艦隊これくしょん二次創作 海の最果て   作:少佐5909

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兆候

 4 兆候

 

 

 

 

 

 《七月二十日二時四十五分/太平洋沖合二〇八キロ/相模海運大型輸送コンテナ船『界城丸』/シドニー発横浜着》

 

 

 

 ――ツー・ツー・ツー・

 

 ――こちら港湾局・調子はいかが?

 

 ――今のところ問題ないよ・シドニーからの預かり物も明後日には無事そちらへ届くはずだ

 

 ――それはよかったわ・ところで航路に何か異常はない?

 

 ――ああ、そっちもも問題ないよ・ただ低気圧の影響で少し海は荒れそうだが、これだけ大きい船だ・そう簡単にひっくり返ったりはしないさ

 

 ――ふふふ、それもそうね・それじゃあ明後日楽しみにしてるわ

 

 ――ああ、僕も君に早く……ん?・どうした・何かあったのか?・…………・ソナーに反応?・岩礁でも見つけたのか?

 

 ――何かあったの?

 

 ――すまないが、そのまま少し待っててくれないか・大したことじゃないからすぐに終わるよ

 

 ――分かったわ

 

 ――…………二十メートル級の影だと?・どうせ鯨だろう・そりゃ鯨が一匹でこんな海域にいるのはおかしな話だが、移動する岩礁というわけでもないだろう・……三十ノット!? そんな馬鹿な話があるか!・真っ直ぐこっちへ?・本当に魚影なのか?・とにかく、緊急回避だ・寝ている奴らも叩き起こして操舵室へ集めろ!・いいから急げ!

 

 ――ねえ、本当に大丈夫なの?・なんだか慌ただしいみたいだけど

 

 ――ああ、心配いらないよ・この船がそう簡単に座礁なんて……どうした!?・魚影が浮上?・速度もさっきより上がって・………………マズい・マズいマズいマズい!・このままじゃ本当にぶつかっちまう!・う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 ――操舵室!?・どうしたの?・状況を報告しなさい!・操舵室!

 

 ――……――そだ・そ――な・どうしてこ――な所――し――か――が!・き――ないぞ!!・あ――嫌だ――助けてくれ!・あ、ああ……死に――ない・死にたくない!・う、あ――あああああああ――――ああああああああああああああああ――あああああああああ――ああああ!!!

 

 ――ねえ!・何があったの?・返事をして!・お願い!・返事をし――――

 

 《off― line》

 

 《通信は切断されました》

 

 《off ―line》

 

 《通信は切断されました》

 

 《off ―line》

 

 《通信は切断されました》

 

 《off ―line》

 

 

 

 

 

「以上が、昨晩に港湾局と界城丸との間で交信された最後の通信記録です」

 

 薄暗がりの会議室、スクリーンを背にプロジェクターの光を浴びながら、スーツの男が淡々と説明を終えた。

 

 小さな会議室には六人、普通のスーツ姿に混じり数人海軍の通常礼装に身を包んだ壮年から中年にかけての男たちが、椅子に深く腰掛けている。しばらくの沈黙の後、男たちの一人が重い口を開いた。

 

「それで、界城丸はどうなった?」

 

「この通信の後、海軍沿岸警備隊に緊急の通信が入り、近海を巡航していたミサイル巡洋艦むらくもがポイントの海域を捜索したところ、炎上・沈没し始めている界城丸を発見したそうです。ですが救助活動を行おうにも危険で迂闊に近づけずそれを断念。近辺を捜索しましたが、救難者は一人も発見できなかったそうです」

 

「つまり、目撃者はゼロ。唯一残された記録がこの音声、ということか」

 

「そうなります」

 

 薄暗がりの小会議室に落胆の声が漏れた。

 

「サルベージにはどれくらい時間がかかる?」

 

「開始は早くとも明日の明朝かと。ですが沈没したこのポイントは海流の動きが速く不規則です。もし仮に同座標に船体が残っていたとしても、大部分は散り散りとなり、回収は極めて困難でしょう」

 

「せめて界城丸のソナーデータリンクさえあれば何があったのか判別もつくんだろうが、今となっては後の祭りか」

 

 すると、一人の男が声を張り上げた。

 

「いい加減、茶番は止しませんか? こんな狭苦しい会議室に我々を呼び付けたのは、ただの座礁事故の報告がしたかったからではないでしょう?」

 

「まあまあ、そう性急にならずに。物事というのには順序がある。三雲事務次官補」

 

 三雲はええ、と小さく頷き続けた。

 

「事故発覚から六時間後、横須賀の海洋調査局が調査船を出しました。その後、巡洋艦むらくもの回収した船体の残骸を当局が調査した結果、微弱な電磁放射線を確認しました」

 

「ほう、どこにでもある普通の大型貨物船から放射線が検出された、と」

 

「といっても致死量には到底及ばないごく微細なレベルです。誤差と言ってもいいでしょう」

 

「オーストラリアからの貨物船、か。あの国も色々キナ臭い。南極での勢力拡大は将来的にも憂慮すべき事態だろうが、それと今回の事とでは何か接点でもあるのか?」

 

「おそらくその線は薄いでしょう。今回の事件とテロ組織とはおそらく関係の無いものと思われます」

 

「それは、どういうことだね、三雲君」

 

