轢き殺せ!」

 

「了解……!」

 

 

 

 

 

「スゲェ……アイツラ真ッ直グニコッチ突ッ込ンデクルヨ。恐レッテ言葉知ラナサスギルンジャナイ……」

 

「フン、都合ガイイ。レ級、オ前ハアノ人間共ノ相手ヲシロ。イクラ両腕ガ落チテイテモソレクライハデキルダロ?」

 

「リョウカーイ」

 

 レ級は歯を見せ、瞳を蒼く揺らめかせると一気に跳躍した。

 

「行かせるもんですか!」

 

 その後を追いかけようとする飛鷹だが、装甲空母鬼はそれを許さなかった。

 

「ナニヨソ見シテイル。オ前ノ相手ハコノ私ダ」

 

「あんたはここで必ず殺す!」

 

「言ワセテオケバ……調子ニ乗ルンジャナイ!」

 

 装甲空母鬼は黒腕を振り下ろすがその攻撃はどれも掠めるだけで決定打にはならない。

 

「クソガァ……シブトイ鼠め」

 

「あら、お褒めの言葉ありがとう。なんせ私、しぶといのだけが取り柄ですから」

 

「ハッ、小型艇一隻、人間共ガ助ケニ来タダケデ何ガ出来ルッテイウノ? たかが人間数人来ただけじゃ私に勝てるわけないわよ!」

 

「ええ、その通りね。まったくもってあなたの言う通り。たった数人増えただけじゃ戦況なんてこれっぽっちも動かない」

 

「ナラ……ソレハ何!? オ前ハ何故笑ッテイル!」

 

「何故ってそりゃあ決まっているじゃない。あなた一人だけになら勝つことが出来るからよ」

 

「何を「戯ケタコトヲ……!」

 

「一ついいこと教えてあげる。どうしてさっきから私が逃げるだけに徹して一度も攻撃せずにあなたの回りをうろついていると思う?」

 

「ソレハお前ニ攻撃デキル隙ガナイカラジャナイノカ」

 

「あなた本当に部隊の長なの? 観察眼が無いにも程があるんじゃないかしら」

 

「何ガ言イタイ!」

 

「あなたが今立っているそこで、ついさっき何が起きたのかも思い出せないの?」

 

「何ガ起キッテマサカ――!?」

 

 装甲空母鬼が見下ろした地面には先ほどの地雷爆発で吹き飛んだ部下たちの死肉が泥と混ざりあっている。

 

「残ッテイルノカ、モウ一発!」

 

「苦労したわ。悟られないようにあなたをそこまで誘導するのは。でもまあ、そんな頭に血の上った状態じゃどのみち私の浅い策に気付くことはなかったでしょうけどね」

 

「コノ――!」

 

「一応いっておくけど、無闇に動かないほうがいいわよ? 多分一歩でも動けば起爆装置は作動してそのままドカンだし。おまけにこの距離じゃ砲なんてまともに当たらないわ」

 

「フフフ……アハハハハハハハ!!」

 

「な、なにがおかしいの!?」

 

「タシカニサッキノ爆破ノ威力ハ相当ナモノダッタワネ。デモ私ノ耐久ガコイツラ塵芥ト同ジナワケナイデショウ? アノ程度ノ爆発デ死ヌワケガナイ」

 

「くそ、流石にそこまでのハッタリは効かなかったか……」

 

「サテ、コレデ形成逆転。モシアナタガ逃ゲテモ私ハコノ主砲デ狙イ撃チ。ココカラ動ケバ爆風ニ巻キ込マレテアナタノホウガ重傷ニナル。逃ゲルモ逃ゲナイモ待ッテイルノハ死ヨ! オマヌケサン」

 

「……まぬけはあんたのほうよ」

 

「ハァ?」

 

「まだ気づいていないの? まさか、本気で私たちがあんた達の部隊を壊滅させるとか考えていたわけ?」

 

「ドウイウ意味ダ!」

 

「分からないならはっきりと教えてあげる。これは時間稼ぎよ」

 

『ああ、よくやった飛鷹。こちらの指示通りよく動いてくれた』

 

