艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

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秘書艦

 2 秘書艦

 

 

 

 

 

 第二十特殊戦術部隊の隊舎へと到着した二階堂は、黒潮に連れられて執務室へと案内された。

 

 やはり元校長室ということだからだろうか。隊舎の他の場所に比べ、内装は比較的綺麗であった。

 

 手前には来客用のテーブルとワインレッドの革製ソファ。左の壁際には本棚が設置され、資料や作戦報告書の類と思しきファイルが整然と並び、部屋の奥、取り付けられた小窓の正面には、木製の古い執務机が鎮座していた。

 

「ここが執務室。書類業務は基本全部ここでやってもらうことになるけど、最初やし分からんこともあるやろ。その辺は秘書艦に色々話聞き」

 

 そう言いうと黒潮は室内の電灯をつけ、奥の窓を開いた。

 

「そういえば司令はん、一つ気になることがあるんやけど」

 

「質問を許可する」

 

「なんで上の人は海兵部隊の人間を寄越してきたん? さっきの話やったら別に特殊戦術部隊の同じ人間でもええと思うけど……」

 

「俺も詳しくは聞かされていないが、艦と違い君たち艦娘はその主体が人間である側面が強い。なら君たちを指揮するのも少数の単位行動に長けた人材が適しているのではないのかという仮説の下、その被験者として俺と君たちが選ばれた」

 

「つまり、うちらはそのデータを取る為のモルモットってことか」

 

「物は言いようだ。もし仮に俺たちが成果を上げればそれだけ上層部の注目も集まる」

 

「ふーん。なんかウチには難しい話やな」

 

「いずれにせよ、しばらくの間、この部隊は俺の方針に従ってもらう。秘書艦である君にも協力してもらうぞ」

 

「え? うち秘書艦やないで」

 

 その言葉に二階堂の目が点になる。

 

「君が秘書艦じゃなかったのか?」

 

「うちみたいな駆逐艦が秘書艦勤まるわけないやん。もしかして誰が秘書艦なんか聞いてないん?」

 

「実は引き継ぎをするはずの前任者が、仕事を放棄したんだ。だから俺はこの隊についてはほとんどと言っていいほど何も知らない」

 

「えぇー……マジか……あの人も最後の最後でとんでもない置き土産してきよったなぁ。ああ、またお姫さんに心労が……。南無三」

 

 宙へ向かって両手を合わせる黒潮に対し二階堂は言葉を続けた。

 

「まずは秘書艦と会って話をしないことには何も話にならない。幸い今は君たち艦娘の使用許可は下りていないから、出撃なんてことにはならないだろう。黒潮、その秘書艦は今どこに」

 

「お姫さんなら多分今は工廠の方におるんとちゃうかな。さっき久々の出撃やったし兵装のメンテナンスしてるはずやと思うけど」

 

「工廠はどこに?」

 

「隊舎出て裏手に周ったとこに道があるから、そこを道なりに進めばレンガのドックが見えてくるはずや」

 

 

 

 

 

 工廠と呼ばれる建物はレンガ造りの古風な西洋建造だった。長方形に伸びたシンプルな構造で、壁には曇ったガラスがはめ込まれ、内部は吹き抜けになっている。

 

 ドックと呼ばれる現代の艦艇が入渠する、大型のトタン建物とはその様相を大きく違えていた。当然といえばそうかもしれない。

 

 現代の艦艇と違い、艦娘が主に整備を行うのは主にその主兵装たる艤装部分だからだ。

 

 場所も機材も人員もそれほど必要としない上に、修理費用もかさばらない。艦娘が国家の主戦力、対深海棲艦戦略兵器として多用される最たる理由がこれであると言えよう。

 

 年端もいかない少女が人類の脅威と前線で戦うという狂気じみたこの環境には、人間の、大人たちの《金の問題》が大きく関わっている。本当に、どこまでも馬鹿げた話だ。

 

 そんなつまらない考察を思考の片隅へと押し込んだ二階堂は、正面入り口の扉を開くと中へ入っていった。

 

 工廠内部は薄暗く、物静かで人の気配を感じなかった。

 

 午後の斜光が曇ったガラスを通し、空気中を舞う埃を輝かせている。

 

 工廠内の天井は半円状の作りである為、二階堂のちょっとした足音さえも大きく反響した。目の前には様々な機械群がまるで森の樹木のように立ちふさがり、二階堂の視界の半分近くを遮らせる。