「調査船が検出したのは放射線だけではありません。それに加えて、あるモノが見つかりました。そのあるモノというのは、残骸に付着した残留粒子なのですが、そこから高濃度の現示元素が検出されたんです」

 

 現示元素。その言葉に会議室内がどよめいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それはつまり、界城丸が『アレ』と接触したということなのか?」

 

「……その可能性は極めて高いでしょう」

 

「そんな馬鹿な!? 第一、近くを航行していた巡洋艦むらくもにも反応は無かったんだろう?」

 

「ええ、事故後、むらくもの艦長に確認を取ったところ、『そのような反応はレーダーにも映らなかった』と述べています」

 

「ではその検出されたという現示元素も何かの勘違いでは」

 

「それはあり得ません。少なくとも科学は人間より正直者です」

 

「ぐっ……、し、しかしむらくもにも反応は無かったんだ。それについてはどう説明するつもりだ」

 

「それに関しましては現在調査中です。事の真偽は現在我々さえも把握出来ていないのが現状です。ただ少なくともはっきりしているのは、あの晩、あの海域で界城丸が接触したのは――」

 

「間違いなく深海棲艦だろうな」

 

 会議室の全員が禁忌(タ)の(ブ)言葉(ー)を口にした男を注視した。

 

「……三笠根海将、何が言いたい」

 

「三雲君が言った通りだ。沖合二〇八キロで深海棲艦が現れたんだろう」

 

 三笠根の言葉は避けることのできない厳然たる現実として、会議室全員の心に重くのしかかった。

 

「目的は、奴らが現れた目的は何ですか!?」

 

「目的? んなもん決まってるだろ。戦争する為だよ。もう一度俺たちと、俺たちの海で血を流すためだ」

 

 三笠根の言葉は会議室に幾ばくかの沈黙を生んだ。

 

 戦争。第二次世界大戦以降、この国が経験した最初の闘い。生存圏を掛けた生命同士の合戦。そして苦しくも日本はその戦争に勝利した。多くの犠牲を払い、未だ根深い恐怖を残して。

 

 それが再び訪れるかもしれない。その事実だけでも幕僚幹部たちを震え上がらせるには充分過ぎた。正に厄災と言ってもいいあの戦争を経験した者たちは、口をそろえてこう言う。

 

『奴らと戦うのは二度と御免だ』と。

 

「しかし一つ気になることが」

 

 そう言ったのは背広組の男。

 

「もし仮にあの場所に奴らが居たとして、何故近くを航行していたむらくもはそれに気づかなかったのでしょう。とてもただのシステムエラーとは思えないのですが……」

 

「それに関しましては現在調査中です。むらくも艦長に対しましても、原因究明までは横須賀で待機するよう指示を出しています」

 

「そうなると厄介ですね」

 

「厄介、というのは?」

 

「この案件の処理をどうするかですよ。我々だけで内々に事を処理するのか、他機関にも協力を要請するのか」

 

「他機関に要請ということはつまり、この事故の原因を世間に公表するということかね?」

 

「とてもじゃないがそれは難しいだろう。下手に扇情しても割を食うのは、我々防衛省内の人間だ。それに近々発動する南シナ海の掃討作戦のこともある。今ここで不明確な情報を頼りに、常設警備を緊急配備して作戦に支障でも出れば、我々の今までの苦労はずべて水の泡だ」

 

 数人の幹部役員も、作戦統合本部部長の柴村海将に同調した。

 

「ですがこのまま遠征を行って、その最中に奴らが機を見計らって攻めて来たら……」

 

 反論する三雲を柴村は鼻で笑った。

 

「心配いらんよ。そんなものただの杞憂だ。元々奴らには、我々を出し抜けるほどの知能なんて備わっちゃいない。現に我々が先の大戦で勝利したのも、奴らが統率もまともに取れない、ただの脊椎動物であったが故だ」

 

 そう余裕の笑みを浮かべ柴村は席を立った。

 

「話は以上だ。これ以上話をしても仕方ないだろう。それよりも、今は目先のことに気を向けるべきではないかね?」

 

「ですが……」

 

「私もこんなことに時間を割いているほど暇じゃないんだ。なにせ、次の作戦の指揮権を任されているんだからね。それじゃあ私はこの辺で失礼するよ。次の作戦会議があるんだ」

 

 そう言って柴村は会議室を出ようと扉の取手に手を掛けた。

 

「そうそう、一つ言い忘れていた。三笠根」

 

「なんでしょ」

 

「分かっているとは思うが、くれぐれもこのことは内密にしてくれよ?」

 

「承知してますよ。私もそこまで馬鹿じゃありません」

 

「そうか、なら構わない」

 

 そう言い残し、柴村とそれに追随する形で他の幹部たちも会議室を後にした。

 

 一人、会議室に残された幹部の三笠根は大きくため息をつくと、扉を睨みつけた。

 

「チッ、金魚の糞どもが……」

 

「お疲れみたいですね」

 

 抑揚のない三雲の声は、あまり三笠根を気遣っているようには聞こえない。

 

「別にぃ。あいつが何を企んでいようと俺には知ったことじゃないし」

 

「自分は柴村海将の事とは一言も言っていませんが」

 

「…………あそ」

 

 三笠根はバツの悪そうな顔で椅子の背もたれに体重をかけ、反りながら伸びをした。

 

「あ、そういえば小耳に挟んだんだけど、他にも報告があったんだって?」

 