 次の瞬間、装甲空母鬼の顔に対戦擲弾が飛び、紅く爆発。

 

 飛鷹が振り向くとカールグスタフM2を構えた二階堂がそこにはいた。

 

「提督!」

 

「時間が無い、話は後だ。今は退却するぞ!」

 

 二階堂は壁際に倒れていた黒潮を脇に抱えると飛鷹と共に哨戒艇へむけて退却した。

 

「忌々シイ……人間ゴトキノ分際デエエエエエエエエ!!」

 

 装甲空母鬼の顔には多少の煤と生傷が見えたが、まるで意に介さない。それどころか、下等な蝿に邪魔されたことがプライドを傷つけたらしく、瞳の紅い炎を一層強く激昂した。

 

 装甲空母鬼は我を忘れ黒腕を動かし飛鷹と二階堂に襲いかかろうとした。

 

「ギャハハハハハハハハハ! 貴様ら下等種がこの私から逃げられると思って――」

 

 次の瞬間、装甲空母鬼の全身は紅い炎と爆風に包まれた。轟音が全身を穿ち、意識を白黒させる。

 

「コ、コレハ……」

 

「だから動かない方がいいって言ったじゃない。人の話聞いてた?」

 

 全身が黒く焼け爛れた装甲空母鬼は怒りよりも困惑の声で答える。

 

「ダガコノ威力……サッキヨリモ桁違イニ……」

 

「あたりまえでしょ。だってこれあんた用に一番炸薬詰めたやつだし」

 

「馬鹿ナ、サンナ都合ヨク……」

 

「都合も何も、あれだけ大量に敵いる中であんた用の起爆装置を感圧式にするわけないでしょ」

 

「マサカ……!」

 

 飛鷹は装甲空母鬼向けて小さな発信装置の組まれた基盤を投げ捨てた。

 

「そのまさかよ」

 

 

 

 

 

 二階堂と飛鷹は桟橋に泊まる哨戒艇に向かって駆けた。

 

「本当に来るとは思わなかったわ」

 

「当然のことだ。俺が育てた部下だ。そう簡単には死なない。だからこうして迎えに来た」

 

「そう」

 

 飛鷹は僅かに頬を緩ませた。

 

「しかし、このままでは押し負けてしまう」

 

 哨戒艇の回りを無数の深海棲艦が取り囲んでいた。葉山達は必死に深海棲艦が艦に上り込んでこないよう抵抗しているが、敵の数があまりにも多すぎる。五人では対処しきれないでいた。

 

「こちらの火器も無断で持ってきたものだから数も少ない」

 

「呆れた。此の期に及んでまた好き勝手したの? あなた、そろそろ本当に軍法会議に掛けられるわよ」

 

「安心しろ。軍法会議は慣れている」

 

「ちょっとそれどういうことか聞き正したいのだけれど……」

 

「気にするな。どのみち、今はこうする他なかった」

 

「それよりどうするの? 私たち、このままじゃ乗艦するまえに敵に囲まれて殺されるんだけど」

 

「見敵必殺、慈悲は無い。と言ってやりたいところだが、こちらの兵装でははっきり言って勝ち目がない。特ににさきほどこちらの艦に向かって飛んできたアレ。確かレ級だったか。とりあえずは熊野に相手を任せてあるが本当に深海棲艦なのか?」

 

「私だって見るのは初めてよ。あんなの」

 

「なんであれ戦略的撤退だ。戦場、時には引く事も重要だ」

 

「よく言うわねここまで来といて……それで、どうやって逃げるの? そんなこと、こいつらはとても許してくれそうにないけれど」

 

 二階堂たちに気付いた数体が咢を開き襲いかかってきた。

 

「簡単だ。逃げる隙を作ればいい」

 

「どうやって?」

 

「そんなの決まっている」

 

 二階堂は黒潮を飛鷹に預けるとりナイフを二丁取り出した。

 

「全て殺せば逃げられる!」

 

 そう言うと二階堂は弾丸の如く駆ける、否跳躍した。一気にリ級とホ級に間合いを詰めると逆手持ちしたナイフで二隻の頭部を抉り裂く。

 