 

「誰かいないのか?」

 

 二階堂の声は工廠内を幾度も反響させるが、その声以外は一切の返事もなかった。既に全員出払った後なのだろうか。

 

 仕方なく二階堂は工廠を後にしようと出口へ向かったその時、物音が響いた。

 

 工廠内は二階堂の立つ出入口以外扉はない。窓も全て閉ざされ密閉空間が形成されているから、後から入って来た第三者いうことは考えにくいだろう。

 

 そうなれば当然、二階堂が入ってくる前からすでに誰かが居たということになる。

 

 

 

 現在艦娘の技術は国家の最重要機密に指定されている。

 

 彼女らはかつての軍艦の現身でもある。人間たった一人の能力が軍艦一隻に値し、一部条件を除けば、個人が所有する火器において、艦娘に匹敵するものは現代兵器には存在しない。

 

 つまるところ、単体であれば彼女たちは世界最強の火力を持っているということだ。

 

 当然その技術を欲しがる国は山ほどあり、今もその利権を巡って政治的争いは絶えず続いている。

 

 対深海棲艦戦略機構 (AIFOSS:Anti Invaders from the ocean Strategic system)

 

 通称AIFOSS。

 

 米国と日本が共同で開発したこのシステム。現在日米を除いては僅か数か国の、それも一部組織においてのみでしか使用を許されていない。そのシステムの中核部分は現在も日米両国が独占・秘匿している状態であった。

 

 一部では国際社会に大きな悪影響を及ぼしかねないとの声も上がったが、人間が機械以上の力を振えるこの技術は将来性が高く、災害派遣や危険地域での作業などに適用できるとの期待も高い。

 

 深海棲艦という人類の敵が現れた以上、このシステムの軍事利用は各国も看過せざるを得なかった。

 

 しかし現在もほぼ独占状態にあるAIFOSSについて、批判も少なくない。

 

 当然と言えばそうかもしれないが、どこの国も、その根底にある思惑といえば、少しでも他国を出し抜きたい、ということだろう。

 

 もちろん、そんなものを独占する国家をよく思わない連中は数多く存在する。

 

 中には強引な手段でもってそれを入手しようとする輩もいるし、現に過去数度に渡り日本国内でもそれにまつわる事件は過去にも数度あった。

 

 

 

 念のため、周囲を確認しながら、音の鳴った方へ徐々に近づいていった。

 

 近づけば近づくほど、明らかに人の気配を感じる。僅かに聞こえる布の掠れる音や肌が擦れる音から推測しても、数は一人。

 

 勿論断言はできないが、周囲を見渡してもそれ以外に異物と捉えるべきものは見当たらなかった。

 

 妙だ。二階堂は現状に違和感を憶えた。

 

 過去幾度のAIFOSSを狙った事件に伴い、海軍ではセキュリティ面での大幅な強化を図った。

 

 敷地内へ入る為のID認証は勿論、機密度の高い場所では、声紋認証や虹彩認証などの生体認証も行われることが義務付けられ、この神島基地のような地方基地ですら、二階堂が入庁した際に、入念なボディチェックを受けたほどである。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと、外部からの潜入捜査は限りなく不可能であるということだ。そうなると他に考えられるのは、外部からの強襲ということになるが、もしそうであるなら、なぜ先ほどの呼びかけに答えなかったのか。

 

 何もこそこそと隠れる必要などどこにもないのだ。

 

 ――どちらにせよ、二階堂にとってやるべきことは変わらない。

 

 ついに二階堂はその人影を捉えると、機材の陰から一気に飛び出し制圧に掛かった。

 

 肩を掴まれ、驚いた様子で後ろを振り向いた相手に対し、間髪入れずに相手の足を払い、身体のバランスを崩す。

 

 相手を地面に押し付け、両腕を背で組ませながら、後頭部にレベッタの銃口を突きつけた。

 

「動くな。少しでも抵抗の意図を見せれば、容赦なく貴様の脳髄に鉛弾をぶち込む」

 

「ちょ、いきなりなんなの!?」

 

 相手は突然後ろから現れた二階堂に対する驚きと、自身の状況に対する困惑で、目を白黒させ抵抗するべく暴れた。

 

 しかし二階堂の鍛えられた身体は、彼女の細い腕が動くことを許さず、それどころか先ほどよりもレベッタを強く押し当てる。

 