「報告、というのは?」

 

「深海棲艦の目撃情報だよ。といっても本体じゃなくて兵装の一部、たしか艦載機か何かが上空に現れたんだよな?」

 

「いえ、自分はそのような情報、一度も聞かされていませんが」

 

「数回市ヶ谷に報告が上がったって話らしいが……こっちに話が来てないってことは、やはり有耶無耶にされたのか」

 

「数回、ということは何度も同じ内容を報告したということですか?」

 

 三雲は訝しげに眉を潜めた。一度ならまだしも二度も三度も同じ報告をするというのは妙な話だ。

 

「ああ、そうらしい。因みに言うと、海域警備の軍備も強化しろなんて舐め腐ったことも抜かしたそうだ」

 

「はぁ、今のご時世そんな自殺行為、一体どこの誰が」

 

「最初に目撃情報が報告されたのは、海軍の神島基地隊からだ。だがそれは例によって事務的に処理された。――問題は二度目以降だ。軍備を強化しろと抜かした大馬鹿も同じ神島基地から上がってきた」

 

「神島基地の長官といえば、たしか百田准将でしたね」

 

「ああ。だがあのタヌキ野郎が、そんな自分の首を絞めるようなことわざわざやるはずがない。報告してきたのは別の人間だ」

 

「しかしあそこで百田准将より上の階級の人間はいないはずじゃ……」

 

「確かにあそこのトップは百田だ。だがそれはあくまで基地隊としての話であって、それ以外はまた別の問題だ」

 

「と、言いますと?」

 

「神島基地にはもう一つ部隊がある」

 

「まさか、特殊戦術部隊ですか?」

 

「特殊戦術部隊は同じ海軍の所属でも、基地隊とはまるで違う特殊な組織系統を持つ。いわば独立組織だ。そして神島基地には第二十特殊戦術部隊がある」

 

「では、二回目以降、何度も具申を行ってきたのはその部隊の指揮官だと」

 

「気になって調べてみたんだ。どんなアホが指揮官なんだって。そしたらまたもや度胆を抜かされた。そいつ、階級が中尉なんだ」

 

「……おかしいですね、確か特殊戦術部隊の指揮官になるには佐官以上の階級が必要なのでは?」

 

「その通りだ。俺も自分の目を疑って何度も資料を確認したが、マジで中尉だ。一体何がどうなってそんなやつが指揮官になれたのかはしらんが、そいつの出身を聞いてまた驚いた。その中尉、海兵部隊の出身らしい」

 

「海兵部隊ですか……、我々とは住む世界の百八十度違う人間ですね」

 

「ああ、あそこは並大抵の精神じゃやっていけない。それこそ毎日地獄みてぇな訓練ばかりやらされて、少しでも評価が下がれば即落第の烙印を押されるイカれた場所だ。しかしなんでそんな所にいた奴が、海軍の、それも特殊戦術部隊に移動したんだ……」

 

 三雲はじっと三笠根を見た。

 

「なんだよ。何か言いたいことでもあるのか?」

 

「いえ。ただ、とても楽しそうなんだな、と」

 

「どうしてそう思う」

 

「思うも何も、鏡を見ればわかります。口、笑ってますよ」

 

 三笠根はワザとらしく口角を上げた。

 

「……ああ、君の言うとおりだ。俺は今最高に楽しい気分だよ」

 

 けたけたと声を上げて三笠根は笑った。

 

「なんたって、最高に面白い奴を見つけたんだからな。二階堂率。はてさて、彼は一体俺に何を見せてくれるんだろうねぇ」

 

 すると三笠根のポケットの携帯端末が震えた。三笠根はそれを取り出し、着信に応える。

 

「もしもし――ああ、――なに? 相手は本当にそう言っていたのか? 俺に会いたいと? ……わかった。すぐに行く。相手には了承したと伝えておけ」

 

 三笠根は端末の通話を切ると、立ち上がり扉へ向かった。

 

「どちらへ?」

 

 三笠根は振り返ることなく、ひらひらと手を振った。

 

「ちょっとした準備だよ。何事も楽しむならそれなりのお膳立ては必要だからな」

 

 そう言い残し、三笠根は早る気持ちと高揚感を必死に抑え、笑いをこらえながら会議室を後にした。

 

 独り薄暗い会議室に残された三雲。空間に静寂が訪れた時、ようやく僅かながらにため息を漏らした。

 

 どうしてこう幹部連中は皆呑気でいられるんだ、という呆れと共に。

 

 

 

 

 

 蒼い海。大きく盛り上がる波と打ちあがる水しぶき。海水に輝きを与える強い日差し。

 

 その日、伊良湖水道は波が高かった。

 

 元々潮の流れが速い場所でもある為、今日のような天気のいい日でも波が荒れることは珍しくない。

 

 そんな経緯があってか、この海域は古くから漁民に畏怖され続け、それはいつしか信仰となり、神の住まう海として崇め奉られるようになった。

 

 そしてそんな神の住まう猛々しい海は、彼女らの訓練にはうってつけでもあった。

 

 盛り上がる海の上を彼女たちは滑るように進んでいる。

 

「熊野はん! 隊列が乱れとる。もうちょい左や!」

 

「了解ですわ!」

 

 波の動きに足を取られないよう慎重に、且つ機動性と精緻さが必要とされる艦隊陣形を両立させるのは至難の業だ。足元が安定しない分、スケートよりも性質が悪い。

 