 そして次々に襲いかかる深海棲艦の脳核を的確に破壊していくと強引に艦までの道を切り開いていく。

 

「……ほんまにバケモンみたいな提督やな。あの人だけで深海棲艦全部倒せるんとちゃうか」

 

「黒潮、あなた……!」

 

「平気やって言いたいところやけど、流石にちょっとウチも今はしんどいわ……」

 

「大丈夫よ、私達もうすぐ助かる」

 

「せやったらええんやけど……飛鷹はん、う、後ろ!」

 

 振り向くとイ級が襲いかかってきていた。飛鷹は黒潮を抱えたまま慌ててナイフを構え、イ級を躱すとナイフを突き刺す。

 

「危なかった……」

 

 その頃、艦上で機銃を撃っていた葉山が叫んだ。

 

「中尉、急いでください! 我々も限界です。そろそろ逃げないと流石にまずいですよ!」

 

「了解だ」

 

 黒潮を抱えた飛鷹を先に乗艦させ、最後の一隻の頭部を破壊すると、二階堂も艦に乗り込む。

 

「よし、出せ!」

 

「……了解。両舷前進最大船速!」

 

 艦はうねりを上げると泡を噴き出し加速し始めた。

 

「よし、二隻の回収は済んだ。あとは――熊野! もういい、撤退だ!」

 

「出来ればそうしたいのですが!」

 

 熊野は苦悶の表情を浮かべ敵対するレ級の攻撃を耐えていた。

 

「どういうことですの! 両腕に加えて主砲まで無くしたというのにそこまでして何故戦いを求めるんです!」

 

「アハハハ、ソレガ本能ダカラダヨ重巡級。タトエ全身ガ動カナクナッテモ僕ハ顎ダケデオ前ト闘ウ。ソレガ僕ニ課セラレタ使命ダカラネ」

 

「おかしな物言いですこと。それじゃあまるであなたは誰かにそうであることを指示されたかのようですわ」

 

「ソレハオ前ラ人間ニモ言エルコトダヨ。人ハ何故争ウノカ。ヨリ根源的ナコトヲ言エバ、人間ハ何故生キ、存在シウルノカ。オ前ラハ決シテ自己意志デソコニ存在シテイルワケデハナイ。存在シテイタカラソウデアロウトシテイルニ過ギナイダケダ。僕タチモタダソウデアルカラソノ理ニ従ッテイルニ過ギナイ」

 

「あなた方化け物と違って人間は考える生き物ですの。自然主義に浸るのも結構ですが、それは思考放棄であることに他なりませんわ」

 

「ソンナモノハ敗北主義者ノ言イ訳ニシカ過ギナイサ。オ前ラ人間ニダッテ階級ハアルダロウ? 絶対ニ揺ルガナイ、ソレデイテ下位ヲ掌握スル絶対不動ノ階級。ソイツラハ理解シテイルンダ。己ノ在りリ処ヲ。ソノ在リ方ヲ。ダカラ無闇ニ足掻クナンテノハ敗者ノ思考サ」

 

「その言葉を吐くのなら、せめて人類を根絶やしにしてからにして下さいまし!」

 

「アアソノ通リダ! ソシテイズレソウナル! ソレガ世界ノ望ム結末ナンダカラネェ!」

 

「まるでこの星の使者のような口ぶりですわね。ですが、あまり人類を侮ってもらっては困りますわよ」

 

「人間ヲ辞メタ出来ソコナイノガラクタニ言ワレタンジャ世話ナイ――」

 

 レ級の顔に突如大量の紙吹雪が張り付いてきた。その全てが人の形を取った依代。飛鷹の能力だった。

 

「熊野さがって!」

 

 飛鷹は右手に紫炎を携え左手にナイフを構えるとレ級に接敵。しかしレ級は即座に後方へ下がると熊野と飛鷹から距離を置いた。

 

「ソンナ小細工シテ僕ニ勝テルト――」

 

 不意にレ級の肩に重い衝撃が走る。

 

「アh?」

 

 顔に着いた依代の紙吹雪を払うと右肩に大きな孔が開いていた。

 

「今何ガ――」

 

 再び衝撃。今度は首を貫通した。泡と共に青い体液が喉元から飛び出す。

 

「ヒガ――ヒャヒヲ」

 

 気道を穿たれまともに声すら出なくなったレ級。視線の先には船の上からバレットで狙いを定める二階堂の姿があった。

 

 またお前か――ニンゲン!!