「貴様に拒否権はない。十秒以内に答えなければ今ここで射殺する。さっさと所属組織と名前を吐くんだ」

 

「ちょっと待って! あなた何か勘違いしてるわ! 私、ここの人間よ!」

 

「この期に及んでまだそんな見え透いた嘘をつくつもりか! もうすぐ憲兵も到着する。それまで命が欲しければ早急に所属と名前を吐け! あと三秒!」

 

「本当だってば! 人の話を聞きなさい!」

 

 どうやら、嘘をついているようには見えなかった。警戒しつつも後頭部から銃口を離すと、立ち上がって両手を上げるよう促す。

 

 二階堂が押し倒した相手は立ち上がると両手を上げてこちらを向いた。

 

 相手は女性、それも二階堂と同じ年頃だろうか。

 

 額で切り揃えられたロングの黒髪の女は、不機嫌そうに表情を歪ませているが、それでもその端正な顔と長いまつ毛が相まって綺麗である。

 

 しかし気になったのはその服装だ。真っ赤な袴に首元には勾玉があり、末広がりの袖をした白いブレザー。ブレザーには所々赤いラインが刻まれ、肩や胸元には金糸が装飾されている。

 

 一言で言って普通の恰好じゃない。外部からの侵入者が、こんな馬鹿げた目立つ格好で侵入するとは到底考えにくいが、それでも怪しさは十分に感じ取れた。

 

 二階堂は銃口を突きつけたまま訊ねた。

 

「名前を言え」

 

「ひ、飛鷹よ」

 

「飛鷹? なんだ、本当にそれが名前なのか?」

 

「そうよ。なにか問題かしら」

 

「……まあいい。それよりも認識票を見せろ。貴様が本当にここの人間であるのなら持っているはずだ」

 

「そんなもの持ってないわよ。だって私、軍人じゃないもの」

 

 二階堂は訝しげに顔を顰めた。

 

「ここは海軍基地だぞ? そんな馬鹿な話があるか」

 

「そういうあんたこそいきなりなんなの!? いきなり後ろから襲ってきたと思えば急に押し倒したりして。あなたこそ本当にここの人間?」

 

「ああ、俺はここの人間だ。正確には今日付けでここに所属する隊の、だがな」

 

「え、それってもしかして……」

 

 飛鷹は何かに気付いた様子で二階堂の顔を見た。

 

「とにかくだ。貴様が本当にここの人間かどうか後ほど確認を取る。それよりもまずはボディチェックだ」

 

「へ?」

 

 飛鷹が二階堂の告げたその意味を理解するよりもはやく、二階堂は飛鷹へ一気に距離を縮め、顔を近づけた。

 

「え、っちょ、いきなりなに?」

 

 突然のことに驚いて顔を紅くする飛鷹だが、二階堂はそんなことお構いなしに、飛鷹の身体へ手を出した。長髪を払い除け、首元に手を回すとそこから下へと順に、背・腕・腰回りを丁寧に調べていく。

 

 触っていくうち、飛鷹の身体は震えはじめるが、二階堂は特にそれを意に介する様子もなく、検査を続けた。

 

 次に胸回り・尻・足の順にすべて終えた二階堂は再び立ち上がると、飛鷹を見据えた。

 

「今見た限りでは特に怪しいところはなかったが、念のため後で服を脱いで身体検査をして貰う。……どうした? 話を聞いているのか?」

 

 俯いて拳を強く固めながら肩を震わせる飛鷹に二階堂が眉を潜めた。

 

「……な」

 

「な?」

 

「なに……なにしてくれたのよ、この変態ぃぃぃぃ!!」

 

 顔を上げた飛鷹は、真っ赤な顔のまま涙目で叫んだ。

 

 振り上げられた彼女の右手には、揺らめく紫色の炎が現れる。その中に《勅令》と書かれた文字が浮かびあがった。

 

「これは――」

 

 飛鷹は懐から人の姿を模った白い紙を取り出すと、紫炎揺らめく右手の揃えた人差し指と中指、そして親指で挟み、眼前の宙を裂くように腕を振った。

 

 次の瞬間、人型の紙は二階堂目がけて真っ直ぐに飛び、強烈な閃光を放つとその姿を大きく変容させた。

 

 拳大のそれは黒くくすんだ色の重々しい鉄の塊。明らかに機械的な作りをしたそれの頭部には弾頭と思しき形のものが付属してある。

 