 そして艦娘は例え如何なる状況にあっても、これらが崩されることは許されない。艦娘が艦娘である為の基本中の基本であり、絶対的に必要不可欠な技術。これが出来なければ艦娘ではないと言っても過言ではなかった。

 

 だからこそ日々の訓練は欠かせない。こうして身体の芯にまで水上移動の感覚を刻み込ませ、頭だけではなく身体で覚えなければならない。

 

 波が弾け、飛沫が黒潮の顔に吹きかかった。それでも彼女は気を取られることなくまっすぐの方向に移動を続ける。

 

 一定の距離を保ちつつ、決められた陣形への変化運動を行いながら、目的ポイントまで最短時間で到達するこの流動型複合陣形運動は、艦娘たちが学舎と呼ぶ艦娘養成教育隊時代から一貫して行われてきた基礎運動の一つだ。

 

 三隻は目的のポイントまで到達した。演習水域に置かれたいくつかのブイとその上に刺されたフラッグを目印に点移動を繰り返し行い、その移動の道中で幾つもの複雑に組まれた練動を繰り返し行う。

 

 これにより彼女たちはいつ何時どのような環境であっても陣形を乱すことなく、精緻な艦隊運動を展開することが可能となる。

 

 黒潮は他の二隻がフラッグ前に到着したことを確認すると、荒れる波を意にも介さずその場に直立姿勢を維持しながら、耳小骨の上にセットされた骨伝導インカムに左手を当てる。

 

 今黒潮を含む三隻の左耳に装着されている骨伝導インカムは、耳小骨を震わせる事により、明瞭な音声を確認することが可能だ。

 

 直接耳を塞ぐこともなく、確実に指示系統を確立することが可能である為、波の音の激しい海上で戦闘を行う彼女たちにっとって、このインカムは非常に好都合な代物だった。

 

 黒潮はインカムに左手を添えながら、左手首に付けられたブレスレット型マイクに向けて大声で喋りかけた。

 

「司令はん! フラッグA‐5に着いたで」

 

『ああ、こちらのGPSでも確認した。A‐4からA‐5まで所要時間は――三七〇秒。あと一二〇秒短縮させるんだ』

 

「アホ! そんな滅茶苦茶な注文簡単に言うてくれんなや! ただでさえ今日は波も高いんや。排水量の少ないうちらやったらこのくらいが限界や!」

 

『無理かどうかは俺が判断する。文句を言う前にさっさと動け』

 

 二階堂はそう言い残し一方的に黒潮との通話を切った。

 

「はぁ……もう。司令はんの注文は毎度ながら滅茶苦茶やな」

 

「ですが提督の言うことにも一理ありますわ。幾ら今日のように海が荒れているとはいえ、今の時間では深海棲艦に遅れを取ってしまいますし」

 

「でも一二〇秒って今のほぼ半分じゃない。やっぱりあの人の言うことはちょっと強引すぎじゃないかしら」

 

「自分はお船の中で指示出すだけやっちゅーのにほんま腹立つわ、なんやねんあの筋肉ゴリラ!」

 

「あ、黒潮さん。まだインカム切れていないですわ」

 

「ほげぇ!?」

 

 黒潮は顔を真っ青にして恐る恐るマイクに声を当てた。

 

「し、しれーはーん……」

 

『……そうか、君は俺の事を陰でそのように呼んでいたのか』

 

『ち、ちゃうんや! これは誤解というか、その悪口ってわけやないんや!』

 

『安心しろ。別にその程度の事、言われても何も思いやしないさ。俺はいつだって君たちには平等に接する。私的な感情で一人だけ虐めるような姑息なことは絶対しない』

 

「司令はん……」

 

『だから――連帯責任として帰ってきたら全員に腕立て伏せ腹筋二千回を言い渡す』

 

「ですよねー!!」

 

「ですよねじゃないでしょ! なんで私までしなきゃならないの!」

 

『飛鷹、ここは軍隊であり、君たちは同じ艦隊であり、そしてチームだ。一人の責任は全員の責任だ』

 

「答えになってない!」

 

『戦争に答えなんてものはない。突き詰めたところで結局はただの堂々巡り。だから俺たち兵士はただ目の前の敵を殺すことに専念すればいい』

 

「なにちょっと深いこと言って話を逸らそうとしてるのよ! それとこれとは別でしょ!」

 

『……A‐8まで行けば今日の海上訓練は終了にする。終了次第、帰投せよ。以上』

 

「あっ、こら! 逃げるな!」

 

 飛鷹が次に何かを言い出す前に、今度こそ二階堂からの通信は切断された。

 

「まあまあ飛鷹はん。そうかっかせずに」

 

 事の張本人である黒潮は、笑いながら悲壮な表情で震える飛鷹をなだめた。基礎訓練が最も苦手なのは他でもない飛鷹だ。

 

「提督の事や。最初から基礎訓練はさせるつもりやったんやろ」

 

「あのお方のことですわ。きっと考えがあっての指示じゃないかしら……たぶん」

 

 フォローなのか諦めなのかよく分からない言葉で飛鷹を慰めると、三隻は再び海上訓練を始めた。

 

 

 

 

 

「あー生き返るぅー……」

 

 お湯の張られた湯船に身を委ねた飛鷹は、今にも昇天しそうな声で全身を伸ばした。

 