 

 魚のような丸い眼をぎょろりと蠢かせ、レ級はニタリと笑った。

 

「熊野、飛鷹! 戻れ!」

 

 二隻は慌てて艦に戻ると、今度こそ艦は発射試験場跡から離脱した。

 

「追ってこないわね。アイツ」

 

「ええ。ですが他の深海棲艦が」

 

 飛鷹達はまだ安心できない状況だった。装甲空母鬼を行動不能にしたとはいえ、まだ機能を停止させたわけではない。配下の深海棲艦たちが逃すことを許さなかった。

 

「うわー、めっちゃ怒ってるよあいつら。心なしか目が赤くなってるし」

 

「何呑気なこと言ってんですか軍曹! このままじゃ追いつかれますよ!」

 

「これ以上速度は出ないのか?」

 

「今の艦じゃこれが限界……!」

 

「弾薬は!?」

 

「も、もう殆どありません!」

 

「万策尽きた!」

 

「潔く言えばいいってもんじゃありませんのよ!」

 

「なんとか回避運動して――」

 

 するとこちらを捉えた深海棲艦たちが一斉に砲撃を開始し始めた。

 

 船体が大きく振動する。

 

「右舷着弾!」

 

「回避ィ! 可及的速やかに回避ィ!」

 

「この状況でどう避けろってんですか!」

 

「――ッ、上空に飛行物体確認! 真っ直ぐこちらに近づいてきます!」

 

「また艦載鬼かよ! もう駄目だ! お終いだ!」

 

「いえ、この反応はまさか……!」

 

 上空から幾重にも重なるレシプロ音が聞こえてきた。飛鷹はこの音をよく知っている。だからこそ己が耳を疑った。

 

「ま、まさか!?」

 

 慌てて空を見上げると上空から編隊を組んだ影が朝日の逆光を浴びながら現れた。

 

「あれは、彗星!?」

 

 彗星は一気に急降下すると後ろを追う深海棲艦に無数の爆弾を叩き込んだ。

 

 後ろで水柱が何本も上がり、皆それを呆然と見つめる。

 

『あーテステス。第二十特殊戦術部隊の方、聞こえてますか?』

 

 無線に間の抜けた声が入ってきた。

 

「あ、ああ。こちら第二十特殊戦術部隊、聞こえている」

 

『良かった~みなさん無事みたいで。結構ギリギリだったからもしかしたらって思ったけど間に合ってよかったわ』

 

「えっと、その、不躾で申し訳ないが貴官の所属と氏名を教えて戴きたい」

 

『あら、失礼しました。こちら特殊戦術第一航空部隊所属、航空母艦赤城です』

 

「それって……」

 

「つまり……」

 

『はい、あなた方の保護及び敵勢力排除為にやってきた援軍です。後のことは我々航空部隊と横須賀連合艦隊にお任せください』

 

「でもどうしてここが……」

 

『大岡提督からの御指示です。あなた方を全員救助せよと』

 

 すると再び深海棲艦の群れに水柱が上がった。

 

 朝日を背に水平線には幾多の影が現れる。

 

『こちら横須賀第一特殊戦術部隊旗艦長門。敵影を確認。これより戦闘状況に入る。全艦撃ち方用意!』

 

 ほどなくして海上に砲撃音が鳴り響いた。

 

「そう、私達……助かったんだ」

 

「まさか、本当に生きて帰れるなんて……」

 

 遠くで深海棲艦の悲鳴が聞こえた。今頃は遠征から帰還した主力部隊が残党の殲滅をしているのだろう。

 

 そして太陽が完全に昇りきり、飛鷹の頬を優しく照らす頃には砲撃音も聞こえなくなっていた。

 

 こうして彼女たちの戦は幕を下ろした。

 

 

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