 誰の目から見ても爆発性を含んだ物体であることは明らかだった。

 

 二階堂がとっさに対爆防御姿勢を取ると、工廠内には大きな爆発音と共に瞬く閃光が二階堂を襲う。次の瞬間、二階堂の視界は暗転し、そのまま意識は深い闇の底へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 瞼を上げると、西日でオレンジ掛かった白い天井が姿を見せた。

 

「ここは……」

 

 二階堂は身体をもぞもぞと動かし、眠気眼で周囲を確認する。

 

 ベッドをぐるりと一周囲んだ白いカーテン。視線を落とすと、清潔なシーツが視界に広がった。

 

「あ、司令はん、やっと目ぇ覚めたんか」

 

 二階堂の声を聞きつけ、カーテンの隙間から黒潮がひょっこりと顔を覗かせた。

 

「俺はどうしてベッドの上に?」

 

「あー……一から説明すると長なるけど、工廠で倒れた司令はんを隊舎の医務室まで運んできたんや。司令はんはどこまで覚えてる?」

 

「君に言われた通り工廠へ向かった。だが秘書艦はいなかったし、それどころか不審者を発見したからすぐさま制圧に取り掛かって――あの女はどうした」

 

 ようやく霞んでいた記憶を全て取り戻したのか、二階堂はベッドから身体を起こした。

 

「それならもう心配あらへん」

 

「……そうか、無事確保したんだな。それはよかった。あの女、外部からの侵入者である可能性が高い。しかも奇天烈な恰好で妙な武器を使っていた。あれは一体なんだったんだ?」

 

 すると黒潮は、呆れとも侮蔑ともつかない眼で二階堂を見ながら、露骨に大きなため息を漏らした。

 

「どうかしたのか?」

 

「どうもこうもあらへんわ。うちから説明するより本人に直接聞いた方が早いやろ」

 

「本人?」

 

 黒潮がカーテンを引くと、そこには見覚えのある女の姿があった。自身を飛鷹と名乗る、二階堂が取り押さえた女だ。飛鷹は憮然とした様子で、二階堂を見下ろしている。

 

「奇天烈な恰好で悪かったわね」

 

「お前はさっきの! 黒潮、これはどういうことだ」

 

「司令はんが言ってた不審な女はうちらの隊の艦娘。さらに付け加えるなら探しとった秘書艦や」

 

「なに……!?」

 

 二階堂は目を再度飛鷹を見た。

 

「そうよ。飛鷹型航空母艦一番艦。識別艦名《飛鷹》。これで状況が理解出来たかしら。て・い・と・く」

 

 明らかに棘のある口調で飛鷹は自己紹介を済ますと、傍にあったパイプ椅子に腰を降ろした。

 

「なるほど、どうやら俺は少し勘違いをしていたらしい」

 

「少しじゃないでしょ! いきなり後ろから現れたかと思えば、無理やり押し倒して銃を突き付けてくるし、あまつさえ……わ、わたしの身体を撫でまわしたじゃないの!」

 

「あれは決してそういったことが目的ではない。警戒し、先手を打って反撃する前に無力化するのが戦場の常だ」

 

「ここは戦場じゃないでしょ! 基地よ基地! そう簡単に敵が侵入なんてしてくるはずないじゃない!」

 

「だが可能性がゼロとは言い切れない。少しでも可能性がある以上、危険の芽を摘むのが軍人として当然の責務だ」

 

「こ、こいつ……! 反省しないどころか悪びれる様子もないじゃない! もういっそ爆撃してやろうかしら!」

 

 飛鷹は懐から人形の紙を取り出すと再びあの構えを見せた。

 

「まーまー、飛鷹はんも落ち着いて、な? 司令はんも悪気があったわけとちゃうし、今回のところは我慢したってな」

 

「はぁ……、分かってるわよ。流石に私だって人間相手に本気で爆撃しようとは思わないわ」

 

「……そういえば黒潮、君は何故秘書艦の名前を俺に教えなかった。もしあの時君が飛鷹の名を教えていれば今回のような事にはならなかったはずだが」

 

 黒潮の全身から冷汗が流れる。

 

「えっ、あー……それはですね……」

 

 二階堂の眼力から逃げるように、視線を宙へと泳がせた。

 

「どういうことか教えて貰いましょうか、黒潮さーん?」

 