 海上訓練の後、結局いつも通りの基礎訓練を組まされた三人は、日が暮れるまで訓練を続けた。今日はようやく二階堂から海上訓練の許可が下り、久々の艤装を付けた訓練ということもあって、疲労はいつも以上に溜まる。

 

 訓練を終えた三人は、隊舎内にある大浴場で髪や身体にべったり付いた汗と潮を洗い流していた。

 

「まるでおじいさんみたいですわね」

 

 降ろした髪を泡立てながら、熊野は呆れた様子で飛鷹を見た。

 

「仕方ないじゃない。あれだけぼろ雑巾みたいになるまで訓練したんだもの。気絶しないでこんな減らず口叩けるのが不思議なくらいよ」

 

「確かにあれだけの訓練を毎日続けていれば嫌でも体力は付きますわ」

 

「司令はんがここに来てからひと月、基礎訓練に始まり近接戦闘の訓練ばっかりやらされてるけど、未だにその理由教えてくれへんからなぁ」

 

「理由ならずっと言ってるじゃない。『不測の事態に備えてだ』って」

 

 飛鷹は皮肉交じりに語調を強める。

 

「不測の事態、ねぇ」

 

 黒潮は湯船に足を入れると、そのままゆっくり飛鷹の隣へと腰を降ろした。

 

 飛鷹は不満げな顔で湯船の水面を睨んだ。

 

「そもそも、私たち艦娘が陥る不測の事態って何なのよ。私たち艦娘は兵器よ? 対深海棲艦用の兵器が対人戦闘の訓練なんかして何の意味があるのかしら」

 

「確かにうちらの戦闘は基本砲雷撃、航空戦やしなぁ。飛鷹はんの言うとおりあんまり意味あらへんかもしれへんわ。でも、うちは結構好きやで?」

 

「……あなた、さっきは筋肉ゴリラとか言ってたくせに。もしかしてそういうタイプの男が好みなの?」

 

「ちゃうわ。アホ。あの人の組む特別訓練の事や」

 

「変わってるわね、あなた」

 

「お互い様や。ここにおる全員変人やろ。そんで部隊から弾かれたはみ出し者や」

 

 はみ出し者。その言葉は三者にとって各々触れてはならない部分であり、この部隊が編成された理由でもある。

 

 彼女たちは様々な事情で部隊での居場所を失った窓際族のような立場だ。各々には事情がある。だがその事情には誰も深くは踏み込まない。それは暗黙のルールであり、不可侵の条約でもあった。それは恐らく二階堂ですらも知らない、触れてはいけない闇。

 

 だからこそ三隻は各々の闇について言及はしない。見て見ぬふり。触れるか触れないか、ギリギリの瀬戸際で脆く脆弱なコミュニティを保っていた。

 

「それはそうと、飛鷹はん」

 

 黒潮は一転して下衆な笑みを浮かべにやにやしながら訊ねた。

 

「な、なによ」

 

「飛鷹はんこそ、司令とはどうなんよ?」

 

「どうって、なにが?」

 

「しらばっくれても逃げられへんで。司令が着任してひと月。執務室で一緒になる時間が一番多いんは他でもない秘書艦や! 若い男女が狭い部屋で二人っきり……! 一線超えるくらい簡単やろ!」

 

「はぁ? あなた何言ってるの。そんなことあるわけ――」

 

 飛鷹が否定するよりも早く、身体を洗い終え湯船にやってきた熊野が瞳を輝かせて飛鷹に迫った。

 

「確かに気になりますわ! 殿方と二人っきり。一体何をされまして?」

 

「え、っちょ、なによ! 別に何もされてなんかいないわよ!」

 

「えー、ほんまか? そんなことゆうて、実はもうちゅーくらいしてんとちゃう?」

 

「ちゅ、ちゅちゅちゅちゅー!? そんな破廉恥ですわ!」

 

 黒潮の下衆な質問に熊野は顔を紅くし両手で覆った。

 

「んなわけないでしょ! あんたらは中学生か! というかなんで私が一方的にされる側なのよ」

 

「ということは自分からアプローチを!? 飛鷹はん意外と大胆やな……」

 

「まあ、大胆な告白は女の特権と言いますし」

 

「だからなんで私が告白した定で話が進んでいるのよ! そんな浮ついた話なんて少しもないわ!」

 

「えー、でも初めて司令はんと会った時、全身くまなく触られてんやろ? 大事なところまで触られて心も身体も奪われたんとちゃうん?」

 

「あなた……いい加減にしないと本気で爆撃するわよ」

 

 飛鷹が声を低くして勅令の構えを見せたところで、ようやく黒潮は謝罪した。

 

「別に執務中も何も無いわ。私が手伝うまでもなく、彼一人で全部片づけちゃうもの」

 

「へぇ、意外やな。あのナリで事務仕事も出来るんかいな」

 

「見た目は関係ないでしょ……それに仕事は全部一人で片づけているといっても、そもそも私が手伝う程の量の仕事じゃないもの。こんな辺鄙な基地で出来る仕事なんて限られてるわ」

 

「ほな飛鷹はんは普段なにしてるん?」

 

「えっと……色々あるわよ? お茶汲んだり、掃除したり、身の回りの整理したり」

 

「家政婦やな」

 

「メイドですわ」

 

「し、仕方ないじゃない! だって他にすることないんだもの!」

 

「えー、ほな仕事終わったあととかはどないしてるん?」

 

「あの人は仕事が終わるとすぐに自室に戻るわ。だから彼が普段何をしているのかなんて、私だって知らない」

 

「なんやそれ。司令はんコミュ障かいな」

 

「確かに、提督は少し口下手というか、あまり進んで他人と関わりたがらない性格ですわね」

 

「なんなのかしらね。私たちとなるべく距離を取りたいのかしら?」

 

「うーん、でもあの人がもしそういう人間やったら、そもそも秘書艦なんてとっくに外してると思うし、やっぱり口下手なんとちゃうか?」

 

「そうですわ! なら、こうするのはいかがでしょう」

 

 熊野は何かを思いついたらしく、胸の前で両手を合わせると二人を見た。

 

「なんや、なんか妙案でも思いついたんか?」

 

「ええ。明日、提督を交えてお茶会をしません?」

 

「お茶会?」

 

「ああ、そういや司令はんがここ来てから、うちら一度もお茶会してへんかったな」

 

 熊野は得意げに頷くと言葉を続けた。

 

「ですから、親睦を深めるという意味も含めて、提督をお茶会に招待いたしましょう!」

 

「まぁ、妙案っちゃあ妙案やな」

 

「そうと決まれば早速準備ですわ!」

 

 熊野は湯船から勢いよく立ち上がると、興奮した様子で風呂から上がり、小走りで脱衣所へと向かった。

 

「まったく、あの子はこういう時だけ元気なんだから」

 

「熊野はんもここしばらくお茶会できんくて寂しかってんやろ。いっつもお茶会率先して開いてたし」

 

「先走って失敗しないか心配だわ。提督には私の方から参加するように口添えしておかなきゃ」

 

「意外やな。飛鷹はんも結構ノリノリやん」

 

「仕方ないでしょ。あの子一人じゃ心配だもの。それに、提督のことだから『俺にはコーヒーがあるから心配いらない』とかいって無下に断っちゃうでしょ。熊野に泣きつかれるのは御免よ」

 

「なるほどなぁ。それにしても……」

 

 再び黒潮はにやにやと下衆な笑みを浮かべる。

 

「な、なによ」

 

「別にぃ~。ただ司令はんがコーヒー好きなんてさっきは言わんかったからちょっと気になっただけや」

 

 黒潮の言葉に、飛鷹は顔を紅潮させた。のぼせた顔が更に濃くなる。

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

 飛鷹は立ち上がると、蟹股で大きな水音を立てながら風呂場を後にした。

 

 

 

 

 

「はい――はい、ええ。報告は以上です。調子? ええ、今のところ問題はありませんが――はい? それは――はぁ、そういうものでしょうか。ええ――分かりました。善処します。はい。それでは」

 

 受話器を置き、二階堂は吸い込んだ息を大きく吐き出した。

 

 この仕事も少しは慣れてきた。といっても今はそれほど大きな任務もなく、ひたすら訓練と少しばかりの書類仕事をこなす毎日だ。取り立てて大変という訳ではない。

 

 強いて問題があるとすれば、やはり彼女たち艦娘とのコミュニケーションだろう。特に秘書艦でもある飛鷹。彼女は何か思うところがあるのか、特別訓練最中の事あるごとに二階堂に突っかかってくる。言葉こそ控えめではあるが、明らかに二階堂の方針に反感を抱いていた。

 

 やはり、自分のやり方は間違っているのだろうか?

 

 そんな思いが脳裏を過る。確かに二階堂は同じ海軍であっても海兵部隊出身という特殊な経歴の持ち主だ。

 

 本来であればこの指揮官という役職を担うには、海軍兵学校にて専門の技能訓練と技術を学び、狭き試験の門を通らなければならない。その門を潜った者にのみ与えられる、いわば選ばれた者が座るべき椅子。そんな所にどこの馬の骨ともしれない海兵部隊の、それも佐官ですらない中尉の人間が座るというのは、異例であり、技能的にも無理があるのではないだろうか。

 

 一体何故、自分が選ばれたのか。直属の上官命令による異動であったとはいえ、説明がほとんど為されなかったのは承服しかねる。かといって今更何故自分が選ばれたかなど、聞く勇気もない。

 

 聞いたところで返ってくる答えは決まっている。

 

「君が知る必要はない」

 

 別にそれ自体何も感慨を抱くことはなかった。現にこれまでも、幾多の任務に置いて説明不十分のまま任務を遂行することはあったが、それで何か大きな変化があったかといえば、そういうわけではない。聞こうと聞かまいと、二階堂自身を取り巻く環境は何も変わらない。

 

 なら、聞かない方がずっといい。知らない方が、感じないほうが、躊躇いは無くなる。考える隙も無くなる。兵士であり、軍の兵器である自分にとって、そんな自我など必要なかった。

 

 だがそれでも尚、疑問は膨れ上がる。一体何故自分なのか。

 

 不意に扉をノックする音が聞こえた。

 

「入れ」

 

 そう言うと、入ってきたのは部屋着姿の熊野だ。髪が湿っている。どうやら風呂から上がったばかりらしい。髪の毛も乾かさずに執務室へくるということは、それなりに性急な事態ということなのか。

 

「どうした?」

 

「提督! 明日、時間はありまして?」

 

「……は?」

 