「えっ、えっとそれはそのぉー……、なんちゅーか、やむに止まれぬ事情というか、いやね、うちも分かってたんよ? ただ黙っといたほうがサプライズ的でおもろいやろなぁ思て、うちなりの気遣いってやつや」

 

「その結果がこれじゃあ意味ないでしょ! というか、どうせあなたのことだから忘れてて、気づいても提督を追いかけるのが面倒だっただけでしょ!」

 

「うげぇ、なんちゅー推理力やねん……」

 

「ほぉ……つまり黒潮。君は上官への重要な報告を、ただ面倒であるからという理由で、怠慢したということか」

 

「えーと、それはそのぉ……ああ! そんなことよりも司令はん、身体の方はもうええんか?」

 

「露骨に話題を逸らせたわね、この子」

 

「外傷はない」

 

「当然よ。どこかの馬鹿みたいに本物なんて使う訳ないでしょ」

 

「馬鹿とは失敬だな。俺は危険を未然に防ぐために――」

 

「その発想からしてすでに馬鹿なのよ! いい? 次にまた今回みたいなことしようものなら、相手が提督だろうと憲兵に突き出すわよ!」

 

 何か言いたげな様子だったが、瞳孔を開いて睨んでくる飛鷹に、さすがの二階堂も小さく頷いた。

 

「……了解した。次からは気を付けよう」

 

「もう、ほんと前のアイツといい今回のあなたといい、どうしてうちの隊に配属される提督はこうも変人ばかりなのかしら……」

 

「そういえば、ここへ着任する前に、君のところに居た前任者から引き継ぎを受けるつもりだったんだが、どういうわけか一向に連絡がつかなくてな。結局この隊について何も話を聞かされていない」

 

「ええ、その件は黒潮から聞いているわ。あなたも災難ね。アレの後任になったのが運のツキよ。基本的な執務内容については秘書艦の私が全て把握しているから、分からないことがあればなんでも聞いて頂戴」

 

「前任者は一体どんな人物だったんだ?」

 

「一言で言えば屑よ」

 

「君が怒る理由も何となく分かるが、仮にも元上官だ。そういう口のきき方は、軍に所属する身としてどうかと思うが」

 

「屑で当然よ! あんなクソ提督! ほんと、アイツのおかげで私がどれだけ苦労したか!」

 

 憎々しげな表情で、前任者への怨嗟を放つ飛鷹を察するに、おそらくただ事では無かったのだろう。流石に本人に訊くことを躊躇った二階堂は、彼女に聞こえないよう小声で黒潮に訊ねた。

 

「彼女は何故あれほど憎んでいる?」

 

「まあ飛鷹はんが秘書艦として一緒におる時間がうちらの中では一番長かったからなぁ。あの人も仕事面では優秀やってんけど、ちょっとスキンシップが激しかったんや」

 

「要するにセクハラということか」

 

「事あるごとに飛鷹はんの尻やら胸やら触ったり、あわよくば揉みしだいたりしてたらしいわ」

 

「なるほど。俺に対して妙に棘があるのもそれが理由か」

 

「多分それだけやないとは思うけど……まあさっきのこともあったし、警戒しているってのは間違いやあらへんな」

 

「こういう時、どうすればいいのだろうか……」

 

「セクハラしたことに変わりはないんやし、とりあえず謝っといたら?」

 

 二階堂は改めて飛鷹に向き直った。

 

「聞いてくれ飛鷹」

 

「なによ!」

 

「胸や尻を触られた。それはつまり君が女性として魅力があったということだ。現に君の身体はとても魅力的だ。異性を拐かすには十分すぎる。それに君の尻は大きい。子供を産むには非常に適した身体だ。何も恥じるようなことじゃない」

 

 ピシリ、と飛鷹の顔が硬直した。

 

「ん? どうした飛鷹。顔色が悪いぞ」

 

「悪かったわね……」

 

 震える声でそう呟いた後、飛鷹は立ち上がると座っていたパイプ椅子を掴み取り、二階堂目がけて思い切り投げつけた。

 

「安産型で悪かったわね!!」

 

 投げつけられたパイプ椅子は、見事二階堂の顔面めがけてヒットし、二階堂はパイプ椅子と共にベットの上から大きな音を立てて転げ落ちた。

 

 飛鷹は二階堂へ見向きもせず、怒ったまま医務室を後にした。

 