 熊野の言葉の意図するところが分からず、二階堂は思わず聞き返した。

 

「明日は特別訓練も休みですわ。ですから提督の空いているお時間を伺いに来ましたの」

 

「事情はよく分からんが、明日は午後からであれば時間を作ることは可能だが……なにかあったのか?」

 

「ふふふ、それは明日になってからのお楽しみですわ」

 

 そう言ってウインクした熊野は「明日の午後、お時間を空けておいてくださいね」とだけ言い残し執務室を後にした。

 

「……なんだったんだ、一体」

 

 嵐のように過ぎ去っていった熊野に対し呆然としていると、再び扉をノックする音が聞こえた。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 今度は飛鷹だ。

 

「次は君か。こんな時間に何の用だ」

 

「その言い方だと、熊野が来たみたいね」

 

「ああ、丁度今来て何か不可解な質問をしてすぐに出て行った」

 

「もしかして明日の事?」

 

「ああ、明日開いている時間はあるのかと聞かれて、一応午後は開けることが可能だとは伝えたが――何か知っているのか?」

 

「ええ、一応。でも教えることは出来ないわ」

 

「どういうことだ?」

 

「だって、教えたらサプライズじゃなくなるもの」

 

「……何をするかは知らないが、あまり変なことはするんじゃないぞ。また眉月少佐に文句を言われる」

 

「それは全部あなたが原因でしょ! 別に何も悪だくみなんてしないわよ。とにかく、明日の午後、ちゃんと時間を空けておいてね。これは秘書艦からの正式な連絡よ」

 

「……よく分からんが、承知した。明日の午後は時間を空けておこう」

 

「じゃあ私はこれで。おやすみなさい、提督」

 

「ああ、おやすみ――飛鷹、ちょっと待てくれ」

 

「どうしたの?」

 

 振り向いた飛鷹に対し、二階堂は本来用意していたはずの発すべき言葉が、何故か思い浮かばなかった。

 

「いや、なんでもない……」

 

 飛鷹は一瞬不審な表情を見せるが、特に気にした様子もなく、「そう、なら失礼するわ」と言い残し、執務室を後にした。

 

 飛鷹が去ったあと、一人執務室に残された二階堂は、大きなため息を漏らした。

 

 本当に、このままでいいのだろうか。

 

 

 

 

 

『本日、東海地方は南西からくる低気圧の影響で激しい雨が降るでしょう。洗濯物など外干しする際は十分気を付けてください』

 

 ぼうっと、食堂にある備え付けのテレビから流れる天気予報を眺めていると、後ろから声がした。

 

「おはようございます中尉」

 

 二階堂の座るテーブルの端、その向かいに葉山は立っていた。

 

「ああ、おはよう、軍曹」

 

 二階堂からの挨拶があると、葉山は了解を得る作業すらせず、当然のように朝食の盛られたプレートを置き、自身も二階堂の向かいの席に腰を降ろした。

 

「それですか? もっと他に言うことあるでしょ」

 

「言うこと? 俺と君とではそもそも直系の上官ではないから、伝える指示など持ち合わせていないが」

 

「そうじゃなくて、もっとこう他愛もない会話とか。例えばほら、今日は一人なのか? いつもの四人はどうしたって」

 

「ああ、彼らならつい今し方まで、仲良く朝食をとっていたぞ。その様子だと君は何も知らないのか?」

 

「えっ…………嘘」

 

「嘘じゃない」

 

「い、今の話は聞かなかったことにします」

 

 悲壮な表情で涙を蓄えながら、葉山は震える声で答えた。

 

「それで俺に何の用だ?」

 

 葉山を気にかける様子もなく二階堂は話を続けた。

 

「……別に用という程のことじゃありませんよ。ただ居たから話しかけただけです」

 

「用事もないのに話しかけるとは、妙な男だな君は」

 

「ほっといて下さい。中尉にだけは言われたくないですよ……というか、そんな調子で大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫とは?」

 

「彼女たち艦娘との関係。前に上手くいってないみたいなこと言ってたじゃないですか」

 

「それについてだが、実は少々困ったことになってな」

 

「自分でよければ相談に乗りますよ」

 

 他人に話しても特に問題の無い内容だと判断した二階堂は、自身の経歴に関する事情は伏せ、昨晩悩んでいた秘書艦についてのことをかいつまんで説明した。

 

「なるほどねぇ、秘書艦からの反感ですか」

 

「ああ、どうも俺の方針に納得がいかないようで、俺としてもどうすればいいのか分からない」

 

「確かに、あれだけエグい訓練を毎日続けてたら反感の一つも飛び出しますよ」

 

「彼女らは兵器といえど、その中核を担うのは人間だ。人間は兵器とは勝手がまるで違う。兵器と違って、人間は自身の判断で動くことが出来る。そしてそれは時に良くも悪くも状況を一変させる。だからこそ彼女たちには兵器としてではなく、あくまで兵士として行動して欲しいんだが、どうもこちらの意図を理解してくれないみたいでな」

 

「まあ無理もありませんよ。艦娘ってそういう風に育てられてきたんですから。今更自分は人間だなんて言われても、すぐにそれを受け入れる方が無茶な話です」

 

「俺は彼女らの事をあまりにも知らなさすぎる。知ろうにも、今の俺では障害となる壁が多すぎる」

 

 たとえ提督という立場であったとしても、二階堂たち一般の将校では国からの許された情報提示に限界があった。

 

 《国家公共情報機構》通称『書架(ライブラリ)』と呼ばれるそれは、日本が国と呼ばれるようになった頃の政府から、今に至るまで、この国の公的機関における活動の全ての記録・報告書がデータ化され、政府のサーバーに管理されているもの。

 

 書架にはこの国の全てが記されている。

 

 ワシントン条約・沖縄返還・深海棲艦襲来に伴う憲法改正・第一次から第三次までの深海棲艦掃討作戦――そして対深海棲艦戦略兵器、通称艦娘についてまでもが。

 

 その他にも、地方自治体の管轄する戸籍情報から、果ては国家の中枢機密までその全てが書架に集約されており、ここにアクセスする権利を国民の全てが持っている。

 

 当然一般人でも役所に申請を出せば情報の開示はされる。

 

 だが権利があるといっても、限度はあった。政府のサーバー上にある日本政府設立以降施政におけるすべての記録・報告書、それら情報にはそれぞれランク付けがなされており、情報のランクが上がれば上がるほど、開示権は上級階層に限られるという仕組みだ。

 

 そして当然ながら、艦娘は最上級(トップ)機密(シークレット)であり、アクセス権を持つ人間もこの国では限られた極少数の人間だけだ。その中に二階堂は含まれていない。提督でありながら、艦娘について知ることができないという、何とも倒錯した話ではあるが、少女を兵器として戦わせるこの狂ったシステムの裏に潜む闇を鑑みればそれも致し方ないのだろう。

 

「別に、知らなくてもいいじゃないですか、そんなこと」

 

 葉山は二階堂の悩みを一蹴した。

 

「どういう意味だ?」

 

「もし仮にそんな彼女たちの秘密を知ったところで、彼女たちとの距離が縮むことはないでしょうし」

 

「……そういう、ものなのか?」

 

「そういうもんすよ。人間なんて」

 

「なら、俺はどうすれば……」

 

「簡単です」

 

 そう言って葉山は二階堂の眼前に人差し指を突き出した。

 

「こちらから一歩踏み出すんです。それだけで景色は存外変わるものですよ」

 

「こちらから、一歩?」

 

「ええ。きっかけなんて存外どこにでも転がっているもんですし、要は本人の気持ち次第です。誠意ってのは例え時間が掛かっても必ず伝わるものですから、中尉も根気よく彼女たちと向き合ってみるといいですよ」

 

「ああ、善処する」

 

 二階堂は短くそう返答すると、食事を終え、席を立った。

 

 兵器の心を持つ彼女たちと、兵士である自分。兵器と人との垣根を取り払い、彼女たちに近づく方法。

 

 

 

 

 

「一歩踏み出す、か」

 

 執務中、葉山に言われた言葉の意味を考えていた二階堂はふと、その言葉を口に出して復唱してみた。

 

「何か言った?」

 

 来客用のソファに座り、各書類のファイリングをしていた飛鷹が訊ねた。

 

「いや、なんでもない」

 

「そう」

 

 しばらくの沈黙。

 

 午後になり、天気は徐々に崩れ始め、曇天の空は濃く暗く、風は強く吹き付け、ぽつぽつと雨粒がガラスを叩く音も聞こえ始めた。

 

 飛鷹は窓ガラスに目をやり、曇天の空を見上げると重いため息を漏らした。

 

「よりによって今日雨だなんて、ついてないわね……」

 

 本来であれば天気のいい青空の下、風通りの良い中庭で、二階堂の歓迎も含めて熊野主催のお茶会を開く予定だったのだが、この空模様では外でのお茶会は難しい。

 

 まあ、屋内でも出来ることに変わりはないのだから、さして気を病むようなことではないのだが。

 

「――飛鷹」

 

 普段自分から話すことの無いこの寡黙な男が、突然話しかけてきた為飛鷹は少し驚いたが、表面には出さす、いつも通りの受け答えをする。

 

「なにかしら」

 

「その、なんだ……」

 

 珍しく歯切れが悪い。おまけにちらちらとこちらを見ようとするが、視線が合う度に、逃げるように目を泳がせる。不審に思った飛鷹は催促した。

 

「用件があるのなら早く言って頂戴」

 

「実はだな。少し気になることがあって……」

 

「気になること? 何か分からない書類でもあったの?」

 

「いや、そうではなくてだな……書類ではなく君たちのことについて……その、なんだ」

 

「もう、ハッキリしなわね! 用事があるならちゃんと目を見て分かるように答えなさい!」

 

 堪忍袋の緒が切れた飛鷹の一喝により、ようやく二階堂は覚悟を決めたらしく、生唾を飲み込んだ。

 

「実は――」

 

「大変や!」

 

 二階堂が告げるよりも早く、大きな音を立てて戸を開いた黒潮が、執務室に飛び込んできた。

 

「ちょ、どうしたのよ黒潮。執務室に用があるならちゃんとノックをしてから――」

 

「今はそんなんどうでもいいわ! 司令はん、緊急事態や!」

 

 いつもの飄々とした黒潮とは違う、明らかに緊迫した状況による、性急さを告げる文句。

 

「何かあったのか?」

 

 一拍置いて、黒潮は向き合う二階堂に告げた。

 

「――緊急出撃の要請や。近海に、深海棲艦が出てきよったで!」

 

 

 

 

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