「痛いじゃないか」

 

 パイプ椅子を手に、痛いという言葉に反して、大したことのなさそうな様子で二階堂は立ち上がると、ズボンの埃をはたいた。

 

 黒潮が呆れた目で、立ち上がる二階堂を見上げる。

 

「……司令はん」

 

「どうした黒潮」

 

「さっきの本気で言うたんか?」

 

「当然だろう」

 

 何が問題なんだと言わんばかりに黒潮を見下ろした。

 

「やっぱり司令はんはただのアホなんとちゃうか」

 

「君まで酷い言いようだな」

 

「当り前やろ。司令はんには女性に対するデリカシーが欠けてるわ」

 

「すまない……俺は、艦娘――というより異性と近く接する機会が、ほとんどなかったんだ。だから君を含めた彼女たちにどう接すればいいのか、まだよく分からない」

 

「まあその辺は追々慣れていくやろ。なんてったって司令はん以外全員女やからな。それもぴっちぴちに若い美少女や」

 

「言い回しが妙にオッサン臭いな君は」

 

「まあ、心配せんでもそのうち慣れるやろ」

 

「そういうものなのか……?」

 

「そーいうもんや。まあ精々頑張り。海兵部隊の司令はん」

 

 そう言い残し、黒潮は医務室から立ち去ろうとした。

 

「――黒潮、まさかとは思うが、忘れているわけではないだろうな?」

 

 ぎくり、と黒潮は身体を震わせ、恐る恐る二階堂に訊ねる。

 

「な、なんのこっちゃ分からんなぁ……、うち、これから急ぎの用事があるしこの辺でおいとま――」

 

 逃げるように医務室を後にしようとした黒潮の肩を、二階堂は逃がさぬようがっしりと捕まえ、強靭な握力で黒潮の肩に悲鳴を上げさせる。

 

「君は先ほど上官への報告義務を怠慢するという、重大な公務違反を犯した。あまつさえ飛鷹の告発がなければ、君はその事実すらも隠蔽しようとしていた。そうだな?」

 

「えっと、それはその……」

 

 

 

「そ う だ な ?」

 

 

 

「ア、ハイ」

 

「なら当然、上官である俺は、君に然るべき対応を取らなければならない」

 

「は……はぃ……」

 

「ではこれから一週間、君には便所掃除の懲罰を言い渡す」

 

「んな! そんな殺生な! 司令はん、いくらなんでもそれはあんまりや! 花も恥じらう乙女に便所掃除させるなんてパワハラやで!」

 

「残念ながらここは軍隊だ。そんなものは存在しない。だが君がそこまで嫌と言うなら仕方ない。便所掃除の代わりに、今回の一件の反省文を、手書き原稿用紙三百枚で明日までに提出した上で、それを朗読しながら腕立て伏せ二千回――」

 

「はい! 不肖黒潮! 喜んで便所掃除させて戴きます!」

 

 黒潮は敬礼すると一目散にその場から逃げ出した。開け放たれた扉からは、廊下に反響した黒潮の文句がぶつくさと聞こえてくる。

 

 ため息を漏らし医務室を見渡した。小うるさい駆逐艦が去ったあとの執務室は、驚くほどに閑静だった。

 

 その後医務室を後にした二階堂は、隊舎内を一人散策した。木目の廊下に木製の窓枠、小学校の名残なのか、一部の部屋にはまだ黒板があり、奥には積み上げられた木製の机と椅子が埃をかぶってじっと息をひそめている。

 

 どうやら、この施設は最低限の機能以外はまったくもって手つかずのままらしい。

 

「とても軍事施設の一部とは思えんな……」

 

 小学校の校舎を半端に改装したこともそうだが、それ以上に気になったのは、この基地、というよりこの隊舎の警備体制の杜撰さだ。

 

 いくら神島が本土から切り離された島の基地とはいえ、隊舎には衛兵どころか監視カメラ一つさえも見当たらない。これでは鼠どころか、空き巣の侵入すら許してしまいそうな勢いである。

 

 仮にも国家の最重要機密を扱っている立場がこれでいいはずがない。こんなこと、以前所属していた海兵部隊では考えられなかった。

 

 そんな憤りを覚えていた二階堂の脳裏に、ある名案が思い浮かんだ。

 

「簡単じゃないか。警備が手薄なら――俺が警備をすればいい」

 

 

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